范雎が急ぎ用意させた四頭立ての馬車に乗って須賈は丞相府へ。鄭安平は到着を伝えるため中へ。范雎も便所に行きたいと言って中へ入って行った。その後いつまで経っても誰も出てこず須賈は待ちぼうけを喰らう。
* * * * *

「お兄さん、范さんが入って行って結構経つんですが、彼が出てこないのは、何かあったんですかね。」
「范さん?どの范さんだよ。」
「今さっきあの車に乗ってきた。」
「あー。あんたの言うところのあの范さん、彼は俺に言わせるんだな、彼は秦の"丞相"だ。」
「……なんだって?!」
「最初俺も変だなと思ったんだ、うちの丞相さまがなんであんたの車を引いてるんだろうって。ダンナのその質問で俺はわかったよ。うちの旦那様はあんたを(わざと)待たせてるんだ。もっぺん言うぞ、うちの旦那様の姓は張だ、范じゃない。」
「お、お前…あの…奴、奴が本当に秦国の、丞相?!」
「彼がそうじゃなかったら誰が(丞相だ)って言うんだ。まさか我が秦に二人の丞相はいないぜ。」
「…なんてこった!(*1)」
「旦那様?旦那様どうしたんですか?!」
「范雎よ、おまえはなぜ(言わなかったのだ)!」
「旦那様、魂を取られてしまったんじゃないですよね?(お気を確かに)」
「魂を取られた…命もすぐに取られる!!」
須賈はやおら着物を脱ぎ棄てにかかった。
「旦那様、何をするつもりで??」
「早く!着物を脱ぐのを手伝ってくれ!」
「旦那様、今日はこんなに寒いのに、死ぬ気じゃないですか?(大丈夫ですか?)」
「もっと早くしないと、お前の主人はすぐに命がなくなるのだ!」
須賈は辺りを見渡し門前の木に目を止める。
「旦那様何をするんです!?」
「私は……荊を負って罪を請う!(*2) 兄さん、すまないが下げてるその剣を貸してくれ!」
「俺は剣を簡単に(この身から)手放すことはできないよ。」
「しかしこれが命を救ってくれるんだ、兄さん!」
*1 直訳:私のお母さんよ!
*2 自ら罪人の格好で鞭打つための荊を背負って出頭することで情状酌量を願い出る行為。

そこへ鄭安平が出て来た。
「だんなさま!」
「剣を与えよ。」
「かしこまりました。」
「よかったよかった、助かった助かった。」
須賈は木枝を切り集める。
「旦那様、気を付けて、気を付けて。」
「何ぼうっとしてる、縄でしっかり縛れ、早く私に縛り付けろ!」
「はい。」
「早く早く、早くしろ!范さんをお待たせしたらお前もまとめて殺されるぞ!彼がみんな分かってた(わざとしていた)ことがおれにはわかった、負荊請罪といえば本当に荊を負って罪を請うのだ、きちんと縛り付けたか、生半可ではいかん、范さんにおれたちが冗談でやってると思わせてはいかん、早く!」
須賈は木枝を背に括りつけ門前で土下座を始めた。
「申し訳ございません(*3)、范さま命だけはお助けを、申し訳ございません、命だけはお助けを…!
(鄭安平に向かって)だんなさま、わたくしめがこのようにしてることを、范さまがちょっとでもご寛恕いただけるかどうか(訊いてほしい)。」
「じゃあお前に運があるかどうか見てやるか。ただもしおれだったら、お前をバラバラに切り刻んでやるけどな!」
「だんなさまお助け下さい、命だけはお助けを…。」
「ついて来い。」
「はい、だんなさま…。」
*3 昔の謝罪の定型文句。直訳:わたくしめは死ぬべきです。
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