睡眠時間が短いにもかかわらず、朝7時前くらいに一度ぱっと目が覚める。そして、メッセージ性のある夢を見る。自分の身の回りの人間関係について示唆を与えてくれるような夢だった。
朝食を食べに食堂に行く。昨晩見かけた日本人グループの人たちに話しかける。たまたま話しやすそうだと思ったのが、そのグループの旅行の発起人のような中心的人物であったことが後から分かる。勘は鈍っていない。
その人は40代後半の男性で、香港で金融業をしていた方である。宇宙の法則にのっとった取引を心がけると上手く行くということを発見。そこから精神世界へ入ってゆく。その後、古神道の指導者から、かねてより予言していた後継者だと指名され、急に後を継ぐことになる。独自の理論にもとづいて、世界中のレイラインをめぐっている。シャスタはその一つだという。神事に用いた水と木を持ってきている。それを、シャスタに流し、シャスタの水を持ち帰る。それをどこにするか探す旅だという。
何とまあ、心躍るような、まるで冒険ゲームのような素敵な旅だと思う人もいれば、少し変わった人たちだと思う人もいるだろう。自分は主観的には前者なのだが、一般的には後者の人が多いだろう。
どこに行くか話していて、いったん朝食が終わり、荷造りのために別れたのだが、再び廊下で出くわすと、示し合わせることもなく同時にパンサー・メドウズに行くことを決めていたことが分かる。結果として同行することになる。互いに迷惑にならないか探り合っており、行く先が同じなら同行しましょうと話しあっていた矢先である。こういう偶然の一致は、スピリチュアルな人にとってはたまらない。何か意味のある偶然ではないか。この人とは話があう、分かりあえる、そんな気持ちになれる。
もちろん、冷めた人に言わせれば、パンサー・メドウズはシャスタ山で車の行ける中腹でわき水もある、いかにも代表的な場所なのだから一致する確率は十分高いということになるだろう。
また、パンサー・メドウズに行くことになったのは、宿の日本人男性スタッフの勧めもある。そして、二人ともこの男性スタッフに同じようにパンサー・メドウズを勧められた可能性が高い。僕自身、他に行くよりもまずパンサー・メドウズに行くべきだと強く勧められた。彼によれば、そこは「天国そのもの」だという。
話は飛ぶが、この男性スタッフが、行く先の相談のときに彼自身がシャスタに来た理由を話してくれた。女性オウナーと知り合い、電話でチャネリングをしてもらっていたのだが、急にシャスタに行かなくちゃと思い、経営していた会社を処分、シャスタへ猫一匹で駆けつける。「自由でいいんだ、何でもありなんだ、ということをシャスタで確信した」と強調していた。後から、この男性スタッフと女性オウナーは結婚関係にあったことが分かる。しかし、このときはすでに離婚して1年ほど経っていたそうだ。
さて、日本から来ている5人組に話を戻そう。リーダー的だと僕が見定めた男性を仮にMさんとしておくと、Mさん以外の他のメンバー4人はみなMさんの知り合いである。一人は、バリでMさんと一緒に住居を建てた写真家。もう一人は、ある心理学関係(といっても主流の心理学ではない)の講座をMさんと学んだ女性、そしてその女性の旦那さんと4歳の息子さん。4歳の子を除けば、皆30代くらいだろうか。そして、Mさんのみ40代ということになる。
彼らの車の後を追いかけて、パンサー・メドウズへ向かう。ここは、富士山で言えば5合目くらいだろうか。シャスタ山の中でも車で行ける高地である。実際にぎりぎり車でいけるのは、ここのちょっと上の駐車場までである。
向かう途中、針葉樹が眼下に開ける。

(この写真は実際には山を下りるときに撮った写真)
これは富士山で言えば樹海だろうか。もちろん、樹海のようなうっそうとした感じではなく、細くて高い木がそびえ立っていてからっとした感じがする。それを見たとき、何とも言えない感じが込み上げて、思わずカーステを止めた。何だか切ないようなキュンとする感じだ。ここで泣こうと思えば、いくらでも泣けそうだ。
よく「パワースポット」と呼ばれるところに出かけたスピリチュアルな人たちが、感想として述べることに、「理由もなく涙が止まらなくなりました」というのがある。
「これがそうか……」と思う。僕が、どっぷり趣味でパワースポット巡りをしていたのだったら、ここはもちろん泣くところである。
しかし、「ああ、今、自分は泣こうと思えば泣けそうな気持ちにいるな。これが理由もなく涙が止まらない人たちの気持ちなんだ」と、それを別の視点から眺めている自分がいる。
宗教学者の性(さが)だなぁ、とも思う。また、それを冷静に自覚している自分がいる。そういう宗教学者としての自覚を、ブログを書きながら振り返っている自分がいる。一体、どこまでメタレベルに上ればいいんだとツッコミを入れている自分がいる。
もう、ここら辺にしておこう。こんな瑣末なことをわざわざ書くのは、他でもない、これを書いている僕という人間が、単に趣味でパワースポットを回っているのではないということをほのめかすためである。うん、これもメタ的な語りだ。
パンサー・メドウズの駐車場に到着。少し迷いながら、トレイルに入る。

(写っているのは前を歩くMさん)
土壌は砂利である。車ですっと行けてしまうので、標高が実感できなかったが、砂利だらけの道を見ると高いことが分かる。そこに点在する高山植物。そして厳しい自然に耐える針葉樹。日本でよく見る松より葉がとがっていないように見えるが、松の一種だろうか。それとも杉の一種だろうか。

(若木のアップ)
ここは、冬は雪に閉ざされ、夏は雨が少ない。そして高地である。厳しい環境だが、わき水があるために、それが小川となって流れているところだけ湿地帯になる。

木は、厳しい気候に耐えて、闘っているようにも見える。偏った的外れな見方かもしれないが、何かシャスタ山全体が、砂漠の中の巨大な立体的オアシスのように感じる。そして、ここパンサー・メドウズは、黄緑のタワシのような苔や虫に侵食されて朽ち果てる木と、生長する若木、すべてが同居している、境界の世界だ。植生のゾーニングが入り交じっている。そして、このうえは木のない砂地が続くのが見える。死の世界なのだ。



(つづく)