8月21日後半
プルート・ケイヴをあとにして再びマウント・シャスタの町に入る。時間的にはもう夕方近いが、サマータイムなのでまだ明るい。
まずビジター・センターに立ち寄ってみた。観光案内の小冊子にはその歴史やシャスタをめぐる伝説が紹介されている。その伝説の中に、ニューエイジャーたちの言う伝説のことものっていた。レムリア人の生き残りが地底都市を作っているという話である。以前からこの話をごく一般の人たちはどう思っているか気になっていた。というのも、日本にいるスピリチュアルな人たちはシャスタを特別視する中で、この地底都市のことにも言及することがあるからである。
あらかじめ僕のスタンスを話しておく。シャスタという土地に何か特別なものがある。そう感じる人がいる。そこまではいい。僕自身、シャスタ山に上り、そこが清々しく天国的な場所だということは分かった。しかし、地底都市があるという話は、さすがににわかには信じがたい。もしそのようなものが存在していたら、今日に至るまで一般人に隠されたままであるなんてことが可能だろうか。それともこの話は、霊的な話として解釈されるべきだろうか。つまり、普通の人には見えないし、感じられないけれど、シャスタにはレムリア人の霊が集合しており、それが特別な能力を持っている人には感じられるとか。
スピリチュアルな日本人と話していて、さらに不思議なのは、「なぜそんなに簡単に信じられるのか」だ。
しかし、日本人に関して言えば、多くの人と接触しているので、だいたいの答えはわかっている。それは「信仰」のように信じているわけではない、ということである。
「あるかもしれない」
「あってもいい」
「あるということにしておきましょう」
という感じではないかと思う。目くじら立てて「そんなものあるはずがない」というのは野暮な感じがする。しかし、そういうことについて本を書くようなコアな人は端的に「ある」というだろう。
現地のアメリカ人はどうなのだろう。
今いるのは観光案内所なので、中にいる人はまあ「普通の人」と見てよいだろう。
パンフレットを見せながら、案内の人(女性)に聞いてみた。
「こういう伝説は、いつごろから信じられているんですか。」
「そうですね、百年も前からかしらね。」
この答えを聞いて、しかしニューエイジャーが集まるようになってからのほうがより本格的に信じられるようになったのではないかと感じ、次のように質問する。
「ニューエイジャーたちが集まるようになったのはいつごろなんでしょうか。」
「ニューエイジャーだけじゃないわよ。ここは色々な人が集まるの。ニューエイジャーだけでなく、ネイティヴ・アメリカンもね」
ちょっとはぐらかされた感じだ。
「あなたは伝説を信じますか」
「ええ、信じるわ。でも、地底都市はちょっとね。」
レムリア人の子孫がこの地に渡ってきたということはありうるかもしれない。しかし、それが地底都市を築いているというのは、信じがたい。そういう雰囲気だと思った。すると、やはり現地の人も地底都市までは信じていない、ということになるだろうか。そう思って次のように質問する。
「信じている人は少ないですか。」
「いや、いっぱいいますよ。」
何となく、彼女の様子から、「この人、一体何が聞きたいんだろうか」という雰囲気がうかがえる。まあ、普通の観光客がいきなりこういう質問を連発することはないだろう。上の会話も何となくかみ合っていないことが分かるだろう。英語力の問題もあるかもしれない。「いつごろから~を信じる人が多くなってきたのか」ということを英語で聞くのは意外に難しい。About when did people in Mt. Shasta come to believe in the underground city? となるだろうか。頭では分かるのだが、こういう文章を一般会話では聞いたことがないので、ニュアンスも含めて伝わっているのかどうか怪しい。日本語の「なる」という言葉は厄介である。「From when…」などと言い始めようものなら、大変である。「ある時点から一斉にスタート」とみたいな感じになる。第一「そんなこと一概に言えるわけないだろう、だいたい私だって昔からここに住んでいるわけじゃないし」という反応も予想できる。ついたどたどしくなってしまう。
昨日の本屋の店員との会話も踏まえて考えるに、「信じるか」「信じられているか」と聞くことの野暮さがだんだん分かってきた。皆当惑する。
「他人の信念を否定したくない。信じる人は信じるのだから。それでいいじゃないか。なぜあなたはそんなことを聞くの、それをめぐって議論でもしたいの。議論したってしょうがないじゃない。」
こんなところではないだろうか。日本人だったら、もっと簡単に「そんなのあるはずない」と答える人がいるだろうと期待できる。逆に「あると思う」という人もまた気軽なのである。かといってどこまで真剣なのか分からない。
アメリカでは何となく「ある」「ない」とか「信じる」「信じない」ということを言うことに対するハードルのようなものを感じる。イギリスはもっと日本に近いような気がする。そして、出会った人に偏りがあることを勘案しても、もっと気軽にこういう会話ができていたと思う。ここでは、あるなしを言うことが自動的に他の信念を否定することになるのではないかという配慮のようなものを感じる。日本以上の相対主義である。いや、正確には多元主義と言ったほうがよいだろう。最終的には堅固な信念を持っているということが前提だが、しかしそれを簡単には表明しないという態度である。論争やトラブルを避けるという態度である。よく、ガイドブックなどでも宗教に関する話題はタブーとある。そういうこととも関係するのではないだろうか。
(書きかけです)
8月21日
朝食時に食堂で初老の日本人夫婦と出会う。聞けば、僕が滞在しているアルバニー市に住んでいるという。奥様は旅行業者でニューエイジやスピリチュアルなものに興味があるという。CIIS(カリフォルニア・インテグラル学院)、スピリット・ロック(リトリート・センターの一つ)などにも出かけているという。パートナーの男性は、サンフランシスコのジャパンタウンでソーシャル・ワーカーとして働いているという。奥様のようにスピリチュアルなものに関心がないのかと尋ねると、「仕事柄、死の現場を見てきているので、あえてスピリチュアルなものに手を出そうとは思わない」という返事が返ってきた。
その話を聞いて、自分が昨日感じた生と死の同居する厳しい自然というとらえ方にむしろ響いた。逆に、スピリチュアルなものに強く関心を抱き、シャスタを、エネルギーや、美しさという「生」のほうに解釈することの一面性をどこかで感じている。
さて、今日はどこに行くか。迷う。車に乗り込んでからも迷う。プルート・ケイヴに行くか、町のショップなどで人と話すか。今日はシャスタをあとにする日。帰りのことも考えて、また本来の研究の趣旨も考えて、町に行こうと決意する。
ところが、道を間違えてしまい、プルート・ケイヴに行く方向に向かってしまう。こういうのを「呼ばれた」と言うらしい。あとで、この話を人にしたら、やはり「呼ばれましたね」と言われた。
大きなフリーウェイから出て、何もない「高速道路」だか「一般道路」だか分からない道を行く。アメリカにはこの両者の区別があまりない。何もないところは自動的にフリーウェイとなる。これは、道の途中の開けた場所でとったパノラマ写真(Photoshopで加工)である。

