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8月20日

 睡眠時間が短いにもかかわらず、朝7時前くらいに一度ぱっと目が覚める。そして、メッセージ性のある夢を見る。自分の身の回りの人間関係について示唆を与えてくれるような夢だった。

 朝食を食べに食堂に行く。昨晩見かけた日本人グループの人たちに話しかける。たまたま話しやすそうだと思ったのが、そのグループの旅行の発起人のような中心的人物であったことが後から分かる。勘は鈍っていない。

 その人は40代後半の男性で、香港で金融業をしていた方である。宇宙の法則にのっとった取引を心がけると上手く行くということを発見。そこから精神世界へ入ってゆく。その後、古神道の指導者から、かねてより予言していた後継者だと指名され、急に後を継ぐことになる。独自の理論にもとづいて、世界中のレイラインをめぐっている。シャスタはその一つだという。神事に用いた水と木を持ってきている。それを、シャスタに流し、シャスタの水を持ち帰る。それをどこにするか探す旅だという。

 何とまあ、心躍るような、まるで冒険ゲームのような素敵な旅だと思う人もいれば、少し変わった人たちだと思う人もいるだろう。自分は主観的には前者なのだが、一般的には後者の人が多いだろう。

 どこに行くか話していて、いったん朝食が終わり、荷造りのために別れたのだが、再び廊下で出くわすと、示し合わせることもなく同時にパンサー・メドウズに行くことを決めていたことが分かる。結果として同行することになる。互いに迷惑にならないか探り合っており、行く先が同じなら同行しましょうと話しあっていた矢先である。こういう偶然の一致は、スピリチュアルな人にとってはたまらない。何か意味のある偶然ではないか。この人とは話があう、分かりあえる、そんな気持ちになれる。

 もちろん、冷めた人に言わせれば、パンサー・メドウズはシャスタ山で車の行ける中腹でわき水もある、いかにも代表的な場所なのだから一致する確率は十分高いということになるだろう。

 また、パンサー・メドウズに行くことになったのは、宿の日本人男性スタッフの勧めもある。そして、二人ともこの男性スタッフに同じようにパンサー・メドウズを勧められた可能性が高い。僕自身、他に行くよりもまずパンサー・メドウズに行くべきだと強く勧められた。彼によれば、そこは「天国そのもの」だという。

 話は飛ぶが、この男性スタッフが、行く先の相談のときに彼自身がシャスタに来た理由を話してくれた。女性オウナーと知り合い、電話でチャネリングをしてもらっていたのだが、急にシャスタに行かなくちゃと思い、経営していた会社を処分、シャスタへ猫一匹で駆けつける。「自由でいいんだ、何でもありなんだ、ということをシャスタで確信した」と強調していた。後から、この男性スタッフと女性オウナーは結婚関係にあったことが分かる。しかし、このときはすでに離婚して1年ほど経っていたそうだ。

 さて、日本から来ている5人組に話を戻そう。リーダー的だと僕が見定めた男性を仮にMさんとしておくと、Mさん以外の他のメンバー4人はみなMさんの知り合いである。一人は、バリでMさんと一緒に住居を建てた写真家。もう一人は、ある心理学関係(といっても主流の心理学ではない)の講座をMさんと学んだ女性、そしてその女性の旦那さんと4歳の息子さん。4歳の子を除けば、皆30代くらいだろうか。そして、Mさんのみ40代ということになる。

 彼らの車の後を追いかけて、パンサー・メドウズへ向かう。ここは、富士山で言えば5合目くらいだろうか。シャスタ山の中でも車で行ける高地である。実際にぎりぎり車でいけるのは、ここのちょっと上の駐車場までである。

 向かう途中、針葉樹が眼下に開ける。



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(この写真は実際には山を下りるときに撮った写真)



 これは富士山で言えば樹海だろうか。もちろん、樹海のようなうっそうとした感じではなく、細くて高い木がそびえ立っていてからっとした感じがする。それを見たとき、何とも言えない感じが込み上げて、思わずカーステを止めた。何だか切ないようなキュンとする感じだ。ここで泣こうと思えば、いくらでも泣けそうだ。

