ざっくり解読なので間違ってるところもあるかもしれません。
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[第三十二集]
本陣に待ち構える白起の大軍と趙括率いる大軍は正面切って対決する。
白起は山に取り囲まれた谷へ趙軍を充分に引き付けておいて、その間に別働隊を北から回り込ませ手薄になった長平城を攻め落とす。さらに南からも別働隊を動かし趙軍の補給路を断ち、趙軍を完全に取り囲んだ。策に嵌ったと知った趙括は一旦兵を引き南の包囲網を突破しようとするが秦の包囲は堅い。夜の闇に紛れて突破しようと試みるもそれを見越した秦軍にすっかり取り囲まれていた。だが他に方法はない。趙軍の死に物狂いの戦いは夜が明けても続いた。
白起は絶対に包囲網を突破されてはならないと南へ兵を増員し、さらに都へも増援を要請する。長平城を防衛し趙の都からの援軍を完全に断つのだ。
主軍が秦軍に取り囲まれているのを見た南の趙の補給地では成す術がなく都へ指示を仰ぐ。四十万の自軍が秦軍に取り囲まれて困窮していると知り趙王は卒倒しそうになる。何としてでも助けねばならない、もう出すものはない国内からそれでも人と食糧を集められるだけかき集めてすぐに救援に向かえと平原君に命じた。
援軍要請を受けた嬴稷(エイ・ショク)だが、国内の16歳以上の成人男子は既に徴用している。これ以上出せる人材がない。エイ・ショクは河東郡へ行き郡守の王稽に命じて郡内の15歳男子五千人に爵位を与えて徴兵し、長平へと送り出す。
平原君が長平へ着いてみると城は既に秦に占領されているではないか。さらに秦の援軍が現れ引き返すほかなかった。
秦軍は完全に取り囲んでいるものの積極的に攻めては来ない、趙括は谷に防御砦を築いて籠城し救援を待つ。順に軍馬を殺して食糧とした。
趙軍を包囲して40日。趙兵は飢餓に苦しみ皆うつろな表情で生気を失っている。白起はいよいよ「投降しろ」と呼びかけさせた。趙軍内の誰もが限界だと悟っていた…。
[第三十三集]
趙軍が包囲されて46日目。趙括は兵を四つに分け同時に四方向へ包囲網突破を試みる。決死の覚悟で突撃するが、矢の雨を受けて趙括は倒れた。
指揮官を失った趙軍はついに投降した。
エイ・ショクの元に白起から文が届く。趙軍20万は投降し我が軍は完全勝利した、と。ついに勝った、これで天下は秦のものだ…!エイ・ショクは感激するが、だが張禄はこの文はどうも様子がおかしいという。なぜ白起はわざわざ「趙軍20万が投降した」と言ってくるのか…そう、秦軍には投降者20万人を受け入れる余裕はないのだ。
白起の眼下には投降し沙汰を待つ趙兵らの姿が。現在の糧食は秦軍を10日養う分しかない。投降者を入れると5日ももたない。彼らを解放し帰国させたらどうだ、3年後5年後に必ず報復といって立ち上がるだろう。かつて張禄が言った言葉が蘇る…「殺さなければ国力は弱まらない」。
白起は糧食の追加を要請するため衛氏を都へ送る。エイ・ショクも20万人を殺せとはとても言えない。だが張禄は戦で重要なのは土地を得ることではなく人を消耗させることだという持論を崩さない。王命をもって殺せと言うのか…。だが張禄は命じる必要はないと言う。都にもう送れる食糧は残っていないとだけ返事すればよい、投降者の事には何も触れなくていいと。
食糧は送れないので節約して10日食いつなげという返事をもらった衛氏は困り果て白起の妻・趙蔓に相談する。王の返事のその真意が"白起の判断で投降者を殺させる"ことにあると知った趙蔓はエイ・ショクに直訴へ。20万人もの趙人を殺すのは人道に反すると訴えるが、エイ・ショクは夫君は今までに何十万もの楚人、魏人、韓人、趙人を葬ってきたのだぞと反論する。またその場に張禄が現れ今回の返事は王の意志ではなく自分の提案だと言う。趙蔓は怒りの目を張禄に向けるが、エイ・ショクははっきりと、今回の件は全て白起に委ねると明言した。
趙蔓は居ても立ってもいられず衛氏と共に長平へと向かう。


-秦国-
[A] 嬴稷(エイ・ショク)
秦王。天下統一の野望を抱く。
[B] 白起
秦大将軍。武安君と称される。
[C] 張禄
秦丞相。応候とも呼ばれる。本名は范雎(ハン・ショ)という。
[D] 衛先生
軍需令長(糧食、装備等の管理を担当)。先生と呼ばれているところをみるとアドバイザーの役割も果たしているようだ。
[E] 趙蔓
白起の妻。趙出身。
-趙国-
[F] 趙括
趙の若き将軍。馬服君・趙奢(故人)の息子なので馬服子と呼ばれている。
[G] 趙王(孝成王)
若き王。
[H] 趙勝
趙王の叔父。平原君と称される。
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趙括て史記では馬鹿扱いなのに本作では随分と丁寧に最期も恰好良く描かれてるのは…やっぱりイケメン起用したからだよなぁ。イケメンは恰好悪い死に方しないのだ。
ということは張禄先生ヤバイ!w
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