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5月5日 ホワイト・イーグル・ロッジ in ロンドン

前日にフィンドホーン内の本屋(小さな店だが、本の他、オーガニックフーズもエスニック風の洋服もクリスタルもそろっている)で買った Spiritual Britain という本でロンドンに White Eagle Lodge (白鷲集会所?)というのがあるのを知る。しかもちょうど、このロンドン到着日にヒーリングやクラスがあるということをネットでチェックできた。

寝台特急をたたき出されて眠くてぼーっとしている頭を、ユーストン駅の中のフード・コートでウォーミング・アップしながら、日記を書き、キングズ・クロス駅すぐのホテルにチェックインし、ハイ・ストリート・ケンジントン駅に向かう。キングズ・クロスは、やはり便利だ。乗り換えなしで行けた。宿は高くなるし、安めにしようとするとしょぼくなるけど。

ホワイト・イーグル・ロッジの入り口の門には、文字通り白い鷲の像があしらわれている。



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ところで、僕自身はホワイト・イーグルは詳しくない。なのに来てしまって恥ずかしいものだ。ホワイト・イーグルはグレイス・クックという女性に霊訓を伝えたとされる霊の名前である。日本のスピリチュアリズムではどちらかというとシルバー・バーチのほうがよく知られているだろう。しかし、こちらではホワイト・イーグルの名前を良く聞く。このように一つのセンターができるくらいなのである。

受付にはオールドな人々がいた。一人は男性だった。しかし、それより先に足を踏み入れるとほとんどはオールドなレディばかりだった。



これは、受け付け内の本棚。なお、写真はすべて許可を得て撮影した。

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まずはヒーリング。3時15分からだが、初心者は30分前にきて説明を受けるようにと書かれていたので2時45分ちょうどに駆けつけた。しかし、カードに名前を書いて、何か特別にヒーリングしてもらいたいところはと聞かれて、「ジェネラル・ヒーリングで」と答えたためにそれで終わってしまった。本当は自分の症状や希望などをカードに書くようである。

その間にヒーリングについての説明がのっているパンフレットを読む。実際のものとほぼ同じなのでそれに従ってヒーリングの手順の説明をする。

まず、静かなクラシックなど瞑想的な音楽がかかる。受ける人は皆瞑想をしている。すると、「ミニスター」がやって来る。参加者より若い40代から50代の女性で、全身の長さの青いローブをまとっている。そして、瞑想している人々にそのままイメージを喚起するような言葉をかける。ヒーラーは皆白衣をきていて、全員とてもオールドなレディである。60代から70代くらいだろうか。ヒーリング希望者は、14人くらいだろうか。うち男は僕を含めて3人である。

5人が呼ばれ、また5人が呼ばれ、最後は4人と、三つのグループに分かれてヒーリングがおこなわれた。しかし、各人がヒーリングが終わったら退散ではなく、ヒーリングが早く終わったグループも、そのまま座って瞑想状態に入る。ヒーリングを待っているグループも瞑想状態である。だから順番によって拘束時間が変わるということはない。

このヒーリングは、「コンタクト・ヒーリング」と呼ばれる。もちろん、SAGBなどのスピリチュアル・ヒーリングも肩に手を置いたりした。しかし、これはもっと積極的である。手で肩や背中の塵を払うような動作を繰り返す。しかし、かすかに触れているか触れていないかの触れ方である。特別に具合が悪い場所はそこを重点的にヒーリングする。僕も、何か書けば良かったかなと思う。

ミニストリーは、グループに対して、ヒーリングを受ける最中にイメージすることを指示する。僕のグループは、

「霊界の門の前に立っていて、今まさに神の太陽の光を受けるところをイメージしてください。」

と指示された。それぞれのグループがそれぞれにちょっとずつ違うので、待っている人たちも、その誘導の言葉を聴きながら、具体的なイメージを思い描いて、みっちり瞑想することができる。

