8月19日シャスタ山へ | Staretsのブログ

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(タイトルの日付と、ブログアップロードの日付が違いますが、タイトルの日付は内容の日付です。)

 この8月から2月まで7ヶ月間、アメリカのサンフランシスコ付近のバークレー(家はアルバニー)というところに客員研究員として滞在する。家探しから、銀行口座開設やら、毎日毎日手続きや契約だらけの3週間ちょっとが過ぎているが、このブログの趣旨に合わないので紹介しない。

 今日から、2泊で、カリフォルニア北部のシャスタ山に滞在する。シャスタ山は日本でもパワースポットとして有名な場所である。しかし、なぜそれほど話題になるのか。今一つよく分からない。レムリア大陸の生き残りがたどり着いた場所だとか、今も地底に彼らの都市があるなどいう伝説がある。UFOが目撃されたとも。しかし、それだけでわざわざ日本からも訪問する人がいるということの説明はつかない。

 しかし、グラストンベリー、フィンドホーンと見てきて思うのは、人は遠く離れた不思議な魅力を持つ土地に出かけるときに、なぜそこに出かけるのか、なぜそこに魅力を感じるのかを、あらかじめ十分に知っているわけではないということである。なぜなら体験する前からどんな体験をするかを知ることはできないからである。しかし、何かを期待してゆく。そして、だいたいその期待した何かに触れるものを体験する。「ずばり」期待にあうものを体験するのではなく、「かする」程度のことを体験する。そして、それは謎となる。次にその謎解きが始まる。謎は後から次第に意味付けられ、人生のなかに位置づけられる。

 これまでで分かっているのはこのような形式的なことだけである。体験の内容は千差万別である。人によって色々な物語がある。しかし、多くは「変化」の物語である。とにかく僕はそういう物語を集めなければならない。なぜと聞かれると困るが、物語が集まってからその答えは分かるだろう。取りあえず、人が「パワースポット」に触れてどのように「変化」するのかを知りたい、と答えておけば十分である。もちろん、鉤括弧は学者としての留保である。

 どちらにしても、シャスタ山はニューエイジャーやスピリチュアルな人々にとって重要なスポットである。そのようなスポットは、ニューエイジやスピリチュアリティを研究する僕にとって、いちおう知っておかなければならない場所である。しかも、長期滞在の場所から4時間程度である。何回か訪れることになるだろう。日本に帰ってしまったらいつ訪れられるか分からない。

 慣れない左ハンドル、右車線走行、ヒヤリハット(自動車教習所や警察署で言われる事故一歩手前の主観的危険)を繰り返しながら、そして休憩を入れながら何とかたどり着く。



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ノーファインダーであてずっぽうに撮った写真、奥に見えるのがシャスタ山



 宿はマウントシャスタの手前横を行ったマクラウドという町にある日本人経営のB&Bである。男女の経営者が迎えてくれた。女性のほうはチャネラーらしい。が、そういう話はいきなりしなかった。男性の方からマクラウドという町は警察もなければ泥棒もないこと、ハイスクールは5人しかいなくて、おじいちゃんおばあちゃんと父母と一緒に暮らしていて、どこにも目が行き届いているので悪いことができないということ、もちろん東洋人は僕らだけ、という話を「どばっ」と聞く。そこで、いつ、どこから、どうして、しかもなぜここに、あなたは来たのですか、と畳み込めないのが僕の性格である。もう少しこの人の性格を知ってから、と思ってしまうのである。それに、まだ4時くらいで明るい(サマータイムなので日没は9時近く)ので、何かを見てみたいと思うので、話を切り上げて、ちょっと戻ったダンズミューアの近くにあるモスブレー滝に行くことにする。

 あらかじめ断っておくが、今回の旅は『パワースポット シャスタ山の歩き方』という本(詳細は書名で検索してほしい)に全面的に依拠している。というか、これ以外に日本語のガイドになる本はないので、これに頼るしかない。写真が美しく、情報が過不足なく載っているという印象があり、頼りになる。シャスタを訪れる日本人のほとんど全員がこの本を読んでいるのではないだろうか。以下、「ガイドブック」と呼ぶ。

 逆に日本人のシャスタ訪問者のほとんどがベースとしているはずなので、これを押さえておけば、彼らがどのようにシャスタを経験するのかを整理することが容易なはずである。

 これとは別の情報源としては、レムリアとの関係を扱った本や、I AM ファウンデーションという団体を中心に出てきた「アセンディッド・マスター」がチャネラーを通じて語ったとされる複数のメッセージ本などがあるが、訪問者にどの程度浸透し、受け入れられているのか分からない。これについても聞き込んでゆきたい。

 とりあえず、今日は、モスブレー滝を見に行く。迷いながら出発点となる駐車場に着く。映画『スタンド・バイ・ミー』の舞台となったサザン・パシフィック鉄道の上を歩いてゆく。



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 なぜ線路の上を歩けるかというと、1日にほんの数本しか貨物列車が通らないという線路だからである。

 と思って油断していたら、いきなり車が線路の上を走ってきたのでびっくりした。



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 10代くらいと思われる若いカップルとすれ違う。彼はびしょぬれで、「泳いだの?」と明るく聞いたら、「ええ」と答えられる。実は自分も水着を持ってきている。

 ガイドブックによると、20分歩くと鉄橋の手前の茂みから降りられるとある。20分歩いてもなくて、結局30分経って発見した。石の上が歩きにくかったので枕木の上を歩いたのと、写真をとったせいもあるだろう。

 鉄橋の上を試しに歩いてみたが、下を見て、またもびびった。鉄網があるだけではるか下は川。しかもその鉄網を支えているのは「木」。橋も上の構造の部分は木造である。渡りきらずに帰って、滝のほうへ降りる。