 よく「パワースポット」と呼ばれるところに出かけたスピリチュアルな人たちが、感想として述べることに、「理由もなく涙が止まらなくなりました」というのがある。

 「これがそうか……」と思う。僕が、どっぷり趣味でパワースポット巡りをしていたのだったら、ここはもちろん泣くところである。

 しかし、「ああ、今、自分は泣こうと思えば泣けそうな気持ちにいるな。これが理由もなく涙が止まらない人たちの気持ちなんだ」と、それを別の視点から眺めている自分がいる。

 宗教学者の性(さが)だなぁ、とも思う。また、それを冷静に自覚している自分がいる。そういう宗教学者としての自覚を、ブログを書きながら振り返っている自分がいる。一体、どこまでメタレベルに上ればいいんだとツッコミを入れている自分がいる。

 もう、ここら辺にしておこう。こんな瑣末なことをわざわざ書くのは、他でもない、これを書いている僕という人間が、単に趣味でパワースポットを回っているのではないということをほのめかすためである。うん、これもメタ的な語りだ。

 パンサー・メドウズの駐車場に到着。少し迷いながら、トレイルに入る。



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(写っているのは前を歩くMさん)



 土壌は砂利である。車ですっと行けてしまうので、標高が実感できなかったが、砂利だらけの道を見ると高いことが分かる。そこに点在する高山植物。そして厳しい自然に耐える針葉樹。日本でよく見る松より葉がとがっていないように見えるが、松の一種だろうか。それとも杉の一種だろうか。




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(若木のアップ)



 ここは、冬は雪に閉ざされ、夏は雨が少ない。そして高地である。厳しい環境だが、わき水があるために、それが小川となって流れているところだけ湿地帯になる。



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 木は、厳しい気候に耐えて、闘っているようにも見える。偏った的外れな見方かもしれないが、何かシャスタ山全体が、砂漠の中の巨大な立体的オアシスのように感じる。そして、ここパンサー・メドウズは、黄緑のタワシのような苔や虫に侵食されて朽ち果てる木と、生長する若木、すべてが同居している、境界の世界だ。植生のゾーニングが入り交じっている。そして、このうえは木のない砂地が続くのが見える。死の世界なのだ。



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(つづく)
(タイトルの日付と、ブログアップロードの日付が違いますが、タイトルの日付は内容の日付です。)

 この8月から2月まで7ヶ月間、アメリカのサンフランシスコ付近のバークレー(家はアルバニー)というところに客員研究員として滞在する。家探しから、銀行口座開設やら、毎日毎日手続きや契約だらけの3週間ちょっとが過ぎているが、このブログの趣旨に合わないので紹介しない。

 今日から、2泊で、カリフォルニア北部のシャスタ山に滞在する。シャスタ山は日本でもパワースポットとして有名な場所である。しかし、なぜそれほど話題になるのか。今一つよく分からない。レムリア大陸の生き残りがたどり着いた場所だとか、今も地底に彼らの都市があるなどいう伝説がある。UFOが目撃されたとも。しかし、それだけでわざわざ日本からも訪問する人がいるということの説明はつかない。

 しかし、グラストンベリー、フィンドホーンと見てきて思うのは、人は遠く離れた不思議な魅力を持つ土地に出かけるときに、なぜそこに出かけるのか、なぜそこに魅力を感じるのかを、あらかじめ十分に知っているわけではないということである。なぜなら体験する前からどんな体験をするかを知ることはできないからである。しかし、何かを期待してゆく。そして、だいたいその期待した何かに触れるものを体験する。「ずばり」期待にあうものを体験するのではなく、「かする」程度のことを体験する。そして、それは謎となる。次にその謎解きが始まる。謎は後から次第に意味付けられ、人生のなかに位置づけられる。

