STAPは本当になかったのか?という解説本が売れているようです。

私は、STAPねつ造説が出てくる自体が、異常であるとの思いでいます。科学者が集まり、日本の頭脳が出した結論にしては、あまりにも不自然と思いますし、混入説を納得できないわけです。

理研の最終発表後に、某週刊誌に、理研は小保方氏の暴露本を恐れているという記事がありました。それから2年後、暴露本は現実化しました。

暴露本の評判は良く、ねつ造説の不自然さを一般人が理解するアマゾンレビューも見られます。若山氏を糾弾する書き込みも多く見られます。

しかし、小保方氏、若山氏、共に、ねつ造をする動機がありません。両者にとって、ねつ造をして得られるものは何もありません。
論文の根幹をねつ造できる人は、異常な精神の持ち主で、彼らがそうした人であるとの確率は極めて低いです。

つまり、誰が考えてもやりそうもないねつ造行為をやったというなら、それなりの確固たる証拠を示さなくてはいけません。つまり、現行犯でみつけるしかないのでしょう。あるいは、複数の共同研究者による告発です。

その証拠調査をやらずして、なぜ、ねつ造の疑いを結論したのでしょうか?日本の最高の頭脳はどこへ行ったのでしょうか?

先日、このブログで書いた、多数派の研究者層からの圧力論、つまり、階層間の闘争論に戻りますと、調査委員会や理研上層は、多数派に属する職員たちの主張を、飲まざる得ない状態に陥っていたとなります。

実際には、多数派職員というより、多数派を装っただけかもしれません。

理研には、闘争活動のプロみたいな人がいるのでしょう。アマゾンレビューにも、理研職員(と称する人)から、そうした声の大きい人は複数でいたとの書き込みがあります。

もともと、混入説を採用すれば、極めて危険な顛末が予想されます。犯人とされた小保方氏から訴えられるリスクが予想されます。

実際の調査委員会の結論は、混入の可能性という言葉で逃げていますが、この“可能性という逃げ”が裁判で、どの位評価されるのでしょうか?

裁判になれば、混入説で実際に説明が可能か?が、まず、問われます。
実験者がES混入に気付かないで、細胞が生育するものなのか?とか、混入以外で、STAPとESの遺伝子が類似する可能性は全くないのか?とか、審議が進んでいくでしょう。

調査委員会の結論は、専門家の出した結論と評価されるわけですから、結論の根拠となる科学的証拠を示すことが必要になると思います。

混入がきわめて疑わしいとの結論は、記者発表なら可能だったかもしれませんが、裁判になると厳しいような気がします。

裁判官も、世の中にでまわっている混入否定論を勉強するでしょうから。
日経サイエンスの記事や、須田氏本が出た頃と比較すると、専門家でない一般人でも、かなりの知識が磨かれてきていると思います。

理研は、告訴を心配していると思いますが、その場合、必死で弁論してくれる弁護士は、どのような方でしょうか?
調査委員会はすでに今は解散しており、理研事務方は、証拠集めに駆けずり回らなければならないと思います。文科省大臣もいろいろ、言うかもしれません。
日本中が、裁判経過に巻き込まれると思います。

しかし、裁判にならない場合は、どうなるのでしょうか?残念ですが、何も起きないかもしれません。告白本が何を書こうが、人々がどんなに問題意識を持ったとしても、関係者に口を割らせることができません。

理研の多数派の研究者たちが、混入説をバックアップしたからこそ、調査委員会が調査できたし、再現実験もできたのです。しかし、今となっては、誰にも圧力がかからず、理研も若山氏も、記者会見などをしなくても済むのです。

若山氏は、多数派層に飲み込まれたのです。小保方氏より守りたい複数の部下たちが、多数派層に属していたかもしれません。若山氏は当然として、他にも、告白本に書かれた人は、つらく苦しい毎日と思いますが・・・。

