くにたち蟄居日記 -60ページ目

プリズン・ブック・クラブ

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 今年読んだ本の中でも屈指の読み応えのある一冊である。これはあらゆる人にお勧めしたい。感想は
二点である。

 一点目。刑務所の囚人の方が読書するというイメージ自体が僕には希薄だった。それだけに
本書で展開される知的な読書会は衝撃的であった。

 但し、考えてみると彼らの方が本を深く読みこめるのかもしれない。何等かの罪を犯す
までの囚人たちの人生の重みというものがある。大した罪は犯さない代わりに、日常生活
で、やや安穏と暮らしている僕らの方が見えていないものは多いのかもしれない。

 そう考えると本に対峙するに際しても、僕らの方が、真剣度が低いという可能性はある。
実際、本書に登場する何人かの囚人は、まさに自分の罪と罰を踏まえて、本を読んでいる。
そこに僕らには真似できない深みを帯びることは不思議でも何でもない。

 二点目。本書は著者が救われるまでの話だ。

 著者には一度強盗に逢い死を覚悟した経緯がある。それが大きなトラウマとなり、その後の
人生を大きく歪めてきていることが幾度も描かれる。
 そんな著者が、刑務所という場所で囚人達と読書会を開くまでには大きな葛藤があった
ことは想像に難くない。但し、著者はキャロルという友人の導きで読書会を主催するに
至る。
 読書会での著者と囚人たちとの交流は感動的ですらある。本を通して、著者と囚人との
心が通い合う。その中で著者は自身のトラウマから徐々に脱していく。囚人たちが彼女を
救っていくというストーリーが、本書の通奏低音である。

 正直驚いた。このような読書会が世の中にあるとは想像もしていなかった。本書で
紹介される様々な本も魅力的だ。その意味では非常に良質なブックガイドとも言える。
繰り返すがあらゆる人にお勧めしたい。

尊厳

命より尊厳を重んじる「名誉の文化」を持つ民族は内部闘争が起きやすい。

「 山谷 ヤマの男」

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 新聞の書評で本書を知り、早速購入した。感想は以下二点である。

 一点目。著者が撮影する対象に実に寄り添って写真を撮り、話を聞いてきたのかが良く分かる。

 著者の視点は常に暖かい。第一義的には、著者の両親が山谷という場所で食堂を開いてきたから
という著者の特殊な経歴に因るところは大きいだろう。かの地で食堂を開く苦労はある意味では
想像出来ない。30年近く食堂を営んできた両親の苦労と、それ以上の愛情の深さは本書で
著者が繰り返し描き出している。

 そんな著者ならではの視点がある。実際に著者の暖かさがなければ本書はとても成り立たなかった
ろう。一人一人の物語を聞き出す著者の耳は確かである。勿論、彼らが語る「物語」は時に
虚構に満ちている。それは問題ではない。そんな「虚構」を作らなくては生きていけない姿こそが
真実であるからだ。あくまで相手に寄り添うという著者の姿勢が本書をとても安らかなものに
している。

 二点目。そんな著者に写真を撮らせた山谷の人々の心象風景を想った。

 ポートレートを撮って貰う。それは改めてどういうことなのかと考えてみる。
僕らも写真を撮って貰うときには、やや緊張する。素の自分ではなく、何かの自分で
なくてはならない瞬間であるからだ。結婚式の表情と、葬式のそれは異ならなければ
ならないということは無言のルールだろう。はっきりしていることは、カメラの前では
自分は何者かでなければならないということだ。

 山谷の人々もきっと同じ心境で著者のカメラに対峙したはずだ。著者のカメラを見つめる
表情は、一人一人全く異なるが、すべて同じとも言える。同じである点とは何か。それは
前記通り、カメラの前で「何者かになろうとしている」という点だ。何者かになろうとして
作っている「表情」は、彼らの作る物語以上に時として雄弁なのかもしれない。

