kazuのブログ

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サラリーマン社長のムービートラベル

あの、オシャレ、ゴージャス、ユーモアと俳優陣達の見事な熱演で爽やかさを伝えて貰った「プラダを着た悪魔」の続編からわずか一週間、同じ映画でありながらなぜこうも見事に最低、最悪、いやカルトファンの皆様にはたまらないエクスタシーを感じる作品が登場するのか...。「ゼイ・ウィル・キル・ユー」『奴らはお前を殺しにやって来る』見参です。〝ゴシックホラー〟と呼ぶにはあまりにも下劣、〝スプラッター・ムービー〟以外の言葉が見つからないこの作品。監督は脚本も手掛けているキリル・ソコロフと言う聞きなれない名前、長編映画がまだ3本と言う新人監督さん。ちなみにデビュー作が「とっととくたばれ」って題名聞いただけでどんな映画かわかるし、何を信条としている監督かがわかります。完全に密室となったとあるニューヨークの古いアパート。一夜で繰り広げられる、凄惨と言う言葉が生易しい展開、そして全編に響き渡るマカロニウェスタン調のバックミュージック。ハハッ...クエンテイン・タランティーノの影響をもろに受けていらっしゃる。

古い高級マンションに派遣されてきた一人のメイド。だが、ここは悪魔崇拝者たちが巣食う悪魔の神殿だった。今夜もまた、若いメイドが生贄に捧げられる...はずだった。

上映時間1時間34分...助かった。2時間超えならパンクです。「国宝」や「アバター」級なら精神崩壊の怪作です。

ニューヨーク・マンハッタンの真ん中にぽつんと建つ。古い高級マンション「バージル」。入り口には何とも不気味な紋章。新しいメイドが夜遅く、土砂降りの雨の中やって来た。彼女を出迎えた、女性管理人のリリーは今の年代にそぐわない服装と厳格そうな表情。ロビーにいた住人たちはどこかよそよそしい。そのまま新しいメイドは部屋へ案内される。そして深夜、突然、不気味な仮面を付けた何者かが彼女の部屋に侵入、襲いかかる。間一髪、彼女は自らの持ち物の中からショットガンや鉈を取り出して応戦。一人を血祭りにあげる。メイドの名はエイジア、彼女は別の目的でこのマンションにやって来たのだ。だが次から次へと襲撃者たちが彼女の部屋へ入ってくる。襲撃者の正体は「バージル」の住民たちだった。住民たちに指示しているのは女性管理人のリリー、しかもその住民たちは殺しても殺しても生返ってくる。部屋を命からがら脱出した彼女を助けたのはなんとリリーの夫レイだった。「バージル」で暮らす者たちは皆、悪魔崇拝者でこの「バージル」は何世紀も前から「悪魔の神殿」だったのだ。崇拝者たちは首を切り落とそうがショットガンで倒そうがすぐに蘇る。だが、エイジアは自らの目的のためには逃げるわけにはいかなかった。凄惨な夜は始まったばかりだ。

 

首が飛び、腕や足が切り落とされ、血飛沫が飛ぶ、飛び出た目玉がころころと後を追ってくるし首は生えてくる。もうええて。こうなると恐怖は全く感じません。グロとバカバカしい笑いが残るだけ。

主演のエイジアを演じたザジー・ビーツは「デッド・プール」や「ジョーカー」、ブラピの「ブレット・トレイン」にも出てたらしい。全然気づかんかった。映画の本格的な主演はこれが初めてでしょうね。しかし、脇を固めているのがパトリシア・アークェットとトム・フェルトン。なかなかやね。悪魔崇拝者の住民の一人を演じたトム・フェルトンは言わずと知れた「ハリー・ポッター」シリーズのハリーの敵、ドラコ役。日本の震災にも寄付をくれたりええ人やねんけど、うーん、もうちょっといい役やれんかぁ。そしてパトリシア・アークェット、あの「トゥルー・ロマンス」のなんともぶっ飛んだ主人公クラレンスの恋人アラバマ、忘れられんなぁ。あのいかしたコールガールの恋人役。彼女がこんな得体の知れんばあさん役ですかー。しばらく見んかっただけに時の流れを感じます。

