あさひのブログ -53ページ目
大阪の桜の名所、造幣局の桜の通り抜けへ行ってきました。

今年は11日から7日間開催。


八重桜を中心に満開だったりそうでなかったり。


毎年ニュースになる名所でてっきりソメイヨシノの並木道かと思ってたらそうではなく、植物園みたいにいろんなめずらしい種類の桜が植えられていて、よって開花の時期もずれてしまうようで葉桜になりかけもあればまだまだつぼみで全く咲いてないものも。
当たり前だけどものすごい人だかりで、ツアーの海外観光客も多くてなかなかにカオスでした。平日でこれって、休日は恐ろしいことになりそう・・・。


近くの大川沿岸にはソメイヨシノがずらっと植えられているので、ソメイヨシノの花見がしたい方は無理に通り抜けに行かなくても沿岸公園を散策した方が楽しいでしょう。屋台もいっぱい出てるし。

こちらで写真23枚をアップしています。


桜の通り抜け
4/11(火)-4/17(月) 大阪造幣局
市営地下鉄及び京阪、天満橋駅から徒歩15分。南門から北門へ一方通行。
大阪文化館天保山で開催されている藤城清治展へ行ってきました。

日本を代表する影絵作家、藤城清治氏。御年92歳!未だ現役バリバリで、この展覧会のために制作された巨大な作品が何点も。大型の作品が多く、二年前に同所で開催された時には間に合わず下絵のみの披露となってた大阪の風景を描いた巨大作品も展示されてます。

和紙かパラフィン紙かわからないけど薄い紙を何枚も幾重にも重ねて微妙なグラデーションや陰影を浮かび上がらせる影絵という手法。思わず近寄ってどういう仕組みになってるのか目を凝らしてしまう驚きの手法がひとつひとつの作品に詰まってます。一枚絵では表現できない立体造形としての芸術品が並んでます。
影絵なので全て後ろから明かりで照らしてるわけだけど、その光源もどういう風になってるのか…絵の裏側、絵の奥が気になって仕方ない。作品の中に描かれる太陽はいつもオレンジ色で煌々としていてるけどこれは太陽の部分に特別に光源を当てているのか、それとも眩しく輝いているかのように描いている、こちらの錯覚なのか…。
絵の裏側といえば、今回デッサン等を展示している小スペースの窓に二点のキャラクターが建物の外から見えるように展示されてました。つまり「絵の裏側」が垣間見られたわけです。影の部分になる黒い厚紙にカラーフィルムが貼り付けられ、その何枚かの厚紙は針金やホッチキスのようなもので留められていて、補助的にタコ糸のようなもので固定されていて。まじまじと眺めてしまいました。(ただしこれがご本人の作品かは不明です。もしかしたら当展のために企画制作者がまねて作った「飾り」かもしれません。)

今回も大型展示として「海に沈んだピアノ」という8分の短編を上映。スクリーンの背後にはいくつかのカラクリが設置してあり影と光をスクリーンにリアルタイムに映し出します。ただ残念ながらすべてがリアルタイムではなく大筋はあらかじめ撮影編集されているビデオで、その映像にいくつかの影をリアルタイムに重ねるという形。
映像の方は一瞬CGかと見紛うけど、やろうと思えば全てリアルタイムで可能な手法でできてます。

氏の展示即売会でよく見られるようなメルヘンで愛に溢れた作品ももちろん素敵だけど、意外にもデフォルメされてない写実的なタッチのものもあって幅広いなぁと感じました。
今回はけっこうテーマ別の展示になっていて、絵本の物語以外にも音楽が世界を救った話、聖書の物語、日本の伝統文化や仏教という風に様々なジャンルに取り組んでおられる様子がよくわかりました。自分の興味あるものだけではなく依頼者(クライアント)の要求に応えつつ自分の世界を開拓していくという姿が、まさにプロ中のプロ!常に外の世界に向けて扉を開けていて来るもの拒まずなんですね。

今回の展覧会のために制作されポスターにもなっている「空とぶ楽園」。少女が猫ちゃんを抱えて跳んでいる絵ですが、彼女の水玉のチュニックの下の部分、

ぜひ実作品を前にしたらここ目を凝らして見てください。水玉部分に張り付けられたカラーフィルムの端っこに変な機械的印字が残ってるんです。氏の作品には英字新聞などプリントされた素材を意図的に使用してるものもありますが、これはちょっと、意図的とは思い難いw うっかりかな?(^▽^;)
とにかく実作品は写真で見るのとは全く風情が異なるので、ぜひ立体作品だと思って見に行っていただきたいです。


