世界一わかりやすいスピリチュアル 100問100答 -4ページ目

世界一わかりやすいスピリチュアル 100問100答

興味を持てば持つほどにモヤモヤと立ちのぼる「?」に直面するスピ女子・まぁちゃんが、
蛇の道はヘビに聞け──スピリチュアル専門家マナブー先生と人気セラピストもっさんに、にあらゆる角度から100問100答、疑問をぶつけていきます。毎週土曜更新中。

新年のごあいさつ

晴れ謹賀新年晴れ

2016年初のスピ100ブログ 気持ちもあらたに新年のごあいさつからはじめさせていただきたいと思います♪



マナブー先生からの新年ごあいさつ


みなさん 明けましておめでとうございます。

質問にはできるだけ分かりやすく、偏りなくを心がけているとはいえ、ときには小難しく、そして長くなる話にもおつきあいいただき、読者のみなさんには心より感謝しております。


このブログを通じて、正統派の「健全スピリチュアル」がわかりやすくお届けできる相互の窓口ができてきたこともうれしかったです。


スピリチュアル初心者のまぁちゃんの目線を通じて、みなさんと同じく私自身が今度はどんな問答が上がってくるのか?

実は毎週楽しみにしております。


わたしの今年の活動は「さらに充実~エソテリック!」という感じで、4月から少しやさしい新講座、5月末~6月初めはエソテリック・リトリートを予定してます。


FBの「神尾学公認ページ」(←こちらをクリック)に企画は随時載せております。


よろしかったら、リアル・マナブー先生に、会いにきてください!」


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もっさんからの新年ごあいさつ


みなさま、明けましておめでとうございます。
東京は快晴で、心地よい新年のスタートとなりました。
みなさまはどんなお正月を迎えられましたか?


僕は昨年末に自宅近くの明治神宮の大祓に行き、
今年あったすべてのこと
(うまくいったこと、もっとできたかな、ということも・・)
すべての出会いに感謝して、手放してきました。


その後、自宅の大掃除と、新年を迎える準備を行いましたが、
大祓にて1年の穢れをクリアにしたり、お掃除したりすると、
とてもスッキリしますよね。

明けて元日はスッキリした我が家で「元旦の計」をたてました。
清浄に落ち着いた空気で新年を迎える──

まさにスピリチュアル(厳粛)な年越しでした。


そうした日常のなかにたくさんスピリチュアルを感じたりするわけですが、
今年ももっさんは「日常的に感じるスピリチュアル」を通して、みなさまの
学びのお手伝いができればと思っております。


本年もどうぞよろしくお願い致します!


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ブログ主まぁちゃんからの新年ごあいさつ


ブログを読んでくださる──
わたしを知っている方、知らない方、本日初めましての方、すべてのみなさま、
昨年中はたいへんお世話になりました。


毎回、質問を進めるうえでかえってくる回答は、日常生活では、
なじみのうすい分野の話であったり、独特の用語が使われていたり──
なかなかわかりずらい部分もあったかと思います。

それでも、わたしと同じように「スピリチュアルのあれこれ」に
おおいなる疑問とふか~い興味をもっていて、
ブログを楽しみに読んでくださっているみなさまがいたからこそ
毎週元気にブログ更新してこれたと思います。

PV数やいいね! は思ったよりも励みになっています!!(笑 
ありがとうございました。

今年はこれを読んでおけば
「スピリチュアルの基本はばっちり習得」を目指して、
よりわかりやすく、かゆいとこに手がとどく、そんなブログにしていけたら、と思ってます。


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スピ100ブログ、普段はなかなかゆっくり読むお時間ない方もいらっしゃるかと思いますが、
少しゆっくりできるお正月。おうちでのんびり、旅の途中の読書がてら、
まだ読んでいなかった記事がありましたら、ぜひ読んでみてください♪ 

今年もよろしくお願いいたします。


Photo credit: spDuchamp via Foter.com / CC BY
問41 そもそも「神智学」ってなに? どこの国の学問ですか? 

答41 西洋、東洋、宗教、思想、哲学、さまざまな流派、すべての差は表面的であり、本質的には違いがないという「折衷主義」がその核になっています。形而上学のひとつともいえ、西洋で発展し、現代の欧米スピリチュアル・ヒーリング界で「神智学」は「権威ある基礎知識」になっています




本日の問答記録 (2015年 12月 ヨヨギ某所)





まぁちゃん
マナブー先生が長年研究をしている「エソテリック・ヒーリング」をはじめとするA・ベイリーの著作内容は、神智学の流れを受け継いで書かれていると聞きました。 

ところで、、、、この「神智学(しんちがく)」
名前はみなさんもどこかで聞いたことがあっても、ぼんやりとしか知らない、どうも謎めいた部分が多いようですが、、、

いったい「神智学」ってなになのでしょう? いつの時代、どこの国のものですか? 


マナブー先生
最初に神智学/Theisiphy(テオソフィー)という言葉を使ったのは、古代ヘルメス思想やピタゴラス・プラトンの思想を引き継いだ、アレクサンドリアのアンモニオ・サッカス(3世紀頃)という哲学者です。

ただ、こんにち一般的に「神智学」と言えば、1800年代後半、ロシア出身のブラヴァツキー夫人を中心に設立した、神智学協会(1875年アメリカで設立)に端を発する「近代神智学」のことを言います。

この「近代神智学」の知識、みなさんにもとても深い関わりがあると言えます。


もっさん
そうそう! 

ヒーリングやスピリチュアルに関わる分野で、最近ではよく知られている、基本となるようなスピリチュアル用語、たとえば「エーテル体」や「アストラル体」なんて言葉は、実は「近代神智学」の文脈のなかで定義され、使われてきたと言われています。


まぁちゃん
このブログにもよく登場しているスピリチュアル用語の発祥が「神智学」?!
それはおもしろそうな学問ですね~。

んん? と、そもそもこれは学問? それとも宗教? 


マナブー先生
学問という言い方をするならば、物事の本質を追求した思想哲学体系であり、形而上学(けいじじょうがく)のひとつと言えます。


まぁちゃん
形而上学??? とは???