中間層以下の人たちが、上層に圧力をかけたとする階級闘争仮説に、もう一度、立ち戻ってみましょう。

つまり、ねつ造論は、中間層が、上層に対してせまったもので、これは、中間層の力を示すための駆け引きとみることができます。

今後、裁判等で、上層幹部が困れば、中間層は助けようとするかもしれません。しかし、混入説採用は、中間層からの圧力と言うものの、上層や調査委員会は、混入説でまとめることを決断したのですから、中間層には責任がありません。

裁判で勝っても負けても、上層部の交代だろうし、中間層の力は維持され、理研は変わらないのではないでしょうか?喜びも悲しみも渦巻く人の世のままです。

小保方氏の名誉棄損は、ある程度晴れる可能性がありますが、その後はどうなっていくのでしょうか?

裁判で人々が傷つけあう前に、裁判をせずして、この問題を上手にさばいてくれる人はいないでしょうか?

国と沖縄が和解したようですし・・・。

関係者が、やむを得ない事情をうちあけあって、許しを請えば、光は見えると思うのです。

裁判をせずとも、小保方氏が解放され、ウインウインの関係が築かれるようにしてほしいです。
アマゾンレビウーに、STAPが無いとされたことが異常であると、書き込んだレビュワーがいました。確かに適格な表現だと思います。

理研の一部研究者とマスコミが協力して広報に務めた結果、STAPの存在は無しと世間にきめつけられてしまいました。

しかし、この事件は、表面的にはSTAP細胞の是非より始まったものの、古い研究所に残る労働闘争のような、階級間の闘争の様相を想像することができます。

日常的に渦巻く階級間の確執が、STAP問題で表面化したのではないかとの視点で見ることもできます。

つまり、身分が層別化されている集団において、上層幹部の人たちを、それ以外の層の人たちが攻撃する階級闘争です。

上層部でない別の層の人たちが支持層を拡大させることができれば、上層部に対して権力を持つのです。
つまり、STAP問題は代理戦争であったとの見方です。

以下の説明は、あくまで、想像にすぎませんが、階級闘争の視点から、STAP騒動の解明を試みることにします。

古く旧国立の研究所は、昔から延々とノウハウの続く労働組合的な体質があると思います。中の人は、闘争手段や経験も持っています。

労働運動のリーダーシップを任う層は、数の多い中間層の研究者たちです。この研究者たちも、若い時は、留学をしたり研究にしのぎを削っていました。
しかし、研究につまずいたり、業績を出しても派閥でないために、幹部になれない人々がほとんどと思います。

ごく一部の人しか上層幹部になれないわけですから、多くの秀才は望みかなわず定年近くになったりしてしまいます。
しかし、多数派層は、研究所に持ち込まれるやっかりな仕事をこなしたり、ミスのない実験経験も多く持ち、プライドの高い人たちです。

こうした人たちにとっては、人事の不公平感は大いなるものでしょう。神戸理研CDBで行われていたような能力主義は、多くの研究者にとって脅威でもり、目のうえのたんこぶでした。

若手採用主義は、中間層の人にとって日頃の努力が無視されるものであり、大いに不満がつのるやり方であったと思います。

そうした不満が渦巻く中間多数派の研究者たちの一部は、高いアンテナを張り巡らし研究を見張りしながら、理研CDBでの若い女性研究者の新研究に疑問を持ちました。
彼女の研究内容は、細胞の酸浴という、突飛で思い付きのような研究であるらしいと、うわさは広がります。

理研CDBの内部職員からも積極的に、全国の理研に向けてリーク情報が流されました。“ターゲットとして注目!”と言わんばかりに、STAP研究がうわさされ始めたと思います。

そうこうして、小保方氏と若山氏の研究が進んできて、いろいろ情報が増えるにつれ、研究者の中には、細胞の酸浴による万能化実験などを最初から疑う人も出てきました。伝統ある研究所にふさわしくない研究ではないのか?となってきました。

