前日にフィンドホーン内の本屋(小さな店だが、本の他、オーガニックフーズもエスニック風の洋服もクリスタルもそろっている)で買った Spiritual Britain という本でロンドンに White Eagle Lodge (白鷲集会所?)というのがあるのを知る。しかもちょうど、このロンドン到着日にヒーリングやクラスがあるということをネットでチェックできた。
寝台特急をたたき出されて眠くてぼーっとしている頭を、ユーストン駅の中のフード・コートでウォーミング・アップしながら、日記を書き、キングズ・クロス駅すぐのホテルにチェックインし、ハイ・ストリート・ケンジントン駅に向かう。キングズ・クロスは、やはり便利だ。乗り換えなしで行けた。宿は高くなるし、安めにしようとするとしょぼくなるけど。
ホワイト・イーグル・ロッジの入り口の門には、文字通り白い鷲の像があしらわれている。



ところで、僕自身はホワイト・イーグルは詳しくない。なのに来てしまって恥ずかしいものだ。ホワイト・イーグルはグレイス・クックという女性に霊訓を伝えたとされる霊の名前である。日本のスピリチュアリズムではどちらかというとシルバー・バーチのほうがよく知られているだろう。しかし、こちらではホワイト・イーグルの名前を良く聞く。このように一つのセンターができるくらいなのである。
受付にはオールドな人々がいた。一人は男性だった。しかし、それより先に足を踏み入れるとほとんどはオールドなレディばかりだった。
これは、受け付け内の本棚。なお、写真はすべて許可を得て撮影した。


まずはヒーリング。3時15分からだが、初心者は30分前にきて説明を受けるようにと書かれていたので2時45分ちょうどに駆けつけた。しかし、カードに名前を書いて、何か特別にヒーリングしてもらいたいところはと聞かれて、「ジェネラル・ヒーリングで」と答えたためにそれで終わってしまった。本当は自分の症状や希望などをカードに書くようである。
その間にヒーリングについての説明がのっているパンフレットを読む。実際のものとほぼ同じなのでそれに従ってヒーリングの手順の説明をする。
まず、静かなクラシックなど瞑想的な音楽がかかる。受ける人は皆瞑想をしている。すると、「ミニスター」がやって来る。参加者より若い40代から50代の女性で、全身の長さの青いローブをまとっている。そして、瞑想している人々にそのままイメージを喚起するような言葉をかける。ヒーラーは皆白衣をきていて、全員とてもオールドなレディである。60代から70代くらいだろうか。ヒーリング希望者は、14人くらいだろうか。うち男は僕を含めて3人である。
5人が呼ばれ、また5人が呼ばれ、最後は4人と、三つのグループに分かれてヒーリングがおこなわれた。しかし、各人がヒーリングが終わったら退散ではなく、ヒーリングが早く終わったグループも、そのまま座って瞑想状態に入る。ヒーリングを待っているグループも瞑想状態である。だから順番によって拘束時間が変わるということはない。
このヒーリングは、「コンタクト・ヒーリング」と呼ばれる。もちろん、SAGBなどのスピリチュアル・ヒーリングも肩に手を置いたりした。しかし、これはもっと積極的である。手で肩や背中の塵を払うような動作を繰り返す。しかし、かすかに触れているか触れていないかの触れ方である。特別に具合が悪い場所はそこを重点的にヒーリングする。僕も、何か書けば良かったかなと思う。
ミニストリーは、グループに対して、ヒーリングを受ける最中にイメージすることを指示する。僕のグループは、
「霊界の門の前に立っていて、今まさに神の太陽の光を受けるところをイメージしてください。」
と指示された。それぞれのグループがそれぞれにちょっとずつ違うので、待っている人たちも、その誘導の言葉を聴きながら、具体的なイメージを思い描いて、みっちり瞑想することができる。
ここで、ホワイト・イーグル・ロッジの世界観を紹介しよう。
