民主主義を支えるもの
先日のトークセッションで、民主主義の話になった。
民主主義の歴史とは、専制政治との対決の歴史であった。民主主義を勝ち取るために、すさまじい量の血が流された。日本が民主憲法を採用したのも、戦争によって300万人以上の犠牲を払った後であった。
ここで大切な事は、フランス革命も明治維新も(明治維新は民主主義革命ではないけれど)、中心になった活動家たちには”私腹を肥やす”といった私心が全くなかったことだ。自分の利益を考慮に入れる人の言葉には、どこかに嘘やごまかしが宿ってしまう。そのような人は、小さな財産をつくることはできても、多くの人の心を動かすことはできない。そのような視点に立つと、人類が民主主義を勝ち取るため に戦ったあらゆる闘争のリーダーは、「大いなる無私の人」であった。
しかし民主主義は、皮肉にも「自分さえよければ良い」という利己主義に陥りやすい。民主主義は元々、無私のリーダー達の献身性によって発生し形作られたものであったが、時間が経つとそのことを忘れられてしまい、自己利益の追求のみが残ってしまう。そのため、民主主義は、常に誰かが「無私のロープ」によって固定させ続ける必要があり、それを怠ると、民主主義は浮遊し、違うものになってしまう。
以上、備忘録として。