ストリップという世界は、独特な職業世界だと思います。

私も含めストリップファン仲間では、ストリップなんて健全な遊びだよな、とよく言います。しかし、一部の男性の目からはそう見えても、世間一般には偏見の目で見られます。家族、恋人や会社同僚に自慢できる趣味とは言えません。履歴書の趣味の欄に「音楽鑑賞」とは書けても、間違えても「ヌード観賞」なんて書けませんからね。

踊り子さんの中にも親バレで辞めてしまった方もけっこういます。

そういう職業ではありますが、踊り子さんはそこを「活躍の場」としています。

 

たくさんの踊り子さんを見ていると、ときに、「この人はストリッパーになるべくしてなったんだなぁ」と思わせるほど生き生きと輝いている方がいます。まさにこの仕事が天職というか、神がこの人にこの仕事を与えたんだなぁという感じ。本人もお客もみんなが満足している。

ストリップは歴史が古い。つまり、昔から必要とされずっと継続してきた伝統芸といえます。

こういう仕事に出会いそれを天職にできた女性は「幸せ」なんだと私には思える。

 

人は誰でも「活躍の場」を求めています。学校で勉強ができなくったっていい。そういう人には別のなにかが必ずある。仕事に貴賎はない。社会が求めている仕事があり、そこで認められるということが大切なんだ、と思う。

頭のいい人がけっして偉いわけではない。頭のいいことを真っ当なことに使っていない人がたくさんいることは日夜テレビで報道されていますよね。私の会社にも東大出がたくさんいますが、自分の都合のよいことにだけにその優秀な頭脳を使っている輩がいる。言い訳がうまく、自分では泥をかぶらないように上手に逃げ口上をうてる。もちろん東大出の中には名実ともに優秀な方もいますが・・。

人が求めている仕事を誠実にこなす、ということが素晴らしいことなんだと常々考える。

 

学生時代に、大会社に内定していたにもかかわらず、それを断り、もう一年留年して中学校の先生になった友達がいた。法学部なのに専攻と違う職業を選択したわけだ。彼曰く、「大会社に入ると歯車の一部になってしまうような気がした。それよりは、子供たちを相手にして自分の味を出せる先生という仕事の方が自分には合っている。一国一城の主として仕事ができる感覚かな」。熱血先生で生徒から人気があったようだ。今は県全体の教師人事を司るようなもっと上の仕事をしていると聞く。彼は大学時代に出会った尊敬すべき友人のひとりだ。

ストリップというのも教師に似ている職業かなと思える。生徒であるお客を前に、一人でひとつの場を仕切っている。そこは教室と同じ、自分が自由にできる空間。そこは自分の城。

厳密に云えば、踊り子がステージに立っているということは自分だけの力で成り立っているわけではない。所属事務所から劇場関係者、演出家や照明などの裏方もいて、始めてステージが成り立つ。とはいいながら、なんといっても、実際にその場を仕切っているのは踊り子さん自身である。まさにその場の「主人公」なんです。

自分の活躍の場で輝いている方はステキだなぁと思う。私は踊り子さんのそういうエネルギーを感じ、また明日の仕事を頑張ろうという気持ちにさせてもらっている。

 

 

 平成21年12月                          若松劇場にて 

 

 

 

 

 

 今の人は携帯電話があって本当に羨ましい。昔は彼女に電話するだけで、独身寮では長い行列を作って順番待ちしていたし、そもそも電話代も高かったのでよく手紙を書いていた。私がまめに手紙を書けるのは前携帯電話世代だからかもしれないな。

 今の携帯電話は相手の顔も見れるので離れている感覚がなくなっている。

 最近、会社でもTV電話が普及している。最大6拠点を同時につなげられ、TV画像に分割されて表示される。分割画像だと小さすぎて相手の表情が分かりづらいので、ふだんは声を出している所が優先的に画像に映るようにしてある。

 会社にとってはTV電話の導入は画期的で、営業所と製造所が頻繁に打ち合わせが出来、しかも出張旅費がかからないというコスト・メリットが大きい。移動時間がかからないという目に見えないコスト・メリットもある。お陰で出張がだいぶ減っている。

