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すいらんぶろぐ

群馬県/フランス美大留学/芸大受験・美大受験予備校/カルチャースクール/介護保険認定アートデイサービス/企画画廊/学校教材/画材/総合デザイン研究所/他

「フランス・第2の故郷 エクサンプロヴァンス」の続き・・・。


すいらんぶろぐ

 

今でこそ、群馬日仏協会の「広報部か行く」

というブログの中で、”家庭で出来る簡単フランス料理”

なるレシピを紹介していますが、

http://franco.gunmablog.net/c10729.html

フランスに留学したては、

母親の手料理にいつも満足していたので

あえて自分で料理を作る などというのは、

インスタントラーメンを作るかその程度しかなかったわけで、

 

増してや、当時のフランスには日本食を作る為の的確な食材、

例えば、カレールーとかシチューのルー

餃子の皮とか・・・。

それに炊飯器もないのでお米は取りあえずあるものの、

”どうやって炊くのか???”って感じ

 

高校生の時、キャンプで飯ごう炊飯で炊いたくらい・・・。


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そんなわけで、安部さんの所から

新しい自分のアパートに引っ越しした直後は

大学食堂もアパートからちょっと遠くなってしまったり

さすがに毎日フランス料理の学食を食べ続けていると

飽きてきたし、

いつもいつも安部さんも学食に行っていたわけではないので

そんな時は、”目からうろこ”状態だった

バゲットとバターとジャムの美味しさに

本当に驚いて、

ほぼ毎日、約1ヵ月間はバゲットを毎日朝買いに行って、

スーパーで買っていたバターとジャムを

本当に美味しいと思って食べていました。

 

でもさすがに一月間同じものを食べていると 

飽きてきて・・・

 

”次に何が出来るか・・・・??”

と考えた時、

”そうだ、パリで松田さんが作ってくれたパスタを作ろう!” 

と思いつき、

それはパスタを茹でて、そのパスタをバターであえて

お皿に盛りつけ、その上に半熟の目玉焼きと

中国醤油を掛けて食べる

というもの。

 

 

こんなシンプルな和製パスタが

何と何と美味しかったことか!!

 

スパゲッテイーもとにかくものすごく安いし

簡単だし・・。

今考えると、鍋に塩を入れて茹でていたかどうかは

ちょっと怪しいかな~?

 

しかし、この食べ方も毎日になってくるので

1カ月はさすがに続かなかったかもしれません。

 

次に考えたのはトマトソース。

これもどうやって作るのかはまったく分からず

とにかく想像で・・・。

 

玉ねぎを細切りにして、バターで炒めて、

そこにトマトペーストを入れ、

ビーフブイヨンと水を入れトマトソースを作り

何故か当時はそこに中国醤油を入れて、

”隠し味だ~” と思いつつ 作っていたように思います。

 

今考たら、とんでもないトマトスパゲッテイーで

始めのうちはまずくてまずくて・・・。

 

試行錯誤しているうちに、

またこのパスタを1カ月は食べていたかと思います。

 

結局、そんなパスタも飽きてきて

 

フランス語の進歩も思ったほどではなくて、

気持ちはガタガタ、

食べ物のバランスも異常に悪かったので

劇太り・・・。

 

たまに書いていた親への手紙の内容もかなりひどかったらしく

とてもとても心配した手紙が帰ってきました。

で、結局 やっぱり食生活が荒れると、

精神的にもかなり悪い!

