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すいらんぶろぐ

群馬県/フランス美大留学/芸大受験・美大受験予備校/カルチャースクール/介護保険認定アートデイサービス/企画画廊/学校教材/画材/総合デザイン研究所/他

ブログのつづきです。


すいらんぶろぐ

 

エクサンプロヴァンスで幸運にも、安部さんという

後にもいろいろとお世話になる恩人であり、

エクスの芸大の先輩となる人と出合って

少しの間、アパートの部屋も間借りしながら

更に、安部さんのいろいろな友人たちを紹介してくれるんです。

 

その中に一人、MIEKOさんという千葉出身の女性で

黒髪の長いスラリとした当時、27,8歳の

綺麗な落ち着いた感じいかにも育ちの良さそうな女性がいて、

彼女は本の翻訳の仕事をしながら、

当時エクサンプロヴァンスに留学していたのだと思います。

とてもフランス語が堪能な「才色兼備」という言葉が

ぴったりな女性でした。

僕にとっては、頼りがいのあるお姉さんです。

 

安部さんも当時は

たぶんいろいろ自分の勉強やアルバイトのこととかで、

とても忙しかっただろうし

朝から晩まで、僕だけの面倒も見ていられない(当然、当然) 

 

ということでMIEKOさんに、

「彼のこと、ちょっと面倒見てあげてくれる・・・」と

彼女も「まだ当分授業も始まらないから、いいわよ」って感じで

 

それからはほぼ毎日のように、今度はMIEKOさんの友人たちに

出合う毎日が始まりました。


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でもいつも、フランス人の友人や知り合いから

僕のことについて 

「彼はMIEKOの子供?」

と言われて(半分冗談?半分本当)

憤慨していたのを覚えています。

 

「そう言われた」と僕に其のつど言っていたので・・。

 

彼女はとても落ち着いて見えたので、

かなり実年齢より年上に見られていたし

僕はかなり童顔だったので、

当時は13、14歳とか言われたりしましたから・・・。

まあしかしながら、彼女にしてみれば

面白くはなかったでしょうね。

 

そんな中に、ちょっとMIEKOさんに好意を

寄せていたフランス人がいて

それがそれ以降、僕との長い友人関係の切っ掛けとなった

14年前には、東京の在日フランス大使館公使だったC.P 。 

(あえて実名は書きません・・・)

その後、在豪フランス大使などに就いたC.P


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彼も多少の下心は持ちながらも、僕が語学学校に入学する前

はじめて生のフランス語を僕に教えてくれた

はじめてのフランス人だったんです。

 

彼との出合いは、今から15年半前に立ちあげた

群馬日仏協会設立の大きな要因にもなりました。

群馬日仏協会URL http://www.fj-de-gunma.com/

 

そして10月の中旬ごろには、いよいよ語学学校のはじまり!

クラス分け試験で大笑いされた「0点」の結果

本当は午後の一番デビュタン(初心者)

のクラスでスタートするわけでしたが

ここでも僕は、”出来れば午前中のクラスに入りたい” とお願いし

下からニ番目のクラスに入れてもらいました。

 

 

今考えると単純に”午後の時間が有効利用できるように・・・”

”午後、遊べるように・・・”のほうが正しいかも。。。

と思って、無理に優しくしてくれるマダムにお願いして

午後にしてもらったのですが、ここでもまったく自分勝手というか

無知と言うか・・・楽観的というか・・・。

です。(笑)

 

まさに若気の至り・・・。

 

で、このクラスで運命の出会い!

「運命の出会い」というと、未来の伴侶 と思いがちですが

そうではなくて、

今も無二の親友となる 

「IWAOKA Hiroshi」と出合うことになります。


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彼は僕より5つ年上ですが、そのころから、今でもまるで同い年か

時には僕の方が先輩のような態度を許してくれる

本当に懐の大きな友人です。

 

現在は、パリで鍼灸と指圧の名人として

沢山の生徒を抱えながら彼らへの指導と治療を通して

東洋医学の本質を布教?しています。

URL  www.myo-energetique.com  


いまでは、毎年パリに行った際には、

彼に身体のコンデイションを調えてもらっています。

彼らについてはまたどこかで詳しくお話したいと思います。

 

つづく

「フランス・第2の故郷 エクサンプロヴァンス」の続きです。

 

 

エクサンプロヴァンスに到着3日目の朝、

はじめての、安部さんのアパートで迎えた朝です。

 

朝になってもやっぱり相変わらず部屋は汚く、物があふれ

カビくさい臭いはあるものの

大きく開いた大きな窓からは、間接光ながら朝日に溢れ

道を行き交う人の心地よい話し声と

時たま通る車の音、それに文句を言ってる人の大きな声

朝清掃の際まかれた水が蒸発する匂いや

目の前のパン屋から香ってくる美味しそうなパンの匂い。

 

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”あ~、これからフランスの生活が始まるんだ~!”