もっさん
形而上学(英:metaphysics)と言うのは、哲学のいち分野です。

一般的な科学が扱うような目に見える現象、手に取れる現象を超越した、ものごとの「本質」や、世界の根本的な成り立ち、原理、人間をふくめそれらの存在の理由を、理性的な思考と直観によって研究・認識する学問なんです。

現代の科学では証明できないような、神や世界、存在、霊魂などがその主要のテーマになります。


まぁちゃん
形而上学、、、なかなか難しい学問そうですね。

では、「神智学」で研究されている形而上学的な内容って、どんなものなのですか?


マナブー先生
古来から伝わる「神智学」の思想の共通点は、いちばん最初に言葉をつくったアンモニオ・サッカスが語った「折衷主義」にあると言えます。

宗教思想哲学、さまざまな流派すべてのおおもとでは、みんな繋がっている、それらの表面的な差も本質的には違いはなく、おたがいが助け合う関係である──という考え方です。


まぁちゃん
へえ~。
では、、、西洋、東洋、どこの国発祥のもの、という訳ではないんですか??


マナブー先生
そうとも言えます。
ただ、東洋のヒンドゥー教などは、もともと包含的な性質をもっているのに対し、西洋では排他的な思想が多いので、やはり西洋でその必要性が強かったということがあると思います。

今回は「神智学」への理解を深めるために、その歴史にフォーカスしてみましょうか?


まぁちゃん
いいですね!

では、西洋での必要性が高かったということですが、ではその「源」はどこなのでしょう?


マナブー先生
あまり古く遡ると大変なので、ブラヴァツキーの近代神智学成立前夜に、その準備のために登場したとも考えられる「心霊主義」あたりから行きますね。

近代における心霊主義は1700年代、霊的体験から著作を多数残したスエーデンのエマーヌエル・スヴェーデンボルグにはじまるともいえますが、大きな社会的現象になったきっかけは、1800年代になりアメリカのフォックス姉妹が霊媒となって行われた交霊会でした。彼女らがおこしたポルターガイスト現象、ハイズビル事件は大きな注目を集めて、先端科学者も参加しての研究が、とても盛んになったのです。

唯物的な科学が勢力を強める一方で、それだけでは説明できない現象をも科学的に究明しようという心霊主義が台頭する気運のなか、高度な霊媒として心霊主義者として活動をしていた ロシア出身のヘレナ・P・ブラヴァツキー(1831~1891) 通称ブラヴァツキー夫人は、1875年にオルコット大佐を初代会長にたてた「神智学協会」を設立。いままで関わってきた心霊主義とも決別して「ベールをとったイシス」や「シークレット・ドクトリン」といった著作で有名になりました。
彼女の著作「シークレット・ドクトリン」が後世に与えた影響は絶大と言われ、アインシュタインやエジソンも愛読していたとされています。


まぁちゃん
アインシュタイン! エジソン!


マナブー先生
ほかにも著名人はたくさんいますが。。。。今回そこまでお話すると大変なので、先ほどの話の続きを進めていきましょう。


神智学協会のアメリカ本部は、設立後ほどなくインドに拠点を移し、このふたりを中心に活動を展開してきます。

そしてこのブラヴァツキー~オルコット体制の後を継いだ第2世代が、イギリスの神智学者アニー・ベサント(1847~1933)と同じくイギリスの神智学者で作家チャールズ・ウェブスター・リードビーター(1847~1934) のふたりです。

ベサントが2代目会長として政治や組織面で活躍するかたわら、優れた霊能力をもっていたリードビーターはブラヴァツキー夫人の啓示的な情報を核にインド思想で補完して、神智学を体系化していきました。

現在日本で入手できるもっとも本格的な神智学の解説書である「神智学大要」(全9巻:出帆新社)は、リードビーターによって体系化された神智学の概要です。

ただ、リードビーター自身は多数の著作を残すとともに、後年しだいに霊能力に変調をきたしてしったがため、混乱した情報を伝えたことで後に問題も残したと考えられています。


この時期を前後して、
クリシュナムルティーや日本でも有名なシュタイナー、そして現在わたしがメインの研究対象にしているアリス・ベイリーといった人材も登場してきます。


まぁちゃん
哲学者であり教育者のクリシュナムルティー。
シュタイナー教育が人気のルドルフ・シュタイナー。そして新時代の アリス・ベイリー。

そうですか~、みんな神智学と関連があるんですね。


マナブー先生
では、順に紹介していきましょう。

インド生まれのクリシュナムルティー(1895~1986)は、13歳で先に登場したリードビーターに見いだされ、ベサントが養母となってヨーロッパで神智学協会の寵児として育てられました。その後は若くして「東方の星教団」の教祖として神格化され、多数の崇拝者に囲まれていましたが、彼自身が権威や集団を嫌って34歳のときに教団を解散。神智学協会を離れて、世界各地で講演を行い、真の「自由」を説いて、ニューエイジの教祖的存在になっていきます。ただ神智学協会とは離れたと言われるもののその関係は、それほど敵対的なものではなかったようですね。


ついで、シュタイナー(1861~1925)はといえば、ゲーテ研究から出発し、自然科学や哲学などの研究を行っていましたが、時期がきて霊的活動に入り、1900年頃から神智学協会に関わるようになりドイツ支部の事務総長にも任命された──やはり神智学教会期待の人物でした。ですが、協会のインド志向、クリシュナムルティの神格化に嫌気が差したのと、彼自身が西洋神秘主義を大事にしていたことから、同協会を脱退。みなさんもよくご存知「人智学(Anthrosophie/アントロポゾフィー)」を創始し、仲間とともに亡くなるまでその活動を続けました。

神智学が壮大緻密な「理論体系」であるのに対し、人智学は理論的には曖昧な部分があるものの、教育・医療・農業・建築・経済など多方面での「実践」にすぐれた成果をあげています。神智学との違いはその名のとおりで、より人、「人間に根ざした情報とその実践」に力点をおいているところ、ゆえにその人気はいまでも高いですね。

そしてイギリス出身のアリス・ベイリー(1880~1949)。ブラヴァツキー夫人の後を引き継ぐ情報を伝えたとされていて、24冊の著作を残しています。
(ただ神智学協会はそのことを認めてはいません。そういうことはスピリチュアル界では一般的によくみられる現象と言えます)


ざっとですが、こんな感じの流れで現代に伝えられています。


まぁちゃん
ふむふむ。

でも、なぜ東洋的な思想や宗教を取り込んだ神智学が、こんなにも西洋のひとびとを魅了し、発展したのでしょうか?


