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七夕のお願いごとは何?



星流れ星七夕のお願いごとは何?ニコニコキラキラ

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あなたのブログに何かが起こる!

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去年、母に先立たれた父(80代)がなるべく病気せずに楽しく、

これからの人生を過ごせますように。

 

それから―私が今の仕事が定年になってもやっていける

道を見つけられますように。

 

最近ちょっと疲れ気味の弟(40代)も元気で明るい気分に

なり、夢―自分の好きな地方で家を持ちたいらしい―を

かなえられますように。

レジャー?な 納骨

5月中旬、母の納骨のため一家で長野へ行きました。

 

何が大変って―足腰の痛みを訴え、直前まで「オレ、行けるかなあ」と言う父を連れて行かざるを得なかったのが大変で…。ちょうど父と弟のツインルームが喫煙可能な部屋だったのを幸い、家からカンタン灸を持っていって宿で手当てしてやったり。

 

老人の体力を考え、往復は新幹線、ホテルも墓に一番近いところ―長野駅周辺のように選ぶ余地がない上に2泊とずいぶんお金もかかりました。骨箱と寺に納める位牌を運ぶためにジッパーで拡張できるキャリーケースも買いました。まあこれはスーツケースが古いものしかないのでこの機会に新調したのですが。

 

しかも法要開始予定時刻が午後3時半、住職が他の仕事を済ませてから来るとのことでもしも車の渋滞などなどがあったりして墓に納骨する時間がおそくなってしまい、暗くなったりしたら―ひょっとしてクマが出るとか……

法要の前に70年代に大学生グループがクマに

襲われた事件の番組を視たばかりだったので

ちょっと怖かった…。

 

これは菩提寺のある街で食べたランチ。鹿肉のジビエカレー(こういう時は精進料理にすべき?)

 

 

 

 

こちらは納骨に参列してくださった菩提寺の近所の若いご夫婦―うちの宗派では仏事に参加する時はこういう服装…

 

なわけではなく、上田おもてなし武将隊の穴山小助さんと猿飛由炎佐助さんです。実際の参列者はこのお二人より半世紀ほど年かさの方々ばかりで時間も妙な時間でしたので法要後の会食はせず、後日カタログギフトを贈ることにしました。

 

そして読経をしてくださったハンサムな和尚さん。うちの田舎ではお坊さんは皆こういうかっこうで読経する…

 

はずはもちろんなく、上田おもてなし武将隊の真田幸村様です。

 

特別企画のかがり火風のフラワーアレンジメントもすてきでした。

 

 

そして上田の街角に咲いていたアイリスとスズラン。


 

上田の隣町にある菩提寺近くに咲いていた矢車草。ピンクの矢車草はどういうものか今私が暮らしているところではあまり見かけないのです。この街で暮らしていた子供の頃、母と一緒に見たのを憶えています。母も矢車草は好きでした。

それから菩提寺近くの線路沿いに咲くクサフジ。これも関東ではあまり見ないので。


 

疲れはしましたが父が転ぶ、熊が出るなど恐れていたことは起こらず、無事納骨できました。その翌日、初めて家族で上田城を訪れたのです。父は歩くのをいやがるので車椅子をレンタルしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少女架刑―吉村昭自選初期短編集Ⅰ 2018年 中公文庫

5月半ばに母の納骨があります。GWは母の遺品等などの整理に追われました。

 

落ち着かない気分です。こういう時には読書もなかなか長編に取り組む気にはならず、ついつい短編集などを手に取ります。しかしブックレビューを書くとなると短編集の中のお話を一つ一つ取り上げるとなるとまとまりがなくなりますので特に気になるものに絞って書くことにした方がいいようです。

 

死んだ少女の意識を描いているときいて読みたくなった表題作『少女架刑』。

 

題名から犯罪がらみかと思いましたがヒロインは刑死ではなく、急性肺炎。ただ父の賭博癖と内職しかできない母のために16歳でヌードチーム=ローラスケートを使うストリッパーグループで働き、熱っぽくても休みたいと言い出せぬまま、手遅れで命を落とした彼女は社会に処刑されてしまったとも言えるのかもしれません。この本に入っている『青い骨』という短編にも暖房設備の不完全なところでヌードモデルをしたが故に肺炎で死ぬ女性が出てきます。著者はこういう

