Masahiro Yamazakiのブログ -117ページ目

肉片

第32軍は、死ぬために編成された軍団であった。

首里は既に陥落し、絶望的な退却戦を続けている。平八の小隊は摩文仁から5kmほどの窪地に陣地を作り、兵士はタコ壺とよばれる穴に身を潜めていた。


タコ壺とは、大人一人がようやく身を隠せるほどの穴である。アメリカ兵が近付いたら、その穴からひょいと顔を出し歩兵銃を乱射する。乱射といっても、一人に与えられている弾数はわずかに30発である。ひとたび発砲すると、そのタコ壺は半径10mがえぐれるほどの砲撃を受ける。そして最後には火炎放射機で焼き払われる。


5m離れた場所にあった徳さんのタコ壺は、噴火したように土を巻き上げた。艦砲射撃の直撃を受けたのだ。塩大福と川柳と囲碁をこよなく愛した徳さんは、一瞬にして肉片になり果てた。そこには理性も本能も怒りも悲しみも存在せず、物理法則のみが存在した。


平八はタコ壺から徳さんの肉片を眺め続けた。その肉片の集合がかつての徳さんであったと考えると、故郷の婆さんがうわごとのように話していた村の怪奇談(平八は一度も信じたことはないが)さえも本当のことのように思えた。徳さんの肉片は腐臭を放ち、肉片はやがて無意味な固形物になった。人間の体というものは、鉄兜や軍服や武器に比べると、悲しいほどに不安定な存在であった。それは単なる肉塊に過ぎない。


時が過ぎ、時代は大きく変わった。平八にも孫ができ、夏になると毎年遊びに来る。かつては愛想をふりまいてくれたが、中学に上がってからは、にわかに不機嫌そうな子供になってしまった。一日中携帯電話をいじくり、決して心地良いとは言えない音を巻き散らすゲームに熱中している。しかし平八は、それに不満を抱くことはなかった。


平八が我慢ならないのは、毎年、終戦記念日前後に組まれる妙な戦争ドラマであった。戦争の恐ろしさや悲劇を伝えようとしているのかもしれないが、どの番組も、平八からすれば的外れなエンターテイメントであった。戦場の兵士のほとんどは、家族や愛する人を思いながら死んだりはしない。ある瞬間に突然、何も分からないまま肉片になり果てるのだ。それ以上でもそれ以下でもない。妙な悲哀や悲劇性を糊塗しようとするテレビ番組を、平八は全く信用することができない。


そう考えると、戦争の特番に全く興味を示さない孫の方が明敏な直感を持っている気がした。それが単なる無関心の所産であったとしても、恥知らずなテレビ局が作る番組に涙を流すような人間よりも、よっぽどまともな人間に思えた。ひょっとすると、日本人は少しずつ進歩しているのかもしれない。


平八は孫に戦争の話をしたことはない。徳さんの肉片のむなしさや腐臭を表現することはできないし、無理矢理したとしても、孫は間違った戦争観を形成するだけのような気がする。「それでも何も話さないよりはマシだ」という人もいるが、平八はそうは思わない。平八ができることは、自分自身が肉片になり果てることしかない気がする。


もしも特攻の悲劇を本当に伝えたいのであれば、玉砕戦の無意味さを本当に伝えたいのであれば、老人は自らの体を肉片に変える他ないだろう。自分自身がそのようなやり方で戦争の恐ろしさを体感したにもかかわらず、妙な修辞を駆使して子供たちに理解してもらえるという考え方に、異議を唱えざるを得ない。


