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すいらんぶろぐ

群馬県/フランス美大留学/芸大受験・美大受験予備校/カルチャースクール/介護保険認定アートデイサービス/企画画廊/学校教材/画材/総合デザイン研究所/他

オーナーに声をかけてもらって始まった

ベトナムレストランでのバイト。

最初は、皿洗いから。


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皿洗いと言っても、大型のレストラン用の食洗器があって

相当量の食器があらえるのですが、

このレストランは、今でいう「フレンチベトナミアン」と言われる

本来のベトナム料理方式ではなくて、

フランス料理のように、コースでお通し、

今でいうアミューズドブッシュ、前菜、スープ、

メイン、デザート、コヒーかお茶と出すスタイルを

フランスでもいち早く確立して大成功した、

満席で120席の大レストランで、

とにかくそのつど大量の皿や茶碗を出したり

片付けたりする量が半端じゃなくて

その食洗器だと時間がかかり過ぎて

全てを時間内に洗いきらないわけで、

 

僕の前には土日は、モロッコ人と

アルジェリア人(大学院生)の二人で

洗っていてもなかなか追いつかない・・・。

 

そんな皿洗いを比較的お客の少ない曜日に

僕一人で皿洗いを任されることになって・・・。

 

”ホントかよ・・・冗談じゃないな・・・” と

「割に会わない仕事を引き受けてしまった~」 

という後悔と

「絶対、一人でやりきってやる!!」

という闘志とが混在しながら

それでも必死に・・・。

 

ある日の夜、そのころは僕もかなりのヘビースモーカーで

仕事の合間に煙草を プカー・・・

 

それをこのレストランのオーナーがたまたま見ていて

”オイ、サボってるんじゃないぞ! 

煙草をすっている暇はないぞ!!”

とすごい剣幕で怒るので

 

僕の方も

”えっ? サボってなんかいませんよ!

だってもう洗うものが何もないから” と・・・。

 

するとオーナーが

”そんなわけないだろ! これだけ忙しんだから!!” 

と僕が働いている 皿洗い場までやってきて

 

”ん~、どれどれ・・・ ホントだ洗い終わってる”

”そんな早く出来るわけがない!!おまえ手 抜いてるだろ!!”

と言いながら、皿や箸、レンゲやスプーン、フォークを

手でいちいち触ってみて・・・

”綺麗に洗えてる・・・・”

 

ブス っとした顔だったのに、ニヤニヤしながら

厨房の奥さんと何やらブツブツ、

ベトナム語で話しているわけで

まあ、アラブ人二人でやっもなかなか綺麗に早く

皿洗いが終わらなかったのに、僕一人で二人分の仕事を

完璧にこなしてしまったのですから

オーナーにしてみれば一人分のバイト代で

二人分の仕事をしてしまうわけですから

ニヤニヤしてしまうわけです。

 

そしてそんな、完璧な皿洗いの日が日一日と増えていく中

ある日、オーナーが

”おまえ、バーやってみるか??” と・・・。

 

突然の皿洗いから、バーへ昇格。

それに伴って、バイト代もアップということなったわけです。


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レストランでの仕事が

プロンジャー(皿洗)からバーマン(バー担当)になったのですが

このバーマンの仕事、ただカクテルを作るのではなくて

 

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食前酒のカクテルや食後酒、

デザートの中のアイスクリ-ムを含むパフェ類、


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フルーツカットデザートの盛り付けやカフェ、紅茶などの準備も


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このバーマンの仕事で、何と仕事量の多いことか・・・。

満席時に、約100人いる人たちのカクテルから

デザートからコーヒー、お茶まで

とにかく慌ただしい=3 =3 =3

 

それを一人でこなすわけで、

最初は ”このオーナー、むちゃくちゃだ!!” 

と本当に思いました。

 

それにスムーズに必要なものが出ないと、

その前後の予定が、

みんな合わなくなってしまうわけです。

食前酒やカクテルは、

お客の単価を上げるためにとても大切だし

カクテルを飲みながら、

ギャルソンがお客様にいろいろなメニューを説明して

レストラン側にとっても有効なメニューを

決めてもらう時間になるわけです。

 

デザートも、このレストランは

決められたメニューを

決められた通りにそのまま出すタイプ

のレストランではなく

お客さまのわがままを最大限聞いて出すタイプで

オリジナルのデザートの何かを抜いて

その代わりに別のものを入れるとか

量を増やしたり減らしたり・・・。

それも美しく・・・。

 

忙しい合間にそれだけ気を使ってサービスするには

それなりの根気と技術とモチベーション!

