お笑い ってアートなの?
今日おしごとで送信した自分のメールから
問題のなさそうなところだけを少し引用してみたいと思います。
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お笑いというのは単なる人々の【関心】の対象という域を超えて
人が本来こころで欲している【つぼ】を満たすための
多様な表現活動、アートだと捉えています。
アートといっても単なる芸術ではなく、
技(術)といった本来の原義近い意味合いかもしれません。
つまり【アート】×【つぼ】がお笑いであり、
心の豊かさを追求するために必要になる「文化」であり「コンテンツ」だと
解釈しています。
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なーんてことを書いたメールだったのですが、
自分で書いていて、「お笑いってアートなんだなぁ・・・」
なんて、すごく考えなおさせられました。
最近、時代劇を見ていて昔の時代劇と違って迫力がなくてつまらないなと
感じます。
演技の練習がなされていないというか、
俳優さんから、なんか足りていない部分を感じるというか、
ちょっとフワフワしてしまっているというか、、、
モノ足りないんですよね。
時代劇を演じている俳優さんに
「賭けているもの」、「背負っているもの」を感じないからか
明らかに俳優さんの演技がアートの域に達していないなと感じています。
少し前の水戸黄門と最近の水戸黄門を見比べると
その違いは明らかです。
その他にも最近の映画、時代劇、ドラマ、特撮もの、
いろいろと見ていくと
CGの技術が入ってゴマカシができるようになったから
人の技(術)が疎(おろそ)かになってしまったのかなぁ・・・
ってコンピューター技術の発達を少しさみしく思ったりして、、、
M1グランプリを見て面白いと感じたのはきっと
そういうことですよね。
準備がしっかりとなされているから
見ている方も感情移入できるんですよね。
恋愛でもこの原理と一緒。
高校生のときと社会人のときと
デートするときに相手から感じるものが明らかに違います。
経験が豊かになってしまうと慣れてしまって考えることに時間を使わず
下準備が不足してしまうからか
デートにアートの域と作業の域ほどの差が出てきてしまいます。
雑誌どおりのデートがつまらないのと一緒ですね。
見たままを表現しているのはアートじゃなくってパクリなんです。
アートの域を目指すのってハッピーに生きていくために
必要なのかもしれません。
みなさんは友人や恋人にアートしてますか?笑。
芸術を暮らしの中に、、、
というテーマでは別途書きたいと思います。
LOHAS?時間の使い方?
最近LOHAS~なんていわれて久しいですが
おそらくスローな時間の使い方がいちばん響くのではないでしょうか。
健康、環境というキーワードは、
時間をかけて栽培したオーガニック、そして健康に、
時間をかけて人の手を加えたものを自然に近く、そして環境に、
そうなるとやっぱり時間ん。
仕事がうまくいかない方はお話をおうかがいしていると
焦っているかたが多いんですよねー。
結果がでない⇒びっくりする⇒結果ださなきゃって焦る⇒やらなきゃって思う
結果がだすための過程を大事にせずにおろそかにしてしまう⇒結果がでない
こういうサイクルをまわっています。
先日個人クライアントの方にしたお話は
イチロー選手ってどう時間を使ってると思う?
でした。
結果を出そう!ってことを考えることに時間を使うのではなく、
その時間を素振りをする時間にあてています。
人の人生、同じ年であれば生きてきた時間はほぼ一緒。
その中で時間の使い方によって
その人の器、雰囲気、知識、技術、に差が生まれます。
きちんと何かを身につけて成果を出そうとしたときに
すべきことは【集中】なんですよね。
同じ時間にひとつのことをしようとする。
ひとつのことを一所懸命するからそれが身について
次の何かに手を出せる。
うまくいかないなって焦っている方は
いくつものことを同時にしたい人。
同時にいろいろなことをしようとするから
何も身にならない。
ゆっくりと時間を使う大切さについてゆっくりと考えて欲しい。
さて、冒頭の
おそらくスローな時間の使い方がいちばん響くのではないでしょうか。
というフレーズ。
響くのではないでしょうか?