 これまでで分かっているのはこのような形式的なことだけである。体験の内容は千差万別である。人によって色々な物語がある。しかし、多くは「変化」の物語である。とにかく僕はそういう物語を集めなければならない。なぜと聞かれると困るが、物語が集まってからその答えは分かるだろう。取りあえず、人が「パワースポット」に触れてどのように「変化」するのかを知りたい、と答えておけば十分である。もちろん、鉤括弧は学者としての留保である。

 どちらにしても、シャスタ山はニューエイジャーやスピリチュアルな人々にとって重要なスポットである。そのようなスポットは、ニューエイジやスピリチュアリティを研究する僕にとって、いちおう知っておかなければならない場所である。しかも、長期滞在の場所から4時間程度である。何回か訪れることになるだろう。日本に帰ってしまったらいつ訪れられるか分からない。

 慣れない左ハンドル、右車線走行、ヒヤリハット(自動車教習所や警察署で言われる事故一歩手前の主観的危険)を繰り返しながら、そして休憩を入れながら何とかたどり着く。



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ノーファインダーであてずっぽうに撮った写真、奥に見えるのがシャスタ山



 宿はマウントシャスタの手前横を行ったマクラウドという町にある日本人経営のB&Bである。男女の経営者が迎えてくれた。女性のほうはチャネラーらしい。が、そういう話はいきなりしなかった。男性の方からマクラウドという町は警察もなければ泥棒もないこと、ハイスクールは5人しかいなくて、おじいちゃんおばあちゃんと父母と一緒に暮らしていて、どこにも目が行き届いているので悪いことができないということ、もちろん東洋人は僕らだけ、という話を「どばっ」と聞く。そこで、いつ、どこから、どうして、しかもなぜここに、あなたは来たのですか、と畳み込めないのが僕の性格である。もう少しこの人の性格を知ってから、と思ってしまうのである。それに、まだ4時くらいで明るい(サマータイムなので日没は9時近く)ので、何かを見てみたいと思うので、話を切り上げて、ちょっと戻ったダンズミューアの近くにあるモスブレー滝に行くことにする。

 あらかじめ断っておくが、今回の旅は『パワースポット シャスタ山の歩き方』という本(詳細は書名で検索してほしい)に全面的に依拠している。というか、これ以外に日本語のガイドになる本はないので、これに頼るしかない。写真が美しく、情報が過不足なく載っているという印象があり、頼りになる。シャスタを訪れる日本人のほとんど全員がこの本を読んでいるのではないだろうか。以下、「ガイドブック」と呼ぶ。

 逆に日本人のシャスタ訪問者のほとんどがベースとしているはずなので、これを押さえておけば、彼らがどのようにシャスタを経験するのかを整理することが容易なはずである。

 これとは別の情報源としては、レムリアとの関係を扱った本や、I AM ファウンデーションという団体を中心に出てきた「アセンディッド・マスター」がチャネラーを通じて語ったとされる複数のメッセージ本などがあるが、訪問者にどの程度浸透し、受け入れられているのか分からない。これについても聞き込んでゆきたい。

 とりあえず、今日は、モスブレー滝を見に行く。迷いながら出発点となる駐車場に着く。映画『スタンド・バイ・ミー』の舞台となったサザン・パシフィック鉄道の上を歩いてゆく。



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 なぜ線路の上を歩けるかというと、1日にほんの数本しか貨物列車が通らないという線路だからである。

 と思って油断していたら、いきなり車が線路の上を走ってきたのでびっくりした。



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 10代くらいと思われる若いカップルとすれ違う。彼はびしょぬれで、「泳いだの?」と明るく聞いたら、「ええ」と答えられる。実は自分も水着を持ってきている。

 ガイドブックによると、20分歩くと鉄橋の手前の茂みから降りられるとある。20分歩いてもなくて、結局30分経って発見した。石の上が歩きにくかったので枕木の上を歩いたのと、写真をとったせいもあるだろう。

 鉄橋の上を試しに歩いてみたが、下を見て、またもびびった。鉄網があるだけではるか下は川。しかもその鉄網を支えているのは「木」。橋も上の構造の部分は木造である。渡りきらずに帰って、滝のほうへ降りる。



