トイレをそれ以外の目的で

南京町で買った肉まんを割ると、
中から「福」と書かれた小さな紙が出てきた。

南京町に戻り、店の主人に紙を見せると
彼は奥からクーニャン(姑娘)を呼んできた。
タックトップにジャージ姿のクーニャンは
主人に頭を下げると、僕のそばへ来た。

「お兄さん、この娘っこの面倒をみてやってくれ。」


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「ニーハオ。ライチー。パクチー。」

おそるおそる声をかけると
クーニャンは「ニーメンハオ。」と言った。

腹がすいている風なので
阪急の駅で551の豚まんを買って渡すと
すぐに食べてしまった。
幸せそうだった。

追加で4つ豚まんを買った。
そういえば、4は不吉な数字だ、と
思い直してさらに1つ買った。


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クーニャンと言葉は通じなかった。
だから中国語を勉強するために、
現地に行くことにした。

歩いてポートターミナルに向かう。
そこの事務所で天津行きのチケットを2つ買う。
夜に出発するというが、
ターミナルには何もないので
周辺を散歩した。

水際には平日にもかかわらず
釣り人がたくさんいた。
こそこそと見てみたが、
サビキ釣りの人がほとんどで、
みなバケツに小アジだのサバだの
釣果を入れていた。

僕たちは荷物を置いて
船がロープをつなぐでっぱりに座り、
釣り人たちがゆるりと釣り糸を垂れる様子を
これまたゆるりと見ていた。

日差しは強かったが、
潮風のおかげでさほど暑くはなかった。

ときどきクーニャンに目を向けると、
彼女はただぎこちなく微笑んだ。
僕もぎこちなく微笑み返した。


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夕方には船に乗り込んだが、
僕たちの他に客がいないので、
予定を早めて出発することになった。


広い客室。
清潔だが随分古いシーツがセットされた
パイプベッドにクーニャンと寝転んだ。

彼女はすぐに眠りについた。
日を浴びて疲れたのかも知れない。
しばらく見ていると、
彼女の首もとに粒、粒と汗が滲んできた。
それを見ていると、
僕はエロイ気持ちになった。

彼女を起こさないように
ベッドから抜け出し、
厠へ行ってジュニアを刺激した。
遺伝子がジュニアから飛び出す時に、
ビュワ、ビュワと音がしたので
自分の元気さに少しだけ驚いた。

これまで生きてきてしばしば、
自慰をした後に虚しくなる、
と友人たちが口にするのを聞いた。

僕は虚しさなんて感じない。
歯磨きしたり、風呂に入ったりするのに
別段虚しさを感じないように、
これはもう僕の一部になっていることなのだ。
口をゆすいだり、
シャンプーを流すのと同じように
殉職した遺伝子たちの躯をティッシュにくるむ。


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夜になり、釣り人をながめてた場所に
551の豚まんを忘れたことに気づく。

551がある時と打って変わって、
クーニャンの表情は暗くなった。

気持ちを紛らわせてあげようと、
扉を開けたり、
ロープを引っ張るパントマイムを披露したが
まったくウケなかった。

厠に行き、
本日二度目の自慰に着手した。


あつい海岸

朝遅く、首都で目覚める。

顔だけ洗い、
朝食を取らずに外に出る。

どこの秘密基地に行くのか、
裸足の子供達が走って路地に消えていく。
上がったばかりのシャッターの向こうから匂う、
濃厚なコーヒーの香り。パンの匂い。
ガタガタと音をたてながら走る
オンボロの車たち。

かつて新鮮に僕の感覚を刺激したものなのに、
なぜだか苔が生えてしまったみたいに思えてくる。
いや、苔が生えたのは僕の方か。
あごを触ると、なんだかそこに生えてるみたいな感じがする。

かつて水晶の船でここに来た。
希望に満ちていた、僕やあの人やみんな。
僕以外は帰国するか、
亡くなってしまった。


この間、
「ずっと感じていたけれど
 言葉にしなかった事」を話しあった。

夏の熱気に覆われていた身体が
急速に冷え込んでいく。

コンタクトをいれても
まだピントが合っていないような感覚。


come on baby
Light my fire.

