ウルグアイの詩人シュペルヴィエル作『バイオリンの声の少女』に心惹かれたのは、以前、東京芸大の音楽の教授にこんな話を聞いたことがあるからです。

芸大に入ってくる学生には特殊な能力をもった者が時々いる。絶対音感だけではなく、共感覚といわれるもの。たとえば、音を聴くと色となって見える能力。音を味覚として感じる能力。またある学生は音が形となって見える能力といった例もありました。

男性はほとんど一生、その能力が続きます。けれど、女性は結婚したり、子供を産んだりするとその能力が消えてしまうことがよくある、と。大人の女性になったバイオリンの声の少女はどうなったのでしょう。

海に住む少女 (光文社古典新訳文庫)/光文社
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『海に住む少女』より「バイオリンの声の少女」

シュペルヴィエル/作 

永田千奈/訳 光文社文庫


ある日、木から落ちた少女は自分の声がバイオリンの音を奏でていることに気づきます。みんなが好奇の視線で見つめるものだから、沈黙していることに決めました。ところが、耳のいい友人によれば、黙っていても、バイオリンの音がかすかな和音やメロディとなって漏れ聴こえてくるというのです。心の声が全部聴こえてしまうようで少女は悲しくなりました。やがて時が経ち、少女の声は…。


ウンブラ/タイナロン―無限の可能性を秘めた二つの物語/新評論
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「ウンベラ/タイナロン

-無限の可能性を秘めた二つの物語」より

レーナ・クルーン/作

末延弘子/訳 新評論


この前、紹介したフィンランドの作家、レーナ・クルーンの物語です。

白地のページにこんな言葉から始まります。


「あなたは場所にいない、場所があなたのなかにいるのだ。アンゲルス・シレジウス」


どういう意味でしょうか。答えはひとつではないでしょう。

私の場所だと思っていたところは私の場所ではなくて、見知らぬ場所や他人と過ごさざるを得なかった場所が、何年も経った後、まぎれもなく自分の内にあって、未来の自分の心をつくりだした、かけがえのない場所だったと気づくかもしれないと思ったりしました。


この本は昆虫の世界に紛れこんでしまった人間の物語。

語り手はある植物園にいる「昆虫人」、つまり、「タイナロン人」と出会い、話は進みます。

それは第一の手紙から第二十八の手紙まで続きます。

顔の三分の一を占める眼は人間とは違う世界を見ているのではないか?

花は昆虫を奴隷とみなしている、とはどういうことか?

女王マルハナバチは、変人扱いされて疎遠されているような者たちを愛情こめて世話する、なぜか?

さまざまな疑問や思いを誰かに宛てた手紙で書き続ける語り手。

起承転結のはっきりとしたエンターテインメントを望む人にはどう読んでいいのやらわからないかもしれませんが、たしかにタイナロン人たちはとてつもなくおもしろく、興味深く、この昆虫の町では穏やかに時が過ぎていくのです。

人間から見れば、とてつもなくヘンな場所だとしても。

木々は八月に何をするのか―大人になっていない人たちへの七つの物語/新評論
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『木々は八月に何をするのか

 ‐大人になっていない人たちへの七つの物語』

レーン・クルーン/作

末延弘子/訳 新評論刊


レーナ・クルーンはフィンランドの女性作家。今、この人に夢中です。

彼女の住んでいる宇宙ではきっと、こんな不思議な出来事が本当に起きているのではないだろうか。人間の頭の中で創ったとは思えないほど、リアルな神秘性に彩られているのです。

表題作の『木々は八月になにをするのか』も実際にどこかに存在していそうな、遠い北欧の小さな町で起きた薬剤師の物語。


薬剤師はガラスでできた庭園で、暑い国でしか育たない花や木を大切に大切に育てていました。ある冬の日、一人の少年がちょっとしたいたずら心で植物園のガラスを割ってしまいます。

どうなったと思います? 北の国です。冷たい風がビューッと吹きこみ、雪が降ってきて、植物たちは一瞬ですべて枯れてしまいました。薬剤師は犯人を探そうとしましたが、有力者の息子だったその少年は皆から守られ、ただ黙々と植物園を作り直すほかはありませんでした。

