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中之島の東洋陶磁美術館へ行ってきました。



台湾の故宮博物館から「北宋汝窯青磁水仙盆」というお宝が来ているそうです。中国北宋時代に汝(ルー)という窯元で作られた青磁製の水仙を活けるための盆、です。
この特別展については後述します。

朝鮮、中国、日本の陶磁器を収集展示している美術館で、常設展が思いのほか面白かったのでそちらの方から。
最初に朝鮮の青磁器。うろ覚えだけど高麗時代のものが殆どだったような。うっすらと浮かび上がるような模様が繊細で美しく現代の百貨店に並んでそうな上品さがあり、その後に続く扁壺と呼ばれる壺の腹を両面から押して平らにしたような形の壺や、俵型をした壺など独特の形が面白いものが並び、後半の大型の壺や皿に描かれる模様や動植物は大胆にデフォルメされていて現代美術みたいに楽しく。ただ、展示されてるこれらの朝鮮の磁器は、どこかしら不完全。瓶の体部は完璧に美しい曲線なのにそこから伸びる首が垂直からは若干ずれて傾いてたり、口が歪んでたり、主に縦横の平衡感覚が微妙にずれてるものがとても多かったです。ただそれが逆に、工場大量生産品とは違う手作りの味として出ていて強く印象に残りました。青磁器や白磁器は得てして冷たい印象になるのですが、そこへ手作り感が感じられる歪みが入ることで人間味が感じられました。もしかしたらこれらをコレクションした安宅氏もそういう所が好きでそういう色が強いものばかり集めてらしたのかもしれません。
あとこういう展示では王族が使っていたような装飾品として用いるものばかり並ぶことが多いと思うのですが、ここでは実用されていた、つまり壺は酒や食料を収納していたものが多く、所々欠けていたり変色していたり。歪みやへこみも、その窯の一級品ではなくちょっとランクダウンでお求めやすくなってるものだからかなと思わせます(同時期の中国では歪みないパーフェクトな磁器が作られているので技術が足りなかったわけではないと思います。)庶民とは言わないけど王侯貴族ではない、そこそこ裕福な家の台所で活躍してたんじゃないかなという品々。ちょっとお洒落なご主人(または奥方)が普段使いにもこういう小洒落た模様の入った壺を買い求めては悦に入ってたのかなぁと想像が膨らみます。
次に日本の陶磁器。こちらは身近で見慣れた色合い質感でほっとする空間になってます。朝鮮の磁器と比べるとごつごつした石っぽさが強く印象に残ります。石っぽくてあたたかい感じ。
それから中国の磁器。たしか唐代のものだったような。西洋っぽさもあるデザインや質感と、あとやっぱり華やか!ゴージャス。贅を競った感がありました。

さて特別展ですが、目玉の北宋汝窯青磁水仙盆を始めとした青磁水仙盆6点。
水仙盆の使用例↓

この写真は現代の作家が本物を手本にして作った水仙盆を使用してます。

展示されてるのはこの青磁の盆とその盆を置く台。
正直、区別つかん!!!
6点全部同じに見える!
さらに、「フツーの皿」感ハンパない!
なんというか、形状もなめらかさも色合いの均一さも幾何学的にパーフェクトすぎて、見た目が現代の工場生産製と変わらないの…。
大きさは掌2つ分くらいで無地(裏面に詩が書いてあるけど)。この水仙盆というのは当時「犬のエサ入れ」という俗称があったそうで、本当にそんな感じ!!
皇帝がこの水仙盆を愛用したそうなのですが、小姓や後宮の女達が「陛下ったらまたあんな犬のエサ入れにムダ金はたいて…!」と陰口叩いてる様子が容易に想像できます…(´д`lll)