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 モスブレー滝は名前の通り、コケ(moss)が生えた山腹(brae)を伝うように落ちる滝で、細く長い滝が連続してヨコに広がるような形状をしている。



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 降りたら、しっかりと三脚を構えて写真を撮っている人がいた。

「やあ、一番いいときに来たね。僕は、この時間が来るのを待って、ずっとここにいたんだ。今、光がちょうどあっちから来るときなんだ。」

 滝に向かって右、見る人のやや後方に太陽が来ている。そして、滝にはきれいな虹が架かっている。そこで僕は、

「神に感謝します。滝の神に。神か女神か分からないけれど。」

と、答える。ガイドブックには「女性的なエネルギーを感じさせる繊細な姿」とある。僕もどちらかと言えば、女神が住んでいるような気がする。今、写真を見ていると複数いるような感じがする。中に入ればハーレム状態だろうか(笑)。

 「神か女神か」という言葉に対して、例のカメラマンの反応は鈍い。おそらくここが「パワースポット」をうたったガイドブックに載っているなどということを知らないだろう。

 三脚で撮った写真は、つなげてパノラマにしたいと言っていた。明るくフレンドリーでちゃんとした感じの人だったので、アドレスを教えて送ってほしいとお願いした。

 自分でも三脚はないが手持ちでやってみた。



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 脚をまくって水の中に入ってみる。冷たい。ガイドブックには“地元の人が滝の向こうまで泳げると言っていたので、今度水着を持ってこようと思った”とあるが、こんなに冷たいのに泳げるのだろうか、もう5時近くだから寒いのかなと思った。カメラマンに聞くと、さっきすれ違ったカップルのうち男の子は、崖の途中まで昇って飛び込んでいたと証言した。「信じられない」と返した。いや、まったく信じられない。

 が、結局カメラマンがいなくなってから、いても立ってもいられなくなり、服を脱いで水着を着てしまった。行けるところまで行ってみようと思ったのである。ぎりぎりまで近づいて写真をとる。



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 これ以上近づくとカメラが濡れてしまう。岩が苔ですべりやすいのと流れがあるのとで、水のなかにある岩に座り込んで撮った。もう腰まで濡れている。カメラを置いて、さらにもぐろうかと思ったら、大型犬のラブラドールとグレートデーンを連れた二人の青年がやってきた。そして、そのうちの上半身が裸になっている人がいきなりざぶざぶと泳ぎ出す。飼い犬は足はつけるが、寒いのか、怖いのかそれ以上は入ろうとしない。



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 負けじと自分も泳いでみる。泳ぐけれど相当流される。水温が普通だったらもっとがつがつ泳げるけれど、冷たいので上手く動かない。頭の中は半分パニック。滝の手前に大きな岩があり、そこに何とかしがみつく。その向こうに行こうと思うが、完全に足がつかない。もぐってみる。流される。泳いでまた岩にしがみつく。再度頑張って、滝を頭の上から浴びてみる。半分おぼれているんじゃないだろうかという気がしてくる。そう思われたらいやなので、そのまま下流の岸へ向かって泳いで上陸する。当然、写真はない。上がったところを撮ってもらった。



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 笑顔だが、その後身体を拭いていると、脚ががくがくと震えている。

 ゆったりと泳いでいる地元の青年は毎朝ここで泳いでいるそうだ。

 その後、もう一人の青年が、木の枝を滝に投げ入れ、犬がざぶざぶ入り始めた。スピリチュアルな人ならゆっくり瞑想するべき場所だが、できるわけがない。身体も寒いし。サンフランシスコと違い、摂氏で30度以上ある暑さだが、水着をはじっこで脱いで着替えて、持ってきていた長袖シャツを着込む。