 

そんあわけで、親へ珍しく当時は電話は

郵便電話局PTT(ペーテーテー)へ

 

それもPCV(ペーセーヴイ)といって、受信者側払いの電話で。

”だしの素とかインスタントみそ汁、乾燥わかめ、カレールー

うどんそばの乾麺、鰹節など・・・

そして料理の作り方本を送ってくれ~” と・・。

 

フランスへ到着して約3か月後、

やっとの思いではじめて日本へ電話したのが

この時でした。

 

それから、約1か月後 船便で荷物が到着

箱の中にもお願いした食材の他、包丁やまな板

衣類なんかも入っていて、

そして料理本は「土井勝の料理教室」 

と 主婦の友社刊 「お嫁に行く前の500種」

この2冊。

 

 

とにかくまずは道具ときり方を「土井勝先生」の本を

熟読しながら練習。

そして、「お嫁に行く前の500種」は

とにかく、よだれが止まらなくなりそうなほど、

美味しいそうだし

しばらく食べていない食べ物が・・・。

 

確か一番最初にトライしなのが、カレー

ル-なしで作るカレー

それを手始めに、食材がそろうものは

最初のページから、かたっぱしに作りました。

すごいですよ、この2冊。

 

たぶんもうこの2冊はあまりに古すぎて、

今は廃版になっているとは思いますが・・・。

 

僕の料理学校ですね!!


 

当時、今は分かりませんが、

日本人女性は、意外と日本食にこだわらない・・・。

なければ無いで、フランスにあるものを食べる。

 

でも男は、カレーが食べたい!

と思うと食べられないことでストレスになるので

何が何でも作ろうとするわけで・・・。

 

だから、大概僕以外でも、

和食は男の方が上手かった!

そこに日本人女性が 

”材料代は出すから今度、食事誘って~!」と・・・。

 

”なんだ 調子のいい女!!” と思いつつも

美味しい美味しい と言ってくれると嬉しいもので

ついつい作ってしまいました。

 

料理が上手くなる時って、

こういう時なんだろうな~って思います。

 

なんか、お料理初心者の

結婚したての日本人女性のコメントみたいですが・・・。

 

今では、和食は勿論、フランス料理に

イタリアン、スペイン料理に

中華、ベトナム料理、北アフリカ料理などなど・・・。

色々な国の料理をつくるまでになりました。

 

まあすでに男の趣味の料理 

の域はとっくに過ぎてしまっているので

どういうレベル? と聞かれるのはとても困るので

群馬日仏協会の「広報部が行く」のブログ 

簡単フランス家庭料理と

レストランのヴァンソンさんの

担当箇所の記事を読んでもらうと少しは

分かってもらえるかもしれません。

 

でも別に今はレストランはやっていませんよ。

あくまで、ちょっと行き過ぎる趣味 かな~??

悪しからず!!


 

つづく

フランス・第2の故郷 エクサンプロヴァンスのつづきです。

 

安部さんの所の居候も、約1月半して

安部さんの友人のカンボジア人のサム

彼はカンボジアの王族系の息子で、

その昔カンボジアの王族系の子供は、

ある時期になるとフランスに留学するのが決まりで

そのフランス留学中に国に革命が起こって、

フランスにそのまま亡命という形で残っていた

旧王族家の一人だったんです。

彼が本当にいい人で、後にも随分とお世話になりました。

 

で、サムが言うには

”いいところに部屋が1つ空きそうだよ・・・”

”今ちょっと部屋を改装しているから、完成したらけっこういいよ!”

って。

”大家を知っているから、不動産屋通さなくて、

直接そこに入れるよ!” なんて。

 

たぶん安部さんが

”とんでもない迷える子羊を我が家に飼っているけど、

さすがにそろそろ大変なんだ~” ”ちょっと助けてくれる?”

ってサムに相談していたんだと思います。

 

そんなわけで部屋を見つけてきてくれて、

勿論、あんまり安部さんに長い間甘えてもいられないので、

早速、その部屋を借りることにしました。


 

2階建ての2階でロフト付、風呂、シャワー付き、バルコニー付

隣はバラ園がある公園で

まるで自分の家の庭みたいな、なかなかいい物件。

 

当時、月6万円くらいで、実は通常の相場からすると

けっこういい金額ではありましたが、

もうすでに11月半ばだったので

こんな物件は出てこないと言われ、入居することになったのです。

 

