昨日は部活のことを取り上げました。

 

私自身、部活顧問を長年やっています。

 

部活の意義、教育的な価値はあると

考えています。

 

先生方に負担がかかるのも理解しています。

 

今のままではいけないことも分かります。

 

しかし、ですよ。

 

部活を指導したくて教師になった先生

そういう先生に指導してもらいたい生徒

はどうなるんでしょうか?(部活を指導し
たくて教員になった先生を、部活反対派
の人たちは見下す傾向にあります)

 

また、経済的な理由でクラブチームや

地域総合型スポーツクラブで競技が

できない生徒たちは路頭に迷います。

 

お金があるかどうかで学力格差が

生まれる時代ですが、お金がない人は

スポーツをするな、という時代が
来てしまってもいいものでしょうか。

 

最大の問題は、先生になる人たちは

採用される段階で

 

「部活指導はできるか」

「部活についてどう考えているか」

 

という項目を聞かれて、マイナスの
返事はしていないはずなんです。

 

採用されたくて嘘を言ったとしたら、

義務を果たさず権利だけ主張している

ことになりはしないでしょうか。

このことを部活反対派の先生に質問
しても、いつも感情的に

「本来教師の業務でない部活は強制

 すべきでない」

 

と機関銃のように言われて終了です。

 

自分の採用試験の時の発言に対する

責任・義務と権利主張について、明確な

答えはいまだ返ってきていません。

 

部活のあり方は考えなくてはいけない。

 

これはもっともだと思います。

しかし、いったんなくしてしまってまた
復活させている土曜授業のような
ことになりはしないでしょうか。

楽を覚えてしまうと、教師と言えども
元にはもどりにくいものですよ。

そして、犠牲者はいつも子供達です。

クラブチームでは教えられない躾と
クラブチームでは生まれない地域と
学校への愛着が部活にはあります。

長男はやむを得ずクラブチームに
行っていますが、人間教育という
点においては部活の足元にもおよば
ないということを付け加えておきます。