 TV画面を見て、最初に違和感があったのは自分の顔だった。「この頭の薄い、しまりのない顔の奴はだれだ」と思ったら、自分だった(笑)

 「こんな顔、おれじゃないよなぁ~」と思いながら、なんか自分の顔を見るのがすごく嫌な感じだった。自分の顔は自分が一番知っていそうで一番知らないのかなと思ってしまう。

 

 さて、踊り子さんは、まさに前後左右から(下からも?)お客さんに見られますよね。

 見られるというのは、恥ずかしい反面、嬉しくもあるでしょう。踊り子さんの場合、どの時点から羞恥から快感に変わっていくのかなぁ。

 写真やポラを撮られて嬉しいというのも同じ感情。お客の中にもよく踊り子さんと一緒にポラに写りたがる人がいますが、やはりナルシストなのでしょう。というより、誰もが自分が一番気になるナルシストなんですね。たとえば大勢で写った写真で一番気になるのはなんといっても自分ですから。 

 また、お客を観察していると、恥も外聞もなくエロになりきっている人もいますね。ふだん会社や家庭なんかでは偉ぶっている人が、こういう場になると本性丸出しっていうケースは多々あります。

 

 私はよく踊り子さんに「太郎さんはニコニコ顔で見てくれるから癒されます」というコメントを頂き、とても嬉しい気分になっていました。

 しかし、TV会議の自分の顔を見ていると、こんな締りのない顔でにやにやしながらステージを見ているのかなと思えてきた。ニコニコ顔とにやけ顔って区別つきませんもんね。ただはっきり言えるのは、ステージを見ている時は心から満足しているので本当に幸せそうな表情をしているはず。これが本当の私の顔であることは否定できない。むしろ、仕事場ではもっとシャキッとした締りのある顔をしなければいけないと反省した。男の顔は履歴書だっていいますからね。いまのままではストリップ履歴書の顔?!

 

 自分の顔には、4つの顔があると云います。

①    自分も他人も知っている顔

②    自分は知っているが他人は知らない顔

③    自分は知らないが他人が知っている顔

④    自分も他人も知らない顔

 

 二重人格といわれるのは②が誇張されるのであり、もともと持っている自分の顔であることに変わりはありません。

 会社では真面目な顔をして、ストリップでにやけ顔をしているのも、どちらも本当の自分であるわけです。会社の同僚や家族は前者を本来の顔と思っているわけですが、踊り子さんは後者まで知っているわけですから、より多くの私の顔を知っていることになります。つまり踊り子さんには本来見せてはいけない本性面を隠す必要がないので、すごく気楽に「裸のつきあい」ができるわけですね。

 ただ大切なのは、すべてを知る必要はないこと。以前、日吉亜衣さんと話したとき、私が「踊り子さんの楽屋裏って見てみたいな」と言ったら、彼女が「裏を見ると幻滅するかもしれないよ。お客さんは表のステージだけ見ているほうが幸せなのよ」と答えてくれた。実感として理解できた。

 私はステージを通して踊り子さんを知ります。それ以上プライベートな面を知りすぎるとストリップを楽しめない可能性があります。先日、ある劇場のお客さんから、「一緒に踊り子さんを食事に誘ってみないか」と声をかけられた。私は即座に断った。もちろん好きな踊り子さんのことは何でも知りたいが、あまり深く知りすぎてもいけないものもある。踊り子とファンにはある一定の距離が必要なのだと思う。

 

 ともあれ、一個人として③や④はどんどん知っておいた方がいい。

 踊り子さんも、この仕事に就き、新しい自分をたくさん発見したと思います。また、お客さんから新しい自分を知らされたこともあるでしょう。日々発見かな。

人の人生とは新しい自分を探していく旅といえそうですね。

 

 

 

                         

 

 

 よく「ストリップにはまった」と言う方がいます。「初めて見たときにこんな綺麗な世界があるのかと、男性なら誰でもはまってしまいますよね。この世界を知らないだけで皆さん一度見にくればいいんですよね」と言う。

