ストーリー短歌 -3ページ目

藪の中(4)

藪の中(4)


な 何ごとの起こりしことか訳知らず 記憶の底は深い暗闇


ら 乱暴に頬を打たれし記憶のみ ふと甦る闇深くして


む むべなるか倒れし敵は息絶えて 土色の顔天を睨みて


う 動かざる体にそっと手を当てて 見れば匕首ぐさりと刺さり


ゐ 居明かせど人声一つ聞こえざる 手合わせて去る藪に朝露

藪の中(3)

藪の中(3)


よ 呼び子の音空耳なるか闇をつき 聴こえる中にざわめきの声


た 助かると力の限り叫び声 上げる頬打つ一撃の音


れ 怜悧なる刃先が首元なで回し 頭巾の下のぎょろ目が光り


そ 卒倒し気づいてみれば人気なく 頬打つ雨はただ冷たくて


つ 痛覚の失せた顔面腫れ上がり 立ち上がるにも腰が動かず


ね 熱の出た体わなわな震わせて 見れば倒れし人影一つ

藪の中(2)

藪の中(2)  


ち 血の滲む膝を抱えて辺り見る やられる前に逃げてみせると


り 凛として手向かうこともできなくて 地に這う姿惨めなれども


ぬ 盗人とおぼしき手だれひそひそと 交わす会話に耳を澄ませて


る 坩堝炉に溶ける硝子を見るような 血は滴りて土に染み入り


を 折悪しく篠突く雨に足元を とられ地面に這いつくばって


わ 悪あがきしても駄目だと高笑い 槍の切っ先首を掠めて


か 甲高い声が不気味に響く闇 逃げられぬならせめて相討ち


藪の中(1)

藪の中(1)



い 命乞いするも口惜しきことなれば 今はの際と観念をして


ろ 蝋燭の消えた提灯打ち捨てて ひたすら走る闇果てしなく


は 羽交い絞めされた二の腕振りほどき 指に噛み付く力を込めて


に にんまりと笑う横顔醜さに 血の気も失せる思いに震え


ほ 炎上げ燃える焚き火に照らされて 浮かぶ姿は鬼の形相


へ へなへなと座る襟首掴まれて 懐探る荒々しき手


と 通り雨藪を濡らして稲妻の とどろきを聞く閃光の中

遠雷(8)

遠雷(8)


ゑ 襟元を見つめる視線懐かしく 肌の火照りもまた甦り


ひ 日に焼けた記憶はいつかセピア色 白い記憶が景色色づけ


も もう一度早く逢いたいあの人に 彼方に聞こゆ遠雷の音


せ 背伸びして覗いて見るの窓の外 ぶらりあなたが通る気がして


す 過ぎた日と待ち焦がれる日綾織りつ 墓参りするあなた待ってて

遠雷(7)

遠雷(7)


あ あの道を歩いてみたい逆向きに きっとその日が来ること信じ


さ 最果ての地へ流れるも厭わない 求めるものは一つとしてなし


き きらきらと光る海面をぼんやりと 眺めてみたいあなたと二人


ゆ 夢などで終わらせはせず必ずや 迎えのあると信じ続けて


め 目くるめき震える思いくれた人 生きる歓びあなたと共に


み 短くてそして激しく燃え盛る 炎(ほむら)のごとき日々を思いて

し しっとりと濡れた芝生を眺めつつ 飲む珈琲は思い出の味

遠雷(6)

遠雷(6)


け 芥子の花揺れる姿にわれ重ね 思いの届くその日を待ちて


ふ 振り向いて重ねた視線温かく つなぐその手を強く握られ


こ 格子戸に伸びる日陰が悲しくて さめざめ泣いた夏の夕暮れ


え 絵のように景色はっきり甦る 影踏み歩く夕暮れの道


て 鉄路まで無言で歩いた夕暮れは 消えることなく胸に刻まれ

遠雷(5)

遠雷(5)


の 軒下で遠雷の音聴きながら 晴れ間を待ちて我は佇み


お 奥山に分け入ることになろうとも 悔いはしないと心に決めて


く 紅蓮の火熱く燃えたる我が心 誰にも見せず生きてみせよう


や 安らぎはたった一人の胸の中 忘ることなしあの思い出は


ま 間違いと思いはしない一度だに 心に決めたあなただからと

遠雷(4)

遠雷(4)


な 夏の日の思い出遠く離れても 浮かぶ景色は今ここにあり


ら 落雁を口に頬張り見交わして 緩む目尻がただ懐かしく


む 村雨に顔を見合わせ軒の下 土打つ滴見つめたあの日


う 噂され素知らぬ顔を通しぬき 過ぎた月日の長きを思い


ゐ 居明かしてあなたの胸に縋りたい きっと伝わるその日を待って

遠雷(3)

遠雷(3)


よ 葦簀(よしず)越し白い着物の影揺れて 下駄の音聴く覚えた響き


た 旅気分味わい歩く古都の道 揺れる日傘の影を落として


れ 連絡に小躍りする胸隠しつつ 都合を合わせ思い重ねて


そ 損得はもはや測らぬ埒の外 ただ一目でも見(まみ)ゆるならば


つ 連れ添いて歩む庭には睡蓮の 花の開きて涼風渡り


ね 熱帯びて交わす視線に乾く喉 目眩覚えて胸に縋れば