衝撃的な夢なのに、何故か落ち着いている私。
もうアメブロは「読み専」のつもりだったのですが。。。ここ数日「夢の中で出来なかったこと」「夢から目覚めてからどうしても思い出せなかったこと」が、まれに、できる??ようになり。(現実?社会でも同じようなことが頻発している、ような....)(読み専で学ばせていただいた「技」が大きかったのかな、と思っています)****************「夢の中で出来なかったこと」が、自分の意思で出来るようになった、ちょっとしたことは「楽しかった」。それで済んでいました。【夢の中で目覚められたんだな】と、楽しんでいました。が、先日の夢は衝撃的過ぎ。。。。わたしの子どものひとりが タヒんでしまい、その葬式に「タヒしてしまったその本人(子ども)と同行する」お話でした。( m(__)m 実際に タヒしているわけではないです(ただ独立していて実家には居ない))........夢の中で我が子を なくした私は、激しく悲しみ怒り狂い、「同情の言葉」をかけてくる方々に、泥のような言葉を返します。(お前に何が解るんだ!のようなことです....)そして、その タヒんでしまった我が子の葬式に参列するために一台のバスが用意されているのですがそのバスは座席指定があってわたしは「8番」その隣の「7番」が、なんとタヒした子ども、その子自身の座席なのです。バスは狭く、満員です。私は タヒんでいるはずの我が子、7番、の隣の8番に座りました。7番にはタヒした子どもが座っていました。ぎゅぎゅうなので、そのぬくもりが普通に伝わってくる。タヒんでるのに???そして、既にタヒしてる彼は私に、即座に言うのです。「これから(自分の葬式)に向かうけど、自分は(統合)できるのかな?」わたしは「現場に行ってみないと解らない」と答えてタヒしているであろう、子どもと触れて温かさを感じている、その喜びを長引かせようとしている。**********************バスがつくと。そこではたくさんのイニシエーションが行われていました。葬式ではなく、紅白の旗や、色とりどりの花に囲まれた美しい空間。本当にたくさんの催し物が同時開催されている感じでした。.....葬式ではない、送り出す儀式が敷地内のあちこちで開催されている(送り出し、じゃなくて統合と再生、みたいな)我が子の葬式(だと思っていたが、送り出し会場??)はもうとにかく綺麗な花がたくさん咲いていてわたしは、それをみてあきらめた、と表現するのでしょうか.........そんな夢でした。送りだし会場は、たくさんの場所がありました。でも、どこの場所も美しく楽し気で「葬式のはずなのにポジティブ」だったのがとても救いでした。******************そして、目覚めた自分にほっとしてしまったのでした........