こうして、STAPに反感をもつ人たちは、STAP研究途中から、すでに、あらさがしを始めていたと思います。あらさがしのための資料は、すでに理研CDBからリークされていて入手が可能でした。もっと言えば、STAP研究は、疑惑に適した好都合のカモだったかもしれません。

そして、論文が発表になるやいなや、ねつ造派は、速やかに、図表の不備、遺伝子解析の問題点の指摘を開始したのでした。

ねつ造派の研究者たちは、ネットを使って情報を拡散させ、マスコミも呼び込んで、マスコミ記者を洗脳し、ねつ造事件と信じ込ませたのです。

ねつ造派の研究者たちは、女性記者たちに難解な万能細胞について、懇切丁寧に教授し、彼女たちに、ねつ造を摘発した記者であるとの功績が与えられるよう導いてあげました。

彼女たちは、指導してくれたねつ造派研究者を、すごい人たちだと尊敬をし、特ダネを手にいれたことを感謝したでしょう。

理研内の一般的な研究者は、理研CDBの人事のやり方に脅威を感じていたでしょうから、CDBへの批判は、理研内研究者の支持を獲得できていたと思います。
つまり、中間研究者層の支持を集めるという階級闘争のやり方を、ねつ造派は、熟知していたのではないでしょうか?

ねつ造派の人たちによる権力掌握の証拠を、理研内部でたちあがった改革委員会の人選に見ることができます。
たちあがった改革委員会は、第三者機関であるとの公平性を装い、正義の戦いを旗印とされましたが、実の姿は、ねつ造派の意向が反映される組織だったのではないでしょうか?
この改革委員会は、理研上層部の判断を抑えることができるほどの権力を獲得できたのです。

改革委員会の委員長には、威張る人を選びました。この委員長を選べば、理研CDBを潰すことが最初からわかっていました。この改革委員会こそが、階級闘争の産物で、決して、公平でもなければ、正義でもなかったのです。

多数派層の予想したどおり、委員長は理研CDBに厳しい態度でせまって人員整理をし、理研CDBを弱体化したのです。これこそ、多数派層が、階級闘争に勝利し、権力を獲得していた証拠とみることができます。

この先は、STAPつぶし、神戸つぶしが順調に進んでいくことになります。
目に余る行為でしたので、理研の職員の中でも、こうしたやり方についていけない人たちは多くいたでしょうし、職員の中では、何が起きているのか知らない人も多かったかもしれません。

上層幹部は、こうした多数派層の行き過ぎに問題意識を感じながら、抑えることができませんでした。階級闘争とは、下の労働者層からの突き上げを、上層部が抑えられない状態に持っていくことで、権力を獲得する手法と思います。

上層幹部は、日頃の研究でも部下たちに世話になっていますし、弱点もにぎられているでしょう。

特に、今回は、上層幹部は、STAP疑惑を調査して結論をださなければならない立場ですから、部下の研究者たちに協力してもらわなくてはなりません。
STAPがESと類似している理由の答えをださなければなりません。

調査委員会のメンバーも、部下だ


のみです。ですから、すでに、明らかにされていたSTAPはESが同じであるとの結論を採用せざるを得ない状態でした。

それ以外の調査などをやろうとすれば、最初から検体の選別をして、すべて検査をやり直しが必要になりますし、手のかかる検査をしてくれるスタッフもいません。

つまり、上層幹部は、STAP、ES同一説を採用するしかないのです。
同一説を採用しない場合は、理研内の管理体制の不備を、天下に暴露しなければならなくなります。すわわち、検体のすり替え、マウスのすり替え、検査結果の差し替えの可能性を暴露しなければならなくなります。

理研の実験管理は完璧であった、マウスはきちんと管理されていた、検体保管には問題が無かった、調査検体は正しく検査されたとする姿勢を保つことが必須です。そのためには、誰かを単独犯にして、ES混入事件にするしかなかったのでしょう・・・。