藤城清治 光の楽園展
3/17(金)-5/28(日) 大阪文化館・天保山

大阪文化館・天保山
海遊館のすぐ南隣。旧サントリーミュージアムです。
「大秦帝国之崛起(全40話)」第三十六集23分頃から。
秦軍の猛攻を受けている趙国は楚国に助けを求めるべく、王叔の趙勝(平原君)が合従交渉に赴くことになった。趙勝は門客の中から選りすぐりの20人を連れて行くことに。

* * * * *

「公子さま。」
「どのくらい選抜した?」
「はい(お答えします)。公子さまのご意向に応じるため、一緒に楚国へ赴く門客20名を選出しようとしたのですが、今まだ19人で、一人足りません。」
「月にも満ち欠けがある、一人少ないなら少ないでかまわん。」
「公子さま、おれを一人に数えてくれよ。」
「お前を?」
集った門客らは笑う。
「お前ら何を笑うんだ。笑う相手はおれじゃなくお前らだろう。
 公子さまに申し上げます。おれは公子さまが秦を攻める合従の盟約を楚王と交わしに楚国へ行くと聞きました。今公子さまについていく門客が一人欠けているんだったら、おれを数に入れて、おれを一緒に行かせてくれよ。」
「先生のお名前は?」
「ぼくは毛遂と申します。」
「君は我が家に来て何年くらいになる?」
「今日で三年は経ってます。」
「三年…。先生、賢者は世間においては袋の中に立てて入れている尖った錐のようで、その切っ先はすぐに現れ出て来る(*1)。しかし先生は我が家に三年もいるのに、君の噂を聞いたことがない(*2)。先生は文才に優れてるでも武芸に優れてるでもなさそうだ。今回の我らの楚国行きは、趙国の存亡がかかった重大事案である。恐れながら先生にはとても任せられない。君はここに残ってろ。」
「公子さまの言う事もごもっともですが、賢者がその才能を発揮するのは、才能を発揮する機会があったからこそ。公子さまは賢く仁義篤く下に仕える者にも礼を欠かさないことでその名を知られてます。しかし公子さまがもし趙の公子という身分でなければ、どうして(仁義篤く礼を欠かさない人としての器の)偉大さが知られるようになったでしょう。なのでぼくはまだ切っ先を現してはいませんが、それはただ袋の中に入る機会がなかっただけで、もし公子さまがぼくを袋の中に放り込んでくれたら、鋭い錐は自ずと切っ先を突き出すことができるんです。」
*1 錐の先が袋の底を突き破って出て来るように、優れた才能を持つ者はすぐに頭角を現すはずだ。
*2 直訳:私はみんな(誰か)がお前の話を持ち出すのを今まで聞いたことがなかった。


* * * * *

楚国にて。楚王に謁見を許された趙勝が宮殿へ入って半日が立った。いつまでも出てこない主人を心配した門客らは様子を見に行こうと中へ入ろうとするが門番に止められた。ただ一人毛遂だけが門番の制止を振り切ってずかずかと中へ入って行ってしまった。
第三十六集26分頃から。

* * * * *

「公子さまー。」
「待て!止まれ!入ってはならん!」
「誰だお前は、我が楚の宮殿で騒ぎを起こす気か!」
「毛遂、お前何しに来た…!」
「公子さま、あなたと楚王の合従の相談は、利なくして害あるわけでもなく、ふた事も話せば(合意すべきと)明らかな事なのに、早朝から昼に至るまで話し合って未だ結論がでないとは、どういうことですか?」
「わしとおまえの主人が話し合っているのは国政の重要事案である、おまえは何を考えておる。」
毛遂は剣の柄に手をかけて楚王に詰め寄る。
「止まれ!」
「毛遂!」


