あさひのブログ -39ページ目
「大軍師司馬懿之軍師聯盟(全42話)」のあらすじ。
中国語版のざっくり解読なので間違ってるところもあるかもしれません。

[第二十六集]
曹洪、曹真(子丹)ら曹家の眷属らが集い飲み交わしていた。子丹は先王が臨終の際に自分は周の文王のようになりたいと言ってたエピソードを話すと、曹洪は早い所子桓を皇帝にして先王に帝称を贈り、自分たちは王を名乗ろうと言い出す。早速奏書を準備し、あの司馬懿はどうせ屁理屈こねて反対するだろうから彼には知られないように陳群に署名させて上奏しよう…。

朝議で子丹は漢朝に代わって新しい王朝を立てるべきと上奏する。仲達は新しい人材登用法を定めた「九品官人法」を上奏、将軍らは猛反対し、子桓は皆の意見は分かったと言って朝議を切り上げた。
子丹らは改めて王に面会し帝位に就くよう説得するが、子桓は時機尚早だと言う。夏侯玄が「九品官人法」は採用するのかと問うと子桓は議論する価値もないと言った。
曹一族はまぁ何度かこうやって要請すれば受け入れるだろうと楽観的だが夏侯玄だけは不安を抱く。子桓陛下のお考えはだんだんと読めなくなってきた、まるで、まるで先王さまのようだ…。

子丹はまた宴を開いて子桓に帝位に就くよう勧める。子丹はすでに許都のすぐ近くまで兵を出して脅しているので漢天子はひと月もしないうちにその位を差し出すだろうと。子桓はまだまだ先の話だとはぐらかすが、酔っぱらった曹洪は自分をどこの王に封じてくれるのだ等と発言しさすがに夏侯惇や夏侯玄も眉をひそめる。
その宴の最中に仲達は「九品官人法」の奏書を持って参内。子桓は無視しようとするが仲達は宴の席に入っていき子桓の目の前に書を差し出した。子丹がそれを取り上げ床に投げつける。そして宴に乱入したからには飲んで帰れと酒壺を突きつけた。酒に弱いはずの仲達だが酒壺を受け取り一気に飲み干す。そこまでしてこの「九品官人法」にこだわるわけは何だ?子桓が訊くと仲達は答える「先王さまのご遺志を叶えるためです。」そして退室していった。彼が退室するため振り返ったその時、まるで鷹のような鋭い目そして狼のような険しい表情をしていたことを、陰から覗いていた柏霊筠は見逃さなかった…。
「皆が酔っているのに、お前だけは醒めているのだな…。」子桓はニヤリと笑う。今のは天下のために戦う意志はあるのかという問いだ、その答えとして子桓は仲達に酔い覚ましの湯を送るよう命じた。

仲達の奏書を夏侯玄は拾って持ち帰り読んでみた。「九品官人法」とはざっくりいうと尚書台が統一試験を行って官吏を登用したり昇格させたりする制度だ。この制度が施行されれば従来の親族のコネによる登用昇進ができなくなる。その話を聞いた子丹はやはり司馬懿が曹家の力を削ごうと謀っていると確信する。

仲達が寝る間も惜しんで「九品官人法」の奏書を書いているのを見て父・司馬防は曹家を敵に回す気か、命が惜しくないのかと怒る。仲達はこれが子桓が真に必要としているものだといって譲らない、たとえ死んでもこの法だけは通さなければならないと言うのだった。

曹一族は「九品官人法」の脅威について議論する。もしこの法が通ったら陳群や司馬懿ら文官が勢力をつけ曹一族を朝廷から追い出すやもしれぬ。しかし夏侯玄はこの法の精神は先王が度々口にしていたものと同じ、子桓陛下は採用するかもしれないと言う。曹洪はあの司馬懿を黙らせてやると言い出し、夏侯惇が止めるのも聞かず司馬府へ向かって行った。
その司馬懿は…父と弟と共に田舎へ出掛けていた。なんでも父が昨晩水害に遭う夢を見たとかで都から避難しなければと言うのだ。司馬家が曹家から迫害される暗示だと。仕方なく付き従う仲達と叔達。
と、道中で百姓らを脅して米を不正に搾取しようとしている下っ端の役人の姿を見かけた。

[第二十七集]
役人の鄧艾は同僚らの不正を見過ごせず米を百姓に返そうとしたためリンチを受ける。その様子を見て叔達は止めようとするが父が制止する。この一帯は曹洪将軍の領地、彼には関わらぬことだ…。仲達もこんな下っ端を罰したところで不正は無くならないと言い、やはり国のために逃げることはできないと都へ戻って行く。

司馬府を曹洪の兵が取り囲み門扉に矢を射かけて嘲笑する。春華が剣を抜いて曹洪に対峙するがその時仲達が戻って来た。仲達は朝臣同士がこのように争っているところを見れば民は不安になり国が乱れる元となると言い、これは国を平和に治めたいという王の意志に反するものだと鋭く切り込む。曹洪は甥が自分を罰することなどないと強気だが、仲達は漢王室劉家でも皇帝は親族を処刑したではないかと言う。曹洪は苦々しくも撤退する。一連の様子を窺っていた柏霊筠は噂通りの仲達の機知とその妻の度胸を記憶に留めるのだった。
叔達は本当に曹一族と戦ってでも新制度を訴え続けるつもりなのかと兄に聞く。まだ陛下は一度も「九品官人法」の奏書を見てくれないじゃないか。仲達はそれは彼の一族の手前、敢えて見ないようにしているのだと言う。仲達は分かっていた、子桓は仲達を利用して強くなりすぎる親族の力を削ごうとしているのだ。王のために国のためにここは退いてはならないのだ…。

曹洪が司馬府の門に矢を射かけたと聞いて子桓は激怒する。夏侯惇が、曹洪を罰すれば一族の団結がばらばらになってしまうと擁護。しかし子桓はこの無法を赦せば国民の心がばらばらになってしまうと言い、曹洪を減給に処した。
曹一族は陳群に連名させ王に帝位に就くよう何度も何度も上奏させるが子桓は門前払い。しかし陳群は王がいつか根負けするのではと心配し、仲達に早く「九品官人法」の勧奏書を追記して上奏してくれと頼みに来た。だが仲達はまあ焦るなといって陳群を帰す。

ずっと朝議を休み続ける子桓の元に、司馬懿が奏書を持って参内したとの報せ。それも車一杯の書を積んできたという。やっと動いたか…子桓はニヤリとする。
朝臣らが皆騒然として見守る中、王の侍従がやってきて王は面会しないと伝える。仲達は、では車に積んである書は薪にでも使ってくださいと言って置いて帰った。朝臣らは皆興味本位で書を手に取る。そしてこの「九品官人法」は人づてに渡り、やがて城下の塾で盛んに議論が交わされるようになった。

子桓は曹家ゆかりの地である譙県の宴に招かれるが喪中であるので、南征という形で武装して出かけることに。それを知った曹洪らはいよいよ許都へ押しかけて漢王朝劉家から帝位を奪う決心をしたのだと前祝いする。
子桓は南征へと出立する。仲達は皆が集う出発の儀式で再度「九品官人法」を上奏するつもりだったが寝坊してしまい慌てて出掛けた。
予想と違って仲達が姿を現さないので子桓は諦めて出発しようとしたがそこへ仲達が現れ、意気揚々と上奏しようと奏書を開いた。が、彼は慌てて出たため間違えて白紙の書を持ってきていた!子丹はふざけてるのかと怒り仲達を罰するよう求めるが、子桓は罰するにも前例がないと言って処遇を陳群に任せそのまま出発していった。陳群は今のパフォーマンスにも何か意図があるのかと訊くが、いや単なる間違い、大失敗だと言って仲達は自ら牢へ入っていった。

