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サラリーマン社長のムービートラベル

モダンホラーって言うのかな?ある種、精霊だとか悪い神、ここでは「テマガミ様」と呼ばれていましたね。幕開けはアジア系の裕福な家庭での悲劇から。後々、スーダンだったか、ブータンだったか中東系、アジア系の国の大使かなんかの家柄。ここで1992年少女がプールで溺れて死んでしまいます。実はこの家にはあまり健康でない兄か弟がいる。これがまた物語の味噌になっているわけで...。

それから現代、本格的にストーリーが展開していきます。元メジャーリーガーの夫、その妻、娘、息子。彼らがこのうちに引っ越してくる。広いプール付きの邸宅。まあ元メジャーリーガーだから金銭的には裕福なわけです。ところがこの家が、いやプールが家族に襲いかかってくる。これが精霊、神様の類なわけですがまあいい神様ではない。邪悪なよくない神様なわけであります。まあ、あんまりホラー映画って言うのは好きなジャンルではないんですが出来はどうかと聞かれるといいんじゃないですか...ってくらいの作品です。悪くはない、でもやんやの喝采を浴びるほどの作品でもない。と言えば分かって貰えるでしょうか?製作はジェームズワンと言う人。名前からわかるように中国系のプロデューサー。大ヒットした「ソウ」を作った監督さんです。この人、「ワイルドスピード」シリーズの1本だけを作ってはりますがあとはだいたいホラー系、オカルト系の作品が殆んど。監督から製作に回って老け込んでしまうにはまだまだ若いヒットメーカー、ジェームズワンですが今回は完全に制作に回りより若い監督さんにこの作品を手掛けて貰っています。プールではしゃぐ人々の姿をプールの底から「何か」の目線でカメラが追う。これが結構怖いんやな。「ジョーズ」を思い出します。

元メジャーリーガーのレイウォーラーは難病を患い、一線から引くことになった。幸い現役時代の貯えがあり、レイは地元ミルウォーキーで一件の邸宅を購入。広々とした邸宅にプール付きと言うのが気に入った。妻イブ、娘のイジ―、息子のエリオットとともに新しい生活をスタートさせた。「水泳療法で体を治せないか...」レイはまだまだ現役に未練があった。

プールを改装したレイは妻や子供たちと共にプールでリハビリを始めた。するとレイの体は担当医も驚くほどに回復していく。「現役復帰」レイの脳裏にこの言葉が蘇る。それ以来、レイはプールのリハビリにのめり込んでいく。まるで何かに取り憑かれたように...。だがレイの思いとは裏腹にそれ以来、プールでは不可解なことが起こり始める。息子のエリオットが一人で泳いでいるとプールの底からかすかに少女の声が聞こえる。「助けて...」「私はレベッカ...」。姉のイジ―は両親が留守の夜、恋人を自宅に引き入れ二人でプールで泳いだ。だが明らかに恋人の他に誰かがいる。イジーはプールの中にいる「何か」に底へ引きずり込まれそうになるが恋人に引き上げられ事なきを得る。そしてプールサイドでパーティを開いた日、今度はレイ自身が近所の子供の足を摑みプールの底へ引きずり込もうとしたのだ。

遂に妻のイブは決意し、この邸宅の以前の持ち主だった女主人の自宅を訪ねる。そこで驚愕の事実を知ることになる。

 

そうそうジェームズワンと言う人、「アクアマン」シリーズも撮っています。私個人の意見ながらDCコミックスの作品の中ではこのシリーズが一番おもしろい。よくできてると思います。彼の出世作「ソウ」は確かによくできてるけど作品の傾向としてはあまり好きではないんやな。なんでか。だからシリーズは2作目以降は観ておりません。だけどまだまだ面白そうな作品を作りそうな人、これからも期待しています。ホラーはあんまし好きやないけど。

ところでこの作品、プールに巣食う悪霊の話ですが、人を悪霊にしたのは悪い精霊、ここで言う「テマガミ様」。この精霊さん、この住宅地の近くにある泉に住んでおられるとのこと。で、この邸宅のプールの水はその泉から引いているとのことで排水溝を通ってプールへやって来る。だから排水溝の中には「テマガミ様」に生贄としてささげられた人々の悪霊がうじゃうじゃいると言うことですな。設定は面白いけどこんな伝説ほんまにアメリカ大陸にあるんかいなと調べたけど書いてない。パンフレットにも書いてなかった。願い事を叶えるためには犠牲が必要、生贄を差し出せ...。ホンマ悪い精霊さんです。で、この話、本当に地元に残る都市伝説ですか?それともオリジナルのフィクション?気になるなぁ。