ここで、ホワイト・イーグル・ロッジの世界観を紹介しよう。

ホワイト・イーグルによれば、人間は内側に「キリスト」という光を宿している。それを瞑想やヒーリングを通して、輝かせる。最終的にはすべての生命を変容させ、輝かせる。瞑想では太陽の光を思念することが勧められる。そして、自分自身が美しい太陽の光を浴びているところを映像化する。また、呼吸によって、それ以外の事柄を吐き出すようにする。また、上昇する内なる光を表す上向きの三角形と、下降する神の光を表す下向きの三角形を合わせて、それらが一体になったことを象徴する六角星をイメージする。それは、内側において神と一体化して全体的になり完成した状態を象徴する。

瞑想やヒーリングを通して、内なる光を輝かせ神の光と一体化させる。短く要約するとこういうことである。そして、そのなかで得られた直観を発展させ、スピリチュアルな理解を深め、それを持ち寄りあって、この世界の中で、日常生活を、より賢く、より愛深く生きられるようにする。だいたいこんなところだろうか。

このような世界観、人生観が、ヒーリングの中でも活かされているように思われる。

ヒーリングの具体的な話に戻ると、ヒーラーはカードを見ながら、念入りにするところを決めてヒーリングの所作をおこなう。

あとで聞いたところ、この所作は、オーラの汚れをきれいにしているのだそうだ。また、ヒーラーによっては、「色」を使うこともあるという。その、部位をきれいにするためにある色を思い念じながら、ヒーリングするというのである。あとで、それを聞いたときに、それはチャクラの色かと聞いたが違うという。そのときのヒーラーの直観によるらしい。また、ヒーラーの中には、子どものころから生まれつきオーラの色が見えるという人がいた。

前述のように、ヒーリングは三つのグループに分けておこなわれた。通常二つか三つに分けられるそうである。ヒーリングが全グループ終わると、また瞑想的なクラシックの音楽がしばらくかかり、ヒーリングのセッションは終了である。ヒーリングの料金は無料である。

その後、スタッフの人に、キッチンでお茶を飲むのが習わしだと言われて、いっしょに紅茶を飲む。

誘ってくれた老紳士に、キリスト教との関係について聞いてみた。なぜなら、内なる光を「キリスト」と呼ぶからである。それに対して、いつも通りなのだが、スピリチュアリズムはすべての宗教を受け入れるという話になった。しかし、そこからが違った。すべての宗教は古代の知恵にもとづいており、ホワイト・イーグルはそれを伝えてくれているのだ、と。

これは聞きようによっては、ホワイト・イーグルのほうがキリスト教より本来的だと言いたそうである。それをはっきり言ってしまうと、キリスト教との関係はまずくなるだろうと内心思った。

全体の印象だが、老人が多いせいか、とても和やかで穏やかでフレンドリーで暖かい雰囲気に包まれた会合だった。そのなかでは若いミニストリーの言葉も、優しくて、しかし神々しい雰囲気を醸し出していた。内なる光を輝かせるという思想の言葉通り、暗さがなく、明るい。ポジティヴ・シンキングを強調しているわけではないが、新宗教の「Sの家」と近いかもしれないと思った。



ヒーリングがおこなわれたメインの広間。

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その後、早めの夕食を食べて、6時から、ホワイト・イーグル入門クラスに出席した。今日から、週に1回のペースで半期行われるそうである。

参加者は、僕を入れて3人だった。僕がいなかったら二人だっただろう。講師は、あとで分かったことだが、グレース・クックの孫で、本も書いているCHという人だった。

彼は、まず一般的なことをレクチャーする。誰でも、スピリットとはコンタクトできる。したがって、きわめて平等である。ホワイト・イーグルが一番恐れていたのは、組織化によって支配関係が生じることであった。この教えは、一人に対してではなく、グループに対して伝えられたものであるということを強調していた。

参加者の一人の女性が、

「私でもコンタクトできるんですか」と聞くと、
「そう。グレース・クックはただのチャネルで、ただそれがストレートに伝わったということでラッキーだっただけだよ。」

と答えられた。

「ちょうど太陽の光が、誰にでも差しているのと同じことだよ。それは、マザーのギフト(才能とも訳せるが、才能だと特権的なので、ここでは「与えられたもの」と考えたほうがいいだろう)だったんだ。」