鍾会の通う塾では「九品官人法」が大いに支持されており、この度司馬懿が投獄されたと聞いて彼を助けてほしいと皆陳述書を書く騒ぎになっている。鍾会も父・鐘繇に彼を救ってほしいと言うが、鐘繇は何も心配いらないと答える。

[第二十八集]
牢の仲達の元へ鐘繇が食事を持って現れる。仲達は牢で「九品官人法」の詳細を詰めていた。この牢内はある意味安心して仕事ができる。仲達と王の意図を知る鐘繇はこれから強敵と戦っていくことになる仲達を同じ志を持つ者として励ますのだった。

譙県の宴は和やかに進む。だが子桓が今年の収穫を尋ねると役人らは皆押し黙り、叔父や子丹らは視線をそらす。調べさせると土地の多くを曹一族が勝手に占領して社などを建てたため大幅な収穫減に陥っていたのだ。一族の益に走り国の益を見ようとしないと子桓は憤る。
そこへ漢天子の使者が聖旨を持ってきた。「漢天子は魏王に禅譲(天子の地位を譲る)する、受け入れられよ。」しかし子桓は聖旨を受け取らず帰らせた。
続いて鐘繇がやって来た。留守を任せた彼がやって来るとは何か大事が起こったかと不安になるが、鐘繇はにこにこして三つの書を差し出す。一つ目は彼が書いた推薦書、二つ目は仲達が牢内で書き上げた新制度十か条、三つめは「九品官人法」を支持する才人や学生ら多くの署名だ。
新制度を施行する環境は整った、だがこれからが戦いだ。曹一族ら保守派の矢面に立たされる仲達と陳群、そしてこの新制度をどう守っていくか…。

漢天子・劉協は魏王・曹丕に禅譲を提示しているのに受け入れてもらえないため自ら出向いて頼んでみると言い出し、側近らはそれは天子に相応しくないと行為だと反対する。しかし彼にしてみればこの30余年、天子として相応しかったことなど一度もないのだ、今更何が相応しくなかろうか…。
天子からの再三の要請でようやく子桓は皇居へ赴く。劉協は腰低く出迎え彼の手に玉璽を握らせる。劉家の天命はもはや尽きているのだ、民の平和のためにこの自分ができることは曹家にこの玉璽を託す事だけなのだと…。玉璽を眺め、子桓は禅譲を受け入れると答え、劉協は新しい皇帝に膝をつき拝礼する。劉協は、宮殿に押し込められ常に生きた心地のしなかったこの天子の位から解放されたら今度こそは人々の役に立ちたい、医術を学んで人々を救いたい、そうすれば自分が生きてきたことも無駄にはならないだろうと言う。その言葉に感じ入った子桓は彼を山陽公に封じ、自由に生きよと告げる。

曹丕の皇帝即位の儀式を厳かに執り行われた。その儀式の最後に曹丕は司馬懿に詔を読み上げよと言う。都で投獄されてるはずの司馬懿が現れた。そして新たな王朝の創立とともに新制度を立ち上げるという詔を読み上げたのだった。

子桓は翌日には仲達を都へ帰らせる。早速子丹や夏侯惇が面会を求めてきた。子丹は新制度を採用するならもはや将軍として補佐することはできないと憤るが、子桓は「九品官人法」がすでに民にも広く知られ支持されていることにより、これを施行せねば皇帝への期待と信頼が保てないのだと説く。
仲達の馬車は皇帝の命令で風光明媚な屋敷へ。そこで待っていたのは美しい娘。娘は柏霊筠と名乗り、皇帝の命で御史中丞のお世話をすることになったと言い寄って来る。仲達は自分には妻子もいるので家へ帰ると辞退するが、柏霊筠は皇帝の命令に背く気かと迫る。


[A] 司馬懿(仲達)
御史中丞。鋭い洞察力の持ち主。
[B] 曹丕(子桓)
魏国王。その育った境遇からとても疑り深い性質。
[C] 陳群(長文)
尚書令。
[D] 曹真(子丹)
鎮西将軍。子桓の従兄弟。仲達とは昔からうまが合わない。
[E] 曹洪(子廉)
曹操の弟、子桓の叔父に当たる。短気で荒っぽい性質。
[F] 夏侯惇(元譲)
大将軍。曹操の従兄弟に当たる老将。かつての戦で左目を失った。
[G] 夏侯玄(太初)
曹家と縁深い夏侯家の若者。
[H] 張春華
仲達の妻。元は江湖の剣侠のようだ。
[I] 鐘繇(元常)
廷尉。古書の研究家としても知られる。
[J] 鍾会(士季)
鐘繇の息子。聡明な学生。仲達を策士として尊敬している。
[K] 柏霊筠
曹操に献上される予定だった聡明な美女。子桓の命で仲達を監視する。
[L] 劉協
漢天子。献帝と称される。曹操の力で帝位に就いたが終始傀儡皇帝であった。


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「大軍師司馬懿之軍師聯盟(全42話)」のあらすじ。
中国語版のざっくり解読なので間違ってるところもあるかもしれません。

[第二十四集]
春華はようやく鄴城にたどり着き子桓に玉璽を渡した。臣下らは一刻も早く即位すべきだと勧めるが、子桓はまず父を弔ってから即位するのが道理だと言って洛陽に向かう準備を始めた。叙達は兄嫁が命がけで玉璽を持ってきたその努力を無にするのかと訴えるが子桓は親不孝な行為はできないと突っぱねる。
先に即位すれば民の反感を買いかねず相手に攻める口実を作らせるだけだ、子桓は正々堂々と太子の名をもって洛陽の反逆者を討伐するつもりでいた。しかしそれでは洛陽に囚われる司馬懿や賈逵は殺されてしまう…阿照はどうか義兄を助けてほしいと頼むが、後宮は政治に口を出してはならないと突き放された。叔達ら臣下は揃って卞夫人に王后の権限で子桓を即位させるよう懇願する。


洛陽の子文は強引に子建を王に即位させると言う。朝臣らからは反対の声が上がるが子文は反対する者を捕え処刑する。文句がある奴は出て来い、剣を振りかざす子文に、しかし程昱が進み出る。後継者問題を今更蒸し返し内乱を起こしているその隙にまた劉備・孫権が襲ってきたら国はどうなる、これを見過ごす朝臣などおらぬ!子文は怒り程昱を殺そうとするが丁儀が制止する。程昱将軍は軍への影響力が強い、彼を殺しては兵士らが反乱を起こす…。
子文は明日司馬懿と賈逵を処刑し子建の即位式を執り行うと宣言した。

洛陽へ出立しようとする子桓の元へ卞夫人がやって来る。卞夫人は主亡き世で民に不安を与えてはならぬと、すぐに王として即位するよう王后の名で命じる。母の命に従うのは親孝行の道、臣下らに押され子桓はついに受け入れる。卞夫人はどうか弟らには手を出さないようにと頼むが、子桓はもし子建らが司馬懿と賈逵を殺していたら一矢報いずにはおれないと答えるのだった。