それに、これも試されたのかな・・・???

本当は二人でやる仕事を結局、

僕一人でやることなって・・・


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で、最初は大変だったけど、

やっているうちにいろいろと出来るようになって

ギャルソンが受けてきた注文のものに

更に、お客さんが期待している以上の内容と美しさに

進化させて出すようになると

 

”お~、凄い!!” 

という声が聞こえてきて

 

その声をまた聞きたいと思って、

更に内容を進化させることで

なんと、帰りにお客さんから直接バーにも

”セテ デリッシュー!(とっても美味しかった!)

セテ トレ ジョリー!(とっても綺麗だったよ!)

メルシー” と言いながら

チップをくれるようになって

 

そんなことは実際には殆どないことなのですが・・・

 

でもこのレストランは、

個人的にチップをポケットにいれるのではなくて

全てのチップを一度集めて、

それを人数で割って配分する方法をとっていたので、

直接僕が個人的にもらった時は、複雑な思いもしましたが・・・。

食前酒やデザートとコーヒーや食後酒は

1人当たりの食事をする時間配分を調整する

大切な、実はキーになるわけです。

 

これって面白くないですか?!

 

つづく

一日目のレストランでの「流し」

をしてみて分かったことは、

”ちゃんとやれば稼げる” 

ということ。

 

 

それと、一日3件 

どこかのレストランが唄うことを受け入れてくれさえすれば

”一日、1~2万もしかしたら稼げるかもしれない” 

ということ。

 

銀行の残高が、日本円で約800円になった時感じた

得体のしれない切迫感と恐怖と不安

 

それでも、1回目の流しを経験してみて

もしかしたら何とかなるかもしれない

という光明が見えて

”いけるかもしれない・・・” と

 

で、早速翌日も

事前に目星をつけておいた

「ベトナムレストラン」と「中華レストラン」へ

どこのレストランも、アジア系の人が流しで

”レストラン内で唄わせてほしい”

と言われた経験がないので、

みんな最初はちょっと戸惑い気味


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でも結局のところは どこも全てOK!!

物珍しさとアジア人の歌で、

レストランに特別な、いい雰囲気が出来ることへの

期待も随分あったと思います。

 

小さなレストランも、気候がいい時は、

お店に隣接している広場の外のスペースにも

沢山テーブルと椅子を出して営業するので

そんな場合は、ベトナムレストランの

お客さんへ向けて唄っているんだけど

結局、広場で唄っているので、

その他のフランス料理やイタリア料理店とか

他のお店のお客さんも聞くことになるので

場合によっては、こっちでも唄えって呼ばれて唄いながら

そのお店のお客さんからもチップをもらうことに・・・。

 

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一般的にレストランで唄や演奏をする人達は

2,3曲でチップをもらいに行くのだけど

僕がお客の立場だった時は 

”この程度でチップを要求するのか~・・・”

と思ったりもしたので、

僕の場合は一軒あたり、

最低8~10曲唄っていました。

 

取りあえず、

”もう うるさいから 向こうへ行ってくれ” 

と言われない限りは・・・。

言われたことはありませんが。


そんなことを繰り返していると、

それぞれのレストランには常連客がいて、

歌いに行くと必ずいるお客がいて

そういうお客からは 

”以前うたった~~~~みたいな歌を歌ってくれ”

と鼻歌でなんとなく歌ってリクエスト。

 

そんな時は余計に張り切って、その人の前で歌うと

このお客からのチップがちょっと多くなるんですね~。

それが嬉しくて嬉しくて

でもよく 

”なんで日本人がこんなレストランで歌っているんだ?”

”何でエクサンプロヴァンスにいるんだ?” 

