中国語でドラマを見る-大秦帝国(第三部:崛起) #11 | あさひのブログ
「大秦帝国之崛起(全40話)」のあらすじ。
ざっくり解読なので間違ってるところもあるかもしれません。

* * * * *

[第二十二集]
張禄は趙韓魏の三晋のうち、まずは趙を落とさないと天下統一へ進めないと説く。趙の手前に位置する魏と組んで趙を落とすべしと勧める。魏との同盟の証に太子を人質に出せば向こうも信頼するだろう。趙攻めの大将にはやはり白起しか思い当たらないが彼は穣候の腹心だ。そこで副将などを務めてきた胡傷を抜擢する。
嬴稷(エイ・ショク)は太子・嬴倬(エイ・タク)に国のために人質になる覚悟はあるかと問う。タク太子は太子としての務めを立派に果たしますと応え、母や祖母に心配かけまいと何も言わずに出立した。

秦が攻めて来ると知った趙は、遠征でおそらく短期決戦で攻めて来るであろう秦の後援を絶つ作戦に。早速平原君・趙勝が魏へ交渉へ赴き趙軍は趙奢を大将として立ち向かう。趙奢はなぜか軍を城のずっと手前で野営させ動かない。意図が読めず胡傷は初めは警戒するが、単に戦の素人なのだろうと判断する。だがそれは趙奢の時間稼ぎなのだった。
平原君は魏へ着くと妻の弟でもある信陵君・魏無忌に会い、なぜ秦の侵攻を見過ごすのだと問い詰め、そして秦が太子を人質に出してきたと知り驚く。さすがにそれでは説得したところで魏は動かないだろう…。だがもう他に手はない、平原君はその夜秦太子邸を襲い、翌日タク太子の首を持参して趙王の前に参内した。趙王は驚愕し激怒するが、原因過程がどうであれ魏国内で太子が死亡したとなれば秦の怒りは免れない。国を守るためにはもう趙と組むしか路はない。

胡傷の軍は趙と魏の挟み撃ちに遭い大敗した。タク太子の遺体は丁重に秦へと送り返された。
エイ・ショクは魏冉(ギ・ゼン)とその弟の芈戎(ビ・ジュウ)を更迭し張禄を新たに丞相に任命、張禄はすぐに魏へ報復戦へ出て次々と城を落とした。

[第二十三集]
魏ゼンとビ戎は封地へ帰れと事実上追放処分となったのを不服に思い宣太后に不満をぶつけるが、宣太后はそもそも王の信頼を損なう原因となったのは陶邑を奪ったことで、自業自得だと逆に叱りつける。そこへ郊外の地を治めていた二人の王弟が戻ってきた。母や叔父らに対する処遇に憤った彼らは兄王を廃して新王を立てるべきだと言い出した。魏ゼンはまだ全ての兵権を手放してはおらず半数くらいの兵を動かせる、勝てる算段はあると…。

エイ・ショクは毎日母に面会に行くが宣太后は決して会おうとしない。だが今日はいつも通り「母はもう政治に口出ししません」の伝言と共に一枚の文を渡された。そこに書かれていたものは…エイ・ショクは衝撃と怒りとでもはや笑うしかなかった。エイ・ショクはすぐさま白起を呼び、魏ゼンから全ての兵権を取り上げるよう命じる。

翌日、宣太后はエイ・ショクとその孫・嬴子楚(エイ・シソ)を呼び出し、久しぶりに家族団らんの穏やかな時を過ごす。だがその後は部屋にこもり一切の食事を摂らなくなり、そのまま逝去した。
宣太后の死後ようやく魏ゼンとビ戎は都を出立する。エイ・ショクは二人に二度と都に戻ってはならないと命じた。彼らも間もなくこの世を去り、封地は国が没収したが、魏ゼンの溜め込んだ財産は王室より多かったと伝えられる。



[A] 嬴稷(エイ・ショク)
秦王。
[B] 宣太后
秦王太后。
[C] 魏冉(ギ・ゼン)
宣太后の異父弟。穣候とも呼ばれる。
[D] 范雎(ハン・ショ)/張禄
秦客卿。秦では張禄という偽名を用いている。
[E] 趙勝
趙王の弟で宰相も務める。平原君と称される。

* * * * *

この話の流れでなんで張禄先生が優遇されて穣候らが追放されるのか、つじつまが合わない気がする…。張禄の策が失敗したのだから彼が追放されそうな所なのに。

→インデックス




長いものに巻かれろ