「実は周りはみんな悪魔崇拝者だった」って言うのはあの「エクソシスト」や「オーメン」と共に悪魔を描いた名作の一つ「ローズマリーの赤ちゃん」を思い出しますが、あの「悪魔文学」とも言うべき洗練された「恐怖心」と言うのかな、あのどこかオカルトも「神と悪魔の文学」なんだと言うようなそんなものは欠片どころか微塵もありません。しかしマニアの方にはこの上ない快感を得られる作品かも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

感動とさわやかさ、そして大爆笑から20年。働く女性、頑張る女性の賛歌「プラダを着た悪魔」の続編、「プラダを着た悪魔2」がこのゴールデンウィークのど真ん中に公開されました。主演の4人は同じキャスト、3人の女優、そしてスタンリー・トゥッチを含めてさすがハリウッドの俳優さんたちは変りませんねぇ、年とらへんもん。メリル・ストリープ 57歳→77歳(77ですよ!ビックリ!)、アン・ハサウェイ24歳→44歳、エミリー・ブラント23歳→43歳、スタンリー・トゥッチ46歳→66歳。いやあ驚きです。本作の設定も同じ時系列の20年後の設定。携帯はガラケーからスマホに、メールはLINEに、テレビ、ニュース、雑誌の情報はオールドメディアとなり情報や噂はLINEで拡散、たちまちのうちに消費者の元に届く。ファッション界の最先端を行った「ランウェイ」は生き残ることができるのか?皆が愛し、心血を注いだ「ランウェイ」のためヒロインたちが悪戦苦闘する姿を描きます。

さすがにほぼ満席でしたねぇ。そしてやっぱり女性の姿が多い!アンやエミリーと同年代で共感を持って観ていた若き乙女たちもいいおばちゃん、まだ40代でヤングたちの悪戦苦闘を楽しんでいたおばちゃんは私と同じ同年代。もうばあさんです。時を超えても時代が変わろうとも必死で歯を食いしばってる名もない働く人々の姿は男女に関わらず、美しく、感動的で、ちょっと滑稽。そして観ている我々をも映画を通して叱咤激励してくれます。粋でゴージャス、そしてユーモラス。前作に比べると若干、ストーリーが複雑かなと思うけどやっぱり映画史に残る女性映画です。

かつてファッション界のトップを行く雑誌「ランウェイ」の名物編集長ミランダ・プリーストリーの元でアシスタントを務めていたアンドレア(アンディ)は今は報道記者として活躍していた。ところが彼女の功績が認められ本年度の優秀記者賞の表彰式当日、仲間の記者たちと共に会社からの解雇通知をたった一通のLINEで受け取った。会社の合併、人員整理は優秀な人間でも容赦はない。時を同じくして彼女が在籍していた雑誌ランウェイでは編集長ミランダのちょっとしたミスが大事になってしまい、ランウェイに非難が集まり、ミランダはLINEで袋叩き状態だった。そんな時、CEOのアーヴ・ラヴィッツがアンディの動画を観て、彼女をランウェイに呼び寄せる。アンディは再びミランダの下、特集部の部長としてランウェイの信頼回復のため、かつての同僚だったミランダの右腕、ナイジェル・キプリングと共に奮闘する。アンディはまず手始めにランウェイのクライアントであるブランドの特集記事を組むことにした。まず3人が訪ねたのは、かつてアンディがミランダの下で共にアシスタントとして働いていたエミリー・チャールトンだった。彼女は今、ラグジュアリーブランドの幹部として辣腕をふるい、IT長者の資産家ベンジー・バーンズと言う恋人兼スポンサーもいた。彼女の協力は欠かすことができない。

アンディのアイデアと奮闘によりランウェイは次第に信頼と売り上げを回復しつつあった。だがほっと一息ついたのも束の間、CEOのアーブが急死する。後を継いだ息子のジェイ・ラヴィッツはファッションには全くの無関心。彼は新しいスタッフを周りに配置し、ランウェィの予算を大幅に削減。まもなくミラノでのファッションショーと社交パーティが始まる。アンディはランウエイの存続をかけ大きな賭けにでるがそこには彼女が知らない大きな罠が待っていた。

 