の投げかけは、少なくとも自分に響くキーワードがスローだから。
もしかして、みなさんもそうかなと勝手に想像させていただきました。
年をとったときの魅力
きみによむ物語という映画を見ていて
何が人生でのこるのかを考えさせられました。
若いときは若いときなりの魅力というものがあるんだと思います。
でも、それが年を重ねたときに何の魅力が残っていくのかな
ということです。
・○○といえば彼!
・○○といえば彼女!
と周囲の脳裏に焼きつく自分。
「きみってインパクトないねー」
なんていわれたくない。
少なくとも忘れられる、無視される、というのは
非常に悲しいことなわけです。
人は関係性動物、社会性動物、
たのしく生きていくためには
自分と周囲の人との関係性をどういう方向性に持っていこうか、
自分と周囲の環境との関係性をどういう方向性に持っていこうか、
悩みます。
さて、これはどう考えてどう行動したら
この方向性が単なる方向性でなくって素敵な方向性になるのでしょう。
後ろ向きより前向き
なにか相談にのるとき、
たしかに「そうなんだー」「残念だったねー」っていう相手の状況に対して
共感を覚えるというのはすごく大事ですよね。
でも、そうなんだー↓
ってトーンだと、相手も
そうなんだよねー↓
になります。
そっかー↓
ってゆぅしかなくなり、
・・・
会話が乏しくなってしまいます。
楽しい話って、これからの話。
今や過去の話を確かに直視するのは大事なのですが、
こうだった、ああだった、ということを考え続けるより、
頭の中からはずすのも大事。
じゃっ。どうしよっか♪
を考えたいですね。
向き不向きよりやるき
人には向き、不向きがあるってよくいわれていますが、
私は向いているかどうかってやってみなきゃわからないって
思っています。
どちらかというと、思っているというより、
自分に言い聞かせている感じ。笑。
だって、向かないと思っていることでも、好きなことはやりたいわけだし、
たとえば仕事にしても、遊びにしても、恋愛にしても、
向かないと思っても頑張りたいときってあるじゃないですか。
適正検査ってあるけど、
適正なんて決められたくないんです。
■適正があるからどうなの?適正がないからどうなの?
■生まれたての赤ちゃんはどんな適正があるの?
生まれたての状態で適正が決まっていると言い切れない限り、
きっと、その人がどれだけ何をしたか、
どれだけ一所懸命やったか、
どれだけ情熱を注ぎ込んだか、
それが得手、不得手につながっているはず。
からだを動かした人はからだをうごかしているのに長けている。
からだを動かしてないけどからだをうごかしたい人は動かすべき。
運動へたっぴだからなぁーなんてゆってる場合じゃありません。
やりたければやる!
それがきっと前向きな自分をつくることだと思うし、
ハッピーなライフスタイルにきっとつながると信じています。
てゆーか、そう自分にいいきかせています。笑。
だって、生まれたときから適正を決め付けられたら何もできないもん。
解釈のちがい
【前向きな解釈】と【後ろ向きな解釈】
それぞれで大きく違うんですよね。
今般のメディアで騒がれている件については、
経営陣の方々がなんらかの意図・方向性があって
そのベクトルに向かって解釈したんだと思います。
考える頭は、自分のいちばん上にくっついているから
いつも考えるときは
自分の立場、立ち居地から考えることになるんですよね。
人とコミュニケーションするときも
お仕事をするときも
共通点があります。
あの人は ・ ・ ・ なんじゃないかな?
って思うことが必ずつきまとうところ。
自分から見た世界のお話ですね。
そこが難しいし
自分は ・ ・ ・ って思われてるんじゃないかな?
