実以のブログ -57ページ目

春の雑草を楽しむ

今の季節は桜のような人にもてはやされる花ばかりでなく、雑草の類も目の覚めるような美しさです。 そう、「番茶も出花」というのか、美人でなくても若い女性が

魅力的なように(笑)

 

春を告げるショッキングピンク? 小さなスイトピーの

ようなカラスノエンドウの花。これだけたくさん咲いていると思わず見とれてしまいます。

 

これは春の青、イヌフグリ。母が「かわいい」と喜んでみていたので写真に撮りました。

 

 

両親が60代のころに家族で湯田中温泉へ行った時、宿でもらった楊枝入れにオドリコソウを生けてみました。 こうして写真を撮るとわりと見栄えのする

生け花作品みたいです。

 

母が私が子供のころ働いていた会社で何かの賞でもらったとっくりとホトケノザ。 

 

背景が白い紙の時はピンクがかって見えて、コルクボードだと青みを帯びて見えるのが不思議です。 ちなみに雑草の花にはたんぽぽのように家の中に

入れると花がつぼんでしまうものもありますがホトケノザとオドリコソウは

屋内でも咲いているようです。

 

身長15センチのキューピーにとってはナズナの花も白いアジサイのようですね。

 

 

 

 

中目黒で

30日午後、友人との観劇のために中目黒に行きました。 劇場が開くまで時間があったので目黒川沿いをお花見しました。 交通整理のおまわりさんが

必要なほどすごい人でした。

 

 

ここでも低い位置の桜があってうれしい! やはり葉が花と一緒に伸びる

種類のようです。

 

まだつぼみの多い枝垂れ桜。 舞妓さんのかんざしのようです。

 

神社でみつけたなんと根から咲いている桜。 こんな不思議な

美しいものを見たら、何かいいことありそうで(笑)。

 

やはり植え込みの上に落ちていた花を拾ってしまいました。

手前の小さめで花びらの切れ込みが多くピンクの濃いのが枝垂れ桜です。

 

ここ数年、関東では桜が群生しているいわゆる花の名所に行っていなかったので貴重な午後となりました。

 

 

 

白い桜、ハナニラ、咲き始めのサツキ

3月30日、代休を取ったので午前に母を散歩に連れていきました。 

 

日曜日にも見た大木のソメイヨシノは少し盛りを過ぎた感じ。

 

2月に日本水仙が咲いていたところにハナニラが咲いていて母を喜ばせました。

 

早くも咲き始めたサツキの赤い花。

 

ブルーベルが咲くのも楽しみです。

 

道路脇に咲くソメイヨシノよりも純白に近い花色で葉が花を同時に出ている桜。大島桜というのでしょうか。 低い位置に枝が出ているので車椅子の

母に目線近くで花を堪能させてくれました。

 

これも近所の公園の桜。やはり白い花色で手まり状に咲くのがゴージャスです。

 

公園の隅にあるアジサイの葉がだいぶ大きくなっています。 

アジサイの花が咲くまで母が元気でありますように。

 

 

ソメイヨシノの隣にある白木蓮の花びらを拾ってみました。根元がほんのり

紫なのですね。

 

拾った桜の花を父が昔演歌歌手のコンサートでもらった盃に浮かべてみました。ガクの色が赤茶色なのがソメイヨシノ、緑色なのが手まり状の桜。

 

母と散歩しているおかげで花や草を細かく観察するようになりました。

本当、花を楽しむのが忙しい季節です。

室内でも花見?

勤め先近くの植え込みの上に風で落ちていた桜の花を拾い、水を少し入れた

プーアール茶の缶に入れて持ち帰りました。

伸びかけた豆苗と椿、デンファレを入れた器に浮かべて箱庭風?に

してみました。

 

水につけたティッシュをいれたガラスのコースターに並べてみました。

2日間、きれいなままで楽しむことができました。

散る前に風で落ちてしまう花は気の毒ではありますが、おかげで

母に家の中でもお花見を楽しませてやることができます。

お花見、続き

3月26日も母に桜を見せました。

25日夕方に見たのと同じ桜の26日朝です。

 

斜面にはうように咲いているユキヤナギも可愛いと母は言っていました。

 

芝桜も咲き始めました。

 

スズランのようにひっそりと咲く白いアセビ

 

 

歌の教室の帰りに見つけたハナカイドウもきれいでした。

 

花に癒された一日でした。

 

 

 

 

 