スタンリー・トゥッチって役者さん、ほんとにいい俳優ですよね。こういった女性が奮闘する作品やお洒落なコメディタッチの作品には彼のような脇を支えるバイブレイヤーの存在が作品の良し悪しを大きく変えます。「プラダを着た悪魔」にスタンリー・トゥッチがいるなら「プリティ・ウーマン」にはヘクター・エリゾンド、あの頑固そうに見えてジュリア・ロバーツには非常に優しかったホテルの支配人、この人も良かったなぁ。ほんとにいい作品には脇に本当にいい役者がいます。ちなみにこのスタンリー・トゥッチ、エミリー・ブラントのお姉さんの旦那さんだそう。と言うことは義理のお兄さんやね。エミリーがお姉さんを紹介したんやて、チームワークも抜群の映画やな。そのエミリー・ブラントは前作の「プラダを着た悪魔」に出演以降、あっという間に押しも押されぬハリウッドの主演女優になりあがりました。気高いイギリスの女王から麻薬カルテルと戦う勇ましいFBI捜査官、凶暴なエイリアンから子供を命を懸けて守る母とその役柄も多彩。私の好きな女優さんの一人です。そして主演のアン・ハサウェイ、彼女に関しては言うに及ばず、前作からもう若きトップ女優の一人でした。やっぱり彼女、コメディが似合うんやけどねぇ、さあこれからどんな役を演じるのかも楽しみ。この作品、やっぱり主演は彼女ですよ、格で言えば当然メリル・ストリープがキャスティングのトップやけど、この作品、アンの「細腕繁盛記」やもんね。最後にメリル・ストリープ。正直、私、前作の「プラダを着た悪魔」まであんまり好きな女優じゃありませんでした。なんでかって言うとどうもねぇ...彼女の「私、うまいでしょっ」て言うような演技や作品が多いって思ってたんですよね。確かにうまいですよ、でもなんかそのあたりが鼻につくと言うかなんというか...大女優に生意気言ってますが。でも「プラダを着た悪魔」のあのミランダ・プリーストリーと言う役は彼女じゃないとできないですわ。貫禄と抑えた演技はもうやっぱり非のつけどころがありません。この作品以降はメリル・ストリープ押しです。

ゴージャスなファッションと展開される脚本の面白さは最高です。この監督と主演4人のキャスティングは今後無理でしようね。ここまでたどり着くのに20年もかかったんやから。前作のクライマックスはパリでしたが今回はミラノ。イタリア・ミラノのファッション業界もパリに劣らず有名。男の憧れ「ジョルジオ・アルマーニ」や「ヴェルサーチ」はイタリアです。ちなみに私、一着だけ「アルマーニ」持ってんねんけど...もう入らへんけど。

そんなことはともかくパリの華やかさとまた違ってミラノは歴史の重み、ファッションに重厚さが感じられます。「最後の晩餐」の絵画が掲げられている広間での食事シーンは壮観です。やっぱりセンスええねぇこの映画。前作、本作、共に心に残る一本です。

 

 

 

 

ウィリアム・シェイクスピアの名作「ハムレット」。その誕生秘話がこれ、「ハムネット」。物語の冒頭に「『ハムネット』と『ハムレット』は実際には同じ名前で16~17世紀の記録文書ではどちらを使ってもよかった...」と言う字幕が流れます。「ハムレット」と言う物語はいわゆる復讐劇。王子ハムレットは父の国王が叔父によって殺されしかも母がその叔父に嫁ぎ叔父が国王の座に就くと復讐を誓う。しかし結末は恋人も親友も巻き添えを受けてすべて死なせてしまう。ようするに復讐心や憎しみ、悲しみは何も生まないと言う事です。この作品「ハムネット」とはシェイクスピアと妻アグネスとの間にできた息子の名前。しかしこの息子は11歳で亡くなってしまうんですね。その息子の名前をなぜ物語の主人公の名前としたのか?悲しみの果てから誕生した不朽の名作「ハムレット」はどうやって生まれたのか?シェイクスピアと言う作家は当初は喜劇ばかり書いていたそう。その辺りのところはアカデミー賞作品「恋におちたシェイクスピア」でも描かれていました。しかし本作の主人公はむしろシェイクスピアより妻のアグネスです。この妻を演じたのが先日観た「ザ・ブライド」にてフランケンシュタインの妻を演じたジェシー・バックリー。「ザ・ブライド」でも絶賛させて頂きましたが、生き返ったぶっ飛んだギャングの娼婦役から180度転換した16世紀の農夫の娘。愛する夫と結婚するも悲劇に見舞われ悲しみに暮れる妻。全くの別人です。ほんまにうまい人やわ。本作で本年度のオスカー女優となりました。悪妻と言われたシェイクスピアの妻。その新解釈とも言うべき物語に胸打たれます。亡き我が子を思う母親の心、そして夫を責め、自らを責め...劇場からはすすり泣きの声が聞こえてきました。涙が枯れ果て、亡き息子を思い、嘆き悲しむ妻を見てシェイクスピアは何を心に秘めたのか。今年お奨めの一本です。