マナブー先生
そうですね。

それは、神話と宗教の世界から、近代のニュートン、ダーヴィン、マルクスへ──教会から科学への世界全体の流れの変化も大きく関わっているでしょう。

科学者が、人類の進化の過程を「唯物的科学」で研究するなか、その一部である死後世界、神の存在などは、従来のアカデミックな科学で解明するには限界があった。そこで生まれたのが仮説からスタートする「モデル科学」。定量化したり実証できることではないけれど、理論的に仮定する科学です。

ある意味、神智学は「神の存在する宇宙から量子力学の対象となるような極微の世界までを、さらにはその背後にある意識の世界も包含し、統一的に説明する壮大なモデル」として提示された神聖な科学とも言えるでしょう。
真の「万物の理論」と言っても良いかもしれません。

さらに現代においては、欧米で特にスピリチュアルやヒーリング分野に関わるひとびとにとって「神智学」は「権威ある基礎知識」になっていると思います。


まぁちゃん
ただ、日本ではスピリチュアル分野自体の人気は年々高まっているものの、神智学はあまりメジャーでない感じがします。

用語のベースにもなっているのに、どうも、とっつきにくく、謎めいていて、怪しいという感じ、、、

マナブー先生

それには、日本の傾向が少なからず影響しているでしょう。

最近の日本ではライトで表面的なスピリチュアルが人気をはくしていて、それがある意味「権威」をもってしまっている
それらのスピリチュアルのルーツを探ってみることも、ほとんどなされない

さらに、スピリチュアルを探求する人たちの一般的な傾向として、「感性」を重視し「知性」を軽視する傾向があるので、あまり聞いたことのない難解なものは排除されてしまい、きちんと吟味されることがなかった。。。。。


でも、最近になって、ライトなスピリチュアルに飽き足らないひとたちや、矛盾に疑問を持ったひとたちが、もっと先に究極的な真理を伝えるものがあるはずだ──と探し回って、神智学やアリス・ベイリーのエソテリックに出会う。ということが、急激に増えているように感じています。

なので、わたし自身は、これからの展開が、とても楽しみです!


まぁちゃん
硬派なスピリチュアル「神智学」。
確かに難解そうですが、ルーツを知るのは大事ですよね! 

東洋と西洋の融合された知識、東洋人であるわたしたちもしっかり吟味検証していきたいところ。。。
では両先生方、今日もありがとうございました。

読者のみなさま、今年は当ブログにおつきあいいただき、ほんとうにありがとうございます。
来年もたくさんのスピリチュアルな疑問解消につとめたいと思います。

それでは、よいお年を~~(^-^)ノ


マナブー先生もっさん
ありがとうございました。
よいお年を~~~~~(^-^)ノ~~(^-^)ノ~~




Photo credit: ToniVC via Foter.com / CC BY-NC-ND

問40 [人生相談]可も無く不可も無く、、、な日々から脱してもっと「充実した人生」をおくるためのいいアドバイスをください!
答40 大きな目標をもって自分を整えて日々を過ごすこと。ほんとうに好きなことを仕事に決め、迷わずひたすらに続けいけば、人生は充実しいつしか自分の世界も広がっていく。




本日の問答記録 (2015年 12月 ヨヨギ某所)





まぁちゃん
ひさびさやってきました。
2015年内最後の スピリチュアル人生相談 第4回 です。


スピリチュアル人生相談 ではいつもと趣向を変え、
質問はよりリアルで具体的、個人の悩みの相談にお答えします。

回答者はいつものおふたり。
セラピスト目線癒し系もっさんと、エソテリック目線左脳派マナブー先生です。

今回の相談者は30代のUさま


「30代に入って数年、まわりはいままでより責任ある仕事をまかされ活躍したり、転職したり、結婚したり、ととても充実して見える。ぼくはと言えば、仕事はきちっとやっているし結構がんばってると思うのですが、どうも自分が思うほどの結果が出てなかったり、私生活もそこそこ活動はしているものの、いまひとつパッとしないまま。
よりよい人生を送りたいとは思っているので、気になったセミナーやワークショップには参加してブラッシュアップの努力はしています。ただ、そのときはおもしろく学べるのですが、実践として続けるのは難しいし、成果の実感まではいたりません。
今年1年振り返ると、可もなく不可もなくという感じだったなあ、、、と、ちょっと落ち込み気味。来年に向けて「充実した人生」を送るためのいいアドバイスをもらえますか?」


とのこと。
人生の充実感はそのひとの「生き方」そのもの、、、、今回はどんな回答が出てくるでしょう?
もっさん、続いてマナブー先生の回答になります。

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もっさんからの回答
うんうん。充実した日々、よりよい人生を送りたいということですよね。

それではまず、あれやこれやとがんばる前に、
第一に現時点での「人生の大きな目標」を決めてみてはいかがでしょう?

まずはゴールがどこにあるのか設定しないことには、向かう方向性が見えてきません。
それが決まれば、そしてそこに近づく方法を探し、日々おこなう、それだけに。

例として、ぼくの場合の目標をお伝えすると、ぼくの目標は「世界平和」です。
こう言うと、もっさんずいぶんと大きな目標じゃないか? と感じる方もいるかもしれませんが、
この目標設定のポイント「自分だけの幸せ」をゴールにしないということなんです。

なぜかと言えば、個人の欲求や欲望を達成するようなことを設定しても、実際は叶わないことが多いですし、その過程で自分の利益のためにひとを蹴落としたり、、、なんて選択も必ずや出くるでしょう。

いろいろあっても、まわりのみんなも喜んでくれるほうが、自分自身も嬉しいじゃないですか? 
なのでぼくは「世界平和」イコール「自分の幸せ」と考え、これを大きな目標にしています。

そして、その目標のために日々「自分をどう磨いていくのか?」
さらに「世間のために自分をどう使うのか?」を考えて具体的な行動にしています。

「自分をどう磨いていくのか?」その基本は「自分を整える」ことですね。
朝の水シャワーや適度な運動、呼吸法、ストレッチで心身をいつもニュートラルに整えておく、食事は食べ過ぎ飲み過ぎないように──
でしょうか。

まあ、たまに食べ過ぎ飲み過ぎはありますけどネ。(笑

そのときは「その気持ちの悪さ」をよーく実感して味わっておくと、ぼくの仕事(セラピスト)には生かされてきます。自分の身をもって体感したことがマイナスなものでも、そこから学べばひとに伝えられることもぐっと増えてきます!