この特別展に合わせて宋代の青磁器を紹介する特集展があり、こちらは流麗な絵が描かれていたり細やかな模様が入っていたりで見ごたえありました。


特別展「台北 國立故宮博物院―北宋汝窯青磁水仙盆」
特集展「宋磁の美」
12/10(土)-3/26(日) 大阪市立東洋陶磁美術館

大阪市立東洋陶磁美術館
京阪なにわ橋駅すぐ。市営地下鉄淀屋橋駅、京阪淀屋橋駅徒歩5分。



長いものに巻かれろ

「大秦帝国之崛起(全40話)」のあらすじ。
ざっくり解読なので間違ってるところもあるかもしれません。

* * * * *

[第二十六集]
韓は秦の猛攻に追い詰められ上党郡の割譲を迫られた。だが上党の百姓らが猛反対し勝手に抗戦準備を始める。上党の郡守は民衆に、どうしても秦に引き渡されたくなければいっその事趙へ投降しようと呼びかける。趙王は上党の投降を受け入れ勝手に趙の領地に組み込んだ。
怒った嬴稷(エイ・ショク)は趙と全面戦争だと檄を飛ばす。だが白起を前線から呼び戻し代わりに王齕(オウ・コツ)に指揮を執らせた。平原君・趙勝率いる趙軍との戦いは思いのほか苦戦、朝議では撤退も提案されたが、張禄はこの戦で退いてしまえば天下に秦が弱体化したと広めるようなもの、決して撤退してはならないと説く。エイ・ショクは国境防衛の兵を割いて上党へ増員させた。秦軍の力まかせの攻撃でついに防衛線を突破され趙勝は城を棄てて逃げる。ようやく上党は秦のものとなった。この戦いで秦にも相当な被害が出たが張禄はこの勢いのまま長平まで攻め入るべきだと進言。長平をものにすれば趙都・邯鄲はもう目の前だ。

長平を取られれば国を取られるも同じ危機、趙では歴戦の老将軍・廉頗(レン・パ)が長期戦に持ち込み秦軍を疲弊させてから一気に叩く策を主張、趙勝や若い将軍・趙括は相手は上党戦で疲弊しているのだから怖気づかなくとも勝てると積極的に攻めることを主張する。趙王は悩んだ結果廉パに軍を託し長平を死守するよう命じた。

[第二十七集]
廉パは河と山に守られる形になっている長平城へ繋がる路を全て押さえて完璧に防衛しており、王コツは攻め入る手がかりをつかめずにいた。このままでは糧食が減っていくだけ、早く突破口を見出さねば。王コツは連日廉パを大声で罵倒して戦に持ち込もうとするが廉パはまったく応じず籠城を決め込む。
エイ・ショクは長引こうとも絶対に長平は落とすと意志は固い。一方趙王は不安にかられ、魏国から虞卿を呼び戻して秦と講和できないかと教えを請う。虞卿は今の秦は決して講和は受け入れないだろうと考え、秦軍を引かせる一手として楚国へ金品を贈ればいいと言う。秦は合従を恐れて軍を引くだろう。だが趙勝は他国と合従などせずとも趙国は秦に勝てるとの主張を崩さない。趙王は秦へ講和の使者を出すと同時にひそかに合従をも進める。

白起は趙人の妻を持つのでエイ・ショクが気を使って趙攻めから外していることはわかっていたが、長引く戦を見ているだけの悶々とした日々を過ごしていた。そしてついに自ら長平へ行きたいと申し出る。だがエイ・ショクはまず魏へ行ってほしいと言う。趙は魏・楚と合従する様子だ、そんなものは怖くもないが面白くないので潰せ、と。さらに趙は講和を求めてきた。どうせ見せかけだろう、ここは張禄が適任だ。

魏都・大梁に白起が到着。白起は秦王の伝言として「今後もよろしく」と伝えるが、戦神と畏れられる大将軍・白起が自らやって来たとあって魏王はすっかり震え上がってしまった。

[第二十八集]
張禄と趙勝の講和はもちろんかみ合わない。趙勝は戦の発端となった上党を解放しろと迫るが、張禄は韓との誓約書を見せ、さらに韓王まで連れて来て上党の所有権を見せつける。

白起の訪問に恐れを成した魏王は趙楚との合従には加わらないだろう、こうなったら強硬手段だ…虞卿は楚宰相・黄歇と組んで白起に暗殺者を差し向ける。
白起は信陵君・魏無忌に案内され魏韓国境近くの風光明媚な丘へ。幾つもの河と山が入り組んだ風景はどこかしら見覚えがあるように思えた。その時、突然大勢の黒装束の男に取り囲まれる。魏無忌はこの暗殺者が趙楚の手の者と知ったが門客らに命じて暗殺者らを撃退し白起を救った。
虞卿や黄歇は魏無忌を非難するが、魏無忌は暗殺などと言う卑怯な手を国家が使うべきでないと言う。だが虞卿の再度の説得により三国合従の意志は固まった。