ただし、家具がまったく付いていないので、

家具や食器、鍋、テーブや椅子、ベッドにふとん、カーテンなど

とにかくそろえるものが山ほどあって、

ベッドやふとんは、郊外のホームセンターに買いに行かないと

安いものがないというので、

またまた安部さんが車を持っている友達を探してくれて

カルフールに買い出しに。

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でも結局、必要な物の一つ一つの値段があまりにも高くて・・・・

結局、冷蔵庫とベッドのマットレスとふとんにまくら、

シーツ類、ベニヤ板に台座を買って取りあえずのテーブルを作って

安い中古の椅子を買って・・・・という感じ。


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ナイフとフォーク、スプーンやコップは

毎日すこしづつ、大学食堂のものをちょっと拝借したり・・・

 

間を掛けて、高級住宅街ですでに捨てられていた

ルクーゼの鍋やテイファールのフライパンを拾ってきて

壊れていた取っ手を直したり、付け足したり・・・

 

少し足の壊れたソファーや

アンテイークな壊れかけたテーブルを拾ってきて、

自分で修復したり・・・

 

そんなこんなで、

”何とか必要な物はそろっていった” 

って感じです。

 

やっぱりエクサンプロヴァンスって、お金持ちが多い街なので

"こんなの捨てちゃうの~"

というものがけっこうゴロゴロ捨てられていたので

本 当 に 助かりました。(感謝)

学生時代のいい経験です。


 

それと、アパートの中で唯一、ちょっと耐えられなかったのが

オレンジ色と緑が基調の大柄の花の絵が、

白地にプリントされている壁紙が全面に貼ってあって・・・・

まだまだこのころは生粋の日本人だったので

この壁紙はあまりにも個性的で圧迫感があって

ちょっと落ち着かなかったんです。

 

ある時、夜の10時ごろだったでしょうか・・・

思いたって その壁紙が気になりだして、

一気にはがして・・・・”ヤバイ・・・”

 

はがしたい勢いでもう壁紙を貼り直すしかない状況になって

翌日、街のホームセンターに行って、

安~い白い壁紙を買ってきて

全面、自己流で貼り直したのですが、

 

安部さんや、ヒロシが翌日来て、びっくり!!

”どうしたの、あれ壁紙白くなかったよね???”  

 

そのあまりにも急な部屋の変わりように 

びっくりしていたのを今でも覚えています。

 

大き目な部屋、日本でいうとロフト付きの

20畳くらいの天井の高い屋根裏部屋なので、

自分でもびっくりしていましたが

”なかなかいい感じ~・・・”と

なかなかおしゃれでいい感じの部屋になって

大満足!!

安上がりな贅沢です。

 

それからでしょうか、この部屋の無謀な模様替えの経験が

いいストレスの発散になって

この後、数年の間 新しいアパートに引っ越しする度に

自分でインテリアをリフォーム出来る物件ばかり

住みかえて行きました。


 

今現在の我が家のインテリアや外の部屋で使用している

テーブルや椅子も、自分で作っているのです。

 

この頃の経験ですね。

楽しかったな~~~!

 

つづく

クラス分け試験で0点を取ったにもかかわらず

下から2番目のクラスに入れてもらって、

フランス語の授業に出席するものの

なかなか他の国、

特にヨーロッパ系の人たちの上達は

"うっそ~・・・”って思うくらい本当に早くて、

僕と同じく、最初はまったくフランス語が出来なかった

オランダ寄りのベルギー人は

ほぼ、2か月くらいしたら もう殆ど話せるようになって

飛び級で、もっと上級のクラスに移ってしまったくらいです。

 

 

ほぼ同じルーツを持つ言語の国の人たちは、とにかく

日本人では理解できないほど上達が早い‼

 

そんな時、いっこうに上達しない僕を心配してか

また同情されてかは分かりませんが

僕らのクラスの担任だったとっても気さくなベンが、

”今度うちに遊びに来いよ! ヴヴネ アンジュール シェモア?”

