重粒子線の先進医療部分の費用は314万円である。リング型シンクロトロンででビームを
加速する為、円周率の3.14にあやかったのだろうか?だとすると悪い冗談である。

年間運転経費は約50億円。運転時間の半分が治療に使われ残りは生物・物理実験に供せられる。
年間治療者数が500人とすると、一人当たりに要する費用は約500万円程度となる。

人件費や施設費(これらは元々国有財産なので加算しない?)の考え方にもよるが、
基本的には「経費を頭数で割ったらこの程度かな?」という額と考えて良さそうである。

この314万円が「高いか安いか?」とか「保険適用にすべきだ、イヤすべきで無い」
等、の議論は本記事では行わない。国民皆保険や混合診療の問題とも関連性がある為、
個別に議論することは出来ない。これらについては別の機会にまとめるつもりである。

私が放医研に入院し驚いた事は新患もしくは診療相談の患者が多い事である。当然ながら
314万円の治療費を惜しんでいる患者は居ない。病状の問題で非適応になる患者も
居る様だが、治療までに要する「順番待ち」のせいで断念する場合も少なくない。

現状では広範な転移があれば基本的には適応から外れる。しかし私の判断では、骨原発、
あるいは転移の患者がQOL維持の為に照射する場合や、私の様に末期癌患者でも抗癌剤と
の併用でメリットがある場合は少なくない。

近い将来、抗癌剤が世代交代する現状を考えると、こういったケースはさらに増加すると
考えるのが自然である。すなわち現在の計画台数では明らかに施設不足になると予想される。
普及を阻んでいるハードルは100億円前後とも試算される「コストの壁」である。

粒子線施設の捉え方には大別して2つの立場がある。
・一つは地元対策や大企業の思惑、などの「誘致」側の立場である。
・もう一つは故山本たかし元参議院議員が真面目にまとめた様な「反ハコ物」の立場である。

「誘致」目的の場合、施設建設のコストはある程度「高くなければ」ならない。地元への還元と
大企業の利益を考えるとこれ以上のコストダウンは厳しいと思われる。念のため弁護しておくが
日立や三菱電機が暴利をむさぼっていると言っている訳では無い。問題は一括発注にある。

発注者の立場からすると東芝を含めた重電3社は非常に有り難い存在である。
MDアンダーソンの陽子線も非常に優秀な(茨城弁丸出しの)プロジェクトマネージャーが派遣
され、良い仕事をする部隊を指揮している。恐らく間違いの無い製品に仕上がるであろう。

ただしコストはかかる。研究者(のレベルにも大きく依存するが)が手間暇かけて分割発注した
場合に比べ、30~50%は「自動的に」高くなる。施設建設費についても同様である。

一方、故山本たかし元参議院議員の主張はもっともである。医療費が切迫し腫瘍マーカですら
「保険適応は月1回」などと制限しているのに「重粒子を全国に10台。総事業費1000億円」
など認める気にならなくて当然である。

しかしながら私は山本氏と違い、厚労省の「頭の良い」試算は全く信じていない。
どう控えめに見積もっても粒子線が適応、もしくはデメリットよりメリットの方が大きい患者は
年間1万人を越えると考えている。1施設で年間1000人さばいてもギリギリである。

さらに海外、特にアジアの患者を(現在でも受け入れている様であるが)本格的に受け入れれば、
その患者需要は計り知れない。日本人の税金で開発し建設する施設である。外国人患者の医療費を
相対的に高くするのに何ら遠慮は要らない。日本人患者の費用を下げられる可能性すらある。

平尾氏の先見性のある判断により日本では重粒子線が実現した。加速器部門や治療部門の研究者、
及び医師の永年の努力により信頼性のある技術が確立した。臨床試験や先進医療に協力した患者の
命の蓄積によって貴重な臨床データも得られた。これらは国民の財産であり遂に利益が期待できる
段階に入った。(勿論「皆保険」にご迷惑をかける事無く。である。)

目先の1000億円は確かに「コストの壁」である。しかし国内で活躍する加速器研究者の協力を
得れば確実にコストは下げられる。用地買収や施設建設の「ロス」をカットすれば尚更である。
文科省と厚労省の垣根を越えたプロジェクトを発動すれば現在の技術水準でも充分に採算が取れる
可能性がある。