と 昨日までの不安からはすっかり解放され

とてもワクワク、ドキドキしたことを今でも覚えています。


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そして、この日も安部さんが

”ちょっとパン買ってくるね” と言って、

前のブランジェリー(パン屋)へ

この日は、クロワッサンとブリオッシュ


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この日もやっぱり、ちょっとへこんだ

あまりきれいじゃない鍋で牛乳を沸かし

やはりボコボコなエスプレッソメーカーでコヒーを淹れて

ちょっとヒビの入ったカフェオレボールにそれを注いで

プチ デジュネ(朝ごはん)


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この日も、はじめて食べたブリオッシュが本当に美味しくて

パン嫌いだった僕はすっかりパン好きに・・・。

そうこうしているうちに安部さんと話していて

じゃ~、エクスマルセイユ大学付属語学学校(Institute pour les etrangers)

に入学手続きに行こう!

ということになり、安部さんに連れられて学校へ

実は、日本から入学申請をして留学VISAを取得した場合は

フランス入国1週間以内に、入学手続きをして、

滞在許可を取得しないと、そのビザは無効になってしまうんですが、

そんなこと、まったく知らずにいたボケ状態だったので・・・。


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そんなわけで、朝食を終えると早々に語学学校へ。

かなり古い建物の大きな木彫が施されて扉を入って

ちょっとひんやりした大きな階段を2階まで上り

既に開いていた扉の前で安部さん

 

”Bonjour! ボンジュール”

僕も真似して ”ボンジュール”

事務局に入ると

そこには、眼鏡を掛けたちょっと怖そうなマダムと

ツンとした若い20代?のマドウモアゼルがいて

入ると、安部さんはその人たちととても親しいようで

楽しげに談笑。

 

マダムは ”アロー ボンジュール カズ。ヴザレビヤン?”

 

その内に、何やら安部さんは僕のことを説明し始めたようで

”あら、そう~っ”って感じで僕のことをちら見の連続。

 

何を言っているか僕にはまったく分からないうちに

安部さんの通訳で、デスクに座り

言われたまま記入しながら入学申込が終了したのですが

翌日クラス分け試験をするということで翌日の朝も来校。

 

この日は、安部さんに”一人で行けるよね” 

と言われ、一人で来たのですが

何を言われても ”Oui!  Oui” で返答・・・・

たぶん全然分かっていないのは、十分わかっていたでしょう。

 

ちょっとツンとした事務局のマドウモワゼルの後をついていくと

厳粛な感じの講堂が。

 

でもだれ一人いないいシーンとした、ちょっとひんやりした講堂で・・・  

”えーっ ここで一人で試験? ”

 

結局後で分かったことは、語学学校に入学する人はもっと早く

入学申請をしているらしくて、僕の入学申請は締め切り間際の

かなりギリギリの日程だったようです。

たぶんそこで一人で?か もう一人くらい後から入ってきて

試験をおこなったかもしれません。

試験用紙を渡されて、確か1時間くらい?の試験。

 

”よし、少しくらい分かるだろう!” 

と心の中で思いながら

試験用紙に向かったものの、

”分かるところから書こう・・・”と

上から順番に見ていったもののまったく分からず・・・・。

ほんの少しは書いたもののもう10分くらいでギブアプ。

 

翌日、試験結果を教えてもらいに、

その時は安部さんも一緒に。

事務局に入ったら、

マダムが深刻な顔をしながら安部さんに話していて・・・

安部さんも ”あ~・・・・・っ”

 

結果は「 0点 」

 

学校始まって以来の・・・・??

安部さん曰く 

「日本人にもこういう人がいるのね~~ 安心したわ」 

と マダム(と言っていたらしい)

 

殆どの日本人はフランスに語学の勉強に行く前に

しっかりフランス語の文法は勉強してくるので、

意外と話は出来なくても、試験は 100点とか

まあせいぜい80点くらいは採るのだそうです。

 

だから僕も話は出来なくてもパーパーテストは

それなりの結果なんだろうと思っていたんだそうです。

 

それがいきなり 「 0点 」 なので、

唖然としたのと同時に

安部さんも「よくこれでフランスに来たね~・・・」と。

でも、急にマダムが笑いながら

大声で安部さんに話していたかと思うと

突然皆で大笑い!

