リュックの底にノートが埋まっているのを見つけた。
僕が高校時代に使っていた英語のノートだった。
今はすっかり書かなくなってしまった筆記体で、
様々な単語が綴られ、苦悶の後が見えた。
またその授業から逃れるかのように書いた落書きも
端々にちりばめられていた。
そして一番最後のページには、日記が書かれていた。
/////////////
猫をつかむ女に用あり。
1997年8月2日
/////////////
「『男の猫つかみ大会!』猫を掴むと1000万円!」
のチラシが入っていた。
消費者金融に借りた500万円を返す期日が迫っていたので、
僕は猫をつかむという女に電話をかけることにした。
妻は数分前に買い物に行ってしまった。
僕は受話器を取って番号を押した。
「金がないと終わってしまうんだ。」
「あなたのお金のために私は協力できないわ。」
「...息子が入院してて、その手術のためにお金がいるんだ。
どうにか猫をつかむ技をおしえてくれないだろうか。」
「そう。わかったわ、ただし。
条件があるの。
貴方、奥さんがいるのでしょう?
私が技を教えてる間は奥さんのことは忘れて。
これが条件よ。」
「その条件を満たせば猫がつかめる?」
「さあ。それは貴方次第ね。」
僕はコップに半分残ってる麦茶を一気に飲んで、
小便をして、顔を洗って、家を出た。
猫を掴む女の正体は妻だった。
電話で聞いた条件は妻を忘れろ、というものだった。
これを満たさなければきっと技は得られないのだろう。
僕は目の前にいる女性を「猫をつかむ女」と改めて思い直し、
妻という言葉を頭の中で分解して
二酸化炭素と一緒に吐き出した。
「いい?
どうやって猫を掴むか。
使う技はたった一つだけ、時間停止よ。
もっと正しく言えば、時点で動く、ということ。
いい?
時間というものは常に流れている、
それはブラウン管に映る、
動く滑らかな映像なのよ。
でも、その1点だけをとりだしてみれば、
それは時点というもので、
アニメーションの1コマを見るようなものなのね、
『時点で動く』というのは、
その止まっている1コマの中で動くということなの。
ときどき漫画で見るわよね、
何かの道具を使って世界の時間を止めてしまうというのが。
でもそれはたかが人間の力では無理な話だわ、
世界のあらゆる物は常に動いていて、
それは想像もつかないくらい大きなエネルギーなの。
だから私たちができるのは時間を止めることではなくて、
その時間の中の時点でより多く動くこと。
あくまでも自分一人だけのレヴェルの話なの。」
「どうすればいいのか?」
「ドラえもんの道具に
『どこでもドア』というのがあるでしょう。
あれは行きたいところを思い浮かべてドアを開けると、
その場所に行ける、という物よね?
極端だけど、あれがお手本よ。
まず、精神を動かすの。
精神に自分のすべてを支配させて、
それを空間の中に動かしていくのよ。
体のことは忘れなくてはいけない。
ある時点の中で精神が己を凌駕し、精神が猫を掴む。
そして時点が時間の流れになった時にはすでに、
体は猫をつかんでいるのよ。」
「わかった。」
僕達は2メートル程離れて向かい合って椅子に座った。
「そこから動かないで私に触れてみて。」
僕は集中力を高めていく。
僕の指は秒針が動く瞬間よりも短い瞬間に、
猫をつかむ女の唇に人差し指を当てた。
時間停止ができた。正確な動作だ。
「合格よ。」
僕と猫をつかむ女は、
いや、もう技の修得は終わった、
僕と妻はキスをした。
こうして僕は無事に男の猫つかみ大会で優勝することができた。
賞金で息子の好きなポケモンの人形を買って
病院に持っていった。
しかし、彼はすでに息を引き取っていた。
僕は500万円を消費者金融に返し、
残りのお金で息子の墓をたてて、
さらにその残りで妻と旅行した。
テレビの男が言う。
「西から昇ったお日様が東へ沈む、これでいいのだ。」
そうだ、これでいいのだ。
つらくともこれでいいのだ。
雨にまけたり、風にまけたりしながらも、
僕達は前に歩いていくんだ。
/////////////
そうだ、雨に風に。
僕は本当にたくさんのものにまけた。
座り込んだり、後ろ向きに転がったりした。
でもまだなんとか歩いている。
これでいいのか。
つらくともこれでいいのか。
それはまた今度、考えよう。
それより今、すべきことは、、、。
僕はノートを閉じて、
またリュックの奥にしまいこんだ。
代わりに成人向け雑誌を取り出し、
自慰活動に励んだ。
ラジオから、ピンクフロイドの
「あなたがここにいてほしい」が流れていた。
あなたがここにいてほしい。
あなたがここにいてほしいです。
僕が高校時代に使っていた英語のノートだった。
今はすっかり書かなくなってしまった筆記体で、
様々な単語が綴られ、苦悶の後が見えた。
またその授業から逃れるかのように書いた落書きも
端々にちりばめられていた。
そして一番最後のページには、日記が書かれていた。
/////////////
猫をつかむ女に用あり。
1997年8月2日
/////////////
「『男の猫つかみ大会!』猫を掴むと1000万円!」
のチラシが入っていた。
消費者金融に借りた500万円を返す期日が迫っていたので、
僕は猫をつかむという女に電話をかけることにした。
妻は数分前に買い物に行ってしまった。
僕は受話器を取って番号を押した。
「金がないと終わってしまうんだ。」
「あなたのお金のために私は協力できないわ。」
「...息子が入院してて、その手術のためにお金がいるんだ。
どうにか猫をつかむ技をおしえてくれないだろうか。」
「そう。わかったわ、ただし。
条件があるの。
貴方、奥さんがいるのでしょう?
