ブログのつづきです。
エクサンプロヴァンスで幸運にも、安部さんという
後にもいろいろとお世話になる恩人であり、
エクスの芸大の先輩となる人と出合って
少しの間、アパートの部屋も間借りしながら
更に、安部さんのいろいろな友人たちを紹介してくれるんです。
その中に一人、MIEKOさんという千葉出身の女性で
黒髪の長いスラリとした当時、27,8歳の
綺麗な落ち着いた感じいかにも育ちの良さそうな女性がいて、
彼女は本の翻訳の仕事をしながら、
当時エクサンプロヴァンスに留学していたのだと思います。
とてもフランス語が堪能な「才色兼備」という言葉が
ぴったりな女性でした。
僕にとっては、頼りがいのあるお姉さんです。
安部さんも当時は
たぶんいろいろ自分の勉強やアルバイトのこととかで、
とても忙しかっただろうし
朝から晩まで、僕だけの面倒も見ていられない(当然、当然)
ということでMIEKOさんに、
「彼のこと、ちょっと面倒見てあげてくれる・・・」と
彼女も「まだ当分授業も始まらないから、いいわよ」って感じで
それからはほぼ毎日のように、今度はMIEKOさんの友人たちに
出合う毎日が始まりました。
でもいつも、フランス人の友人や知り合いから
僕のことについて
「彼はMIEKOの子供?」
と言われて(半分冗談?半分本当)
憤慨していたのを覚えています。
「そう言われた」と僕に其のつど言っていたので・・。
彼女はとても落ち着いて見えたので、
かなり実年齢より年上に見られていたし
僕はかなり童顔だったので、
当時は13、14歳とか言われたりしましたから・・・。
まあしかしながら、彼女にしてみれば
面白くはなかったでしょうね。
そんな中に、ちょっとMIEKOさんに好意を
寄せていたフランス人がいて
それがそれ以降、僕との長い友人関係の切っ掛けとなった
14年前には、東京の在日フランス大使館公使だったC.P 。
(あえて実名は書きません・・・)
その後、在豪フランス大使などに就いたC.P
彼も多少の下心は持ちながらも、僕が語学学校に入学する前
はじめて生のフランス語を僕に教えてくれた
はじめてのフランス人だったんです。
彼との出合いは、今から15年半前に立ちあげた
群馬日仏協会設立の大きな要因にもなりました。
群馬日仏協会URL http://www.fj-de-gunma.com/
そして10月の中旬ごろには、いよいよ語学学校のはじまり!
クラス分け試験で大笑いされた「0点」の結果
本当は午後の一番デビュタン(初心者)
のクラスでスタートするわけでしたが
ここでも僕は、”出来れば午前中のクラスに入りたい” とお願いし
下からニ番目のクラスに入れてもらいました。
今考えると単純に”午後の時間が有効利用できるように・・・”
”午後、遊べるように・・・”のほうが正しいかも。。。
と思って、無理に優しくしてくれるマダムにお願いして
午後にしてもらったのですが、ここでもまったく自分勝手というか
無知と言うか・・・楽観的というか・・・。
です。(笑)
まさに若気の至り・・・。
で、このクラスで運命の出会い!
「運命の出会い」というと、未来の伴侶 と思いがちですが
そうではなくて、
今も無二の親友となる
「IWAOKA Hiroshi」と出合うことになります。
彼は僕より5つ年上ですが、そのころから、今でもまるで同い年か
時には僕の方が先輩のような態度を許してくれる
本当に懐の大きな友人です。
現在は、パリで鍼灸と指圧の名人として
沢山の生徒を抱えながら彼らへの指導と治療を通して
東洋医学の本質を布教?しています。
いまでは、毎年パリに行った際には、
彼に身体のコンデイションを調えてもらっています。
彼らについてはまたどこかで詳しくお話したいと思います。
つづく

