恵まれない境涯にある女性の思いとそこに関わる人々の姿を表現するためにこの小説を書いたのでしょうか。

 

彼女の両親はお金ほしさのために娘の遺体を解剖用に提供。遺体は病院に運ばれます。

 

「不思議なことに私の眼は、四囲が棺にさえぎられさらにその上自動車の車体にさえぎられているのに、雨に濡れた細い路地の光景が、妙に明るく、丁度水を入れかえたばかりのガラス張りの魚漕の中を透し見るように瑞々しくすきとおってみえる」(引用)

 

遺体を運ぶ男たちが彼女のことを「親に食い物にされた」と話すと「働いたのは自発的なのに」と腹をたて、道すがらマントと王冠をつけて無理な微笑を浮かべたミス××のパレードに遭遇するとキャバレーで働いていた自分と思い出します。

 

「あの女は生きている故に華美な装いをこらしてオープンカーに立ち、自分は死んでいるという理由のために、節だらけの棺にシュミーズ一枚で横たわっている。それは当然のことにはちがいないが、その遇され方にあまりにも差異がありすぎるように思えてならなかった」(引用)

 

「素敵な体をしている」「素人じゃなさそうだ」などと言い、女としては触れられたくない部分に無遠慮に触れる病院の男たち。死後まもないしかも若い女性、つまり遺体としては貴重な彼女を「骨標本にしたいからこちらへよこせ」とねじ込んでくる老人の様子。内臓や脳が取り出されるとアルコール漬け。解剖教室では同性である女子学生に茶色くなった体を見られることに苦痛を感じるヒロイン。

 

 

骨も切断され、火葬場へ。ヒロインは自分を包む炎を華やかで美しいと思い、骨壺の中はぬくぬくとしてあたたかく感じます。でも母親は遺体提供の謝礼が少ないと不満で「寺へ持って行ってもお布施は安くない」と遺骨の受け取りを拒否。それでもヒロインは母を恨まず、無用の厄介物になった自分を情けなく思うのです。そして無縁仏用の納骨堂でようやく安らぎを感じるかと思えば、古い骨の崩れる音で夜はけっこう賑やか?

 

昨年末に亡くなった母の遺骨はまだ我が家にあります。5月中に納骨する予定ですが。先日、遠方にある墓地まで運ぶためにジッパーで容量をふやせるキャリーケースを買い、入れてみるために骨箱を動かした時、中の骨が動く音が結構生々しくてドキリとしました。生前、おむつを取り替えたり、着替えさせたりする時、私の介護があまりおしとやかでないせいで母が「痛っ」と声を上げていたのを思い出したのです。その時と同じように母が痛がっているような気分になりました。

 

私が今までに経験したお葬式、曾祖母に祖父に祖母に母、恩師など。彼らの遺体がもしこのお話のヒロインのように呼吸が止まった後も冴えわたる意識を持っていたらどんなふうに生きている者たちを見ていたのでしょう。

 

母は今、仏壇の上で戒名に不満を唱える父に「私、戒名なんかいらないんだけど」と

言っているかもしれません。納骨法要の供え物に「地元の和菓子屋のらくがんじゃつまらないかな? おかあさんレーズンが好きだったから、レーズン入りのフルーツケーキの日持ちのするのにしようか、それともフルーツゼリーにしようかな…ああでも高いなあ、供え物は安くてもいっぱいある方が様になるのかな」などと迷いつつ、PC検索する私をみて「見栄はらなくていいよ」とつぶやいているかも。

 

 

母がいなくても楽しむ春の花(桜以外)

GWは映画を一つ観ただけで特に出かけず、なんとなく母の遺品整理や

衣替えを兼ねたクローゼットや納戸の整理をしているうちに過ぎてしまいました。もっとブログなども書いて、何かを変えていくきっかけにしたかったのですが、うまくいかないものです。

 

全くこの家にはものが多すぎるなと思いつつ、いわゆる断捨離もなかなか

進まず…そんなこんなで疲れてしまったものか、今日5日は朝からめまいが

したのでごろごろしておりました。 

 

母がいなくてもついつい撮ってしまった春の花々の写真を見たら

少しは元気が出るかしら?