ってよく聞かれました。

 

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大概の人は僕が「コンセルバトワール」といわれる

国立音楽学院で音楽の勉強で来ている

と思って聞いてくるのですが、

「ボザール」芸大でアートの勉強をしている” 

というと 一応に驚いた様子で

僕がどんな勉強をしているかは興味がなく 

”君はコンセルバトワールで勉強しているのかと思った”

とよく言われたものです。

 

”えっ 一瞬、歌の道もあるかな~” 

とは 思いはしませんでしたが・・・"

ありだったのかな??

 

そして、続ければ続けるほど こんな問題も・・・。

最近はフランスもチップ制 

というのがそれほど当たり前でも

なくなってきたのですが、

僕がいたころは、まだまだチップによる収入は

とても大きな比重を占めていて

だいたい基本給はとても少なくて、あとはチップで稼ぐ 

というのが一般的だったので、

ギャルソン と呼ばれる日本でいうウエイターは、

お客様に最後にチップを沢山もらえるように

サービスを努力するわけです。

 

だから”このお客さんはチップを沢山くれそうか”

それとも、”けっこう湿気たお客か“ どうかも

瞬時に値踏みじゃないけどしているものなんです。

 

で、僕がレストランに歌いに行くと、

お客が置いていくお金は

ギャルソンに置いていくお金も、流しに渡すお金も

お客にとっては対した違いはないので、

僕がレストランで歌うことによって、

ギャルソンたちに

お客からのチップが置かれなくなってしまう

なんていう事態になってしまって

レストランによっては、

”今日はゴメン” 

と断られることもいばしばでした。


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勿論大学の勉強も相変わらずきつい課題と

授業関連の勉強と宿題でめいっぱいだったので、

1週間に2~3回のペースで

歌をうたいに行っていて、

やっぱり曜日や季節によって

レストランのお客の数も違うけど

だいたい1回あたり1万5千円くらいは

コンスタントに稼いでいました。

 

お客さんがどのくらいのお金を

チップとして僕にくれているのかも、

ギャルソン達はだいたい分かっていて

大幅にダウンしてしまうという現実に。

 

だから、1レストランにつき1週間に1回しか、

歌をうたいに行かないようにしたりしたものです。

そんな 流しの生活は半年続いたかな~・・・。

 

ベトナム&中華レストランでの流しは

冬の間はけっこう寒かったですね~。

 

手がかじかんで、

ギターが思うように弾けなくなるし・・・、

お店がとても込んでいたり、

ちょっと流しを受け入れるには

タイミングが悪い時は2、30分 

外で待たされるので

本当に寒くて思い通りに弾けない、声が出ない 

となると

やっぱり、チップの金額が下がるんですね~!

これは総額になるとかなりの減収となるので

けっこう死活問題なわけです。

 

フランスには、ホカロンとか、

暖かい缶コヒーとかが

自動販売機で売っているわけではないし、

簡易的に自分の身体を温められる

手段がないので、

けっこう辛いものでした。


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そして、半年くらいこういう状態が続いて

春になった頃でしょうか、

 

いつも回っていて歌を唄わせてもらっている

レストランの中で一番規模が大きくて、

高級なCay Tamというベトナムレストランがあって

いつも沢山のチップをもらえるレストランで

すでに常連のお客さんの中には、

僕のファンなんかもいて

けっこうな額のチップをくれる人も

いたりしました。

それにこのレストランのオーナーや奥さんも

いつもとても親切にしてくれて、

たまにレストランの食べ物を

持たせてくれたりしたものです。


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いつものように唄い終わって

レストランの皆さんに挨拶して帰ろうと思ったら

珍しく、ダンデイーに高級スーツを着たオーナーと

厨房に入って、料理人の指揮をしている

奥さんが出てきて、帰り際に、

”歌を唄うのもいいけど、

レストランで働いてみないか???”

と声を掛けてきたんんです。

 

僕的には まったくそういう意識はなかったし

飲食店でバイトもしたことがなかったので

ちょと びっくり!

