日本のブックオフでしっかりと文庫本を買いまくった(それも105円になっているもの)。妹の推薦で原田康子の海霧(上、中、下の3冊)、あとは時代物から推理小説、エッセイなどいろいろ。 正札で買ったのは島田荘司の本だけ。 


帰ってきてみると一気に晩夏から晩秋になっていてびっくり。 朝晩は摂氏2-3度に下がり、お昼には10度を越すけど、風は冷たくてもうジャケットを着て、手袋がほしいくらい。 ブランケットに包まってソファでじっくり本を読むのには最適の季節。 読書の秋である。 日本でおいしいものを一杯食べてその勢いがついてしまって、その上食欲の秋なのは当然。 ジムに戻って運動しなくてはとおもいながら、時差ぼけでダラーとなっている私。 だんだん長旅が体にきつくなる。 年なのだ。 (なんてまったくおもってないくせに言ってみました。)


留守の間の2週間あまり、一度もごみを出さず、大きなごみ入れが家の前に満杯になっている、それもピザの箱が4つくらい押し込んであるのが見える。 木曜日はごみの日とメールで知らせたのに、忘れたという。冷蔵庫は空っぽ、牛乳もなければ野菜もない、卵は私が買ったのがそのままある。 買い物にも行ってちょっとましなもの(お持ち帰りのピザ以外のものという意味)を料理しなくては。 郵便物は10センチくらいの厚みで積み上げてある。ほとんどはごみ、各地の大学からリュウザエモン宛の歓誘やら、お店の安売りの宣伝やら。 それくらい捨てればいいのに。 請求書が5通、これはすぐに小切手を書いて出さなくては。私が帰ってくる寸前に掃除機をリビングだけかけたらしいが、はっきり言ってどこもかしこもきたない。 今週末は大掃除になりそう。 掃除役割分担したのをツレアイとリュウザエモンにちゃんとやってもらい、私は食欲と読書の秋に執着するぞ。


旅の終わりになってやっと岩盤浴。 公式サイトはこちら。  お風呂でしばらくぬくもったあと専用着を着て二階へ。 水を飲んで時間が来るのを待つ。 お客さんは私以外に女性2人のみ。 まずセラミックボールをいれた浅い入れ物の中に足を突っ込む”足浴”で15分、 そんなに熱くはないけど足から体が温まってくるのがわかる。 それから別室へ。 岩盤薬用玉石の上にマットを敷いて寝転ぶこと25分。 最初はうつぶせ、それから私の大好きなヨガで言うところの死体のポーズ(仰向け、足先をゆったりと外に向ける)になる。 


サウナだと熱くて汗が噴出すという感じだが、これはちょっと違う。いつの間にかあせがじっとり出ている。 寝ていると耳の中に汗が入ってきてまるで泣いているようだ。 こんなになるまで泣いたのはいつだったか。 泣いた時の気持ちまで思い出してしまった。


自分でも驚くほど汗をかいていて、なんだか体が軽くなったよう。 といっても旅行から帰って体重計に乗ると5ポンド、2キロあまり増えていました。 ちぇ。

気が進まない妹〔コじゃれたレストランに行きたい人)と一緒に札幌の公共食堂めぐり。 まずは道庁、同じ地方自治体職員として親近感あり。 ちょうど12時過ぎのお昼時なので、ワイシャツネクタイのオジサン軍団に圧倒される。 一人で来て一人で食べサッサといなくなる。 その間平均6分。 女性は数えるほど。 妹は私たちかなり浮いてるよ、そんなにジロジロ露骨に回りを見ないでと言う。 天ぷらそば420円。


次は市役所の地下食堂。 先回の教訓を学んで11時半頃に行く。 定食Aにするか、Bにするか、食券売り場で決められず後に並んでいる人のプレッシャーでパニック。 結局カツ丼とかけそばの定食470円。 職員はワイシャツ軍団のほかにジャンパー技術者、足首を絞ったズボンの土木関係者等多様。 そのうえ、観光客らしきグループ、夫婦連れ、一人のお年寄りなど。 壁にはカロリー表、テーブルには野菜を食べましょうという掲示。 