元来心優しく素直な子建は王位に就くことに消極的だ。父にももう兄とは争わないと誓ったのに…しかし周囲はどんどん準備を進めていく。子文も40万の兵があれば絶対負けはしないと強気だ。子建は久しぶりに兄と飲み交わしたいと酒席に誘い子文を酔わせ、その懐からそっと令牌を盗み出す。そして牢へ行き、子文の命令だと言って司馬懿と賈逵を連れ出した。二人を逃がそうとするが、司馬懿は賈逵が先に行って子桓と連絡をとってくれと送り出す。賈逵は子文の令牌を使って洛陽城を出た。
残った仲達は子建と酒を酌み交わす。子建は子桓と心が通じ合っている司馬懿がうらやましいと言う。幼い頃は子桓とも子文とも仲良かった、剣術も学問も兄が教えてくれた、しかし大人になり互いに軍師を擁する頃になるとどんどん兄弟の距離は離れて行き…もはや戻れない距離となってしまった。仲達は言う、わたしは8人兄弟で互いに助け合って生きてきました。兄弟は同じ血の通った者同士です、必ずまた助け合える時がやってきます、と。


司馬懿と賈逵が昨晩釈放されていたと知り丁儀は驚いて子文の元へ。子文の令牌を使ったのは子建だと判明、そして子建は朝まで司馬懿相手に酒を飲んでいた。子文は憤怒し、司馬懿にはよく逃げなかったなと言う。仲達は逃げてはならなかったのだ。彼が逃げなければ子文は彼を殺すだろう。自分が死ねば朝臣らはみなその無法な行いに憤るだろう、朝臣らが憤れば、子文が新たに王位に就くことなどできなくなるのだ。民あっての王、臣あっての王だ!

洛陽城の外に夏侯惇の兵が現れたとの報せ。夏侯惇は新王の聖旨を読み上げる。「司馬懿、賈逵を保護し、先王の棺を鄴城へ移送せよ。」聖旨に従わぬは逆臣なるぞ!
その時、命令もなく城門が開かれ、そして子文は左右から剣を突きつけられる。兵士らが"魏王の命に従い"逆賊を捕えたのだった。
その頃処刑場では司馬懿と子建が処刑されようとしていた。先ず司馬懿の首に処刑人の刀が振り下ろされようとする…その時、飛来した矢が処刑人の胸に刺さった!そして黒衣の男が乱入してきた。処刑人や兵士らを次々と倒していく。それはあの汲布であった。続けて馬の駆けてくる音が。「魏王の命令である、司馬懿を釈放せよ!」伝令は司馬懿の息子・司馬師であった。


洛陽の乱は血を流すことなく抑えられ、ついに子桓は魏王として玉座に座る。

[第二十五集]
新魏王・曹丕(子桓)は親族を中心に新人事を発表、仲達は御史中丞に任じられた。
縄をかけられ王の前に連れてこられた丁儀は平伏もせず子桓を罵倒する。子桓は丁儀の一族諸共処刑を命じた。
子文、子建は各々の封地へ帰し両者に監視人をつけて様子を随時報告するよう命じる。卞夫人は子文は確かに過ちを犯したが子建はむしろ助けてくれたのだと、彼を都を残すよう迫るが、子桓はそれをしたら荀彧と崔琰の死が無駄になると頑なだ。


父の陵墓を眺める子桓に仲達は曹操の臨終の際の言葉を伝える。「子桓、子建がわしを想う時はこの銅雀台に上ればわしの墓が見えよう。正月15日にはここで(恒例の)祝いの歌舞を舞い共に楽しもうぞ。」子桓は銅雀台が完成した折に子建が詠んだ詩を口ずさむ。子建の詩才は実際素晴らしく父は本当に子建を可愛がっていた。しかし王位に就いたのはわたしだった、あの世の父は本当の所どう思っているのか…まだ葛藤が渦巻く子桓に仲達はこれから新時代をあなたが作っていくのですと言うが、子桓は今日はもう疲れたといって去って行った。

仲達の二人の息子、司馬師と司馬昭は立派に成長し春華仕込みの剣技も鮮やかにこなす。その姿に仲達は目を細める。
だがいつまでものんびりしてるわけにはいかない、新たな法制度の必要性を感じていた。今の朝廷人事は曹家の親族中心で武将が多く、戦には長けるが国を平和に維持する内政には無頓着な傾向にある。新時代のためには家柄ではなく才能を重視し広くから募るべきなのだ。といっても王と親しいというだけの若造が改革を打ち上げたところで朝臣将士らは同意すまい、仲達は父に相談する。すると父はある箱を持ってきた。中には古い書の写しらしきものが入っている。高名な書家・蔡邕の碑文の写しらしい。「彼の作品は戦の中でその殆どが失われてしまったが、これは彼の娘・蔡文姫が所蔵していた大変貴重なものだ。見てみなさいこの素晴らしい筆遣い、力強くあざやかに飛び立つようなこの勢い!本当に素晴らしい作品だ!」熱く語る父だが、書を愛でる習慣のない仲達にはその良さがいまいちわからない。父はこれを手放すのは惜しい惜しいと言いながら箱を仲達に渡す。

仲達は蔡邕の書を古書研究家でもある鐘繇に差し出す「これは蔡邕の娘・蔡文姫が所蔵していた大変貴重なもの。見て下さいこの素晴らしい筆遣い、力強くあざやかに飛び立つようなこの勢い、本当に素晴らしい作品でしょう?」
鐘繇は興奮して書に見入る。こんな素晴らしいお宝を頂戴するからにはお礼をしなければと言う鐘繇に、仲達は新しい法制度の設立に力を貸してほしいと頼む。だが鐘繇は曹家の功ある将軍らに歯向かうような馬鹿な真似はできないと言う。良くない習慣を正すことは確かに必要だが、勢力の平衡を崩し相手を妨害するような行いはしてはならないと。しかし仲達は、もし後日自分が自ら火に飛び込むような真似をしたら支持してくれますかと問う。鐘繇はただ笑って受け流すだけだった。

子桓は父・曹操に献上される予定だった美女・柏霊筠を呼び寄せる。父がいなくなった今、故郷に帰るか自分の後宮に入るかどうするかと問うと、柏霊筠はさらにもう一つの選択肢があるのですよねと言う。故郷へ帰すつもりならわざわざ王が会いに来ないし、喪中のこの時期に後宮に女を入れるのは民のひんしゅくを買う、王にはもう一つの考えがあってわたくしをお呼びになったはず。
噂通りの聡明な女だ…子桓は彼女を仲達にやるつもりだった。そして柏霊筠はその考えさえも先に見抜いていた。王さまは司馬中丞を監視したいのですよね、わたくしにお任せください、と。

仲達の元に子桓の昔からの仲間で今は尚書令となった陳群が訪ねてきた。陳群は素晴らしいものを持ってきたと包みを開ける。やけに見覚えのある箱だ…。
「これは蔡邕の書。彼の娘・蔡文姫が所蔵していた大変貴重なものだ。この素晴らしい筆遣い、力強くあざやかに飛び立つようなこの勢い、素晴らしいと思わないか?」…どうやら頼みごとがあるようだ。
陳群がやって来たのは、彼の草案した法制度について相談するためだった。月旦評をヒントに作られたその「九品官人法」は、実に画期的で仲達の悩みを一気に解消するものだった。仲達は興奮しこの案を詰めてぜひとも王に上奏しようと、二人で夜を徹して奏書を書き上げた。
奏書は仲達から上奏することに。ただこの法に反対する将軍らと対立する可能性はある。陳群はその時は共に闘おうと約束する。