お花見、口紅水仙、水色のムスカリ

3月25日、母を車椅子に乗せて買い物兼花見に連れて出ました。

 

近所の公園のソメイヨシノ。かなりの巨木です。幹に直接咲いている

花がよく見えると母は喜んでいました。

 

日曜午前にはいつも親子連れが遊んでいる公園ですが、この日は

みんどこか遠くへ花見へ行ってしまったものか、誰もいなくてゆったり静かに

桜を楽しむことができました。

 

以前にラッパズイセンが咲いていたところは口紅水仙に植え替えられて

いました。 下を向いている花なので写真を撮るのがちょっと大変。

 

白いスミレも発見。

 

小さなブドウのように見えるピンクのアセビもすてきです。

 

買い物の後で眺めた花壇には母のお気に入りの白いイベリスとオレンジのパンジーに淡い水色のムスカリが仲間入り。

 

家にいるのがもったいなくて夕暮れ時にも一人で買い物兼花見。

これはソメイヨシノより花の白い葉の目立つ桜。半月もいっしょに

写っています。 花にパワーをもらった一日でした。

童話『七つの星』、みかんが買えなかった冬

3月21日春分の日、仕事は休みでしたがみぞれが降って寒いので

一日家で過ごしました。 母には私が子供の頃から持っている童話集に

載っている『七つの星』を読みきかせました。

 

 

日照り続きの中、病気のおかあさんのためにひしゃくを持って

水を探しにゆく女の子のお話。歩き疲れて眠ると星から水がしたたる夢。

さめると本当にひしゃくに水。女の子が水を誰かにわけてあげる度に

ひしゃくが銀になり、金になり…金のなったらさぞかし重いでしょうに(笑)。

そして最後にはひしゃくからダイヤモンドが飛び出てあの北斗七星に…

考えてみると宇宙まで舞台になるスケールの大きい童話です。 トルストイ作だそうで…トルストイの童話集読んでみたくなりました。

 

ところで病気のおかあさんのためにと言えば…今年の冬はどういうものか

母になかなかみかんを食べさせてやれず、『七つの星』のヒロインの気分。

我が家が好んで食べるSかMのサイズが私が通常利用するスーパーには

売ってさえいないのです。あるのはLかLLサイズばかりでそれも高いのですね。 なので同じ個数でみかんより百円ほどやすいポンカンをよく買いました。 写真は母が葉っぱつきでかわいいと喜んでながめていたポンカンです。

 

この季節、イチゴも食べさせてやりたいのですが、もう少し安くならないかしら?

 

曇りだけど満開―桃、白木蓮、ユキヤナギ

3月19日午前、曇ってはいましたが降らず、寒すぎもしなかったので

母を車椅子散歩に連れ出しました。

 

公園の隅の八重咲の桃と満開でした。やはり満開のユキヤナギの白との

コントラストが鮮やかです。天気が悪いのでタブレットの角度をちょっと変えるだけで黒く映ってしまうので写真を撮るのが難しかったです。

 

 

 

これは母の車椅子の目線の位置のユキヤナギです。

 

白木蓮も満開になりました。 木の下で何か不思議なことでも見たかのように

しばらく呆然としてしまいました、これほど大きくて美しい花が枝が重そうなほど咲いているなんて―何だかこの世のこととは思われないような、不思議な感じなのです。

 

以前、雨上がりの朝に宝石のような露を宿していた花壇の葉ボタンは

伸びました。 伸びた姿もかわいいと母は喜んでいます。

 

ベランダでは弟が育てている菜の花が咲いています。ひょろひょろですが。

 

花曇りというのか、菜種梅雨というのか、桜の開花の頃はなんとなく

母の大好きなお日様がひきこもりがち?になりますが、

次の週末には桜の花を見せてやれますように。

日本人への遺書(メメント) 天本 英世著

昨年友人の一人が国立天文台の第一赤道儀(太陽観測用)の写真をネットにアップしているのを見ました。歴史を感じさせるミステリアスな建物で今にも中から白衣に身を包んだ天本英世が現れそうだなと思いました。その天本英世という俳優、マッドサイエンティストの役を得意とすることは知っていたけれど、いったいどういう人なのかなと調べてみたらユニークな生き方を貫いた方であるとわかり、この『日本人への遺書(メメント)』を読んでみました。

私は子供の頃『仮面ライダー』を放送しているチャンネルの映りの悪い家に住んでいたため、天本氏の当り役の死神博士も、最晩年に教育バラエティ番組に出演された姿も視たことがありません。だから遺言を承れる立場なのかわかりませんが(笑)、私としては共感するところの多い本でした。

