くにたち蟄居日記 -100ページ目

「大鹿村騒動記」

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 原田芳雄の遺作となった映画だ。原田はおそらくはこれが遺作になることを十分意識していたろう。そう考えながら観ていると、ある種の凄味が立ち上がってくる。

 阪本という映画監督は「どついたるねん」「鉄拳」「王手」等を見てきて気に入った監督であったが、本作を観て、こういう作品が撮れるようになったのかとつくづく思った。初期の阪本は幾分ケレン味もあり、それはそれで楽しい作品だった。特に「王手」は通天閣を舞台とした将棋劇であり、いまだに繰り返し観ている。

 本作は本作なりにケレン味はある。大楠道代が演じる認知症の妻の行状であるとか、最後の歌舞伎の場面等は、それなりに「騒がしさ」を抱えている。但し、底辺に流れるある種の静けさは、昔の阪本の作品には無かった。

 「騒がしい」といえば、原田という俳優もどちらかというと「騒がしい」俳優であったと思う。そういう「騒がしい」人たちが、妙な静けさを醸し出しているところが、本作の一つの見どころではあるまいか。

 エンドタイトルで忌野清志朗の音楽が流れた。彼も原田と同じ病気で、原田より幾分早くこの世を去った。そう考えると、「死」に満ちた作品なのかもしれないが、からりとした明るさがあることも本作の救いである。

「皇帝のいない八月」 

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 1978年公開の本作を2012年の7月に鑑賞した。34年前の作品ということである。

 僕は今年48歳である。2012年に48歳の人と、1978年に48歳の人が本作を観るとかなり印象が違っているに違いないと考え込んでしまった。

 1978年に48歳ということは1930年生まれである。終戦を15歳で迎え、安保闘争の1960年を30歳、全共闘を40歳前後で目の当たりにしてきた世代は、もしかしたらクーデターが起こるかもしれないという現実感を持って本作を観た可能性はある。三島事件も1970年であり、本作の8年前に発生したわけだ。

 一方、僕は1964年生まれだ。1964年というと東京オリンピックが開催され、新幹線が開通した年である。そんな僕が15歳の時は1979年であり、本作は既に公開済みである。間もなくバブルを迎える時期だ。クーデターを実感したことがある今の48歳の方は非常に少ないに違いない。

 そう考えると、僕が本作を現実感を持ってみることは到底不可能であり、それが故に、エンタテイメントとして楽しんでみてしまうという面もあるのかもしれない。一方、1978年に48歳だった方は2012年の今は82歳である。今82歳の方が今本作を観てどのような現実感をお持ちになるのかは興味深い。

 時代を踏まえて映画を観るということは、おそらくそういうことなのだろうと考えさせられた。
 映画としては良く出来ている。もう一時間くらい長く出来れば、もっとここの人の陰影を書きこめた気もしないでもない。但し、短く刈り込んだからこそある種の疾走感が感じられる。公開当時は余り人が入らなかったが、その分カルト映画としての人気がいまなおあると聞く。あのころは「新幹線大爆破」であるとか、列車を舞台にした佳作も多かった。黄金時代を誇った邦画の最後の残照ともいうべき時代だったのかもしれない。

「大局観」 羽生善治

 稀代の棋士である作者の本を読むのは二冊目である。

 本書で興味深かったのは201頁でのコンピュータ将棋と人間の将棋との比較の部分だ。作者はこう言っている。

 「コンピュータ将棋というのは、基本的に、可能性のあるあらゆる手をすべて読んで、最善手を探していく。(中略)
  一方、人間の場合は、将棋の実力が上がっていけば上がっていくほど、考える手はだんだん少なくなっていく」

 「たくさんの手を考えるコンピュータと、極力手を考えない人間。その違いは鮮明だと思う」

 僕は「人間はコンピュータを『人間が考えるように考える機械』を目指してきた」と思って来た。例えば「2001年宇宙の旅」で描かれるコンピュータHALは、人間と同じように考え、ある種の感情を持ってしまうことで起きた悲喜劇を描いていた。あのころのコンピュータに関する方向性は、人間に近い思考能力を目指すということだったと理解していた。

 それに対して著者はそもそも「考えない人間」という強烈なアンチテーゼをここで提出していると読める。「考えている間はまだまだ駄目だ」という意見を出しているわけだ。

 当たり前のことながら、将棋とは考え抜くゲームである。著者のいう「考えない人間」という言葉は、その「考え抜いた」上での、一種の特殊な状態であると理解するしかない。考え抜ける人は、考えなくても良いことが瞬時にして分かるからこそ少ないテーマに絞って深く考えることが出来る。捨てても良いものと捨ててはいけないものが分かるという話だ。
 一方コンピュータにはかような軽重判断が出来ないからこそ全てを考えなくてはならない。それが作者がここで言っていることだと僕は読んだ。