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あたかも満身創痍の表情である。



 青年たちに別れを告げ、小道を上がる、青年たちは横にずれて別の二人の青年たちと合流する。藻草のようなマリ○ァナの匂いが立ちこめている。

 線路を戻り、車を走らせ、マウントシャスタの町へ。



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 夕方で多くの店が閉まっていたが、カフェ併設の書店が開いている。普通の本も置いてあるが(児童書とガイドブック関係)、ニューエイジ全般が3分の2を占める。



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 店員に、伝説本について聞く。店員は信じていない。どちらかというと懐疑的。信じるのはよいと思うという。僕が宗教学を研究しており、ニューエイジを信じるというより、社会学的に見ているというと、興味を持ってくれ、カフェに座っていれば、どういう人がこういう本を好むのか分かるといってくれる。明日また来るといって別れる。

 ドライブと川泳ぎで疲れてイタリア料理を食べる。スパゲティだが、スープとパンがつき、食べ終わったらお替りを持ってきてくれ、申し訳ないのでエスプレッソを頼んだが、全部で12ドルだった。

 満腹になって宿に帰ると、日本人の中年男性3人と女性1人、男の子ども1人がロビーにいて、女性経営者の説明を聞いている。ロビーにおいてあるチラシを取りに行くと、「トラウマ」がどうこうという言葉が聞こえてくる。プリントを読んで他の人に紹介している。誰かにリーディングしてもらったものを読んでいるのだろうか。明らかにスピリチュアルな人たちだ。本当は話しかけたかったが、疲れているのだろうか、話しかけてほしくないようなオーラを感じる。僕が、サウナの説明をしてもらったあと、ロビーに行くと、解散して各自の部屋に入って行ってしまった。まあ、10時近いし、引き止めるのはお子さんがかわいそうだ。

 今日は早く寝ようと思っていたが、このブログのメモを書いていたら、もう3時近く。4時間近く書いてしまった。明日は、写真と手書きのメモをこまめにとって、ブログ書きはセーブしよう。
久しぶりのブログアップ。海外のパワースポットよりも、近場の秩父のほうが落ち着ける、ということは、分かっていた。

夏からはアメリカである。アメリカに行く前に一度でいいから秩父に行きたかった。梅雨はいつ雨になるか分からない。平日の金曜日だが夕方駆け込むように、秩父第31番の観音院に参拝した。

秩父巡礼は、機会があったら一つずつ訪れるようにしている。今回、ここを訪れたのは、季節柄、紫陽花の名所だからだ。

概要はこちらのサイトを見てほしい。
http://www.geocities.jp/fudasyo34_jp/temple-31.htm




まず、手前の水子地蔵



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帰りにじっくり撮影しようと思って、スナップ程度しかとっていなかったのを後悔。この日はバッテリーがあとで切れてしまい、帰りに撮影しようと思っていたところはことごとくミスってしまった。この写真ではとても伝えられない水子地蔵の数、そして紫陽花の数。とにかく圧倒される。スピリチュアルな外国人に見せたいくらいだ。

まことに失礼ながら、不気味さと美しさを両方感じてしまった。どちらの感覚も、真剣に水子を祀られている方にはまったく申し訳ないことだが。



地図
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胎内くぐりにとても興味があったが、落石の恐れありで、そこに行く道が閉ざされていた。



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小さな地蔵のあいだに、さらにミニチュアのような地蔵。さまざまな大きさの地蔵を奉納できるようになっているということだろう。それにしても、このように整列すると、やはり圧巻。




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石仏の仁王様としては日本一の大きさとのことである。




本道に向かう道の傍らには、お地蔵様がいらっしゃった。



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お地蔵様はどれも童子のように見える。このように岩のくぼみにちょこんと立っていると、胎内に宿っている子どものようだ。



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参拝客は一人しかいない。もちろん、僕のことだ。鐘は鳴らし放題だが、一人で打ち続けるのもどうかと思い、1発だけ。完全に音が消えるまで、レコーダーに録音しながら、聞き入る。