 

 

惚れちゃいますよ、フュリオサ...。メルギブソンから27年の時を経てトムハーディにバトンタッチされたシリーズ、「マッドマックス 怒りのデスロード」に登場した新たなキャラクター、フュリオサ。主演のマックス=トムハーディを完全に食ってしまい、爆発的な人気を博したキャラクターのスピンオフ作品「マッドマックス:フュリオサ」がついにお目見え。「怒りのデスロード」公開後、早速スピンオフ作品の噂が流れました。暴力集団の男たちを束ねる、ダークヒロインを前作でシャーリズゼロンが強烈なインパクトで演じた時は「スピンオフを作るならフュリオサは彼女しかいない」と感じたもの。だからフュリオサ役は彼女ではないと知った時は少なからずショック。だがどうしてどうして、この山猫のような若い女優アニャテイラージョイはこの大役を見事すぎるほど演じ切ってくれました。

崩壊した世界に咲いた強烈なとげを持つバラのような少女、フュリオサの数奇な運命。極悪非道の長、イモータンジョーとの出会い、どうして大隊長まで上り詰めたのか、彼女の故郷は?  彼女の義手は?彼女の心の奥底にあったものは?「怒りのデスロード」で彼女の虜になった者たちに捧ぐ、崩壊した世界に咲く一輪のバラ。正直、今は本家本元のマッドマックスよりこっちの方がええわ。「マッドマックス:フュリオサ」、魅了されますよ。

近未来、崩壊した世界。法も秩序も消え去り、延々と広がる荒野と砂漠だけが残った。そこには暴力と略奪が蔓延り、武器と力あるならず者たちだけが弱きものを牛耳る世界。牛耳られるものは抹殺されるか従うしかなかった。そんな殺伐とした荒野の中にたった一つだけ水が沸き、木々が生い茂り、果実が実る土地があった。そこは「緑の地」と呼ばれる唯一のオアシスだった。「緑の地」に住む人々は平和に暮らしていたが外部からやってくる侵略者に対しては高い戦闘能力でこの地を守り通していた。10歳の少女フュリオサはそんな地で生まれ育ったのだった。

ある日、フュリオサが森の中で木の実を獲っているとならず者のバイカーが現れた。そのバイカー集団にフュリオサが連れ去られた。フュリオサが連れ去られたことを知った母のメリーシャバサはその高い戦闘能力で馬と敵から奪ったバイクでフュリオサの後を追う。特にスナイパーとしての腕は超一流だった。

一方、フュリオサが連れ去られた先は極悪非道なディメンタスが率いるバイカー集団の野営地だった。彼らは行く先々で略奪と殺戮を繰り返していた。そして資源豊富な「緑の地」を手に入れようと捕らえたフュリオサから聞き出そうとしたのだが向こうっ気の強いフュリオサは絶対に口を割らない。そこへメリーシャバサが乗り込み一旦は娘を奪還したのだが多勢に無勢、闘争の途中に二人はディメンタスに捕らえられフュリオサの目の前でメリーシャバサは惨殺される。「何があろうと、どんなに時間がかかろうと、約束して、必ず家に帰ると」と言い残して...。