これは政府+政治(=国民)の先見性の「壁」でもある。従来型「誘致」の矮小な利益誘導や、
医療費の枠に捕らわれた「狭い」議論に終始し数年後の地平を見通すことが出来なくなっている。
先人が築いた重大な国益が今失われようとしている。
通常、告知においてどの様な説明がどの程度されるのだろうか?私が見聞きした範囲では多く場合、
・病名・病期、画像・マーカー等の説明
・担当医が決定した治療方針、スケジュール
・(もしも聞かれたら)一般的な予後。などが説明される様である。

私は末期癌患者ではあるが病院歴は極めて浅い。2007年3月まで殆ど医者にかかった経験が無い。
従って私の病院や医師に対する見方は相当な偏りがあると思うが、ここまでに大きな不満は無い。

特にがんセンターでは考え得る限りの質問を行い、その殆どに合理的・論理的な回答が得られた。
放医研でも懇切丁寧な説明を受け、貴重な最新の知見を得る事ができた。
末期という事もあり選択肢は限られ、それ程多くの迷いや後悔は無く治療に踏み切れたと思う。

しかし私の経験では以下の最低限の知識を把握している患者にこれまで会った事は無い。
(私は極力他患者と接触しない様にしている為、主に家族会話等からの間接的判断であるが、、)

1.(例えば肺癌なら参考図の様な)病期と治療ロードマップの一般論
2.手術可能症例に対する手術説明と代替先進医療の有無、それぞれの成績・適応性
3.抗癌剤適応例に対する薬剤、投与量、投与期間の根拠、と主なsecond lineの説明
4.(自費も含め)候補になりうる分子標的剤の説明
5.国内、海外で参加しうる臨床試験の提示。費用と参加条件など。

これらの情報・戦略は互いに干渉しあう事も有り、「どれもこれも」とやれる訳ではない。
治療の程度、順番にも制限やゴールデンルートがある。患者個人の体力や考え方、人生設計を
直接左右する事柄でもある。治療開始前に患者側が慎重に判断する事が不可欠である。

実際に保険適応でやれる医療には「範囲」がある。担当医師の知識と技量にも「限り」が有る。
これは当然である。しかし最新の医療「情報」を患者に提供する事は簡単なハズである。
そうする事で患者と患者家族の不安と不満のかなりの部分を解消する事が出来ると私は信じる。

厚労省あるいは各施設で半年に1回程度最新情報を検討し、上記の最低限の情報を書面にする。
診断がついた場合、本人もしくは家族にそれを配布する。それに加えて個々の患者に対する
個別説明と議論をする。公知の科学的事実と最新の医療情報を更新すれば良いだけの事であり、
一通りの専門的知識さえあれば時間的、予算的コストは皆無に等しいはずである。

例えば粒子線治療は国民の税金を投じて研究開発が行われた。効果が認められ先進医療にも
認定された。勿論、治療効果やリスクの評価に各医師それぞれの意見があるのは当然である。
学会などの公の場で大いに科学的な論議をして頂ければ良いと思う。

医師としては患者の背景や実現性を考慮し、最適と判断される治療方針を提案する。
出来るだけの理解が得られるように繰り返し、ゆっくりと説明する場面も頻繁に目にする。
しかしながら、先進医療が選択肢として説明されないという事は本来あってはならない事である。

そこでは医師の「親切」は「壁」にもなる。
重粒子線治療の適応性は放医研ホームページに詳しい。本来、私があえて言及する必要は無い。
しかしながら私なりに散見した「よくある不満と失望」を記載する。

1.転移が複数箇所以上ある場合適応できない。
 先進医療(有料化)に移行後は、転移巣であっても「局所」であれば検討可能性がある。
 が、2~3カ所以上に病巣が確認される場合はまず適応から外れる。我々素人の感覚では
 「無制限に撃ってくれれば、、」と思うが、放射線による二次リスクや治療による酸化
 ストレス?等の影響など、予見できない悪化も考えられ慎重にならざるを得ない様である。

 「2カ所まで」か「3カ所まで」かは個々の症例による様であるが、いずれにせよ現状では
 適応になり難い。私個人の意見としては照射総量とタイミング、抗癌剤とのコンビネーション
 を研究する事で今後この適応範囲は拡大しうると考える。早期の研究積み上げに期待したい。