 ここで更に考えると本当に怖いのは「人間がコンピュータのように考えはじめたらどうなるか」ということかもしれない。コンピュータは二進法で考える。0と1だけで物事を処理するということはどういうことか。例えば善と悪だけで物事を処理しようとすると「善悪曖昧なもの」を理解することが可能なのだろうか。「善い」「悪い」だけで明快に判断できないことはすごく多い。それらに対して常に「白黒つける」という態度で臨むことが、正しい知性の動きであるとは僕は思わない。時として曖昧なものに豊饒が孕まれていることもあるのだ。考え抜いた上で考えない人間というものには、かような豊饒さがあると言ったら飛躍しすぎだろうか。

「エルシド」

 その昔TVでちょっと見た記憶がある。記憶といっても最後のシーンだけが残っており、長年気になっていたがようやく全部見る機会を得た。

 本作を見て改めて思ったのはスターウォーズシリーズはチャールトン・ヘストンの作品に影響されている部分が多いという点だ。本作や、やはり彼が主役を張った「ベンハー」等を見ていると、スターウォーズに見られる場面の原型が至る所に見いだせる。その意味ではジョージ・ルーカスにしても、1950年代後半から60年代にかけての映画に負うところが多かったということなのだろう。

 180分を超える物語はいささか長い。しかし、それだけに滔々と物語れる。CGがまだ無かったころの戦闘場面であることを考えると実に豪華な映画になっているとも思う。

 そういう「贅沢さ」を映画が持ちえた時代があったのだと思う。翻って今の時代の映画にはかような「蕩尽」という
ものは既に失われている気がする。CGでいくら画面を作ったにせよ、「失ったもの」もある。本作は1961年に
制作された。もう50年も前の話である。50年前に映画が持っていた「過剰」を考えることは勉強にもなるのではないか。それが最後の感想である。

「カモメ 食堂」

 名高い本作をようやく見る機会を得た。

 本作では何が起こるというものではない。小さなエピソードがいくつかちりばめられているが、大きな物語があるわけでもない。それでも見ていてなんとなく幸福感が湧いてくるから不思議である。

 本作は食べ物が主役とも言える。
 フィンランドで日本食を出すという話だが、その日本食が寿司や懐石料理のようないわゆる日本食でないことが味噌だと僕は思った。お惣菜や鮭の塩焼きといった、普通の家庭料理をフィンランドの人が食べているのを見ているちと こちらもだんだんお腹が減ってくる。その空腹感と幸福感が一緒に立ち上っていくところが本作の魅力だ。

 食堂や喫茶店を舞台とした映画は楽しい。バクダッドカフェも思い出す。見知らぬ人たちが食べ物を通じて集まるという話には何か懐かしさも漂う。そんな映画の一つとして本作がある。

国立のカフェ・バー 「ELK」

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 国立はひそかにカレーの激戦区である。四年振りに戻った国立でカレーを食べることは大きな喜びの
一つだ。
 
 ELKという名前のお店に行った。「カフェ・バー」とあるが、なんとなく懐かしい響きである。ここのカレーは
「チキンココナツミルクカレー」だ。
 
 初めに僕の立場を出しておこう。僕はココナツミルクを使ったカレーは「カレーに似て非なるもの」と
考えている。これは美味しいとか美味しくないということではない。僕自身がココナツミルクの王国
ともいうべきタイに駐在していた経験があるから、そう判断しているだけである。タイのグリーンカレー
もココナツミルク無しではありえないし、美味しいのだが、「カレーとは言い難い」としているだけ
である。
 
 ELKのチキンカレーは非常に丁寧に作られている。付け合せの、おそらくは自家製であろうピクルスも
野菜の種類が多くて手が込んでいる。個人的にはミョウガのピクルスが実に美味しかった。
 一方、ご飯に関しては、長粒米の方がより美味しいような気もした。タイ系の料理ではタイ米の方が
美味しいことはタイで理解したことでもある。
 