そこで、最近の体験を持ち寄るということになった。参加者の一人の中年のインド系と思われる太った男性に、

「昨日、何か題材になるものを受け取ったみたいだけど」と講師が振ると、

「いや、別に、そうでも」という感じで首を振る。それから先しばらくしゃべっていたが、その英語はまったく聞き取れなかった(-_-;)。

それで、僕が聞かれる。

「君は何かメッセージを受け取ったことがあるかい。」
「そうですね。インスピレーションの形でなら、たくさんあります。」
「うん、それは直観 intuition と言うんだよ。それで?」

そこで、僕はとっさに、先に日記に書いたフィンドホーンでの瞑想中のインスピレーションを話した。そのなかの、「人々の苦しみと怒りと絶望を体験する」という話にからめて、第二次世界大戦中、マザーは空爆を恐れなかったという話になる。それは、ホワイト・イーグルが、「Share the common lot of humanity. 人類の共通の運命(lot には「くじ」という意味もある。爆弾をくじにもたとえているのだろう)を共有しなさい。」と言ったからであった。

もう一人の参加者も聞かれる。彼女は、中年くらいの、優しそうで上品そうですごく聞き取りやすいきれいな英語を話す人だった。

「うーん。私は、ここにもう10年近くいるんですけど、いつも他の人に比べると、何かよそ者のような感じがするんです。みんなはすごく色々なことをよく分かっているのに、私は何年経ってもよく分かっていないような気がしてしまうんです。このなかにいるときはいいんですけど、普段の生活の中では、スピリチュアリズムとまったく関係のない人、大学の時のお友達とか、そういう人たちと話していると、全然別の世界になります。いつも、二つの世界を行ったり来たりしている感じなんです。」

そこで僕は、

「誰でも不確かに感じることがあると思いますよ」とフォローした。

講師の先生は

「僕も小さい頃、そうだったよ。うちの家族は、ほら普通と違うでしょ。みんなスピリチュアルなことを追求して、いつも、自分だけよく分かっていない人間という風に感じていたよ。」と返す。

「ホワイト・イーグルが話すことは、とても論理的なんですよ。だから頭で考えてしまうんです(これは、「頭より心」ということも強調されていることを前提としての発言だろう)。そして、責任、自分の責任でやれ、っていうでしょう(つまり、自分で考えなくてはいけなくなってしまって、そのために、グループの内と外とのあいだでどうにかしようと苦悩しているということを訴えたいのだろう)。」

「ネイティヴ・アメリカンはもっと自然に考える。瞑想もこういう風に立って(立ち上がり身体をゆらゆらさせる)おこなって、大地と再結合しようとするんだ。すべては、大地のものだからね。」

そこで、僕に話が振られる。

「君は、宗教的バックグラウンドはあるの。神道? 仏教? 日本人はどうなんだっけ。」

「そうですね、一番近いのは仏教だと思っています。でも、どちらかというと、不可知論ですかね。僕は完全に物事を知ることはできないと思うんです。なぜなら人間だからです。人間は完全に知ることはできません。でも、同時に、人間はスピリチュアルな存在です。知ることができないことを感じられます。僕は、その二つのあいだを行ったり来たりしています。そして、その中道を探しているんです。常識=共通感覚 common sense を探究しているんです。」

講師は、目を輝かせた。

「ああ、君のいうことは、何だかとても、心地よく、素晴らしく聞こえるよ。まるでスピリチュアリズムの考え方そのものじゃないか!」



僕も、ものすごく気持ちが高揚して、頭のほうに何か暖かい感動がじわーっとあふれるような感じになっていた。

人は、「お前はどっちの人間なんだ」と問うかもしれない。この良く知らない、はじめて訪れた団体で、まるで信仰談義のような話をしている。調査なのか。それとも信者なのか、と。

もう一度、上の僕の発言を読んでほしい。実は、僕も自分は一体なんなんだとあとから考えた。でも、こうして、文字に起こしてみると、上に書いたことは、宗教学者としての立場と、少しもずれていない。

宗教学者とはこういうものだ。ある特定の立場を信じきってしまわない。それは、それと違う立場のことを知っているからだ。宗教学は宗教に比べれば歴史はまったく浅いかもしれないが、どの宗教も一面的であるということをはっきりと経験的に知っている。もちろん、宗教学者だって宗教のあらゆることを知り尽くしているわけではない。われわれは皆、限界ある知しか持てない人間なのである。しかし、限界を認識するとき、無知を自覚するとき、それを超えたものをどこかで把握しようとしている。そして、そのヒントのようなものが、ある時ふと恩寵のように訪れることがある。それをお互いに持ち合って、そして、それこそ「信じない」という立場の人が生活の中で感じているふとした「気づき」ともきちんと向き合って、中道と共通感覚を探究するしかないのである。