[A] 司馬懿(仲達)
行軍司馬(軍事長)。鋭い洞察力の持ち主。
[B] 曹丕(子桓)
五官中郎将、魏国太子。曹操の長男。後継の座を弟と争っている。
[C] 曹彰(子文)
鄢陵侯。曹操の次男。武勇に長けるが彼は早いうちから後継候補から外れていた。
[D] 曹植(子建)
平原侯。曹操の三男。詩や音楽に長け、曹操のお気に入りの息子であった。
[E] 賈逵(梁道)
曹操が信頼を置いていた将軍。曹操の葬儀の葬儀長を務める。
[F] 程昱(仲徳)
衛尉。
[G] 丁儀(正礼)
西曹掾。子建の軍師。片目が悪いことがコンプレックス。
[H] 司馬孚(叔達)
仲達の弟。子桓に仕える。
[I] 卞夫人
曹操の妻。子桓、子文、子建の母。
[J] 夏侯惇(元譲)
曹操の従兄弟に当たる老将。かつての戦で左目を失った。
[K] 汲布
校事。子桓の元部下。仲達の知略で命を救われたことがある。
[L] 司馬防(建公)
仲達の父。
[M] 鐘繇(元常)
廷尉。古書の研究家として知られる。鐘会という聡明な息子がいる。
[N] 陳群(長文)
子桓の軍師。尚書令に任じられる。
[O] 柏霊筠
曹操に献上される予定だった聡明な美女。


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「大軍師司馬懿之軍師聯盟(全42話)」のあらすじ。
中国語版のざっくり解読なので間違ってるところもあるかもしれません。

[第二十一集]
赤壁の戦いの二の舞になるとはよく言ったものだ…魏王は仲達に、楊修が失職した今、お前が子建を補佐してくれないかと囁く。仲達は凍り付き、それは子建公子が受け入れないだろうと言うのが精一杯。だが魏王は確かにもう手遅れだったなと呟き仲達を下がらせた。

仲達は牢の楊修に会いに行く。楊修はやっと自分に相応しい敵に会えたのにもう戦えないのは残念だと告げるが、仲達は貴方を敵だと思ったことはない、いつも自分を見るようだったと答える。思えばあの日、処刑人の刀が振り降ろされようとしたあの時から二人の戦いが始まった。それはいつしか後継争いに変わり、そして今…我々の戦いと思っていたものも結局は誰かの掌で動かされる駒でしかなかったのかもしれない。
そこへ王から処刑令が届く。楊修を即刻斬首せよと。楊修は兵士が運んできた最後の酒杯を受け取る。楊修は酒を半分飲み仲達に手渡す。仲達は残りを飲み干した。楊修は子建の事をどうかよろしく頼むといって処刑場へと去って行った。

子建は太子の地位などいらないし兄とも争わないからどうか楊修の命だけは助けてほしいと懇願するが、魏王は淡々と執行命令を出す。楊修は斬首された。

その直後、魏王は夢を見た。三匹の馬が一つの桶の餌を食べている、殺せ、その馬を殺せ!目が覚めた魏王はそこにいた程昱に剣を突きつけていた。我に返った魏王は夢を診断させようと楊修を呼ぶが、彼はもうこの世にはいない…。

魏王は司馬懿に東呉へ行き孫権と盟書を交わしてくるよう命令を下す。仲達は従者として男装した春華を連れ、魏国使者として発つ。
孫権は曹操の使者としてやって来たのが司馬懿という名も聞いたことがない30そこらの若造だと知り訝しむ。軍師・張昭の情報では曹丕の配下らしいが何の功も立てた事のない文官で、官職に就く親のコネで行軍司馬になったようだと。なぜ曹操はそんな男を使者に?しかしかの諸葛孔明も使者としてやって来た時は27歳だった、若造とて油断は禁物だ。
孫権の前に現れた司馬懿は、聖旨により孫権を驃騎将軍、荊州牧・南昌侯に封じると伝える。張昭は、魏王が天子を捕えてその威光を振りかざし諸侯を威圧していることは皆が知るところ、その聖旨も天子ではなく魏王の意図であろうと厳しく批判する。司馬懿はそれは違うと否定。魏王は天子と漢王朝を保護しているのだ、漢王家を狙う逆賊どもの矢面に立っているのだと。そしてかつて董卓が漢天子を襲った時に曹操と共に戦うと誓った孫堅将軍の遺志を継いで漢王朝のために逆賊と戦うのが親孝行の道であろうと説く。
孫権はその達者な喋りに苦笑し、逆賊とは誰を指すのかと皮肉を込めて尋ねる。仲達は答える「それは荊州の関羽です。」朝臣らは皆大笑いする。関羽は天子自らが漢寿亭侯に封じたのだ、その彼を天子の命で誅するとはいかなる事か?ましてや荊州は江南(呉)の地。自分の土地の者を逆賊として討つとは如何に?しかし司馬懿は関羽が長年荊州の税を収得しており呉には一銭も入らず名ばかりの領地になっていることを指摘する。孫権は劉備との同盟関係の下でそんなささいな事は問題にしない、魏王は赤壁の戦いですっかりひるんで関羽に臆しているのかと嗤う。すると司馬懿は、このまま放っておけば荊州は劉備勢の実効支配となり取り戻すことは不可能になると迫る。「関羽など魏国にとっては蚤に噛まれたようなものですが東呉にとっては将来災厄の種になるやもしれませんぞ。」
孫権は一度協議するといって司馬懿を下がらせた。魏王はなかなかの人物を擁しておるな…孫権はこの若造が第二の孔明たるかもしれぬと警戒を強めるのだった。

夫が孫権を見事に言い負かしたと春華は愉快そうだ。夫婦仲良く江南の新鮮な魚料理に舌鼓を打っていると、東呉の若手のホープと噂される陸遜(伯言)将軍が訪ねてきた。
仲達は陸遜に今回の目的は長い戦に疲弊している江東の地を休ませることだと告げる。戦で苦しむのはその土地の民だ、彼らのために魏国と呉が協力して関羽を追い出し北上せんとする劉備を討とう。陸遜はしかし欲深い魏王が勝利に乗じてさらに南下することがないとは保証できまいと言う。仲達は魏王はもう御年65ですと答える。わたしに魏王を止める力はないが、太子に働きかけることはできるという意味だ。

陸遜は司馬懿が魏国太子に内定している曹丕の信頼する軍師で、曹丕が王となればおそらく彼が政事を一手に担うことになりそうだと孫権に報告する。司馬懿と良い関係を持っておくことは今後に重要となって来る。
孫権は主将の呂蒙将軍に病気だと偽って撤退させ、追って来た関羽を副将の陸遜が後方から挟み撃ちにする作戦に出ることに。まだ名の知られてない陸遜なら関羽も油断するに違いない。劉備に諸葛亮が、曹操に司馬懿がおるなら、我が東呉には陸伯言のような若く優れた才能がおることを皆に知らしめるのだ!孫権は自らの剣を陸遜に授ける。

同盟をとりつけ帰って来た仲達。孫権は何と言っておったかと魏王は問う。彼は天子に帰順しても魏王に帰順はせぬ、己が天子と思い込むなと言ってたと聞くと、魏王はあの青二才をあぶり焼きにしてやりたいものだと笑う。それに対しどう言ったのだと尋ねると仲達は無言で何度も礼を繰り返した後言った「我が王は周の文王のようになりましょう、と。」(※殷を倒し周王朝を興した武王は亡き父を文王に追号した。曹丕が新王朝を興し曹操を父帝として追号するでしょう、という意味になり、曹操が死んだ後という仮定が入るため目の前の曹操に対しては非常に失礼な話になる。)