ここにはジュピター・ヴァレーという名前がついていた。プルート・ケイヴといい、同一の人が名前を付けたのだろう。ここに宇宙を感じたのだろうか。もちろん、名所にもならないような荒涼とした土地だが、広さに圧倒される。
ここは砂漠なのか、砂漠ではないのか。どうにもよく分からない場所だ。恐ろしく強い太陽、ほとんど雨の降らない夏、雪の降る冬。こういう極端な気候のなかで、乾燥した地面に力強く根付く植物という興味深い組み合わせが育まれている。
道は分かりにくい。しかし、例のガイドブックに書いてある通りに行けば大丈夫。車の走行距離を睨みながら、指示通りのマイルを進んだところで曲がり角を見つけ、迷わずにたどり着いた。ナビもないのに自分としては珍しい。やはり呼ばれているのだろうか。
シャスタ山とプルート・ケイヴの立て札。

砂漠のような土壌に生える植物。針金のような茎。小さな蝶。

たったまま焦げ付いた木が多い。落雷だろうか。

僕の足音に驚いて岩陰に飛び込むトカゲ。

針葉樹にブルーベリーのような実が。ブルーベリーの味はしなかった。

駐車スペースのところで白人の老夫婦に会った。トレイルの入り口のところにあるケースのなかに置かれている説明書きを読んでいる。「洞窟まで3マイルもあるなんてとても行けないよ」と言っている。よく見ると、それは読み間違いだったので、それを指摘して、「僕も行くんだけれど、もし長くかかるようだったら途中で引き返すことにしたらいいのでは?」と提案した。僕が先に行って、彼らが恐る恐るついてくるという形になった。途中に赤いリボンが木の枝に結びつけられている。ときには赤いスプレーで矢印が木の幹に書きつけられている。こっちに進めばいいのだろうか、少し戸惑いながらその通りにする。持ってきたガイドブックの指示をメモしてきたものともいちおう符合する。結果として、戸惑いつつも、また迷わずに着いた。普通なら絶対に迷うところだろう。
小さな丘になったような、乾いた植物が生い茂るところに、洞窟の穴はあった。周りに何か目印があるわけではない。ふと、ぽっかりと穴が開いている。

これは秘密の場所だなあと思わされる。最初に見つけたアメリカ・インディアンは、何かそう簡単に足を踏み入れてはいけない場所だと感じただろう。もしかして落ちてしまった人もいたかもしれない。その場所についての言い伝えを聞いた人たちは、やはりそう簡単に近づこうとは思わなかっただろう。また、近づこうとしても、どこにあるかを探し当てるのは難儀だっただろう。
少し引き返して、老夫婦の様子を見に行く。そして、「こっちの方に洞窟がありますよ。でも、中に入るのはとても危険だと思います」と行って、また穴に向かった。
洞窟とはいっても、鍾乳洞とはまったく違う。水分がまったくない。砂漠のような砂にまみれた岩があるだけ。どれも渇いている。そのため、かえってすべりやすい。
入るやいなや、いきなり転落しそうになる。
思考が止まる。
見渡せば、巨石と砂ばかり。


「ああ……」と思わずつぶやき、一人で来たことを後悔する。もちろん、家族連れが子どもなどを連れてくるのはとうてい無理だろう。よく、観光名所になる鍾乳洞には階段や足場が整備されているが、果たしてこの洞窟にそのようなものを作ることが可能なのかどうかさえ定かではない。現代人の技術では不可能ではないにしても、これらの石を取っ払って、固定できる岩盤を探し当てる必要がある。しかし、誰がそんなことをしようと思うだろうか。よっぽど面白いものがあるわけでもないし。まず、観光地化は無理だろう。しかし、それがかえって、この洞窟から人を──いや、この洞窟を人から──遠ざけている。

またもやPhotoshopを使って、写真を合成して洞窟の大きさを表現しようとした。しかし、合成してしまうと、逆に小さく見えてしまう。このパノラマは縦2枚、横3枚の写真を、広角レンズでとったものを合成し、四角くなるようにトリミングしたものである。この作業を書けば、なかなかの大きさだと分かるが、書かないとかえって小さい穴と思われてしまうだろう。
慎重に下りてゆくと落書きがある。「IEKA TRIBE, No. 53, impd O.R.M., Sept. 8, 1917」

アメリカン・インディアンの残した落書きだろうか(?)。このときにはよく分からなかったが、あとで調べると、イエカ族というのはあるらしい(IKEAが引っかかってしまい調べにくかったが)。そのあとの「impd O.R.M.」は、「Improved Order of Red Men」という友愛団体のことらしい。この団体は、アメリカへの愛国心と民主主義の理念を尊重する「ネイティヴ・アメリカン」をサポートする団体のようである。
http://www.redmen.org/
つまり、1917年9月8日に愛国主義に燃えるイエカ族の人がここに自分たちの存在を主張したわけである。組織名なので、複数の人々によって落書きがなされたと考えられる。ブロック体の文字をペイントするためには、あらかじめ塗装するためのマスキングとなる型紙を用意しなければならない。ただこの落書きのためだけに複数の人々がここに来たとは考えられにくい。何らかの集会が開かれたのだろう。では、なぜここに? それはここが特別な場所だからである。しかし、われわれがつい考えがちな、白人に占領される前の独自の文化を持ったインディアンのスピリチュアルな儀礼などではないだろう。むしろ白人たちの提唱するアメリカの民主主義の理念を賞賛することで、かえってインディアンの部族を位置づけ、存続をはかろうとする政治的な運動の一部と見るべきである。
なお、ガイドブックにはここでは出産をおこなっていたともある。それをわざわざ特記するのは、洞窟=子宮=女性性を連想させるためであろう。

