あさひのブログ -56ページ目
「大秦帝国之崛起(全40話)」のあらすじ。
ざっくり解読なので間違ってるところもあるかもしれません。

* * * * *

[第三十八集]
嬴稷(エイ・ショク)はついに邯鄲攻めを断念し撤兵させた。范雎(ハン・ショ)は白起が未だ都に留まっていて、連日将士が訪問していると告げ、謀反の恐れがあるのではと囁く。
エイ・ショクは白起の元を訪れる。そして長平の戦で多くの投降者を殺させた事を恨んでいるのかと問う。白起は王の命であれば相手が何百万人だろうが殺す、臣下とはそうあるべきだと答える。だが、あの戦で王は白紙の勅令を届けた、妻に夫が同胞を何十万人と殺すさまを見せる苦しみを負わせた、なぜそのような報いを受けねばならないのかと言う。エイ・ショクはやはり恨んでいるから再出兵を拒んだのかと念を押す。白起は自分の忠義心は変わらないのになぜ王は自分を疑うようになってしまったのかと嘆く。

白起を戦神と慕い崇める者は多い、彼を放っておくことはできないことは重々分かってはいたが、それでもエイ・ショクは白起を処刑するには忍びない。ハン・ショは全て任せてほしいと言う。その汚名は全て自分が負う、と。
ハン・ショは翌日の朝議で、連合軍に国境戦で押されているのは白起が裏切って敵に加担しているからだと言わせる。将士はでたらめだと反論するが、ハン・ショは白起が王の再三の要請にも関わらず出陣を拒否し続けたことを挙げ、今回も病と称して戦に出ないのは国家に対する裏切り行為だと死刑を求刑する。将士は猛反対。だがハン・ショは王の命令に背く以上の重罪はないと主張、これを曲げれば国に法はなくなり秩序が保てないと説く。

白起は都を出発するが途中で休憩していると宮廷からの使いが追いかけやってきた。王の剣を差し出しこれで自害せよと。
白起は剣を受け取り、長平の戦で多くの投降者を殺したあの夜を思い出し…そして命を断った。

[第三十九集]
エイ・ショクは練兵場へ赴き兵士らを叱咤激励する。訓練を指揮する一人の若者・摎(キュウ)に目を留め、白起の後を継ぐような立派な将士になれと嬴(エイ)姓を与え将軍に取り立てた。

連合軍の猛攻でついに河東郡の汾城が破られ、王稽は捕えられ投降する。連合軍はわざと殺さずに秦の函谷関へと送り返した。今度こそ推薦者であるハン・ショは連座で処刑されるだろう…。
函谷関へ戻ってきた王稽に、ハン・ショは斬首を命じる。が、そこへエイ・ショクが到着。ハン・ショは平伏し(自害のための)毒を賜るよう願い出る。エイ・ショクにももう彼を救う手立てはない。鄭安平を奪還してからまとめて処分を下すといって二人を牢へ入れた。

魏・趙・楚の三王はまた斉韓燕に働きかけ周王朝天子を秦の魔の手から守るという名目で六か国合従を興す。周天子にお墨付きを貰い、秦を滅ぼすと意気を挙げる。六か国合従の話を聞いたエイ・ショクだが、何も恐れることはないと嬴摎(エイ・キュウ)に汾城を包囲する準備をさせる。

その夜酔ったエイ・ショクの目の前にもうずっと昔に亡くなった父の姿が現れる。父王はこんなところで酔っていて連合軍に勝てる算段はあるのかと問う。エイ・ショクは今や秦の実力は確かなもので、いかに東六国が合従しようとも敵わない、天はもはや周ではなく秦にその支配権を託す、誰もがこの来るべき秦の時代を認めないわけにはいかないのだと自信をもって答える。父王は満足そうに杯を差し出した。その杯を空け、振り返った時にはもう父の姿はどこにもなかった…。





[A] 嬴稷(エイ・ショク)
秦王。天下統一の野望を抱く。
[B] 白起
秦大将軍。武安君と称される。
[C] 范雎(ハン・ショ)
秦丞相。応候とも呼ばれる。
[D] 嬴摎(エイ・キュウ)
白起の配下の一兵卒(千夫長あたりか?)だったがエイ・ショクに大抜擢されエイ公室の姓を賜り汾城奪還の指揮を執る。
[E] 王稽
秦の河東郡太守。
[F] 趙王
[G] 楚王
[H] 魏王
[I] 姫延
周王室天子。高齢でほぼ寝たきりの生活。諸国は建前上周王室に仕えている形なのだがとっくの昔に形骸化している。