それから急に難しそうな顔をしていたマダムが

ニコニコしはじめて・・・

 

”こんな無謀な日本人もいるの!” かと

かえって僕のことがとても愛おしくなったのだそうです。

 

それからは何だか、とても特別扱いに

いろいろと面倒を見てもらいました。

”出来の悪いのが、功を奏した” ってところです。


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その後は、銀行にも外国人専用の銀行口座を開き、

居住先の証明書も安部さんに書いてもらい、

なんとか、1年間フランスに住むための

「Cart de sejour(滞在許可証明書」の

申請が完了したのでした。

 

何て Bonne Chance ラッキーだったんだろうと・・・

今でもつくづく思うのです・・・

 

でもこんなのは通常は成立しないので、

フランスに行く前には

しっかり最低基本的なフランス語やっていくべきです!!

 

つづく

フランス 3日目の朝

 

とても疲れていたらしく・・・

まあエクスに着いて6時間歩き回りましたから

けっこうすっきりと目が覚めて、

とにかくパリの松田さんに教えてもらった

安部さんという人の所へ行かなくては・・・・

と 先ずはエクスの地図で場所を確認。

 

前日に6時間も街の中をくまなく歩き回っていたので

位置関係も意外とすっきり分かって”さ~出発・・・”


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大きな噴水のあるロトンド

昨日より遥に美しい!!

 

昨晩、覚悟が出来た分 落ち着いて見えたのかもしれません。

ロトンドの噴水の周りをまわって、クールミラボー(ミラボー通り)へ

 

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美しいポプラ並木と ところどころにある噴水が美しい


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道幅が急に狭くなってすぐのイタリー通りを右に曲がり

パリの夜、松田さんから聞いていた建物の上の方にある番地を見ながら

進んで行くと、右手にパン屋(ブタンジュリー)が・・。


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その目の前の建物が、もしかしたら安部さんのアパート

大きく細長い扉の横にブザーが

そこを上から順番に見ていくと

「Kas・・・ABE」 ” ここだ~~~ あった~”

そのブザーを押してみる ”ブ~~・・・”

”カチャ”

返事がない・・・

”ブ~~”

”カチャ”

”ブ~~~”

”カチャ”

結構しつこくおしてみたもののうんともすんとも言ってこない。

そのうち上層部の窓から、

 

”キ エ~~ス (誰~) ”  安部さん???

日本人???

 

取りあえず日本語で ”すいません・・・”  

と大きめな声で

事情を窓に向かって話したら、

安部さんが階段を下りてきてくれたのですが

フランスではブザーを鳴らすと、

OKの場合は部屋から

外扉の施錠を解除すると、入ってきていい 

ということなのですが、

”カチャ” という音がなんの音か分からず

何度も何度もブザーを鳴らしたので

安部さん曰く ”誰かがブザーを鳴らしていたずらしてる”

と思ったらしいのです。

 

僕にはまったくそんな知識がそれまではなかったので

迷惑なブザーだったと思います。

 

で、”ま~あ 取りあえず部屋に来なさい” ということで

狭く古い、とても急な階段を上って

3階の安部さんの部屋へ・・・

そこは、本当に足の踏み場もないくらいいろいろなガラクタや

絵の道具やなんだかわからないようなものでいっぱいで

とにかく汚い!!

 

でも窓の外からはとてもさわやかな風と

向かいのパンやからおいしいにおいが・・・。

 

そんな部屋に入って ”まあどうぞ” と椅子に座ったら

”朝ごはん食べたの?”

”いいえ・・・”

昨日の昼から何も食べていない、

パン屋のおいしいにおいに反応している僕を

たぶん察知したのでしょう。

”じゃ~ちょっと、前のパン屋でパン買ってくるから、

一緒に朝ごはん食べよう!”