”もし、その気があったら

明日の午後6時過ぎに訪ねてきて・・・! と。


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実はこのベトナムレストランは、

以前から僕の知り合いの

日本人も働いていたりして

流しを気まぐれではなく、

定期的に、しっかり唄っている姿や

その友人にも身辺調査をしたらしくて

僕に声を掛けてくれたらしいのです。

 

結局、いろいろ考えて 

ずっと、流しで生計を立てていくのにも

限界がありそうだし・・・

ということで、約半年間の流しと

学業の両立の期間を終了=3=3

 

そして翌日レストランへ訪ねていって雇用成立。

このレストランでアルバイトとして

雇ってもらうこととなるわけです。

このレストランで実は、

その後の商売ということについて

多くを学ぶこととなり

現在の仕事にも、

多く役に立つ体験をすることになります。

 

大変だったけど、このレストランが

その後どんどん大きくなり

僕にとっても、このレストランオーナーと奥さんは

フランスの両親のような存在になるわけです。


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つづく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワインカーブでのコンサートが終わって、

楽しい夏休み期間も終わり

思いっきり楽しんだ後には

ちゃんと試練がやってきて・・・。

 

さすがに一生懸命節約して、

陶器を売ったりするものの

銀行の残高はけっこう厳しい状況になってきて、

だからと言って

「お金送ってくれ・・」と親に連絡するのも

親父に負けを認めるようなもので、

絶対に嫌で、

でも、このままでは直ぐにお金がなくなってしまうので

実は、そのころまでに親しくなっていた友人と

共同生活をして

”家賃を分けよう” 

ということになり

早速実行。


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不動産屋を一緒に回り、

条件のよい割安なアパートで

共同生活可能な部屋を探したら、

とてもいい物件を見つけて

早速引っ越し。


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以前のアパートよりは小さくて、1階なので

日当たりはよくないけれど、

大学には比較的近いし

町の中心で悪くはない。

 

家賃は、これまで僕一人で払っていた半分で

さらに共同生活者と更に分けるので、

本当に安くなったわけです。

 

でも、毎日暮らしていればお金は使う。

大学での制作を一生懸命やればやるほど

絵具や紙、その他の様々な道具や書籍購入で

支出は増える一方。

ついに銀行には残高が、

当時の日本円で800円くらい・・・・

 

そして家賃を払う月末に近づいてくる・・・。

友達に

”僕の分も立て替えてくれ” 

というほど共同生活者の友人も

「裕福ではない」 というか

 

フランスは親はお金持ちでも、

子供にはお金をあまり与えない。

”学生は学生にみあった生活をするように” 

という習慣があるみたいで

いつか書くことになると思いますが、

 

”こいつ、すごい貧乏だと思っていたら、実家は・・・・”

ということが何度もあったので・・・。

 

これはこれでまた面白い話しですがまたいつか。

で、結局わずか800円では何も出来ないので

 

思いついたのは「流し・・・」

つまり、レストランや道端で唄って、お金をもらう・・・

 

誰かがバイトで外国人の僕を

簡単に雇ってくれるはずもなく

直ぐにお金を稼げる何かが他にあるわけでもなく、

その時、僕に出来ることは、

コンサートをでチケットを売って稼いだように

よくレストランや道端で唄ったり演奏したりして

お金を稼いでいる人のように・・・

 

”その方法が一番手っ取り早い!・・・” と。


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外国で、お金を貸してくれるような

頼れる身内がいるわけでもなく

友人はみんなお金に余裕があるわけでもなく、

お金がまったくなくなったら、

日本へ帰ることだって出来ない・・・。

それから、どうやって、

どこで歌を唄うかを 考え始めたのです・・・。

 

さあ、悩みに悩んでどうやって・・・

結局、どんなレストランと言っても 

なに人だかわからない僕みたいなアジア人が

フランス料理やイタリアンのお店で

"唄いたい" 

って言っても

レストラン側からすれば なんか

アジアチックな歌は

レストランの雰囲気に合わないだろうから

 

”きっと無理だね”

ということになり、アジア系のレストランへ.

 

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それもエクサンプロヴァンスには、

ベトナム料理のレストランしかないので

”ベトナム料理店で唄わせてもらおう~!”

ということになり、僕はギターを抱えて、

友達で手伝ってくれるフランス人の女友達は

お金集めの為に、木箱の葉巻入れをちょっと綺麗に装飾して

”いざ出陣~!”