* * * * *

エイ・ショクと亡き父の会話は、これまで描かれてこなかったエイ・ショクの心理を、実はこんなこと考えてたんだよと種明かしするためにあるみたい。

→インデックス




長いものに巻かれろ

「大秦帝国之崛起(全40話)」のあらすじ。
ざっくり解読なので間違ってるところもあるかもしれません。

* * * * *

[第三十六集]
邯鄲では趙の必死の抵抗に遭い秦軍は死傷者が続出する。やはり王陵ではだめか…嬴稷(エイ・ショク)は白起に出陣するよう直々に頼みに行く。だが白起は邯鄲を攻める好機はもう逃してしまった、勝機はないと頑なだ。今は諦めて兵を引き、態勢を整えるべきだと言う。
エイ・ショクは将を変えて何度も邯鄲を攻めるが9か月経っても落とせない。苛立って再度白起の元へ怒鳴りこみに行く。今出陣しなければ一生恨むと迫るが、それでも白起は今自分が行っても負けは変わらないと答える。
エイ・ショクの怒りの矛先は今度は范雎(ハン・ショ)へ。お前が言いだしたことだから絶対に何とかしろと言う。范雎は王稽と鄭安平を推薦して邯鄲攻めに参加させる。

そして三年が経った。秦の邯鄲攻めはまだ続いていた。趙は隣国に援助を頼んだが皆秦を恐れて協力してくれない。残るは楚国。平原君・趙勝は門客20人を連れて楚へ向かった。
平原君は楚王に面会し合従を説くが半日経っても結論が出ない。主人がなかなか出てこないのに業を煮やした門客の一人・毛遂はどさくさに紛れて宮殿へ入り楚王の前に出る。そして楚国は散々秦に攻められ国を窮地に追いやられ恥と思わないのか、この合従は趙のためではなく楚が恥辱を晴らすための戦いになるのだと説く。その言葉に楚王は心動かされ兵を出すことを決定した。
平原君はさらに魏の信陵君に会い援助を取り付ける。魏王が秦を恐れて兵を出し渋ったため信陵君は兵符を盗み出して兵を率い出奔、趙へと向かった。

趙楚魏の連合軍はかつて白起が行ったのと同じような陽動作戦で鄭安平の兵をおびき出して孤立させ取り囲んだ。動揺した鄭安平は部下の反対を押し切って2万の兵全員を投降させた。趙楚魏の将軍らは戦わずして投降した鄭安平を笑いものにする。鄭安平は事の重大さに気づいて涙する…秦の法律では敵国に投降した者はもちろん、推薦者とその家族までが連座で死刑となるのだ。秦丞相・范雎が死刑となると聞いて将軍らはさらに喝采する。

[第三十七集]
ハン・ショと王稽は自ら罪人の服を着てエイ・ショクの前にひれ伏する。しかしエイ・ショクはハン・ショの罪を問うことはせず、鄭安平について何か言う者があれば死刑にすると全国に箝口令を敷く。王稽には再び河東郡の郡守の任に着くよう命じた。ハン・ショには着物を贈り、そして白起を郊外の地へ追放処分にする。

趙蔓は故郷の村を訪れた。生家には誰も住んでいる気配がなかった。偶然会った幼馴染は母になっていたが、夫は病死し子供は今回の防衛戦に徴兵されていったという。白起が憎いという彼女に自分が白起の妻だと告白すると、幼馴染は黙って離れて行った…。
そこへ豪華な馬車が駆け付ける。なんと趙王自らが趙蔓を追ってやって来たのだ。秦へ帰るという趙蔓に趙王は意外にも感謝の言葉を述べる。長平の戦い以来白起が出てこないおかげで趙はなんとか持ちこたえている。白起と趙蔓の縁のおかげだと。

趙蔓が秦へ戻って来ると、丁度白起の元に王からの追放命令が届いたところ。白起は体調を崩しており、趙蔓は出発をもう少し待ってほしいと訴える。

三か月後。戦況は思わしくなく秦軍の苦戦が続く。このままでは連合軍に押し切られ河東郡を取られる危険すらある。王稽が守る河東郡に入られたら今度こそ命はない…ハン・ショは白起の元を訪れ、今からでも出陣し指揮を取ってほしいと頭を下げる。だが白起は今行ったからといって勝てるとは思えない上に(今まで頼み込んできた)王の面子が保てないと答える。今出陣しないのは国を裏切るも同然だと迫るが白起は答えない。どうせどちらも死ぬのならお前を先に地獄送りにしてやると言ってハン・ショは出て行った。