そんなことより(笑)、動物臭がすごい。気になる。身の危険を感じないといったらうそである。だが、動物の姿はまったくない。夜行性でないことは確か。コウモリの糞というわけでもない。砂はさらさらで糞は見当たらない。第一コウモリは夜行性だから昼間は洞窟の中で眠っていなければおかしい。一体どんな動物?
ガイドブックにも動物臭のことは書いてあるが、どんな動物かは書いていない。「気になるけれども、いちおう人が行けるところだし」とのんきに構えつつ、わざと「ああー!」と大きな声を出して見る。
無音。
耳を澄ますけれども、何の反応もない。多分、動物はいないだろう。匂いからして哺乳類と思われる。何だろう。やっぱり気になるが分からない。危害を加えない小動物であることを祈る。
あるネット上の写真共有サイトで書いている人によると、周囲に多数の熊の足跡を発見したとある。そして、大きな音を立てながら中に入っていったという。それを知っていたら、もっと動物の足跡に注意を払っていたし、何より一人で来ようとは思わなかっただろう。
http://www.flickr.com/photos/matthigh/sets/72157605441074464/
しかし、熊のような巨大な動物の糞はまったく見当たらない。いや、熊あたりになると自分の家で糞はしないか。やはり、どんな動物かは謎。とにかく、夜帰ってくる動物で、小型のもの。小型動物の糞は見かけたし。糞の形状は鹿のようなもの。そうであると願いたい。
入るやいなや、温度はがくんと下がって、持ってきたコットンのカーディガンとナイロンのウィンドブレーカーを着込む。懐中電灯もとり出す。
洞窟は、三つ天井に穴があって、暗くなったり、明るくなったりを繰り返す。それで説明書きなどには四つの洞窟があると書かれているが、正確には、一つの洞窟に、天井が崩落した部分が三つあると考えるべきだろう。



最後の洞窟まで来た。もうこれ以上は無理、暗闇の中、懐中電灯を片手に、残りの片手だけでロッククライミングをするようなもの。ヘッドランプだったら、もっと行けたかもしれない。
戻って、光と闇の中間のところで、座れるところを見つける。いちおう瞑想してみる。

右が闇、左が光の状態だ。

(パノラマ、向きが違うので左が光になっている。闇は暗いところ。写真では、闇は表現できない。)
せっかく来たのだから、ここでは瞑想をするべき。このときはそう考えていた。だが、どこかで、いったい自分は何をしているのだろうという疑問も持っていただろう。
瞑想らしきことを続けても、洞窟ならではの不安がどこかぬぐえない。今、考えると、それならば、恐怖と不安と悲しみの感情を見つめ、増幅させ、振り返る瞑想も「あり」だったと思う。
実際には、ただ、何も考えず瞑想に入って行った。
まったくの無音。
しかし、「音がない音」がする。今でも、あの「無音の音」の感覚は思い出せる。一番似ているのはひっそりとした夜の音。しかし、昼間の熱気がどこかから忍び寄ってくるので、それとも違う。
かすかに空気が流れる音だろうか。音とは言えない音がする。それと合わせて声を発してみる。低いと思ったが、自分には出せないほど高い音だった。そこで、それより1オクターブ低く発声してみる。しかし、声を止めると、この音は自分の声とはまったく似ても似つかない音だということが分かる。
無音の音に耳を澄ませる。
頭に色々な映像、次々に映像が浮かぶ。
雑夢(取るに足らない記憶にも残らない夢)のような感じがする。
やがて収まる。
ちょっと寝そうになって身体がぐらつくが、不安定なところに座っているので、居眠りしたら転落する恐れがある。それで、しゃきっと目が覚める。まるで禅の警策のようだ。いや、心理学の実験にある、ノンレム睡眠をしようとすると水に落ちるので、ノンレム睡眠をすることができないように仕組まれた猫のようかも。
しばらくして、ふと、右の闇のほうから〈小さく渇いた音〉がする。
何かいるのかと思って身構える。小石が落ちた音にしては、ちょっと上のほうだ。いわゆるラップ音の音に近い。
声を出してみる。
反応なし。
ラップ音だろうと思って、瞑想に戻る。
頭頂部から硬い冷たい鉄がズドーンと、しかしじわじわと流れてくる感じがする。
今まで感じたことのない感覚だ。
しばらくして、突然左の耳だけ、強い高音の音が貫くように発される。
思わず目を開けて、その方向を向いてしまう。
耳鳴りとは違う。聞いたことのないような音だ。僕は健康診断で、高音の周波数域では「難聴の疑いあり」と診断される。そのよく聞こえないはずの帯域の音ではないだろうか。だから、聞いたことがないのだろう。
目を開けたまま、ふと洞窟の模様が目に入る。自分は何をやっているんだろう。

「お前は誰だ」という声が頭に浮かぶ。
「お前は仏陀か」と聞かれたような気がするので、
「いやそんなんじゃない」と即答する。それは僕の望む姿ではない。
そのまま洞窟の模様を見ながら、「さあ、ここを出て、人と出会おう」と、ぼんやりと思う。
光の方へと歩き出す。

徐々に目が慣れてゆく。



いったいこの体験は何だったのだろう。あの時、あの声と対話をし続けていたらどうなっていたのだろう。僕はその対話を拒んだのだ。僕は仏陀にもなりたくないし、アセンディッド・マスターにもなりたくない。では、僕は何になりたいのか。
「私は前世で身近な人を捨てて出家をしましたが、それを後悔しています。現世では普通の生活をしながら、普通の人々の霊性をはっきりとした言葉で表現したいのです。」
つい、そんな妄想が浮かんでしまう。
そういう妄想を思い浮かべると、なぜか心臓のところだけ、汗ばんだような暖かい感じがしてくる。
外界の光は強い。灼熱の枯れた草たちが、僕を迎えてくれた。