ちょっとドキドキ


 

まず、最初はあんまり人が入っていないレストランへ・・・。

と言うことになり 

(先ずは許可してくれそうなところへ・・・)

”ボンソワール マダム エ ムシュー、

レストランで唄わせてもらえませんか?"

と・・。

すると

"ウイ、サヴァ。 (はい、どうぞ)"

 

”えっ 最初からOK・・・・・”

”予想と違う!!”

”きっと唄うことを断られると思っていたのに・・・・”

と心の中で呟いてみたものの

最初からOKが出てしまって

”もう、腹をくくるしかない!”  

ってことに・・・。

 

そして、僕の持ち歌を・・。

一般的に 流しをしている人は、

結構元気のいい歌を歌うことが多くて

場合によっては 

"うるさい ! "

と思うこともしばしばあったし

フランス人にとっては、アジアは神秘の国なので

ちょっと静かなイメージの井上揚水の歌から・・・

 

ギターで先ずは前奏からアルペジオで

しっとりと美しく・・・・。

すると、ちょっとざわざしていた店内が、

一瞬  "し~ん" と。

 

静かに唄い始めて1曲歌い終わったら、

少ないお客さんが皆、もの凄い拍手!

 

”うっそ~~”

ちょっと嬉しくなって、

それからなんか緊張も解けて

5,6曲唄ったでしょうか。

 

それから、友達がテーブルを回って

"シルブプレ(お願いします)"

 

その間も、勿論ずっと唄っていたんだけど

お客さんが嫌な顔一つせずお金を入れてくれて

本当に本当に嬉しかった!

 

”なんてみんないい人なんだろう~” 

って・・・。

そして、彼女に

"彼は何語で唄っているの??" と

"日本語で、日本の歌を歌っています" と・・・。

 

「日本語の歌をレストランで流しで聞く」

というのは

皆な経験も聞いたことがなかったので、

とても驚いていました。

そして最後には、何とレストランのオーナーからもチップが・・。

 

”よかったらまた来て唄って!” と。

きっとレストランにとっても、

その時はアジアチックないい雰囲気になったので

そう言ってくれたのだと思います。


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結局、初日は一件で終了。

とにかく緊張もしていてクタクタ

それでもたった一軒、約30分くらい唄って 

日本円にして約8千円くらいお金をもらったのにはびっくりしましたが、

"これでやるしかない!!" 

と・・・。

友達も

"凄いね~~!!"

 

それから、しばらく流しがバイトになり、

金欠から脱出。

友人Kに、無理やり言って

日本からもってこさせたギターと

たまたま高校時代に

なんとなく引いていたギターと

なんとなく唄っていた僕の歌。


それを聞いた友人達が、

結局のところ、いい予行練習になった

ワイン蔵コンサートを企画してくれて

それがこうやって

”歌をうたって稼ごう” 

という気持ちになる切っ掛けになって

それが身を助けてくれたのですがら

本当に何がどう役立つかはわかりません。

 

南仏、エクサンプロヴァンスの

○○と言うベトナムレストランでの

第一歩です。

 

つづく

フランス・第2の故郷 エクサンプロヴァンスのつづきです。

 

これは、僕がフランスに単身芸大留学で

フランスへ旅立つ前と旅立った後の

様々な出来事を思い出しながら綴っています。

 

以前から断片的にいろいろな人に話していて

”まるで小説の中の出来ごとのようだ” 

と言われるので

じゃ~ブログで最初から思い出しながら書いてみようと思って

書き始めたものです。


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で、友人Kがお土産に置いていったフォークギターは

さすがにちょっと高いギターだけあって、

いい音がしました~。

 

それまで、他の日本人から使わないからと言って

僕に譲ってくれたクラシックギターは持っていましたが

まあ、クラシックとフォークの違いはありますが

「ギターとして音はなるけど、今一つ・・・」

という程度のもので、

メーカーもかなりマイナーなものでした。

 

だから、同じ曲を弾いても

全然違っていて気持ちがいい

海外留学していると、

いろいろな意味で常に少し無理をしながら

虚勢を張って生きているので・・・、

まあそれでないとなかなか上手くいかないので

心が渇いてくるとうか、

荒れてくる人が多いんです。

 