2.他に有効な治療法がある場合適応されない。
 例えば乳がんは「有効な治療法が確立され成績が良い」という理由で適応はおろか研究対象
 からも外されている。これも個人的には異論があるが現状では受け入れていない様である。

3.患部に手術や放射線の治療歴がある場合も適応されない。
 「以前40Gy照射した部分から再発した。残り20Gy照射して欲しい」という相談である。
 臨床試験の段階を終えつつあるとは言え、やはり晩発障害についての議論は残されており、
 現時点では他の放射線との「区別」という意味で適応から除外している様である。
 また追加照射の場合、自ずと線量は制限されるので確かに効果という観点からも適切では
 無いかもしれない。

以上が重粒子線治療を希望したにも関わらず適応から除外される主な理由である。
「やや慎重過ぎる」様にも感じられるが医学的・物理的には正当な除外理由かも知れない。
これまでの治療実績と(陽子線も含め)重粒子照射によるリスク評価の進捗状況を考える
とやむを得ない部分もある。

ただし私が患者の立場になって感じ、見聞きした「真のハードル」はそういった合理的、
科学的な理由よりも別のところにある場合が多い様に思われた。すなわち、
・「医師の壁」と
・「コストの壁」、
である。私自身の治療経過からは多少横道にそれるが、次回と次々回記事で述べたいと思う。
放射線治療の主な有害事象は照射後30日から90日頃にかけて発現する。
60日目のこの段階で評価するのは時期尚早であるが、予想される有害事象が概ね出そろった感が
あるのと、2回目の抗癌剤治療に入るタイミングを計る為、速報版としてまとめる事にする。

1.添付図は重粒子線治療開始前から照射後の血液検査のまとめである。
 結果として白血球系に対しある程度の骨髄抑制が発生している。ただし私のケースでは抗癌剤
 を「これ以上はあり得ない程」投与し3ヶ月足らずの休薬期間しかとっていない。さらに
 (普通なら)かなり胸骨が被爆する照射領域である。いわば最悪の状況の中でこの程度の低下
 で済んだと評価できる。がんセンター主治医の判断もほぼ同様「問題ない」との事であった。
HIMAC血液


2.皮膚障害は(ダサイ身体な為、写真は伏せるが)照射終了後15日頃が最悪であった。
 表現は難しいが「5月のかなり暑い日にポロシャツ1枚でゴルフに行った時の胸の日焼け」
 程度と言うのが丁度良いと思う。放医研担当医に言わせると私の場合は照射部が表面に近く、
 「かなり焼けた方」らしいが、それでも日常生活に支障が出る程では無かった。

 ただし、通常の日焼けなら2~3日で鎮静化すると思われるが、照射部分の場合は2週間程度
 をかけ非常にゆっくりと回復した。「キズが治りにくい」と言われるのを理解した。気がした。

3.食道粘膜の障害、は自覚症状では「実際何も判らない」。私の場合食道にも15Gy程度は
 浴びた部分があり油断は出来ない。が、飲み込み難いとか、ノドが詰まった感とかは結局何も
 感じなかった。照射後30日頃(1月末)まで真面目にアルロイドGを食前に飲んだ。
 辛いモノ、熱いモノも控えた。寝る前3時間は食事はしなかった。それらが功を奏したのか?
 は結局判らない。が、その程度の注意で済むのならお安い御用である。

4.肺繊維化は照射終了後1ヶ月頃から出始め、3~6ヶ月頃に出そろう事が知られている。
 但し私の場合、画像診断上何の兆候も出ていない。さらに繊維化の指標となるKL-6という
 血液検査項目にも何ら変化が無い。いずれ生じるのは確実であるが、その程度は非常に軽い?
 という評価であった。

結局1月末の定期検診とその前後の国立がんセンターでの検診・判断を総合すると、
・照射効果はかなり期待できる。
・その一方で有害事象はかなり軽い部類に入る。次回治療に対し制約を与えない。

という理解が速報値からは得られた。
私としては期待通りの治療成果である。さらに(恐らく)有用な臨床データも得られ満足である。

ただひとつ後悔があるとすれば、病院に行く機会を逸し、1月15日頃の血液データが抜けて
いる点である。この頃は皮膚の日焼けがピークであった。また運動不足と言われればそれまで
だが、若干の「立ちくらみ」を風呂上がりなどに感じた時期であった。