ホワイト・イーグルによれば、人間は内側に「キリスト」という光を宿している。それを瞑想やヒーリングを通して、輝かせる。最終的にはすべての生命を変容させ、輝かせる。瞑想では太陽の光を思念することが勧められる。そして、自分自身が美しい太陽の光を浴びているところを映像化する。また、呼吸によって、それ以外の事柄を吐き出すようにする。また、上昇する内なる光を表す上向きの三角形と、下降する神の光を表す下向きの三角形を合わせて、それらが一体になったことを象徴する六角星をイメージする。それは、内側において神と一体化して全体的になり完成した状態を象徴する。
瞑想やヒーリングを通して、内なる光を輝かせ神の光と一体化させる。短く要約するとこういうことである。そして、そのなかで得られた直観を発展させ、スピリチュアルな理解を深め、それを持ち寄りあって、この世界の中で、日常生活を、より賢く、より愛深く生きられるようにする。だいたいこんなところだろうか。
このような世界観、人生観が、ヒーリングの中でも活かされているように思われる。
ヒーリングの具体的な話に戻ると、ヒーラーはカードを見ながら、念入りにするところを決めてヒーリングの所作をおこなう。
あとで聞いたところ、この所作は、オーラの汚れをきれいにしているのだそうだ。また、ヒーラーによっては、「色」を使うこともあるという。その、部位をきれいにするためにある色を思い念じながら、ヒーリングするというのである。あとで、それを聞いたときに、それはチャクラの色かと聞いたが違うという。そのときのヒーラーの直観によるらしい。また、ヒーラーの中には、子どものころから生まれつきオーラの色が見えるという人がいた。
前述のように、ヒーリングは三つのグループに分けておこなわれた。通常二つか三つに分けられるそうである。ヒーリングが全グループ終わると、また瞑想的なクラシックの音楽がしばらくかかり、ヒーリングのセッションは終了である。ヒーリングの料金は無料である。
その後、スタッフの人に、キッチンでお茶を飲むのが習わしだと言われて、いっしょに紅茶を飲む。
誘ってくれた老紳士に、キリスト教との関係について聞いてみた。なぜなら、内なる光を「キリスト」と呼ぶからである。それに対して、いつも通りなのだが、スピリチュアリズムはすべての宗教を受け入れるという話になった。しかし、そこからが違った。すべての宗教は古代の知恵にもとづいており、ホワイト・イーグルはそれを伝えてくれているのだ、と。
これは聞きようによっては、ホワイト・イーグルのほうがキリスト教より本来的だと言いたそうである。それをはっきり言ってしまうと、キリスト教との関係はまずくなるだろうと内心思った。
全体の印象だが、老人が多いせいか、とても和やかで穏やかでフレンドリーで暖かい雰囲気に包まれた会合だった。そのなかでは若いミニストリーの言葉も、優しくて、しかし神々しい雰囲気を醸し出していた。内なる光を輝かせるという思想の言葉通り、暗さがなく、明るい。ポジティヴ・シンキングを強調しているわけではないが、新宗教の「Sの家」と近いかもしれないと思った。
ヒーリングがおこなわれたメインの広間。


その後、早めの夕食を食べて、6時から、ホワイト・イーグル入門クラスに出席した。今日から、週に1回のペースで半期行われるそうである。
参加者は、僕を入れて3人だった。僕がいなかったら二人だっただろう。講師は、あとで分かったことだが、グレース・クックの孫で、本も書いているCHという人だった。
彼は、まず一般的なことをレクチャーする。誰でも、スピリットとはコンタクトできる。したがって、きわめて平等である。ホワイト・イーグルが一番恐れていたのは、組織化によって支配関係が生じることであった。この教えは、一人に対してではなく、グループに対して伝えられたものであるということを強調していた。
参加者の一人の女性が、
「私でもコンタクトできるんですか」と聞くと、
「そう。グレース・クックはただのチャネルで、ただそれがストレートに伝わったということでラッキーだっただけだよ。」
と答えられた。
「ちょうど太陽の光が、誰にでも差しているのと同じことだよ。それは、マザーのギフト(才能とも訳せるが、才能だと特権的なので、ここでは「与えられたもの」と考えたほうがいいだろう)だったんだ。」
そこで、最近の体験を持ち寄るということになった。参加者の一人の中年のインド系と思われる太った男性に、