 

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しばらくするとパンの袋を片手に、

テーブルの上の目の前のなんだかわからないような

汚れたガラクタを無造作にどかして、その袋を置くと

 

”は~~~~~っ” なんともいいにおい。

 

見たことのない古めかしい 

あまりきれいとは言えない圧力コーヒーでコーヒーを入れて

ミルクをヘコンだ鍋で沸かして、カフェオレ。


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小どんぶりのようなちょっとビビの入った器に

コーヒーとミルクを注いでくれたのです。

この小どんぶり、

実は一般的なカフェオレボールだったのですが、

そんなこと知らないので、

なんでこんなどんぶりで飲むのかな~と。

本気で不思議でした。

 

でパンの袋を破いて、中からクロワッサンと

パンオーショコラが・・・

バターのすごくいい香りのそのパンを食べた瞬間

”なんだこれ~ なんておいしんだ~・・・”

あまりの美味しさに、まさにカルチャーショックでした。

 

それまで意外と僕は好き嫌いが多くて、

「お米の白いご飯がなくちゃ生きていけない!!」 

というタイプで

もちろんどちらかというとパンが好きではなかったので

本当に驚きでした。

 

勿論、昨日の昼から食べていなかったり、

ちょっとほっとした安心感や焼きたてのパンだったりと

様々な条件は重なっていたものの

それまで、そして今の今までで、一番美味しかった

クロワッサンとパンオーショコラです。

 

それからの僕の食べ物に対する感覚が

一変した瞬間でもあったと思います。

 

それにしても今考えると、

あの時、けっして余裕があったわけではなかった安部さんが

あのパンを買ったお金は、

大学食堂なら4回分の食費位だったので

迷える私をあんじての、心からの思いやりであったと、

心から心から感謝しています。

(安部さん今はどこに・・・)

 

そしてその後、宿泊しているホテルの名前を聞いて

”そんな高いホテルにいるの~~!!”

”じゃ~一緒に行ってあげるから

先ずホテル、チャックアウトしよう”

ってことになり、ホテルに直行。


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チェックアウトして安部さんのアパートに戻ると

”今の時期は、もうアパートを借りようとしても

もうなかなかいい物件がないから

しばらくこのアパートで寝泊まりしていいよ!”

ってことになったのですが

”どこにそんな部屋が・・・・”

すると奥のほうに扉が・・

扉を開けると窓のない暗くてカビ臭い、

それもかなりホコリがたまった小さな部屋があって

”ここなら、使っていいよ・・”

 

そして約一ケ月半、お世話になりましたが

安部さんにとっては、こころからの親切心だったと思いますが


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生涯であれほどすざましく汚くカビ臭い、

よく一月半も寝泊まりしていた・・・

と思うほどの部屋で過ごしたのは

それ以前もそれ以降も、その期間だけです。

たぶんあれ以下の場所は、僻地の牢獄??かも・・・

 

でも、その一ケ月半は、

僕を更にハングリーに磨き上げてくれた

美しく清らかな一ケ月半だったと思います・・・。


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つづく

マルセイユからローカル電車に乗ってエクサンプロヴァンスまで

さっきまで乗っていた特急とは明らかに違う様子。

座席は全然豪華じゃないし、立って乗っている人も沢山いるし

何しろ乗っている人が急に若返った??

学生が多い!!

 

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それに、アラブ人がいない (偏見ではないですので!!)

電車のスピードもやたら遅いけど、みんな電車の窓を開けて

 

外から涼しい風が入ってくる

 

そうそう、何月にフランスに行ったのか

特定していなかったかもしれませんが、

9月の下旬頃だったと思います。

南仏はこのころは まだまだ真夏! 

湿気は日本のようにはないので、蒸し暑くはないけど

日差しが強くて直射日光を浴びると、肌がピリピリします。

 

でも木陰はとても涼しい。

途中、幾つかのローカル駅に停車してなんとものどかな空気が

モワ~~~ と漂い いい気持ち。

約40分くらい電車に乗っていたと思います。

 

そしてエクサンプロヴァンス?!?!
 

フランスの電車は車内放送で停車場所を知らせてくれないことは

パリーマルセイユ間の特急電車の中で学んでいたので

とにかく停車した場所を確認して、

直ぐに降りられる態勢をとっていたので

 

すかさず、降りようとしていた人に、

”エクサンプロヴァンス???” と僕

”Oui!”  とその人

 

急いでホームのない駅の線路下に降りて、

十数人ほどの乗降者の後に着いて

駅舎の中に。

駅前がかなりローカル、

まいった本当にすごい田舎に来ちゃった!!