 問題は「はまり方」。

 大学時代のこと。同郷から同じ大学に入った友達がある日突然姿を消した。踊り子さんに夢中になり付いていってしまったのだ。その後どうなったか音信不通。せっかくいい大学にはいったのに、ご両親はさぞかしがっかりしたことだろう。

 最近のこと。「スーパー」と仲間内から呼ばれているストリップファンがいる。スーパー・マーケットに勤めているからとの呼称で、実名は知らない。彼はよく朝7時頃から劇場前に並んでいるのでいつも一番。その彼がリストラかなんかで仕事を失い、しばらくは失業保険で暮らしていた。なのに、毎日のように劇場通い。本人は平日に観に来れるのでよい席がとりやすいと言ってたが、同じファン仲間の方は「ストリップ通いしているより、真面目に仕事探ししないといけないんじゃないかな。貯金だっていずれ底をつくよ」と陰で心配していました。

 ストリップには全てを捨ててもいいと思い込ませる魔力のようなものがある。

 

一方、財産家でお金に困らず、好きな踊り子さんを追っかけて全国を回っている方もいる。

 浜劇でよく見かけるある老人は、ポラもたくさん買い、毎回ご祝儀をわたす、極めて気前のいい方で、当然ながら踊り子さんに絶大な人気がある。お金は墓までもっていけないから、好きなことに浪費するのも本人の勝手。お好きなように、どうぞ。

 

 何にお金と時間を費やすかは、その人の価値観であり、人生そのものと云ってもいい。

 よくお酒は百薬の長というが、ストリップも同じで、元気を与えられ若さを保つ源。ストリップを見ながら満面の笑顔をたたえている老人なんかを見ると、彼はストリップのお陰で生き永らえているのではないかとさえ思えてくる。老人はこれでいい。

 大切なことは、「仕事をしているからこそストリップが楽しめる」ということ。

 私も生活のリズムのようにストリップ通いしているが、同じようなファンの人も、しっかり仕事をしているからこそ、自分の稼いだ小遣いで、自分の余暇として、ストリップを楽しめるのだと思う。そうでなければ長続きしない。失業したり、他の問題があれば、ストリップどころではなくなるはず。ストリップを楽しむためにも一定の分別がいるのだと思う。

 私は、これからも、しっかり仕事もして、そのうえでストリップを楽しんでいきたいなと思う。

 

 

 

 

黒沢 愛 様

 

こんにちは

 

最初に、私の拙いお手紙を読んで頂いた上に丁寧なお返事を頂き有難うございました。すごく感激しました。

嬉しくなってまたお手紙を書かせていただきました(^0^) 私の文章は長いので気長に読んでいただければ幸いです。

 

今回、仙台ロックで愛さんのステージを拝見し、あらためて「愛さん、やっぱり可愛いなぁ」と思わずにいられませんでした。寝る前に愛さんのヌードを見ると寝つきがいいので(笑)ここのところ毎晩続けて通っている次第です。

 

われわれファンは絶対的な「高嶺の花」的存在を求めているのだと思います。

ストリップの醍醐味のひとつは、踊り子さんの美しさに言葉を失うことです。特にベッドショーでは観客がステージに釘付けになり場内がしぃ~んと静まり返ります。まさに観客がステージに酔いしれるという状態であり、同時に踊り子さんも一緒にその陶酔感を味わいながら演じているはず。愛さん自身も、ステージ上で観客の反応に対してなんらかの快感を感じていると思いますが・・。

「美しさが人を黙らせる」、そういうレベルの美しさは神秘的なもの、言いかえれば「神々しい美しさ」と表現したいと思います。だからこそ、我々観客は踊り子さんの美しさにひれ伏したい気持ちになるのです。

しかし、最初からそういう美しさを醸し出す方はなかなかいません。が、愛さんは間違いなくその一人です。

 

ストリップという性格上それは外見的な美しさなのでしょうが、愛さんには内面の美しさも感じます。ファンに対する気配りから優しい性格が出てますし、今回ポラのお返事を拝見させていただくと、字の美しさを始め、知性・教養が滲み出ています。天が二物を与えられたということなのでしょう。心技体の伴った完成度というか、これこそが「神々しい美しさ」という表現にぴったりの方なんだと思わずにいられませんでした。