次に「世間のために自分をどう使うのか?」ですが、
その目標に向かい、どう行動するか──これは、よくぼくが引用する仏教の言葉になりますが、
「任運無作(にんぬんむさ)」の態度ですね。

運に任せてなすこと無し。
曹洞宗のお坊さん藤田一照さんも「運にまかせ何もしない」というお話をよくされています。

これは「強為(ごうい)」と対となる考えとも言えます。
「強為」とは簡単に言えば、何かをなすために結果のために意識的に取り組んで、強引に行うこと。

ぼく自身も以前はこの「強為」の姿勢で目標に向かい取り組んでいました。

言うなら、自分も周りもコントロールして、自分の思い通りにしようとひとに強要したり、自分も過度にがんばりすぎたり。表面上はどうにかいっているようでも、実際は周囲と自分との関係は、折り合ってなかったように思います。

ぼく自身が「強為」をやってみて、やり切って思うことは、
それよりもいまは「任運無作」の態度がよりよい結果を生むのではないかということです。
ひとそれぞれの方法でやれることはやって、おおきな流れに任せて目先の結果だけにこだわらない。自分をフレキシブルに変えていくほうが周囲との調和がはかれるし、なんといっても自分の内側での調和が以前よりもずっととれている! と実感しています。 


とはいえ、結局はそれもまた流れで、「強為」と「任運無作」は、人生のなかで繰り返されていくのではないかと思うんです。

「任運無作」極まればそこではどうにもならなくなり「強為」の姿勢で打破していく→「強為」でやってみてその後は「任運無作」で手放す、、、、というように。

ただ、どんな繰り返しでも前の「強為」(あるいは「任運無作」)より、自分もまわりのひとも課題となることも確実にブラッシュアップしていきますし、その積み重ねで結果はついてくる。
相談者さまも、この繰り返しに自然に従えばうまくいくんじゃないかなあ、と。


最後にあとひとつつけ加えるとするなら「こころがけ」
日々を穏やかに学び多く過ごすための秘訣は「人間万事塞翁が馬」です。

良いこと悪いことどっちが起こっても浮かれたり、悲しみすぎたりしないで事実を見つめる
がんばっても挫折が続いて出口が見つからくても、じっくりと「任運無作」と思って目標に向かっていればいつか実になると信じていきましょう!


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マナブー先生からの回答
人生の充実感の大きな部分占める「仕事」──というところに焦点を当ててみると、

わたし自身は大きな意味で「好きな分野」から離れて仕事をしたことはありません。「それ以外したくない」つまりは「それを仕事にするしかない」という人生を送ってきました。

ただ、わたしの仕事 A・ベイリーの著作研究のようなスピリチュアルな分野はいくら好きでも、実際、まったくお金にならない。いちばん好きなことはできるけれど、ちょっと前までは、金銭的にも厳しく時間も無いから趣味さえ持てない。ほんとうの意味でリラックスする時間も無く過ごしてきたな……と思います。

この道は厳しいとは覚悟していたけれど、思うよりもなかなか軌道にのらなかった。
そのため、核となる著作研究や啓蒙活動以外、スピリチュアルのカテゴリーのなかで実にさまざまな関連分野の仕事をたくさんしてきました。

つまり、「いちばん好きなこと」のために、「いちばんではない」こともしてきたというわけです。
現在の自分の活動に関わりの深い「エネルギー医学」や「ヒーリング」の分野も最初はそのひとつだったんです。ただ、長年にわたり関わり続けてきてみると「エネルギー医学」も「ヒーリング」分野にも、いまではすっかり興味も愛着もわいて、「かなり好きなジャンル」になっているし、一生関わり続けたい分野と思っています。

そして、わたしの本分、A・ベイリーのエネルギー的観点やアプローチは、この医療関係の分野で特に注目され、よく知られているため、結果的にはそこがわたしの核となる活動の社会への切り口にもなったんです。
つまり好きなことは、地道におおきく外れずに続けることでいつのまにか広がっていく


これらわたしの仕事選びや経験から相談者さんにアドバイスできることは、

相談者さんの生き方の選択として「自分にはこれしかない!」というものを早くみつけること。

自分の可能性を限定するということは、ほかを捨てるということであり、それくらいひとつのことに集中できなければ、スペシャリストにはなれません。好きなことなら集中できるし、結果、集中できたひとは才能以上に活躍できるでしょう。

自分はこれだ! と決めたら、あんまりごちゃごちゃ考えず、素直に「それで生活していける」とも考えた方がいいでしょう。

特に多少でもいま生活に余裕があるなら「これ」と絞って、果敢にチャレンジしていくやり方はとても有効なのではないでしょうか。


では、そんなほんとうに好きなことをどうやって見つけるか
──相談者さんはさまざまことに好奇心をもって行動もしているようですが、どうもなかなか実感まではいかないようなので

「ひとに喜んでもらう」というのを指標にするといいのではないかと思います。


わたし自身のやっていることは直接ひとに喜んでもらえたり、親切な行為を相手にしたりするものではない。けれど、エソテリック・ヒーリングなどの開催講座に参加してくれた方から「わかった!」「疑問が解消した!」といった感想をいただくと素直にうれしいし、そういう役立ち方、喜んでもらい方もあると思っています。

つまりどんな仕事でも「ひとに喜んでもらう」ことはできる。

それには楽して、ただふつうに仕事をこなしてるだけでは駄目だし、自分の利益ばかりを優先して考えていてはマイナスになるだけ。

自分自身が仕事へのエネルギーを高め、いつでもよりよい質を追求し提供していけたら、相手のためにもなり喜んでもらえる。それこそ自分の充足感も深まって、人生全体の「いい循環」が生まれてくる。


それでも「好きなこと」になにかピンとくるものが浮かんでこないようであれば、、、
相談者さん自身の「過去」に好きなこと発見する方法もあります。

わたしの話に戻りますが、わたしは子供時代、体育がいちばん、次いで数学が大好きでした。将来は 数学者になりたい と思ったくらい!