なんて言うのです。

 

”以前も同じように日本人の生徒を招待したことがあるんだ” 

と・・・。

ベンは僕にそう話したのか、ヒロシに話したのかは

ちょっと忘れてしまいましたが、

結局 その後けっこう直ぐに

二人でベンの家へ行ったんです。

 

ベンはも背もあまり高くなく、

けっこうなもじゃもじゃ頭で、口髭から顎髭まで伸ばした

ちょっとユーモアな先生で、

実は彼の趣味はフロマージュ(チーズ)のテイステイング。

 

この日も、確かヒロシと二人でワインを買って

彼の家を訪ねたのですが、

もう既に、大きなテーブルの上にはものすごい数

兎に角大きなテーブルに隙間なくいっぱいある

フロマージュ(チーズ)とワイン。

フロマージュはきっと数十っ種類はあったと思います。

 

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”ボンソワー、ビヤンヴニュ シェモア

(こんばんわー、ようこそ我が家へ)”

って感じで僕らは言われるままにテーブルについて・・・。

 

僕らは、というか、少なくとも僕は

かなりお腹がすでに空いていて、

夕食に招待してくれると言うので、

けっこう期待して行ったんです。

ヒロシはフランス人家庭にホームステイしていたので

フランス料理を既によく食べていましたが、

僕は安部さんの家に居候の上、夕飯は大学食堂ですから、

学食の料理は食べているけど

一般家庭のフランス料理は食べていなかったので・・・・。

”ふ~っ  腹減った・・・・・”

 

 

ベンは根っからの教師で、

何故今晩僕たちをベンの家に呼んだのか・・・

 

"今日はフロマージュを食べる夕食に招待したのだけど,

フロマージュが

どのくらいフランスの文化に直結しているのか・・・”

などなど、熱っぽく話していたのは覚えています。

 

彼が話したことを

僕が全て理解できていたとは思えないので

きっと、その頃はヒロシが僕に

通訳してくれたのかもしれません。

それに、その頃まだフロマージュについてなんか

一切分からないので

テーブルのフロマージュを食べてから、

料理が出てくるのかと

実際思ったくらいですから・・・。


 

で、大量のチーズの種類を ベンの講釈を聞きながら

(殆ど分からなかったけど・・・)

一つづつ確認するように、ワインもベンに言われた通り

”このフロマージュはこのワイン

みたいな感じで食べて飲んで・・・”

 

何種類くらいか食べたか分からないのですが

当時の僕らにとって、フランスのフロマージュ自体が

僕らが知っている 日本で食べていたプロセスチーズや

溶けるチーズとはまったく違っていて、

とにかく匂いがきついし、味も特殊で・・・。

 

それをワインと一緒に食べると、

胃の中がだんだん発酵してくるように

とにかくもの凄くきつかった~~~!!

たぶん、それでも全部食べられなくて、

15,6種類くらいでしょうか??なんとか食べたのが・・・。

その間、ベンも気を使って食べやすいフロマージュとして

勧めてくれるフロマージュも

それでも、フロマージュの初心者としてはとにかく 

”うっっ・・・・・・・・。”

って感じで。

 

 

それでもベンの優しさはとても嬉しくて、

”もう少し頑張って勉強しよう~!”

って思ったものです。

 

2,3時間はベンの家に居たでしょうか・・・。

何とか帰ることになって、

”メルシーボクー! アドウマン 

(ありがとう  また明日)”

みたいな感じで彼のアパートを出て、

細い路地に出たとたん

ここまで我慢していた胃の中が発酵する感じと

気持ち悪さがこみ上げてきたと思ったら、

 

すっかり静かになって、

ベンのところでもほとんど話さなくなっていたヒロシが

僕を通り越して、先に 

”・・・・・・・・・・・・・・・・・”

あっという間 に発酵したものを街に解き放っていました。

 

”あ~先越された~~・・・”  

二人で解き放っている場合ではないと

僕は結局我慢できたのですが、

本当につらい辛い フロマージュセミナーでした。

 

でも、こんな辛い経験をすると

フロマージュが嫌いになるものですが、

実は、今ではヒロシも僕も、

”フロマージュ大好き!!” なんです。

”フランス人にもちょっときつい!”  

