絵から見る美的感覚
歴史が長ければ、芸術の歴史も長い。
中国には、
悠久の歴史が生み出した
芸術品がたくさんある。
完全さを追求した中国美学に対し
未完成を美しいとする日本美学。
それは、庭園や絵にも反映されている。
たまに立ち寄る絵画のお店に立ち寄ってみたら、
静けさの中黙々と筆を動かす女性がいました。
彼女は、この国民から古より愛されている花
牡丹を専門に描く人。
花びらを描き始めて間もないころ
私はこの絵の虜になってしまいました。
一筆一筆が勝負の絵。
花びらを描き終え、
茎や葉を描いて・・・
それでも見入っていたら・・・
この絵好きならあげるよ
と嬉しい一言。
でも、私は彼女が描いたほかの絵と違うことを求める。
中国の美的感覚は完全さを求めると学びました。
庭園でも、何でも完成されているものを美しいとする
と聞いています。
だから、花も全て満開に描かれていますね。
私は日本人なので、また少し美的感覚が異なります。
日本人は桜の木の七分咲き、八分咲きを愛しています。
それは、はかない花の中にまだ、満開の可能性がある
その部分を愛おしく思うからかもしれません。
そう言うと彼女は、
分かりました。可能性のある花に描いてみます。
そう言って描いてくれました。
この花の花粉の部分は少なく
全体的に咲き始めた雰囲気で描いてくれました。
こんな言い方して失礼ですがおいくらですか?
そう尋ねると、
あなたが喜んでいただいただけで十分です。
とおっしゃいました。
芸術を心から愛する人は、全世界共通
お金のためには描きたがらない
それが、芸術家の本望なのかな?
と、感じた中国上海の春節でした。
上海時間夜12時前
春節って、今日じゃないですよね?
ここ2,3日、前祝いなのか花火がうるさい。
爆竹も迷惑だけれど、花火は光るから
眩しくて起きてしまうのです。
新年を喜ぶのは構いませんが、
赤ちゃんのいる家庭とか、
眠りの浅い人、
祝日も出勤の人、
いろいろいるのに本当に気の毒。
今でもこれなら、
旧正月のまさに当日相当煩いでしょうね。
テレビの音さえ全く聞こえないなんて・・・。
それも、窓の無い中間の部屋なのに。
自私(自己中心的)で不文明(マナー無し)
夜中でも爆竹を鳴らし、
赤い大量の散らかったゴミはほったらかし。
この悪しき習慣
百歩譲って、伝統行事で重んじるにしても
せめて、時間制限して欲しいですね。
冬旅行はそりゃここよ。
ブログネタ:冬の旅、どこ行きたい?
参加中
やっぱり、日本の温泉ですよ。
じっくり骨の髄まで温泉に浸りたい気分です。
そして、それが、信玄の秘湯とかだったらもう最高。
刀傷はありませんけれど。
でも、敢えて、中国に絞るとすれば、
個人的には、
中国南の避寒地・雲南省シーサンパンナ
http://www.stmtour.com/Tour/TourIDetail.aspx?CourseID=SH-STM-I-0192
または、
三国志で有名な西都巡り
http://www.stmtour.com/Tour/TourIDetail.aspx?CourseID=SH-STM-I-0223
でしょうか・・・。
でも、本当は、やっぱり、日本の温泉旅館で静かな冬が過ごしたいですね。
この、冬のなんとも言えない静けさとワビサビの空間を求めるのは
なにも大和魂に限ったことではないようですよ。
納得します。
教育の仕方で日本っておもしろいなと感じたニュース。
体力と学力に相関関係も 秋田ともに上位、大阪は危機感
http://www.asahi.com/edu/news/TKY200901210353.html
これは、高学歴かどうかだけで人生が決まる中国の
教育によって、とても興味深い話だと感じた。
もちろん、お国事情で要素は変わる。
急がば回れ
その言葉は、ここで使うのかもしれない。
上海的80后、90后
80后、90后
この言葉を聞いて眉をひそめる人は少なくない。
中国について知っておられる方なら、
この問題についていろんな意見を聞いておられる
ことであろう。
私は、つい最近まで、片方の意見しか聞いておらず
少し偏った見方をしていたかもしれない。
80后、90后
この言葉は80,90年代以降に生まれた者を指す。
そこには、自己中心的、愛国心の欠如、無責任
の代名詞のようにつかわれることも多い。
では、本当にそうなのだろうか?
先ほども述べたように、一方の話しか聞かないと
危うくそういった結論を下してしまうかもしれない。
先日、まさにその年代の学生たちと話す機会があり、
率直に聞いてみた。
分かったことは、
この年代の若者がとても真剣に物事を捉えていること
客観的に国家や大人を見ていること
親や親戚の重い期待にたった一人で耐えていること
だった。
十把一絡げの判断は、往々にして間違いである。
その生徒が最後に言ったことが忘れられない。
四川大地震の時に多くの寄付をすることだけが、
人を助ける方法だと誤解している大人は多い。
誰がいくら寄付したかだけで愛国心の度合いを
量る人も多かった。
でも、お金だけじゃないよね。人を助けるって。
クラスの子たちと今でもよく話し合うんだ。
すでに、その時代の前の人とは、
考え方に大きな違いがあるのだろう。
でも、それは、精神的なものを重視するほどにまで
進化したことがうかがえる。
80后、90后
そこには、クールで大人を客観的に見据えた
現代中国人の熱く若い魂の塊が生きていた。