そして、そのような探究の姿勢は、実は、現在のスピリチュアリティのなかにも見受けられるものである。ここで紹介している暮らすに出席している女性の発言はいい例である。別に学問的な知識などなくても、素で、普通の生活をしながら、その普通の生活の中で、それを超えたものを手探りし、行ったり来たりしている。僕は、それを言語化したいと思っている。

その後は、女性がヒーリングの歴史について質問した。それは僕が聞きたかったことでもあった。講師は

「はっきりしたことは僕も分からないけれど、ホワイト・イーグルの言葉の中にはすでにヒーリングのことは細かく触れられているね。」

ということを伝えるにとどまった。僕は、

「レイキは日本で生まれたものだし、日本では手かざしをする教団も古くからあって、日本ではけっこう歴史が古いんですよ。」

と答えた。講師は、大本教のメンバーと接触したことがあり、彼らはスピリチュアリズムと近いのではないかと言った。

「そうですね。それに大本教の元信者だった浅野和三郎は日本にスピリチュアリズムを紹介して、日本の組織を立ち上げました。日本の新宗教はスピリチュアリズムとの相互影響があるので、ヒーリングの発生は同時多発的な面もあると思います。」と言った。これは歴史に詳しい人にフォローしてもらわなければならないところである。講師は、「同時多発」という言葉を喜び、

「霊界の計画があるからね。」と言った。女性は

「ヒーリングは、さかのぼれば、イエスもヒーリングしているわよ。それに、痛いときにはそこに手を当てるでしょ。だから、もっともっと古いんじゃないかしら」

それはそうだとうなずいた。

時間が来てしまったけど、みんな話したりない雰囲気だった。終わってから、講師に自分がどういう研究をしているかを伝えて、名刺を渡した。

「日本にはさっきも言ったけど、大本教の信者とも話したことがあって関心があるんだ。あと、日本でもホワイト・イーグルの団体があるから、ぜひ連絡してみて。」と言われた。

そして、

「君とはスピリチュアルなつながりを感じる。」と言われ、固く握手され、

「きっと必ずまた会おう。」と、目をじっと見つめられた。

こんな風に、フレンドリーで、支配関係が感じられない、まったくアットホームで暖かい雰囲気であった。

フレンドリーというのは、ヒーリングの前後も感じたので、講師にそのことを伝えると、それを聞いてとてもうれしいと言ってくれた。

彼は団体の創始者の孫ということだが、まったく偉ぶらず、暖かい感じの人だった。このフレンドリーで暖かい感じを、しつこいようだが強調して書いているのは、イギリスではこういう雰囲気なんだということを日本の人に伝えるためである。

ヒーリングも無料である。そして、この団体は、宗教組織ではなく、慈善団体 charity として社会的に位置づけられているということである。

慈善団体とは、慈善目的で建てられた団体で、利益を追求してはならず、利益を慈善目的のみに使わなくてはならない。

日本のスピリチュアルな団体や個人も、その理念が愛や奉仕に価値を置くものであるならば、慈善活動に徹底するべきだと思う。イギリスも個人のセッションは高いが。

なお、今日訪れたこの団体を手放しで賞賛しているように思われるならば、それは誤解である。しょせん数時間のコミュニケーションで分かることには、限界がある。その範囲で見聞きしたことを伝えているだけである。そのことを念頭に置いて読んでほしい。



レクチャーのおこなわれた部屋

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グレース・クックの肖像

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5月4日

この日の朝は、宿の奥さんに誘われて、テーゼ・シンギング(Taizé Singing)という聖歌を歌う集まりに出かけた。全部で15人くらい。女性がやや多い。男性と女性に別れて座り、さらにパートが分かれる。全部で四声になるようである。しかし、飛び入りも多いので、男性はベース、女性がベテランの人たちで2つに分かれてハモった。歌われる聖歌は、フランス語のものもあればスペイン語のものもあった。キリスト教のものが多いのだろうか。シンプルだが、グレゴリアンとはまた違うのだが、不思議なメロディで、美しい。レコーダーを持参しなかったことを後悔した。