 

若き日の天本氏は彫の深いハンサムで、鹿児島三大美人の一人と恋に落ちたというのも不思議ではありません。木下恵介監督の『二十四の瞳』ではヒロインの夫役。私この映画が子供の頃テレビで視た記憶があるのですが、まさか後の死神博士が大石先生の旦那様だったとは。それから博士役から想像してなんとなく「小柄できゃしゃな老人」のイメージを持っていたのですがこの本に掲載されている晩年のスペイン旅行時の写真を見ると背も高く、脚も長く、老齢でも美しい姿勢を保たれています。

 

スペイン人には、必ず明日自分が生きて目が覚

めるという意識がない。明日も自分の命がある

かどうかなど、神様にしかわからないことだ。

今日生きていることだけが、確かなことなのだ。

だからスペイン人は、今日、ものすごいエネル

ギーを持っているのだ。

 

スペインでは規則より人間が上にある。

そして国会より役所より会社より学校より、

人間が一番上にあり一番大事なのだ。

(以上第3章スペイン人と日本人より引用)

    

天本氏が絶賛するほどスペインがすてきな国なのかどうか私にはわかりませんが、学生の頃、イギリス人、フランス人、スペイン人を比較する講義を受けたことがあります。日本には絶対ない何かがある国なのでしょう。また私は基本的に日本人でよかったと思ってはいますが、天本氏が指摘するように「恐ろしい国」という面もあることを感じています。

 

若き日には東京大学で学んでいた天本氏、もしも「人生を捨てるつもりで」俳優にならず学業を続けていたら本当に博士になれそうな頭脳の持ち主だったようです。バッタと人間の合成ができたかはわからないけど、ヨーロッパの文化や歴史の分野なら大家になられていたかもしれません。

 

また木下恵介作品のヒロインの相手役路線で進んでいたら特撮ものの敵役ではなく、二枚目の正義のヒーローとして活躍されていたかもしれませんが、そうならなかったおかげで自由に生きることができたようです。第4章「非国民と愛国者」には安保反対、湾岸戦争反対のデモに参加したことを友人の大物俳優から「天本っちゃん、俳優がデモをやるのはどうもね…」と苦言を呈された話があります。大物俳優つまり正義のヒーロー役が多い人は自分の旗色を鮮明する自由がないのかもしれません。

 

 

   自分はあくまで俳優であると、俳優であることだけを押し通せば、麻痺の真っ只中にいく。生きていること自体、人生の全てが俳優ということになると、俳優だから何をやってもいいのだと思い込み、常識知らずで我が儘な、どうしようもない人間になってしまう。

   人間が職業にとらわれると、人間は麻痺するのである。(第4章「非国民と愛国者」より引用)

 

最近私は職業人としての自分=つまり1円でも多く売

上をあげることと、人間としての自分に何か隙間が

生じているのを感じています。だからといってたぶ

ん仕事を辞めたりはしないでしょうけど、天本氏の

言葉は考えるヒントになります。

 

二十歳で久留米の兵営に入営した夜、部屋の窓から

カランランコロンと下駄の音をさせて歩いてくる男を

見た天本氏。

 

   昨日までは私も、カランコロンと下駄を履いて、あの男のように自由に町を歩くことができたのに、今日からは、自分勝手に下駄を履いて歩くことはできないのだ。

    ( 第4章「非国民と愛国者」より引用) 

 

自由を奪われた時代を生きた人の実感が伝わってくる

くだりです。

 

 

天本英世の出演した『殺人狂時代』などの映画もいつか観ることにいたしましょう。

 

 

早春の散歩―沈丁花、桃、白木蓮

近所のスーパーに行く途中にある保育園の前で咲く沈丁花。

母といっしょに深呼吸して小さなボールのような花のかぐわしい香りを

吸い込みました。

 

公園の片隅にある桃が咲き始めました。去年は盛りをすぎるまで

気がつかなかったので「またこの花が咲くまで母が元気であるようにと

祈ったのです。願いがかないました!

 

低い位置で咲いてくれているユキヤナギも「きれいだねえ」と母を

喜ばせます。

 

2月から花芽をつけているのに気づいてた白木蓮もついに開きはじめました。

青空に映えますね、

 

 

部屋の中ではサービス花束のアネモネ。これは家の近くにない花なので

母に見せたいと思いまして。

 

ついに花の季節がやってきましたね。