そして現在、活動のメインになっている「エソテリック・ヒーリング」その内容は実に「数学的」なんです。
つまり、わたし自身は「エソテリック・ヒーリング」に関わることで、大変なことや苦労も多いけれど、子供のころからの「深い欲求」を満たしていると思います。
それがいまの自分自身の充足感にもしっかり結びついている。

相談者さんが子供のころ好きだったこと、この機会にぜひ思い出してみてください。


それでも、そんな特別「好きなこと」ないなあ──というなら、
いっそ仕事は「何でもいい」

なぜなら、その仕事のなかで、好きなことだけでなく嫌いなことも淡々とやり続け習慣にしていくということも「人生を充実させる」ための、とても現実的な方法のひとつだからです。

ただしそこには、現代に失われつつある「忍耐力」が必要になります。

この「忍耐力」楽しいだけでは育たない

スピリチュアルな視点で見ると、この「忍耐力」を保つには、自分自身をエネルギー的に高い状態で保っていないと駄目。こころの状態や身体の状態のどちらかでも傾くと、すぐに「忍耐力」も保てなくなる。
逆にこころも身体も自分の努力でいい状態をキープできれば、「忍耐力」も保持されて、結果的には「仕事が充実する」うえ、自分自身はいつも穏やかに「整った状態」になり、「人生の充足感」も高まるでしょう。


上記にあげたすべて──人生の好きなことを見極め辛くても生涯の仕事とする、あえて考えず自分を磨き「忍耐力」を鍛える、、、、正反対の選択のようですが、どちらの選択にも共通な答えは「とにかく続ける」ことです。

そこには人生の満足感や達成感は必ずあります。

真摯に続けることで、そこから、いつしか自分の人生や世界も広がっていくでしょう!




Photo credit: Asja. via Foter.com / CC BY

問39  どんなアプローチで過去のトラウマは解放できますか? 
答39  準備が整い、自分の「解放のタイミング」がくれば必ずいい変化はおきます。ひとの手を借りるなら自分のペースに合う方法なのかということを重視して。





本日の問答記録 (2015年 12月 ヨヨギ某所)






まぁちゃん
前回までに、トラウマは出生時にはじまり、人生の過程で大なり小なり誰しももっているもの。

よい意味では学習機能という側面もありましたが、悪い側面は、エネルギーがブロックされてしまうという。弊害として、そのひとの「学習機能」や「思考」や「行動」を制限したり、「可能性」を狭めてしまうことがあり、それは取り除いたほうがいい

というお話がでました。 

(ここをクリック→ 問38 トラウマは、取り除かないと幸せになれないですか?


さて、今回はそんな悪者トラウマの解消方法について具体的なお話を、、、、。


もっさん
トラウマの解消方法ですが、選択のいちばん気をつけるべきところはその「強度」の違いですね。

ここで言う「強い/ハード」「弱い/ソフト」というのは、また前回に続いて「お掃除」にたとえますが、
こころのお掃除を一気にやるのか、それとも自分のペースでじっくりやるのか──の2通りあるということ。


弱い/ソフトなワーク、、、と言えば、ぼくが携わっている「teateセラピー」は、極めてやさしい方法と言えるでしょう。


このセラピーもトラウマ解放のワークですが、teateセラピーでのセラピストは、
ただ手を添える以上の介入はせずに、クライアントに寄り添い、
その方の自然な解放を「待つ」のが特徴です。

穏やかな効果のときもありますが、
クライアントのこころとからだの求めるスピードを大事にして行えるのが特徴です。


それに対して、強い/ハードなワークは、強い呼吸を使うなどして、クライアントの意識にグッと入り、トラウマをひっぱり出すようなタイプのものは強度が強く、これはクライアントにとってもかなりキツいものでしょう。

このような強い方法は、たとえるならスポーツ選手など、
一定の期限(スタートや開幕)までに、全実力を発揮しなければならない→
その期限までにトラウマを解消する必要がある方などには適していますし、需要があります。

個人的には、どうしてもこの時期までに! という強いしばりがないなら、
一般的にはソフトな手法を選んでもいいかなと思います。


自分はどんなペースで、どこまで自分と向き合いたいのかを考えず、知り合いにすすめられたから──などで気軽に選ぶと、実は自分には合わない方法だった、、、てことにもなりかねない。

強過ぎたときには、トラウマ解放のつもりがかえってトラウマになることだってありますから注意が必要です。
お薬と一緒で、時には「強いお薬」には「強い副作用」が起こりえます。


まぁちゃん
副作用! 多少あったとしても、、、受け止めきれなくなるのはマズいですよね。

一般的には最初はとりあえずソフト方法を選んでお試しするといいのかな?


もっさん
「方法選び」を整理すると3つのポイントがあるんですよね。それはまず

 ①まず自分の準備ができているか 

解消したいという気持ちに向かっていないのに、すすめられたから、流行っているから、と手を出さないほうがいいですね。そのうえで

 ②どこまで解消したいのか 

自分のなかのどの部分にフォーカスしたいのかは考えておく。最後に

 ③どんなペースで行うか

これによって、方法やセラピスト、先生を選んでいくといいかと思います。


まぁちゃん
ふむふむ。
自分で方法を選べるのかなあ??


もっさん
調べてもピンと判断つかない場合は、イメージで、西洋医学の薬と外科手術がいいか、東洋医学的の自然治癒力で治したいか? なんてたとえを自分に問いかけてもいいかもです。 


まぁちゃん
なるほど。西洋的なら強め、東洋的なら弱めの選択! て感じですね。

では引き続き。
たとえば、そういったものってどんなメソッドがあるんでしょうか??