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場所は、ネイチャー・サンクチュアリーである。

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この集いの主催者が建設を提案したそうである。窓枠が曲がっているが、これはウィスキーの樽の再利用だそうである。椅子も再利用。石は地元の石切り場から。人間と自然の調和を表現しているそうである。室内中央の床にもなっている石は聖地アイオナ島(スコットランド最初のキリスト教会が建てられたと言われていて、フィンドホーンの聖地ともなっている)。テーゼはフランスのテーゼ・コミュニティに由来しているそうである。

そして、メイン・サンクチュアリーに出かけ、朝の瞑想をおこなう。

それからビジターセンターで午前中のワークショップを確認し、シュタイナーのプレイ・グループに参加、のつもりだったが、出かけてみると、子ども用だった。では、ショートタームゲストのためのプログラムとは、これのことではなかったのか。しかし、オフィスはまだ開いていない。どうも午前中は何もできなさそうである。

あとでオフィスに確認し、午後も何かできないか聞いてみた。あるけれど、2時から5時までだという。僕は3時に出なければならない。あきらめた。

どんな内容か聞いてみると、ガーデンかキッチンで働くのだそうである。ヴォランティアでもいいけどどうする?と聞かれたが、午後に1時間だけというのも、ちょっとと思い、引き下がる。いつ来たのかと聞かれ、金曜の夕方でオフィスが閉まっていて、土日もしまっていたので登録ができなかったというと、

「ツアーが始まるときには開いていただろう。今後の教訓のためによく覚えておくんだな。園内を歩き回るといい。写真を撮るのは自由だし。」

と言われた。どちらにしても入念な下調べと準備が不足していたのである。実はメールで問い合わせはしていた。すると、予約は受け付けておらず、直前の登録しか受け付けていないと言われた。しかし、土日と重なって、オフィスが開いていなかった。そして、日時と場所を例の子ども用のワークショップと勘違いしていて、登録できなくてもそこに行けば何とかなるだろうと勘違いしていたのだ。

体験週間以外でショート・ターム・ゲストで訪れる人のための教訓として書き残しておくが、とにかく、土日は避けること。オフィスは早く閉まるので、日中なるべく早く到着して、次の日の作業に登録すること。しかし、ある研究者に、

「行ってもただ単純作業するだけだよ。トイレ掃除とかね。」

と言われたのを思い出す。今回のように、場所を訪れて、人に話を聞くのが中心でもいいのではないかと言い聞かせる。が、コミュニティ側からしたら、その自然と触れ合う単純作業の体験(ラブ・イン・アクション)を通してしか、フィンドホーンを知ることはできないということになるだろう。

フィンドホーンは、行く前には何があるのかさっぱり分からない。隠しているのかと思うくらいである。今回のぼくの訪問は不注意に不注意が重なり、不運も覆いかぶさっていると言えるが、何か見えない力から丁重に遠ざけられているように思うくらいであった。今後、また訪れるかと聞かれたら、半々である。

もっと文献で分かることがあると思うし、フィンドホーンを体験した日本人から話を聞くほうが、僕の研究にとっては有意義だろう。

宿の主人とも話をした。体験週間の内容は、やはり主に作業と瞑想だと言う。エンカウンター・グループのようなものはあるかと聞いたら、そういうのもあるだろう。内容はそのときどきによって変わるから、と言われた。

その宿の主人は、もともと信仰は持っていない。自動的に英国教会に入れられたが、信じていたわけではない。

これまで、日本人のゲストは7~8人いたが、一人を除いて全員女性だという。なぜ女性だけなのだろうと聞くと、分からないと言われる。多分、誰にも分からないだろう、という話になる。イギリス人だと、やはり女性は多いがそこまでの偏りではない。

コミュニティ内で子どもをよく見かけるが、あれはビジターの子どもが多い。スタッフの子どももいることはいる。彼らはフォレスのシュタイナー学校に通っているが、全員ではない。なぜならシュタイナー学校は私立なのでお金がかかるからだ。地元の学校に通っている子どももいる。

