中国語でドラマを見る-大秦帝国(第三部:崛起) #17 | あさひのブログ
「大秦帝国之崛起(全40話)」のあらすじ。
ざっくり解読なので間違ってるところもあるかもしれません。

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[第三十六集]
邯鄲では趙の必死の抵抗に遭い秦軍は死傷者が続出する。やはり王陵ではだめか…嬴稷(エイ・ショク)は白起に出陣するよう直々に頼みに行く。だが白起は邯鄲を攻める好機はもう逃してしまった、勝機はないと頑なだ。今は諦めて兵を引き、態勢を整えるべきだと言う。
エイ・ショクは将を変えて何度も邯鄲を攻めるが9か月経っても落とせない。苛立って再度白起の元へ怒鳴りこみに行く。今出陣しなければ一生恨むと迫るが、それでも白起は今自分が行っても負けは変わらないと答える。
エイ・ショクの怒りの矛先は今度は范雎(ハン・ショ)へ。お前が言いだしたことだから絶対に何とかしろと言う。范雎は王稽と鄭安平を推薦して邯鄲攻めに参加させる。

そして三年が経った。秦の邯鄲攻めはまだ続いていた。趙は隣国に援助を頼んだが皆秦を恐れて協力してくれない。残るは楚国。平原君・趙勝は門客20人を連れて楚へ向かった。
平原君は楚王に面会し合従を説くが半日経っても結論が出ない。主人がなかなか出てこないのに業を煮やした門客の一人・毛遂はどさくさに紛れて宮殿へ入り楚王の前に出る。そして楚国は散々秦に攻められ国を窮地に追いやられ恥と思わないのか、この合従は趙のためではなく楚が恥辱を晴らすための戦いになるのだと説く。その言葉に楚王は心動かされ兵を出すことを決定した。
平原君はさらに魏の信陵君に会い援助を取り付ける。魏王が秦を恐れて兵を出し渋ったため信陵君は兵符を盗み出して兵を率い出奔、趙へと向かった。

趙楚魏の連合軍はかつて白起が行ったのと同じような陽動作戦で鄭安平の兵をおびき出して孤立させ取り囲んだ。動揺した鄭安平は部下の反対を押し切って2万の兵全員を投降させた。趙楚魏の将軍らは戦わずして投降した鄭安平を笑いものにする。鄭安平は事の重大さに気づいて涙する…秦の法律では敵国に投降した者はもちろん、推薦者とその家族までが連座で死刑となるのだ。秦丞相・范雎が死刑となると聞いて将軍らはさらに喝采する。

[第三十七集]
ハン・ショと王稽は自ら罪人の服を着てエイ・ショクの前にひれ伏する。しかしエイ・ショクはハン・ショの罪を問うことはせず、鄭安平について何か言う者があれば死刑にすると全国に箝口令を敷く。王稽には再び河東郡の郡守の任に着くよう命じた。ハン・ショには着物を贈り、そして白起を郊外の地へ追放処分にする。

趙蔓は故郷の村を訪れた。生家には誰も住んでいる気配がなかった。偶然会った幼馴染は母になっていたが、夫は病死し子供は今回の防衛戦に徴兵されていったという。白起が憎いという彼女に自分が白起の妻だと告白すると、幼馴染は黙って離れて行った…。
そこへ豪華な馬車が駆け付ける。なんと趙王自らが趙蔓を追ってやって来たのだ。秦へ帰るという趙蔓に趙王は意外にも感謝の言葉を述べる。長平の戦い以来白起が出てこないおかげで趙はなんとか持ちこたえている。白起と趙蔓の縁のおかげだと。

趙蔓が秦へ戻って来ると、丁度白起の元に王からの追放命令が届いたところ。白起は体調を崩しており、趙蔓は出発をもう少し待ってほしいと訴える。

三か月後。戦況は思わしくなく秦軍の苦戦が続く。このままでは連合軍に押し切られ河東郡を取られる危険すらある。王稽が守る河東郡に入られたら今度こそ命はない…ハン・ショは白起の元を訪れ、今からでも出陣し指揮を取ってほしいと頭を下げる。だが白起は今行ったからといって勝てるとは思えない上に(今まで頼み込んできた)王の面子が保てないと答える。今出陣しないのは国を裏切るも同然だと迫るが白起は答えない。どうせどちらも死ぬのならお前を先に地獄送りにしてやると言ってハン・ショは出て行った。




[A] 嬴稷(エイ・ショク)
秦王。天下統一の野望を抱く。
[B] 白起
秦大将軍。武安君と称される。
[C] 趙蔓
白起の妻。趙出身。
[D] 范雎(ハン・ショ)
秦丞相。応候とも呼ばれる。
[E] 鄭安平
秦の大臣。ハン・ショと共に魏国からやって来た。便所掃除係から大出世したのを妬まれて陰では「茅厠(便所)将軍」と呼ばれている。
[F] 王稽
秦の河東郡太守。
[G] 趙勝
趙王の叔父。平原君と称される。
[H] 魏無忌
魏王の弟。信陵君と称される。平原君は義兄(姉の夫)。

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ちょっとわかりにくい演出だけど、こんだけやってハン・ショが罰せられないのは、結局エイ・ショクがやりたい事は汚い事も含めて全て「ハン・ショが提案したもの」として、逆傀儡に立ててきたからという設定みたい。

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