白起は魏無忌に案内され眺めた風景から韓領内の垣雍(エンヨウ)の地を押さえるべきと考え、すぐに韓王に会いに行き垣ヨウの地を一時貸してほしいと申し出る。韓王は快諾するが、すでに魏楚両軍が垣ヨウに集結しているという報せが。
白起はすぐさま垣ヨウへ。今まさに出撃ののろしを挙げようとしていた魏王らの前に出て、これは趙が魏や楚を戦に巻き込もうとする陰謀だと説く。そしてこの垣ヨウには重要な水脈が流れており、出撃を強行するならかつて水攻めで落とした楚の鄢(エン)城と同じように大梁を水攻めにする用意があると言い出す。実は大梁は過去に二度大雨により都城が水没しており、決して非現実的ではないその言葉に魏王はすっかり意気をくじかれてしまった。追い打ちをかけるように韓が垣ヨウを秦へ五年間貸し出す借用証と、その五年後には魏へ譲渡するという誓約書を見せる。魏王は喜び三国合従はあっけなく瓦解した。





-秦国-
[A] 嬴稷(エイ・ショク)
秦王。天下統一の野望を抱く。
[B] 張禄
秦丞相。応候とも呼ばれる。本名は范雎(ハン・ショ)という。
[C] 白起
秦大将軍。武安君と称される。

-趙国-
[D] 趙王(孝成王)
若き王。故・恵文王の息子。
[E] 趙勝
趙王の叔父。平原君と称される。
[F] 廉頗(レン・パ)
趙国にこの人ありと恐れられた老将。
[G] 虞卿
趙宰相だったが魏宰相を救うために職務をなげうって魏国へ亡命してしまった。

-その他-
[H] 韓王
白起の猛攻によって国はずたずたに分断され、もはや秦に逆らう余地はない。
[I] 魏王
穣候が健在だった時に散々攻められ土地を奪われてきたので秦を恐れている。
[J] 魏無忌
魏王の弟。信陵君と称される。

* * * * *

おおう、なんか似たような人がいっぱい出て来て混乱してきた・・・。

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長いものに巻かれろ

「大秦帝国之崛起(全40話)」のあらすじ。
ざっくり解読なので間違ってるところもあるかもしれません。

* * * * *

[第二十四集]
嬴稷(エイ・ショク)は新たに公子・嬴柱(エイ・チュウ)を太子に就ける。
張禄は応の地を与えられ応候と称された。ここまで来れたのも鄭安平、王稽の二人がいたおかげだ、張禄はエイ・ショクに頼み込んで鄭安平には秦の爵位を、王稽には河東郡の群守の任を与えた。と、そこへ魏の使者として須賈がやってきたとの知らせ。張禄こと范雎(ハン・ショ)はこの機に絶対に復讐してやると誓う。