「楚王はおれを大声で叱りつけるのか。だがいくら大勢の楚国人がいるからといって、今私と楚王の距離はたった三歩しかない。三歩の圏内で、貴国が多勢に任せたとて、おれをどうすることができようか。大王の命は私の手中にある。我が家の主人の目の前で、我が家の公子の前で、楚王が私を叱りつけるとは、我が家の公子に対して無礼だろう(*3)
ましてや私の知るところでは、商の湯王はかつて七十里に及ぶ地を持ち、天下を統治した。周の文王は百里あまりの大小の地をもって、天下の諸侯を従えさせた。彼らが兵の多さ将軍の多さゆえ(に天下を治められた)と言うのですか。いや、うまく時を見定め(敵対)勢力を抑え、自ら強くなるよう奮起し、己の長所を磨き上げたに過ぎないのです。今貴国の領土は広く五千里、将士百万人、覇王の座を争う資質は充分でしょう。貴国の強大さに、(その道を)ふさいでくる者は天下におりません。秦国の武安君白起は、ただの工匠出身のこわっぱだったが、数万の秦兵を率いて貴国と戦い、一戦目で鄢城と郢の都を攻め取り、二戦目で夷陵を焼き払い、三戦目では楚王のご先祖様もがひどく辱められました。この貴国の百代かけてもなお晴らせない恨み、我が国の趙王さまもみな恥だろうと思っている。しかし今見ていると、楚王は悔しいとは思っておられないようですね。合従の盟約は貴国のためで、趙国のためではない。我が家の公子の目の前で敢えて楚王に問いましょう、楚王はなぜこのように私を叱りつけようとするのですか。」
「先生のおっしゃる事、雷のように耳を貫いたわ。わしは貴国との合従に国の全力の力を上げよう、秦と戦う盟を組む。」
*3 直訳:どうして我が家の公子に対する無礼でないことがあろうか。

* * * * *

→インデックス
「大秦帝国之崛起(全40話)」第三十集33分頃から。
長引く長平城の戦い。趙王は叔父の趙勝(平原君)のアドバイスを受けて、亡き名将・趙奢(馬服君)の息子、趙括を新たな指揮官に据えることに決定。すると趙括の母親が王に話があると訪ねて来た。

* * * * *

「趙夫人、私の記憶ではまだ先王がご在位いらした時、先王について宮殿へ行った時にお会いして以来ですね、お元気ですか。」
「わたくしは息災でございます。主人がもし生きておれば、私が(こんな風に)宮殿へ入って王様のお邪魔をする必要もなかったのですが。」
「ご夫人どうぞ(本題を)お話下さい。」
「王様ありがとうございます。わたくしが来たのは、王様が我が子を趙軍統帥に起用された件です。」
「ご夫人の家の父子(趙奢と趙括)は皆わたしと趙国が頼りにしている大将軍です。ご夫人もきっと(趙括が大抜擢されたことが)喜ばしいことでしょう。」
「我が子は小さい頃から父から兵法を学び、軍事の事を談義してまいりました。私が実際に見て来たところでは、彼(息子)と主人が用兵について論じておりますと、主人も確実に彼を論破することはできませんでした。括に会った人はみんな、彼の(知識や才能)を褒めました(*1)。主人は先王さまに馬服君に封じられましたから、趙の人はみんな我が子の事も馬服子と呼びました。括はその後きっと彼の父と同じように、趙国の名将として名を成すだろうと思いました。けれど私はすぐにおかしな事に気付きました。みんなが括は聡明だと褒めるのに、括の父が生きていた時、彼(趙括)を褒めたことは一字(ひと言)もなかったのです。私はその時に(夫があまりに子供を褒めないことが)見過ごせなかったので、訊いたのです、我が子はこんなに聡明なのに、あなたはどうしてちょっとでも褒めてあげないの、しみったれねと。わたくしが今日王様と公子様にお会いしたかったのは、実はこの時主人が私に言った事をぜひお伝えしたかったからなのです。」
*1 直訳:彼の(知識や才能)を褒めない人は一人もいなかった。


「馬服君は何と言ったのだ?」
「私もはっきりと理解してるわけではありませんが、しかし我が子の父(主人)が私に話すことは信じられます。」
「おっしゃってください。」
「私が主人に括を少しでも褒めてあげてと言いましたら、主人は自らの口で私に説明してくれました、用兵の道は人の生死に関わる(深刻な)事、括はこの事をかえって容易な事のように話す、後日(将来)に我が趙国は括を将軍として採用してはならず、させてはならない。もし彼に軍を率いて出征させれば、彼は必ず趙軍を敗北させると(*2)。」
「それは馬服君が自らが言った事なのか?」
「我が夫がなぜこう申したのか、私もはっきりとはわからないと申し上げましたが、しかしちょっと前に王様が我が子を将軍に任命されてから、私は彼(息子)が変わったように思うのです。括の父が将軍の時、先王さまから出征の令が出されましたら、彼(主人)は家の事は顧みず(戦の準備に専念し)、先だって王様と王族方から褒美に賜った物は、すべてを軍吏と幕僚に分け与えましたし、下級の将軍(に至る)まで、皆友人のように扱い(*3)、将士が負傷すれば、彼はすぐに自ら食事を持って訪ね食べさせました。」
「それは私もかつてこの目で見たことがある。馬服君は確かに一人の兵をも大切にし、人々が敬服する当代きっての良将だったなぁ。」
「括はしかし同じではないのです。王様が詔を発して彼(趙括)を将軍にさせましたらば、彼はすぐに威張り出し、傲慢な態度で人を威圧するありさま、誰一人として彼を頭を上げて見られないよう軍吏を脅しつけ、王様から褒美に賜った金や錦を、彼はすべて家の中に隠ししまい込み、(私的な)田畑や邸宅の購入に使ってます。王様、我が子括は父とはちょっとも似ておりません、彼ら父子の二つの心は同じではありません。私は王様にお願い申し上げます、彼を出征させてはなりませんし、大軍を統帥させるのもなりません。」
*2 直訳:趙軍を敗北させる(原因となる)者は必ず彼である。
*3 直訳:彼は皆(将士たち)を友人に応対する時のように見ていた。