データが飛んでいるので赤血球系は殆ど骨髄抑制が無かったかの様なプロットになっているが、
この時期にデータ収集をすれば、多少の低下はあったのではないか?と想像している。
非常に残念である。
放射線にはDNAに対する直接的作用と、OH-などを生成することによる間接作用がある。
これらの作用は癌化の原因の一つと考えられ、そのリスクの程度は前回記事で見積もった。
抗癌剤同様、不利益より利益の方が大きいと考えられており、それが治療根拠になっている。


直接作用と言っても入射粒子が直接DNAに衝突する訳ではない。原子核半径は0.1nmのオーダー
であり正面衝突の確率は低い。物質中に入射された放射線は軌道に沿って2次粒子(主に電子?)
を生成する。エネルギーを付与されたこれらの粒子がDNA鎖を切る。

光子と陽子線はこの2次粒子生成密度が低くDNA鎖の1本しか切らないと考えられている。
それに対し重粒子は高密度にエネルギーを失う為2本とも切断できる?と計算されている。
DNAは2本鎖が切断されると殆ど修復不能になるそうである。つまり再燃する恐れが低くなる。

一方、生体内の水分子に放射線が当たる事でOH-などのフリーラジカルが生成する事も
知られている。これは活性酸素と呼ばれるモノで同時にO2-や過酸化水素水も生成する。
但し、生体は後者の2つに対しては毒性を消去するSODなどの酵素を獲得し持っている。

放射線治療では主としてOH-の強い酸化ポテンシャルを利用する。これが間接作用である。
この直接作用と間接作用の比率や生体内の機構は大変興味深い。現在調査中であるが、
完治後には是非私も実験・研究を開始したいと考えている。


重粒子線の利点については放医研のホームページで詳しく解説されている。
・粒子線の特性としてブラッグピークを持つ。狙った深さで集中してエネルギーを落とす。
・横方向の散乱が少なく、かつ照射野で止まるので他臓器へのムダな被爆が少ない。
・DNAの2重螺旋を「両方」切断できる。、、、などである。

この重粒子線の持つ物理特性により、以下の効果が期待される。
・DNAへの直接作用成分が多い為、低酸素環境にある癌にも効果が高い。
・正常細胞の回復を待つ必要性が低く、短期間の照射で効果が得られる。
・トータルな線量がより少なくても同等の効果が得られる。

一般に抗癌剤も放射線も酸素濃度が高く活発な癌ほど効き目が高いと言われている。
DNAを合成する時期や細胞分裂の開始時に薬剤なり放射線なりが作用することで
期待される直接作用が起こるからである。つまり細胞分裂が多い程反応確率は高い。

間接作用についても酸素濃度や血流(水)が抱負である程、フリーラジカルの生成量が多く、
癌を攻撃する作用が増す。逆に言えば低酸素癌には通常の放射線は効きにくいとされている。

私の胸骨裏側に隠れた病巣はこれまでの抗癌剤で全く不変であった。最初のPETでは中心部の
活性度が低く「酸欠で壊死?」しているのかと思った程である。が、しっかり活きていた。

また、照射後に他の転移巣が再活性に転じた場合は早期に抗癌剤治療を開始する可能性もある。
局所治療や体力回復に長い時間をかけるのは致命的な不利益になる恐れがある。
「低活性癌への直接作用の期待」と「短期間照射」は私の癌戦略において不可欠な要素である。
放射線治療では、どの様なリスクが、いつ頃?どの程度?現れるのだろうか。

仮に3~5Gyの全身被爆があった場合50%のヒトが60日以内に死亡すると考えられている。
通常、放射線治療では部分的にではあるが40~70Gy程度が照射される。
もしも全身に浴びれば2~3日で死に至る程の量である。決して身体に良い行為では無い。

放射線リスクは以下の様に「急性障害」と、二次癌に代表される「晩発障害」に分けられる。
程度や発現時期は勿論照射量や部位による。以下はあくまでも一般的な理解である。