っていうようなフロマージュも

とても好物です。

不思議なもんですね。

 

まさにフロマージュとワインは

フランスの文化そのものであると

ベンが僕らに身をもって教えてくれたのでしょうか・・・(笑)


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つづく

 

フランス・第2の故郷 エクサンプロヴァンス前回の続きです。

 

大学食堂は、ただ安い ということだけで

行ってたわけじゃないんです。

まあ最初は安く食べられるからだったんだけど

大学食堂は、その国の習慣やカルチャーが凝縮しているから

いろいろなことが分かるんです。

 

 

はじめて安部さんやフランス人の友人たちと学食に

夕飯を食べに行ったときのこと

みんなフルコースの食事を食べ終わると

食べ放題のコーナーに歩いて行く・・・

サラダを白い皿一杯に乗せてくるのが なんとも不思議な光景

僕も見よう見まねで・・・


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このサラダは学食のサラダではありませんが・・・

 

”え~葉っぱしかない・・・” と心の中で思いつつ

自分の席に帰って、 

”あれ~この葉っぱ全然切ってないじゃない”

”どうやって食べるんだよ”  

と思うほど大きなままの葉っぱ。

 

一般的にフランスで学生の間でサラダといったら、

グリーンサラダ。

日本のスーパーでは”サラダ菜”として売ってるけど

フランスでは Lotus ロチュース 英語読みでレタス。


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いつから日本で売っているあのパリパリのみずみずしいものが

レタスと呼ばれるようになったのかは定かではありませんが・・・。


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そのサラダはとにかく日本のようにちぎったり、

カットしたりしているわけではなくて

お皿に、葉っぱごと好きながけのせて、

そこにドレッシングをかけて食べるわけです。

 

で、

”しょうがない、少し食べやすくナイフで切って食べよう・・・”

と思いつつ切り始めたら

”アトン!! イルフォッパ クッペ ドウ サラッドウ!!”

待って!! サラダは切っちゃダメ!! 

と制されて 唖然。

 

実はこの葉っぱ、ナイフで切って食べては 

マナー違反なんです。

葉っぱを切って食べるのは、育ちが悪いフランス人か、

あまりそれを気にしない外国人が一般的なようで

比較的、育ちがいいフランス人の学生が多い

エクサンプロヴァンスの大学食堂では

これはかなりご法度だったみたいで、

フランス人の友人が僕の方を見て、

 

”こうやって食べるのよ!” と・・・。

どうやって食べるかと言うと、

葉っぱをナイフとフォークで上手に畳んで

最後に左手に持ったフォークでそれを差して食べます。

この時、フォークは右手に持ち替えてはいけないんです。

”厳し~~~~いい!”

まあ、これを面倒という人もいるけれど、

日本で言えば、「茶碗を持たないでご飯を食べる」 

とか

「左手を出さないで、どんぶりに顔を近づけて麺をすする」 

とかに近いかもしれないな~。

 

もともと、なぜ「ナイフでサラダを切ってはいけない」

と言うようになったか というと

磁器のお皿の上で酢の入った 

酸性のドレッシングのかかったサラダの葉っぱを

銀のナイフとフォークで切ると、

銀食器が酸化して、それが葉っぱと一緒に口の中に入ったり、

磁器の食器に酸化した銀のナイフの切った筋がついてしまうから

というのが本当の理由らしいんです・・・・。

 

まあマナーとか習慣とかは、

大概何かそういった合理的なことが

要因となっているんだろうな~・・・。

 

だいたい右手にフォークだけを持って、

何か簡単なものを切るのもフォーク1本で・・・

とうのはドイツ人とか北欧人には多く見られるけど、

フランスは出来るだけナイフとフォークを最後まで持ちかえずに

というのが原則のような気がしま~~す。

 

パスタなんかを食べる時はナイフは使わないので、

右手にフォークだけで食べるか、

左手にパンをちぎって持って

たまに、左手で右で持ったフォークからパスタが

落ちないように支えながら食べて

最後にパンもパクっと・・・というのが一般的ですね。

 