1580年イギリスの小さな村。皮手袋屋の息子として生まれたウィリアム・シェイクスピアはまだ売れない作家であったが父の借金の返済のため村の子供たちの教師をしていた。ある時、ふと教室の窓から外に目をやると一人の娘に目を奪われた。彼女の名はアグネス。鷹を飼いならし腕に乗せたまま一人で森の中を歩き、薬草に通じた不思議な娘だった。「彼女は魔女だ」と言う周りの噂を耳にしてもウィリアムはアグネスと恋に落ち、やがて彼女は身籠る。アグネスの弟バーソロミューの後押しもあり2人は結婚。長女スザンナが生まれ、やがて双子の長男ハムネットと次女ジュディスが誕生。3人の子供たちに囲まれ貧しいながらも幸せな日々が続いた。だがこの頃からウィリアムが作家として認められはじめ、彼の書いた作品がロンドンで上演されることになり、ウィリアムは家族を残しロンドンへ行くことになった。体の弱いジュディスのことが気がかりだったが後ろ髪を引かれる思いで彼はロンドンへ1人旅だった。ロンドンへ旅立つ前、息子のハムネットに「男のお前が家族を守るのだ」と言い残して。ウィリアムとアグネスが心配した通りジュディスは流行り病にかかってしまう。アグネスは夜を通して必死の看病をする。そしてハムネットはアグネスが目を離した隙にジュディスのベッドに潜り込み彼女の手を取って祈った。「どうかお願い、死神がジュディスと間違えて僕を連れて行きますように」と...。

 

悪妻として知られたシェイクスピアの妻は一般的にはアン・ハサウェイと言われてます(女優のアン・ハサウェイとちゃいます)が近年の研究では本名はアグネスとのこと、この作品ではアグネスとなっています。いつの時代でも子供に先立たれると言うのは親としてこれほどつらいものはありません。ましてやまだ11歳、当時はペストが流行ってそんな不幸な子供はたくさんいたでしょうね。栄養も不十分だし、まだまだ医療も発達していない。ついこの間のコロナどころではなかったしょうね。泣いて泣いて泣きはてた末、自らを責めて責めて、それだけでは我慢できず怒りの矛先は不在の夫に向かう。そんな妻を見て苦悩の果てに生まれた名作「ハムレット」。

幼い11歳の少年が生死の境を彷徨う妹の手を取り「死神が妹と間違って僕を連れて行ってくれますように」と妹に寄り添い、父との約束「家族を守る」と言う誓いを果たそうとするその姿は何ともいたたまれない。そして妻アグネスがなぜ悪女、悪妻と言われたのかも描かれているような気がします。鷹を操り、深い森を一人歩く、そんな神秘的な一面からもそんな噂が流れたんじゃないでしょうか。これが創作かどうかは別として。

憎しみ、怒りは何も生まない、そして悲しみで目が曇っていては前に進むことができない。それをラストの「ハムレット」を演じる舞台のシーンでウィリアムは描いて見せます。一番前で夫の書いた劇を食い入るように見るアグネス。その舞台に亡き我が子の姿を見てアグネスの顔が晴れやかになっていきます。その清々しさにどこかこの物語が救われた気がしました。

しかしこの作品は何といってもやっぱりジェシー・バックリーです。彼女の作品です。シェイクスピア夫人の新解釈。彼女の熱演、怒涛のような魂の叫びがこの作品の見所です。ほんとに彼女の演技や存在感は観ている者を圧倒しました。いやあよかった。立て続けに彼女の新作を観ることができた幸せ。なんでもアイルランド人としては初めてのオスカー女優だとか。しかし、自分はどっちかって言うと悲しみに暮れる劇作家の妻より猛烈にぶっ飛んだモンスターの妻役の方が衝撃的やったな。