わたしたちは一人一人価値観が違うので、

良かれと思ってしたことが、

相手を傷つけたり、嫌な思いさせることも、

あったりするものです。

 

 

だから、いつの間にか人から嫌われている

なんてことも、起きたりします。

 

 

嫌われるようなことをした覚えが全くないので、

「わたしあの人に何かしちゃったのかしら」

「失礼なことを言ってしまったのかな」

とぐるぐる悩んだり、

「あの人、急に態度を変えて、変な人」

などと考えたりして、答えの出ない問いで、

頭の中は一杯になってしまいます。

 

 

こちらに心当たりがなくても、

相手に嫌われるようなことをしたのかも

しれないと考えると、その反対のことも、

大いにあり得ることですよね。

 

 

何か嫌なことをされたときにも、

相手に他意はないのかもしれない。

気にしすぎかもしれない。

 

 

そうやって、人にされたことに、

寛大になるように心がけていくと、

優しい社会になっていくと思うのです。

 

 

今の日本は、SNSの影響もあって、

誰もが裁判官になって、

「わたしは正しい!」

「お前は間違ってる!」

と糾弾することが多くなってしまいました。

 

 

正しさをぶつけ合う社会は、

窮屈で生きにくいですよね。

 

 

正しさよりも、優しさを発揮して、

人に寛大になっていく方が、

自分も人も生きやすくなります。

 

 

つい厳しくなりがちなわたしたちですが、

自分にも人にも寛大さを心掛けて、

のびのび過ごせる社会にしていきましょう。

 

 

 今日も心と魂に愛と光✨をいっぱい入れて

神様の愛と光がたっぷり注がれますように。
神様、今日もありがとうございました。
 


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