[第二十二集]
我が王は周の文王のようになりましょう、孫権にそう告げたという仲達に、しかし魏王は怒るでもなくその通りだと言う。わしは漢臣だ、後世の史書に漢の反逆者と記されたくはない。わしに天下を治める運命があるというなら周の文王のように死んだ後に追号されればそれでよい、と。
魏王は何でもお見通しだなと言い、今まで何度お前を殺そうと思ったか当ててみろと迫る。仲達が六回でしょうかと答えると、魏王は今日を入れて七回目だと答えた。東呉との同盟がまずかったわけではない、ある夢を見たからだという。三匹の馬が一つの桶の餌を食べている夢。その夢の解釈を問われた仲達はあれこれ適当な事を言って逃れようとするが、三匹の馬は司馬を意味するだろうとずばり突っ込まれた。仲達は必死に、わたしは馬でもロバでもないし馬と言うならわたしは馬革に屍をつつむ覚悟(戦場で戦って死ぬ覚悟)で犬馬の労も厭いません(主人のためなら何でもやります)と答える。魏王は笑って言った、お前の聡明さがお前を殺さなかった理由だ。今対立している三国の中で魏国は兵力は最強だが内政最も乱れている。お前が子桓を助け天下を統一する夢を達成してほしい。
そう言うと魏王はふらふらと立ち上がり倒れてしまった。

魏王が倒れたと聞いて子桓は急ぎ駆けつける。魏王は留守の間に子桓が都で起きた反乱を抑え厳格公正に処置したことを褒め、今まで厳しく接し叱ってばかりだったかもしれないと呟く。やっと父から褒められた…子桓の頬を涙が伝う。
魏王は一巻の書を取り出す。そこには子桓を太子に立てると書いてあった。子桓は父と共に戦い必ずこの乱世を平定してみせると誓う。魏王はあの司馬懿は新時代の創生には必ず役に立つが今後友人として接してはならない、臣下として扱い決して情に流されるなと強く言いつける。王が自分を「孤家」「寡人」と言うのは決して形式上の事ではないのだ(トップとは孤独でしかるべきなのだ)と…。(※孤家、寡人は王や君主の一人称。)

関羽は敗北し孫権によって殺され、その首は魏王の元へと送られた。魏王は名将・関羽に最大限の敬意を表し関羽の体を木で作らせ首と一緒に手厚く葬った。
魏王は司馬懿を連れ郊外へ出向く。多くの友そして敵が一人また一人とこの世を去っていく、そして自らもそう長い事もあるまい。劉備、孔明、孫権…これらの敵はお前と子桓に残していく、司馬懿にそう告げる。
目前に農村の親子が歩いていくのが見える。子供はこの洛陽に伝わる歌を歌っていた。若くして従軍し老いてやっと故郷へ戻ったが家族は皆死んで誰もいなくなっていたという歌だ。長年の戦によってこの歌のように家族を皆亡くした世帯は数知れない。百姓らが安らげる世界を、自分には成し得なかった太平の世を子桓と共に作ってくれと魏王は司馬懿に託すのだった。

新年を迎え恒例の祝賀行事が銅雀台で開かれる。魏王は皆の前で、これまでに自分を支えそして亡くなっていった兄弟親族や臣下、戦場に散った英雄たちに杯を捧げ、槍を掲げて演武を舞う。

[第二十三集]
魏王は皆の前で槍をしごいてみせるが途中でふらつき朝臣らは心配する。見事最後まで演じきったが、その直後倒れてしまった。
死期を悟った魏王は子建を呼ぶ。お前に国を継がせようと考えたのは誤りであった、お前の詩人としての人生を失わせることになったが、これからは兄に逆らうことなく大人しくして生きていけと告げる。
魏王は朝臣らを呼ぶ。自分の葬儀は簡素に行え、百姓らの負担を増やさぬこと、一切の宝物を陪葬しないこと、自分の衣服は王后に与えよ、子桓と子建はこの土地を、誰の手にも渡さぬように…。そして魏王・曹操はこの世を去った。

曹操の葬儀はそのまま洛陽で行われた。丁儀は子桓が王位に就けば積年の恨みから殺されるに違いないと、子建に洛陽の軍を使って王位を強奪すべきだとけしかけた。
仲達は葬儀長を務める賈逵に、子建の一派が反乱を起こす可能性があると告げる。また長安の子文(曹彰)も多くの兵を擁しており場合によってはクーデターを起こすやも。早い所王の棺を鄴城へ運び王の玉璽を子桓に渡さなければ。子桓が洛陽に来るのを待っていては遅い。賈逵は預けられていた玉璽を仲達に渡す。しかし仲達が洛陽を離れれば必ずや丁儀が動く、そのため妻の春華に鄴城へ走ってもらうことに。
明朝、予想通り子文が兵を率いて宮殿へ乗り込んできた。そして玉璽を出せと迫る。玉璽は太子のもの、そう言う賈逵や子丹の声に耳を貸さず、今朝方司馬懿の名で城を出た者がいるという報告を聞いて子文はいきなり剣を抜いて仲達の胸を刺した。

子文の追っ手が春華に迫る。馬をやられた春華は凍てついた河に立ち、背負っていた荷物を放り投げ自ら氷を割りぬいて河へと沈んだ。兵士らは荷物を回収し戻って行った。
子文の制圧下に置かれた洛陽宮。丁儀は亡き魏王が臨終の際にやはり子建に国を譲ろうとしていたと囁き、子建と亡き魏王のために子桓と戦ってほしいと子文に要請する。そしてあの司馬懿と賈逵を殺してしまえば子桓を支える柱はなくなると唆す。
回収させた春華の荷物は玉璽ではなく大きな石が入っていただけだった。子文は司馬懿と賈逵を鞭打ち玉璽の在りかを吐かせようとする。その酷い拷問を見るに耐えかねた子建が止めに入る。父が苦心して作り上げた魏国を、我らが兄弟の争いで壊してしまうつもりなのですかと。しかし子桓が王になれば我々を決して生かしてはおかない、子文は子建を黙らせるため兵士らに連行させた。



[A] 司馬懿(仲達)
行軍司馬(軍事長)。子桓の軍師。鋭い洞察力の持ち主。
[B] 曹操(孟徳)
魏王。彼の思惑は誰にも推し量れない…。
[C] 曹丕(子桓)
五官中郎将。曹操の長男。後継の座を弟と争っている。
[D] 曹植(子建)
平原侯。曹操の三男。詩や音楽に長け、曹操のお気に入りの息子である。
[E] 楊修(徳祖)
主簿。子建の軍師。知識と野心に溢れた才人。
[F] 程昱(仲徳)
衛尉。
[G] 張春華
仲達の妻。元は江湖の剣侠のようだ。
[H] 孫権(仲謀)
東呉の王。長年南蜀と同盟していたが蜀将の関羽の家と婚姻関係を結ぼうとして断られたためその関係が悪化しつつある。
[I] 張昭(子布)
孫権の軍師。
[J] 陸遜(伯言)
東呉の若き将軍。
[K] 丁儀(正礼)
西曹掾。子建の軍師。片目が悪いことがコンプレックス。
[L] 曹真(子丹)
霊寿亭侯。子桓の従兄弟で腹心の将軍。
[M] 曹彰(子文)
鄢陵侯。曹操の次男。彼は早いうちから後継候補から外れていた。
[N] 賈逵(梁道)
曹操が信頼を置く将軍。