だから、歌をうたったり、

好きな曲を聞いたりすることで

ストレスを発散することが多くて、

みんなで集まって、飲み会をしながら歌をうたう・・・。

そんな場面でいつしか、心を許せる人との間では

僕が弾き語り・・・

 

日本に居る時から、ギターは多少やっていて

歌は、こっそり隠れて唄っていた感じなのですが

フランスに行ったら、

なんか知らないうちに弾き語りをするようになって・・・。

 

飲み会をすると毎回、何曲も歌って

それも僕はどちらかと言うとあまり明るい歌ではなくて

暗い歌をうたうことが多いというか、

好きだったりしたので・・・。

 

そうすると皆な大粒の涙をながしながら、

"フランス人のバカヤロー!”

”○○○に帰りたいよ~・・”

”クソ~、〇○のヤツ 一生恨んでやる~”

とか、

普段抱えているストレスを発散するかのように

泣きながらお酒を呑んで、

そのあとはスッキリ みたいな感じでした。

そんなこともあって、突然友達から

 

”コンサートをやろう” 

と僕の意思とは関係なく

盛りあがってしまって、コンサートをすることに。

 

会場も企画してくれる日本人やフランス人、

ドイツ人、スイス人などが

地下蔵のような会場をみつけてくれて、


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そのころ、日本でパントマイムをやっていた

という劇団員の男性が 日本語で歌っても 

その詩の内容がわからないだろうから と

歌詞をパントマイムで僕の歌にあわせて翻訳する 

というのです。

 

そんな僕主体ではなく、

友達の輪から企画が立ちあがったこのコンサートも

僕の唄のレパートリーの中で、

テーマを決めてコンサートをした方がいい

ということになり、

「分かりやすい」 ということで

「恋 L'Amoeur」 に!

 

出合いから、恋が始まり、恋愛から愛に、

そして破局、別れ そしてまたあらたな夢へ 

みたいな構成で、それに合った選曲で・・・。

勿論全曲日本の詩。

五輪真弓や因幡 晃、小椋 佳、

井上陽水、さだまさし などなど・・・。

 

ポスターもシルクスクリーンで制作して、

漢字の「恋」をデザインしてもらって

エクサンプロヴァンスの街中に

100枚くらい貼って準備OK。

このポスターも大人気に。


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若かったからなのか、けっこう無謀だったのか、

それともちょっと自信があったのか、

自分でもよくわからないのですが

当日は、無名の実績のない日本人の素人が歌うコンサートに

チケット代当時で20フラン。日本円で約1500円。

カフェが一杯1フラン80くらいの時で

この値段にも関わらず、約100人を集めて開催。

いつも赤いバイクに乗って走り回ってる日本人が

コンサートをやるらしい って

どこからか 噂になっていたんだそうです。

 

結局、このコンサートでは約20曲くらい唄ったのですが、

このコンサートに来てくれたお客さんは

約8割くらいは日本人以外で、

パントマイムによる通訳効果もあったのか、

内容を理解してくれて 悲しい唄では皆な大泣き!!

 

ちょっと、地下のワイン蔵だったということもあり

薄暗くて、声もよく響いたせいもあって

盛りあがったのでしょう。

大盛況、大成功で終了しました。

 

そして、予想外の成功と収入になったので、

その後、この会場の上にあるカフェブラッスリーに移動。

スタッフ約20人の多国籍スタッフと共に、

僕の権限はまったくなく、

結局全額飲み代に使ってしまいました。

 

”結局、みんなの余暇の為に僕は唄わされただけ・・・??!”

まあでも本当に楽しいイベントでした。

 

その後、またやろうと 多くの友に言われましたが

コンサートはこの1回のみ。


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この後、唄うことがバイトになってしまうので・・・。

 

つづく

さてさて、僕の高校時代の友人Kが

エクサンプロヴァンスから、ギリシャに行った際の

話しの続きです。


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約一週間して、突然ぼくのアパートに帰ってきて

”あ~まいった~・・・疲れたよ!!!”  