 

これは3月、つつじの根元に咲いていたミニラッパ水仙。

 

そしていつも母とお参りした神社近くで咲く口紅水仙。

 

母が元気だったころ、家族で行ったファミレスの駐車場に咲く白いボケ。

 

雑草の仲間なのにびっくりするほどきれいなカラスノエンドウ。

 

連休に入り、母とよく行っていた公園に行きました。藤の花が咲いていました。この藤棚の下に車椅子を止め、ベンチに座ってよく休憩しました。

 

この公園のシラン。

 

ツツジも

宝石のようなケヤキの若葉も去年と同じ。なのに母がいないのが不思議です。車椅子を押していた時は親孝行娘風?に見えていた私も、今は一人で

写真を撮っている変なおばさんですね。できれば父を散歩させたいのだけど。

 

特に落ち込んだり、さびしくてたまらなくなったりはしていないけれど

―つくづく家族というものの複雑さを感じています。

 

母のいない桜の季節

母がいなくなって初めての春。何か不思議です。

 

喜んでくれる母がいないのにやはり出先で花を見ると

写真をとってしまいます。

 

これは近所の公園のソメイヨシノ。

 

これもよく母と見上げた近所の桜。ソメイヨシノよりは白い花をまり状に

咲かせます。

 

これは道端の桜。車椅子の母の目線の近くに花をつけてくれるので

母はいつも喜んでいました。

 

 

これは毎年、写真を撮ってみせていた通勤途中の道の八重桜。

 

 

風の強い日、花のまま落ちている桃や桜を拾ってグラスに浮かべ、

仏壇に供えました。「きれいだね」という母の声が聞こえてきます。

 

今年の正月はお天気続きでした。そしてGWは10連休。

もし母がいたら毎日のように散歩に行けたでしょう。

あと半年、母の命が続いていたらよかったのに…ブツブツと

考えていると―

 

「欲を言えばきりがないよ」と心の中の母に笑われます。

 

梅と猫と水芭蕉、そしてくわの実サイダー

2日めは宿の前の遊歩道をたどって北向観音へ参詣、その後、前回友人と来た時に時間が取れずに行かれなかった常楽寺へ。梅の木の多いお寺でした。

 

 

またこれも関東で見損ねていた寒緋桜も見られました。


茅葺の本堂の花と楽器を描いた天井画をたっぷりと鑑賞。

 

見事な御舟の松。

 

重文の多宝塔。


多宝塔を見て降りてくる時、寺の裏側に水芭蕉が咲いているのに気づきました。有名な花ですが生で見るのは初めてです。

境内の沈丁花の香りにも癒されました。

 

またおもてなし?猫もいました。

 

人に馴れているようで「ニャーン」というとちゃんと「ニャーン」と返事をしてくれるのです。しばらく

猫とおしゃべり。地面にべったりと寝転んでリラックスポーズを取ったので「なでなでさせてくれるのかな」と思ったのですが、それはだめでした。

 

歩いていたらのどが渇いたので別所温泉駅で「くわの実サイダー」を買います。普段はあまり炭酸飲料は飲まないのですがこれは一度味わってみたかったので

す。

 

くわの実には眼精疲労によいアントシアニンや鉄分、カリウム、亜鉛などが含まれているそうです。気のせいか眼がしょぼしょぼしなくなった…かも。

 

そして最後はやはり上田城址公園の桜。

 

桜祭りでごったがえしていました。おもてなし武将隊も出陣していましたが、記念撮影は合言葉を叫ぶのが照れくさいので辞退して「5月に父を連れてくるかもしれません」とご挨拶のみ。

 

右手の慢性的な痛みを癒したくて一人温泉にトライしたのですが…帰ってきたら全身筋肉痛(笑)。でもいい旅でした。

 

信州の旅(納骨下見)梅とクルミソフト

13日、14日と母の納骨法要の下見?のため、信州へ行きました。

 

12日夜、勤めが終わってから行こうと思っていたスパが何と男性専用だったり、やはり利用するつもりでいたネットカフェがなぜかなくなっていたり、深夜バスに乗り込むまでに結構疲れてしまいました(笑)。

 

墓はお寺が手配してくれたのか、雑草はきれいになっていましたので思ったより掃除は早く済みました。

 

