Masahiro Yamazakiのブログ -116ページ目

民主主義を支えるもの

先日のトークセッションで、民主主義の話になった。


民主主義の歴史とは、専制政治との対決の歴史であった。民主主義を勝ち取るために、すさまじい量の血が流された。日本が民主憲法を採用したのも、戦争によって300万人以上の犠牲を払った後であった。


ここで大切な事は、フランス革命も明治維新も(明治維新は民主主義革命ではないけれど)、中心になった活動家たちには”私腹を肥やす”といった私心が全くなかったことだ。自分の利益を考慮に入れる人の言葉には、どこかに嘘やごまかしが宿ってしまう。そのような人は、小さな財産をつくることはできても、多くの人の心を動かすことはできない。そのような視点に立つと、人類が民主主義を勝ち取るために戦ったあらゆる闘争のリーダーは、「大いなる無私の人」であった。


しかし民主主義は、皮肉にも「自分さえよければ良い」という利己主義に陥りやすい。民主主義は元々、無私のリーダー達の献身性によって発生し形作られたものであったが、時間が経つとそのことを忘れられてしまい、自己利益の追求のみが残ってしまう。そのため、民主主義は、常に誰かが「無私のロープ」によって固定させ続ける必要があり、それを怠ると、民主主義は浮遊し、違うものになってしまう。


以上、備忘録として。





トークセッション

トークセッションというものが、こんなに刺激的なものだとは思わなかった。


親友にかつて「日本辺境論」という本を薦められて読み、ブログでも読書感想文 として書いた。その著者である内田樹氏と中沢新一氏のトークセッション(迷走する資本主義)に、これまた親友の誘いで参加したのだ。


約2時間、民主主義、エネルギー、人口問題、日本人、などについて話を聞いた。日本のこれから・塾のこれからについて考える素晴らしい材料をもらった。


その後、あれよあれよという間に、内田樹氏の大学のゼミ生に交じって、神楽坂の居酒屋の末席に加わらせてもらった。そこで聞いた内田氏の話は、まさに今の自分に必要なことであった。内田氏の知見に舌を巻き、このような先生の下で勉強ができる学生達を心底羨ましいと思った。「内田先生」と呼ぶゼミ生の語感には最大限の敬意が込められていて、『孔子を囲む弟子たちもこんな感じだったのだろう』と思ったりもした。


P.S 最高の学びの場を与えてくれたしんちゃん、青木さんには大変感謝しております!















うんこをもらしそうになるということ 

南国の昼間には、日陰というものがない。


38度を超えた道路からは熱波が這い上がってくる。未舗装の道路の砂けむりや、行き交う人々の緩慢な足取りが、暑さを助長している。


とにかく喉が渇いていた。何でもいいから飲みたかった。さびれた漁村には商店というものがなく、ただ一つパラソルを開く老人がいるのみであった。何を売っているのかとのぞいてみると、大きな金属鍋の中に牛乳が汲んである。


(なぜ牛乳しか売っていないのか)

と思わないでもなかったが、喉が渇いた自分にとってこの牛乳は魅力的でありすぎた。金属鍋の中にたっぷりと汲まれた牛乳は、漫々と水をたたえた湖のように静かで、鍋の外側にびっしりとついた水滴は、液体の冷たさを物語っている。


5バーツを渡すと、老人はひしゃくで牛乳をコップに移した。それを受け取り、念のため匂いを嗅いでみる。しかし、それが安全かどうかを判断することはできない。ひとくち口に含んでみる。自分が知っている牛乳の味とは少し違う気もしたが、極度に喉が渇く中、それ以上の疑念を差し挟んでいる余裕はなかった。一度飲み始めてしまうと、喉の感覚器官が「その液体を一気に飲み干せ」と強く命令した。途中で飲みやめることなどできなかった。


数十分後、とてつもない腹痛に襲われた。

その腹痛に「少しの我慢」が通用しないことは、第一波をかろうじて乗り越えた時点で悟った。第二波を耐えることはできない。せいぜいあと2分が限界だ。3分は待てない。なんてことだ。


