宿のテーブルにて。

市場で洋梨や桃を買ってきた。

欧州の物価は決して安くないけれど、
果物を買いやすいのが嬉しい。

お湯を沸かして安斎さんとお茶をした。


lala

「ブエノスディアス、セニョリータ!」
僕が声を出すと、安斎さんはこちらを振り向いて微笑んだ。
「竹内さん、お久しぶり!」
僕と安斎さんは抱き合って再会を喜んだ。

午前8時。ケニア首都のナイロビに到着した。
安斎さんとはスペインの列車の中で知り合った仲で、
数時間だけ一緒に話をしただけ。
でも、お互いにまだ旅を続けるということだったので、
ネットカフェなどを利用してメール交換を続け、
ここナイロビで再会しようということになったのだ。


タクシーに乗って、市内をまわる。
スーパーや薬局で水やビスケット、予備の虫除けスプレーを購入した。
サファリカーをレンタルし、二人で乗り込んだ。
人はみな陽気に接してきたが、
先の暴動の影響で確実に街は疲弊しているようだった。

「ねえ竹内さん、話きいてる?」

僕はよく他のことを考えていて、
人の話が脳みそを素通りしてしまうことがある。
「うん、聞いていましたよ。」
嘘です、聞いていませんでした。
「じゃあ、あと30分ね。」
「はい、あと30分です。」
何が30分なのだろうか。


それから10分も車を走らせると、建物が減ってきた。
でもその分だけ緑が増えてきた。
ケニアなんて砂漠か森か山か谷か、
一体どんなところか想像がついていなかったけれど、
その全てがあって、そして要するに赤道直下の暑い国だった。


20分。道路も悪くなってきた。
ゴツゴツと車が音を立てて揺れている。
緑が増えている。対抗車も見かけなくなった。


25分。前方に車が停まっているのが見えた。
道が塞がれていて、前に進めない。
僕はブレーキを踏んで車を停めた。
すると両脇のブッシュから数人の男が飛び出してきた。


強盗だ。


相手は3人。
Tシャツと短パン・ジーパン、
顔をバンダナで覆っているという姿で、
1人が小銃を持ち、銃口をこちらに向けている。

僕と安斎さんは両手を挙げ、車から降りた。

強盗のうち1人がサファリカーの中を物色する。
銃を持たないもう1人が僕たちのポケットに手を突っ込んだ。

財布やデジタルカメラを抜き出される。


安斎さんのウエストポーチから、
強盗が何かを取り出した。赤い、小さな箱だ。
・・・「都こんぶ」と書いてある。
箱を開けると、袋に丁寧に包まれ
白い粉に包まれたこんぶが姿を見せる。

強盗はスワヒリ語で何かをしゃべりあっている。
その内容は理解できないが、
都こんぶが何なのか図りかねているように見える。

都こんぶを持つ男が、1枚取り出し太陽に透かした。
安斎さんが「la.(食べる)」と言うと、

彼は銃を持つ男の顔にこんぶを近づけた。
銃を持つ男は、しばらく考えた後、それを口に含んだ。
「オワッ」
と銃を持つ男が都こんぶの酸味に小さく悲鳴を上げた。
その瞬間、銃口が下がった。


僕は何ともつかない大声を発しながら
無我夢中で男に飛びかかった。
無我夢中というか、半狂乱セニョール。

銃を引きはがそうとしがみつく。

いくら空手をやってたと言っても武器には勝てないし、
たとえ素手でも1人で黒人3人組に勝つのだって無理だ。
そして、、、黒人1人に勝てる腕力も、正直ない。

かつて空手を教えたポーランド人に正拳突きで一閃、
鼻血ブーにさせられたこともある。
だから腕にかみつき、股間にヒザを打ち付けた。

しかし男は苦痛に顔を歪ませながらも銃を離さない。
他の強盗2人が僕を打ち付ける。
衝撃はあるけど、まだ痛みがやってこない。

(興奮状態にあるってこういうことなのか!
 すげえ、人生で初めてカッとなった!カッとなった!
 痛くない!痛くな、、痛!死ぬ!痛!)
と思っていると、サファリカーが僕たちをはね飛ばした。

一瞬目の前が見えなくなった。
安斎さんが車に乗り込み、突っ込んできたのだ。


僕はすぐに起き上がり、
気が動転している強盗の手から
都こんぶを取り上げて車に飛び乗った。


「竹内さん!」

安斎さんが叫ぶ。アクセルを踏み込み、
前方を塞いでいた車を押しのける。

「30分たったから、運転交代しますね!」
あ、、、30分てそうだったのね。

『パパパパ』
小銃の音と同時に、サファリカーの後部ガラスが割れ、
リアバンパーだのなんだのにも銃弾が当たる音が
『バコ』だの『ベコ』だの聞こえた。
映画で見たようなシーンだ。