「昨日、何か題材になるものを受け取ったみたいだけど」と講師が振ると、
「いや、別に、そうでも」という感じで首を振る。それから先しばらくしゃべっていたが、その英語はまったく聞き取れなかった(-_-;)。
それで、僕が聞かれる。
「君は何かメッセージを受け取ったことがあるかい。」
「そうですね。インスピレーションの形でなら、たくさんあります。」
「うん、それは直観 intuition と言うんだよ。それで?」
そこで、僕はとっさに、先に日記に書いたフィンドホーンでの瞑想中のインスピレーションを話した。そのなかの、「人々の苦しみと怒りと絶望を体験する」という話にからめて、第二次世界大戦中、マザーは空爆を恐れなかったという話になる。それは、ホワイト・イーグルが、「Share the common lot of humanity. 人類の共通の運命(lot には「くじ」という意味もある。爆弾をくじにもたとえているのだろう)を共有しなさい。」と言ったからであった。
もう一人の参加者も聞かれる。彼女は、中年くらいの、優しそうで上品そうですごく聞き取りやすいきれいな英語を話す人だった。
「うーん。私は、ここにもう10年近くいるんですけど、いつも他の人に比べると、何かよそ者のような感じがするんです。みんなはすごく色々なことをよく分かっているのに、私は何年経ってもよく分かっていないような気がしてしまうんです。このなかにいるときはいいんですけど、普段の生活の中では、スピリチュアリズムとまったく関係のない人、大学の時のお友達とか、そういう人たちと話していると、全然別の世界になります。いつも、二つの世界を行ったり来たりしている感じなんです。」
そこで僕は、
「誰でも不確かに感じることがあると思いますよ」とフォローした。
講師の先生は
「僕も小さい頃、そうだったよ。うちの家族は、ほら普通と違うでしょ。みんなスピリチュアルなことを追求して、いつも、自分だけよく分かっていない人間という風に感じていたよ。」と返す。
「ホワイト・イーグルが話すことは、とても論理的なんですよ。だから頭で考えてしまうんです(これは、「頭より心」ということも強調されていることを前提としての発言だろう)。そして、責任、自分の責任でやれ、っていうでしょう(つまり、自分で考えなくてはいけなくなってしまって、そのために、グループの内と外とのあいだでどうにかしようと苦悩しているということを訴えたいのだろう)。」
「ネイティヴ・アメリカンはもっと自然に考える。瞑想もこういう風に立って(立ち上がり身体をゆらゆらさせる)おこなって、大地と再結合しようとするんだ。すべては、大地のものだからね。」
そこで、僕に話が振られる。
「君は、宗教的バックグラウンドはあるの。神道? 仏教? 日本人はどうなんだっけ。」
「そうですね、一番近いのは仏教だと思っています。でも、どちらかというと、不可知論ですかね。僕は完全に物事を知ることはできないと思うんです。なぜなら人間だからです。人間は完全に知ることはできません。でも、同時に、人間はスピリチュアルな存在です。知ることができないことを感じられます。僕は、その二つのあいだを行ったり来たりしています。そして、その中道を探しているんです。常識=共通感覚 common sense を探究しているんです。」
講師は、目を輝かせた。
「ああ、君のいうことは、何だかとても、心地よく、素晴らしく聞こえるよ。まるでスピリチュアリズムの考え方そのものじゃないか!」
僕も、ものすごく気持ちが高揚して、頭のほうに何か暖かい感動がじわーっとあふれるような感じになっていた。
人は、「お前はどっちの人間なんだ」と問うかもしれない。この良く知らない、はじめて訪れた団体で、まるで信仰談義のような話をしている。調査なのか。それとも信者なのか、と。
もう一度、上の僕の発言を読んでほしい。実は、僕も自分は一体なんなんだとあとから考えた。でも、こうして、文字に起こしてみると、上に書いたことは、宗教学者としての立場と、少しもずれていない。