これからも愛さんがステージに上がり続ける限り、必ず応援し続けることを心に誓いました。

勝手なことを書きましたがこれからも宜しくお願いします。

 

 

 

 

 ヌード好きのファンは、大きく「おっぱい星人」と「おしり星人」に分かれます。

「おっぱい星人」はバストの大きさにこだわりがありますが、「おしり星人」はバストの大きさにはあまり関心がない。

「おっぱい星人」にとって、おっぱいというのはまさに母なるもの。それは、聖なるものであり、穢れなきもの。極端な話、下の下着は毎日洗濯するにしても上の下着は汚れないものだから洗濯しなくてもいい、なんて考えます。ともあれ、「おっぱい星人」は、大きいとか小さいとか形がどうとか、バストへのこだわりに熱いものがあります。

「おっぱい」は男性にはないことから女性そのものを象徴しているのに対し、「おしり」は男性にもあるがゆえ女性らしさを感じる対象です。

 おっぱいが母なるものへの願望なら、おしりは異性への関心といえるかな。

まあ、おしりの方がよりいやらしいかな(?)・・・よくポラでおしりばかり撮影している方がいますが、気持ちは分かりますが、見ていて嫌らしさを感じます。

 実は私もどちらかというと「おしり星人」。小さいおしりより、大きなおしりにセクシーさを感じます。女性らしい丸みと柔らかさ(触ったらまずい!)、小またの切れ上がった(?)形のいいおしりを見るとたまらなくなります(笑)

 

 おしりといえば、女性のアナルもチャームポイントです。

 昔のストリップでは、オープンのときに踊り子さんはアナルを必ず手で隠していました。前は見せても後ろを見せるのは抵抗感があったのでしょうか。それとも穢れた場所だからお客に見せると失礼という考えだったのでしょうか。「おしり星人」の私にとっては逆に違和感を感じていました。

 いまでは、アナルもバギナと同様に立派な性器と認められたのか、最近は手で隠すようなことはしなくなりました。みなさん堂々と見せてくれます。立ちバックからの眺めは最高です(^0^)

 

 そうそう、先日のTSミュージックのときの話。

 TS所属の踊り子Sさんのステージはいつも奇抜な趣向を取り入れるので、楽しみにしている踊り子のひとりです。新しいものに挑戦するその姿勢に好感を抱きます。

 その彼女が、先日ポラの時間に、お客の乗りに合わせて、「アナル・オープン」をやっていました。「変なものが出てきても知らないからね」なんて冗談を言いながら、お客の要望に応えていました。驚いたことにお客の一人が撮りだすと続いて何人もの客が同じポーズを撮っていたことです。けっこう「おしり星人」ってたくさんいるんですね。もしかしたら、「アナル・オープン」を売りにしたらポラがもっと売れるかも・・・と思っていたら、池袋ミカド所属のUさんが定番のひとつにしてました。美人のUさんのこのポーズは結構人気があります。しかし、「アナル・オープン」はなかなかポピュラーにはなりそうもないですね。(^0^)

 

これからもおしりをフリフリさせて我々「おしり星人」をもっともっと悩殺してくださいね。

 

これからも陰ながら(後方から? 笑い)応援させていただきます。

 

 

平成19年9月けつ?                              

 

 

 

    

 

 

 

 

 さて、今回はストリッパーはどういう成長をしていくかの私見を話してみます。

 

 成長の段階を「自己満足」⇒「自己表現」⇒「自己実現」の三ステップとしました。これは以前、私なりにサラリーマンとしての成長を考えたものをベースにしてストリッパーにも当てはめたものです。

 

 第一段階は「自己満足」。

 初めての仕事をやるときはなかなか満足のいく成果はでないものです。うまくいかないと、自分の能力を量れずにその仕事を命じた上司が悪い、なんて考えたりもするものです。

そういう逆恨みや自暴自棄は困りますが、ふつうは、最初は低いレベルなりに自分で満足しながら成長していくものです。

 踊り子さんは初めて舞台に立つときはどんな気持ちなのでしょうか?