読書について


  「読書は仕事のスキルを向上させるものではない。人生を向上させるものである」

        -プリズン・ブック・クラブ  P135-

人工知能は何をもたらすのか


 今朝の日経新聞に、将来的にはAI(人工知能)がノーベル賞を取るような業績を残しても
おかしくないという記事があった。

 その記事にはこうある。

 「AIが導く結論は途中の計算が複雑すぎて人が理由を後から明らかにすることが難しい。
  AIが生む『新たなブラックボックス』とも呼ばれる」

 考えてみると、僕らも日々理由が分からないままに使っているものは多い。例えば冷蔵庫にしても
僕は原理も良くわからないまま使っている。それでも、冷蔵庫は、まだ人間が造っているものであり、
なんとなく、少し勉強すればわかるような気はしている。その安心感は自分の中にあるのかも
しれない。だから、気にせず冷蔵庫を使っている気もする。

 但し、AIが将来的に作り上げるものは、僕らには理解が難しいものかもしれない。そう考えると
上記記事にも考え込んでしまう。

 分からなくても、効能だけを把握して使っていくということが将来的な「処世術」なのかも
しれない。但し、「分かること」を僕らが放棄したとしたら何が起こるのか。脳という意識して考える
機能を持ったことで繁栄してきた人類が試されるときなのかもしれない。

 

「海よりもまだ深く」 是枝裕和

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出張の機内で鑑賞した。最近は航空会社も邦画に力を入れている。邦画ファンの僕としては
実に有りがたい。

 是枝のホームドラマである。

 ホームドラマは是枝の主戦場であるので、練達の手さばきである。かつての小津を思わせる題材の
選択ぶりだ。

 大きな事件や感動的な物語が語られるわけではない。どこにでもあるような話が、どこにでもある
風景の中で、とぼとぼと語られるだけだ。
 にも関わらず、鑑賞しているとだんだんと圧迫されてくる。「どこにでもある話と風景」が
「自分として、いつかみた話と風景」に見えてきてしまう。そのゆっくりとした圧力が是枝の
剛腕である。この部分も小津にそっくりだ。

 是枝は俳優を上手に起用する。特に、「歩いても歩いても」に続いて母親役をやっている
樹木希林は、母親が持っているであろう愛情と悪意をきれいに出している。特に後者の
「悪意」を演じさせたら樹木は圧倒的である。小津での杉村春子の「悪意」も良かったが
それよりさらに深い「人間の業」のようなものを感じさせる。

 また 真木よう子も上手い。別れた旦那への複雑な思いが十分滲み出てきて、ある種の
リアリティーが印象的である。真木という女優くらい無表情が似合う女優もいないと
再度認識した次第だ。彼女のはらりとした笑顔も悪くないが、それ以上に不愛想な
表情の方がよほど個性的である。

 是枝という監督は家族を描かせたら当代随一と言える。地味な作品だらけにも関らず、
常に新作が期待される稀な方だ。今後も彼の作品は楽しみにしていく。同時代の監督
作品を観ていくことも醍醐味である。

「渋谷の農家」 

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新聞の書評で本書を見つけ、すぐにアマゾンで購入した。こういうことが出来る時代になった点
に感銘を受けながら。

 ところで本作である。面白く読んだ。但し、ここで紹介される色々な農業が本当に持続可能な
農業なのかが僕には分からなかった。もっと言うと、本書の登場人物はある種の「思想家」に
近い方であり、「農家」というべきかどうか僕には判断がつかなかった。

 これはもちろん、本作で語られる農業を否定するものではない。但し、例えば、すべての農家
の方が同じように農業に当ったとしたら日本はどのようになっているのだろうかという
ある種の「当惑」と言える感情かもしれない。

 数ある人間の生業の中でも農業の持つ別格性というものがある。これは農耕をやれてきた
ことで地球でのしあがってきたという人間の歴史から来ているものだと僕は思う。この
テーマはまだまだ続くだろう。中々利益が出ないという植物工場等に注ぐ熱意にも人間の
本能を感じる。その中で本書は一つの問題提起にはなっている。後はどれだけ力強い
問題提起になっていけるのかということだろう。著者と登場人物の今後の活躍を期待
したい。