そんな話を聞いて、フォレスのバス停まで送ってもらった。

それからインヴァネスへバスで1時間。

インヴァネスからエディンバラへ4時間程度。その間、車窓にカメラを押し当てて、わざとシャッタースピードを遅くして、風景を撮ってみた。幻想的で絵画的な写真が撮れた。



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そしてエディンバラからロンドンへ寝台特急。



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二人部屋だったが、幸いなことに相方の客は現れなかった。というか、すいているようである。



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座ると頭が上のベッドに当たるので、寝るしかなかった。トイレは水が出なかった。
何とか歯を磨いて、一口分のうがい用の水でうがいし、それでも流し足りない分は、ミネラル・ウォーターを「ぐじゅぐじゅごっくん」した。



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もはや、新型インフルエンザ予防などといっている環境ではない。

翌日は6時にたたき起こされ、朝食を渡される。ぎりぎりまで寝ていようと思い寝ていると、7時半すぎに、後5分で出て行けと起こされる。しょうがないので、外にでて待合室で朝食を食べる。足りない。



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5月3日フィンドホーンとキリスト教

よく寝た。調子がいい。朝食の食べ方が以前と変わった。というのも、胃が「どか食い」を受け付けなくなったためである。以前のように1日2食で済ますことができなくなった。シリアルに豆乳を注いで、乳製品を使っていないパンを食べ、カモミール・ティーを飲む。とうとう乳製品も卵も食べず、カフェインもとらないヴィーガン食に近づいてきた。

朝、メイン・サンクチュアリーのヒーリング・メディテーションに参加する。瞑想の最後に、ここにいない人で、ヒーリングを必要としている人の名前が告げられ、またそういう人がいたら、名前を挙げるようにと指示される。つまり、この瞑想は、平たく言えば病気治癒祈願である。ちょっと単純化しすぎか。

終わったあともしばらく残って、また1時間以上瞑想する。すっきりした。

宿に戻って、今日一日何をしようか考える。とりあえず、まだ見ていないのは、アートセンターとリビングマシーンとキュレルヌ・ガーデンと風力発電である。

アートセンター、休みだった。

リビング・マシーン、一般開放はなく、あっても別の曜日だった。



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おなかが空いたので、カフェでご飯を食べる。



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またもやスイーツ(笑)付きである。



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何をやっているんだろうと思わなくもない。

そして、キュレルヌ・ガーデン、いちおう行ってきた。



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しかし、これは解説がないとよく分からないところだろう。キュレルヌ・ガーデンは、温室を含む有機農法の農園である。30の異なる野菜を1年中栽培しており、出資者には毎週野菜が配達されるとのことである。ゲストにとっては、ここで自然を感じながら働くことが魅力である。フィンドホーン・フラワー・エッセンスのホームでもある。以上、ビジター・ガイドより。



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コンポスト。生ゴミを肥料に変える。


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とてもおいしそうなレタスである。


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温室内にあった水たまり。藻のようなものが生えている。液肥を作っているのだろうか。




ここの池の側で、子どもと一緒に来ていた女性に声をかけてみた。



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彼女は、フィンドホーンの人ではないと言う。子どもが自転車に乗りに来たのにお供しているとのことである。かわいい女の子がピンクのヘルメットをかぶって、恥ずかしそうににこっと笑っている。

「じゃあ、地元の人なんですね。クリスチャンですか。」
「ええ、クリスチャンよ。」
「フィンドホーンの人たちについてはどう思いますか。」
「うーん、いいんじゃない。彼らは寛容な人たちで、どんな宗教も受け入れるから。」
「キリスト教とはどう違うと思いますか。」
「もちろん、キリスト教も寛容よ。それぞれの宗教を尊重しているわ。だけれど、彼らとは違うパースペクティヴ(観点、ものの見方)を持っているの。たとえば、イエスが、私たちの罪をあがなったことを信じるとか。」
「地元の人は、皆フィンドホーンにはいい印象を持っているんでしょうか。」
「そうね、中には彼らがあまりにも多くのものを所有していると言う人もいるわ。この地域をどんどん支配して行くとか。彼らはやっぱり固まっているから。」

