くにたち蟄居日記 -26ページ目

「志賀直哉」  阿川弘之

 志賀直哉のいくつかの作品が好きなので本書を読むきっかけを得た。著者の阿川の精魂

込めた著作であるが現在絶版になっている。古本を購入して読了した次第だ。

 

 著者の阿川が師である志賀の人生を丹念に描きだしている。阿川の筆致は非常に冷静だ。

志賀を持ち上げるでもなければ卑下させる訳でもない。志賀直哉という大作家を等身大で

描き出すということは、弟子の阿川にとっては本来極めて困難な作業なのだろう。但し、阿川が

取る絶妙な距離感を用いて、かような挑戦に成功しているのが本書である。

 

 本書で阿川は志賀を取り巻く人々も丹念に掘り下げる。その登場人物ひとりひとりが

「時代の証言者」になっていき、従い、志賀が生きていた時代をきちんと構成していっている。

そんな構成の巧みさが志賀という作家を立体感のある描写に仕立てているところが

本書の工夫であり、醍醐味である。

 

 本書を読んで志賀が大変寡作な作家だった事が良く解った。しょっちゅう筆を折っている。

やっと書き上げた長編も暗夜行路一作のみ。その作品も長い時間を掛けて完成された様子だ。

そんな、作家らしくない作家である志賀が「小説の神様」と言われてしまう。天皇家から始まり、

その時代の様々な芸術家との交友にも繋がっていく。個人的には映画監督の小津が志賀の

前ではひじょうに緊張していたというエピソードが面白かった。映画人はみな小津の前では

緊張していただけに可笑しかった次第だ。

 

 志賀はなんでかようなカリスマを身に纏うことが出来たのか。残念ながら

それに対する明示的な答えを阿川は用意していない。再度志賀の著作を読む

しかないということなのだろう。

徒然草 第七十一段

この段は兼好法師の独り言のように読める。

 

もちろん徒然草自体が、そもそも兼好の独り言集なのだとは思う。但し、比較的多くの段は

誰かに語り掛けているようにも見える。そもそも何かを書きつける時には読者を想定する

ものだ。読者が自分自身であっても、読者は読者である。であるからこそ、日記等も文章が

乱れると書き直したりするものだ。

 

 この段では自分の思っていることと現実との間の乖離の話なのかもしれない。他人の顔の

記憶と、実際のその人の顔との違いであるとか、物語の主人公の顔を勝手に想像して周り

の知り合いの顔になぞらえることの妙であるとか。思うことと現実をどうやって擦り合わせ

るのか等を兼好自身が不思議がっているようでもある。

「真実」  是枝裕和

是枝の作品を再度鑑賞し始めている。

 

本作は、まずは「俳優とはどういうものか」という点をカトリーヌドヌーブが見せつける点にある。

自分ではない他人を演じるという職業が俳優という事なのだろうが、それを徹底するためには

自分に関しても徹底的に虚像を造り上げなくてはならない。そういう業の深さをドヌーブは

見事に演じている。

 

 虚像を造り上げる為には、例えば自分の自伝に関してもいくらでも話を「盛って」も良いわけ

だし、主役を獲得するために自分の娘を出し抜いても構わない。そこには、本作の題名である

「真実」は不要だし、道徳は存在しない。そういう虚像を生き抜くのが俳優であり、それに耐えら

れなくなると、「現実に逃避する」とドヌーブは喝破する。「現実から逃避」ではなく「現実に

逃避」という彼女のセリフには正直寒気がしたくらいだ。これを書いた脚本家としての是枝の

殺し文句と言える。

 

 本作の最後にドヌーブと主人公は和解したかのように見えるが、その瞬間ドヌーブは

「これを映画に使える」と言い出す。主人公との和解もドヌーブが演じた虚像なのかもしれない。

従い、僕は本作をハッピーエンドで終わったとは思わない。むしろ最後まで虚像に生きる

ことを選んだドヌーブの業の深い俳優魂をみせつける悲劇ではないのか。但し、それが

妙に清々しいのが救いでもある。

 

 是枝はどこかのインタビューで本作を樹木希林が観たらなんと言うだろうかと語っていた。

僕は鑑賞の途中からドヌーブと樹木希林が重なって見えてしかたがなかった。樹木希林が

本作の主演であっても全く違和感がない。改めて是枝が樹木希林を失った事の重さを

感じた。いや、失った人は是枝だけではない。世界の映画が樹木希林を失ったのである。

「サイドカーに犬」 根岸吉太郎

 

