今日の夕食後、下の子供のリクエストで散歩に行きました。




夕闇が迫る中、わずかな夕焼けに感動し、


おだやかな風景に心が和みました。




そして、何より子供と何気ない会話を延々とできたこと




あまりにもありふれたことですが


100%会話に集中して


しっかり心が向きあって聞き、話したこと




本当に何気ない会話でしたが、とても心癒されました。




そして、歩道を歩く時、


あなたがお母さんより大事なんだよ


ということを伝えることができました。




普段、家の中で一緒にいると


なかなかそのような話しはできないですし


やることがいろいろあって


話しに集中することも難しいものです。




でも、いつもと違う風景の中に解き放たれると


やらなければ、やりたい・・など


頭で考えていることからも解き放たれ


心が解放されるのかもしれません。




そんな心が解放された


何気ない瞬間の何気ない会話が


人間が生きる上での


ものすごい力になるのかもしれない


そんなことを思いました。





皆様は暑い夏をいかがお過ごしでしょうか?




私にとってこの夏は「変容」「死と再生」「再創造」の時期のように思います。




7月が始まった頃から、意識が内側に向いていき


気づく必要があるもの、いらなくなったものに


焦点を当てようとしていた気がします。




その頃からブログもお休みがちになり、なかなか更新もできていないのです。


ブログを通して外とつながるより、内側とのつながりを太くする時期のようです。




いろいろなサイクルがあり、浮き沈みがあったりしますが


沈んでいる間が必ずしも悪い時期ではなく、


次に備えるための準備をしていることはよくあります。




その時期がないと、次に備えられないのです。




ボイジャータロットでも「死」「よどみ」「抑圧」など


一見ネガティブに見えるカードがありますが


ふるいの中から砂金を見つけるように、


古いもの・いらなくなったものをふるいにかける時期


というのは、必ず必要なのです。




そういう時期がきたかな、と思えば、無理に行動したり落ち込んだりせずに


自分が持っているもの


(態度・思考・感情・過去に執着しているもの・人間関係などなど)


をゆっくりと見直してみることをおすすめします。




タロットなどカードを使うことで、


「今はこういう時期なんだ」ということがわかり


不必要にジタバタすることもなくなります。




うまくいかないことを穏やかに「受け入れる」ことができるようになると


また新しいステージが待っていますよ^^

今日、子供達とハリーポッターの映画を見てきました。

その中での印象的な言葉

「言葉は魔術!」


言葉は人を傷つけることも癒すこともできる、魔術だ

というセリフがありました。


言葉を使わない日はないくらい当たり前のものですが

言葉の威力について、あまり考えることはないように思います。


ふとした一言に救われたことは誰にでもあることではないでしょうか。


何気なく言った一言に

「元気をもらった」とか「救われた」と言われると、

そんな言葉を言った覚えはなくて

不思議な感覚になることもあります。


反対に、余計な一言を言ってしまった・・・と後悔することも

たまにあります。


たとえ、一人でいたとしても

頭の中で考える時、

必ず言葉を使っているのではないでしょうか。

言葉なしに考えることは不可能でしょう。


言葉があるから

言いたいことを言う事ができ

自分の思いを形にしたり

人に伝えたりすることができるのでしょう。


そして、「想像する」ことも言葉があるから

想像できるのでしょう。


言葉に魔力があるから

人から言葉を欲しくなるのかもしれません。


認めてもらったり

愛してもらったり


何かしら言葉が欲しくなるようです。


言葉の意味するもの

意味する範囲も

人それぞれ違っていて

ある意味、別世界に住んでいるようですね。


言葉の魔術

さあどのように使いましょう?

4日ほど家を離れていたので、

その間いつもとは違うものをいただいていました。


いつもと違うとまずお通じが変わります。


そして、精神的にも変わってくるように感じました。


いつも食べないものを食べたり、

いつもよりたくさん食べたりすると

肉体だけではなく、精神にも影響があるようです。


お国柄といいますが、そこで食べられているものにも

影響を受けているのでしょうか。


その食物がどれくらい大切に育てられているか、

も関係しているようにも思えます。


即効性はないですが

考え方や行動を変えたければ

食べるものを変えてみるのも

一つの手かもしれないですね!



本日から24日(日)まで不在にします。


申し訳ありませんが、

メール・お電話等に応対できませんので

よろしくお願いいたします。

今年も咲きました。


サンスベリアの花です。


清楚にただ存在している

そんな感じが素敵です。



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子供ができて、仕事をやめざるを得なくなった時

仕事人間だった私はやり場のないエネルギーを持て余していました。


何かしたい!でも何を?