シャスタ山とプルート・ケイヴの入り口のセット

朝食時に食堂で初老の日本人夫婦と出会う。聞けば、僕が滞在しているアルバニー市に住んでいるという。奥様は旅行業者でニューエイジやスピリチュアルなものに興味があるという。CIIS(カリフォルニア・インテグラル学院)、スピリット・ロック(リトリート・センターの一つ)などにも出かけているという。パートナーの男性は、サンフランシスコのジャパンタウンでソーシャル・ワーカーとして働いているという。奥様のようにスピリチュアルなものに関心がないのかと尋ねると、「仕事柄、死の現場を見てきているので、あえてスピリチュアルなものに手を出そうとは思わない」という返事が返ってきた。
その話を聞いて、自分が昨日感じた生と死の同居する厳しい自然というとらえ方にむしろ響いた。逆に、スピリチュアルなものに強く関心を抱き、シャスタを、エネルギーや、美しさという「生」のほうに解釈することの一面性をどこかで感じている。
さて、今日はどこに行くか。迷う。車に乗り込んでからも迷う。プルート・ケイヴに行くか、町のショップなどで人と話すか。今日はシャスタをあとにする日。帰りのことも考えて、また本来の研究の趣旨も考えて、町に行こうと決意する。
ところが、道を間違えてしまい、プルート・ケイヴに行く方向に向かってしまう。こういうのを「呼ばれた」と言うらしい。あとで、この話を人にしたら、やはり「呼ばれましたね」と言われた。
大きなフリーウェイから出て、何もない「高速道路」だか「一般道路」だか分からない道を行く。アメリカにはこの両者の区別があまりない。何もないところは自動的にフリーウェイとなる。これは、道の途中の開けた場所でとったパノラマ写真(Photoshopで加工)である。
ここにはジュピター・ヴァレーという名前がついていた。プルート・ケイヴといい、同一の人が名前を付けたのだろう。ここに宇宙を感じたのだろうか。もちろん、名所にもならないような荒涼とした土地だが、広さに圧倒される。
ここは砂漠なのか、砂漠ではないのか。どうにもよく分からない場所だ。恐ろしく強い太陽、ほとんど雨の降らない夏、雪の降る冬。こういう極端な気候のなかで、乾燥した地面に力強く根付く植物という興味深い組み合わせが育まれている。
道は分かりにくい。しかし、例のガイドブックに書いてある通りに行けば大丈夫。車の走行距離を睨みながら、指示通りのマイルを進んだところで曲がり角を見つけ、迷わずにたどり着いた。ナビもないのに自分としては珍しい。やはり呼ばれているのだろうか。
シャスタ山とプルート・ケイヴの立て札。

砂漠のような土壌に生える植物。針金のような茎。小さな蝶。

たったまま焦げ付いた木が多い。落雷だろうか。

僕の足音に驚いて岩陰に飛び込むトカゲ。

針葉樹にブルーベリーのような実が。ブルーベリーの味はしなかった。

駐車スペースのところで白人の老夫婦に会った。トレイルの入り口のところにあるケースのなかに置かれている説明書きを読んでいる。「洞窟まで3マイルもあるなんてとても行けないよ」と言っている。よく見ると、それは読み間違いだったので、それを指摘して、「僕も行くんだけれど、もし長くかかるようだったら途中で引き返すことにしたらいいのでは?」と提案した。僕が先に行って、彼らが恐る恐るついてくるという形になった。途中に赤いリボンが木の枝に結びつけられている。ときには赤いスプレーで矢印が木の幹に書きつけられている。こっちに進めばいいのだろうか、少し戸惑いながらその通りにする。持ってきたガイドブックの指示をメモしてきたものともいちおう符合する。結果として、戸惑いつつも、また迷わずに着いた。普通なら絶対に迷うところだろう。
小さな丘になったような、乾いた植物が生い茂るところに、洞窟の穴はあった。周りに何か目印があるわけではない。ふと、ぽっかりと穴が開いている。

これは秘密の場所だなあと思わされる。最初に見つけたアメリカ・インディアンは、何かそう簡単に足を踏み入れてはいけない場所だと感じただろう。もしかして落ちてしまった人もいたかもしれない。その場所についての言い伝えを聞いた人たちは、やはりそう簡単に近づこうとは思わなかっただろう。また、近づこうとしても、どこにあるかを探し当てるのは難儀だっただろう。
少し引き返して、老夫婦の様子を見に行く。そして、「こっちの方に洞窟がありますよ。でも、中に入るのはとても危険だと思います」と行って、また穴に向かった。
洞窟とはいっても、鍾乳洞とはまったく違う。水分がまったくない。砂漠のような砂にまみれた岩があるだけ。どれも渇いている。そのため、かえってすべりやすい。
入るやいなや、いきなり転落しそうになる。
思考が止まる。
見渡せば、巨石と砂ばかり。


「ああ……」と思わずつぶやき、一人で来たことを後悔する。もちろん、家族連れが子どもなどを連れてくるのはとうてい無理だろう。よく、観光名所になる鍾乳洞には階段や足場が整備されているが、果たしてこの洞窟にそのようなものを作ることが可能なのかどうかさえ定かではない。現代人の技術では不可能ではないにしても、これらの石を取っ払って、固定できる岩盤を探し当てる必要がある。しかし、誰がそんなことをしようと思うだろうか。よっぽど面白いものがあるわけでもないし。まず、観光地化は無理だろう。しかし、それがかえって、この洞窟から人を──いや、この洞窟を人から──遠ざけている。

またもやPhotoshopを使って、写真を合成して洞窟の大きさを表現しようとした。しかし、合成してしまうと、逆に小さく見えてしまう。このパノラマは縦2枚、横3枚の写真を、広角レンズでとったものを合成し、四角くなるようにトリミングしたものである。この作業を書けば、なかなかの大きさだと分かるが、書かないとかえって小さい穴と思われてしまうだろう。
慎重に下りてゆくと落書きがある。「IEKA TRIBE, No. 53, impd O.R.M., Sept. 8, 1917」

