「大秦帝国之崛起(全40話)」第三十集33分頃から。
長引く長平城の戦い。趙王は叔父の趙勝(平原君)のアドバイスを受けて、亡き名将・趙奢(馬服君)の息子、趙括を新たな指揮官に据えることに決定。すると趙括の母親が王に話があると訪ねて来た。
* * * * *

「趙夫人、私の記憶ではまだ先王がご在位いらした時、先王について宮殿へ行った時にお会いして以来ですね、お元気ですか。」
「わたくしは息災でございます。主人がもし生きておれば、私が(こんな風に)宮殿へ入って王様のお邪魔をする必要もなかったのですが。」
「ご夫人どうぞ(本題を)お話下さい。」
「王様ありがとうございます。わたくしが来たのは、王様が我が子を趙軍統帥に起用された件です。」
「ご夫人の家の父子(趙奢と趙括)は皆わたしと趙国が頼りにしている大将軍です。ご夫人もきっと(趙括が大抜擢されたことが)喜ばしいことでしょう。」
「我が子は小さい頃から父から兵法を学び、軍事の事を談義してまいりました。私が実際に見て来たところでは、彼(息子)と主人が用兵について論じておりますと、主人も確実に彼を論破することはできませんでした。括に会った人はみんな、彼の(知識や才能)を褒めました
(*1)。主人は先王さまに馬服君に封じられましたから、趙の人はみんな我が子の事も馬服子と呼びました。括はその後きっと彼の父と同じように、趙国の名将として名を成すだろうと思いました。けれど私はすぐにおかしな事に気付きました。みんなが括は聡明だと褒めるのに、括の父が生きていた時、彼(趙括)を褒めたことは一字(ひと言)もなかったのです。私はその時に(夫があまりに子供を褒めないことが)見過ごせなかったので、訊いたのです、我が子はこんなに聡明なのに、あなたはどうしてちょっとでも褒めてあげないの、しみったれねと。わたくしが今日王様と公子様にお会いしたかったのは、実はこの時主人が私に言った事をぜひお伝えしたかったからなのです。」
*1 直訳:彼の(知識や才能)を褒めない人は一人もいなかった。
「馬服君は何と言ったのだ?」
「私もはっきりと理解してるわけではありませんが、しかし我が子の父(主人)が私に話すことは信じられます。」
「おっしゃってください。」
「私が主人に括を少しでも褒めてあげてと言いましたら、主人は自らの口で私に説明してくれました、用兵の道は人の生死に関わる(深刻な)事、括はこの事をかえって容易な事のように話す、後日(将来)に我が趙国は括を将軍として採用してはならず、させてはならない。もし彼に軍を率いて出征させれば、彼は必ず趙軍を敗北させると
(*2)。」
「それは馬服君が自らが言った事なのか?」
「我が夫がなぜこう申したのか、私もはっきりとはわからないと申し上げましたが、しかしちょっと前に王様が我が子を将軍に任命されてから、私は彼(息子)が変わったように思うのです。括の父が将軍の時、先王さまから出征の令が出されましたら、彼(主人)は家の事は顧みず(戦の準備に専念し)、先だって王様と王族方から褒美に賜った物は、すべてを軍吏と幕僚に分け与えましたし、下級の将軍(に至る)まで、皆友人のように扱い(*3)、将士が負傷すれば、彼はすぐに自ら食事を持って訪ね食べさせました。」
「それは私もかつてこの目で見たことがある。馬服君は確かに一人の兵をも大切にし、人々が敬服する当代きっての良将だったなぁ。」
「括はしかし同じではないのです。王様が詔を発して彼(趙括)を将軍にさせましたらば、彼はすぐに威張り出し、傲慢な態度で人を威圧するありさま、誰一人として彼を頭を上げて見られないよう軍吏を脅しつけ、王様から褒美に賜った金や錦を、彼はすべて家の中に隠ししまい込み、(私的な)田畑や邸宅の購入に使ってます。王様、我が子括は父とはちょっとも似ておりません、彼ら父子の二つの心は同じではありません。私は王様にお願い申し上げます、彼を出征させてはなりませんし、大軍を統帥させるのもなりません。」