宗教学者とはこういうものだ。ある特定の立場を信じきってしまわない。それは、それと違う立場のことを知っているからだ。宗教学は宗教に比べれば歴史はまったく浅いかもしれないが、どの宗教も一面的であるということをはっきりと経験的に知っている。もちろん、宗教学者だって宗教のあらゆることを知り尽くしているわけではない。われわれは皆、限界ある知しか持てない人間なのである。しかし、限界を認識するとき、無知を自覚するとき、それを超えたものをどこかで把握しようとしている。そして、そのヒントのようなものが、ある時ふと恩寵のように訪れることがある。それをお互いに持ち合って、そして、それこそ「信じない」という立場の人が生活の中で感じているふとした「気づき」ともきちんと向き合って、中道と共通感覚を探究するしかないのである。
そして、そのような探究の姿勢は、実は、現在のスピリチュアリティのなかにも見受けられるものである。ここで紹介している暮らすに出席している女性の発言はいい例である。別に学問的な知識などなくても、素で、普通の生活をしながら、その普通の生活の中で、それを超えたものを手探りし、行ったり来たりしている。僕は、それを言語化したいと思っている。
その後は、女性がヒーリングの歴史について質問した。それは僕が聞きたかったことでもあった。講師は
「はっきりしたことは僕も分からないけれど、ホワイト・イーグルの言葉の中にはすでにヒーリングのことは細かく触れられているね。」
ということを伝えるにとどまった。僕は、
「レイキは日本で生まれたものだし、日本では手かざしをする教団も古くからあって、日本ではけっこう歴史が古いんですよ。」
と答えた。講師は、大本教のメンバーと接触したことがあり、彼らはスピリチュアリズムと近いのではないかと言った。
「そうですね。それに大本教の元信者だった浅野和三郎は日本にスピリチュアリズムを紹介して、日本の組織を立ち上げました。日本の新宗教はスピリチュアリズムとの相互影響があるので、ヒーリングの発生は同時多発的な面もあると思います。」と言った。これは歴史に詳しい人にフォローしてもらわなければならないところである。講師は、「同時多発」という言葉を喜び、
「霊界の計画があるからね。」と言った。女性は
「ヒーリングは、さかのぼれば、イエスもヒーリングしているわよ。それに、痛いときにはそこに手を当てるでしょ。だから、もっともっと古いんじゃないかしら」
それはそうだとうなずいた。
時間が来てしまったけど、みんな話したりない雰囲気だった。終わってから、講師に自分がどういう研究をしているかを伝えて、名刺を渡した。
「日本にはさっきも言ったけど、大本教の信者とも話したことがあって関心があるんだ。あと、日本でもホワイト・イーグルの団体があるから、ぜひ連絡してみて。」と言われた。
そして、
「君とはスピリチュアルなつながりを感じる。」と言われ、固く握手され、
「きっと必ずまた会おう。」と、目をじっと見つめられた。
こんな風に、フレンドリーで、支配関係が感じられない、まったくアットホームで暖かい雰囲気であった。
フレンドリーというのは、ヒーリングの前後も感じたので、講師にそのことを伝えると、それを聞いてとてもうれしいと言ってくれた。
彼は団体の創始者の孫ということだが、まったく偉ぶらず、暖かい感じの人だった。このフレンドリーで暖かい感じを、しつこいようだが強調して書いているのは、イギリスではこういう雰囲気なんだということを日本の人に伝えるためである。
ヒーリングも無料である。そして、この団体は、宗教組織ではなく、慈善団体 charity として社会的に位置づけられているということである。
慈善団体とは、慈善目的で建てられた団体で、利益を追求してはならず、利益を慈善目的のみに使わなくてはならない。
日本のスピリチュアルな団体や個人も、その理念が愛や奉仕に価値を置くものであるならば、慈善活動に徹底するべきだと思う。イギリスも個人のセッションは高いが。
なお、今日訪れたこの団体を手放しで賞賛しているように思われるならば、それは誤解である。しょせん数時間のコミュニケーションで分かることには、限界がある。その範囲で見聞きしたことを伝えているだけである。そのことを念頭に置いて読んでほしい。
レクチャーのおこなわれた部屋

グレース・クックの肖像