攻撃は、やりすぎれば、城が消滅してしまいます。多数派層と上層部は、お互いに対立する者同士でも、城は守らなければなりません。

階級闘争では、多数派層の発言権が確保されれば、闘争は終結します。終結させるために、ねつ造派層の決めた単独犯説が、調査委員会による最終結論として採用されたのです。
告白本を読んでいると、今回のこの事件は、小保方氏のような立場の弱い人間がターゲットになっただけでなく、理研上層部の人間も攻撃のターゲットにされていたと思われる節があります。

再現実験の経費は、税金の無駄使いの象徴となるように、高金額を算出する必要がありました。告白本では、小保方氏は自虐的に、魔術を使うのを監視するために、監視体制が準備されたと書いています。
過剰な投資となるよう、光学カメラ、赤外線カメラなどが複数で設置されました。それにいくら経費がかかったなどの情報も飛び交いました。

実験室監視のために、つきっきりの監視人をつけ、これにも経費をかけました。

実験室の壁の穴は、どんなに小さくても埋める工事がなされました。小保方氏は、こうした異常な改装を見て
理研の上層部が、このような非科学的な発想を持ってしまうほど、世論に扇動されてしまっていた。
と書いています(217ページ)。

しかし、本当にそうなのでしょうか?これは、税金の無駄使いを演出する目的とされたと同時に、理研上層部に対するいやがらせなのではないでしょうか?

理研幹部は、再現実験の過剰監視をどのように思っていたのでしょうか?
再現実験が終了した時、相澤氏は、小保方氏を犯罪人扱いにしたことを謝罪したようです。

こうしたことから考えても、再現実験の素人的な過剰監視は、上層幹部はやりたくなかったというのが本音でしょう。
もっと言えば、演出をやらされてしまったのであって、上層幹部は抵抗できなかったかもしれません。

壁の穴をふさぐなど、幹部も意味がないことは百も承知でも、
「みっともないから、やるな!理研の品位が下がる」
と言えない状況に追い込まれたのかもしれません。

仮に、後になって、国会議員などから、「こんな無駄で非科学的な経費をかける必要があるのか?」と予算委員会などで質問が出たとしても、言い訳を考えるのは理研幹部です。
理研は、議員質問に対し、非科学的な言い訳をしなければならず、困ります。上層幹部を困らせたい人がいるのです。

218頁には、川合理事が、いろいろ、大事な情報がもれていることを、小保方氏に話しています。

その他にも、機密情報が、複数の他者へのCCメイルで暴露されており、小保方氏も、「暴露してくれ!と言わんがばかりであった。」と書いています。

このように、リークはマスコミだけでなく、関係者間でも、意図的に行われていたようです。
その目的は、複数の人たちがお互いにリークしあってリーク元を複雑化し、リーク元を特定できなくするとした意図ではないでしょうか?
皆でやれば見つからないというニュアンスです。

川合理事も、こうしたリークを止めることができずに、正義じゃない!と怒っています。

リーク合戦も、マスコミ誘導合戦なども、小保方氏非難を目的としながらも、同時に、上層幹部の足元をすくってやろう、困らせてやろうとする手法が見え隠れします。

上層幹部たちは、職員を止めることも罰することもできなかったのだと思います。

小保方氏は、自身が実際に見聞きしたことを、告白本に書いているのですが、彼女が気付かずに書いている事実には、他者がしかけたいろいろな画策が見え隠れてしているのです。
ここにストリー性があるのは、実際に起きた真実の出来事をつづっている結果と思います。

STAP疑惑のみでなく、職員階層間の抗争が入り交じり、上層部がコントロールできない複雑な事件であったのでしょうが、外部的には、すっきりした解決をとりつくろう必要がありました。

つまり、立場の弱い人を、単独犯人に仕立て上げ、小保方氏のみを悪者としました。

ねつ造疑惑から始まったこのSTAP騒動は、理研内の階級闘争であったのかもしれません。しかし、上層幹部へのいじわる合戦は終結したのです。

こうした様相を小保方氏は見聞きしたのですから、混乱の要因と様子の記録は、今後の小保方氏の防御に必要なのだと思います。

この階級闘争のストリーはひとつの想像にすぎません。この想像に証拠はあるの?と聞かれたら、証拠はありません。
ただ、この告白本に真実が書かれているなら、理研内の上下間の階級闘争を考慮に入れたくなるのです。
バカンティ氏の「墓場まで持っていく」の言葉には、人への配慮を感じます。