ディメンタスはフュリオサを娘と称して略奪と殺戮の旅に同行させたが事実上は織の中に入れられた捕らわれの身だった。目の前で略奪と殺戮が繰り返される。ディメンタスのバイカー集団は日を追うごとに増えていき、気づけば大軍隊になっていた。ある日、ディメンタスは荒地の渓谷の合間に「砦(シタデル)」と言う水や物資、エネルギーも豊富なところがあることを知る。当然の如くディメンタスは砦を奪いに向かった。だがそこにはイモータンジョーと言うディメンタスを凌ぐ残虐な当主とジョーのためなら命をも投げ出す全身白塗りの若いならず者たちウォーボーイズを中心とした戦闘集団が陣取っていた。委細かまわず攻め入ろうとしたディメンタスの軍団はこともなく退けられた。だがどうしても砦を諦めきれないディメンタスはジョーの所有する巨大なタンクローリーを奪い、ジョーが持つエネルギー資源の補給地「ガスタウン」を奪取し居座ってしまう。ディメンタスは言葉巧みにジョーに交渉を持ち掛け、ガスタウンの責任者となり代わりにフュリオサは砦に残ることとなる。ジョーは子孫繁栄のためだけに各地で略奪した女たちを捉えハーレムのような館に監禁していた。「ジョーの子供を産むためだけの女たち」。フュリオサは「妻」の一人として館に放り込まれた。その夜、ジョーの息子の一人に襲われるが機転を利かせて館を脱出。そのまま、ジョーの戦闘集団の中に潜り込んだ。彼女はメカニックと銃器の扱いに優れていた。そして頭の良さ、戦闘能力の高さ、なによりもその度胸の良さで数年後、警護隊長にまでのし上がって行く...。

 

いやあ見事なアクション作品です。マッドマックス生みの親、ジョージミラーの斬新なスタント、映像。刺激が強いばかりではありません。キャラクターがしっかりしているんやなあ。崩壊後の世界、強いものが弱いものを支配する。当然、時代は逆行し女性は虐げられています。その最たるものがイモータンジョーの「一夫多妻制」。いやそんな甘いもんやない、性奴隷、セックススレイブ、いやどっかの国の議員が言ったように「子供を産む機械」として描かれていることです。その館へ放り込まれかけた彼女が自分の才覚だけでのし上がって行く。これこそ「女性映画」やおまへんか?ええ、その辺でピーチクパーチク騒ぎ立てる似非フェミニストの方々さん。こんな上司なら女性でも年下でも私はついて行きますよ。女やったら何でもええ、って言う今の風潮。これは痛切にこの映画を観ると感じますね。

全てが破壊しつくされ、法も秩序も道徳もない世界で力ないものは虐げられる。そんな世界だからこそ女性であるフュリオサと言うキャラクターは生まれました。生きていかねばならない、生き残らねばならない、その生存本能と目の前で繰り広げられる殺戮の中で彼女は育っていきました。この崩壊した世界で当然彼女のような存在は稀です。たっぷり彼女の存在を堪能させて頂きました。スピンオフのキャラクターでもダークなヒロインでも近年味わうことの出来なかった見事なアクション作品であり女性映画でした。唯一、難点を言わせて頂ければジョージミラーの描いた画像に、斬新なアクションにあまりにも入りすぎて所々、ストーリーが頭に入って来ないって言うとこかな(笑)。凄すぎるんよ映画が...。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

非常に楽しみにしていた作品なんです。本年度のアカデミー賞外国語映画賞を受賞作品「関心領域」。明るく燦燦と太陽の光が降り注ぐ中で、明るくはしゃぐ子供たち、何気ない会話が弾むご婦人たち、ゆったりとチェアに腰掛け寛ぐ夫。典型的なヨーロッパの上流階級の休日。何の変哲もない幸せそうな家庭。だが幸せそのものの彼らの邸宅の壁一つ隔てた向こうは...。

時は第二次世界大戦中、ナチス高官の邸宅。壁一つ向こうはアウシュビッツ収容所。この世界と真逆の地獄絵図が繰り広げられているであろうところなのであります。映画の冒頭、原題の〝THE ZONE OF INTEREST〟という黒に白抜きの文字が浮かび上がります。ところがその文字が時間をかけてゆっくりと消えていく。真っ黒なスクリーンで場内は真っ暗。これが1分位続くんですな。これでなんと日頃の睡眠不足からかこっくりこっくりとしてしまいます。急に燦燦と降りそそぐ日差しの中、川辺で遊ぶ家族の姿が映し出されます。けどそんなスクリーンとはうらはらにどこか耳障りな音、ごぉーっ、ごぉーっと不快な音が耳に残ります。「地獄絵図」はスクリーンに映しません。スクリーンは退屈そのもの。明るい陽射しの中で日常を過ごす家族だけが描かれています。