寺の近くであんずの花を見ます。杏は桜より野性的?な魅力がありますね。

 

 

 

長野駅へ戻り、バスで善光寺へ。本堂にお参りし、びんずる様の足腰をさすって父の腰、膝の痛みを、手をさすって私の慢性腱鞘炎?の平癒を祈った後、花を楽しみます。関東ではもう桜は盛りを過ぎていましたが、善光寺周辺ではまだ咲き始め。

 

今年の春、ちゃんと見る機会のなかった梅が見られてラッキーでした。これは境内にある井上井月句碑そばの梅。

 

 

門前の宿坊の前の梅。

これは中央通沿いにあった紅梅。

 

 

高校時代の友人と待ち合わせ、車で信州新町の道の駅へ連れて行ってもらい、おそばを味わい、その後やはり車で『雷電くるみの里』へ。

 

途中、エメラルドのようにきれいな川を見ました。『雷電くるみの里』のくるみソフトも美味しかった!

 

 

ちょっとぜいたくかな?と思ったのですが夜は別所温泉の「かわせみの宿」で初めてのおひとり様温泉。夕暮れの温泉街をちょっと歩いて足湯「ななくり」で足の疲れをとり、その後部屋で即席ラーメンを食べて宿の内湯と展望露天風呂へ。露天風呂では空に星が見えるような…気もしたけど眼が悪いので…。

 

宿の床の間には菊がいけられていて風流。

 

私が小さい頃、家にあったような行灯型の

スタンドもありました。

久しぶりの和室宿泊に癒されましたが、夜11時ごろ

建物の古さの故か突然停電してちょっとびっくり。

なれない贅沢はするものではありませんね。

アーサー・ミラー 倉橋健訳『セールスマンの死』 ハヤカワ演劇文庫2006年

NHKBSで深夜に放送された風間杜夫主演の劇場中継を視て、戯曲をじっくり読んでみたくなりました。アメリカで1949年に初演された戯曲ですが資本主義社会の中で消費されてしまうセールスマン、あるいはその類の仕事についている人に取って身につまされすぎるお話。人生、家族、人間関係というものについても考えさせられます。

 

60代の主人公ウィリー・ローマンはいくらか精神を病んでいて車の運転も危なくなりつつあります。それでも家のローンなどもある上に二人の息子も頼りにならないので細々とセールスマンの仕事を続けてはいました。しかし雇い主に暇をだされ、今度こそましな仕事につくようなことを言っていた息子にも期待を裏切られ、ついに死を選びます。あらすじをたどるとこんな感じなのですが、主人公と向き合う妻、息子たち、雇い主、金持ちになった兄、隣家の主人とその息子といった人々との会話からさまざまなものが描き出され、緻密で複雑な構造の戯曲です。年老いて落魄した主人公の現在から不意に昔の回想シーンになったりします。私は上演を視てから読んだからこの戯曲の素晴らしさが理解できたけどいきなり読んだら難解だったかも。

 

例えばウィリーが時折カードを共に楽しみ、借金も頼む隣人チャーリィは固定給から歩合給にされて困窮するウィリーを見かねて、自分のところで働かないかと持ちかけますがウィリーはどうしても受け入れません。ウィリーがチャーリィにきかないでくれというその理由―それはウィリーが稼ぎのよいセールスマンで、体格と運動神経に恵まれた長男のビフは高校の人気者だったローマン家の栄光の時代、チャーリィとその子バーナードを友情を感じながらも何となく下に見ていたから。十年以上たった現在、高学歴のバーナードは法律家として成功、ビフは定職につかないまま。チャーリィの厚意にすがるということはいわば負けを認めること―よくプライドとか誇りがゆるさないとか言いますが、それらを分析してみるとこのウィリーとチャーリーのような、せいぜい向こう三軒両隣程度の狭い世界の関係だったりします。でも渦中にある人間にとってはそうは思えないのです。友人は大切ですが、時にその友人に苦しめられてしまうこともあるのですね。

 