→インデックス
「大軍師司馬懿之軍師聯盟(全42話)」のあらすじ。
中国語版のざっくり解読なので間違ってるところもあるかもしれません。

[第十九集]
魏王の剣は子桓の衣服を切り裂き、拷問で受けた無数の生々しい傷跡が露わになる。それを目にした途端魏王は急に笑い出し、さすが我が子だと言って去って行った。

魏王は司馬懿の元へ。彼は牢獄の崔琰の見舞いに来て泥酔しているところを兵士らに引きずられてきたが完全に酔っぱらっていて起きる様子もない。魏王はそのままにしておけと言う。
仲達は気が付くと冷たい床に突っ伏して寝ていた。のろのろと身を起こし前方へ目をやると…なんと魏王がいる!あまりのことに狼狽しひたすら平伏する。
魏王は崔琰と荀彧の謀にお前は関わっていたのかと仲達に問う。仲達は、荀令君が亡くなった日に崔尚書に会いに行った時に知らされたと答える。彼は命をかけてこの魏国を救うと言っていた、荀令君も崔尚書も魏国のために命をかけて諌めた忠臣だと仲達は答えるが、魏王はわしの子の命を逼るようなやり方をするのが忠臣なのかと返す。長子ではなく次子を世継ぎにするのがそんなに悪い事なのか?仲達は、国を治める者に必要とされる能力は、世のために自分の考えを変えることだと言う。天下の平和のために自らが折れる必要があることもあるのだ。そして真の英雄こそがそれを成せる。英雄たる魏王は当然成せるはずだと。
荀令君がお前のようなやり方をしてくれれば、命を落とすこともなかったろうに…魏王は苦笑し仲達の意見を肯定する。確かに天下を統べる者は天下のために己を変えられねばならぬ。しかし「将来"己を変えていった"子桓は、わしよりも酷い暴君になるやもしれんぞ」そう言って魏王は去って行った。


子桓が助けられてもまだ伯達は囚われたまま。伯達を救う方法はただ一つ、子桓が魏王に子建らの情状酌量を願い出ること。魏王がわざわざ仲達に会いに来たのは彼から説得させるために他ならない。子桓の性格からいって承諾するはずがなく激怒するのがおちだ。しかし他に方法はなく、仲達はやるしかないと子桓の元へ。
兄を救うために子建らを許してほしいと土下座して頼むが、子桓はやはり受け入れられない。命の危険に晒され、荀令君、崔尚書という二人の才人が命を投げ出して守ってくれた後継の座を、わざわざまた危険に晒す意味がわからない。仲達は兄が処刑されるというのなら代わりに私が死にますと言い出し、子桓はそんな無茶苦茶な道理が通るわけがないと呆れるが、仲達は子桓がかつて牢内で話した昔話…兄の曹昴が子桓をかばって戦死し、子桓は代わりに自分が死ねばよかったと思っている…その時と同じ気持ちなのだと言った。
出ていけと言われたが仲達は部屋の外でずっと土下座を続ける。
翌朝、仲達はまだ土下座を続けていた。そこへ叔達がやってくる。司馬家の皆が頼めば兄は助かるかもしれない、叔達は子桓に仕えたいと申し出、司馬家は皆で子桓を支えるのでどうか信じてほしい、どうか伯達を救ってほしいと仲達と並んで土下座する。出てきた子桓は二人を起こし、この一晩中考え、今太子の位を得るために子建や楊修を殺せば父の怒りを買い優秀な軍師を失うだけだとわかった言う。仲達叔達はこのご恩は生涯忘れず子桓に尽くすことを誓い平伏する。
子桓は魏王に、事件は崔琰が子建を後継につけようと画策したもので子建や楊修は関与しておらず罪はないと進言する。


やっと伯達は釈放された。長く冷たい牢暮らしを余儀なくされた兄のために叔達は暖かい味噌汁を作る。一口飲んだ伯達は塩気がないと言う。仲達が飲んでみるがちゃんと塩辛い。再度伯達は汁を飲むがやっぱり味がしない。と、突然伯達は口から血を流して倒れた!
医師の診察で、伯達は今流行している高熱が出る疫病に違いないと診断された。もう幾人もの死者が出ている恐ろしい病だ。仲達は急ぎ着物などを煮沸消毒させる。そして先ほど兄と同じ碗で汁物を飲んだ自分も感染している可能性があるため、自分が兄を看病すると言い家族らを遠ざけた。


[第二十集]
あらゆる手を尽くし仲達は兄の看病を続ける。数日後兄は目を覚ますと、何か食べるものを持ってきてくれと言う。仲達は急いで食事を用意するため侯吉を呼びに行く。よかった、兄は助かりそうだ。安堵したその時、急に嫌な予感がする。仲達は慌てて兄の部屋へ戻るが…。

劉備の配下・関羽が樊城を水攻めにし魏軍は大きな痛手を被った。このまま天子のいる許都にまで攻め入られたら、漢王家の血筋を名乗る劉備が天子を言いくるめその位を奪う可能性も。曹操は関羽を退けるため自ら出陣する。留守を子桓に任せ子建や子丹は王に同行することに。そして仲達も行軍司馬(軍事長)に任命され戦に赴くことになった。これにより仲達は子桓の配下を離れることになる。仲達は配下を離れても心は常に子桓の元にありますと言い、子桓は必ず生きて戻ってこいと自身の剣を渡した。
曹操が仲達を戦に連れて行くのは都に置いておくと何を企むかと心配だからだ。そんな敵だらけの行軍に入る夫を心配した春華は鎧を着こんで一緒に行くと言う。曰く彼女は十代の頃から父と一緒に戦場で戦って来たのだ、私がいなければ誰があなたを助けてくれると思ってるの?と。元より妻には逆らえない仲達は渋々了承する。

魏軍本陣にて。現在の所劉備・孫権の動きは不明で、樊城奪回に攻め入った時に関羽と呼応して来られれば我が軍は三方から囲まれる事態になる。樊城を棄てて許都の防衛に回った方がいいという意見も出る。どうにせよ関羽の狙いは許都の天子だ。目下蜀の地で孤立している劉備は人を集めるための天子というカリスマを必要としている。今天子の名のもとに従う諸侯がどれだけ残っているかはあやしいものだとしても。
と、関羽軍が魏軍の後方の町を奇襲したとの報せ。曹操は軍議を一旦解散し楊修だけを呼び寄せる。楊修は樊城奪回も樊城放棄もいずれもリスクが大きく、関羽の狙いである天子を許都から別の場所へ移動させることを提言。別の場所とは鄴城に他ならない。そして魏都は洛陽へ遷都すればよいと提じる。洛陽は古来より栄えた都市で整備も行き届いており出兵時も利便が良く南の孫権、南西の劉備ににらみをきかせられる好立地だ。

実は楊修が洛陽への遷都を進言したのはもう一つの理由があった、それは遷都することで現在鄴城に根付いている子桓を支持する勢力を削ぐためだ。洛陽で子建の支持勢力を伸ばせればまだ太子の位に望みがある。魏王はもう高齢だ、正々堂々と太子の位を受けられるこれが最後のチャンスかもしれない。
と、伝令がやってきた。王からの伝言は「鶏肋」の二文字。鶏の肋骨部分は食べられる場所が少なく"おいしく"ない、王は樊城は放棄し撤退する気だ。