 休日の国立を歩いていることは、しかし、楽しい。

どら平太

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 黒沢明が手掛けた脚本だということで期待して鑑賞した。

 一点目。この映画を全盛期の黒沢が映画化したらどうなったろうかと考えることは楽しい。黒沢だとしたら画面は
もっと斬新になっていたのではないか。これはある意味で僕の市川昆に対するささやかな不満でもある。これだけ
面白い脚本ながら画面がもう一つ際立っていないと感じた。

 二点目。黒沢が撮っていた場合、主人公は当然ながら役所広司がやることは無かったろう。これは時代的にという意味である。全盛期の黒沢は1970年以前であり、役所が物理的に居なかったということを意味している。

 この映画は役所が支えている部分が非常に大きいと僕は感じた。二枚目と三枚目をくるくると演技しわける
役所には正直脱帽である。全盛期の黒沢が役所を主演に据えることが出来たら凄い映画になったろう。

 それにしてもかつて四騎の会という志が有った。個性的でおそらくは我が強い映画監督達が連携することには
無理もあったろう。四騎の会で実際に当時撮られた作品は黒沢の「どですかでん」だけだった。時を経て「どら平太」が映画化されたことは大いにうれしい限りである。

中国に出かけて

 7年振りに中国に出かけた。
 
 中国で驚いたことは中国語の出来る日本人が多くなった点である。これは日系の各社が最近の30年近く中国に語学研修や駐在を出していたからだ。
 
 これは僕の直観だが、これほど日本人が中国語や中国を学ぼうとしているのは遣唐使以来ではなかろうか。
 
 唐の時代やそれ以前の中国が文化的にいかに大国であったかは言うまでもない。日本の縄文時代に「論語」「荘子」「孫子」「老子」といった巨大な書物が書かれていたという史実は今考えてみても驚くしかない。書物で当時の中国に対抗できるのは「聖書」を生んだヘブライ文化と、キケロやセネカを生んだギリシャ・ローマ文化だけだと断言して良い。
 
遣隋使や遣唐使で中国に行った日本人が真剣に文化を吸収してきたことは奈良や京都のお寺に行けばすぐにわかる。僕は日本人だから手前味噌だが、世界の仏教美術の頂点を見たい人は法隆寺、東大寺(三月堂、戒壇院)、広隆寺、薬師寺、宇治平等院に行けば良いと思う。
それから1200年、再度日本は中国に人を出すようになった。その歴史的な意味は何なのかを考えることは案外楽しい。

国立に戻りました

インドネシアに赴任したのが2008年4月18日。2012年4月20日朝に帰国しました。すぐに
住民票を入れ、晴れて国立市民になりました。

「さよなら 愛しい人」 チャンドラー 村上春樹訳

 読んでいて大変勉強になった。読後感は二点である。

 一点目。村上春樹は気のきいた喩えやセリフで有名であるが、その先生はチャンドラーであることが
今回良く分かった。実際に本書を読んでいると、チャンドラーのセンスの冴えにはいささか驚かされた。

 村上はチャンドラーを「文章で戦える人」だとどこかで評していた記憶があるが、その意味が今回良く
分かった。かつ文章やセリフのセンスという点では、チャンドラーは村上を凌駕していることも強く
感じた。先生である以上、生徒には負けられないとでも言うべきか。

 二点目。チャンドラーに欠けているものも本書から見えてくる思いがした。

 本書には鮮やかな脇役が出てくる点は村上も指摘している。但しきらりと光る登場人物が有っても
背景が書きこまれない重要人物も多い。特にムースマロイに関しては、彼の「哀しみ」にもう少し彫の
深さが有ったら本書はがらりと変わったはずだ。Farewell,My Lovelyと言っているのはマロイだと理解
した僕としては、そのFarewellという言葉の重さをもう少し感じたいと思った次第である。

 「一流の文学」という言い方は好きではない。しかし敢えて使うとしたら、チャンドラーは「一流の
文学」という範疇には入らないかもしれない。但し、村上が何故チャンドラーを今再発見させているのか
を想像することは楽しい。勿論、村上がチャンドラーを偏愛しているからであろうが、では何故村上
がチャンドラーを偏愛しているのかである。僕としては、それは上記の通り「文章で戦う」という
点で村上はチャンドラーに強く共感したからだと思う。

 実際、優れた文章とは、含まれているコンテンツだけではなく、表現形態としての「文章」に因る
部分は非常に大きい。これは文学だけではなく、例えば業務上の報告書でも同様だ。僕自身、例えば
出張報告といった無味乾燥な文章にも妙にこだわりがある。それは非常に稚拙なレベルとはいえ、村上
の「共感」に共感しているからかもしれない。