[A] 嬴稷(エイ・ショク)
秦王。天下統一の野望を抱く。
[B] 白起
秦大将軍。武安君と称される。
[C] 趙蔓
白起の妻。趙出身。
[D] 范雎(ハン・ショ)
秦丞相。応候とも呼ばれる。
[E] 鄭安平
秦の大臣。ハン・ショと共に魏国からやって来た。便所掃除係から大出世したのを妬まれて陰では「茅厠(便所)将軍」と呼ばれている。
[F] 王稽
秦の河東郡太守。
[G] 趙勝
趙王の叔父。平原君と称される。
[H] 魏無忌
魏王の弟。信陵君と称される。平原君は義兄(姉の夫)。

* * * * *

ちょっとわかりにくい演出だけど、こんだけやってハン・ショが罰せられないのは、結局エイ・ショクがやりたい事は汚い事も含めて全て「ハン・ショが提案したもの」として、逆傀儡に立ててきたからという設定みたい。

→インデックス



長いものに巻かれろ
「大秦帝国之崛起(全40話)」のあらすじ。
ざっくり解読なので間違ってるところもあるかもしれません。

* * * * *

[第三十四集]
白起は嬴稷(エイ・ショク)からの文を受け取る。だが中は白紙でただ王の印がついてあるだけ。そして妻の趙蔓が突然やって来た。心配だから来たというが続けて「捕えている趙兵らは解放するのよね」と訊いてきた。なぜ返事は白紙でなぜ趙蔓がやって来たのか…白起は意図を理解する。エイ・ショクは正義と忠義のどちらを選ぶのかを試しているのだ。そして実際には選択の余地などないのだ…。

白起は趙兵らに、食料が尽きるので若者だけを秦軍に受け入れその他の者は明日解放すると宣言し、趙兵らはやっと帰れると喜ぶ。
その夜白起はひそかに兵を集める。出発前に趙蔓の様子を見に行くと彼女は用意していた熱い粥を差し出し、同郷を救ってくれてありがとうと叩頭する。白起は真実を話す、趙兵らは二度と陽の光を見ることはないのだと…。

子の刻の合図で秦兵は一斉に趙兵を片っ端から殺していった。夜が明けると谷は趙兵の死体で埋められていた。

[第三十五集]
趙兵の中には13歳にも満たない子供が多くいた。白起は彼らを解放した。趙蔓は白起の元を離れ趙の子供たちと共に故郷へ帰って行った。

秦軍は邯鄲の目の前まで迫ってきている。長平の戦いで国内の成人男子の殆どを失った趙にはもはやこれを防ぐ手立てはない。講和しかないが果たして秦は引くだろうか。趙にいるエイ・ショクの孫の子楚公子を盾に取るか…いやエイ・ショクには孫が多い、その一人がどうなろうともかまわないだろう…。大臣の一人・楼緩が、趙王自らが秦都・咸陽(カンヨウ)へ行って交渉すればなんとかなると言う。

楼緩はカン陽へ来るとまず范雎(ハン・ショ)に多額の金を贈って面会にこぎつける。そしてハン・ショに、今邯鄲を落とし趙を手に入れても北は燕が、南は韓や魏が群がってくる、それを追い払う力が残っているだろうかと揺さぶりをかける。さらに白起が邯鄲を落とせば天下は秦のものになってもその功の殆どは白起のものであり、ハン・ショは彼の下で働くことになるだろう、閣下には欲がないのか能がないのか、と挑発する。魏国での屈辱を思い出し二度と王以外の人の下で働くまいと思ったハン・ショはエイ・ショクに講和を勧め、果たして秦軍に撤退命令が出された。白起はこの機を逃してはならないと考え直すよう文を送るが、エイ・ショクは既に6城を割譲することで趙と講和したこともあり再度撤退令を出した。ようやく白起は兵を退く。
ちょうどその頃、将来始皇帝として天下を治めることになるエイ・ショクのひ孫、嬴政(エイ・セイ)が趙の地でひっそりと生を受けた。