 

それとか、オレンジを食べる時は、

ナイフで表面の皮をむきながら

ナイフでオレンジの房を外しながら食べるとかなんかも、

はじめてその食べ方を見た時は  

驚きでしたが・・・。

 

大学食堂で他のフランス人が食べる姿を見ながら

その習慣を学んだり

フランス人の友人が、

”あれはまねしちゃダメ”とか

”これは本当はこうしなくちゃダメ” とかやたらと

子供にしつけをするかのごとく 

教えてくれたものです。

 

学食で夕飯を食べた後は、

夜のカフェに寄ってカフェやビールを一杯。

そして、雑談とともに友との友情を育む  

って感じかな・・・。


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それと、実はフランスって日本のように

あまり水が蛇口から大量に出てこないんで

例えば、シャワーの水の出もあんまり良くないし、

増してやお湯の出も良くない。

当時はまだ 更に今からみればなおさら水の出が悪かった~。

 

それに僕が居候していた安部さんのアパートには

風呂もシャワーもなかったので、いい暮らしをしている

誰かのアパートに行ってシャワーを借りるか

大学食堂で夕飯を食べた後に学生寮に忍び込んで、

共同シャワーをこっそり借りて浴びてくる

って感じ・・・・・。

 

でもこのシャワーが本当に出が悪くて、

お湯も夜間電力で温めたタンクのお湯が無くなると、

どんなに必死で蛇口ひねっても 

あとは水しか出てこなくなるんでね。

 

みんなそのことは知ってるので、出来るだけ早めに

チョロチョロ出るお湯のシャワーを浴びるんだけど、

僕らが夕飯を学食で食べた頃には、

もう殆どお湯なんか出てこなくて

 

まだ夏や初秋はいいけど、冬に近づいてくると

殆ど水のシャワーで本当に寒くてツライらしい!!

僕は冬のシャワーは経験しなかったけど・・・。

 

でも初秋の学生寮のシャワーを浴びた後は、

特にドライヤーがあるわけではないから、

あらかじめ用意しておいたタイルでさっと拭いて、服を着て

アパートに帰るまでにはもう髪の毛も乾いてる  

って感じだったような・・。

 

まあ日本と違って、本当に湿気がないので、

あんまり汗をかかないので

学生なんかは特に、シャワーも3日に1回

みたいな感じでしたね~・・。

 

なんか ”ワイルドだろ~~!!”

ちょっともう流行遅れですかね・・・(笑)

国が変われば、習慣も常識も変わる。

 

日本は、とてもステレオタイプに

価値観を一つにしようとする傾向があるけど

世界に出れば、日本の常識は世界の非常識。

 

”郷に入っては郷に従え” 

”住めば都”  

とは先人は良くいったものだと思うけど

 

これって、今の日本人は

とても苦手なような気がするな~。

日本人大丈夫かな~~~・・・?!


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つづく

いよいよ語学学校が始まって、初登校

そのクラスに入るとそこには約20人くらいの

多国籍の年齢も様々な男女が。

 

そしてそこに、今パリで鍼灸師をしている

Hiroshiがすでに座っていて

確か最初はヒロシから話しかけてくれたのかもしれません・・・。

 

何しろ聞こえてくる言葉は、動物が鳴く音や車の音、

音楽とまったく同じレベルで 単なる音でしかなくて、

意味を理解できる音は何一つありませんでしたから(笑)


 

そして、背のあまり高くないずんぐりむっくりで、

もみあげから顎まで続く髭を蓄え、

ちょっとアフロ気味の髪の毛を蓄える

フランス人講師・ベン が入ってきて

何やら話していて、それもよく分からない。

 

よく分からない初心者クラスのはずなのに、

みんなニコニコと彼の話を聞きながら彼の話にうなづいていて、

”なんだよ~、みんな言葉わかるじゃないか~、初心者じゃないぞ!!”