ビフもフットボールの才能を評価されて大学進学が決まっていたのに数学で落第してしまいます。それでも夏期講座に出れば卒業できたのにビフがそのままチャンスを逃してしまったの不思議に思うバーナードがウィリーにそれを話すと、ウィリーは怒り出します。ウィリーはビフの不可解な行動の理由は、教師にかけあってもらうようにビフが父の出張先のホテルに来た時、ウィリーの浮気の現場を見てしまったショックではないかと考えています。そしてビフが父のせいで人生を棒にふったと怨んでいるのではないかと。

 

ウィリーのもう一つの痛恨事はダイアモンドを掘り当てて金持ちになった兄のベンのアラスカの森林を管理してほしいという申し出を断ったこと。回想の場面、新大陸で一旗あげようというベンの誘いにウィリーに気持ちを動かしますが妻のリンダが難色を示したため

「どこの街でも電話を取り上げさえすれば生活できる、ダイアモンドが転がり込む」と言ってしまいます。確かにその時の彼は景気が良かったのです。つらい局面で人は選ばなかった選択肢をついつい思い出してしまいますが―アラスカへ行ってもし慣れない気候で病気になったりしたら「おれはトップセールスマンだったのにどうしてこんな辺鄙なところへ来たのだろう?」とか思ってそうですよね。悲劇的な筋の芝居ですが人間の滑稽さも浮かんできます。他にもチャーリーの週50ドルの仕事は断るのに雇い主のハワードには週40ドルでもいいからおいてくれと懇願していたり。

 

クライマックスでビフが大学進学の件も含めて、どんな仕事も長続きせず、うまく行きかけると盗み癖を出したり、エレベーターで口笛を吹きまくったりしてだめにしてしまう真の理由が浮かんできます。フットボールの試合でヘラクレスのように輝いていたビフの

姿が忘れられず、「いつかは大物になる」というウィリーの期待が重過ぎたのです。ビフが自分を恨んでいるのではないと知ったウィリーが息子のために一番いいと考えたのが自らの死でした。

 

考えてみるとセールスマンだけでなく、社会の中では誰でも取り替えがきく存在、10セントよりは高いかもしれないけど政治家や王様でさえ。でも本人にとって自分はかけがえのないもの、その人を大切に思う人にとっても唯一無二の存在。どんな時代でも人はその矛盾に向きあいつづけるのですね。

 

 

 

 

 

 

 

沈丁花、桃、白木蓮

昨年3月、母と散歩しながら見た通り沿いのビル前の沈丁花が

今年もかわいいボールのような花をつけました。通勤の途中、この木の前でひそかに深呼吸します。香りに元気をもらうために。

 

白いドレスの南夕子を思い出させる白木蓮も咲きました。

 

近所の公園の八重咲きの桃とユキヤナギも咲きました。桃のピンクと

ユキヤナギの白のコントラストを楽しんでいた母はいませんが。

 

仕方がないので?父を「お母さんの好きだった花が咲いてるから散歩しよう」とひっぱっていきました(笑)。

 

5月に母の納骨のために父を信州へ連れていく予定です。父は墓の

石段で転ぶのではないかと今からこわがっています。

 

母の好きだった花々が父の足腰と心を強くしてくれますように。

『緑の光線』(エリック・ロメール 1985年、NHKBSプレミアム放送)

フランス映画のテレビ放送は時々視たくなります。フランス語を耳にするとリラックスするのです。この特撮もの?みたいな題名が気になって思わず録画予約してしまいました。

 

夏のヴァカンスに予定していたギリシャ旅行が同行する友人の都合でキャンセルになってしまったヒロイン、デルフィーヌ。ヴァカンスの過ごし方に途方にくれ、友人たちとのおしゃべりの途中、泣き出してしまいます。「家族にアイルランドに誘われたけれど、それは本当のヴァカンスじゃない。本当のヴァカンスがほしい」と。見かねた友人の一人、フランソワーズはシェルブールの実家に彼女を招きます。フランソワーズの家族は親切で子供たちにもなつかれますが、満たされないデルフィーヌはパリに戻ってしまいます。

 

元恋人の山の家を借りることにしますが、半日でいやになりにパリへとんぼがえり。カフェで偶然再会した昔の友人の義兄のアパートを借りて、海辺のリゾートビアリッツへ。そこで語り合う老人たちの会話から晴れた日の日没後、太陽光の屈折のために一瞬だけ見えるという緑の光線のことを知ります。この光線を見た人は「自分と相手のことがわかる、頭の中が晴れる」と。

