前回、無駄話の中にモチベーションを高める大きなヒントが隠されていることを書きました。
それぞれの今日の気分や調子、今関心の高いこと、悩んでいることなど・・・に大きなヒントが隠されている・・・。
ヒトは見てくれている、聞いてくれるということに強い欲求を感じます。
一度耳を傾けてみてください。
「そんな事まで覚えていてくれている」
「私に関心を持って見てくれている」
と感じてくれるものです。
相手のモチベーションを自然と上げてくれる効果が起こるのです。
さらに「しっかり見てくれている」と相手は安心します。(監視ではありません)
そうなれば自然と業務に手を抜けないと感じることにつながります。
最後に・・・
無駄話に入ってみてください。
その後、話が少し進んだタイミングで、
あなたが、パンッと手を打ち!「さあ~、もうひと踏ん張りしよっか~」と笑顔で力強く言ってみてください。
そうするとその場の空気が変わり、仕事モードへ変わるでしょう。
前回、社長は「仕事」に効率を求めてはいけません。という話をしました。
でも「業務」には効率を求めてくださいと書きました。
業務の効率を求めてほしい・・・
それは何のために「業務の効率を上げるのか」ということについて従業員は理解しているのか、納得しているのかということが大事になります。
業務の効率を上げるということについて理解されず、納得されていない場合は、
・そのまま純粋に突っ走り、燃え尽きて会社を辞めていく人材が増えます。
・業務を早く終えると業務が増えるだけ損という感情が先に立ち、ある程度の力でしかやろうとしない人材が増えるはずなのです。
このような習慣が組織に根付いてしまうと、少し負荷を与えると現場の不満が続出する組織になってしまいます。
こんな組織の慣性をつくってしまうのは
「何のために業務を効率化していくのか?」
「会社のためにも個人のためにもいい事とはいったいどんな事なのか?」
についてはっきりさせないで、
社長から無駄に見えてしまう時間を削らせるということをしてしまうからなのだと思います。
ここで説明させて頂きたいのは、業務と仕事の意味の違いです。
「仕事」とは組織から自分に与えられた責任に対して動くこと
「業務」とは社長から組織を動かすために振られたこと
大事なことは一人ひとりに、責任に対しての仕事を明らかにすることとその中でもお互いを助け合うということです。
仕事は自責、業務は他責と考えてみると、仕事については、その時間を確保していくために業務の効率を上げて、無駄話の時間を役割や責任について語る時間に変えていくことの方が大切なのではないかと考えるのです。
方向性は分かったけれど、無駄話の時間そのものをどうするのか?ということについて
人間はロボットではありません。
同じ動きばかりできませんし、感情もしっかりと持っています。
そのかわりに、複数人でかかわれば掛け算で効果を発揮することもあります。
一人の場合でも、やる気スイッチが入れば、より効率を高める仕事ぶりを発揮してくれるときもあります。
無駄話の中に大きなヒントが隠されているような気がしてなりません。
それぞれの今日の気分や調子、今関心の高いこと、悩んでいることなど・・・
社長と話していると事務所の周囲を見渡して・・・
「話をしている暇があればもっと仕事をして欲しい・・・」
「ゆっくりお茶を飲んでいる時間があるならもっと頑張れ・・・」
とおっしゃる方が多いものです。
そして、そんな時間があるなら、もっと監視してどんな負荷を与えてやろうかと考えている。おそろしやあ。。。
実は、そのスタンスが組織を停滞させ、成果も上がらず、人が辞めていく組織になっていることに気付いているのでしょうか?
「えっ?どういうことなの??・・・」
と思った方もいらっしゃるかもしれません。
特に社長は従業員の立場が理解しにくいものです。
私がお伝えしたいのは「仕事」に効率を求めてはいけないということです。
でも効率を求めないといけないのでは?と思っている方も多いはずですよね。
そうです「業務」には効率を求めてください。でも「仕事」には効率は求めないでください、ということなのです。
君は何がいいたいの???という声が聞こえてきそうです。
私自身も若いときには物事の白黒をつけたがる性分でした。
しかし、ビジネスにおいて「これが正解」という答えがわからないことがままあるものです。
結果的に責任を取るべき立場の人が「意思決定=決める」わけですが、
考えるという側面においては必ずしも答えが一つである必要はありません。
今はいいけれど、将来を考えると正解とは言えない、グレーな答えです。
会議で各人が出した意見をすべて書き出してみるとよくわかります。
ヒトの考えや意見はそのタイミングやシチュエーションでいくらでも変わるものです。
ですから、会議で様々な意見から物事を多角的に捉える練習をして、本質がどこにあるのを訓練することが、答えを導くよりも大切なことになると思います。