こんなところが近くにあれば歳をとっても暮らしやすいだろう。 アメリカの田舎で車がないとどこへも行けず、行けてもハンバーガーとサンドイッチとサラダくらいしか選択肢のない生活をしていると、 つくづくうらやましい話である。




銭湯と言うところに行った記憶はない。大きなお風呂にはいる機会は温泉に行ったときくらい。もう10年も昔に行ったきりだ。 アメリカにいてネットで色々調べていてスーパー銭湯というのを見つけた。 いろんな種類の日替わり温泉とかサウナ、一人風呂、ジャクジーなどそろっている。


札幌の妹のところに居候しているときに行ってきた。 JRの一つ隣の駅前にある。そのくらい歩けるさ、とリュックにタオルとセッケンをいれ、運動も兼ねて早足で歩く。 妹はこういう庶民的な事はしない人なので一人である。


25分歩いて到着。 大きな駐車場はさすが北海道。 女湯にはいるとすぐに裸の人がいっぱいでちょっと驚く(事もないか)。 いろんな人が来ている。平日の2時というのに。若いママと子ども、中年のオバサングループ、超年寄りとその人の世話をしているやや年寄り。 裸も色々、けっこう太った人もいて、私もなぜか安心したりして。 前を隠す人隠さない人、上を隠して下を隠さない人その逆の人、体を洗うのにキチンとしたシステムがある人(私の何と行き当たりバッタリな事)、ストイックに一人で湯船につかって身動きもしない人、友達としゃべりまくっている人、出たり入ったり忙しい人。

 

畳を敷いた休憩場にお土産売場も完備。 あそこに寝ころんでビールに枝豆だとまるでおじんだ。 その誘惑には勝った。 しっかり楽しんで390円。また行くぞ。

 

2年ぶりに日本に帰ってきて四日目。 奇異に見える事数点。


1 通勤のサラリーマンが同じスーツを着ている。

2 若い女の子はミニスカートに先のとがったブーツをはいて内股で歩く。

3 子ども以外に私より背の低い人がいる。

4 50を過ぎたオバサンはみんな帽子をかぶっている。

5 曇り空でも町を歩く人たちはみんなかさを持っている。

6 通りのレストランからお醤油のにおいがする。

7 赤信号で車が来ていないのに、だれも通りを渡ろうとしない(外国人はべつ)。

8 ものすごいスピードで歩道を走っている自転車にひかれそうになる。

9 あらゆるものにマンゴ味がある。

10 ビールの自動販売機があちこちにある。


ラーメン、ギョウザ、プリン、お寿司にカレーと食べまくっている。 減量などあとあと。


  


急にばたばたと帰国の予定。 出発1週間前になってやっとティケットを購入。 2年ぶりである。 前回は俳句とヨガとスープカレー、今回はてんぷら、つけ麺、それに岩盤浴の予定。 仕事も結構忙しくてなかなか荷物のパッキングもできない。 来週からは更新もあまりできないかもしれないので、あしからず。 

続いて女性の名前(ラストネーム)の話。 知り合いの私くらいの年齢の女性、最初の結婚は大学院生のとき、姓は夫のを使った。 長くは続かず、離婚して旧姓にもどる。 しばらくして今度の結婚相手は州知事にまでなった。 彼の姓を名乗り、彼女は州立大学の教授になる。 そしてまた離婚。 ただし名前はそのまま。


2年前に彼女は州上級裁判官と再婚。 結婚式の終わりに牧師さんが、さあこれで二人はMr. And Mrs. P****. というと、いえ、私は C***のままです。といったとか。 いやー ここまでくると感心してしまう。 彼女もとは高校の弁論の先生、今は大学院総務部長。 