アメリカン・インディアンの残した落書きだろうか(?)。このときにはよく分からなかったが、あとで調べると、イエカ族というのはあるらしい(IKEAが引っかかってしまい調べにくかったが)。そのあとの「impd O.R.M.」は、「Improved Order of Red Men」という友愛団体のことらしい。この団体は、アメリカへの愛国心と民主主義の理念を尊重する「ネイティヴ・アメリカン」をサポートする団体のようである。
http://www.redmen.org/
つまり、1917年9月8日に愛国主義に燃えるイエカ族の人がここに自分たちの存在を主張したわけである。組織名なので、複数の人々によって落書きがなされたと考えられる。ブロック体の文字をペイントするためには、あらかじめ塗装するためのマスキングとなる型紙を用意しなければならない。ただこの落書きのためだけに複数の人々がここに来たとは考えられにくい。何らかの集会が開かれたのだろう。では、なぜここに? それはここが特別な場所だからである。しかし、われわれがつい考えがちな、白人に占領される前の独自の文化を持ったインディアンのスピリチュアルな儀礼などではないだろう。むしろ白人たちの提唱するアメリカの民主主義の理念を賞賛することで、かえってインディアンの部族を位置づけ、存続をはかろうとする政治的な運動の一部と見るべきである。
なお、ガイドブックにはここでは出産をおこなっていたともある。それをわざわざ特記するのは、洞窟=子宮=女性性を連想させるためであろう。

そんなことより(笑)、動物臭がすごい。気になる。身の危険を感じないといったらうそである。だが、動物の姿はまったくない。夜行性でないことは確か。コウモリの糞というわけでもない。砂はさらさらで糞は見当たらない。第一コウモリは夜行性だから昼間は洞窟の中で眠っていなければおかしい。一体どんな動物?
ガイドブックにも動物臭のことは書いてあるが、どんな動物かは書いていない。「気になるけれども、いちおう人が行けるところだし」とのんきに構えつつ、わざと「ああー!」と大きな声を出して見る。
無音。
耳を澄ますけれども、何の反応もない。多分、動物はいないだろう。匂いからして哺乳類と思われる。何だろう。やっぱり気になるが分からない。危害を加えない小動物であることを祈る。
あるネット上の写真共有サイトで書いている人によると、周囲に多数の熊の足跡を発見したとある。そして、大きな音を立てながら中に入っていったという。それを知っていたら、もっと動物の足跡に注意を払っていたし、何より一人で来ようとは思わなかっただろう。
http://www.flickr.com/photos/matthigh/sets/72157605441074464/
しかし、熊のような巨大な動物の糞はまったく見当たらない。いや、熊あたりになると自分の家で糞はしないか。やはり、どんな動物かは謎。とにかく、夜帰ってくる動物で、小型のもの。小型動物の糞は見かけたし。糞の形状は鹿のようなもの。そうであると願いたい。
入るやいなや、温度はがくんと下がって、持ってきたコットンのカーディガンとナイロンのウィンドブレーカーを着込む。懐中電灯もとり出す。
洞窟は、三つ天井に穴があって、暗くなったり、明るくなったりを繰り返す。それで説明書きなどには四つの洞窟があると書かれているが、正確には、一つの洞窟に、天井が崩落した部分が三つあると考えるべきだろう。



最後の洞窟まで来た。もうこれ以上は無理、暗闇の中、懐中電灯を片手に、残りの片手だけでロッククライミングをするようなもの。ヘッドランプだったら、もっと行けたかもしれない。
戻って、光と闇の中間のところで、座れるところを見つける。いちおう瞑想してみる。

右が闇、左が光の状態だ。
(パノラマ、向きが違うので左が光になっている。闇は暗いところ。写真では、闇は表現できない。)
せっかく来たのだから、ここでは瞑想をするべき。このときはそう考えていた。だが、どこかで、いったい自分は何をしているのだろうという疑問も持っていただろう。
瞑想らしきことを続けても、洞窟ならではの不安がどこかぬぐえない。今、考えると、それならば、恐怖と不安と悲しみの感情を見つめ、増幅させ、振り返る瞑想も「あり」だったと思う。
実際には、ただ、何も考えず瞑想に入って行った。
まったくの無音。
しかし、「音がない音」がする。今でも、あの「無音の音」の感覚は思い出せる。一番似ているのはひっそりとした夜の音。しかし、昼間の熱気がどこかから忍び寄ってくるので、それとも違う。
かすかに空気が流れる音だろうか。音とは言えない音がする。それと合わせて声を発してみる。低いと思ったが、自分には出せないほど高い音だった。そこで、それより1オクターブ低く発声してみる。しかし、声を止めると、この音は自分の声とはまったく似ても似つかない音だということが分かる。
無音の音に耳を澄ませる。
頭に色々な映像、次々に映像が浮かぶ。
雑夢(取るに足らない記憶にも残らない夢)のような感じがする。
やがて収まる。
ちょっと寝そうになって身体がぐらつくが、不安定なところに座っているので、居眠りしたら転落する恐れがある。それで、しゃきっと目が覚める。まるで禅の警策のようだ。いや、心理学の実験にある、ノンレム睡眠をしようとすると水に落ちるので、ノンレム睡眠をすることができないように仕組まれた猫のようかも。
しばらくして、ふと、右の闇のほうから〈小さく渇いた音〉がする。
何かいるのかと思って身構える。小石が落ちた音にしては、ちょっと上のほうだ。いわゆるラップ音の音に近い。
声を出してみる。
反応なし。
ラップ音だろうと思って、瞑想に戻る。
頭頂部から硬い冷たい鉄がズドーンと、しかしじわじわと流れてくる感じがする。
今まで感じたことのない感覚だ。
しばらくして、突然左の耳だけ、強い高音の音が貫くように発される。
思わず目を開けて、その方向を向いてしまう。
耳鳴りとは違う。聞いたことのないような音だ。僕は健康診断で、高音の周波数域では「難聴の疑いあり」と診断される。そのよく聞こえないはずの帯域の音ではないだろうか。だから、聞いたことがないのだろう。
目を開けたまま、ふと洞窟の模様が目に入る。自分は何をやっているんだろう。