 住んでいる国立が舞台となっていることで前から観ようと思っていた。今回出張の機内で 

IPADにダウンロードして鑑賞する機会を得た。よく見ると監督も割と気になっていた根岸吉太郎 

であった。 

 

 この映画の主役は竹内ではなく薫である。冒頭とラストシーンに30歳になった薫が描かれる。 

映画の物語自体は30歳になっている薫が、自分の小学校4年の夏を回想するものである。 

小学校4年の薫が自分の父親の愛人である竹内と交流していく事で、ある種の通過儀礼を 

経ていく姿が本作のあらすじだ。 

 

 但し、改めてこの映画を考えてみると、30歳の薫がどういう地点に佇んでいるのかは重要な 

事ではないかと思われてくる。本作を見る限り、ある種の停滞感が強い。それは小学校4年の 

薫が見せていた停滞感にシンクロして見える。 

 

 小学4年の薫には余り友人がいるように見えない。同級生が自転車で遊んでいるのに対して 

薫は未だ自転車に乗れない。自転車に乗れるかどうかは成長の暗喩としてみれば良いと思う。 

薫が自転車に乗れるようになったのは竹内がそれを教えたからである。 

 

 30歳の薫はどうか。客先からのクレームや弟の発言で混乱し、釣り堀に行ってしまう 

姿は自転車に乗れなかった頃の薫に似ていないだろうか。僕にはそのように見えた。 

 

  

 そんな30歳の薫の前に再度竹内が登場し、背中を押してはくれないのだろうか。そんな期待 

を僕は持った。映画では薫と竹内の再会は描かれない。但し、そんな場面が待っているような 

気がした。それが本作の結末の明るさに繋がっている。僕は、そう想像しているところだ。 

現場とは何か

「現場」だとか「現場主義」という言葉が良く使われる。大体は良い意味で使われて 

いる訳だが、ところで「現場」とは一体何なのかという点は案外と曖昧な気がする。 

 

 海外駐在をしていると、なんとなく「現場にいる」感がある。これは本社との比較で、 

そのように言ったり言われたりしていると思う。でも、本当に自分たちが「現場」 

にいるのか、そもそも「現場」って何なのか。そういうある種の反省は常に必要だ。

 

 僕が考える「現場」とは「まさにその事象が発生しているその場」というものだ。これは 

ある意味で当たり前で陳腐な定義だろう。では「まさにその事象が発生しているその場」 

がなぜ大事なのか。そこを考えることが頭の訓練になる。 

 

 情報には一次情報と二次以降の情報がある。二次以降の情報とはそのひとつ前の 

情報を加工して作られていく情報だ。加工される以上、そこには加工する人の嗜好や 

意向が必ず反映される。加工する人が多ければ多いほど、情報は形と内容を変えていく。 

小学生の頃に「伝言ゲーム」をやったが、あのゲームの本質は「情報は人によって確実に変わっていく」

という事をあからさまにするという点にある。 

 

 そんな事を考えていると、「現場」とは「一次情報を得る事が出来る場所だ」という定義 

ではないかという気がしてくる。逆に、「一次情報が得られる場はすべて 『現場』である」 

という言い方も出来る。

 

 という事で何が言いたいかというと「自分は一次情報にきちんと接しようとしているのか」 

「自分は目の前の一次情報を見つける眼力を磨いているのか」という点を常に考えなくては 

ならないのではないかという点だ。

 

 海外については、海外にいる我々が一番一次情報に接するチャンスがある。 

しかし、チャンスはあっても正しい視点で正しく目を凝らさないと見逃してしまう。ぼんやりした 

目で物事を見ていると、目の前の一次情報は気が付かないまま遠くに行ってしまう。 

僕も老眼ながらも同様に見る力を養成しなくてはならないと思うようにしている。 

 

 

「CODA] 坂本龍一のドキュメンタリー

坂本龍一が亡くなった事で本作を鑑賞するきっかけを得た。感想は2点である。

 

 一点目。坂本が音に拘っていた事が良く分かった。

 