ハン・ショはぼろを身にまとって須賈の前に現れる。須賈はハン・ショが生きていたことに驚く。ハン・ショがすり手で旦那様のおかげで生き長らえたなどとへりくだるので須賈は憐れに思い新しい着物を与えてやった。須賈がこの度秦へやってきたのは、秦が魏を攻めようとしているという噂が流れてきたからだ。何か知らないかと訊くがハン・ショは何も聞いてないととぼける。須賈はこれから丞相の張禄に会いに行くのだが、少なくとも四頭立ての(立派な)車でなければ魏の沽券に関わる、そこでハン・ショに四頭立ての車を調達してこいと言う。
すぐに四頭立ての車が用意されハン・ショ自ら御して丞相府へ。須賈は訪問を報せ門の前で待つ。と、ハン・ショは腹が痛いと言って厠を借りに先に中へ入って行った。その後いつまで待ってもハン・ショは戻ってこないし丞相府の使いも出てこない。不審に思い門番に問うと、さっきの御者が秦の丞相・張禄であり、どういう理由かは知らないがお前さんは丞相にからかわれてんだと言われた。なんてことだ、あのハン・ショが今は秦の丞相!?大慌てで須賈は豪華な着物を脱ぎ棄て木枝を背負い(※罪人の格好で鞭打つための荊を背負うことで降伏の意を表す)土下座し必死に命乞いをする。それを陰で見ていた張禄は明日もう一度来いといって帰した。奴には骨の髄に至るほどの恨みがあるが、だがぼろを来た自分を憐れんで着物を与えてくれた、その情に免じて命は取るまい。
翌日、張禄は丞相府で宴会を催す。そこへ須賈がおそるおそるやって来た。張禄は須賈を地べたに座らせ、食事の代わりに馬の飼葉を用意する。それを無理矢理口にねじこませ皆で笑いものにする。そして魏へ戻って丞相・魏斉の首を持ってこい、でないと都へ攻め入るぞと恫喝するのだった。
須賈は帰国し魏斉に事の次第を伝える。魏王は秦を恐れて匿ってはくれない。魏斉はすぐに趙の平原君を頼って亡命した。

エイ・ショクは魏の宰相が張禄の脅し一つで逃げ出したと聞いて面白がる。しかし最大の仇である魏斉がまだ生きているのでは張禄の心が晴れないだろうと考え、平原君に個人的に親交を深めたい旨の手紙を送り秦へ招待した。そんな裏事情も知らず手紙を受け取った平原君は文面を真に受けて秦へと赴く。

[第二十五集]
エイ・ショクはかつて孟嘗君・田文を迎えた時のように大歓迎で平原君を出迎え自ら手を引いて宮殿へ案内する。歓迎の宴の場で張禄を兄弟のように大切にしている人物だと紹介し、平原君が匿っている魏斉は張禄の仇人だと告げる。そして趙王への手紙を書いたのでまぁ聞いてくれと読み上げる。「趙は即刻魏斉を秦に差し出されよ。さもなくば秦は趙へ攻め入り、また王弟殿も返さないぞ。」平原君は騙され人質になったことを知る…。
張禄は確かに魏斉に恨みがあるが国単位の争いになってしまった事にさすがに焦りエイ・ショクにその真意を問う。エイ・ショクは天下統一に向けて遅かれ早かれ趙とは対決することになる、今から相手の出方を知っておくためでもあると言うのだった。

手紙を受け取った趙王はすぐさま平原君の屋敷へ人を遣り魏斉を探させるが、家令が機転をきかせて脱出させる。魏斉は宰相の虞卿の元へ駆けこんだ。話を聞いた虞卿は国内にもう匿う場所はないと判断し、魏国の信陵君・無忌公子を頼って魏都・大梁へ連れて行く。信陵君に人を遣って伺いを立てるが、信陵君は魏斉を匿えばこちらが秦の標的になってしまうため他を当たってくれと断るのだった。その様子を見て信陵君の門客の一人が、虞卿といえばスピード出世で有名な才能と人望の高い人物、その彼が自分の地位をも顧みずわざわざやって来たのに頼みを無下に断るとは失望したと言う。そう言われて思い直した信陵君は虞卿と魏斉が待つという家へ向かうが、辿りついた時にはすでに遅く、魏斉は絶望し自ら命を絶っていた。
平原君を救うため、魏斉の首は秦へと送られた。平原君はすぐさま解放され趙へ帰った。

天下統一に向けて何度も魏へ攻め入っているのになぜ征服に至らないのか、張禄は近年の戦が謀略ばかりで勝敗がつき、相手方の兵や武器装備等にダメージが少ないため相手が何度でも復活するからだと説く。これは暗に白起の戦い方が甘いと非難しているのだった。また趙・斉と組んで魏・韓を攻め取る策を提じる。白起は張禄の言うような殺戮を元に天下を支配しようという野心は決して許されないと批判するが、エイ・ショクは白起の考えに理解を示すと言いながらも魏・韓は秦にとって厄介な虫でしかなくこれを取り除くのが世の平和のためだと言い、白起に韓攻めの指揮を執らせるのだった。





