蘭のブログ -103ページ目

『角煮まんじゅう』

イメージ 1

新しい長崎名物の一つとして全国的に有名になった、『角煮まんじゅう』

もともとは長崎の強度料理である『卓袱料理』の中のメインディッシュである
『トンポウロウ』豚の角煮をもっと手軽に食べたいということで生まれたそうです。

トロトロの角煮がお饅頭の皮に包まれて、カラシをつけて食べると、なんとも美味しいのです。
一度食べると、また食べたくなります。

明太子と同じく色々なメーカーから出ていますが、岩崎本舗が一番有名、でしょうか。
お取り寄せもできます。

「のだめカンタービレ」Lesson6

イメージ 1

のだめは千秋の演奏したラフマニノフを聞いて「もっとピアノを練習しなきゃ!」と駆け出します。

千秋はとあるホテルのスィートルームで美女に囲まれ目を覚まします。演奏会後、シュトレーゼマン
にあちこち引き回され蛸とを思い出します。シュトレーゼマン本人は既に帰国してしまいましたが、
秘書のエリーゼは、あんなに楽しそうに指揮をする彼を久しぶりに見たといいます。

彩子は主役の座をブー子に取られ落ち込み、千秋の部屋を訪ねます。そこで千秋に「声は綺麗なのだが
歌がつまらない」と言われます。「彩子の性格である、もっと底意地の悪さをだせば歌に幅が出る」
とアドバイス(?)を受けます。

彩子が千秋のベッドでうたた寝をしていると、ぼろぼろになったのだめが部屋に入ってきます。
今まで寝食も忘れ、ラフマニノフを弾いていたというのだめを千秋は大学へ引きずっていき
ソロパートをのだめに弾かせ、自分はオーケストラパートを弾いて合わせます。
もの凄い速さと迫力で弾ききったのだめをみて、千秋はこの才能をなんとかしなければと思います。

清良は卒業後院へ進むことにしたといい、千秋に一緒にオーケストラを作ろうと持ちかけます。
清良の呼び掛けで、オーボエの黒木君、チェロの菊池君、ヴァイオリンの木村君が集まります。


千秋とのだめのラフマニノフの連弾はもの凄い迫力でした。
テンポがとても速く、これを引き立てるためにLesson5ではゆっくり演奏したのか、と
思ってしまいました。それにしても、のだめはこれを楽譜を見たわけではなく、耳で聴いただけで
弾いているという設定な訳ですが、そんなことは実際には可能なのでしょうか。凄いです。
先週に引き続き、今週もラフマニノフを堪能しました!

彩子のシーンは原作に添ってもう少し丁寧に描いて欲しかったです。
これで彩子は吹っ切れて、自分を取り戻し立ち直っていくのですから。

いよいよR☆Sオーケストラが始動し始めます。クロキン達の活躍が楽しみです。



https://blogs.yahoo.co.jp/OTHER-IMG/ybi/1/4c/e7/pokodon818/folder/1126641/img_1126641_30709168_1?20060622094449



先日、のだめのロケ地の「洗足学園」を偵察してきました。
ドラマにいつも出てくるレンガの広場が門を入ってすぐの所にありました。
のだめが乗っかった丸い石の置物もしっかり置いてあります。
ドラマではベンチがいくつも置いてありますが、実際にはなにもないスペースになっています。
TVでは広く見えますが、実際の広さはTVで見るイメージの半分位です。
警備がなかなか厳しく、やたらとは入れません。(私たちは受験したいというお嬢さんの母と
一緒だったのでそれを理由に入りましたが)

その日も建物のなかで撮影が行われていたようですが、出演者らしき人には誰にも会えませんでした。
残念!

『ミュンヘン』を観ました

イメージ 1

2005年  アメリカ
監督・・・スティーブン・スピルバーグ


1972年9月5日、ミュンヘン・オリンピック開催中に、パレスチナゲリラ「黒い9月」による
イスラエル選手団襲撃事件が起こる。人質となった選手役員11人全員が殺されてしまう。
これに激怒したイスラエル秘密情報機関「モサド」は、暗殺チームを編成し首謀者11人の
暗殺を計画する。アフナーはそのリーダーに任命され、仲間4人とともに11人の殺害を
実行していく。しかしそのうち、首謀者を抹殺しても、また新たな敵が生まれてくるだけで、
いつまでもいたちごっこであることや、自分や自分の家族にまで危害が及ぶかもしれない
ことなど、次第にこの任務に疑問を感じるようになっていく。


ミュンヘン・オリンピックで実際に起きた事件をもとに、暗殺を命じられたアフナーやその
仲間達の苦悩がよく描かれています。

冒頭で「あなたたちは、存在しない」といわれて秘密裏に暗殺を命令されるアフナー。この始め
のシーンから、こういう戦いの理不尽さを感じました。

「爆弾での殺害がいい。そのほうがより目立ち、世間にアピールできるから」という上層部の
命令にテロとはそういうものなのか、と考えさせられてしまいました。

どんどん殺害を繰り返すうちに、「慣れてきてしまった」とそのことに戸惑うアフナー。
またいつまでもなれることができず、精神的に追い詰められ自ら命を絶ってしまった仲間。
目的は違いながらも同じ隠れ家で一夜をともに過ごした相手を、翌日には射殺しなければならない
やりきれなさ・・・
暴力での制裁は相手からの新たな暴力しか生まない、というわかりきったテーマではあるのですが
それをこれでもか、と見せ付けられたような気がしました。

「ミュンヘン」に限らず、暴力の応酬から生まれる恐怖を描いた映画は多いのに、世界では
争いが一向に絶えることが無いというのも、本当に悲しいことです。