秦軍が全て邯鄲から撤退し趙王は安堵する。だが虞卿が6城を実際に引き渡すのは止めた方がいいと言い出した。6城を渡したところで秦はどうせまた攻めて来る、今までも講和しては攻め入られてを繰り返しているのになぜ今回だけ大丈夫だと言えるのか、ここは韓や魏と組んで秦に対抗すべきと説く。趙王は虞卿の案を採用した。

約束を反故にされたエイ・ショクは激怒、すぐに趙王のひよっ子の首を取ってこいと出兵を命じようとするが、肝心の白起が病で家に閉じこもっているらしい。
ハン・ショが様子を見に行くと白起は動けないわけではないようだ。趙が約束を破りそのためエイ・ショクが再度出兵しようとしていると聞くと、兵士らはやっと帰国したばかりで今また戦に出られるような士気が残っていない、機は逃してしまったのだと出兵に反対する。
ハン・ショは白起が邯鄲攻めの直前に撤退命令を出したことを根に持って今回の出兵に反対しているとエイ・ショクに報告した。エイ・ショクは王陵を主将として邯鄲を攻めさせる。



[A] 嬴稷(エイ・ショク)
秦王。天下統一の野望を抱く。
[B] 白起
秦大将軍。武安君と称される。
[C] 張禄/范雎(ハン・ショ)
秦丞相。応候とも呼ばれる。秦では張禄という偽名を使っていたが今は本名を名乗っているようだ。
[D] 趙王(孝成王)
若き王。
[E] 楼緩
趙の大臣。

* * * * *

第34話はとても、ドラマがあった。監督はこのシーンを描きたいがために色々伏線張ってたんだろう。

→インデックス




長いものに巻かれろ

「大秦帝国之崛起(全40話)」のあらすじ。
ざっくり解読なので間違ってるところもあるかもしれません。

* * * * *

[第三十二集]
本陣に待ち構える白起の大軍と趙括率いる大軍は正面切って対決する。
白起は山に取り囲まれた谷へ趙軍を充分に引き付けておいて、その間に別働隊を北から回り込ませ手薄になった長平城を攻め落とす。さらに南からも別働隊を動かし趙軍の補給路を断ち、趙軍を完全に取り囲んだ。策に嵌ったと知った趙括は一旦兵を引き南の包囲網を突破しようとするが秦の包囲は堅い。夜の闇に紛れて突破しようと試みるもそれを見越した秦軍にすっかり取り囲まれていた。だが他に方法はない。趙軍の死に物狂いの戦いは夜が明けても続いた。
白起は絶対に包囲網を突破されてはならないと南へ兵を増員し、さらに都へも増援を要請する。長平城を防衛し趙の都からの援軍を完全に断つのだ。

主軍が秦軍に取り囲まれているのを見た南の趙の補給地では成す術がなく都へ指示を仰ぐ。四十万の自軍が秦軍に取り囲まれて困窮していると知り趙王は卒倒しそうになる。何としてでも助けねばならない、もう出すものはない国内からそれでも人と食糧を集められるだけかき集めてすぐに救援に向かえと平原君に命じた。

援軍要請を受けた嬴稷(エイ・ショク)だが、国内の16歳以上の成人男子は既に徴用している。これ以上出せる人材がない。エイ・ショクは河東郡へ行き郡守の王稽に命じて郡内の15歳男子五千人に爵位を与えて徴兵し、長平へと送り出す。

平原君が長平へ着いてみると城は既に秦に占領されているではないか。さらに秦の援軍が現れ引き返すほかなかった。
秦軍は完全に取り囲んでいるものの積極的に攻めては来ない、趙括は谷に防御砦を築いて籠城し救援を待つ。順に軍馬を殺して食糧とした。

趙軍を包囲して40日。趙兵は飢餓に苦しみ皆うつろな表情で生気を失っている。白起はいよいよ「投降しろ」と呼びかけさせた。趙軍内の誰もが限界だと悟っていた…。

[第三十三集]
趙軍が包囲されて46日目。趙括は兵を四つに分け同時に四方向へ包囲網突破を試みる。決死の覚悟で突撃するが、矢の雨を受けて趙括は倒れた。
指揮官を失った趙軍はついに投降した。