「老人のゴタクよりも、花火の方がよっぽど戦争を言い得ている」

しきりに携帯電話のカメラで花火を写そうとする孫を横目に、平八はそんなことを考えるのであった。



by Masahiro Yamazaki




旅とは

「旅というものは、自分がその土地についてかすかにでも知っていることを拠りどころにして、その実感を深めたい衝動に駆られることである」


この呪文を克服し得た時、真の見聞が得られるのかも知れません。しかし、克服しなくても素晴らしい思い出が得られることも確かだと思います。


それにしても、「真の」というコトバほど無責任な言葉はないなぁと、書きながら思ってしまいました。

クッキーの箱

サイクリングコースに、ぺしゃんこにつぶれたバタークッキーの箱が落ちている。


その箱は、雨や砂の影響でかなり風化しているが、道路のちょっと凹んだ場所にうまい具合に納まっていて、誰かが意図的にどかそうとしない限り、その箱はいつまでもそこにあり続けるように思う。


そのクッキーの箱が気になり出したのは1週間前からだ。

自転車で信号待ちをしていた時、足元にそのクッキーの箱が落ちていた。何の変哲もない箱だったので、信号が青になって自転車をこぎ出すと、すぐに忘れてしまった。


そのまま目的地に到着して自宅へ引き返す途中、いつもと違うコースをとったら道に迷ってしまった。ぐるぐると見知らぬ地をさまよっていると、先ほどのクッキーの箱が、いつの間にか足元に出現していた。劇的な再会だった。おかげで元のコースに復帰することができ、無事に帰宅できた。


今日も、そのクッキーの箱は1ミリ違わず同じ場所に落ちていた。むしろ、座り込んでいると言った方が正確かもしれない。もはやこのクッキーの箱には魂が宿っていそうな気がする。あまりにも喉が渇いていたのでその箱を撮影する気持ちにはなれなかったが、今度通った時は写真にでも収めたいと思う。


今日は暑かったので3時間で4リットルほどジュースを飲んだ。ちょっと飲み過ぎた。








人類のカロリー消費量

資源エネルギー庁のホームページを見ていたら、こんなのがありました。


<人類の一日のエネルギー消費量の推移>


原始人 4000 kcal 食糧のみ (100万年前)

狩猟人 5000 kcal 薪などを燃やす (10万年前)


初期農業人 12000kcal 家畜のエネルギーを利用 (5000年前)

高度農業人 26000kcal 風力・水力を利用 (600年前)


産業人 77000kcal 蒸気機関の使用 (130年前)

技術人 230000kcal 電力の使用 (現代)



技術人ひとりで原始人58人分のエネルギー使ってるとは!


名前

自転車に乗っていたら、後ろから自衛隊の飛行機が超低空で飛んできて驚いた。ものすごい轟音で、掃除機で吸われるのを待つゴミのような気分になった。


ところで、普通の飛行機やバスや電車には名前らしい名前が付けられていないのに、なんで船には一隻ずつきちんと名前が付けられているのか不思議に思う。船には動物的な愛着を感じさせる何かがあるのだろうか。


でも、名前がきちんと付いてると、乗客も整備する人たちも愛着が湧くと思うので、公共交通機関には名前をつけた方がいい気がする(寝台特急みたいに)。そうすれば、引退の時の感動も高まるだろうし、新たなファンが生まれるかもしれない。多少シートやドアが壊れていても、「~号は3両目の椅子のバネがちょっと壊れちゃってるんだよね~(笑)」なんて具合に笑い話のネタになるかもしれない。


かつて通っていた幼稚園のバスには名前が付けられていて、当初はキリン号とウサギ号の2台体制だった(自分はいつもキリン号に乗っていた)。ある日パンダ号という新鋭バスが投入されて、一時は誰もがピカピカのパンダ号に乗りたがった。だけど、一度パンダ号に乗ってしまうと、やはりキリン号が一番落ち着く気がした。キリン号のエンジン音はうるさかったし、シートは固くて通路の塗料は禿げてしまっていたけど、それがキリン号らしくて何ともいえない愛着が湧いた。もしも幼稚園のバスに名前がついていなかったら、こうしてブログに書かれることはなかっただろう。


そういうわけで、通勤用のバスや電車にもちゃんと名前をつければ、生活は今よりほんの少し豊かになる気がする。