「お前は誰だ」という声が頭に浮かぶ。
「お前は仏陀か」と聞かれたような気がするので、
「いやそんなんじゃない」と即答する。それは僕の望む姿ではない。
そのまま洞窟の模様を見ながら、「さあ、ここを出て、人と出会おう」と、ぼんやりと思う。
光の方へと歩き出す。

徐々に目が慣れてゆく。



いったいこの体験は何だったのだろう。あの時、あの声と対話をし続けていたらどうなっていたのだろう。僕はその対話を拒んだのだ。僕は仏陀にもなりたくないし、アセンディッド・マスターにもなりたくない。では、僕は何になりたいのか。
「私は前世で身近な人を捨てて出家をしましたが、それを後悔しています。現世では普通の生活をしながら、普通の人々の霊性をはっきりとした言葉で表現したいのです。」
つい、そんな妄想が浮かんでしまう。
そういう妄想を思い浮かべると、なぜか心臓のところだけ、汗ばんだような暖かい感じがしてくる。
外界の光は強い。灼熱の枯れた草たちが、僕を迎えてくれた。


シャスタ山とプルート・ケイヴの入り口のセット

「パンサー・メドウズ」で検索すると、「美しい」「この世とは思えない」「透き通った」「聖なる場所」という形容が出てくる。まあ、そうだろうなとは思うけれど、自然美で言ったら、日本には、これよりも美しい場所はいくらだってあるだろうと思う。
それよりも生きながら死んでゆくような木の姿に、生命のあり方をまざまざと見せつけられるような気がした。
パワースポットという言い方が、何らかの「パワー」信仰を含んでいるとしたら、それは生へと向かうベクトルを持つ「パワー」であろう。死を向くパワーというのはピンと来ない。「パワースポット」を目指してくる人たちは、「生」を向いているであろう。癒しとか、人生の転機とか。。。
僕は、ここでそれを追体験することはできなかった。つまり、生きるための力、パワーを与えられたり、癒されたりしたという実感には至らなかった。生でも死でもなく、善でも悪でもない、ただ「無」としか言えないものしか、感じられなかった。
正直に言えば、何も感じなかった(笑)。
わき水を発見する過程で、Mさんは、身体で水を感じようと、小川に手をつけたり、足で入ったりしている。とても楽しそうである。同行して、同じように水を手ですくったりしていると、そのワクワクと楽しんでいる感覚を共有できる。頭頂部に水を少し垂らすとよいとも言われ、やってみる。なるほど少しつんとするような感じがすると思っていると、Mさんが手に水をつけて、滴を僕の頭頂部に垂らしてくれた。そして、タッピングと称して、指先でとんとんと叩いてくれた。TFTと呼ばれるセラピーの流儀であろう。
道の途中で、青年に声をかける。ニュージャージー州から車で数日かけて来たという。口数少なく、ここは瞑想によい場所だと、ぼそりと言う。われわれ日本人一行は騒がしく映るだろう。彼は、気にせず道の途中で座り、瞑想の体勢に入ってゆく。

われわれは、最終的に目指すところである湧き水にはなかなかたどり着けなかった。登っているうちに砂地だらけのところに来てしまい、どこにあるのだろうという話になった。そこで、そろそろ降りるかという雰囲気になってきた。僕が、植物の生え方を見ていると、あの辺に湧き水があり、そこから小川が出ているはずだとアドバイスして、率先して探索してみる。すると、湧き水のあるところに出会えた。

Mさんからは、「われわれは感覚的に探していたけれど、植物の分布から推測するとはさすがだ」と言われた。Mさんは水を見ていたのだが、僕は木や植物を見ていた。ここには何か意味があるだろうか。Mさんは水を通して気のようなものやパワーのようなものを感じとろうとしていたように思う。僕は、生と死の交錯を植生のゾーニングのなかに見ていた。湧き水は死の世界に生をもたらす中心的な場所である。植物たちがそのありかを教えてくれた。まったく別の見方をすると、僕は、気やパワーのようなものを身に付けようとしていたのではなく、Mさんも含めてシャスタ山に集まる人たちの位置関係に気を配っていた。
もちろん、ある出来事が何を意味するかと問うのは、文字通りの因果関係を確定しようとしているのではない。仮に因果関係を探ることで、ものの見方に変化や多様性をもたらそうとしているだけだ。上のように考えることで、僕は自分が何をしているかについて反省しているだけなのだろう。

いずれにせよ、われわれは目的の湧き水を発見することができた。とても冷たい。宿の水よりも少し硬い。飲むと、もちろんおいしい。なぜだか頭がつーんとする感じだ。いま、この文章を書いていても、飲んだときの頭がつーんとする感じがよみがえってきた。

湧き水のところでオレゴンから7時間かけてきたという白人カップルに出会う。シャスタは9回目になるそうだ。彼の方は作家で、来年『約束された鍵』という本が出るという。聡明な人で、言葉が示唆に富んでいる。その本は、スピリチュアルなものだけでなく、政治や宗教や平和学にも言及しているという。HPを教えてもらう。いま、そのサイトを読むと、彼はアセンディッド・マスターにトレーニングを受け、体外離脱体験に長けているという。最新のブログでは体外離脱体験中に故マイケル・ジャクソンと交信したと書いている。他にも、ジョン・レノンやカート・コバーンとも。音楽の話もしておけばよかった。
その彼から、どうエネルギーを感じると聞かれ、正直困る。
「人間的なものを感じない」と答える。「日本のほうは場所の性質を細かく感じ取れるけれど、外国は慣れないと難しい」とも答えておいた。正直な答えである。たとえば、イギリスでのゴースト・ウォークのことを思い出しても、普通なら怖い場所であるはずなのだが、あまり怖いと感じないのである。まあ、あれは案内してくれた人が面白い人ばかりだったせいもあるけれど。
さあ、パワースポットのシャスタですよ!と言われても、「パワーか。ピンと来ないなあ。ここはただひたすら静かなゼロの場所ですよ。」という感じだったのだ。
日本の神社などではたまにとても人間的な感じの神的なエネルギーを感じる。それに対して、シャスタではそういうものを感じない。よく言えば、それを超えている。悪く言えば、僕にはそれを感じられない。
スピリチュアルになり切れない自分を見つめながら、来た道を戻る。駐車場に戻るともう3時である。同行の人たちとマウントシャスタで昼食をとって、宿方面へ戻る。
そして宿から近いマクラウドの滝へ。ロウワーフォールからミドルフォールまで上る。