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本堂自体も、崖のくぼみに建てられている。



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その左横に池があり、小さな滴のような滝が落ちている。聖浄の池というそうで、行者が滝行に使っていたそうである。しかし、滝つぼが削られていて、見るかぎり、人が立ったら、おぼれてしまうような深さに見える。完全な池で、大型の錦鯉が僕の足音にえさを求めて大賑わいである。おぼれるだけでなく、鯉に囲まれてしまうだろう。

参拝客は誰もいない。

裸になって池に入って滝に打たれても誰にも見つからないだろう。と、よからぬ考えが浮かぶ。しかし、滝に打たれる前におぼれてしまい、錦鯉についばまれそうだ。

万が一、誰かに見つかったら、公然猥褻罪になるのだろうか。

いや、誰も見ていないわけではなかった。



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お不動様が睨んでいた。



滝の岩肌に、長めの「リュウノヒゲ」のような草が生えている。写真にとらえてみてびっくり。



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虹がうっすら見えているではないか。そして、今、写真を整理して分かったのだが、何となく龍が舞い上がるような形をしている。

この写真は、スピリチュアルな人がきっと喜ぶだろう。

しかし、僕は決して秩父が高尾山のように都会に住むスピリチュアルな人たちでごった返すようにはなってほしくない。まあ、交通の便が悪いから、そんなことにはならないと思うが。

本堂で般若心経を称え、札所で納経帳に印を押してもらう。札所の番人の方に滝のことを聞く。滝行は実際にはおこなわれていないようである。最後の滝行は20年ほど前にあったそうである。ちなみに、上の水がそのまま落ちてくるので、雨量がそのまま水量を左右する。強い雨の日は池をオーバーするとのことである。台風のときなどはどうなっているのか気になる。



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観音様が子どもをあやしている。胎内や母性へのこだわりがものすごいお寺だ。胎内くぐりができなくて誠に残念。



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紫陽花がきれいだ。紫陽花には最近思い入れがある。何年か前に家を建てたとき、母が紫陽花でも植えろと苗木をくれた。それが今では大きくなっている。母は昨年亡くなったのだが、今年は挿し木で増やそうと試みているところである。つまり、私の中では、紫陽花と亡き母とがどこかでリンクしているのだ。



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お地蔵様だけれど、どことなく夫婦のように見える。見方を変えれば、親子のようにも見えるか。そして、顔が自然石を押し込めただけのものが気になった。顔が取れてしまったのでそうしたのか、それとも何か意味があるのか。



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崖が削れたところに、お地蔵様のような仏様のような石仏がずらっと並んでいる。これは一つの見どころになっている。やはり、何とも言えない、圧倒されるような雰囲気を感じる。しかし、仏様からは素朴な感じが伝わってくる。



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その一体を見て目が離せなくなった。話ができすぎだと思うかもしれないが、亡き母の面影を宿しているのだ。



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その横には子どものような姿の地蔵が。これは、見た目だけでの判断だが、母と子に間違いないだろう。



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とても神秘的だ。ここに座って瞑想をしたいと思うが、虫が気になる。次回は虫よけ自家製アロマ・スプレイと、持ち運び用座布団を持参して、瞑想をしよう。

まるっきり、都会のスピリチュアルによる田舎の秘仏の植民地化のようだが……。



帰りは、例の滝つぼの池のところで、意を決して裸足になった。

いや、水の中に入ろうというわけではない。足を付けるくらいならいいだろうと思ったのである。

しかし、甘かった。鯉が大騒ぎである。

えさをくれるに違いないと思っているのである。そこに、足が来るものだからびっくりして飛び跳ねる。中には、足にぶつかってくるものもある。これがピラニアでなくてよかった。

苦笑しながら、足をズボンの裾で拭いて、靴下を履き、靴を履く。足がひんやりしている。軽くなったような気がするから不思議だ。

秩父は来るたびに発見があり、感銘を受ける。僕にとっては、間違いなくヒーリングスポットだ。移住しようかと空想することがあるが、移動の時間があるからこそ、日常を離れられるというメリットもあるので、2時間くらいの距離がちょうどよく感じられる。