それから何年も経ち、青年になったアーペリは恋人に花を贈りたいと思い、植物園を訪れます。

薬剤師は静かに微笑んで青年を迎え入れます。心の奥底には「いつかきっと復讐を」という思いを秘めていました。

夢か幻か、アーペリが受けた途方もない仕返しとは・・・。

仕返しなのに、なぜかうらやましく感じてしまうほどの神秘の体験。

その後、私は植物園を訪れるたびにこの物語を思い出し、薬剤師の仕返しを受けてみたいと思ってしまうのです。


夏の終わりの一冊に。



いつかどんぐりの木が (海外秀作絵本)/岩崎書店
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『いつか どんぐりの木が Someday a Tree』 

イヴ・バンティング/作 ロナルド・ハイムラー/絵 

はしもとひろみ/訳 岩崎書店




先日、巨樹写真家の吉田繁さんの講演を聴きに行ったとき、この絵本のストーリーとそっくりの樹木の話がありました。

広い草原の中に立つ、一本のブナの木。まんまるい樹冠が美しい木です。「これほどきれいな丸い形になる木は、ほかにさえぎるもののない草原ならではの形なんですよ」と吉田さんは写真を見せてくださいました。


青い空いっぱいに枝をのばす、エメラルドグリーンの丸くて大きな木。

ある日、その木が枯れ始めます。

葉は落ちていき、枝も枯れ、丸い形はくずれていきます。

「もうだめだ・・・」このまま木は枯れてしまうと知った住民たちはある決断をします。

木を存続させるため、あらゆる延命措置をとるのか? 

それとも、何もしないで、木が枯れていくのを見守るか? 

あなたはどちらだったと思いますか?

延命措置とはたとえば、樹木医さんなどの知恵を借りながら、

枯れかけた部分に薬品を流し込むなどして、元の姿に近づけようとする努力。

絵本の中ではあまりくわしくは書いていないけれど、

木のそばに立つ人々が決めたことは、吉田さんが話してくれた木の最後とそっくりの、心あたたまる決断でした。

最後・・・いえ、最後ではありませんでした。

その木のいのちは今も、続いているそうです。

大きな木のそばで生活していた人たちによって、悲しみが喜びに変わっていきました。

人々はどうやって、木を救ったのでしょうか。

大切な木や植物が死にそうなとき、自分ならどうするだろう? と考えてみてください。








声の森/偕成社
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「声の森」

 安房直子/作 

 ひろかわさえこ/絵


声の森という不思議な森の物語。
いいえ、不思議・・・というのとはTちょっと違いますね。こわい森です。
この森に迷いこんだ動物は二度と森から帰られない。

声の森はかしわの木がたくさん立っている森です。
かしわの木は口マネが得意で、“ひとまねの木”と呼ばれています。
カッコウが「クックー」と鳴くと、森中のかしわが口マネして「クックー」と鳴き始め、カッコウはそれに負けまいと「クックー、クックー」と鳴いているうちに疲れ果てて、木から落ちてしまうのです。

道に迷いこんだ木こりも猟師も例外ではありません。
その様子を作者の安房さんは、

「そういう人たちはみんな、木のなかにすいこまれて、森の養分になってしまうのでした」と表現しています。

そんな恐ろしい森に迷いこんでしまった女の子、つぼみちゃん。

なんと、彼女はたった一人、森から帰ることができました。

それはどうして? 

勇敢だったのかしら? かしわの木々と戦ったのかしら?

 

あなたはどうしてだと思いますか?




クマのプーさんの魔法の知恵/ジョン・T. ウィリアムズ
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『クマのプーさんの魔法の知恵』
ジョン・T・ウィリアムズ著
 河出書房新社


この本は、こんな一文がから始まる。


「ぼくたちの時代、二千年紀の終幕が近づいた今、偉大なるクマの研究者、つまり真のクマ学研究者たちは、重大な真実が明かされるのではないかという期待にますます胸をふくらませている。」


重大な真実とは何か?