仲達の元にも王から「鶏肋」の二文字が伝えられ、仲達は魏王と楊修の意図を悟る。仲達は楊修の元へ行き、遷都するにはタイミングが悪すぎると言う。今魏軍が関羽から逃げて撤退すれば軍の士気は一気に下がる。その上がら空きになった許都を攻められたらひとたまりもない。今は後継争いではなく魏国の存続を考える時だと説得する。だが楊修は、私とお前の両方が生きている限り魏国に安寧はない、この後継争いに決着がつかなければ魏国に平和は訪れないのだと真っ向から宣戦布告する。
仲達はこの行軍ではなるべく目立った行動はしないでおこうと決めていたがやはり魏国を危機に陥れるこの策を黙って見過ごすわけにはいかない、王へ関羽を退ける策を献じることに。

魏王が撤退し遷都するつもりだという噂が軍営内にあっという間に広まる。魏王は流言を撒くものは厳しく処罰すると通達し、楊修を捕らえた。わざわざ隠語を使って伝えたのにおおっぴらにして兵士たちに不安を与えた、この事態を治めるためにはお前の首が必要だと通告。楊修はこれが最も良い策であることは王もご理解いただいたはずだと言うが、魏王はこの策が子建を太子にする最も良い策であることも解っていたと返す。それが王の望みでしょうと楊修は訴えるが魏王は彼を死罪にすると言い渡し連行させた。

仲達は王の天幕へ向かう途中に連行される楊修とすれ違った。楊修は仲達の顔を見ると、ひと時の間を置いて、高笑いする。そのまま連行されて行った。

仲達は魏王に、孫権と組んで関羽と戦う策を提じる。孫権と劉備は同盟を組んでいるとはいえその経緯は複雑で長年の戦いと勢力の変化により綻びが見え始めている。荊州と江南の土地を割譲する条件を出せば孫権はかならずや食いついてくるに違いない。土地の割譲と聞いて魏王は激怒するが、仲達は今孫権と劉備の同盟を崩しておかねば、赤壁の戦い(※孫権と劉備の同盟軍に曹操が大敗した)の二の舞になると言う。


[A] 司馬懿(仲達)
文学掾。子桓の軍師。鋭い洞察力の持ち主。
[B] 曹丕(子桓)
五官中郎将。曹操の長男。後継の座を弟と争っている。
[C] 曹操(孟徳)
魏王。彼の思惑は誰にも推し量れない…。
[D] 司馬朗(伯達)
仲達の兄。子建の罪をなすりつけられ投獄される。
[E] 司馬孚(叔達)
仲達の弟。
[F] 張春華
仲達の妻。元は江湖の剣侠のようだ。
[G] 曹植(子建)
平原侯。曹操の三男。詩や音楽に長け、曹操のお気に入りの息子である。
[H] 楊修(徳祖)
主簿。子建の軍師。知識と野心に溢れた才人。

→インデックス
「大軍師司馬懿之軍師聯盟(全42話)」のあらすじ。
中国語版のざっくり解読なので間違ってるところもあるかもしれません。

[第十七集]
丁儀は子桓を棒刑にかけて自白を取ろうとするが子桓はじっと耐え、しかも丁儀がコンプレックスにしている容姿について嘲ったため丁儀は怒って鞭刑にかける。失神した子桓に水を浴びせさらに自白を迫るが、子桓はそれでも丁儀を罵るのみで、丁儀は怒り拷問はエスカレートしていく…。

子桓と甄氏の子・叡が熱を出して寝込む。魏王は孫の見舞いへ。叡公子はうわごとのように「お父さん、お父さん…」と繰り返している。魏王は手ずから薬湯を飲ませる。阿照はどうか牢の子桓の元へ行かせてほしいと願い出る。と、その時司馬懿が魏王に面会に来たとの報せ。
仲達は魏王に平伏し子桓に会わせてほしいと願い出る。会ってどうすると聞かれた仲達は、問題の書が本当に子桓が書いたものなのかを問い、もし違うのならば命をかけて真相を追求し子桓の汚名を雪ぐつもりだと答える。魏王はお前の命など誰も気にせんと嗤うが、仲達は自分の命は用無しかもしれないが五官中郎将の命と魏国太子の位は何にも換え難いものだと答える。

魏王の許しが出て仲達と阿照は牢獄の子桓の元へ。体中傷だらけの子桓に必ず冤罪を晴らして見せると言い、その血だらけになった衣服を着替えさせる。そしてその汚れた衣服を卞夫人に届けた。卞夫人は我が子が酷い拷問を受けていることを知り驚愕。仲達は丁儀が私怨で子桓を痛めつけており、このままでは命を取られかねない、早急に審議官を鍾繇に戻すべきだと提言した。

鍾繇は疑問を持っていた。仮にあの書が偽物だとすると、偽造者は荀令君、子桓の二人をよく知る者。真っ先に疑われていた楊修は荀令君とはあまり親しくなかったはずだ。荀令君の書庫に入ることができて書道に長ける者などそう多くはない。司馬防が朝臣みんなに字を書かせて見比べてみれば真犯人が分かるのではないかと問う。そして自分の息子たちのためではなくこの魏国の将来がかかっている事件であり、この事態を放っておけば必ずや内乱が起き血の雨が降ると説く。

阿照はずっと子桓に寄り添い励ますが彼は既に生きてここを出られまいと諦めている。せめて生きた証として自分の作った詩文を後世に残してほしいと阿照に書き留めさせるのだった。
先の尋問から2日しか経っていないのに子桓はまた呼び出された。制止しようとする阿照を振り切って子桓は尋問室へ向かう。だがそこで待っていたのは丁儀ではなく鍾繇だった。
鍾繇は書の内容について問う。書には魏王の行いが漢王朝天子に背くものだという批判が書かれていたが、子桓はそれは真に偉大だった劉邦の時代の漢王朝の話を引っ張り出してこねくり回してるだけの、この現代にそぐわない空論だと厳しく指摘する。幼いころから父のそばで父がこの世界に平和をもたらすためにどれだけ苦労し戦って来たかをこの目で見てきた、その偉大なる父をそしるこの書の作者を絶対に許せない、子桓はきっぱりと答える。鍾繇はその言葉は必ず魏王に伝えようといって子桓を牢へと帰らせた。と、尋問室の隣から現れたのは魏王だ。鍾繇は魏王に書を捏造した犯人を突き止めるため朝臣の筆跡がわかる奏書を見せてほしいと願い出る。魏王は存分に調べるがいいと許可を出し、そして自分に何も気を遣うことなく真実を追求せよと命じた。

仲達は子桓の家臣や支持する朝臣らと共に大理寺の前に並び、出勤する鍾繇を迎える。子桓が心配で集まったと言うが、鍾繇は圧力をかけに来たのかと怒る。とそこへ荀令君の甥である荀攸軍師もかけつけて叔父の汚名を雪いでほしいと言う。鍾繇はため息をついて大理寺へ入って行く。
鍾繇は借りてきた膨大な量の奏書を広げ、息子にも手伝わせ問題の書と同じ筆跡の文字を探す。曹子桓はいつもは飛白書体を書く。最後のトメやハネの部分が少し飛び上がるように分かれた筆跡になるのが特徴だ。だが問題の書はこの分かれた部分が見当たらない。父がすでに問題の書が捏造されたものだと見抜いていることを知り鍾会はさっさと魏王に言えばいいのにとぼやくと、それはそれで子建に不利な結果を招くため容易ではないと父は答える。なら捜査せねばよいのにと不思議そうに見る息子に鍾繇はいいから調べろと奏書を広げる。