<急性障害>
・皮膚障害:照射後から遅くとも90日頃までに発現。
・骨髄抑制:脊椎や胸骨などに2~10Gy程度照射すると30日以内に発現。
・粘膜障害:主に消化器に対するびらんや炎症。酷い場合は潰瘍や穿孔等。
・肺繊維化:照射部分の肺機能消失。

X線については放射線治療の歴史が長く、多くの知見が蓄積されている。陽子線の生物学的効果
についても最近の見解では「X線と同等」とされ、X線の研究成果から外挿可能と考えられる。

それに比べ重粒子線の呼吸器への照射実績はまだ「500例」である。これはちょっとした抗癌剤
のPhaseIII試験(標準治療との優劣試験)と比較しても多いとは言えない。しかしながら、

重粒子線治療については1994年から2003年10月までに放医研で行われたPhaseI/II試験で明らかな
効果が確認された。有害事象についても急性障害に関しては、これまでの放射線治療の想定の範囲内
で概ね理解できる事が確認され先進医療に移行した。現プロトコルでは重大事故は起きていない。

勿論、副作用や抗癌剤との相性などについては今後も試験・評価を続ける必要があると思われる。
が、数ヶ月~数年の間に生じる早期障害については私はそれ程心配していない。


<晩発障害>
しかしながら重粒子線の晩発障害についてはまだ未知数な部分が多い。10年~20年前に
照射した患者の2次癌のリスクは当然ながら未評価である。n数も絶対的に足りない。
私の照射野は胸である。将来癌化が心配されるのは主に肺、骨髄、皮膚、食道である。

原爆被害を基に国際放射線防護委員会(ICRP)が1990年に修正・勧告した臓器別の致死癌リスクは
肺 :0.85×10^-2/Sv
骨髄:0.50×10^-2/Sv
皮膚:0.02×10^-2/Sv
食道:0.30×10^-2/Sv
程度と評価されている。
アメリカは今日に至るまで爆心高度の情報開示を拒んでおり定量的評価には拡がりがある。
精度等については今だ議論中であるが、この重大な指標を基にリスクを見積もる事にする。

私の照射線量(Gy/E=Sv)と照射範囲の各部位に対する体積/表面積比率(%)は概略
肺 :54Sv, 約5%
骨髄:15Sv, 約10%
皮膚:10Sv, 約1%
食道:15Sv, 約30%
程度と見積もられる。

結局、リスク[/Sv]×線量[Sv]×有効領域[%]から計算される私の晩発障害リスクは
肺癌 :2.3%
白血病:0.8%
皮膚癌:0.002%
食道癌:1.4%
総計 :約4.5%程度、
と「計算」される。イレッサの副作用死1.5%、カルボ+タキソールの1%と比べてもかなり高い。
しかも重粒子線の場合、同じ「54Sv」であってもX線等の外挿から外れる恐れすらある。

しかし、勧告が出された1990年の「致死癌」の定義と2007年の「致死癌」の定義はかなり
異なるハズである。さらに2次癌の発症が10年~20年先であればこのリスクは相対的に
もっと下がると期待しても良いであろう。

「再発部位のリスク」と天秤にかけた結果、放射線の晩発障害についても受容する事に決めた。
2007年12月28日:第一回効果判定

最終照射日である28日にCTを撮影。その日の午後放医研主治医、担当医等と面談。
原則として効果判定は「画像診断」で行う。症例差もあるが通常以下の様な手順を踏む。

1.照射最終日:第一回効果判定
 重粒子線は他の放射線に比べ短期間(全患者平均で13回程度)で照射が終わる。
 通常は作用も副作用も現れない(通常の癌では2~3週間では画像上変化は見えない)。

2.照射後1ヶ月:第二回効果判定
 早い場合、効果が見え始める。一方、多くの場合肺繊維化等の有害事象が見え始める。

3.照射後3ヶ月:第三回効果判定
 正式な効果判定を行う。3ヶ月程経過すると炎症も沈静化するのでPETによる判定が可能。
 反面、肺繊維化、粘膜障害などの有害事象も出そろう。以降3~6ヶ月間隔で経過観察。
 

私の胸骨裏の病巣は単純CTでは判定が難しい。4~5mmの「厚み」がある?程度である。
主にPETによる集積度が判定基準となる。PETでの正確な判定は3ヶ月後である。放射線照射
による「偽陽性」の可能性が高いからである。