ミドルフォールに虹が架かっていた。
何となく気になったものを写真に撮る。今日は、木ばかりが気になる。いつの間にか同行の人たちより遅れがちになり、一人になる時間が多くなる。


木は、生と死が分離できないということを教えてくれる。成長し、天近くまで延びる。風雪にさらされ、弱ると虫害に悩まされ、苔が表皮を覆い尽くす。倒れても、なお死なない。ゆっくりと時間をかけて、腐食菌や虫によって自然に帰る。その回りには巨大な松ぼっくりが転がっている。木は、子孫をまき散らすが、そのほとんどはそのまま朽ち果てる。人間の生死も本質的には同じようなものだ。生きているうちから死にかけている。しかし、死んだからと言って、すべてがなくなるわけではない。魂は肉体から離れて存在し続けるという考え方もあるが、少なくともこの世の視点から見ると、死後は木のように、何かが残る。人が死んでもその周りには、何かが残っている。記憶にも残る。故人の記憶はゆっくりと解体してゆく。それを記憶している人が次第にいなくなる。木は、こうした何もかもが魂の有り様とそっくりだ。木は、シャスタ山のエネルギーを、生命という形に具現化している。人間だってそうではないか。木は、生と死の象徴だ。だから、僕は、シャスタ山眼下の森を見たとき、何とも言えなく、切なくなったのだ。
同行していた人たちから少し離れて歩きながら、こんなことを考えていた。


宿に帰る。女性オウナーからなぜ来たのかと尋ねられる。何か秘めたことがあるのですか、と尋ねられる。一瞬頭の中を内心の色々な秘め事が駆け巡るが(笑)、普通に昨日のブログに書いたようなこと、つまりシャスタなどのパワースポットと呼ばれる場所をめぐる自分の動機について答える。つまり、なぜ人々が集まるか、集まる人々の動機や心理、その背景にあるライフヒストリーはどのようなものか、といった関心である。
オウナーは、「それなら、ここは格好の場所ですよ。Staretsさんの知りたいようなケースにこと欠かない場所ですから。ありえない偶然に導かれて、ここに来る人とか、理由がまったくわからないまま、とにかくここに来なきゃならないと言う人が、もうたくさん世界中から来るんですよ」、という。チャネラーである女性オウナーは、インスピレーションに導かれて、無一文でここに来て、たまたま宿を経営することになったという。ブログ参照。http://blog.livedoor.jp/stoneybrookinn/archives/2005-02.html?p=3#20050208
そこへ、お世話になっていたガイドブックの著者が3人の日本人を連れて到着した。日本人は3人とも女性で、20~30代くらいだろうか。でかいトランクを持っている。これから短い滞在のあいだにコンパクトに色々なところを回るのだろう。そして、元の日本の日常に帰ってゆくのだろう。表情は、打ち解けると明るいんだけれど、今は疲れている、知らない人にはあえてこちらからは話しかけない、といったところか。本当は少しくらい挨拶すればよかったと思うが、何とも話しかけづらい。さあ、スケジュールがつまってますよという感じで。
オウナーがお客さんの相手をしているときに、それまでオウナーと話していた日本人女性のYさんとお話ができる。観光ビザで、ニューエイジ関係のお店で90日間給料なしでお手伝い、そのかわりにただで滞在するという形で毎年来ているという。それほど深い話はできず終了。
夜も遅い。それにしても、今日1日で色々な人と話をした。色々な話を聞きすぎた。明らかに消化不良である。とても今日中にブログにはかけないと思い、寝ることにする。
それよりも生きながら死んでゆくような木の姿に、生命のあり方をまざまざと見せつけられるような気がした。
パワースポットという言い方が、何らかの「パワー」信仰を含んでいるとしたら、それは生へと向かうベクトルを持つ「パワー」であろう。死を向くパワーというのはピンと来ない。「パワースポット」を目指してくる人たちは、「生」を向いているであろう。癒しとか、人生の転機とか。。。
僕は、ここでそれを追体験することはできなかった。つまり、生きるための力、パワーを与えられたり、癒されたりしたという実感には至らなかった。生でも死でもなく、善でも悪でもない、ただ「無」としか言えないものしか、感じられなかった。
正直に言えば、何も感じなかった(笑)。
わき水を発見する過程で、Mさんは、身体で水を感じようと、小川に手をつけたり、足で入ったりしている。とても楽しそうである。同行して、同じように水を手ですくったりしていると、そのワクワクと楽しんでいる感覚を共有できる。頭頂部に水を少し垂らすとよいとも言われ、やってみる。なるほど少しつんとするような感じがすると思っていると、Mさんが手に水をつけて、滴を僕の頭頂部に垂らしてくれた。そして、タッピングと称して、指先でとんとんと叩いてくれた。TFTと呼ばれるセラピーの流儀であろう。
道の途中で、青年に声をかける。ニュージャージー州から車で数日かけて来たという。口数少なく、ここは瞑想によい場所だと、ぼそりと言う。われわれ日本人一行は騒がしく映るだろう。彼は、気にせず道の途中で座り、瞑想の体勢に入ってゆく。

われわれは、最終的に目指すところである湧き水にはなかなかたどり着けなかった。登っているうちに砂地だらけのところに来てしまい、どこにあるのだろうという話になった。そこで、そろそろ降りるかという雰囲気になってきた。僕が、植物の生え方を見ていると、あの辺に湧き水があり、そこから小川が出ているはずだとアドバイスして、率先して探索してみる。すると、湧き水のあるところに出会えた。