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 モスブレー滝は名前の通り、コケ(moss)が生えた山腹(brae)を伝うように落ちる滝で、細く長い滝が連続してヨコに広がるような形状をしている。



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 降りたら、しっかりと三脚を構えて写真を撮っている人がいた。

「やあ、一番いいときに来たね。僕は、この時間が来るのを待って、ずっとここにいたんだ。今、光がちょうどあっちから来るときなんだ。」

 滝に向かって右、見る人のやや後方に太陽が来ている。そして、滝にはきれいな虹が架かっている。そこで僕は、

「神に感謝します。滝の神に。神か女神か分からないけれど。」

と、答える。ガイドブックには「女性的なエネルギーを感じさせる繊細な姿」とある。僕もどちらかと言えば、女神が住んでいるような気がする。今、写真を見ていると複数いるような感じがする。中に入ればハーレム状態だろうか(笑)。

 「神か女神か」という言葉に対して、例のカメラマンの反応は鈍い。おそらくここが「パワースポット」をうたったガイドブックに載っているなどということを知らないだろう。

 三脚で撮った写真は、つなげてパノラマにしたいと言っていた。明るくフレンドリーでちゃんとした感じの人だったので、アドレスを教えて送ってほしいとお願いした。

 自分でも三脚はないが手持ちでやってみた。



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 脚をまくって水の中に入ってみる。冷たい。ガイドブックには“地元の人が滝の向こうまで泳げると言っていたので、今度水着を持ってこようと思った”とあるが、こんなに冷たいのに泳げるのだろうか、もう5時近くだから寒いのかなと思った。カメラマンに聞くと、さっきすれ違ったカップルのうち男の子は、崖の途中まで昇って飛び込んでいたと証言した。「信じられない」と返した。いや、まったく信じられない。

 が、結局カメラマンがいなくなってから、いても立ってもいられなくなり、服を脱いで水着を着てしまった。行けるところまで行ってみようと思ったのである。ぎりぎりまで近づいて写真をとる。



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 これ以上近づくとカメラが濡れてしまう。岩が苔ですべりやすいのと流れがあるのとで、水のなかにある岩に座り込んで撮った。もう腰まで濡れている。カメラを置いて、さらにもぐろうかと思ったら、大型犬のラブラドールとグレートデーンを連れた二人の青年がやってきた。そして、そのうちの上半身が裸になっている人がいきなりざぶざぶと泳ぎ出す。飼い犬は足はつけるが、寒いのか、怖いのかそれ以上は入ろうとしない。



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 負けじと自分も泳いでみる。泳ぐけれど相当流される。水温が普通だったらもっとがつがつ泳げるけれど、冷たいので上手く動かない。頭の中は半分パニック。滝の手前に大きな岩があり、そこに何とかしがみつく。その向こうに行こうと思うが、完全に足がつかない。もぐってみる。流される。泳いでまた岩にしがみつく。再度頑張って、滝を頭の上から浴びてみる。半分おぼれているんじゃないだろうかという気がしてくる。そう思われたらいやなので、そのまま下流の岸へ向かって泳いで上陸する。当然、写真はない。上がったところを撮ってもらった。



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 笑顔だが、その後身体を拭いていると、脚ががくがくと震えている。

 ゆったりと泳いでいる地元の青年は毎朝ここで泳いでいるそうだ。

 その後、もう一人の青年が、木の枝を滝に投げ入れ、犬がざぶざぶ入り始めた。スピリチュアルな人ならゆっくり瞑想するべき場所だが、できるわけがない。身体も寒いし。サンフランシスコと違い、摂氏で30度以上ある暑さだが、水着をはじっこで脱いで着替えて、持ってきていた長袖シャツを着込む。



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あたかも満身創痍の表情である。



 青年たちに別れを告げ、小道を上がる、青年たちは横にずれて別の二人の青年たちと合流する。藻草のようなマリ○ァナの匂いが立ちこめている。

 線路を戻り、車を走らせ、マウントシャスタの町へ。



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 夕方で多くの店が閉まっていたが、カフェ併設の書店が開いている。普通の本も置いてあるが(児童書とガイドブック関係)、ニューエイジ全般が3分の2を占める。



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 店員に、伝説本について聞く。店員は信じていない。どちらかというと懐疑的。信じるのはよいと思うという。僕が宗教学を研究しており、ニューエイジを信じるというより、社会学的に見ているというと、興味を持ってくれ、カフェに座っていれば、どういう人がこういう本を好むのか分かるといってくれる。明日また来るといって別れる。

 ドライブと川泳ぎで疲れてイタリア料理を食べる。スパゲティだが、スープとパンがつき、食べ終わったらお替りを持ってきてくれ、申し訳ないのでエスプレッソを頼んだが、全部で12ドルだった。

 満腹になって宿に帰ると、日本人の中年男性3人と女性1人、男の子ども1人がロビーにいて、女性経営者の説明を聞いている。ロビーにおいてあるチラシを取りに行くと、「トラウマ」がどうこうという言葉が聞こえてくる。プリントを読んで他の人に紹介している。誰かにリーディングしてもらったものを読んでいるのだろうか。明らかにスピリチュアルな人たちだ。本当は話しかけたかったが、疲れているのだろうか、話しかけてほしくないようなオーラを感じる。僕が、サウナの説明をしてもらったあと、ロビーに行くと、解散して各自の部屋に入って行ってしまった。まあ、10時近いし、引き止めるのはお子さんがかわいそうだ。

 今日は早く寝ようと思っていたが、このブログのメモを書いていたら、もう3時近く。4時間近く書いてしまった。明日は、写真と手書きのメモをこまめにとって、ブログ書きはセーブしよう。