もうすでに酸化しきっている。
僕は分っている。
でも火をつけようと試みる。

・・・カシュッ、カシュ。

夏が過ぎた頃にもう一度、試してみよう。
乾いた季節はまだ何回もやってくる。


昼になった。

塚本からの空
リュックの底にノートが埋まっているのを見つけた。
僕が高校時代に使っていた英語のノートだった。
今はすっかり書かなくなってしまった筆記体で、
様々な単語が綴られ、苦悶の後が見えた。
またその授業から逃れるかのように書いた落書きも
端々にちりばめられていた。
そして一番最後のページには、日記が書かれていた。

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猫をつかむ女に用あり。
   1997年8月2日
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「『男の猫つかみ大会!』猫を掴むと1000万円!」
 のチラシが入っていた。

消費者金融に借りた500万円を返す期日が迫っていたので、
僕は猫をつかむという女に電話をかけることにした。
妻は数分前に買い物に行ってしまった。
僕は受話器を取って番号を押した。

「金がないと終わってしまうんだ。」

「あなたのお金のために私は協力できないわ。」

「...息子が入院してて、その手術のためにお金がいるんだ。
 どうにか猫をつかむ技をおしえてくれないだろうか。」

「そう。わかったわ、ただし。
 条件があるの。
 貴方、奥さんがいるのでしょう?
 私が技を教えてる間は奥さんのことは忘れて。
 これが条件よ。」

「その条件を満たせば猫がつかめる?」

「さあ。それは貴方次第ね。」

僕はコップに半分残ってる麦茶を一気に飲んで、
小便をして、顔を洗って、家を出た。





猫を掴む女の正体は妻だった。
電話で聞いた条件は妻を忘れろ、というものだった。
これを満たさなければきっと技は得られないのだろう。
僕は目の前にいる女性を「猫をつかむ女」と改めて思い直し、
妻という言葉を頭の中で分解して
二酸化炭素と一緒に吐き出した。

「いい?
 どうやって猫を掴むか。
 使う技はたった一つだけ、時間停止よ。
 もっと正しく言えば、時点で動く、ということ。
 いい?
 時間というものは常に流れている、
 それはブラウン管に映る、
 動く滑らかな映像なのよ。
 でも、その1点だけをとりだしてみれば、
 それは時点というもので、
 アニメーションの1コマを見るようなものなのね、
 『時点で動く』というのは、
 その止まっている1コマの中で動くということなの。
 ときどき漫画で見るわよね、
 何かの道具を使って世界の時間を止めてしまうというのが。
 でもそれはたかが人間の力では無理な話だわ、
 世界のあらゆる物は常に動いていて、
 それは想像もつかないくらい大きなエネルギーなの。
 だから私たちができるのは時間を止めることではなくて、
 その時間の中の時点でより多く動くこと。
 あくまでも自分一人だけのレヴェルの話なの。」

「どうすればいいのか?」

「ドラえもんの道具に
『どこでもドア』というのがあるでしょう。
 あれは行きたいところを思い浮かべてドアを開けると、
 その場所に行ける、という物よね?
 極端だけど、あれがお手本よ。
 まず、精神を動かすの。
 精神に自分のすべてを支配させて、
 それを空間の中に動かしていくのよ。
 体のことは忘れなくてはいけない。
 ある時点の中で精神が己を凌駕し、精神が猫を掴む。
 そして時点が時間の流れになった時にはすでに、
 体は猫をつかんでいるのよ。」