でもなんか綺麗で・・・

 

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まあでも、とにかく泊るホテルを探さなくてはと・・・。

デカイ サムソナイトのスーツケースを

ひと先ず駅のコインロッカーに入れて

身軽になってホテルを探そうとコインロッカーを探したら

何とか壊れていないコインロッカーがみつかってその中に。

 

フランスはとにかく公共設備がいつも とにかく壊れていて

使えないことが今も・・・その当時は特に多かったんです。

ちょっと身軽になって、到着したのは午後3時ごろ

松田さんにパリでもらったエクスの地図を見て、

慎重に確認しながら

まずは言われたように、星なしホテルから・・・

 

駅から大通りに向かって行けと言われていたので

道に沿って5分ほど歩いて行ったら

目の前に大きな噴水


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それはこれまで見たことがないほど大きな噴水と

ここまで来るまで経験しなかったような感動的な風景が

目の前に現れました。


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”ロトンド”の噴水  そして ”クール ミラボー” 

あまりの美しさに感動でした。

”よかった~ここにきて!”

まあしかし感動し続けていても仕方がない

とにかくホテルを見つけて早くチェックインして

ゆっくりしたい!


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でも、なかなか星なしホテルがなくて一つ星ホテルへ

入ってみたら、いきなりフランス人のおっさんが

”+:/.・・・・、;‘    !”

と まったく何を行っているか分からない。

それでもまたまた本を出してカタカナフランス語で

”ジュブドレ パッセ ユヌ ニュイ アヴェヴ ユヌ シャンブル?”

って言えたかどうかは定かではないですが

まままた親父が ”+:/.・・・・、;‘    !”

あんまり僕が分からないので、

入口の何かを差して追い出されてしまったんですが


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なんとなく 満室なんだな~と思い

それからうろうろ歩きまわって、

訪ねてもことごとく追い出されて・・・。

9月末は10月入学の直前で、

予約なしでのこのことやってくるなんて

ありあえなったんですね!!

知らないっていうのはホント恐ろしいです=3=3

 

カタカナフランス語で聞いても 

帰ってくるフランス語の意味が分からないので

途中から、”よし 英語にしよう・・” と

 

”一応英語は苦手だったけど、英検準2級は持ってるんだから” 

心の中でそうつぶやいて、でも英語も全く通じずヘコムヘコム 

”何の為にこれまで学校で英語を勉強してきたんだ~”と・・・


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結局 「COMPLET」という満室という単語が分からず、見えず・・

何度もホテルのフロントから追い出され

(かなり食い下がって”泊めてくれっ~”て感じでしつこかったと思う)

星なし、一つ星、二つ星、みんなダメ

 

3時からすでに6時間歩き回って時間が経過して、

時刻は夜9時過ぎ。 

まだ日本と違ってしばらく明るかったので、

まったく時間の経過に気付かず。

そろそろ暗くなり始め、照明が焚かれ


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朝から 短く細いハム入りのサンドイッチ一つ食べただけで

とにかくお腹が空いた~

たどり着いたのは三ツ星それも駅のすぐ近く

”もう高くてもいい” と思い入った 

「ホテル ロトンド」のフロントで

 

”ジュヴドレ パッセ ユヌ ニュイ アヴェブ ユヌ シャンブル?”

一泊したいのですが、一部屋ありませんか?

”ウィー ムッシュー” とあっさり。

 

始めからここに来てればよかった~!!

部屋に通され、ベットに横になったら

”まいったな~ でもこれけらどうなるんだろ~??

でも日本へ帰ろうにも 

オープンチケットの帰りの航空チケットは

出発1週間前にパリに電話して席を予約するように言われたけど

フランス語で電話なんか出来ないし、電話の仕方も分からない

(当時は交換士を介さなくてはいけなかったので)

とにかくもの凄い孤独感に襲われて、

「日本に帰れない、知り合いも誰もいない、相談も出来ない

電話も出来ない・・・」

 

普段殆ど、どんなことがあっても泣くことのなかった僕の目から

大粒の涙がボロボロと・・・

 

これから約7年間のフランス生活の中で 

最初で最後の孤独感からの涙が

爆睡して ベッドで気絶するまで・・・

流れていたと思います。

 

長い長いフランス二日目が終わりました。

 

つづく


すいらんぶろぐ

Vol.5の続きです。

 

すいらんぶろぐ

 

はじめてのフランスの電車に乗りながら

やっぱり日本とはデザインのセンスが違うし

シートも大きくて座りごごちが むちゃむちゃいい。

"なんかおしゃれ~!!"