観てるだけで何故か睡魔に襲われる。この作品の作り手たちは一家の長たるルドルフヘスはともかくとして塀一つ向こうでおこなわれていることに家族は知ってか知らぬか、全く日常のことであるのか「関心の領域外」、全くの無関心というかユダヤ人は全くの人として対象外なのです。だから「観客たちよ、関心を持てるか?」と言われているようなのだが、眠りに落ちてしまう私は最低の無関心者なんやろうなあ。

燦燦と日差しが降り注ぐ水辺のほとり。ある家族が休日のピクニックを楽しんでいる。上流階級らしいその家族、子供たちははしゃぎ、妻たちは話に夢中になり、夫はチェアに寝そべっている。時は第二次大戦の最中、ヨーロッパの戦乱とはうらはらにここはまさに平穏そのものであった。

翌日、夫は仕事に出かける前、家族から誕生日の祝福を受けた。仕事に出かけるこの家の主はハーケンクロイツの入った軍服姿。彼の名はルドルフヘス。アウシュビッツ強制収容所の所長である。そしてヘス一家の邸宅はそのアウシュビッツ強制収容所の壁一つ隔てた隣なのである。夫は仕事へ、子供たちは学校へ、妻たちは家で自分たちが手に入れた洋服について談笑する。彼女たちが手に入れた洋服はもとはユダヤ人たちの物である。一日は普通に流れていく、そんな時の流れのなかで隣の建物からは常に耳障りな音が微かに聞こえてくる。何かを燃やすような轟音、誰かが叫ぶような声...。それでも家族は何事もないように時を過ごす。そんな一家の主に転属の話が持ち上がる。周りの者たちからは転属の再考を願う手紙が舞い込む。

「親愛なる閣下。アウシュビッツ収容所の司令官であるヘス親衛隊中佐が転属すると聞きました。同志ヘスは4年間で偉業を成し遂げました。ヘスは囚人の扱いを熟知し...彼の資質はあまりに多く、転属が理不尽なのは明白と言えます」

皆の前でこの手紙が読み上げられる。しかし軍はヘスの転属を決定。ヘスは妻に転属が決まったことを打ち明けるが彼女は怒り、一緒にはいかないと言う。平穏で幸せな今の暮らしを手放したくないのだ。しかし、日常は続く。壁一つ向こうの世界では煙が舞い上がり、銃声が、叫び声が聞こえる。ヘスは単身で転属することを決めるのだが...。

 

なんかあまりに期待していたのにがっかりと言うより半分うつらうつらとしてしまったのが残念。あまりに退屈すぎた。カメラはずっと収容所の隣の邸宅の日常を追っています。あまりに平凡、頭の中の想像で「ああ、隣は悪名高きアウシュビッツ収容所だ」と思うんだけれど視覚に入るのはただの上流階級の日常。けど聴覚は終始、耳障りな不気味なと言うか不快な音を捉えます。カメラは収容所の中を一切写さない。けどワンカットだけカメラは塀を超える。ナチ高官の表情がアップになり彼の周りを火の粉が、黒い燃えかすが舞い上がる、煙が立ち上がる、今まで微かに聞こえていた不快な音がはっきりと聞こえる。銃声、叫び声、悲鳴。それに快感を得ているのか、悲惨さに呆然としているのか何とも言えない周りを見渡すその表情。私にはこのワンカットが何よりも強く心に残りました。けど虐殺シーンは一切ありません。どんな作品にも描かれているアウシュビッツ強制収容所は下がぬかるんで、空はどんよりと曇っている情景ばかり。それが壁一つ越えれば緑の庭園に燦燦と降り注ぐ陽光。本当にそうだったん?

「関心領域」何という意味深な題名。観ている者が試されているような、問いかけられているような...。壁一つ向こうの世界に繰り広げられているであろう阿鼻叫喚の世界、地獄絵図。それでも隣に住む家族たちは何の罪悪感もなく、そして恐怖を感じることもなく日々を過ごす。考えてみれば怖いですよね、この神経。観客たちはこの家族とどう違う?観て見ぬふり?無関心?子供たちは何が行われているのか理解している?隣の世界で何が行われているのか妻は知っているはずなのにこの土地から、邸宅から動きたくないと駄々をこねる。「無関心」。それは80年経った今でも世界の至る所で行われているホロコースト、ジェノサイトを見て見ぬふりの世界に対する「怒り」をつきつけたようにも思えたんですが。けどそれに対して舟をこいでしまった私は重ね重ね不甲斐ない。