そこから話がずれて、側に空軍の基地もあって、ここら辺の気候はマイルドだからという話になる。冬でも山間部はマイナス20~30度になるけれど、ここら辺は零下には下がらないと言う。話がずれたな、と思ったが、今考えると、なぜ人々がこの地域に集まるかを説明したかったのだろう。フィンドホーン関係者は、とにかくこの地域が農業に適さないのに精霊の助けを借りて成功したんだということを強調するが、砂地と風はともかく、気温に限って言えばそれほど厳しい環境というわけではないようである。

「コミュニティの子どもたちは、地元の学校に通っているんですか。」
「ううん。フィンドホーンの子たちは、フォレスにあるシュタイナー学校に通っているわ。」

会話のあいだ待っている子どもがかわいそうなので、ここら辺で引き止めるのをやめる。つまらなそうにしているかなと思って表情をちらっと確認したが、にこにこしていた。

キュレルヌ・ガーデンの周辺は砂地の土壌で、そこに、黄色い花を咲かせる棘だらけの植物がはびこっている。



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見た目はきれいである。匂いは西洋梨とココナツを足して2で割ったような感じである。

これは、今の季節だからきれいなのだろうが、それ以外の時期にはただの棘だらけの植物であろう。調べたところ、砂丘などでも育ちやすい種のようである。名前は人に聞いてやっと分かった。Gorseという植物である。日本語では、ハリエニシダと訳されるようである。宿の奥さんに聞いたところ、庭いじりをしていると非常に厄介なのだそうだ。ものすごく深く根を生やし、どこにでも顔を出してくるとのことである。しかも、棘があるのだから、厄介だろう。フィンドホーンの農園はこういうところに切り開かれたのである。

ガーデンを出て別の方向へ歩き、森の中を抜けて、風力タービンを見に行く。



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現在4基あるが、1基目は1989年に72,000ポンドをかけて建設され、残りの3基は2006年に建設されたと言う。3ついっぺんに、しかも最近というところがミソである。フィンドホーンが、現在急速に「エコ」の方向で発展していることが裏付けられる。コミュニティで必要な電力の140%を発電している(余った電力は売電)そうだが、これだけあれば、当然であろう。出資の出所と収支が気になる。



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風車の中心部の柱には鳥の血と思われる(というか、それしか考えられないだろう)黒いしぶきが見える。根元には絵が描かれている。若者によって描かれたと、宿の主人が教えてくれた。どことなくシュタイナー風なのかなと思う。



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宿に帰って、宿の奥さんと話をした。朝方、自分が宗教学の研究者であることを話したら、興味を持ってくださり、フィンドホーンに住んでいる人たちのスピリチュアルな話を聞きたいと言ったら、お話しましょうと約束してくれたのである。

B&Bで飼われている2匹の猫ちゃんを、ファインダー覗かずに適当にばしゃばしゃと撮った。ベストを選んでメールで送る約束をした。これがそのベストショットである。



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僕が泊まっているB&Bは、フィンドホーン公園(要するにコミュニティ)のなかにある。経営者も当然、フィンドホーンに共鳴している人たちである。夫妻はもともとイングランドに住んでいたが、何回か、フィンドホーンの体験週間に参加していた。はじめて参加したのは1983年だそうである。その後、フィンドホーンに家を建てないかという話が出る。これは抽選だったそうである。運が良かったと話してくれた。建ててからは2年半になるそうである。道理で新しくてきれいなはずだ。この公園内のB&Bは一番古いものでも8年しか経っていないそうである。このことから、2000年ころからコミュニティが拡大しているのではないかという見通しが立つ。今もあちこちで家が建てられている。



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家は、コミュニティ内の建築家に設計してもらった。その人はエコハウスを専門的に手がけているそうである。しかし、建てるのには、自分たちも関わったそうである。住むに当たっては、それまでやっていた仕事を辞めて夫妻でこちらに引っ越してきた。子どもは、二人いて、どちらも成人しており、日本で暮らしているそうである。彼女は親日家で、何回も日本に来ている。ついこの3月も日本に来ていたそうである。



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彼女は、もともとはヘルプ・プロフェッション・カウンセリングをやっていたそうである。援助職カウンセリングということになるだろうか。夫は、金融関係に勤めていた。