 職業柄、緊張で胸バクバク足ガクガクなのでしょうね。夢が実現して胸いっぱいの人もいるでしょうか。

 いずれにせよ、慣れないためになかなか満足いかないことが多いと思います。

 そういうとき、私は脱いであげたんだから勝手に観たら、と割り切ることもできます。それは極端にせよ、自分は一生懸命やっているんだから、と自己満足することで自分を納得させます。プレッシャーに弱い人はそうでも考えないとやってられません。

 一般の仕事ではこういう段階を高く評価しません。ただ、ストリップの場合、なれない新人の方が初々しくていいというお客もいるので単純ではありませんが・・

 この段階で勧めたいのは、ベテランの踊り子さんのステージをたくさん拝見させてもらうことです。そして何故そのステージが素晴らしいかを自分なりに考え、そして見習うことはどんどん取り込めばいいでしょう。

 

 第二段階は「自己表現」。

 ながく仕事を続けていると、工夫や改善をしようとします。仕事はこうならないと本物ではありません。

 ストリップの場合、云われたとおりにやるのではなく、自分なりの味のあるステージを目指します。これがこの段階です。

 ストリップは自分の身体をもって自己表現する仕事といえます。すばらしい職業です。

 この段階で勧めたいのは、いろんな踊りに挑戦し、意欲的にステージに立つことです。その前向きなエネルギーがお客に元気を与えます。そうなれば、もちろん固定ファンがたくさんできてきます。

 

 第三段階は「自己実現」。

 この仕事は彼でなければだめだ、といわれるほどの存在感を出す段階です。

 ストリップの場合でいうと、この段階の踊り子さんになると、ステージに現れた瞬間からお客を魅了します。

大事なことは、踊り子がストリップを天職と感じ、ステージで生き生きと輝けることです。そういう方のステージには神々しいまでのオーラを感じます。

 ファンとしては、そうした踊り子と出会い、ステージを通じて同じ時間を共有できた幸せを噛み締めることができます。大げさに言うと、短い時間たりとも人生をともに出来た喜びを感ぜずにはをれません。

 

 まさに、この三つのステージ(段階)こそが人生そのものなのかなと思えます。

 今どのステップにいるのかな?  そんなことを考えて、ステージに取り組んでみるも勉強になるのではないでしょうか。

 

 難しい話をしてごめんなさい。

 

 

 

 

 

 

 ストリッパーという仕事の面白さはどこにあるのかな?

  一見きらびやかな衣装をまとい華やかな表舞台ですから、誰も辞めたがらないと思いきや現実そうではない。きっと、裏では涙ぐましい努力があるはず。ある新人さんがデビュー前のレッスンがとてもつらかったとも言ってました。

  この仕事を続けようか辞めようかを決意する分水嶺は何なのかなぁ?

 

 以前、ロック系の川口真湖さんにお手紙を差し上げたときに、「想像した世界を文章にする、とても素敵な趣味をお持ちですね。是非これからも書き続けて下さいね。私達は言葉で表現するかわりに、体で表情で表現する。何かを創造する、という共通点を感じます」というお返事をいただきました。(知らないうちに引退されてたが、今更ながら川口真湖さんのステージが懐かしいなぁ)

 なるほど、私も書くことを趣味にしているから、自己表現の喜びはよく分かる。私の場合、ストリップを楽しむというのは、①ステージ前に、好きな踊り子さんのことを考えながらお手紙を書く。この時間がかなり長く、至福の時である。②ステージを観て楽しむ。③お手紙に対して、踊り子さんが反応してくれて、ポラにコメントしてくれたり、時に丁寧にお返事をいただいたりする。これに感激してまた書き続ける。以上のサイクルが延々と続いている。普通の人は②だけの楽しみだが、私はその何倍も楽しんでいるわけだ。ストリップにはまって止められない理由がそこにある。

 書くという行為は自己発見の場でもある。へぇ~、自分はこんなことを考えていたんだ、こんなことを創造できたんだ、というのが具体的な形として現われる。それが驚きであったり、喜びになる。