「竹内さん、なんで銃だの財布だの、
 数ある強盗から取り返すアイテム候補の中から
 あえて都こんぶを選んだの!?」

「ホンマにスミマセンゴメンナサイ。」


走り出して数十秒で後ろのシートが燃え上がった。
途端に車の速度が落ちてきた。
(わーなんじゃコレ死ぬかも知れんゲラゲラ)
と笑いがこみ上げてきた。


「安斎サン安斎サン、めっちゃヤバくないっすか?
 人間~五十年~!下天のうちをくらぶれば~ゲラゲラ」

「ウッサイわ!竹内さん、降りますよ!ゲラゲラ」


扉を開けて、僕と安斎さんは車から飛び降りた。
と思ったが、飛び降りたのは僕だけで
安斎さんの姿は燃え、突き進む地獄のサファリカーの中にいた。
僕は走って車を追った、車はすぐに停まったので
数十歩で追いつく事が出来た。
炎と煙でやばいことになりつつある。


運転席のそばにまわると、安斎さんは目を閉じていた。
要するに気絶していた。
「レイー無事かー」と
脳内で小声で発しながら
僕は運転席のドアを開き(ドアノブ熱っ)
安斎さんを抱えて外に運び出した。


車は爆発こそしなかったが、
『ボフッ』とか『バチバチー』とか怖い音をたてて燃えた。
安斎さんをおんぶして、少し離れた岩陰で降ろした。

不謹慎ながら、車から離れた瞬間にもうちょっと派手に

ドカーンとなって欲しかった。


////


40分後。
安斎さんが目を覚ました。
水を少し飲み、現場から離れるように歩いた。

自転車を拾ったので
2人乗りをした。


////


60分後。
自転車がパンクしたので、歩くことにした。


////


100分後。
ビスケットを食べ、水を飲んだ。
都こんぶは食べなかった。


////


105分後。
ゾウの群れを見た。吠えなかった。
とても静かに歩いていた。森もとても静かになった。


////


135分後。
気球が完成したので、点火した。
2人で空に浮いた。


////


240分後。
夕日が見えた。美しくて息が止まった。


////


295分後。
日が落ちて、寒くなった。
安斎さんを温めてあげようと抱きしめたら、
彼女の方が温かかった。
彼女は抱き返してくれた。
プラネタリウムみたいに、たくさんの星が見えた。


////


325分後。
気球の燃料が切れたので、ハングライダーに乗った。
1人用なので、僕が操縦して安斎さんが僕にしがみついた。
昔、神戸市立青少年科学館のアトラクションで
ハングライダーの運転を学んだことがあるのだ。


////


360分後。
安斎さんが僕の頬にキスをした。


////
////


875分後。
再会を約束した。HUGした。


空と電柱

その日、僕は桜井さんと夕涼みをしていた。

年上の彼女。

僕の知らないことをたくさん知っている彼女。

優しく示唆してくれる彼女。


湯浴みした髪はほのかおる。

浴衣のうなじに息を飲む。

絹のような声が僕の体をとおり抜けていく。


途端に、力いっぱいに握りっぱなしの鉛筆が
汚れ短くなるのが怖くなる。

あらぶる闘志はなりを潜める。

気付かないうち、子犬のような気分になっている。

声がかすれて、夜がこない夢をみたりする、滑稽な自分。


////


その日、僕は桜井さんを抱いた。
彼女を抱いた部屋。
綺麗に整頓され、湿気のない部屋。
僕は彼女と横たわっていた。


「ねえ。ここはウサギが跳ねたり、
 花が咲いているような、お伽話の国じゃないのよ。
 私はあなたの腕にすっぽり収まってしまう小さな存在で、
 こんな狭い部屋でもじゅうぶんな呼吸をしている。
 そんなものよ。失望したかもしれないけれど。」


「僕は部屋のこととかよく分からないけど、
 あなたはお姫様です。」


「・・・ありがと。」


桜井さんは微笑んだ。
僕は言った。


「もし今日したことで。
 もしも子供ができたとしたら、僕と結婚してください。」


桜井さんは一瞬、悲しい笑顔になった。
その瞳は僕を見ていたけれど、
視線の先はもっと遠くにあるように見えた。
桜井さんは、あきらめたように「いいよ。」と言った。


しかし翌週には生理がきたことを知らされた。
「残念だったね。」と優しい声で言った。
そして彼女は再び留学してしまった。


何年か後、アメリカの企業に就職したと聞いた。


////


桜井さんとロンドンで出会った。
僕はチャイナタウンの電話ボックスにいた。
その傍を彼女が白人男性と歩いていた。

「私、いま妊娠してるの。」と桜井さんは言った。
僕の口は「おめでとう」と言った。


////


夜、安宿のベッドに潜りこんだ。

目を閉じれば、
その向こうではウサギが跳ねて、
花が優しく咲いていた。
クサヒバリが鳴いていた。
美しい世界を独りで見ているのが寂しくなったので
目をあけて起き上がり、自慰をしてから寝た。