エイ・ショクの元に白起から文が届く。趙軍20万は投降し我が軍は完全勝利した、と。ついに勝った、これで天下は秦のものだ…!エイ・ショクは感激するが、だが張禄はこの文はどうも様子がおかしいという。なぜ白起はわざわざ「趙軍20万が投降した」と言ってくるのか…そう、秦軍には投降者20万人を受け入れる余裕はないのだ。

白起の眼下には投降し沙汰を待つ趙兵らの姿が。現在の糧食は秦軍を10日養う分しかない。投降者を入れると5日ももたない。彼らを解放し帰国させたらどうだ、3年後5年後に必ず報復といって立ち上がるだろう。かつて張禄が言った言葉が蘇る…「殺さなければ国力は弱まらない」。
白起は糧食の追加を要請するため衛氏を都へ送る。エイ・ショクも20万人を殺せとはとても言えない。だが張禄は戦で重要なのは土地を得ることではなく人を消耗させることだという持論を崩さない。王命をもって殺せと言うのか…。だが張禄は命じる必要はないと言う。都にもう送れる食糧は残っていないとだけ返事すればよい、投降者の事には何も触れなくていいと。
食糧は送れないので節約して10日食いつなげという返事をもらった衛氏は困り果て白起の妻・趙蔓に相談する。王の返事のその真意が"白起の判断で投降者を殺させる"ことにあると知った趙蔓はエイ・ショクに直訴へ。20万人もの趙人を殺すのは人道に反すると訴えるが、エイ・ショクは夫君は今までに何十万もの楚人、魏人、韓人、趙人を葬ってきたのだぞと反論する。またその場に張禄が現れ今回の返事は王の意志ではなく自分の提案だと言う。趙蔓は怒りの目を張禄に向けるが、エイ・ショクははっきりと、今回の件は全て白起に委ねると明言した。
趙蔓は居ても立ってもいられず衛氏と共に長平へと向かう。





-秦国-
[A] 嬴稷(エイ・ショク)
秦王。天下統一の野望を抱く。
[B] 白起
秦大将軍。武安君と称される。
[C] 張禄
秦丞相。応候とも呼ばれる。本名は范雎(ハン・ショ)という。
[D] 衛先生
軍需令長(糧食、装備等の管理を担当)。先生と呼ばれているところをみるとアドバイザーの役割も果たしているようだ。
[E] 趙蔓
白起の妻。趙出身。

-趙国-
[F] 趙括
趙の若き将軍。馬服君・趙奢(故人)の息子なので馬服子と呼ばれている。
[G] 趙王(孝成王)
若き王。
[H] 趙勝
趙王の叔父。平原君と称される。

* * * * *

趙括て史記では馬鹿扱いなのに本作では随分と丁寧に最期も恰好良く描かれてるのは…やっぱりイケメン起用したからだよなぁ。イケメンは恰好悪い死に方しないのだ。
ということは張禄先生ヤバイ!w

→インデックス
「大秦帝国之崛起(全40話)」のあらすじ。
ざっくり解読なので間違ってるところもあるかもしれません。

* * * * *

[第二十九集]
そして三年。長平は依然膠着状態が続いていた。中原一帯は干ばつに見舞われたため糧食が不足し草木の根をかじる者まで現れた。糧食がないのは相手方も同じはず…秦と趙の戦いは消耗戦を通り越してもはや我慢比べとなっていた。
嬴稷(エイ・ショク)は王侯貴族からも食糧を徴収し前線へと送る。そして白起を蜀へ派遣し急ぎ糧食を確保させる。また楚国境に配備している兵と糧食をいくらかでもまわせるように楚国と不可侵条約を取り付るため張禄を向かわせた。

報告のため都に戻ってきた廉頗(レン・パ)に趙王はもう糧食がない、もう続けることは不可能だと言う。長期戦なら勝てると言ったが三年経っても秦は撤退しないではないか。こうなれば攻めるのみだと主張する平原君・趙勝と、今攻めれば三年の努力が水の泡だと言う廉パや虞卿。趙王は平原君に説得されて最初から速攻を主張していた趙括将軍に兵権を移す考えを固める。

蜀に到着した白起を今は蜀郡守となっている李冰(リ・ヒョウ)が迎える。蜀は治水工事のおかげで農耕は順調、前線へ運ぶ糧食は充分確保できている。だが蜀は元来険しい山河に阻まれた地、糧食を運ぶ車が通れるような道がないのだ。白起はもう何十年も前に壊れた山崖の桟路を大修復することに。