 踊りの世界も全く同じではないかな。衣装を身に着けた瞬間にその世界に入り込める。そして踊りによって表現する。そこにはこれまで意識していなかった別の自分を発見する。いろいろな違う自分をどんどん創造して表現していく。まさに、ここに「面白さ」がある。

 自分の素のヌードだけで男性方を満足させられる、ということだって、すごいなぁという驚きであり喜びではないかな。

 自己表現というのは極めて能動的。自分から積極的に楽しめるからこそ面白く、そして長続きする。

「自分が面白い」、すべては自分に帰結していくのかなと思う。

 踊り子さんが自分を楽しみ、その結果として我々ファンも楽しむ。そんな楽しいサイクルの輪がどんどん広がってほしいものです。

 

                       

 

 

 

        

 

 

 踊り子さんがどういうきっかけでこの仕事に就いたのか興味のあるところですが、あまり個人の事情に立ち入ってはまずいので、もっと一般的に、どういう方がストリッパーという職業に向いているかという話をしてみたいと思います。

 きっかけはどうあれ、いったんストリッパーになったにもかかわらず、そのまま続ける人とすぐに辞めてしまう人との境界線はどこにあるのかなぁ。お金を稼ぎたいという目的なら他の風俗の方が手っ取り早い気もする。お金だけでない他の魅力がストリッパーという仕事にあるはず。そんなことを考えながら、ストリッパーに向く素質・資質を思いつくまま記してみました。

 

 ストリッパーの心技体という区分で話を進めてみます。

 まずは「体」について。ストリッパーというのはヌードを見せるわけですから、自分の容姿、特にプロポーションに自信のある方が当然多いでしょう。

 ただ、ルックス・スタイルがいい女性はたくさんいるがそれだけでこの仕事には繋がらない。ヌード写真やAV撮影にはこれだけで十分でしょうが、ストリッパーになるにはもう一歩踏み出すものがある。最近は劇場側の客寄せでAV女優をストリップに出演させますが、せっかくデビューしても殆どの方は続かない。簡単に続けられない何かがあるのかな。以前、引退した東洋の麻生祥子さんが「私はAVの頃、こんなにたくさんのビデオの数があり、かわいい娘もたくさんいて、その中で自分の出演ビデオを選んでもらえるとはとても思えなかった。この仕事で生き残れそうじゃないなぁと思ったの。そこで、ストリッパーなら認めてもらえるかなと思って、この世界に入ったの」と話していた。この世界で第一人者になれる自信があったのだろう。

ルックス・スタイルだけではないとすると、・・・

 次に、「技」について。ストリッパーといえば、なんといっても踊りが命。自分の身体を使って、より美しくより華麗に自己表現するもの。ルックス・スタイルだけ良くても、それだけではお客に飽きられる。そのために、踊りを磨かなくてはならない。

 この点については、特技を生かせるといい。例えばバレエをやっていた方はすぐ分かる。大空あすかさんや天使美樹さんの華麗な演技はバレエ経験がないと表現できない。器械体操をやっていた雨宮琴さんのアクロバテックな演技も最高。杏野るりさんが格闘技をやっていたというのも演技によく表われている。TSの都月紫音さんは国体・インターハイ出場という新体操を生かしステージでボール演技を行い拍手喝采を受けていた。こういう特技がその踊り子さんの個性として光る。

 この「体」「技」が備われば、ストリッパーという仕事は続けられる。しかし、人気者になったり、大物ストリッパーになるためには「心」も伴ってなければならない。

では「心」とは何か。

まず、性格面からみると、いくら踊りが上手くても、引っ込み思案では舞台には立てない。性格が暗くて、気弱な方はストリッパーには向かないだろう。逆に、目立ちたがりな方は向いている。

つまり、「人に注目されるのが好き」な方である。私もカラオケなどで皆がしーんとなって聴いてくれると快感があるが、歌手がステージで観客の前で歌うというのは最高の快感なのだろう。一度芸能界で華を咲かせた女性の方は結婚して引退しても、注目される味が忘れられずよく芸能界に戻ってくる。松田聖子さんは典型的なタイプ。その点全く芸能界に顔を出さない山口百恵さんは対照的だが、彼女の生き方に共鳴する人も多い。これは個人の生き方の問題であるが、ストリッパーとしては松田聖子タイプが向いていると云えそうだ。