まったくの未開拓分野、、、うとすぎて、選びたくても、糸口さえないのですが。。。。


もっさん
まずはソフトな解放なら「teateセラピー」もそうですね。(笑顔


有名なところではTREなどあります。 http://www.tre-japan.com/

これは強度がなかなか強めなトラウマ解放ワークだとプラクティショナーから聞いています。
逃避反射をつかった体操を取り入れ、身体のコアにあってストレスと大きなかかわりを持つ大腰筋を穏やかに刺激。揺れと振動のエクササイズをするものです。


マナブー先生
そのほか一般的に知られているものをざっとあげると、、、、

EMDR(Eye Movement Desensitization and Reprocessing:眼球運動による脱感作と再処理法) 目から脳を直接的に刺激し、脳を活性化するというトラウマ解放方法。 https://www.emdr.jp/

TFT(Thought Field Therapy :思考場療法) 鍼のツボをタッピングすることであらゆる心理的問題を改善させていく療法。 http://www.jatft.org/

EFT (Emotional Freedom Technique ) TFTから派生したものでクライアントが特定の課題に集中している間に経穴タッピングするというもの。
http://www.eft-japan.com/


などでしょうか。

生命エネルギー、エネルギーフィールドを扱ったよりスピリチュアルなトラウマ解放ワークとしては「プラニック・ヒーリング」の「サイコセラピー」が私の知っている中では有効だと思いました。
「色のプラーナ」というものを使うことによって、通常のヒーリングと同じ技法で行えます。

http://www.bodycenteredpsychotherapy.net/4949931.ja.html



ここではそれぞれを詳しくは説明はいたしませんが、ご興味あればご自身で調べてみてください。


まぁちゃん
求める結果はみな同じといえば同じといっても、ここに挙げただけでもずいぶんありますね~~。


もっさん
先ほど「方法選び ①~③」でもお話したのを重複しますが、タイミングは

すべてはご本人の  準備ができているか、できていないか  ──です。

怪我のかさぶただって、無理に剥がしたら痛いじゃないですか。
取れてもいい時期なら痛みなくスッと取れて、跡も残らない。


まぁちゃん
準備ができているか、どうか、、、、、か。


もっさん
さらにそこらへんの理解を深めるため、
ここでトラウマ解放の一般的なプロセスについて、ちょっとお話しますね。

トラウマ解放の進み方には4つの段階があります。


①問題が顕在化してるかしてないかに関わらず、自分にトラウマがあることに気がついていない段階


②出来事や行動などのなにかをきっかけに、自分のかかえるトラウマに気がつく段階→反応として、そのことを嫌悪する感情が生まれます


③自分のなかの嫌悪感を押さえ込もうと、トラウマの記憶にフタをしようとする。しかし押さえ込めない段階→意志の力で乗り越えて過去の自分に負けない強い自分になろうとする


④負けないと必死で戦う自分をいい意味で諦める。傷を明らかに認める段階→からだもこころも解放され「楽」になる。


という道をすすんで解放へと向かいます。


③段階では、一見乗り越えたかのようですが、自分の歴史を否定しようとしているので、それにより自分がブロックされ、可能性まで抑制されてしまいます。

④段階で、自分と再度仲良くするという道を歩き始めると、トラウマはその役目を終え、からだやこころが解放されていく。
エネルギーのロスがなくなり、よりよい人生がおくれるようになる、、、。

たぶん、ここまでくると、②③の段階では、自分の汚点や、嫌悪すべきところになっているのでひとに話すことはできなかった話も、自分をかたちづくるの歴史のひとつとして、ほかのひとにも話しができるようになるでしょう。

なにかのセラピーなどを受け、①から②になるひともいる。

直視できずしばらく③で過ごす時期もある。。。

なんだかまどろっこしいようですが、そういう段階を経るのは、個人のトラウマ解放に必要なステップです。

仏教的な解釈でいうと③は強為 ④は任運無作 にあたります。


まぁちゃん
このトラウマ解放プロセスを誰しもたどるものとすると、
外からの助けをもし得るなら、、いつがベストでしょうか?

トラウマを取るタイミングってあるですか?


もっさん
きっとトラウマ解消したい方は、②段階~④段階にあたりで、セラピストや方法を模索し始めると思います。


けれど、さらにこのトラウマ解消の「秘訣」というか、
最大の「秘密」を明かすと、、、


究極的には本人の「解放のタイミング」がばっちり合っていれば、実はセラピストや先生、手法の選択が「最も重要」でもないんですね。


まぁちゃん
ええええええ。なんと。(汗

それはどういう意味でしょうか?


もっさん
つまり、とあるひとのところへ行ったから辛さから解放された──というような単純な話ではなく、ご自身の解放のタイミングがいまきた自己治癒の力が最大に発揮された、施術者はちょっと進む方向へと肩を押しただけかも、、、、などと状態を多角的に判断してほしいな、と思うんです。

スピリチュアルの視点で見るなら、そのひとの「魂の必要性」に応じて、たまたまその時期に現れたひとや方法を選んだ、ということもあるかと思います。


まぁちゃん
えー、、、そうなんですか? 
もし辛い状況からそこへ行ったことで解放されたら、、、
ついつい頼りたくなっちゃいそうですが、、、。


もっさん
こんなこと言うと、商売あがったりですが (笑

解放してくれた先生やセラピストに感謝するのはいいけれど、必要以上に妄信したり依存してしまっては、ほんとうに大事なことを見落としてしまいますよね。

大事なのは、ご自身のこころの成長や、乗り越えた自信スピリチュアリティの向上などです。


マナブー先生
タイミングもあるかと思いますが、実際エネルギーワークを受けたりキネシオロジーの施術で、トラウマが取れた、という話はよく聞きます。

ひとにやってもらう場合、「過去」に関しては取ってもらえるんですね。


じゃあ、これから起きる「新しいトラウマ」に関しては、どうしたらいいと思いますか?