第一回判定は特に効果を期待してはいなかった。が、単純CTでは明らかに胸骨に浸潤して
いる部分の厚みが「薄くなった」印象がある。これまでの化学療法ではどれほどゴリ押し
しても全く変化が見えなかった部分が、である。

放医研主治医の判断も同じで「良い兆候」とのこと。経過観察に入る。放医研病院を退院。
2007年の治療はこれで終了となる。
2007年12月11日:重粒子線照射Day1

1回目の照射は「A室前半1番目」である。毎週月曜夕方に1週間の照射スケジュールが決まる。
患者には1週間分の「順番」が記載された紙が配布される。照射後は「自由時間」となる。
「1番」の場合、時間のズレは殆ど無い。私の場合線量測定後の9:30頃に始まり9:45には終わる。

添付図は病棟や準備室の壁に掛かった「スケジュール表示モニター」である。非常に便利である。

1回目は胸から照射。照射台の上に寝、呼吸を整える。腫瘍形状に合わせたボーラスがセットされ、
最終的に位置調整を行う。治具の様子や私自身の感覚から察する限りでは誤差+再現性のトータルで
精度「±0.5mm前後」という感じではないかと思う。部位や患者の「慣れ」にもよるが厳しめに
言っても誤差「±1mm以内」という評価で差し支え無いと思われる。

私の1日の照射量は4.5Gy/E=1.5Gy[for X ray]=1.5Sv=1.5J/kg=0.36cal/kgでしかない。
HIMACは0.5Hz運転なので「2秒に1回」ずつビームは飛んでくる。これを2~3パルス撃つこと
で4.5Gy分にする計算である。つまり1回あたりはたった~0.1cal/kg程度のオーダーである。

通常、患者は全くの無感覚である。痛みやはおろか「照射した事」すら判らない。、、ハズである。
が、私は微かではあるがハッキリと「衝撃」を感じた。胸の奥に「スドンッ!」という感じである。
勿論これは比喩で実際は非常に微かな「熱パルス」の様なモノである。そんな気がした。

照射は実にあっけなく終わる。食事し、風呂に入り、本を読み、、。全く問題無く過ごす。が、
Day1の午後、急激に眠気を感じ夕方まで熟睡。夕食後また朝まで熟睡。どういう訳か眠い!?
Day2も非常に微かであるがパルスを感じた。但しそれはDay1の1/10ぐらいだったと思う。
もう眠くもなんとも無い。結局全治療を通じて異変らしきモノはこの「初日の眠気」だけだった。

Day3以降「パルス」も全く感じなくなる。私の場合、照射自体について特筆すべき事は無い。

ただ3日目以降、散歩などしていると時々胸が「ムズッ」とする感じがした。実は私は原発部の
「縮小の感覚」を知っている。化学療法が効いていた時の経験で腫瘍が「小さくなる感じ」や
「骨や血管から剥がれる感じ」が判る。がんセンターの主治医に言わせると「あり得ない」
そうだがCTの経過と私の感覚は常に一致していた。

今回も間違いなく「効いている」と思った。それも照射後わずか「3日目」からである。
2007年11月27日:インフォームドコンセント

放医研主治医等と本人及び家族の間で説明会を実施。

・検査の結果再燃部は1カ所のみである事が確認された。

・重粒子適応審査会、倫理委員会等の審査で承認され、予定通り12月11日から照射を開始する。

・照射は12回、胸から9回、背中から3回。1回4.5Gy/E(光子等価グレイ)で合計54Gy/E。
 ビームエネルギーは胸からは290MeV、背中からは350MeV。それぞれに減速材、フィルターが
 入り、腫瘍の形に添って照射する。原発が大きかった為、空間的なマージンを5mm程度取る。

・生物学的効果RBEは「3」で評価している。この値は現在も議論が継続中。確定したモノでは無い
 が、一応の目安として用いている。同じ照射線量当量[単位はSv]でも重粒子は3倍の「効果」が
 あるという考え方である。RBEはX線を「1」とおいた相対値。通常のX線の放射線治療に換算
 すると今回の照射線量は18Gyしかない計算となる。

・肺癌に関しては500例程の実績がある。(逆に言えば世界で500例しか無いとも言える)
 照射方法や部位等にもよるが現在のプロトコルになってからの制御率は9割前後。