*2 直訳:趙軍を敗北させる(原因となる)者は必ず彼である。
*3 直訳:彼は皆(将士たち)を友人に応対する時のように見ていた。
「趙夫人、(それでは)趙括が親不孝者(になるの)ではないだろうか。」
「公子様はなぜそのようにおっしゃいますの。」
「人の母たる者は、我が子が将軍になり出征したり宰相となって入朝すれば、喜ばないことがあろうか。ご夫人はちょっと逆で、まるで我が子の仇敵のようだ。趙括将軍のそのような我慢できない事(だけ)を選んで我が王に報告しに来るのは、はっきり言って申し訳ないが、人の母としてご夫人のような方を私は未だかつて見た事がありませんよ。」
「勝公子様、ごもっともです
(*4)。公子様のお考えは分かっております。私も我が子に恥ずかしい思いをさせるべきではないと思います。しかし私も趙人でございます、主人が生前言っていたあのような話を、どうして我が王にご報告せずにおられましょうか。」
「王様、なぜこのような事になったのか私は分かりましたよ。趙夫人が国に忠誠を誓う心にて宮殿へ参って諫言にいらしたのは、実際趙国を思っての事。しかし朝野の宮殿(内政)の上では、世間の事も白黒はっきりつけられましょうか。」
「(どういう事か)言いたまえ。」
「馬服君がいた時の彼の素晴らしい戦功は、朝野の多くの臣下の嫉妬を買いました。ご夫人の言うように、彼は将軍となってもまた清廉であり、それが却って人の恨み(嫉妬)を買うことになったのです。馬服君の子趙括将軍は、いわば生まれたての子牛。しかし我が王が慧眼にてその大きな才能を見出し、重要な任務を託されましたことは、朝野の上から下までまた多くの、快く思わず我慢できないと不平を口にする輩を生み出すでしょう。わたくしの考えを申しますならば、恐らくこれから朝廷上で(趙括を)そしりなじるような事が出て来るでしょう、さらに悪者というのは、私的な鬱憤を晴らすために国政や社稷のことを顧みません(自分の利益のために他人を悪く言うばかりで国がどうなるかを考えもしない)から、長平の重要な戦に悪影響を及ぼす恐れがあります。それゆえ、趙括将軍は財を貪り驕り高ぶり自分(のイメージ)を汚すことで、このようなどうしても出て来る(不満の)勢力に対して、苦心し用心しておられるのです。あるいは趙括将軍がこのようにするのは、知識経験が浅く年若いということを自覚していてそれを理由に、(皆が)ついてこないことを恐れ、大将らしい態度をとられるです。」
*4 直訳:私はあなたをおかしいとは思わない
「それはあなたが我が子から聞いた話ですか。
(*5)」
「趙括将軍は大義を抱いておいでです。わたくしはこの事を話し合った事はありませんが、将軍が領帥を受けられた後、先日勝公子さまの家での宴の席で将軍はお酔いになり、わたくしが彼を介助して出たのですが、将軍は酒に酔っておられてこうおっしゃいました、彼自身はもう覚えてないでしょうけど。しかしわたくしは心中辛いものなのだお察ししました。今日まさかご夫人からこのような言葉が出て来るとは思わず、すすり泣きを禁じ得ません。」
「そうだったのか。」
「ご夫人、まだご懸念がおありか。」
「王様、私が今お話ししたことは、ひと言ひと言が事実で嘘ではございません。もし大王様が彼を将軍として出征させられますならば、わたくしは大王様にお許しをいただきとうございます。後日我が子が王様の命令を達成できなかった時は、その母としての私と我が子の妻一同が、連座の罪を受けなくともよいと。」
「……。ご夫人、わたしはあなたのお願いを聞き入れよう。」
「王様ありがとうざいます。わたくしはこれで失礼いたします。」
*5 確認の疑問のニュアンス。直訳:これは我が子とあなたが話した事。* * * * *
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