Mさんからは、「われわれは感覚的に探していたけれど、植物の分布から推測するとはさすがだ」と言われた。Mさんは水を見ていたのだが、僕は木や植物を見ていた。ここには何か意味があるだろうか。Mさんは水を通して気のようなものやパワーのようなものを感じとろうとしていたように思う。僕は、生と死の交錯を植生のゾーニングのなかに見ていた。湧き水は死の世界に生をもたらす中心的な場所である。植物たちがそのありかを教えてくれた。まったく別の見方をすると、僕は、気やパワーのようなものを身に付けようとしていたのではなく、Mさんも含めてシャスタ山に集まる人たちの位置関係に気を配っていた。
もちろん、ある出来事が何を意味するかと問うのは、文字通りの因果関係を確定しようとしているのではない。仮に因果関係を探ることで、ものの見方に変化や多様性をもたらそうとしているだけだ。上のように考えることで、僕は自分が何をしているかについて反省しているだけなのだろう。

いずれにせよ、われわれは目的の湧き水を発見することができた。とても冷たい。宿の水よりも少し硬い。飲むと、もちろんおいしい。なぜだか頭がつーんとする感じだ。いま、この文章を書いていても、飲んだときの頭がつーんとする感じがよみがえってきた。

湧き水のところでオレゴンから7時間かけてきたという白人カップルに出会う。シャスタは9回目になるそうだ。彼の方は作家で、来年『約束された鍵』という本が出るという。聡明な人で、言葉が示唆に富んでいる。その本は、スピリチュアルなものだけでなく、政治や宗教や平和学にも言及しているという。HPを教えてもらう。いま、そのサイトを読むと、彼はアセンディッド・マスターにトレーニングを受け、体外離脱体験に長けているという。最新のブログでは体外離脱体験中に故マイケル・ジャクソンと交信したと書いている。他にも、ジョン・レノンやカート・コバーンとも。音楽の話もしておけばよかった。
その彼から、どうエネルギーを感じると聞かれ、正直困る。
「人間的なものを感じない」と答える。「日本のほうは場所の性質を細かく感じ取れるけれど、外国は慣れないと難しい」とも答えておいた。正直な答えである。たとえば、イギリスでのゴースト・ウォークのことを思い出しても、普通なら怖い場所であるはずなのだが、あまり怖いと感じないのである。まあ、あれは案内してくれた人が面白い人ばかりだったせいもあるけれど。
さあ、パワースポットのシャスタですよ!と言われても、「パワーか。ピンと来ないなあ。ここはただひたすら静かなゼロの場所ですよ。」という感じだったのだ。
日本の神社などではたまにとても人間的な感じの神的なエネルギーを感じる。それに対して、シャスタではそういうものを感じない。よく言えば、それを超えている。悪く言えば、僕にはそれを感じられない。
スピリチュアルになり切れない自分を見つめながら、来た道を戻る。駐車場に戻るともう3時である。同行の人たちとマウントシャスタで昼食をとって、宿方面へ戻る。
そして宿から近いマクラウドの滝へ。ロウワーフォールからミドルフォールまで上る。


ミドルフォールに虹が架かっていた。
何となく気になったものを写真に撮る。今日は、木ばかりが気になる。いつの間にか同行の人たちより遅れがちになり、一人になる時間が多くなる。


木は、生と死が分離できないということを教えてくれる。成長し、天近くまで延びる。風雪にさらされ、弱ると虫害に悩まされ、苔が表皮を覆い尽くす。倒れても、なお死なない。ゆっくりと時間をかけて、腐食菌や虫によって自然に帰る。その回りには巨大な松ぼっくりが転がっている。木は、子孫をまき散らすが、そのほとんどはそのまま朽ち果てる。人間の生死も本質的には同じようなものだ。生きているうちから死にかけている。しかし、死んだからと言って、すべてがなくなるわけではない。魂は肉体から離れて存在し続けるという考え方もあるが、少なくともこの世の視点から見ると、死後は木のように、何かが残る。人が死んでもその周りには、何かが残っている。記憶にも残る。故人の記憶はゆっくりと解体してゆく。それを記憶している人が次第にいなくなる。木は、こうした何もかもが魂の有り様とそっくりだ。木は、シャスタ山のエネルギーを、生命という形に具現化している。人間だってそうではないか。木は、生と死の象徴だ。だから、僕は、シャスタ山眼下の森を見たとき、何とも言えなく、切なくなったのだ。
同行していた人たちから少し離れて歩きながら、こんなことを考えていた。


宿に帰る。女性オウナーからなぜ来たのかと尋ねられる。何か秘めたことがあるのですか、と尋ねられる。一瞬頭の中を内心の色々な秘め事が駆け巡るが(笑)、普通に昨日のブログに書いたようなこと、つまりシャスタなどのパワースポットと呼ばれる場所をめぐる自分の動機について答える。つまり、なぜ人々が集まるか、集まる人々の動機や心理、その背景にあるライフヒストリーはどのようなものか、といった関心である。
オウナーは、「それなら、ここは格好の場所ですよ。Staretsさんの知りたいようなケースにこと欠かない場所ですから。ありえない偶然に導かれて、ここに来る人とか、理由がまったくわからないまま、とにかくここに来なきゃならないと言う人が、もうたくさん世界中から来るんですよ」、という。チャネラーである女性オウナーは、インスピレーションに導かれて、無一文でここに来て、たまたま宿を経営することになったという。ブログ参照。http://blog.livedoor.jp/stoneybrookinn/archives/2005-02.html?p=3#20050208
そこへ、お世話になっていたガイドブックの著者が3人の日本人を連れて到着した。日本人は3人とも女性で、20~30代くらいだろうか。でかいトランクを持っている。これから短い滞在のあいだにコンパクトに色々なところを回るのだろう。そして、元の日本の日常に帰ってゆくのだろう。表情は、打ち解けると明るいんだけれど、今は疲れている、知らない人にはあえてこちらからは話しかけない、といったところか。本当は少しくらい挨拶すればよかったと思うが、何とも話しかけづらい。さあ、スケジュールがつまってますよという感じで。
オウナーがお客さんの相手をしているときに、それまでオウナーと話していた日本人女性のYさんとお話ができる。観光ビザで、ニューエイジ関係のお店で90日間給料なしでお手伝い、そのかわりにただで滞在するという形で毎年来ているという。それほど深い話はできず終了。
夜も遅い。それにしても、今日1日で色々な人と話をした。色々な話を聞きすぎた。明らかに消化不良である。とても今日中にブログにはかけないと思い、寝ることにする。