「趙夫人、(それでは)趙括が親不孝者(になるの)ではないだろうか。」
「公子様はなぜそのようにおっしゃいますの。」
「人の母たる者は、我が子が将軍になり出征したり宰相となって入朝すれば、喜ばないことがあろうか。ご夫人はちょっと逆で、まるで我が子の仇敵のようだ。趙括将軍のそのような我慢できない事(だけ)を選んで我が王に報告しに来るのは、はっきり言って申し訳ないが、人の母としてご夫人のような方を私は未だかつて見た事がありませんよ。」
「勝公子様、ごもっともです(*4)。公子様のお考えは分かっております。私も我が子に恥ずかしい思いをさせるべきではないと思います。しかし私も趙人でございます、主人が生前言っていたあのような話を、どうして我が王にご報告せずにおられましょうか。」
「王様、なぜこのような事になったのか私は分かりましたよ。趙夫人が国に忠誠を誓う心にて宮殿へ参って諫言にいらしたのは、実際趙国を思っての事。しかし朝野の宮殿(内政)の上では、世間の事も白黒はっきりつけられましょうか。」
「(どういう事か)言いたまえ。」
「馬服君がいた時の彼の素晴らしい戦功は、朝野の多くの臣下の嫉妬を買いました。ご夫人の言うように、彼は将軍となってもまた清廉であり、それが却って人の恨み(嫉妬)を買うことになったのです。馬服君の子趙括将軍は、いわば生まれたての子牛。しかし我が王が慧眼にてその大きな才能を見出し、重要な任務を託されましたことは、朝野の上から下までまた多くの、快く思わず我慢できないと不平を口にする輩を生み出すでしょう。わたくしの考えを申しますならば、恐らくこれから朝廷上で(趙括を)そしりなじるような事が出て来るでしょう、さらに悪者というのは、私的な鬱憤を晴らすために国政や社稷のことを顧みません(自分の利益のために他人を悪く言うばかりで国がどうなるかを考えもしない)から、長平の重要な戦に悪影響を及ぼす恐れがあります。それゆえ、趙括将軍は財を貪り驕り高ぶり自分(のイメージ)を汚すことで、このようなどうしても出て来る(不満の)勢力に対して、苦心し用心しておられるのです。あるいは趙括将軍がこのようにするのは、知識経験が浅く年若いということを自覚していてそれを理由に、(皆が)ついてこないことを恐れ、大将らしい態度をとられるです。」
*4 直訳:私はあなたをおかしいとは思わない


「それはあなたが我が子から聞いた話ですか。(*5)
「趙括将軍は大義を抱いておいでです。わたくしはこの事を話し合った事はありませんが、将軍が領帥を受けられた後、先日勝公子さまの家での宴の席で将軍はお酔いになり、わたくしが彼を介助して出たのですが、将軍は酒に酔っておられてこうおっしゃいました、彼自身はもう覚えてないでしょうけど。しかしわたくしは心中辛いものなのだお察ししました。今日まさかご夫人からこのような言葉が出て来るとは思わず、すすり泣きを禁じ得ません。」
「そうだったのか。」
「ご夫人、まだご懸念がおありか。」
「王様、私が今お話ししたことは、ひと言ひと言が事実で嘘ではございません。もし大王様が彼を将軍として出征させられますならば、わたくしは大王様にお許しをいただきとうございます。後日我が子が王様の命令を達成できなかった時は、その母としての私と我が子の妻一同が、連座の罪を受けなくともよいと。」
「……。ご夫人、わたしはあなたのお願いを聞き入れよう。」
「王様ありがとうざいます。わたくしはこれで失礼いたします。」
*5 確認の疑問のニュアンス。直訳:これは我が子とあなたが話した事。