「言の葉の庭」  新海誠

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 TVで新海誠と川上未映子の対談を見たことで新海という方を知り、本作を鑑賞する機会を得た。

 まず映像美について。絵としてはラッセンを思わせ、映像としては今は亡きアンドレイ・
タルコフスキーを思わせるものがある。この映画の主人公は登場人物というよりは、風景描写
かもしれないとまで思ってしまった。これだけ映像を作り込んだアニメを観るのも初めてである。

 例えばジブリの風景描写も悪くない。ジブリはやや現実をデフォルメしており、そのデフォルメ
に物語性を詰め込んでいる。

 新海の映像もデフォルメしている部分はある。但し、そのデフォルメは観ている僕らが、
観ている対象がアニメではなく実写に近いと思わせる効果がある。結果として、アニメを観ている
ということ自体を忘れてしまいがちになる。これは考えてみると驚くべき映像体験と言える。

 物語はどうか。映像美が圧倒的ゆえ、かえって物語が小さく見えてしまうリスクがあることが新海
の不利かもしれない。但し、物語としての細かい仕掛けは詰まっている。そもそも本作の題名
「言の葉の庭」ですら、一筋縄ではいかない。

 言霊という日本古来の思想に基づいているのであろうというところまでは想像が付く。但し、その「言葉」
とは結局何なのか。冒頭の万葉集の短歌なのか、ラストの主人公たちの言葉のぶつかり合いなのか。
最後の手紙なのか。そこは新海は僕らには提示も明示もしないまま、本作を終わらせてしまう。
そこの余韻は極めて文学性に溢れている。宙づりにされたままの僕らは、再度冒頭からの「物語」に
思いを馳せるしかないのだ。

 46分という時間が良い。陰影に富んだ短編を読んだ気がする。本作で雨が少し好きになったことを
付け加えておく。

「イミテーションゲーム」 

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出張の機内で鑑賞した。正確に言うと、最後まで観きれずにフライトが終わってしまい、
着陸後にアマゾンのレンタルで残りを観終わった次第である。面白かった。

 チューリングという方の名前くらいは聞いたことは有ったが、どういう方かはこの映画を
観るまで知らなかった。この映画のチューリングがどのくらい実物に近いのかどうかは分からないが
少なくとも変人ぶりという点では結構正しいのではないか。そんな直感を持ちながら、この稀代の
天才の物語を興味深く鑑賞した。

 才能というものを持つことがその人の幸せに繋がるかどうかは相変わらずよく分からない。
本作を観る限り、チューリングも自身の才能に振り回された感が強い。才能をもった人は
その才能を利用しようとする他人や組織に食い物にされるリスクが非常に高くなる面がある。

 本作でもチューリングは結局英国政府に利用されつくした感がある。その挙句に同性愛
ということで告発する等、政府の対応も冷たいと言わざるを得ない。それはエニグマ解読
という快挙が、むしろ徹底的に機密扱いにされたことが理由かもしれないが、機密扱いに
したのも英国政府という組織である。「保身」という言葉は個人に良く使われるが、「組織」
でも同様である。組織は機密保持という美名の下でチューリングを封殺したと言える
のではあるまいか。そんな思いを鑑賞しながら絶えず覚えた次第だ。

 よく出来た作品である。時間構成を複雑化させて物語を重層化させる手法。落ち着いた欧州らしい
色調の画像。ハリウッドのCG映画とは一線を画した秀作だ。

「ゴルトベルグ変奏曲」 タロー



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タローという方の演奏を聴くのは本作品が初めてである。

 ゴルドベルグ変奏曲を聞き始めてもう20年くらいたっている。色々な演奏家の色々な演奏を
聴いてきた。演奏する楽器もチェンバロ、ピアノ、サックス、アコーディオン、弦楽など様々だ。
様々な演奏家を惹き付けるものがある曲とも言える。

 本作はリリシズムを湛えている。メリハリの利いた演奏であり、聴きやすい。ライナーノートによると
タローはサバティカルを取得してゴルトベルグに取り組んだらしい。かかる熱意を、しかし、感じさせない
端正な演奏と言える。