 「音楽」という言葉は「音を楽しむ」という意味だろう。「音を楽しむ」ということと「音楽を楽しむ」

ということには大きな違いがある。坂本が見せるいくつかの「音の収集」の姿は厳密に言って「音

を楽し」んでいる。音は音楽の素材であり原料であるが故に、その音自体に謙虚に対峙する

坂本の姿は清々しい。

 

 音というものは、おそらくは、人間の様々な思いや想いからは独立して存在している。そんな

独立した音を「発見」する事から人間の所作が始まる。発見した音を更に紡ぐことで最終的には

音楽となる。坂本が本作で見せる姿は「紡ぎ」以前の「発見」の部分である。坂本という音楽家は

非常にクリエイティブだと言われていたが、それを今回本作を鑑賞することで理解出来た。

 

 二点目。坂本のある種の騒がしさも改めて思った。

 

 本作は東日本大震災の現場に佇む坂本の姿から始まる。物語は原発反対運動を辿り、

坂本の闘病を語り、9.11のニューヨークを描く。

 その一つ一つに坂本は反応し、意見を述べ、音楽の中に「回収」しようとしている。誤解を

恐れずに言うなら「ミーハー」という批判も免れない気もしないでもない。

 

 但し、「それが坂本である」という反論も十分に成り立つのではあるまいか。ある時代に生きて

いる以上、その時代から目を背けて生きる事が誠実な生き方であるだろうか。そんな問いかけを

坂本は本作を通じて訴えかけてきているようにも見える。坂本のその時々の信条、政治的発言

等に対する異論も時折聞くが、「その時々に信条、政治的発言をする」事自体を、どのように

評価すべきなのか。そんな問題提起がもっとあっても良いと僕は思う。

 

 大学一年の春に知り合ったばかりのクラスメートに誘われて「戦場のメリークリスマス」の

試写会に行った。坂本という方を知らなかった僕は、音楽と物語に圧倒された。それ以来、

坂本を追っかけてきて40年経ち、坂本が亡くなったことで、僕の中で何かが終わった

のかもしれない。

「街とその不確かな壁」  村上春樹

 村上春樹の本は大学時代から読んできている。もう40年前からだ。

 

 本作の原作である「街と、その不確かな壁」は大学の図書館で1980年の「文學界」をコピーして

読んだ。村上春樹と村上龍の対談本「ウォーク ドントラン」で村上龍がその作品に関して

言及していたことで知り、本になっていないことでコピーで入手した次第だ。本書の「図書館」

が大学の図書館に少し重なった。

 

 「街と、その不確かな壁」は本になることは無かった。但し、それを基にして「世界の終わりと

ハードボイルドワンダーランド」が書き上げられた。正確に言うと「世界の終わり」部分が

「街と、その不確かな壁」を原型としている。「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」

を書いたことで村上春樹は「街と、その不確かな壁」に区切りをつけたのだと理解してきた。

それから40年近くたって、今回の作品が世に問われてきた。村上は実は区切りをつけて

いなかった事に、僕は息を呑んだ。

 

 いくつかの村上の作品同様に本作には結末が無い。僕は村上にあちこちを連れまわされて

いるように本作を読み進めてきたが、最後に放りだされてしまう。あまりにも多くの伏線の

ようなエピソードが回収されぬまま最終頁に着いてしまうのだ。正直に言うと、放り出された

僕はやや腹が立った。いったいこれからどのような展開なのか楽しみにしていた映画が

停電で観られなくなったような感じである。

 

 勿論自分も実人生では結末や結論が無いことはしょっちゅう起こっている。そんな事にいちいち

腹を立てていたらどこにも行けなくなる。一方で、小説や映画ではどうしても結末が欲しくなる。

そんな自分の気持ちのありように少し不思議な気もしている。

 

 そんな想いで本書を読了した僕は早くも続編を期待する気持ちで一杯である。一つの

(そして決して小さくない)懸念は村上の年齢である。71歳という年齢の村上には残された

時間はそんなにないと考える方が現実的である。まもなく村上は村上自身が造り上げた

壁の中の街に一人で行ってしまうのではないだろうか。本書を読みながらぼんやりと

見えた風景は、壁に向かって一人で歩いていく村上の後ろ姿であった。ややあざとい表現だと

自分でも思うが、同じように思った読者の方も少なくないのではないだろうか。

「マザーツリー」 スザンヌ シマード

分量のある本だったが面白く読了した。感想は以下二点である。

 