まぁちゃん
、、、大小あれど、トラウマは生まれたときから。
生きている限り発生するって考えると、、確かに、、、どうしましょう。


マナブー先生
やっぱり、自分を見つめ、4つの段階を「自力で超えていく」ことも大事なんです。


まぁちゃん
マナブー先生、厳しいお言葉! 

でも、そうしてもそこが難しいからプロに頼りたくなるのが、ひとの常でもあり、、、。


もっさん
「自分で超えていく力」──これは、先ほど言った、セラピストを過剰に信じない依存しないように、、、とも通じます。


こういう事に関しては、セラピーを提供する側もどこに向かっていくか、未来を見つめる必要もあるのかもしれません。

セラピストの役割を「癒し手」としてと「導き手/ガイド」という側面で考えると、

「癒し手」は無意識にも、とにかくその方の悪いところは取り除いてあげようとしてしまう傾向がありますが、
これからのセラピーは、もう少し「導き手/ガイド」のエッセンスを取り入れて、クライアントさんと並走して、クライアントさんご自身の強さ、自己治癒力も高めれたらいいなあとぼく自身は思うんです。


まぁちゃん
並走というのは心強いですね。

さて、ここまでお話してきて、
今回はトラウマ解放への4つの段階、そしてどんな手法やひとを選ぶのかのヒント。これは具体例もあがりました。

さらに、いちばん大切なのは「本人の解放のタイミングに合っている」かどうかということ。
これを抜きにはどんなに素晴らしいセラピーを受けても、トラウマ解消は難しいとも言えるのではないか、、、と今回の問答をしていて感じました。

どうしても今の自分の欠点と照らし合わせ、過去の自分の傷のことに目が向きがちですが、
自分をそのまま見つめ、自分自身でも変化していけるよう、自己治癒力や精神力、あるいは体力を誰かの手をかりながらも、ちょっとづつトレーニングするのが、「トラウマ」への今後の課題になるのかなと思います。


今日はありがとうございました。(^-^)ノ


マナブー先生もっさん
ありがとうございました(^-^)ノ~~(^-^)ノ~~


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問38 トラウマは、取り除かないと幸せになれないですか?
http://ameblo.jp/spibi/entry-12102936638.html



Photo credit: Bjørn Giesenbauer via Foter.com / CC BY-NC-SA

問38 トラウマは、取り除かないと幸せになれないですか? 
答38 ライトなトラウマは誰しももっている。原因にフォーカスしすぎず、人生の「よろこび」をより感じられるようなホリスティックな心理学アプローチもあります!



本日の問答記録 (2015年 12月 ヨヨギ某所)





まぁちゃん
なにかに恐怖を感じて避けたり、怒ったり、悲しくなったり。

あるいは、自分の行動で毎回どうしても失敗してしまう状況があるのは、過去に負ったトラウマのせい、、、、って最近よく言われていますよね。

トラウマってとりのぞかないと、日々、人生がうまくいかなくなるってほんとうですか?


マナブー先生
あるひとつの悩みを1週間以上考え続ける脳に痕跡が残り、その悩みの痕跡がストックされる──と言われます。


その「傷跡」「痕跡」を一般的に「トラウマ」とよんでいます。


学術的にはPTSD(心的外傷後ストレス障害)がそのもとになっています。1980年にAPA(アメリカ精神医学会)がPTSD(心的外傷後ストレス障害)という病名を正式採用したのがはじまりです。

 PTSD(Post Traumatic Stress Disorder)心的外傷後ストレス障害とは、強烈なストレスを受けて引き起こされた「トラウマ(心的外傷)」を受けた後に発症することのある精神疾患です。


まぁちゃん
PTSDとはどんなものか──

厚生労働省のサイト(http://www.mhlw.go.jp/kokoro/know/disease_ptsd.html)から引用させていただくと


「PTSD(Post Traumatic Stress Disorder :心的外傷後ストレス障害)は、強烈なショック体験、強い精神的ストレスが、こころのダメージとなって、時間がたってからも、その経験に対して強い恐怖を感じるものです。震災などの自然災害、火事、事故、暴力や犯罪被害などが原因になるといわれています。
突然、怖い体験を思い出す、不安や緊張が続く、めまいや頭痛がある、眠れないといった症状が出てきます。」


とありますネ。


マナブー先生
ただ、みなさんも経験あるかと思いますが、親しいひとや家族に対して瞬間的に怒りを覚えたり癇癪を起こしても、時間が経てばケロッと忘れてしまう。

そのような場合の怒りは「トラウマ」にはなりません

あと、会話のなかで気軽に登場する「わたし◯◯が、トラウマなんです~」というものも、PTSDの範疇には入りませんね。

継続的に重たい症状として出るような疾患であればPTSD、そうでなければもっとライトなレベルの「トラウマ」ととらえていいでしょう。


それに、トラウマってただ単に悪者でもないんですよ。


まぁちゃん
え! そうなんですか?


マナブー先生
トラウマはひとが生きていくための「学習システムのひとつ」でもあるんです。
たとえば、子供のころしたイタズラを、2度はやらない
──これはイタズラをしたときに親に強く怒られた経験がトラウマになっているから。

つまり、トラウマが人間形成の一部になっているのです。そのイタズラが危険を伴う行為であったり、ひとに迷惑をかけてしまうものだったら、そのトラウマは生きていくのに有効です。


社会との調和が保たれているなら、トラウマは学習としてOKの範疇


トラウマが「学習機能」や「思考」や「行動」の制限になって、その方のもつ「可能性」を狭めてしまうなら、取り除いたほうがいいと考えられます。


まぁちゃん
親でも学校でも社会に出ても、おこられる経験ありますよね。
それぞれの感受性や記憶の違いもありますが、トラウマの「程度の問題」でもあるんですね。


もっさん
そうですね! 