ゆめのくに


かさ

かつて同期の男が会社の帰りに、

一人暮らししてた僕の部屋に来たことがあった。

部屋で何をしたとか話したとか完全に忘れてしまったが、
とにかく家から出る時、雨が降っていた。

すると彼は怒り出した。

「会社に置き傘してたら盗まれた!
 めっちゃ腹立つわ~。」

雨が降ってきて、自分が傘がないという
ミジメな状況に追い込んだ奴のことを思って、怒っているのだ。


そんな彼に、僕は玄関の棚に置いていた傘を渡した。
僕の家にはユニクロで買った傘をはじめ、
300円傘など一人暮らしにしてはけっこうなストックがあったのだ。

「この傘、使ったらええよ。」

「おお、ありがとうな、たけうっちゃん。」

そして扉を開けると、玄関に光が差し込んできた。
彼に渡した傘の色や形が明らかになっていく、、、
震える彼の手。

「どないしたん?」

「お、お、お前。これ、俺の傘やんけ!
 どないやねん!殺すぞーーー」

僕は自分の傘と勘違いして、
彼の置き傘を持って帰ってたみたい。

いいじゃないか。人間だもの。

トルコ南西の港町マルマリスからギリシャ東部にあるのロドス島に渡る。
2つの土地は高速船に数時間乗れば着いてしまう距離なのだ。


ギリシャ、、、なんとなくロマンスな響きに僕はワクワクした。

港で出国許可を受けて、高速船へ乗り込む。
乗客は相変わらず欧米人ばかりだ。

しかし甲板に出てみると日本人の姿を見つけた。
きれいめの顔のハンサムガイ。首から重そうなカメラを下げている。


僕は、、、この人を知っている。
昔の彼女の元彼氏だ。


「すごい上手やねん。私、めっちゃ開発されてるわぁ。」

青年と元彼女がつきあっていた当時、
僕は彼女の恋の相談役をしていた。

いや、相談役というより、
ノロケ話を聞く役目だと言ったほうが正確と思う。
だから青年のことを僕はよく知っている。

それだけで濡れてしまうような、
溶けるようなキスをすることも。
体が芯から燃えてしまうような愛撫をすることも。
青年はすごく熱くて強くて優しいセックスをするんだ。


だがその後、彼女はふられて僕と付き合うことになった。
青年は大学を辞めて、どこかへ外国に飛んでしまったのだ。



「日本の方ですか?」

青年から声をかけてきた。

「ええ。そうです、お一人ですか?」

僕は笑顔で返事をした。


青年はとても感じが良くて、いい奴だった。
彼女から聞いていたのと同じだ。


今はアマチュアのフォトジャーナリストとして、
世界の紛争地域や貧困に喘ぐ国を飛び回っているという。


「立派ですね。
 問題意識を持つだけじゃなくて、実際に行動している。」


「いいや、僕は何も大したことできてないですよ。
 傍観しているだけというか、、、

 まわりの不幸を記録するしかないというのも、
 すごく無力感を感じます。

 僕が撮ったものがもっと外に知れて、

 世界が動くきっかけになればいいんだけど。

 日本人のあなたにすら知られていないんだから、

 本当に力不足もいいところです。頑張らないと。」


青年は憂いに満ちた笑顔でこちらを見た。
僕は貴方を違う意味で知っているんだ。

彼の表情に引き込まれそうだった。



「うん、竹内さん。
 僕は恋人一人どうすることもできなかった男ですよ。
 逃げてくるみたいに飛び出してきたんだ。
 自分に言い訳するみたいに写真を撮ってるんです。恥ずかしいことに。」


青年は、今でも彼女を想っている。


「きっと誰かいい人見つけてる。
 僕なんかより遥かにいい奴だろう。
 幸せでいてくれたらいいな。
 すごく明るい子なんだよ。」


しかし彼女が次に付き合ったのは僕だった。
最初は仲良くつきあうことができた。
彼女はあれだけ話していた青年の話を、
僕とつきあっている間は一度もしなかった。
でも僕は恋愛以前に、人との対話の仕方をあまり知らなかった。
自分勝手で配慮のない言葉で彼女を傷つけた。
そして僕は彼女を失うことになったんだ。

僕は元彼女の元彼氏を前に
なんと表現すればいいのか分からない気持ちになった。

海は透明に透き通って、空はどこまでも蒼かった。
やがて船は白い城壁が海岸沿いに建つ、
ギリシャのロドス島に到着した。


青年と一緒にロドス島をまわった。
海岸を歩き、昼食を取り、当地の城を観光した。
「撮ったげるよ。」
彼は僕のコンパクトカメラで写真を取ってくれた。


「では、良い旅を!」
僕と青年は握手をして別れた。
一人、高速船に乗り込んだ僕は座席から
波の粒を見つめ眠りについた。

やがて船はマルマリスに着いた。
僕は無言で宿に向かった。


ロドス島 旧市街


ロドス島 旧市街2