「心」という点で私が思うことは、ひとつは前向きであること。人前での仕事なので、お客にやじられたり、からまれたり、いろいろあるだろうが、へこたれてはいけない。踊り子さんはまた女性の世界でもあり、これまたいろいろあるだろうが負けてはいけない。そういう意味で気強くなくてはならない。なによりも、自己表現として創作的にステージに取り組んでほしい。

 もうひとつは、ファンをたくさんもつ方は気配りのできる人だということ。それは、ステージの最後にリボンさんに一言お礼を言ったり、ポラ撮影の際にも接していて感じられるもの。後の踊り子さんのために、ステージで流した汗を清掃する姿もさわやかだ。そうしたことが自然にできる方はやはり人間として魅力だなぁと思う。

 

 最後の最後に少し余談。

 私は幼少時代、祖父母と一緒によく温泉に行きました。混浴もあったし、祖母と女風呂に入ることも多かった。ものごころ付く前ではありましたが、若い女の方が服を脱ぐ時にじーっと見ていました。小さいチンコをピコンと立てながら。若い娘さんたちに「この子、なんか嫌だわ」と言われたような・・・記憶があります。

 私もすでに幼少の頃から、ストリップファンになるべく素養があったのかなと思うこの頃です(笑)

 

 以上、ストリッパーの心技体を勝手に述べました。

参考になればいいですが、気に障ったらごめんなさいです。素敵な踊り子さんにたくさん会い親しくなれたらいいなぁと思います。

 

 

 

 

 

 

さて今回は、少し前に話題になった直立するレッサーパンダについて話させてください。

実は、レッサーパンダの風太くんのいる千葉動物公園は自宅から近いのです。車で15分くらいかな。散歩代わり?によく行きます。

話題になった当時、小四の娘を連れて、行きました。(娘は動物よりはジェットコースターや急流くだり等の遊園地系がお目当てなんですが・・。)

案の定、レッサーパンダは大人気。人だかりの山でまったく見えない状況。肝心の風太くんは残念ながらお休み中。いつ立つのかとシャッターチャンスを狙っている人が沢山います。カメラを担いだテレビ局の人も何人かいます。

この人気にあやかろうと、売店では、レッサーパンダのぬいぐるみ等グッズがたくさん並べられていました。レッサーパンダは一気に「時の人、いや時の動物」ですね。

 

まぁ、その一ヶ月程前に来たときにはレッサーパンダの前には全く人だかりなんてなかったのに・・・ね。

風太くんの直立ポーズがニュースで報道されてから、あちこちの動物園で「うちのも立てる」「うちのは立って歩く」などの声があがって、一躍レッサーパンダが脚光を浴びています。しかし、最初に口火を切ったところに風太くんの偉大さがありますね。

動物は立っただけで人の目を引く。携帯電話の宣伝で二本足で歩く犬が紹介されたり、反省する猿なんかもあったな。

たしかに、動物の仕草には愛嬌がある。動物園関係者に言わせると、他の動物にもまだまだいろんなかわいいところがあるので紹介したいとのこと。そういえば、以前、カルガモの親子とか、エリマキトカゲが一世を風靡しましたね。なるほど、どんな動物も大ブレークする可能性があるわけです。

 

ストリッパーは選ばれた美女たち。皆さんに華がある。ということは、誰もが大ブレークする可能性を持っているということ。

ではどうすれば大ブレークするのかな?? 