・1993年からのI相/II相臨床試験では「安全性」と「効果」が研究された。光子等価グレイ60Gy
 を基準にし線量を変える試験を行い現在の「54Gy/E」は決められた。次に分割回数を変化
 させる試験を行い「12回」が最適である事が確認された。
 (現在では肺末梢部に対しては1回4方向、計44Gy/E照射を実施している。)

・線量増加試験では80~90Gy/Eの照射例もあり、1~3%に「穿孔」などの有害事象例があった。
 それらは殆ど消化管、膀胱、尿道など「空洞がある臓器」が照射野に近い場合に起こった。
 外科的処置で対処できたが、その後の試験でそこまで強度が必要ない事が判って以降、重篤な
 有害作用は殆ど起きていない。

・今回もそれほど心配はないがどうしても食道に少し照射野がかかる。念のためアルロイドGを
 毎食前に飲む。また極端に辛いモノ、熱いモノ、寝る前の食事、など一応禁止とする。
 照射後はキズが治りにくく、粘膜が傷つくのに注意。最悪の場合潰瘍等も起こりうるので油断
 しないこと。皮膚もあまりゴシゴシ洗わないこと。

・骨髄抑制も現プロトコルでは殆ど起きない事が判っている。ただ今回は患者本人の希望もあり、
 毎週採血を行うこととする。胸骨にかなり掛かるので多少の変化はありえるかも知れない。

再来週からいよいよ本照射である。
他の放射線治療もそうだが照射は極めて短時間で済む。むしろ準備が色々と大変である。
放医研のホームページを見れば懇切丁寧に説明がされているが私が感じた事を列記する。


1.予備検査(呼吸器の場合、気管支鏡検査がある為入院が必要):
 CT、脳MRI、PET、骨シンチ、気管支鏡検査はほぼ全員受診。特に気管支鏡検査は照射前の気管
 表面の炎症等をチェックする為必須。麻酔の為、舌をつままれキシロカインを噴霧、それをあえて
 10回くらい「吸い込む」。どう考えても健康に悪そうである。

 でも病棟に置いてある「ブラックジャック」でも「、、ピノコ!キシロカインを準備だ!」と、
 かのブラックジャック大先生も使用していた。権威に負け受諾。

 私の場合必要無かったが肺野で動きの大きい部位の場合、この気管支鏡検査の際に目印用の
 イリジウム片(長さ1mm程度)を埋め込む。これは生体に無害なので治療後も放置される。


2.固定具製作:
 照射台の上に「暖めた低反発マクラ」の様なマットがあり、寝る。冷えると固まり身体にフィット
 した「型」になる。さらに身体の上から1cm厚の熱したビニルシートを被せる。これも冷えると
 固まる。細部を挟みやカッターで切りそろえ私専用の固定具が出来上がる。
 私の場合「胸から照射」と「背中から照射」が計画されており、2種類を作成。

 手で握る為の「グリップ」をもっと遠慮無く作った方が楽だった。と本照射になって後悔した。
 これが掴みにくいと仰向けで静止する際に結構腕が疲れる。


3.CTシミュレーション:
 実際の照射状態と全く同じ状態を再現しCTガイド下で照射野、量をシミュレーションする。
 照射は「息を吐いた時」に行う。その状態での照射範囲・量を再現する。本照射の際には
 呼吸センサーを監視し続け、数回程度「再現」した後に撃つ。所用時間はむしろ本照射よりも
 長い。仰向け、うつぶせの2種類を行った私の場合約1時間を要した。

 呼吸時の「動き」センサーを見ると確かに「吐いた」時に動きが小さい。1呼吸を5秒程度だと
 すると「吸う」のは大体1.5秒程度、「吐く」のは3.5秒程度の様である。この3.5秒のうち、
 約8割の息は最初の1.5秒で吐かれ、残り2秒程度にゆっくり「吐ききる」。ここで撃つ。

 ゴルフ初心者はテークバックの際「吸う」のか「吐く」のか迷う様だが、圧倒的に「吐く」のが
 有利である。ゆっくり吐きながらクラブを上げ、切り返しの瞬間「息を止める」。やっと判った。
 最先端医療のおかげで永年の問題が解決しそうである。