これは答えは一つではないと思います。

 

ただ、なぜ義務教育があり、国が1人
約700万円を投入して教育を施すのか。

 

その意義は考える必要があります。

 

ただ、学校に行って学ぶ意味は、

「集団の中でどう生きていくかを

 自分なりに見つける」

 

「日本人として生きていく上で
 必要な学力を身につける」

 

「自分がやりたいことと、やらなけれ
 ばいけないことの区別をつけて、
 やらなければならないことを 

 こなしていく力をつける」

 

大きく言えばこの三つだと思っています。

 

英語を話せても、会話の中身がスカスカ
 

こんな人はいくらでもいます。

 

結局、少なくとも中学卒業レベルの

教養と知識、経験がなければ、英語を
話せることが本当の意味で役には立たない。

これは断言できます。

学校教育に携わる者として、思うのは、

いつまでたっても日本人が英語を話せる

ようにならない原因は入試にあります。

 

高校入試、大学入試の英語で英会話を
必須にすれば、そのための授業が組まれ
ますから、少なくとも本当に話せるように
なるために勉強する人は増えます。

海外に出て勉強するのは、中学が
終わってから。

日本人としてのアイデンティティが

きちんと備わってから。

 

これが私の意見です。

私も知りませんでした。

 

日本以外にもきちんと整理整頓
を大事にするチームがあるなんて。

 

次男が自分の目で見て感じてきたことを

大事にしてほしいし、大人も大事にして

あげたいと思います。

 

私も自分自身、もっともっといろいろな国の
人とふれて、視野を広げないといけないな

と改めて感じました。

 

仕事柄、自分をどんどんレベルアップさせ

ていかないと、子供達に見透かされて
しまいますからね。

となり町の野球スポーツ少年団が
人数不足で大会に参加できない

という記事が、地元の新聞に掲載

されていました。

 

一方で、公式戦には出場せずに、

季節に応じて野球とサッカーを楽しむ

スタイルの少年団は、40人以上の

大所帯になっています。

この2つのチームは同じ町内にあります。

 

これが、現在野球界が受け止めなくては

いけない現実だと思います。

 

公式戦に出場するとなると、やはり勝たなく

てはいけない。

 

勝たなくてはいけないチームを短期的に

作ろうと思うと、守備を固めなくては

いけませんから、バッテリーは固定。

 

ノックを打ちまくって罵声を飛ばしまくる
指導になってしまいがちです。

 

バッテリーはしんどすぎて楽しくない。

 

その他の子達はミスして怒鳴られる

だけで楽しくない。

 

試合に勝っても、そこに充実感を

覚えるのは大人だけになりかねない、

という現実があります。

 

公式戦には出場しないで、たまに

練習試合やローカル大会に出て、

オフシーズンにはサッカーをして

スキーにも行く。 夏はキャンプや

野外活動もする。

 

勝てないとしても、どちらが楽しいでしょうか?

どちらが長続きするでしょうか??

 

野球を始める小学生の段階から、

ガチで勝ちにこだわる野球以外の

選択肢がない。

 

スポーツとして野球を楽しみたい子供達

への選択肢がない。

 

ここが、いま野球界が抱えている最大の

問題だと思っています。

小学生を勧誘する親たちも、当番や送迎など

の負担があるので、手放しで誘うわけには

いきません。

 

県大会〇回出場・甲子園出場選手〇人
ここに魅力を感じる子供達はいない。
(親はわかりませんが)

 

だって野球を知らないところからスタート

するんですから。


解散は時間の問題でしょう。

そろそろ中学2年も終わりに差し掛かった

長男、高校受験のことを考えないと

いけない時期になりました。

 

学習指導要領が改定され、大学

受験もこれから大きく変わっていきます。

 

大学受験のない付属高校や系列校

に進学させたい親御さんの気持ちが

私もよく分かるようになりました(笑)

 

プロを目指して野球を頑張っている

にせよ、プロ野球選手になったとしても

引退してからの人生の方が長い。

 

これまで野球しかしてきてないから、

野球に関わる仕事以外はできない!

 

そんなことでは困りますし、家族を

幸せにすることは難しい。

 

野球も勉強も目いっぱいできるところを。

 

そう考えると、選択肢はそれほどない

ものですね。

 

アメリカやヨーロッパは、文武両道は

当たり前というところが多い。

 

「スポーツと勉強の両立なんて、普通のこと。

 サッカー大国ドイツの場合」

https://victorysportsnews.com/articles/6026/original

 

 

「運動部学生に文武両道の全人格教育を!

 アメリカの学生スポーツ界を土台で支える

"もう一つのTPP"とは」

https://cakes.mu/posts/2514

 

 

スポーツするなら勉強するのが当たり前。

 

そういう意識で進路を決めてほしいと

思います。

 

もちろん、根底には子供の知的好奇心が

あるということが大前提ですが。

昨日は部活のことを取り上げました。

 

私自身、部活顧問を長年やっています。

 

部活の意義、教育的な価値はあると

考えています。

 

先生方に負担がかかるのも理解しています。

 

今のままではいけないことも分かります。

 

しかし、ですよ。

 

部活を指導したくて教師になった先生

そういう先生に指導してもらいたい生徒

はどうなるんでしょうか?(部活を指導し
たくて教員になった先生を、部活反対派
の人たちは見下す傾向にあります)

 

また、経済的な理由でクラブチームや

地域総合型スポーツクラブで競技が

できない生徒たちは路頭に迷います。

 

お金があるかどうかで学力格差が

生まれる時代ですが、お金がない人は

スポーツをするな、という時代が
来てしまってもいいものでしょうか。

 

最大の問題は、先生になる人たちは

採用される段階で

 

「部活指導はできるか」

「部活についてどう考えているか」

 

という項目を聞かれて、マイナスの
返事はしていないはずなんです。

 

採用されたくて嘘を言ったとしたら、

義務を果たさず権利だけ主張している

ことになりはしないでしょうか。

このことを部活反対派の先生に質問
しても、いつも感情的に

「本来教師の業務でない部活は強制

 すべきでない」

 

と機関銃のように言われて終了です。

 

自分の採用試験の時の発言に対する

責任・義務と権利主張について、明確な

答えはいまだ返ってきていません。

 

部活のあり方は考えなくてはいけない。

 

これはもっともだと思います。

しかし、いったんなくしてしまってまた
復活させている土曜授業のような
ことになりはしないでしょうか。

楽を覚えてしまうと、教師と言えども
元にはもどりにくいものですよ。

そして、犠牲者はいつも子供達です。

クラブチームでは教えられない躾と
クラブチームでは生まれない地域と
学校への愛着が部活にはあります。

長男はやむを得ずクラブチームに
行っていますが、人間教育という
点においては部活の足元にもおよば
ないということを付け加えておきます。