トップレスで日光浴をする自称スウェーデン人女性と親しくなったデルフィーヌ。「私は観察はするけど、その先の行動がだめ」と本音トーク。しかしその自称スウェーデン女性が声をかけた青年二人組とのおしゃべりにもうんざりし、パリへ戻ろうと駅へ。待合室でようやく自分の方から関わりたいと望むに青年に出会うデルフィーヌ。彼と観光地よりは漁村といった感じの港町へ行き、日没に緑の光線を見るのです。

 

日本とちがうなと思ったのはヒロインにたいする人々の態度。独特の考えを持ち、情緒不安定とも言えるデルフィーヌに「変な人」とか「ばかじゃないの」とか、「こんな人うちへ連れてこないでよ」など頭から否定する言葉を投げかける人物は登場しません。例えばフランソワーズの家族たちとの会食の場面、ポークソテーの皿が運ばれてくると「私にとって肉は食べるべきものじゃないの」と言い出すデルフィーヌ。「人の家に招かれて食べ物に文句つけるなんて」と思ってしまいますが、家族たちはからかい気味ではありますが、あからさまにいやな顔をせずに楽しく会話を続けます―これが現実だとするとフランス人はこういうところ、日本人より洗練されているように思います。もちろん日本人の全てが小津安二郎の映画の笠智衆一家のようではないように、フランス人の全てがこの映画のようでもないのかもしれませんが。

 

映画に映し出されるパリの街や観光地の風景はきれいです。1987年に日本でも公開された時、原宿や青山で買い物を楽しみ、雑誌の『流行通信』を読んだりしていた当時の日本のおしゃれな娘たちがこの映画を視たら「キャー、素敵!フランス行きたーい!」と騒いだ人もいたかもしれません。一方、ネットの映画評でどなたかがおっしゃっていたようにヒロインがつまらなさそうにあちこち歩くだけの展開が退屈とも言えます。私もテレビで休み休み視たからいいけれど、劇場なら居眠りしてしまったかも。

 

この映画、監督エリック・ロメールの代表作なのだそうです。確かに一見おしゃれなだけの観光映画?のようでいて、観賞した後いろいろ考えさせられました。緑の光線を見るまでのヒロインの旅は無駄ではなく人生の次の段階へ進むのに必要だったのではないかと。

 

前半、フランソワーズら友人たちとの庭でのティータイム。「あなたは強情なのでは?」と言われてデルフィーヌは「強情なのは私ではなくて人生の方」と答えます。このセリフが気になりました。何だか若い頃、自分も同じようなことを感じていたような。

 

ビアリッツで出会った自称スウェーデン人女性に「私に誰も寄ってこないのは私に価値がないから」といいます。ただの自虐か愚痴のようにも聞こえますが

この言葉はパリの友人たちには言いにくいのではないでしょうか。そんなことを言えばすごく心配をかけそうで、病院に行けとか言われてしまいそうで(笑)。

逆に行きずりのつきあいの浅い人に対しての方が

言えるのかもしれません。自分に価値がないというのはつらい真実ですが、旅を続けるうちにデルフィーヌは自分が満たされない原因は外側にではなく、自分の中にあるのだと気づきはじめたとも言えます。

 

でも友人たちも自称スウェーデン人も解決策として新しい恋人を得ることを勧めます。でもデルフィーヌは今までと同じ恋を繰り返すのは無意味だと感じていました。彼女がひかれた青年がバカンスを楽しんでいる男たちではないことにも意味がありそうです。

 

ふっと思ったのですが、『緑の光線』のような映画を日本を舞台に制作して海外の映画祭へ

出品したらいいのではないでしょうか。東京の美人OL、だけど何等かの問題を抱えている女性があちらこちらを旅するうちに人生の真実に目をひらき、求めていた存在に出会う―それをみた海外の人は日本を旅行すると自分の問題が解決するかもと期待して観光に来る?かもしれません。

 

その映画が撮影されるなら道端で「ごくまれな現象だけど、あの湖が凍ってひびわれる音を聞くと頭が晴れるのよ」とおしゃべりするおばさんの役を演じてみたいものです(笑)。