とりあえず自分が好きなハンドメイドを

子供が寝た後のわずかな時間にしていました。


していたのは当時流行っていたビーズアクセサリー作り。


ビーズをネットで検索して買うのもとても楽しく、

見ていてもきれいで癒されるので

どんどんたまっていきました。

(作るより買う方が多かったのです・・・;)


参考書を買ったら勉強した気になるのと同じ・・・


そのビーズがまだたくさんあるのです。


最近、「昔の恋人との甘い思い出に浸るのをやめなさい」という

カードがでて、「昔の恋人」?と意味がわからりませんでした。


でも、ビーズが入っているケースを見た時

「これかも!」と思いました。


「ハンドメイド」を手放していないのかも。


いくつか作ったら手放そう、そう決めました。


そして、昨日久しぶりに作ったのがこちら ↓



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↓ これはパワーストーンのブレスレットが切れてしまった石で

作ったもの (ありあわせの作品です)

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↓ これは、ほとんど出来上がっていて、仕上げだけしました。

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久しぶりに作ると楽しくて、時間を忘れて作っていました。


夏休みが終わるまで、もう少し楽しもうかな?


どなたか一緒に作りませんか?

先日、テレビでしていた映画「マトリックス」を録画したのですが


録画機能が悪く、最後まで録画できていませんでした。




途中まで見た子供に、DVD借りてきて~と言われ、3部作を借りてきたのでした。




子供達はおもしろかった!!と言って、何度か見ていたようです。


私は見損なっていたのですが、昨日とおとといで3作とも見ることができました。




おもしろかった!!




わからないところもありましたが、いろいろ考えてしまいました。


(何でも深読みしてしまうのが、最近の悪いくせかも・・(^_^;))




人類全体のマトリックスはないにしても


個人としてみれば、もしかしたら


マトリックスのような世界を自分でつくってしまっているのかもしれないな


と思ってしまいました。




プログラミングされたものにそって、考えていたり行動していたり・・・。


これはこういうものだ、というものが出来上がってしまっていたり・・・。


何かの経験をすると、プログラムに上書きしたり・・・。


予測できない事態になるとどうしていいのかわからなくなったり・・・。


自分でコントロールできないと思い込んでしまったり・・・。




「自分探し」や


「本当の自分になる」という最近よく聞く言葉、


このマトリックスから出て現実に戻るということ


かもしれないな、と思いました。




映画「マトリックス」では


この現実さえも機械に支配されているのですけれどね。






あと


「スプーンを曲げようと思ったらだめだよ。


自分がスプーンになるんだよ!」というセリフ・・・。


深いです・・・。

今日、シンギングボールがお越しになりました!


以前、パステルアートのワークショップに行った時に

持って来られた方がいて、その素敵な音色に

すっかりはまってしまっていたのです。


いつか欲しいな~と思いつつ、月日は流れ

最近、急に思い立って注文したのです。


本当は実物を手にとって購入したかったのですが

お店は東京・・・

「私にあったのが来る!」と信じて

通販で買いました。


シンギングボールは、どれでも誰でも鳴るわけではないそうなのです。

持っていた方もお店でいくつかならしてみて、

5つめに鳴ったとおっしゃっていたように記憶しています。


ですから、ちょっと不安だったのですが、

予想通り、ちゃんと鳴りました!!


まだ、100%の音色が出せているようには思えませんが

深い音色と手に伝わってくる振動がとても心地よく感じました。


これを鳴らしながら、瞑想会なんていいなぁと

また、一つしたいことが増えました♪


しばらく、この相棒とたわむれてみたいと思っています。



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「ありがとう」

「ごめんなさい」


何かをしてもらった時

何かをいただいた時

自分に過失があった時

など、よく使う言葉ですね。


でも、先日思ったのです。


本当にそう思っているのだろうか?


そう思っているから、言っているつもりでした


「つもり」、と書いたのは、

実は、どれだけ本当にそう思っているのか

自信がなくなってきたからです。


これは、そう思っていないということではありません。


100% ありがたいと思っているのか。

100% 申し訳ないと思っているのか。


こういう場合には、「ありがとう」というものだ。

こういう時には、「ごめんなさい」というものだ。


そのような「習慣」から、言葉を発していることも

多いのではないだろうか、

そんなことが頭をよぎりました。


おはよう、いただきます、ごちそうさま、

いってきます、いってらっしゃい

ただいま、おかえりなさい

おやすみなさい


毎日繰り返される挨拶も

もし、その相手があと1週間しか挨拶を交わせないとしたら・・・

ただの言葉ではなく、深い思いののった言葉になるでしょう。


相手に100%の意識を向けているかどうか

どれだけ「本当に」「心の底から」思っているか、

ではないかと思います。


言葉が先にあるのではなく、

「心の底からの思い」を伝えるものが言葉だと

改めて気がついたのです。


心の底から「感謝して」言う、「ありがとう」

心の底から「ありがたい」と思って言う、「いただきます」

心の底から「無事に帰ってきてくれて、ありがとう」と

思って言う、「おかえりなさい」


今あるすべてのものが「奇跡」だと思うと

発する言葉の重みも変わってくるように思います。


いつも重い言葉でなくてもいいのでしょうが

そんなこともちょっと気にとめておきたいな

と思いました。