と心の中で呟きながら、ベンが一人づつ生徒に話しかけていて

 

自分のところへ近づいてくる・・・

もう” ドキドキ・・・”

”まずい、来ないでくれ~、何言ってるか分からない~”

と思ってる僕の顔がよっぽどテンパっていたのか

 

まだお互いにまともに自己紹介も終わっていないヒロシが

”今ね・・・・なこと言っていて、それぞれ自己紹介してるんだよ” 

と教えてくれて ”ほっ・・・”

 

もちろん、フランスに到着してから

まだまだはっきりと何を言っているかはよくわからないものの

少しは一方的にフランス語で自己紹介をする 

くらいの勉強はしていたので

”よし、じゃ~勉強の成果をここでだすぞ!!”

みたいな感じで  

”ヨシ!根性!”(元体育会系剣道部なので)

 

緊張で何が何だか分からずに始まって、

あっという間に授業が終わって、

終了後、ヒロシとあらためて自己紹介をして

その後、カフェに行っていろいろと話をしたような気がします。


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自分が今、安部さんという人の所に居候していること

どうしてフランスに来たのかということ

ヒロシがエクス近くのエギイーユという村の

フランス人宅にホームステイしているということ。

語学が好きで、以前はイギリスに留学していて

英語が話せるということ。

などなど・・・。

 

それから、毎日のようにエクスの中心にある

クールミラボーのカフェに行って

お互いを語りあい、行きかう人々を眺めながら

あまりにも綺麗な女性ばかりが目に入ってきて、

そのことについて語り合ったり・・・。

 

当時クールミラボーのカフェで、

日本ではお目に掛ったことがないほど巨大なパフェが出されていて

それがまた巨大なんだけど、美味しいそうで

それを食べている人がいると

”よくあんなの食べてるよね~!”といいながらも

食べてみたいとヒロシも僕も思っていて

 

ある時一人で一つを頼むのは食べきる自信も不確定だし、

一人一つ頼むのも”恥ずかしい”という気持ちもあって

「二人で一つ注文して食べてみよう!」

ってことになって、注文して食べたのだけど

それはそれはもの凄い量だったのを今でも覚えています。

 

美味しいけど、とにかく甘いしものすごい生クリームの量!


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それにしても今から考えると、

男二人で一つの巨大パフェを食べるなんて

きっと、そっち系の人たちに確実に思われていたでしょうね!!

(ジャンダー差別で言っているのではないので、誤解の無いように)

その時はまったくの無知だったので・・・

 

当時、ヨーロッパで同性同士だけで一緒ご飯を食べたり

一緒に肩を組んで歩いたり・・・なんてするのは

日本人と厳格なイスラム教徒のアラブ人くらいしかいなかったですからね。

 

たぶん今でも、アジア人とアラブ人くらいしか

いないのではないでしょうか・・・?

まあ・・こんな毎日がその後しばらく続き、

本当にこの時期は楽しかったー。

 

ちなみにクールミラボーのカフェは、

だいたいおのぼりさんか観光客現地の人は殆ど行かない。

 

だって、同じカフェ飲んでも値段全然違いますから・・・。

観光客価格??!!通常の2倍3倍は当たり前。


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夕飯はよく、安部さんと大学食堂に行ったのだけど

エクスには大学食堂が4か所ほどあって、それぞれ特徴があったり

最近はあそこの食堂が美味しいとか、

セルフサービスメニューが充実しているとか

いろいろな理由でその食堂を選んでいたんですが、

当時の金額で、日本円にして250円~300円くらいだったと思います。

でもちゃんとフルコースなんです。


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前菜が2,3種類くらいから 一つセルフで取り

メインも2種類から一種類を取り、デザートか果物

サラダとセルフメニューの根菜類系の副食とパンは食べ放題

これでこの値段はものすごく安いです。


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確か大学職員などの学生以外は、同じものでも金額が違っていて

1000円くらい出していた気がします。

 

フランスはとにかく金銭的に学生に優しい国です!

 

つづく