名前には本人の意識と社会での地位が反映するという話。 たとえば私より一世代上のいわゆる戦争花嫁(日本に限らず、イタリア、ドイツなどからアメリカにやってきた人たち)で、姓を夫と同じにしなかった人はほとんどいないだろう。 この世代の人たちはファーストネームもニックネームに変えている人が多い。やすこさんならスー、たまこさんならタミーというように。


私も、問題意識がなかったというか、そのほうが簡単だろうという単純な理由でツレアイの名前にした。 結構珍しい名前なのでいつもいちいちつづりを言わなくてはいけないと思い知ったのは結婚してずいぶんたってからだった。 この町にもこの州にも同じ苗字の人は私の家族以外にはいない。 旧姓のままのほうが短いだけスペルをいうのが簡単だったかも。


ところがここ数年、アメリカ人と結婚している若い世代の日本人でそのまま旧姓を保っている人たちに出会うことがある。 たいていは30代の人。 ファーストネームもそのまま、アメリカ式に変えたりはしない。 頼もしい限り。 


私の仕事場のオフィスは一応ドアがあって個室だけど、周りに4人のオフィスがあるので、電話など大声で話していればもろに聞こえてしまう。 隣の45歳の女性、この仕事ではもう20年のベテラン、夫と話しているのだが、かなり興奮していて声も一段と大きい。聞くともなく聞いていると、どうやら下の娘の幼稚園の先生からメールが仕事場に来たらしいのだが、その宛名が問題らしい。 (すべて仮名です) 彼女の名前はジル ウオーカー。 夫の名前はマイケル タッカー。 子供たちは エマ タッカー(6歳)と マーガレット タッカー(8歳)。 


メールの宛名はジル ウオーカー-タッカーとなっていた。 彼女いわく、”勝手にハイフンでつなぐなよな、まったく。” 普段から口の悪い人だけど怒っていると余計に迫力ある。 夫に同感してもらったらしく、 賛成してくれてありがとうといいながら電話を置いた。 

 

日本では結婚すると夫か妻の名前にどちらかが変えないといけないらしい。 妹のサイトはこちら。

http://ameblo.jp/kskikaku/entry-10048499026.html


アメリカでの選択肢は多い。 多い順に列挙してみる。 まず、(1) 妻が夫の名前に変える。 (2)夫も妻が自分の名前のままでいる。 (3) 妻が夫の名前を足してハイフンでつなぐ。 まだ他にもあるかもしれないが省略。 私の周りを見てみると、1と2がほぼ同じくらい。 名前を変えた人の中には、父親の名前と夫の名前を選ぶんだったらやっぱり夫でしょうという人もいる。 そうか、そういう考え方もあるんだ。 仕事を始めてしばらくして結婚すると、いまさら名前を変えるのは面倒、混乱を招くからという理由でそのままの人が多い。 


名前は単なる符丁ではなく、社会での地位や影響力を反映するものである。

LさんはP氏を通じての知り合いなので、親しい友達というほどの付き合いではない。 P氏がユダヤ教なのでその祝日のディナーによばれたときにLさんの家に行ったくらい。 きちんと片付いていて壁にはいろいろとおもしろいもの、絵など飾ってある。 これにひきかえ、P氏の家はなんともはや物が足の踏み場もなくあふれている。 もとは両親の家で二人とももうなくなっているのだが、家具やその他そのままおいてあるらしい。 少しづつかたづけてはいるというものの信じがたい。 これじゃLさんでなくってここに住もうとはおもわない。 


彼は趣味の多い人。 コミックブックスを収集し、モデルトレインはドイツや日本製のを注文する。 マジックもするのでその小道具などタロットカードもそろっている。 その上、庭に別棟の卓球室をつくり(エアコンもちゃんとついている)、星をみるのも趣味なので天文台まで建てた。 


家の息子たちに言わせれば、子供がないとああいう生活ができるんだねと。 そうよ、あんたたちのおかげで私の趣味はヨガとブログ、お金のかからないものばかり。