-秦国-
[A] 嬴稷(エイ・ショク)
秦王。天下統一の野望を抱く。
[B] 范雎(ハン・ショ)/張禄
秦丞相。魏国出身。秦では張禄という偽名を用いている。応候とも呼ばれる。
[C] 鄭安平
魏人の男。死にかけのハン・ショ(張禄)を助けたために自らも故郷を追われる身に。現在は張禄の使いっぱしりをやっている。
[D] 王稽
秦大臣。ハン・ショを魏国から脱出させてくれた恩人。
[E] 白起
秦大将軍。武安君と称される。

-魏国-
[F] 須賈
魏大夫。ハン・ショの元主人。
[G] 魏斉
魏丞相。かつて須賈と一緒になってハン・ショを半殺しの目に遭わせた。
[H] 魏無忌
魏王の弟。信陵君と称される。

-趙国-
[I] 趙勝
前趙王の弟。現趙王の叔父。平原君と称される。
[J] 虞卿
趙宰相。王とたった三度面会しただけで宰相になったと言われている。

* * * * *

うーん、なんで張禄先生はこんなキャラなの?(´_`。)
そしてエイ・ショクのワルさって単純に腹が立つ。恵文王の時みたいな面白さはなく単純に憎い…。

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長いものに巻かれろ

「大秦帝国之崛起(全40話)」のあらすじ。
ざっくり解読なので間違ってるところもあるかもしれません。

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[第二十二集]
張禄は趙韓魏の三晋のうち、まずは趙を落とさないと天下統一へ進めないと説く。趙の手前に位置する魏と組んで趙を落とすべしと勧める。魏との同盟の証に太子を人質に出せば向こうも信頼するだろう。趙攻めの大将にはやはり白起しか思い当たらないが彼は穣候の腹心だ。そこで副将などを務めてきた胡傷を抜擢する。
嬴稷(エイ・ショク)は太子・嬴倬(エイ・タク)に国のために人質になる覚悟はあるかと問う。タク太子は太子としての務めを立派に果たしますと応え、母や祖母に心配かけまいと何も言わずに出立した。

秦が攻めて来ると知った趙は、遠征でおそらく短期決戦で攻めて来るであろう秦の後援を絶つ作戦に。早速平原君・趙勝が魏へ交渉へ赴き趙軍は趙奢を大将として立ち向かう。趙奢はなぜか軍を城のずっと手前で野営させ動かない。意図が読めず胡傷は初めは警戒するが、単に戦の素人なのだろうと判断する。だがそれは趙奢の時間稼ぎなのだった。
平原君は魏へ着くと妻の弟でもある信陵君・魏無忌に会い、なぜ秦の侵攻を見過ごすのだと問い詰め、そして秦が太子を人質に出してきたと知り驚く。さすがにそれでは説得したところで魏は動かないだろう…。だがもう他に手はない、平原君はその夜秦太子邸を襲い、翌日タク太子の首を持参して趙王の前に参内した。趙王は驚愕し激怒するが、原因過程がどうであれ魏国内で太子が死亡したとなれば秦の怒りは免れない。国を守るためにはもう趙と組むしか路はない。

胡傷の軍は趙と魏の挟み撃ちに遭い大敗した。タク太子の遺体は丁重に秦へと送り返された。
エイ・ショクは魏冉(ギ・ゼン)とその弟の芈戎(ビ・ジュウ)を更迭し張禄を新たに丞相に任命、張禄はすぐに魏へ報復戦へ出て次々と城を落とした。

[第二十三集]
魏ゼンとビ戎は封地へ帰れと事実上追放処分となったのを不服に思い宣太后に不満をぶつけるが、宣太后はそもそも王の信頼を損なう原因となったのは陶邑を奪ったことで、自業自得だと逆に叱りつける。そこへ郊外の地を治めていた二人の王弟が戻ってきた。母や叔父らに対する処遇に憤った彼らは兄王を廃して新王を立てるべきだと言い出した。魏ゼンはまだ全ての兵権を手放してはおらず半数くらいの兵を動かせる、勝てる算段はあると…。

エイ・ショクは毎日母に面会に行くが宣太后は決して会おうとしない。だが今日はいつも通り「母はもう政治に口出ししません」の伝言と共に一枚の文を渡された。そこに書かれていたものは…エイ・ショクは衝撃と怒りとでもはや笑うしかなかった。エイ・ショクはすぐさま白起を呼び、魏ゼンから全ての兵権を取り上げるよう命じる。