プーさんの物語の根底に流れる、“魔法の知恵”を解き明かすのがこの本の目的のようだ。


それは多岐にわたる。

プーと占星術、プーと錬金術、プーとヘルメス文書哲学、プーとタロット、プーとカバラ・・・・・・。


中でも、私がみなさんに読んでいただきたいのは、「プーとドルイド」という章である。



ドルイドとは、古代ケルトの聖職者であり、予言者。

聖なるオークの木から神託を受けとる才能をもち、社会を動かしていた。

政治や経済、法律などから、天候、個人の結婚、出産まで、あらゆることを木にたずね、人々を導いていたといわれている。


著者は、「プーの世界がドルイドの世界であることは明白だ」といっている。つまり、木に問いかける世界・・・。

・プーの世界にある木の種類は何か?

・プーがハチミツをとる木は?

・バルド(吟遊詩人)としてのプーの存在

・予言者としてのプー 等々



古代ケルトの木の神秘が子どもの頃に大好きだったクマのプーさんにあったなんて。




西洋哲学をプーさんの物語で語った一冊。

あなたの日常も、ドルイドの世界と通じていることを発見するにちがいない。







『マクドナルドさんのやさいアパート』 

ジュディ・バレット/文

ロン・バレット/絵

ふしみいさを/訳 朔北社

 

こんなところに住めたらいいな。

いえいえ、大変。

こんなところがご近所にあったらいいな、

というアパートのお話です。

 

管理人のマクドナルドさんは野菜や植物を育てるのが好き。

ある日、住人が引っ越した部屋に入ったとたん、

野菜を植えたくて、たまらなくなりました。

早速、カーペットのかわりに、土をしきつめて

ニンジンとキャベツを植えました。

それから、リンゴ、トウモロコシ、牛も飼い始めて、幸せいっぱい!

アパートのオーナー、レンタルさんにバレるまでは……。

 

天井からニンジンがニョキニョキ

お風呂の中で牛がムシャムシャ。

本当にあるわけないけど、ありそうなアパートのお話です。

どの部屋も野菜でいっぱいになったアパートはいったいどうなるの!?

 

 

せかいでいちばんつよい国/デビッド マッキー
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ともだちがたくさんできる方法がわかる絵本

『せかいでいちばんつよい国』

デビッド・マッキー/作 

なかがわちひろ/訳 光村教育図書



木の絵本ではないけれど、
とてもステキなおはなしなので紹介します。



表紙を見てください。

赤い服をきているのは、大きな国の兵隊たち。

先頭にいるのは、だいとうりょう。

みんなで、いろんな国に戦争をしかけに行きました。

大きな国の人々は信じていたのです。

「世界中の人々を幸せにするためには、

われわれが世界中を征服(せいふく)すれば、みんながわれわれと同じようにくらせるのだ」と。


ほかの国の人々がいのちがけでたたかって、ほろびてしまったとき、

たったひとつだけ、小さな国がのこりました。


ところが、その国には、兵隊がいなかったのです。

だから、大きな国は、戦争ができません。


そこで、だいとうりょうがだした、命令はどんなことでしょう。



ケンカをふっかけてくる相手がいたとき、

どうしたら、たたかわなくてすむのかをおしえてくれる絵本です。

自分も、相手も、幸せになるいちばんの方法は?



絵本をとじた瞬間から、あなたが変わる、

友だちがいっぱいできる心になれる一冊。





もりのねこ (えほんひろば)/工藤 有為子
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『もりのねこ』

工藤有為子/文

あべ弘士/絵

小峰書店



なにもいうことはありません。
絵本をひらいてください。
もりのなかにすんでいるねこ、キエシェ。

あかちゃんのころは、村のねこ。

なのに、どうして?



キエシェには しごとが ある
だから もりに すんでいる


絵本をめくっていくと、森にひきこまれていくようです。

森のしずけさ、森のくらさ、森のこわさがずーんと心にしみこんでいくのです。

森でくらすと、きっとこんな感じ。



もりでは いろいろな おとがきこえてくる


音? おと? オト?

森にすんでいる、ふつうのねこ。

ヤマネコでもトラでもなく。

キエシェのしごとって、なんでしょうね。


人生の森をすすむとき、

キエシェのような存在でありたいなあと思う、わたしです。