「わかった。」

僕達は2メートル程離れて向かい合って椅子に座った。

「そこから動かないで私に触れてみて。」

僕は集中力を高めていく。
僕の指は秒針が動く瞬間よりも短い瞬間に、
猫をつかむ女の唇に人差し指を当てた。
時間停止ができた。正確な動作だ。

「合格よ。」

僕と猫をつかむ女は、
いや、もう技の修得は終わった、
僕と妻はキスをした。





こうして僕は無事に男の猫つかみ大会で優勝することができた。
賞金で息子の好きなポケモンの人形を買って
病院に持っていった。

しかし、彼はすでに息を引き取っていた。

僕は500万円を消費者金融に返し、
残りのお金で息子の墓をたてて、
さらにその残りで妻と旅行した。

テレビの男が言う。
「西から昇ったお日様が東へ沈む、これでいいのだ。」

そうだ、これでいいのだ。
つらくともこれでいいのだ。
雨にまけたり、風にまけたりしながらも、
僕達は前に歩いていくんだ。


/////////////

そうだ、雨に風に。
僕は本当にたくさんのものにまけた。
座り込んだり、後ろ向きに転がったりした。
でもまだなんとか歩いている。

これでいいのか。
つらくともこれでいいのか。
それはまた今度、考えよう。
それより今、すべきことは、、、。

僕はノートを閉じて、
またリュックの奥にしまいこんだ。
代わりに成人向け雑誌を取り出し、
自慰活動に励んだ。

ラジオから、ピンクフロイドの
「あなたがここにいてほしい」が流れていた。

あなたがここにいてほしい。
あなたがここにいてほしいです。

伊太利亜のライト
猫が100円をくわえてやってきた。
「パンツを売って欲しい。」と僕に言った。
「私が時々世話になっているお嬢様が
 下ばきを欲しかっておるのであります。」

「なんと酔狂な申し出であることか。
 お嬢様は何故にそのようなものをご所望なさるか。」

「銭湯におはす間に、
 盗人に下ばきを持っていかれたのであります。
 お嬢様は大変に困り果て、私に使いを頼んだのです。」

「残念だけれど。それは女性に頼みなよ。」

僕は猫にそう言って、歩いた。
だが猫はついてきた。

「兵隊さんみたいにドカドカ歩いて、
 行ってしまわないでくださいませ。
 実は旦那様に声をかけるのも一寸迷ったのですが、
 そこらを闊歩されているお嬢様方より
 理解があると思ったのであります。」

「いかにも。最近はセクシュアルハラスメントについて、
 容赦なく断罪される世故、猫とてやすやす人様の下ばきを
 入手することは難しいのかも知れない。しかしそれでも、
 お嬢様はそれがしのパンツなど欲しがらぬだろう。」

「いいえ旦那様。お願いいたします。」

猫がすがりついてくる。

「・・・分かった。そこまで言うのなら。」

僕はシャッターの降りた喫茶店の前に違法駐車していた
車の陰でジーパンを脱ぎ、パンツを脱いだ。
それを猫に渡し、100円を得た。

ローソンに行った。
雑誌コーナーのグラビアを見ていると、
ジーパン生履きによる慣れない刺激があった。
店を出る時、
「ありがとうございました!
 またをこすりくださいませ!」
と店員が言ったように聞こえた。

からあげくんをかじりながら、
家路に着いた。


マルタ ホテルでの朝食

まだお互いに親しくない段階で、
会話の中に「ウンコ」という単語を挿入する女性は
往々にしてイイオンナだと思う。

はしたない言葉を“あえて”使って、
よそよそしさの壁を崩してくれるなんて、エライ。

ウンコというチョイスも秀逸だ。
下ネタも良いけれど使い加減が難しい。
ところがウンコは老若男女にセーフティだ。
文字通り、コミュニケーションの肥やし。
ウンコはかぎりなく優しく、あたたかい。

ところが。
そんなウンコと一人で対話しようと思うと、
“彼”は途端に優しさを隠してしまう。
人生の無常感をただ冷徹に語るのみだ。


マルタで迎えた朝。
僕はいつものように目を覚ました。
夢も見なかった。

今日は市街地を散策しよう。
まずは顔を洗うか。
そう思って起き上がった僕に
“彼”が無言で朝の挨拶をした。

永遠とも感じた数秒の絶句。

僕のパンツにも、そしてシーツにも“彼”がいた。

そんなバカな。
確かに昨夜は風邪気味で腹を下していたけれど、
下痢なんていつもやってることじゃないか。
なんで、こんな、地中海の、旅先で。
ああ無情!
人生は喜劇なり!


昔、しばしば寝小便をした。
そういう時はだいたい象徴となるような夢があった。

子供の僕は、夢の中でトイレを探している。
田舎に向かう国鉄の特急列車、重いトイレの扉を開ける。
半ズボンとパンツだけでいいのに、上のシャツも脱いでしまう。
揺れる列車、足をふんばり、狙いを定める。

ところが感覚がおかしい。
じわーーーーって、いつものおしっこと違う。
そして、子供ながらにも
「やっちゃった」と思いながら目覚めるのだ。


ところがこれは何だ。
起きたら、ただ、“彼”がいる。

老人が自分に諦めをつけてオムツをはく気持ちが分かった。
情けないけど、仕方ない。抗しがたいんだ。
そう遠くない未来、きっとまたその時はやってくる。

パンツと、シーツと、お尻を熱湯で洗った。
人生の無常を見た。