バカンティ氏の“墓場まで”は、小保方氏を信じ、決して疑わないとの信念を表した言葉です。とにかく、墓場までとの表現は、言葉としてメッセージ力が強く、信念を表す巧みな表現であるともいえます。

日本人の研究者からも、同様のサポートの言葉が出てきてほしいと思います。

アマゾンレビューには、教職にあるとの読者からの、確かな文章の星5のレビューも見受けられます。こうした方は、言葉に無駄がなく、講義をする時でも、才能を感じさせる格調のある話しぶりなのだろうと思います。

笹井氏の話し方も、やさしくおだやかなのに、示唆に溢れ、聞き手(小保方氏)はかなわないと感じていたようです。秀才の話し方って、やはりすごいです。
バカンティ氏も、相手をうならせる珠玉の言葉を、たくさん持っているのだと思います。

バカンティ氏は、麻酔科の教授で、彼の研究室は、病院に付属した小規模のもののようです。
理研のような研究メインの施設とは異なり、バカンティ氏は、少ない研究員と共に、業績勝負で研究費を獲得し、研究室を維持しているようです。
そして、バカンティ氏は、患者を診療する医師でもあり、多忙な毎日の研究者でしょう。

バカンティ氏は、診療との両輪で研究を続けていて、研究所の規模は小さいため、研究所の教授は、研究員にフレンドリーな人でないと、室の維持が難しいそうです。トップの人に魅力がないと、若い研究員たちはついてきません。
バカンティ氏は、そうした人であるからこそ、逆境にある小保方氏に対しても、人間的な温かい言葉をかけてくれたのでしょう。

バカンティ氏の研究員たちは、留学生であったり、研修医であったりの若い人たちで、こうしたスタッフたちは、研究が終わればいなくなります。

医学部の学生たちは、将来医者になり病院で働く人が中心で、臨床に戻る(研究を止めて診療をする)場合が多いと思います。中には研究職に残る人もいるのでしょうが・・・・。

海堂 尊氏の小説にも、基礎医学の研究室のスタッフとして、元整形外科医が登場します。この男性医師は、研究業績にこだわらず、ポストにしがみつかない人の良いキャラクターとして登場します。
こうした気の良い研究員は、研究につまずけば、(研究をあきらめて)臨床に戻るのです。

しかし、弱肉強食の理研では、研究成果がすべてでしょうから、研究員は、業績が反映されないと傷ついたり、不公平感で悩んだり、差別や劣等感で落ち込むでしょう。名誉や研究の楽しさの陰には、去るも地獄、残るも地獄のような側面が見え隠れしています。

こうした研究所体質で、小保方氏は笹井氏亡き後、大変不利な状態に追い込まれ、自らの立場の弱さを痛感したと思います。

今回は、特別おかしなことが起きたわけですが、その原動力は何だったのでしょうか?

ネット時代によって、社会の価値観が変化して起きた事件であったような気がします。つまり、今までベールでつつまれていたアカデミア社会の暗い側面が、人々の前にさらされたという印象があります。

暴露をしたのは、アカデミア社会の構成員でした。
内部の権力抗争に、ネット社会の住人を利用したのです。

騒動初期の頃に、情報をネットで暴露しはじめたE研究員は、理研内の幹部に対し“政治力でかなわない”と書き込んでいます。

E研究員の立場では、従来の研究所では、権力抗争の勝ち目のないため、彼は一般人を巻き込んで、新たな挑戦を始めたのでしょう。

STAPねつ造を唱える人には、2タイプがあって、本気でねつ造を信じる人と、ねつ造を利用してやろうとする人がいます。

しかし、両者とも戦法は同じで、小保方氏を、アンフェアに地位を得た人とし、その人がどんでもない犯罪(捏造)を犯し、研究所を辱めたとの非難です。

並行して、税金の無駄使いについて問題提起をし、社会の怒りを誘導しました。マスコミ関係者を理研内に呼び込み、マスコミは特ダネとばかりに飛びつきました。この特ダネは、社会正義のための戦いであると評価されました。