辺りを見回しても、公衆便所も何もない。しかし、辻々には人々がまばらに行き来しており、隠れられるような場所もない。どんなに動けても、200mが限度だ。体中から汗が噴き出る。手のひらが奇妙な形で硬直する。重心が下がり膝が少し曲がる。選択肢を見出せない脳は、激痛の中で思考することを諦めかけている。


その時、住宅街の裏手に、寺院独特の尖塔が見えた。与えられたわずかな時間のすべてを、その寺院に賭けた。全神経を集中し、小走りで寺院に向かう。寺院にはオレンジ色の服を着た修行僧がたくさんいた。部外者は誰もおらず、寺院の庭では10人程の僧が集まって何かをしている。必死の形相で寺院を見回すと、長屋のような建物がある。修業僧たちの寮かもしれない。


部外者が勝手にこの寺院に入っていいのか、更には建物の中に入っていいのかも全く分からなかったが、この緊急事態を乗り切るにはそんなことを気にしている場合ではない。枝葉末節にとらわれていては、本願を成就することはできない。脳は、どの扉が便所なのかを判断することに意識を集中させた。必死の思いで最初の扉を開けた時、お釈迦様に感謝せずにはいられなかった。



昨日、中3の受験生に「なぜ勉強するのか」を話す中でこの話を引用しました。勉強する気になったと思います。




豚丼と馬乳酒

自分には、毎日食べても飽きなかった食べ物があります。

松屋の豚丼、上野駅のかき揚げそば、はごろもフーズのパスタソース(あさりと野菜ソース トマトクリーム)の3つです。豚丼は週5で3年間、上野駅のかき揚げそばは週5で1年半、パスタソースは週7で1年間食べ続けました。食べ続けるのをやめたのも、大学卒業や会社の部署異動、引っ越し等による生活環境の変化が原因なので、それらがなければずっと食べ続けていると思います。


同じものを食べる生活を3~4日間も続けると、お腹が減るとそれらの食品が自然と食べたくなります。そもそも同じものを食べ続けるようになるのも、通勤や通学途中のちょうどいい場所にそれらの店があるからで、仮に松屋のかわりにカレー屋があったとしたら、そのカレー屋に通い続けていたのだと思います。


以前テレビで、遊牧民の主食の1つである馬乳酒が紹介されていました。遊牧民は夏を中心に、食事として馬乳酒をドンブリで何杯も飲むのですが、遊牧民の生活を体験した芸能人は、馬乳酒ばかりの生活にかなりウンザリしていました。


しかし、草原での生活を1週間も続けていれば、「腹減ったなぁ」=「馬乳酒飲みたいなぁ」という思考回路が開通する気がします。さらにいえば、草原なら都会のように余計な選択肢がないので、空腹時には疑いようもなく馬乳酒が飲みたくなるのではないかと、勝手に思っています。



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蛇足ながら、馬乳酒は世界最強の食品だと思います。馬の乳はそのまま飲むと下痢をするので、発酵させて2%前後のアルコールを含ませることで、飲用可能になります。噛まなくて済むため、赤ちゃんから老人までが馬乳酒を飲み、冬期の肉食生活で疲れた臓腑を癒し、腸内環境を整えてくれます。また、北方の草原の乾燥は、注意していないと脱水症状を引き起こすため、馬乳酒は水分補給の役割を果たしてもくれます。さらに、野菜の代わりに不足しがちなビタミンやミネラルを供給してくれます。チンギス・ハーンが世界を席捲できたのも、馬乳酒の功績が非常に大きかったと思います。味は無糖のカルピスで、大変酸っぱいそうです。

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風の谷のナウシカ

映画も好きですが、漫画版の世界も大好きです。映画と漫画は全く別の作品です。


中学生の時に図書室で漫画を見たのが始まりなのですが、難しくて途中で投げ出してしまいました。しかし、どことなく引っ掛かる部分が残っていて、大学生の時に全冊買い揃えました。


自宅のどこかにあるはずなのですが、見つからないので家じゅうをひっかきまわしています。(金曜ロードショーでは計13回放映されており、これは金曜ロードショー最多だそうです)


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