秦国から趙にある至宝「和氏(かし)の璧(へき)」(※璧とは穴の開いたドーナツ型の宝玉)を15の城と交換しようという話を持ち掛けられた趙国。そんなうまい話があるわけがない…だが断ったり無視すれば秦はそれを口実に攻めて来るかもしれない。そこで交渉役として藺相如が秦へと赴いた。
謁見を許された藺相如が和氏の璧を持って入ると、秦王・嬴稷は女を侍らせて遊んでいる。
* * * * *

「趙王の特使、藺相如。秦王にお目にかかります。」
「うん、誰だって、趙国の特使が来たのか。ほう、よく来たなぁ。よく来た、うん。あのナントカいう面白いものを、か…かしの璧!和氏の璧だ、持ってきたんじゃないか。」
「はい。我が王の詔命により私(*1)が秦へ持って参りました。秦王、璧をお検め下さい。」
「それがあの和氏の璧かぁ。(侍従に対して)持ってこい、ちょっと見せてみろ、みんな見てみろ。」
嬴稷は璧を裏返したり放り投げたりして眺める。
「これがなんだと言うの、石ころじゃないの。」
「普通の石ころよりちょっとキレイだわ。」
「あたしにも見せて、あたしにも見せて。」
「見せてやれ。」
「あたし知ってるわ(*2)、王さまがあたしにご褒美にくれるのがこの玉なんでしょ。」
「その通りだ。」
「みんな見て、この上の所に黒いひびがあるわよ。ニセモノじゃないの。」
「なに?」
「この上の所。」
「ひび?おれに見せてみろ。本当にひびがあるのか。」
「秦王に申し上げます、この和氏の璧には確かに小さな黒いひびがございます。お許しいただけましたら私が指し示して王様にお見せしましょう。」
「早く彼に渡せ。おれに見えるように指し示させろ。」
*1 「外臣」は大臣職の者が外国へ行った時に相手国に対して言う一人称。なお嬴稷の一人称「本王」はややかしこまったニュアンス、「寡人」は偉そうなニュアンスのためそれぞれ「おれ」「わし」とした。
*2 私は言っておく必要があるだろう、もしくは、私に言えるのは、か?

和氏の璧が藺相如の手に渡ると、藺相如は突如璧を振り上げ柱へと駆け寄った。
「どけーー!!」
「何をする!」
「来るな!!秦王は宝玉を欲しいと我が趙王に手紙を送った、我が趙王は手紙を受け取ると大臣らを集め協議した。大臣らは皆言った、秦国は欲深さは尽きることなくその力の強さを頼みにし、うその話を持ち出しているのだろうと。そして天下の至宝・和氏の璧を得たいがために趙国に城池を与えるなど、秦王のでたらめにすぎないのだろうと!大臣らは皆秦国と秦王を信じてはならぬと言う。唯一私だけが、平民百姓でも互いに信用を持って取引をしているのに、ましてや大国の取引だ(信用がないわけがなかろうと思った)。さらにこの和氏の璧のせいで強国秦の歓心に逆らうことは聡明な行いではなく、そこで私が我が王に誠実に秦に対応することを勧めた。我が王はこのために特別に五日間斎戒沐浴され、私に和氏の璧をお渡しになり、そして我が趙国の朝堂にて叩頭して拝み玉を送り出す式典を行った。このように隆々重々と行うのはすべて秦国の威信を尊重しての事、秦王に対する敬意を表しているのだ。なのに今私が貴国へ来てみれば、王は私を章台に召されても、その礼儀は傲慢で、和氏の璧を手に取るや、貴重であることを知らぬかのように王の妃嬪に手渡していって私を辱める。これでは王に城と璧を交換する気があるとは私には思えない(*3)。私は残念な事だが、和氏の璧を取り戻すのみだ。王よ、王がもし強奪しようものなら、私の頭もこの和氏の璧と一緒にこの柱に打ち付けて粉々にしてやるぞ!」
「使者どの!」
*3 直訳:このため私が見たところでは、王様には絶対に城と璧を換える誠意がない。

「使者どの、何をしようというのだ…」
「私は無駄に生きるより玉砕した方がましだ。」
「使者どのがそんな事する必要があろうか。韓聶!」
「はい。」
「譲渡する十五の城池の地図を持ってきて趙使どのに見せろ。」
「かしこまりました。お見せしろ!」
藺相如の前に地図が広げられた。
「我が王が貴国に譲渡するのは、この十五の城池だ。」
「使者どのはっきりと見たかね。」
「秦王に申し上げます。和氏の璧はすなわち天下公認の宝物、このため我が王は宝璧を送り出す前に特別に5日の斎戒沐浴を行いました。ゆえに私は敢えて秦王にも、我が王が宝を送り出した時同様5日の斎戒沐浴をもって宝璧を迎えていただきたい。私は外交においては、礼儀誠信が最も重要だと考えます。もし王様が本当に礼を尊び、信義を重んじるならば、私は当然宝璧を王様に差し出し丁重に交換いたしましょう。」
「使者どのはわしに趙国の礼儀通りにさせて和氏の璧を秦国に持ち入れたいのか、そんなこと簡単だ。死ぬとか生きるとかの話ではなかろう。韓聶!」
「はい。」
「趙使どのの言う通りにしろ。」
「了解いたしました。」
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