翌日、宣太后はエイ・ショクとその孫・嬴子楚(エイ・シソ)を呼び出し、久しぶりに家族団らんの穏やかな時を過ごす。だがその後は部屋にこもり一切の食事を摂らなくなり、そのまま逝去した。
宣太后の死後ようやく魏ゼンとビ戎は都を出立する。エイ・ショクは二人に二度と都に戻ってはならないと命じた。彼らも間もなくこの世を去り、封地は国が没収したが、魏ゼンの溜め込んだ財産は王室より多かったと伝えられる。



[A] 嬴稷(エイ・ショク)
秦王。
[B] 宣太后
秦王太后。
[C] 魏冉(ギ・ゼン)
宣太后の異父弟。穣候とも呼ばれる。
[D] 范雎(ハン・ショ)/張禄
秦客卿。秦では張禄という偽名を用いている。
[E] 趙勝
趙王の弟で宰相も務める。平原君と称される。

* * * * *

この話の流れでなんで張禄先生が優遇されて穣候らが追放されるのか、つじつまが合わない気がする…。張禄の策が失敗したのだから彼が追放されそうな所なのに。

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「大秦帝国之崛起(全40話)」のあらすじ。
ざっくり解読なので間違ってるところもあるかもしれません。

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[第十九集]
嬴稷(エイ・ショク)の元にひそかに韓の丞相がやってきて、三晋と義渠(ギキョ)族で秦を討つつもりだと知らせる(※韓は趙に強いられて盟約を交わしたが怖気づいて秦と組むことにした)。エイ・ショクは魏冉(ギ・ゼン)、白起らを召集し、そして会議室の裏で宣太后がひそかに聞き耳を立てているのを確認してから韓丞相に詳細を尋ねる。 義渠駭(ギキョ・ガイ)が表向き秦に臣下の礼をとっておきながら外では王を名乗り、ギキョが咸陽(カンヨウ)を攻め三晋が函谷関を攻めるという計画を持ちだしたことが明らかに。宣太后は敵を匿い秦国を危機に陥れようとしているではないか!とエイ・ショクはわざと大声を上げる。魏ゼンはなだめようとするが火に油だ。裏で聞いてた宣太后は静かにため息をつく。

ついにその時が来た。称号授与式は宣太后の手で行われ、かつて恵文王が寝所に使用していた豪華な部屋が与えられた。ギキョ・ガイが部屋へ入った途端、すべての戸窓は外側から閉められ毒の香が焚きしめられた・・・。
自らの手で葬った元恋人を、宣太后は亡くなった息子の墓の隣に埋葬した。宣太后はエイ・ショクに、仇を討つという心はどれだけの時が経っても決して消えないという事に気づかなかった自分が間違っていたと静かに話す。それはつまり、魏伶優を放っておくなという事でもあった…エイ・ショクは苦渋の末、魏伶優を処刑した。

魏ゼンは自分の領土を広げようと私兵を繰り出して魏へ押しかける。魏は言われるがまま割譲するしかなかった。対応した魏大夫・須賈に仕えている冴えない男・范雎(ハン・ショ)は、この機に魏ゼンに取り入って秦へ行き出世しようと目論んでいた…。

[第二十集]
ハン・ショは魏ゼンに同行する大臣・王稽に金を握らせてなんとか穣候に会わせてくれと頼んだところ、なんと厠で用足し中に面会することに。ハン・ショは手をすり合わせなんでもするので部下に加えてくれと頼む。では尻を拭けと布巾を渡された。ハン・ショは魏ゼンの尻を拭くが、魏ゼンはこの世でもっとも嫌いなのは出世を目当てに主君を変える者だといって出て行った。
ハン・ショが魏ゼンに会いに行ったことはすぐにばれて須賈は丞相・魏斉に報告、魏斉はハン・ショを売国奴だといって百叩きにした。動かなくなったのでむしろにくるんで厠に転がし小便を引っ掛ける。下人の鄭安平が憐れんで眺めているとうめき声が…ハン・ショはまだ生きていた。頼み込まれて鄭安平は夜中にこっそり彼を運び出してやる。だがすぐに気づかれ二人とも追われる身に。なんとか身の隠し場所を見つけ、ハン・ショは絶対にこの恨みは晴らしてやると天に誓う。