私が技を教えてる間は奥さんのことは忘れて。
これが条件よ。」
「その条件を満たせば猫がつかめる?」
「さあ。それは貴方次第ね。」
僕はコップに半分残ってる麦茶を一気に飲んで、
小便をして、顔を洗って、家を出た。
猫を掴む女の正体は妻だった。
電話で聞いた条件は妻を忘れろ、というものだった。
これを満たさなければきっと技は得られないのだろう。
僕は目の前にいる女性を「猫をつかむ女」と改めて思い直し、
妻という言葉を頭の中で分解して
二酸化炭素と一緒に吐き出した。
「いい?
どうやって猫を掴むか。
使う技はたった一つだけ、時間停止よ。
もっと正しく言えば、時点で動く、ということ。
いい?
時間というものは常に流れている、
それはブラウン管に映る、
動く滑らかな映像なのよ。
でも、その1点だけをとりだしてみれば、
それは時点というもので、
アニメーションの1コマを見るようなものなのね、
『時点で動く』というのは、
その止まっている1コマの中で動くということなの。
ときどき漫画で見るわよね、
何かの道具を使って世界の時間を止めてしまうというのが。
でもそれはたかが人間の力では無理な話だわ、
世界のあらゆる物は常に動いていて、
それは想像もつかないくらい大きなエネルギーなの。
だから私たちができるのは時間を止めることではなくて、
その時間の中の時点でより多く動くこと。
あくまでも自分一人だけのレヴェルの話なの。」
「どうすればいいのか?」
「ドラえもんの道具に
『どこでもドア』というのがあるでしょう。
あれは行きたいところを思い浮かべてドアを開けると、
その場所に行ける、という物よね?
極端だけど、あれがお手本よ。
まず、精神を動かすの。
精神に自分のすべてを支配させて、
それを空間の中に動かしていくのよ。
体のことは忘れなくてはいけない。
ある時点の中で精神が己を凌駕し、精神が猫を掴む。
そして時点が時間の流れになった時にはすでに、
体は猫をつかんでいるのよ。」
「わかった。」
僕達は2メートル程離れて向かい合って椅子に座った。
「そこから動かないで私に触れてみて。」
僕は集中力を高めていく。
僕の指は秒針が動く瞬間よりも短い瞬間に、
猫をつかむ女の唇に人差し指を当てた。
時間停止ができた。正確な動作だ。
「合格よ。」
僕と猫をつかむ女は、
いや、もう技の修得は終わった、
僕と妻はキスをした。
こうして僕は無事に男の猫つかみ大会で優勝することができた。
賞金で息子の好きなポケモンの人形を買って
病院に持っていった。
しかし、彼はすでに息を引き取っていた。
僕は500万円を消費者金融に返し、
残りのお金で息子の墓をたてて、
さらにその残りで妻と旅行した。
テレビの男が言う。
「西から昇ったお日様が東へ沈む、これでいいのだ。」
そうだ、これでいいのだ。
つらくともこれでいいのだ。
雨にまけたり、風にまけたりしながらも、
僕達は前に歩いていくんだ。
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そうだ、雨に風に。
僕は本当にたくさんのものにまけた。
座り込んだり、後ろ向きに転がったりした。
でもまだなんとか歩いている。
これでいいのか。
つらくともこれでいいのか。
それはまた今度、考えよう。
それより今、すべきことは、、、。
僕はノートを閉じて、
またリュックの奥にしまいこんだ。
代わりに成人向け雑誌を取り出し、
自慰活動に励んだ。
ラジオから、ピンクフロイドの
「あなたがここにいてほしい」が流れていた。
あなたがここにいてほしい。
あなたがここにいてほしいです。