 

さて、100%オレンジジュースを飲みほして、

まだ喉が渇いていたものの

電車の窓から見える景色は刻々と変わっていって、

途中の駅で停車する際にも人々が乗り降りしながら

乗車している人たちも入れ替わってくるのですが・・・

ちょっと余談ですが、

フランスに行く前に自分の中にフランス人のイメージがあって

たぶん一般的にあるヨーロッパ人の白人のイメージ。

 

これはなかデリケートな問題で、

人種差別的な発言ではないので

くれぐれも誤解のないようにお願いしたいのですが

乗車してくる人たちが、アラブ系 

と言っても北アフリカ系の人たち。

 

アルジェリア人やモロッコ、

チュニジアといった国の人たちですが

もともとフランスが一時植民地統治していた関係や

移民受け入れ政策もあって

フランスにはアラブ系フランス人や

出稼ぎ労働者が多くいるのですが

電車が南に近づけば近づくほどアラブ系の人が乗ってきて

いったい自分はどこの国に来たんだろう~” って・・・。

 

何しろそれまで勝手に思っていた

フランスのイメージが頭にはあるし

現実のフランスにおける

アラブ系の人たちの置かれている立場なんかも

全く知らなかったので、

後々、北アフリカのアラブ系の友達も沢山出来ましたが・・・)

”もしかしたらやばいところに来ちゃったかもしれない”

なんてドキドキ。


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そうこうしているうちに、リヨンを過ぎて

ヴァランス(Valence)を過ぎたあたりから

景色が急に変わってきて

それまでどんよりとしていた空から雲が無くなってきて

青空が見え始め、

屋根の色が黒っぽい色から赤い屋根瓦に代わってきて

風景も緑一色から、赤い土や白っぽい岩肌が見える

乾燥した風景に変わっていくのが、とても印象的でした。


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マルセイユのサンシャルル駅

 

そしてパリを出て約4時間

電車は終点のマルセイユに。

 

パリとはまた違う、ここもフランス?という印象

周りはアラブ系の人達ばかり・・・。

 

到着したのも丁度昼時で ”腹減った~~~~~!!!!”

 

でもマルセイユから電車に乗り換えて

エクサンプロヴァンスに行かなくちゃいけない

 

”いったいどの電車にのればいいの??”

 

フランスでも時刻表の掲示板があるので

その掲示板をじっと見てみるのだけど、

Aix-en-Provence エクサンプロヴァンス

という文字がどこにも見当たらない。

 

結局、スーツケースを見ながらうろうろするものの

まったく分からず、

「INFORMATION」と書いてある場所を見つけ

勇気を出して ”聞いてみよう” 勿論フランス語で!

 

またまた本を出して

"エクサンプロヴァンスに行きたいです。電車は何時に出発しますか?”

”ジュ ヴドレ アレ プール エクサンプロヴァンス.

ア ケルール ルトラン パルチー?”

 

って感じで聞けたかどうかも定かではないですが

なんとかカタカナ表記のフランス語を読みながら聞いてみると

駅員さんが  ”*+*;・・・・・+○???” 

まったく分からず。

 

こちらが全く分からないことが分かると、

"しょうがないな~"って感じで

紙に 乗車場所と時間を書いてくれたんだけど

何と待ち時間約2時間

”時刻掲示板を見ても書いてあるわけがない”

1時半までの電車しかまだ表記されていなかったので

 

”じゃ~ここで待つしかないんだ~。

でも何でこんなに電車が少ないの??!”

 

「とんでもない田舎に来ちゃったかもしれない」

と反省しきり


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サンシャルル駅構内

 

もっとちゃんといろいろ調べてからくればよかった~

と思いつつも

後の祭り。。。。

 

結局、駅の売店でサンドイッチを見つけて

”ハムしか入ってない!!” と呟きながら

 

サンドイッチと飲み物をやっとの思いで買って腹ごしらえ

空腹ものどの渇きもやっと少し満たされ

ちょっとほっとはしたもの

とにかく時間がなかなか経たない。

 

パリをでてまだ4時間ちょっとだというのに

もうパリを経ったのが、ず~っと前だったような気がしました。

 

約2時間後、やっとエクサンプロヴァンス行き

2両編成の電車に乗って

”あ~やっと目的地に行ける・・・” 

そしてやっと自分と同じくらいの

いかにもフランス人の学生って感じの女の子に

頑張ってフランス語で

“セ ルトラン プール エクサンプロヴァンス?”

これはエクサンプロヴァンス行きの電車ですか?

“ウイ”

はい。と。

あーやっとエクサンプロヴァンスに行ける!


でも、この後とんでもない出来事が待ち受けているとは・・・

思ってもみませんでした。

 

つづき