秦の使者として魏に滞在している王稽に、ハン・ショは張禄という偽名を使って売り込みに行く。王稽は彼が先日魏ゼンに会わせてくれと頼んできた男だと気づき断るが、張禄は秦へ連れて行ってくれるだけでもいいからとしつこい。仕方なく秦へ連れて帰ることに。秦へ入ってすぐに魏ゼンの車とすれ違う。魏ゼンは王稽にまさか外国人を連れてきてないだろうなと訊く。王稽はそんなことはないと答えると魏ゼンはそのまま去って行った。王稽は胸をなでおろすが、張禄はその場で車を降りて鄭安平と二人で逃げ出した。その後まもなく行く手になぜかまた魏ゼンの車が待っている。魏ゼンは先ほどは車内検査をしなかったので、これも規定なので見せてほしいという。王稽は車内を見せるが中には誰も乗っていない。魏ゼンは満足して去って行った。ほどなくして張禄と鄭安平が戻ってきた。王稽は張禄の意外に優れた洞察力に驚くのだった。

[第二十一集]
王稽はさっそくエイ・ショクに張禄の事を推薦するが、エイ・ショクは全く相手にしてくれない。王稽はがっかりするが、張禄は今は時間をかけて秦王の事をよく知る必要があると言う。
しばらくしてから張禄は再度王稽を通して売り込みに行く。そして秦王は宣太后や穣候に実権を握られていて王としての本来の役割を果たしてない、王宮でも孤立してるのではと言わせてエイ・ショクを怒らせる。だがエイ・ショクもそれが事実だと痛感していた。そして後日張禄と面会する。
張禄はまず宣太后、穣候、その弟の華陽君を遠ざけるべきだと言う。そして自分を重用してくれたら三晋を征服してみせると言う。エイ・ショクは宣太后らを悪く言い他人の家事情を引っ掻き回そうとしていると指摘する。だが張禄は引き下がらず、今彼らを除いておかないと秦の未来はないと説く。甚だ胡散臭いが、エイ・ショクはこの機にこの男を利用して行動に出る。
翌日の朝議で突然軍権を魏ゼンから張禄に移すと発表。魏ゼンは張禄をひと目見てハン・ショだと気付き、はるばる秦まで尻を拭きに来たのかと恫喝する。が、エイ・ショクに制止され引き下がるしかなった。張禄は魏ゼンが秦軍を勝手に動かし私腹を肥やしてきたことを指摘し、怒った魏ゼンと一触即発の事態に。太子が魏ゼンの今までの功績を挙げて擁護するがエイ・ショクは一度下した命は変えないと宣言し出て行った。
魏ゼンはすぐに宣太后の元へ。だが宣太后は会おうとはせず、王の言う通りにしなさいとだけ伝える。直後エイ・ショクも母に会いに行くが、やはり面会はせず「あなたが決めた事なのだから、もう私の意見を聞きにくる必要はありません」とだけ伝えるのだった。





[A] 嬴稷(エイ・ショク)
秦王。
[B] 宣太后
秦王太后。楚国の公族出身。楚にいた頃ギキョ・ガイと付き合っていた。
[C] 魏冉(ギ・ゼン)
宣太后の異父弟。穣候とも呼ばれる。魏国に隣接する陶邑も治めている。
[D] 義渠駭(ギキョ・ガイ)
遊牧民族ギキョの元族長。今は秦の県となったギキョの県令に任命されている。
[E] 魏伶優
秦王の側室として迎えられるが、実は宣太后に滅ぼされた家の生き残りだった。
[F] 王稽
秦大臣。魏国に割譲を迫る魏ゼンに同行。
[G] 范雎(ハン・ショ)
魏大夫の須賈に仕えるうだつの上がらない男。張禄という偽名を用いる。
[H] 鄭安平
魏丞相府の下人。

* * * * *

張禄先生、こんなキャラなの…?(°д°;)

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