だから広い意味で「わたし、◯◯がトラウマなのよ~♪」と気軽に言えるような
ライトなトラウマ治療の対象となる精神医学的なトラウマとは区別して考えるものですね。

で、広い意味でのトラウマはマナブー先生の言われたとおり、誰しももっていますよ。
ぼくにももちろんあります。
日常生活に困らなければ、大人なら仕事をして自分に自信をつけたりすると、過去の辛い経験も「たいしたことないな」と思えるようになりますし。

よくTVなどで芸人さんが自分のつらかった過去をネタにして、笑いを取ったりしていることが見られますが、あれは「たいしたことないな」から→さらに「人との関係性を築く自分の強み」にまで昇華している、といえますね。(笑

ぼくも、自分のセラピーの現場では、さまざまなタイプのトラウマを扱って、その解消のお手伝いをしています。

また、ひとによっては「サイコシンセシス」の気づきの体験で、トラウマ解消することもあります。


まぁちゃん
サイコシンセシス??? 初耳です。

それはなんでしょう???


マナブー先生
サイコシンセシス(統合心理学)をひとことで説明するのは難しいですが、ざっくりと言うならフロイトの精神分析を学んだイタリアの精神科医ロベルト・アサジオリ(R. Assagioli)によって1910年代~20年代にその基礎が確立したもので、
それまでの過去の原因分析していくサイコアナリシス(精神分析)に対して、
より未来的でホリスティックなアプローチでよりよい人生に導いていくという心理療法です。


もっさん
トラウマ解消のためにある療法ではありませんが、トラウマにも効果があります。

あえてトラウマや、その原因に目を向ける必要はない、、、というか、、、


まぁちゃん
ええ?!


もっさん
たとえばどんなものかと言うなら、、、、

「こころのトラウマを取る」「散らかった部屋の掃除」と想像してください。
部屋がこころで、ゴミがトラウマです。

アサジオリのサイコシンセシスは、ごちゃごちゃした部屋の大きなゴミを片付けることから始め、ある程度取ったらそれでよしとする──というようなもので、部屋の隅に落ちた髪の毛の1本1本までをとっていたらいつまでも片付かないし、大変だから、おおまかな整頓できたら、あとは未来のみて「よりよい空間つくり」を目指すという感じです。


まぁちゃん
ふーむ! いままでトラウマといえば原因追及と理由つけなのかと思っていたので、、、、

そんなアプローチができるのか、、、と、いまとても新鮮に感じています。


PC カタカタ)


手法的には、どんなワークがあるのかな、、、??

日本の統合心理学(サイコシンセシス)学会のHPを見てみると、、、

「~(略)~サイコシンセシスでは、アサジオーリ以来の姿勢として、一人一人のいのちの自主性(人間性)を尊重しているオープンでホリスティック(全人格)的な統合をめざしているので、「これさえやればよい(唯一)」「これがサイコシンセシスである」という一つの技法・主義・個人・組織を主張する事はない。」
( http://www.psychosynthesis-japan.net/psychosynthesis.html より引用させていただきました。)

とのことのようで、決まった手法はないんですね。


もっさん
そうですね。

ホリスティックな全体の統合と調和の実現のサイコシンセシス
フロイトやユングがおこなってきた人間の無意識へのサイコアナリシス(精神分析)は、
「トレーニング」と「治療」にも似ています。

ベクトルが未来への意志に向いているのか、過去への分析に向いているのか、というところも対照的なポイントです。


ぼくが思うのは、心理学や精神分析がになっていた領域は、
いままでは精神的に傷をおっていて社会生活にも支障が出てしまうような重たいトラウマをもった「マイナス」ベースのひとを、まず「ゼロ」ベースにする──
日常生活をおくれるようになるのがゴールだったと思います。

それは時代的にも、戦争などで傷ついた方が多かったり、ほかの解消方法がなかったというのもあるかもしれません。

それに対していま現在、多くを占める社会生活は送れているけど、なにかしらのライトなトラウマをもったひとびと。これを「ゼロ」ベースとするなら、


「ゼロ」ベースのひとを「よりよい方向へ導くける可能性」がサイコシンセシスでは高いので、いまの時代にもマッチしているものなのかな、、、と。


マナブー先生
このサイコシンセシスが生まれた背景としては、アサジオリが、もともと裕福で知的な愛情あふれた家庭に生まれたこともあり、食べるだけでせいっぱいであったり、大きなトラウマを抱えておとなにならなかった──という環境が大きな理由かもしれません。


逆にフロイトであれば、彼に性的トラウマがあったからこそ、リビドー(性的衝動)に精神活動の起源を求めたのでしょう。


そんなわけで、トラウマとは無縁であったアサジオリは、ひとびとが、もっと人生の「よろこび」「調和」を感じられるよう導く心理学の在り方を考えたのです。


まぁちゃん
サイコシンセシス、、、その目的地を考えると、トラウマに囚われて潜在的な可能性を狭めているひとたちだけでなく現代の日本で、なんとなく精神的な生きづらさを感じているひとたち、いわゆる一般の方にもよさそうですネ。


トラウマに程度の重軽や本人に自覚があるないなど、個人差あると思いますが、人生の質や個人のパフォーマンスに関わることとなると、やはりすっきりトラウマ解消したい! とみなさん思われるのではないでしょうか?

マナブー先生
悪者のトラウマに関してはそうですね!

では、なぜそんなにこのトラウマがみんなから悪者扱いされるのかと言えば、悩みや怒りは脳内にもからだにも「エネルギーのブロック」を生じさせるからなんです。

ブロックした部分のエネルギーは滞ったり、流れなくなったりするので、結果、本人の学習や思考や行動へのエネルギーを少なくあるいは遮断して制限する可能性に繋がるんです。
だからこそ、なんからのかたちで「解消する必要性」がでてきます。そうしないと大事なエネルギーをロスすることになる!

まぁちゃん
エネルギーロス! それ、嫌ですねえ!

だれにでもトラウマがあるのは事実、、、、ということで、
今日初めて知ったアサジオリのサイコシンセシスだけでなく、もっといろいろな解消に繋がるアプローチを知りたくなりました。


マナブー先生もっさん
では、次回はその解消方法をもう少し具体的にお話していきましょう!

まぁちゃん
楽しみです。
では、次回も引き続き「トラウマ」掘り下げていきましょう。

今日はありがとうございました!(^-^)ノ


マナブー先生もっさん
ありがとうございました(^-^)ノ~~(^-^)ノ~~





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