と言うので尋ねると

 

”ギリシャ 暑くてまいった~…  

食い物みんなまずいしさ~”

 

そう言えば、ちょっと元々ぽっちゃりしていたKなんだけど

目は二重で比較的大きくて、

けっこう甘い顔をしていたんだけど

かなり痩せこけて、かつ 日焼けをして帰ってきたら、

かなり精悍になって

けっこういい男!!


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きっと、一人で1週間もはじめてのギリシャを回って

けっこう苦労して色々周っただろうから

きっとハートも精悍になっただろう・・・? 

といろいろ聞いてみたところ

 

”で、随分痩せたけど、食事はどうしてたの?” 

と聞くと

”それがさ~、何食べてもまずいから、

一週間 アイスクりームばかり食べてた!”

と・・・。


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”何食べても脂っこくて、

何か不思議な香辛料の匂いがするし・・・”

 

またまた次から次へと、不満の言葉が雪崩のように出てくる・・・。

”で、どこ行ってきたの?”

”良く分からないからさ~、観光バスみたいのに乗って

ただ一日ぐるぐるしてただけ~・・・”

 

”どこに行ったかもよく覚えてない”


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まあこんな感じの会話が続き、

とにかく僕的にはあきれるばかり・・・。

 

でも本当にまともに食べていなかったみたいなので

仕方ない ”カレーでも作ってやるか!”


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フランスの日本人の友人達が絶賛していたカレーを作り

Kに食べさせると

”うめ・・・!”

で食べながら 

”でもさ~、オマエ ホントすげ~よな~!!!”

”一人で、フランスに来て

それでこうやってフランス語も出来るようになって

ちゃんと大学で目標をもって勉強してさ~・・・・”

 

突然、彼の目から涙が・・・。

 

結局、Kも恵まれた家庭環境の中で、

何不自由もなく 大学にも、別に受かった大学の

学部専攻に通っていただけで

目標を見つけられずに、毎日をすごしていることに

なんとなく 

”これでいいのかな~・・・” 

と思っていたようで

 

「こいつはこいつなりに 悩んでいて、

自分の人生を考えるために

こうやって僕を頼ってフランスまで来たのか・・・」

 

と初めてその時、彼に気持ちが分かったわけで

それから、お互い腹を割っていろいろな話をして、

それから数日は随分と僕から見ても

Kがしっかりしてきたな~ と思ったものです。

(偉そうですが・・・)


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そしてある日

”オレ、明後日日本に帰るわ 

取りあえずパリまで行って帰りの飛行機予約してみる”

 

”悪いけど、パリまでの電車のチケットだけ買ってくれる?”

随分と以前とは態度が違いびっくり。

そして、予定通り一人でパリに行き、

日本に帰って行ったのですが、


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それからしばらくしてKから手紙が来て

”いろいろありがとう・・・” 

みたいな。

 

その手紙の中身で覚えているのは

この旅の後、本当に彼がしたいことは何なのか

必死に考えたそうで

結局、大学に通いながら 

公認会計士を目指すために

その専門学校も通うことになったと・・・。

 

「あのバカKが・・・」(頭は悪くはなかったです)

結局、彼はその後何年もかかったけど、

公認会計士になったわけです。

 

一人で僕に嫌がられながらもフランスまで行って

悪態をつきながらも、一人でギリシャに行って

きっとつらいつらい一週間を過ごして

本当は2,3日で戻ろうかと思ったらしいのですが

直ぐに戻ると、僕にまた何か言われると思って、

一週間ギリシャに無理やり いたのだそうです・・・。

 

彼は彼なりに苦しんでいたんですね~!!


すいらんぶろぐ

 

最近、若い人は効率いいし、安全だし 

ということで ツアーで旅に行く人が多いみたいですが

旅はやっぱり、効率悪く、安全はしっかり

自分で用心深く確保して

事前に予定のない旅をしなくちゃダメですね。

 

人生は、常に予定通りにはいかない。

いつも先の見えない、ゴールのないどこかに

向かって行くわけですから。

 

行ったことのない旅に自力で行くことは

人生をシュミレーションするようなものです。


すいらんぶろぐ

 

出来るだけ若い時に、

観光地に行くのではなく自力で世界を旅してみよう!!

 

大変だけど、きっと楽しいよ!!

 

つづく