彼女の父親は、キリスト教徒ではなかった。不可知論者だそうである。この「不可知論」という言葉は、こちらではよく聞く。グラストンベリーに行く途中のバスで雑談したおじいさんも「俺は不可知論者だ」と言っていた。哲学用語・神学用語だと思っていたが、日本人の「無宗教」と似たようなニュアンスで広く使われている(ちなみに僕は、スピリチュアルな人は、不可知論的プラグマティストだと考えている。信じきっている人は別だが)。お母さんはクウェーカー教徒(キリスト教の一派)だった。それで、彼女は13歳の時に自分で英国教会に入った。20代はじめで、教会は離れたそうである。教会の人は好きだったけれど、組織が好きになれなかった。とくに女性に対する態度に問題を感じた。現在でも女性の司教を認めるかどうかで立場が別れているそうである。

その後、スピーチ・ランゲージ・セラピーというセラピーに出会った。そして、フィンドホーンへ。彼とは、フィンドホーンで出会ったわけでなく、その前に出会っているそうである。

フィンドホーンとキリスト教の違いの話になった。

「僕、不思議に思うんですけど、アイリーン・キャディのものとか読んでも、キリスト教と矛盾するものじゃないですよね。キリスト教との違いって何なんでしょう。」
「そうね、実践じゃないかしら。」
「実践。」
「そう、アイリーンは瞑想をしたでしょ。それでスピリチュアル・ガイダンスを得たでしょ。妖精とか女神とかとも話をしたでしょ。それはキリスト教では認められないわよ。」
「じゃあ、それ以外の教えの部分では、矛盾しないということですね。」
「うーん、そうね。あと、自然を大事にする活動かしら。キリスト教には、それはないでしょ。」
「でも、キリスト教徒でありながらエコロジーに関心を持つ人はいますよね。」
「うーん。」
「でも、エコロジーを積極的に推し進める教義はないということでしょうかね。」
「そうね。」
「あ、分かった!」
「何?」
「自然のスピリットを認めるかどうかだ。」
「そう、それ(にっこり)。」

「フィンドホーンという場所について何かを感じますか」と聞いたところ、「感じる」と言う。平和な感じ、ライフ・フォース(生命力)を感じると言う。日本ではまた全然違った、普通じゃない静けさを感じる場所があった。比叡山のあるお寺だそうである。

そこで、僕のメイン・サンクチュアリーの印象を話す。とにかく落ち着く。暖かい。静かだ。そして、昨日得たインスピレーションについても話す。

「私が感じるのは、タロットでいう「神官」よ。あなたのガイドをしているのは。」

いままで本当に色々な人に、宗教的な魂の霊が指導していると言われてきた。みんなが言うのだから、多分本当なのだろう。もちろん、その多くの人は僕が宗教学者であることを知っている。知らなかった人もいるけど。

お礼を言って、再び、シーフードのおいしかったバーに出かける。寒い。しかし、明るい。時間は8時近いが、太陽は水平線より20度くらいの位置にある。本当に9時か10時ころに暗くなって、3時か4時ころに明るくなるようである。白夜一歩手前?



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バーは混んでいた。宿の主人がカニがおいしいと言っていたそうなので、カニを所望するが、ないと言われる。仕方ないので、何か他をということになり、musselにする。何かの魚かなと思う。

バーの中では食べられなさそうなので、外のテラスで食べることにする。待っていても寒い。そして、出てきたのは魚ではなくムール貝だった。。。。



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しかも、大量のムール貝とパンだけである。

そうか、バーの店員が、「サーモンだと魚になっちゃうし、これも魚だし」とぶつぶつ言っていたのはこういうことか。僕が、魚ではないシーフードをほしがっていると思われたのだ。

写真を撮って食べようとする。

するとそれを見ていた人が、撮ってやると言う。そこで撮ってもらった(写真はトリミングしている)。



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さて、やけくそになってナイフとフォークでは食べにくいので手で食べるが、見る見るうちに冷えて行く。手も寒くなって行く。汁はバターと白ワインとクリームと見た。そこにレモンを搾ってかける。おいしい。しかし、店内で食べたら、もっとおいしかったかも。

海は非常にきれいである。



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こんなに寒くても子ども連れ家族でウィンド・サーフィンをやっている人がいた。



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