[第三十集]
蜀の民が力を結集し大至急造り上げた桟路を、二輪車(リヤカー)でも通れないので小さな一輪車(ネコ)に小分けにして運び、糧食がはるばる都へと届けられた。エイ・ショクにもようやく安堵の笑顔が浮かぶ。糧食はすぐに長平へと送り出された。

趙に放った密偵が帰ってきた。趙王は指揮官を廉パから趙括に変えるようだ。この戦は趙軍を砦から引きずり出せれば勝ち目がある、全く動かない廉パよりはまだ希望が見える…。エイ・ショクは王齕(オウ・コツ)に代わって白起を前線へ送るつもりだが、張禄はこれを絶対に知られないよう極秘裏に行うべきだと言う。白起はこそこそ隠れるような真似は信条に合わないと難色を示すが、エイ・ショクは"君子の道"とやらにこだわって大切な秦兵の命を失ってはいけないのだと諭すのだった。
翌日から白起は病に倒れ自宅療養しているという噂を流し、エイ・ショクがわざわざ見舞いに出掛けて病が相当重いように見せる。

白起が重病らしいという噂が届き趙王は喜ぶが、同時に趙軍主将が趙括に変わるという情報も既に秦に伝わっていると聞いて眉を曇らす。だが秦民は趙括を恐れていて本当に交代したら今度こそ秦は負けてしまうだろうと噂しているらしい。
虞卿は秦の情報操作かもしれないと危惧する。だがもう幾度となく議論を交わして来たこと、このままでは糧食が尽きて趙兵らが餓死する…趙王は趙括を新たな指揮官に任命した。

数日後、趙括の母が王に面会に来た。息子には指揮官としての才能がなく、亡くなった夫もこの子が指揮をとれば戦は必ず負けるだろうと話していたというのだ。だが趙王はそれを若い趙括の出世を妬んだ誰かが流した噂だろうと判断し予定通り趙括を送り出す。

[第三十一集]
廉パに代わって前線にやって来た趙括は十万の兵で一気に丹水を渡って秦営に攻め込むと言う。まだ一度も交戦してないのに一気に十万の兵を繰り出すなど無謀にも程がある…現地の将士らは皆反対するが、敵の意表を突かねば意味がないと趙括は押し通す。知識があっても実戦経験のないこの若将軍に将士らは不安を抱くが逆らえない。

秦営には極秘裏に白起がやって来た。白起は自分が前線にやって来たことは絶対に知られないようにと厳重に言い渡す。そして河のすぐ側に趙軍からよく見えるように糧食庫を建てさせた。

趙括は大軍で丹水を渡り一気に攻め込む。秦軍はこの三年の持久戦でやはり弱っていたのだろう、しばらくの抗戦の後撤退していく。飢えた趙兵は秦の糧食庫に殺到するが、糧食庫の中は全て空っぽであった。しかしこれはやはり秦にも食糧がないということの証明だ。
趙括はさらに四十万の兵で追撃する。と、行く手を逃げ惑う地元の百姓らに阻まれた。秦軍が駆け抜けて行った後のようだ。百姓らは、秦軍は逃げていったようには見えなかった、追わない方がいいと趙軍を止める。だが趙括はかまわず百姓らを押しのけて兵を進めた。




-秦国-
[A] 嬴稷(エイ・ショク)
秦王。天下統一の野望を抱く。
[B] 張禄
秦丞相。応候とも呼ばれる。本名は范雎(ハン・ショ)という。
[C] 白起
秦大将軍。武安君と称される。
[D] 李冰(リ・ヒョウ)
秦の穀倉地帯でもある蜀の太守。元は建築士。同じく建築士の次男坊と二人三脚でやってきた。
[E] 王齕(オウ・コツ)
長平の戦いを任されている秦軍の指揮官。

-趙国-
[F] 趙王(孝成王)
若き王。
[G] 趙勝
趙王の叔父。平原君と称される。
[H] 虞卿
趙宰相に復帰。
[I] 廉頗(レン・パ)
趙国にこの人ありと恐れられた老将。長平の戦いを任されている。
[J] 趙括
若き将軍。馬服君・趙奢(故人)の息子なので馬服子と呼ばれている。孫子の兵法を愛読している。

* * * * *

久しぶりに良い所で引いた。果たして趙括の運命や如何に・・・待て次号!!

→インデックス