長く牢へ入れられている子建の元へ魏王がやってきた。子建は魏王に司馬門での狼藉は実は司馬朗ではなく自分がやったことなのだと告白する。だが魏王はその事についてはもう言うなという。
子建は数日前に見舞いにやってきた楊修から子桓の事件を聞いていた。父からこの事件に関与しているのかと問われた子建は、自分が兄を陥れるような卑怯な真似は絶対にしないし、楊修も自分のために一心に尽くしてくれる良い人だと言う。そして兄もそのような事件を起こすような人ではないと擁護する。だが魏王は「愚か者!」と叱りつけた。なぜお前を後継者候補として兄と戦わせているのか、その真意がまだわからないのかと。乱世をおさめた後、世の平和を維持していくために君主に求められる素質は「仁徳」。自分にはないその素質を持つ子建だからこそ後継にと考えているのだ。しかし無垢な心だけでは世を治めることなどできぬ、そこには人の心をあやつりおさめる手法が必要なのだ、それが"政治"なのだ。

[第十八集]
奏書の文字を調べる地味な仕事は今日も続いていた。父のために昼飯を持ってきた鍾会は父が一巻の奏書を広げて固まっていることに気づく。ついに犯人の書を見つけたのか!?覗きこもうとする鍾会の目の前で鐘繇は書を畳む。鐘繇は蒼白な顔で息子に告げる。この事の真相には鐘家の将来もかかっている、この事実を発表するか闇に葬り去るかは、将来鐘家を担っていくお前が選べ。
鍾会に差し出されたその書には「崔琰」とあった。

大理寺から崔尚書に出頭命令が出されたとの報告を受けた魏王。彼がこの件に何の関係があるというのか…と、ふと思い当たった魏王はすぐに出頭を止めさせ鐘繇には一切何も話をさせるなと命令を下す。
大理寺近くで飯を食っていた仲達らは崔尚書が大理寺に呼び出されたと聞いて慌てて大理寺門へ。食事もとらず門前でずっと待っていた荀攸は彼らの暢気さに呆れる。門が開き鐘繇が出てきた。崔尚書は取り調べに応じ、子建と楊修の命令で子桓の筆跡を真似た書を偽造し荀令君の書庫に忍ばせたと自白したというのだ。その直後、魏王の使いがやってきて大理寺を封鎖する。
荀攸はすぐさま魏王に面会し、叔父の汚名を雪ぐために真相をよく取り調べてほしいと申し出る。魏王はすでに真実が明らかになってしまったことを悟る。
噂を聞いて駆け付けた卞夫人は崔琰が我が子・子桓を陥れようとしたのかと言うが魏王は否定する。崔琰は大理寺へ赴きすぐに、鞭一つ食らうことなく鐘繇にすべてを告白したのだ。彼は子桓ではなく子建を、自分の娘婿を陥れたのだ!何の為に?それは彼らの忠誠、彼らの礼、"彼らの漢王室の天下"のために他ならない!!

世間には楊修、丁儀ら子建一派が崔尚書と謀って子桓を陥れたとの噂が広まってしまった。朝臣は皆楊修と丁儀を処刑すべしと上奏しているらしい…。丁儀はもしや荀令君が例の書をわざと魏王に見つかるよう置いて死んだのではないかと疑う。そしてあの司馬懿、奴は毎日大理寺の前にへばりついて捜査結果をいち早く得ようと待ち構えていた…すべては子建を陥れるために彼らが謀ったのでは…!?

崔琰の裁判が開かれる。崔琰は楊修と丁儀に脅迫されて書を偽造したと自供する。曹操が魏王に即位した時、漢王室を差し置いて王になることに納得いかなかった弟子の楊訓に崔琰は時の流れに身を任せるのが賢明だと話した。だがその言葉は捉えようによっては魏王を嘲るようにもとれる。崔琰がそう言ったという内容の手紙が楊修の手元にあり、楊修はこれが魏王への謀反の意図ありの証拠になると崔琰に迫ったのだ。鐘繇が見た所その手紙は楊修が偽造したものだ。崔琰は、荀令君も子桓も潔白であり全ての罪は自分が負うと罪状にサインする。

楊修は子建を連れ魏王に弁解に行く。丁儀を崔琰の元へ遣って脅迫したのは確かに自分の指示だが、それはあくまで子建を救わんがため。まさかそれを彼らに利用されるとは思わなかったと主張する。
崔琰は自供し自ら死を求めている、これ以上捜査しても何も覆りはしない。荀令君、お前の勝ちだ…魏王は苦々しく呟く。楊修はまだこちらには切り札があると言う、司馬朗の事だ。子建の臣下が皆罰を受けると言うのなら当然彼も例外ではないでしょうな、と。

牢獄へ仲達は官服を持って迎えに行く。必ず冤罪を晴らして見せる、その言葉通りの結果を運んできた彼に、子桓はすぐに魏王に会って伯達の釈放を頼んでみると言うが仲達は止める。まだ魏王の心は怒りや様々な感情で入り乱れているはず、今は何も言わずそっとしておくのが一番だ。
子桓が去った後、仲達は崔琰の牢へ見舞いに行く。実は仲達はかつて崔尚書から言われていた。もし魏王が長子を差し置いて三男を後継に立てれば万民は納得せず必ずや反乱が起こる、荀令君もわたしも命を賭して諌めるつもりだと。そして我ら亡き後の国はお前達若者に任せる、と…。軍師は主人の益ばかりを見ていてはならない、すべては国の、国民の平安のために尽くすのだ。その事を彼らから教えられた。
崔琰は子桓と仲達がきっと我らが成し得なかった平和な国家を造ってくれると信じていると言い、仲達も国民が安らかに暮らせる世界をつくるためこれからも戦っていくと杯を捧げる。

魏王は朝議で子桓は冤罪だったと発表し、楊修と丁儀を逮捕させた。そして皆に「これで満足か?」と言って去って行った。
魏王は部屋へ子桓を呼び、あの偽書が何のために作られたのか知っているかと問う。そこで初めて子桓は荀令君と崔尚書が自分を守るために命を賭して事を起こしたことを知った。
子桓は子建らをどうするのかと父に問う。もしわたしが子建を陥れたらわたしをどう処罰しますか(殺すでしょう?)と。魏王は激昂して子桓に剣を向ける。だが子桓はこれだけは言っておきたいと言葉を続ける。もしわたしが子建に手を出したら父上は必ずわたしを殺すし、父上が殺さなくても楊修と丁儀が必ず殺しに来るでしょう。でも、子建がわたしのことをどう思っていようとも、わたしは彼らを殺しはしない…。



[A] 司馬懿(仲達)
文学掾。子桓の軍師。鋭い洞察力の持ち主。
[B] 曹丕(子桓)
五官中郎将。曹操の長男。後継の座を弟と争っている。
[C] 曹植(子建)
平原侯。曹操の三男。詩や音楽に長け、曹操のお気に入りの息子である。
[D] 楊修(徳祖)
主簿。子建の軍師。知識と野心に溢れた才人。
[E] 丁儀(正礼)
西曹掾。子建の軍師。片目が悪いことがコンプレックス。
[F] 曹操(孟徳)
魏王。彼の思惑は誰にも推し量れない…。
[G] 崔琰(季珪)
尚書。子建の妻の父。
[H] 鐘繇(元常)
大理寺卿。古書の研究家としても知られる。
[I] 司馬防(建公)
伯達、仲達の父。現在どのような爵位かは不明だがそれなりに高位であるようだ。
[J] 荀攸(公達)
魏王の軍師。荀彧の甥。
[K] 卞夫人
曹操の妻。子桓、子建の母。彼女だけが曹操を阿瞞と呼ぶ。
[L] 郭照
子桓の側室。仲達の妻の義妹。阿照と呼ばれる。


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