皆さん解答に興味があるでしょうが、この答えは難しいね。

お客というのも気まぐれなところがあるしね・・・この気まぐれというのが人気稼業の難しさなんだろうな。

ただはっきり言えることは、「一生懸命にステージを努めること」が大切なんだと思う。

 

話が変わりますが、「たなぼたの努力」という話をします。

なかなか結婚しない後輩と飲みに行ったときに、ある先輩が彼に説教臭くこんなことを話してました。

何もしないでぼーっとしていたらいつまでも結婚できないぞ。結婚したいなら少しはアクションを起こさないとな。「たなぼた」という言葉があるけれども、なにもしないでぼた餅を得たわけではく、棚の下を通った結果として、ぼた餅が手に入ったんだ。結婚したいのなら最低限、棚の下を通るくらいの努力はしろ、といった感じ。この「たなぼたの努力」は一理ある。たしかに、黙って待ってても結婚相手は見つからない。結婚というゴールを目指すならそれなりの努力は必要だ。

大ブレークというのも、ステージへの真摯な取り組み、そしてファンへの思いやり、などの、小さな努力の積み重ねなのかもしれませんね。

 

これからも、踊り子さんがレッサーパンダに負けずに大ブレークするよう、私も頑張って応援しますからね(^0^)

 

                       

 

 

小話をひとつ

 「踊り子さんのステキなヌードを見ていたら、

なんか(レッサーパンダのように)立ってきちゃったよ。

恥ずかしいなぁ、穴があったら入りたいよ。

おっ、この洞穴に入っちゃえ!」

「だめっ! そこは違うわよ!!」

 バシ~ン!

レッサーパンダはまるでパンダのように目を白黒させました。

 

 

 

 

 

 

暑いですねぇ~ こういうときは冷えたビールが美味しい。

私は大のビール党です。暑くても寒くても毎日ビールは欠かせません。知らない間に体重が増えているのは全てビールのせいですね。

最近、会社の接待で初めて行ったスナックで、ママさんから「あなた、お相撲の舞の海に似ているね」と云われました。

私は舞の海は好きな力士なので大変光栄なのですが、問題は「あなた、太っているね」ということかと考えると深刻な話になります。40歳を越えてから、会社で健康診断するたびに『飲み過ぎです』と指摘されます。40前はどんなにお酒を飲んでいても変な数値は出ませんでしたが、いまや生活習慣病一歩手前の危険予知の数字が並んでいます。節酒すれば大丈夫とのことですが、なにせ大のビール党だから、毎日ビールを飲まないと気がすまない習慣になっています。

いちおう努力としては、最近カロリーの低いダイエットという発泡酒を飲むようにしています。普通のビールはアルコール度が5.5%ですがダイエットだとほぼ半分の3.5%と低いのです。

前回、健康診断したら、健康数値がはっきりよくなっていて、効果バッチリ!!

この結果にうれしくなってまたまた酒をガブガブ飲んでしまいます。これではいけませんな(^v^)

そういえば、面白い川柳があった。

「ビールっ腹? いやあなたの場合は 発泡酒(あわ)っ腹」

まさに自分のケースだな!

とにかく身体は大事にしなければなりません。

 

踊り子さんの中には、プロポーションを維持するためにお酒を控えている方も多いようです。

 

踊り子さんのステージを観ていて、プロポーションの素晴らしさに見とれてしまうことがよくあります。これは、神(両親?)が与えたもうたものでもあり、また本人の努力の賜物でもあるのでしょう。

踊り子さんは、商売柄、プロポーションがとても気になるのでしょうね。従って、ダイエットなど健康管理には人知れず気を配っているはず。まさに、努力の結晶がこのプロポーション、ということなのでしょう。

某女優さんの言葉ですが、「カラダを見せるのが恥ずかしいのではなく、見せるのが恥ずかしいカラダでいることが恥ずかしい」というのがありますが、まさにこれはストリッパーの心意気にも聞こえます。

 

ただ、ダイエットに神経質になり過ぎるのはいかがなものかと思います。

私の娘も年頃になってきて、十分痩せているのに、ちょっと食べては「食べすぎたぁ。また太っちゃった」なんて言ってます。若いうちは、そういうことを気にせずに食べて、エネルギーを勉強やスポーツに発散させればいいのだと思います。不自然な痩せすぎは不健康に見えます。私は個人的には、女性は少しぽっちゃりしていた方が魅力的だと思っています。

美味しい物を美味しく食べる。これが健康の証。ストリップは健康的な美を鑑賞するところだと思います。

 

自分のことは棚に上げて、勝手なことを言ってしまいました。気に障ったらご勘弁ください。