 一点目。

木々同志がお互いに地中のネットワークを通じてコミュニケーションを取っているという著者の

説は非常に興味深い。著者の説がアバターのマザーツリーの元になっているらしいが、それ

以前の、例えば「風の谷のナウシカ」の漫画版にも同じようなエピソードが有った事も思い出

される。著者が言う通り、かようなコミュニケーションに気づいていた先住民があり、それが

何らかの形で集団的に記憶され続けたという事もあったのだろう。

 

 人間は自然をよく理解しないままに好き勝手に使っている面が多々ある。人体にしても

そうだが、自然が造り上げたものには必ずなんらかの意味があると考える謙虚な姿勢は

常に大事だ。また「好き勝手に使って」よいのかどうかという点への重大な疑問視も少し

ずつ出てきていると僕は信じたい。結局は、そんな謙虚さが人類を救うのではないか。

 

 二点目。本書は著者の人生のヒストリーを描き出しているという面もある。木々同志の

コミュニケーションを見つけていく著者の研究と、自身の人生を重ねていくという手法は

僕にとっては斬新だった。その中には弟の死、自身の結婚と離婚、子供の教育、抵抗勢力

との闘い、乳癌の罹患等が綴られている。

 

 読んでいると、かような苦労を乗り越えて来られたのは木々とのコミュニケーションだった

ことがひしひしと感じられてくる。「木々が著者を救ってきた」と書く方が正確かもしれない。

マザーツリーは言葉通り著者にとっての「母」であったに違いない。

鳥インフルエンザの記事を読んで

 新聞に鳥インフルエンザの記事を読んだ。最近世界で感染が増えているという。増える理由は

ウィルスが弱毒化したことで、感染した鳥が長生きをし、従い他の鳥に移す機会が増えたからだと

推測されているらしい。強毒の間は感染した鳥は直ぐに死んでしまい、他に移す機会自体は

減るという話だ。そういえばコロナにおいても、比較的症状の軽いと言われるオミクロンに

なって感染者が増えたような記憶もある。僕の思い違いかもしれないが。

 

 上記は病気の話だが、色々なものにも転用できそうだ「思想」という言葉に置き換えてみる。

「思想」においても、強毒性のある「思想」よりも、弱毒性の「思想」の方が伝播力が強いのでは

ないかと言えないだろうか。毒が薄い分、僕らは毒に気が付かない。極端な発想にはならない。

但し、確実に毒されていく。そんな「思想」はいくらでもあるのかもしれない。

 

 極論だが「資本主義」というのもその一例なのかもしれない。日本人である僕らは過去も今も

「資本主義」という比較的新しい思想に取り込まれている。取り込まれていると気が付きにくいのは

弱毒性だからではないか。

 

 そんな事を、新聞を読みながら考えた。シンガポールでの日曜日の早朝である。

徒然草 第七十段 

 この段では琵琶を演奏する際の機転の話だ。演奏前に楽器の一部が取れてしまったがとっさに

懐中に持っていたご飯で糊付けして事なきを得たという話である。但し、この段の最後に、布で

顔を隠した女性が寄ってきて再度その部分を取り外したという。兼好は、それは女性が何か

恨みがあったからだろうとしている。

 

 ある種の怪談なのかもしれない。

 

 この段を読んでふと思い出したのは東大寺二月堂のお水取りの「青衣女人」の話である。

ネットで探すと以下解説があった。

 

「青衣の女人は鎌倉時代前期の承元年間(1207年~1211年)に僧・集慶(じゅうけい)が

『過去帳』とも言われる『東大寺上院修中過去帳』を読み上げていた際、僧・集慶の前に現れ、

『何故わたしを読み落としたのか(など我が名をば過去帳には読み落としたるぞ)』と恨めしげに

問うたと言われています。僧・集慶がとっさに低い声で「青衣の女人」と読み上げるとその

青衣の女人は満足して幻のように消えていったと言われています。青衣の女人は女人禁制

の二月堂内に現れ、緑色の衣を着ていたと言われています。」

 

 兼好は1283年に生まれたと言われているので、上記話も大きく言うと同じ時代である。

そのころは、人々にとっては幽霊が実際に存在していたのかもしれない。