* * * * *

→インデックス
「大秦帝国之崛起(全40話)」第二十四集25分頃から。
須賈は鄭安平に案内され丞相府内へ。

* * * * *

「丞相に申し上げます、魏国の特使・須賈どのがお見えです。」
「いやいやいや!この須賈は特使などと自称しておりません!須賈は范さまがすでに青雲の上の人になっておられたとは知りませんでした。これからは再び天下の書を読もうとも、天下の事を話そうとも致しません(偉そうな口はききません)。この須賈が犯したのは釜茹でにされるような罪、范さまは私をバラバラに刻んでも構いません。須賈が生きるか死ぬかの権利は范さまが握っておいでです。」
「そういうことなら、入ってこい。」
「特使どの、どうぞ。」
「丞相さまありがとうございます。」


須賈はおそるおそる部屋へ入るが、中は誰もいないように見える。
「申し訳ございません、范さま命だけはお助けを。」
「須賈、お前は罪があると言ったな。いくつ罪があるかわかっているのか?」
どこからか声だけ聞こえてくる。
「お、お答えします范さま。わたくしめの頭髪を抜いて数えても(足りないくらい)、細かい罪を重ねて来たため、はっきり数えられないかもしれません。」
「その昔楚の昭王の時代、申包胥は楚国のために呉軍を打ち敗かし、楚王は彼を五千戸の邑に封じようとしたが、包胥は辞退し受けなんだ。なぜか?彼は祖先の墓がまだ楚国にあるからだと言った、この意味がお前わかるか?彼が言ったその意味はつまり楚国は母国であり、彼が楚国を助けたのは(褒美がほしかったのではなく)母国を救うためで、楚国を守ることはすなわち祖先の墓を守ることだからだ(当然のことをしたのだ)。今日わたしの祖先の墓もまだ魏国にある。お前は魏斉の面前でおれを誣告し恩をあだで返し、おれを死地へと追いやった。実はおれは穣候に仕えようとしたのだが、秦のために魏を害する度胸はなかった(からやめた)のだ。わかったか、これがお前の第一の罪業だ!」
「ははははい、わたくしは誣告の罪を犯しました。と、当然口を封じる刑を受けます…。」
「おれをどれだけ殴ってもまだ足りず、おれの体をおんぼろのむしろに巻いて便所に棄てて、さらに魏斉と一緒になっておれの上に小便をまき散らし、散々侮辱しやがった。これがお前の第二の罪だ。」
「はははい、わたくしは肥溜めに放り込まれて、永遠に臭う奴になるべきです…。」


「魏斉の命令で、(死んだと思った)おれを岩場に(きちんと埋葬せず)打ち棄てようとした。おれがお前の家で長年舎人として仕えて来たことを一寸も思い起こさず、おれの生死を顧みなかった。陰険で残虐で、善の心はみじんもない。これがお前の第三の罪だ。この三罪あって、お前はまだ命があると思うのか!?」
「はははい、わたくしの罪は千にも万にも上ります。皆わたくしの(残虐な)狼の心(卑しい)犬の気持ちによって、范さまを殺害しようとしました。今負荊請罪し、范さまがわたくしの一命を取り留めて下すったらば、わたくしはまさに牛馬となって(家畜のようにあなたの命令に従い)罪を償います、范さま。范さま、范さま…范さま…あ…あなたはまだいるのですか?何とか言ってくれ、范さま、范さま、わたくしを処罰してください、わたくしは罪を受け入れます…。」
「行け。」
「なに…。」
「もう行け。明日私は再度お前の処分を考えよう。」
「范さま…。」
「さっさと失せろ!おれの気が変わらんうちに。」
「范さまありがとうございます、范さまお許しいただきありがとうございます…失礼します…。」
須賈は逃げ帰って行った。
「どうして、もう報復されないんですか?」
「…この絹の長衣。須賈が(まさか)おれにこの絹の長衣をくれたのだ。奴がおれを死地に追いやった時、もし(奴に)この仁の気持ちがあったなら、今日の報復に至らなかったのに。我が王はかつておれに言った、人は、ある時は仁の心を持ち、ある時は悪の心を持つ、そこに必要や理由は無いのだと。」

* * * * *

→インデックス