って思うことができるところがさらに悩ましい。
世界は自分をどうみているかってお話ですね。
ギクシャクしたり、疑念を抱いたり、好意をもったり、勘違いしたり、、、
この「・・・なのかな?」 ← はてな
が取れてしまうと
必然的にひとつに決めてしまうから頭の中から選択肢が少なくなります。
あいつ悪者だ。これは犯罪だ。これは正しいんだ。これは神様だ。
解釈を【良い/悪い】・【正しい/誤っている】という
極めて二択的な扱い方をすることは
想像したり考えたりしている状態から
行動(人やものごとへの評論を含めて)をしやすくしてくれる半面
緊張・ストレスが伴いそうですね。
自分の頭以外で考えた解釈は自分の頭で考えた解釈と違う。
なんてことが起きるからです。。。
今般の事件で渦中の当事者の方が
【前向きな解釈】と【後ろ向きな解釈】
どちらを選択したのか、
事件を法令を遵守すべき方々は
【前向きな解釈】と【後ろ向きな解釈】
どうとらえたのか、
その事件を取り上げているメディアの方々が
【前向きな解釈】と【後ろ向きな解釈】
どちらを選択しているのか、
それぞれの見解・解釈ってあると思うんですけど、
【?】ってコミュニケーションするうえで大事なんだなー
なんてテレビを見ていて思いました。
みなさんは日々の生活やお仕事の中で【?】をどのくらいもっていますか?
能力は自分が決めるもの♪
なんかすごい能力を身につけなければならない気に
さいなまれていたときがありました。
そういうときがあったというのは、今はそうではないということなんです。。。
だって、能力ってそんな変わらないんですよね。
動物を見て気づきました☆
どんなに人が頑張ってもチーターにはなれないし、
くまみたいに強くなれないんです。
トップアスリートといわれている人って
ひとつのことに集中して練習しているんですよね。
ひとつのことばかりしていたら、それ以外のことはできないことになります。
からだを動かす感覚が、何もしていない人よりは研ぎ澄まされていくけれど
ゴルフもスキーもスノボもバスケットも野球も誰にも負けないなんてムリです。
だからイチロー選手にはかなわないって思うんだけど
確かに野球では負けちゃうかもしれません。
でもね。料理なら負けないかもしれないし。
もっと些細なことでもいい。
雪かきなら負けないかもしれない。
大事なのは負けない部分が絶対に何かあるってことなんです。。。
そう考えると
能力って千差万別
個性と一緒
つまり見た人が『すごい能力だー』って思うのが能力なのかなーって
表現できるので、見る人が決めるものだと定義できます。
見る人がそれぞれの立場からそれぞれの思いで決めるんだから、
決められるんじゃなくって自分で決めてもいいのかなー
自分でいい感じって決めた方が楽しいのかなー
なんて思いました。
近頃わたしたちはいい感じー
って歌詞の歌があったけど、、、PUFFY (パフィ)さんでしたっけ?
たぶんこのブログで書いていることを指しているんだと思います。
というわけで、
パパパパ・パフィさんのミニチャートも貼り付けに挑戦してみました~☆
PUFFY<3177>
M1グランプリ
仕事を少しさぼって、M1に見入ってしまいました。
すごく練習しているんでしょうね。
演技?お芝居?漫才?
これまでの修行?訓練?猛特訓?の結果が出ているんだと思います。
最近お仕事を一緒にしている方からのメールにも大爆笑しましたが、
テレビを見て大爆笑したのは久しぶりでした。
チュートリアルさんも最高でした。
個人的にはオリエンタルラジオさんの間合いとか雰囲気とか好きです。
オリエンタルラジオ<7097>
<芸能証券 というサイトの株価チャート>
貼り付けられるということで貼り付けにチャレンジしてみました。。。
超おもしろい。
日足チャートという右の方の欄に貴方のBlogにミニチャートを貼ろう! という文言が
あるので、そこをクリックすると貼り付け方が出てきますね。
↑上の方がローソクくんのチャート。
↓こっちは線のチャートらしい。
オリエンタルラジオ<7097>
時間が経つと線が出てくるのかな。
それにしても
笑うっていいですねー。
【笑うかどに福きたる】
漫才という文化に感謝です。
社交場に出る~☆
企業への採用面接をするとき、
社交性があるってプラスだったりします。
社交性ってどうすると身につくのか、
社交性がない私にとっては、
生きてきている中でずっとテーマになっています。
う~ん。
どうすれば身につくのでしょう。。。
なんとか社交場と呼んでも良さそうな場に出ることで
社交性を持っている人の雰囲気を
手でかきよせて、風を受けるようにしています。
みなさんは社交場ってどんな場に出かけてますか?