これからも、ネット社会によって、社会の暴露は続いていきます。この流れはとまらないでしょう。

しかし、人間の作り上げたネット社会は、本来、犠牲者を生むものではなく、多くの人が判断に参加することで、公平な裁定を得るためのものであるはずです。
告白本には、小保方氏が自らの健康状態をどのように書いているのか、そしていかなる治療を受けていたのかが、私は興味深かった。

彼女は、心身が消耗し、戦うべき時に戦えなかったわけだが、女性ではそうしたことは起きやすいと思う。

周りの多くの人に迷惑をかけている、とんでもないことをしてしまったとの後悔で心が一杯になると、(男性と比べて)小さい心と体しか持たない女性は、溢れる悲しい感情で、まともな心身がのっとられてしまうだろう。

戦う体力がないというのは、本当なのだと思う。女性は少ない脳力と体力で生きている。その証拠に、すべてのスポーツにおいて、男性の方が優れているではないか?女性の心と体の脆弱性は、男性は理解できないことかもしれないが・・・。

告白本発売までの間、小保方氏が発言をしなかったことが、今となってはマイナスだったかもしれない。

小保方氏の気持ちとしては、周りには一緒に研究した仲間もいるし(証人がいる)、混入など考えたこともないのだから、誠意をもって対処すれば、誰かが助けてくれるかもしれないと期待するのは当然だ。
だから、理研指導者から言われるままに、小保方氏自らは情報発信をせず、上からの一方的指示に従ったのだと思う。しかし、誰も、助けてはくれなかった。これはないだろう・・・。

小保方氏は精神科の治療を受けていたのだが、精神科の医師がどの位、彼女の心を救うことができたのか、彼女が受けた治療をどのように評価したのかは、私は注目した。しかし、告白本にある限り、治療効果は薄かったようだ。

一次調査委員会の頃の小保方氏は、寝る、食べるがもはやできなくなっており、日常の生きるための最低行為が悪化し、戦えるような状態ではなかった。

小保方氏は、母と一緒に神戸の病院に行き、睡眠薬と抗うつ剤を処方されたようだ。しかし、彼女のうつや不安状態の原因は、STAP騒動であることがはっきりしているのだから、薬剤は効果が薄いと思う。薬で治るような状態ではないのだ。

実際に、こうした薬を使用することで、思考がまわらなかったり、日中、ふらふら感で悩まされたりして、目がかすんで、心身はまずます弱ったりする。

さらに、抗うつ剤は、胃腸症状がでくることでも有名だ。原因のはっきりしている症候性のうつは、薬剤はできるだけ少なくが、望ましいと思う。

薬より、医者は、とにかく、患者(小保方氏)の気持ちに沿って、
「STAP信じていますヨ。私の周りの人も皆、STAP信じていますヨ。STAP無いと言っているのはマスコミだけですよ。信じちゃだめですヨ」、
みたいところで、STAPあるある作戦が、治療効果になったかもしれない。

実際に、どのような診療内容だったのかは告白本にはくわしくないので、残念だが、小保方氏が医者にかかることを楽しみにしていない様子は明らかで、あげくのはて、受診をやめてしまっているのだ。

メンタルな病気の場合は、医者と話すことを楽しみにする患者は多い。
現実の日本の診療は短時間で終わり、じっくり話を聞いてくれる体制にはない。
「では、また、いつものお薬でね。」で、短い診療時間はおわってしまうのである。それでも、メンタルの患者さんは、医者と話しをして心が通じ合うことを楽しみにしていることが多いのだ。

告白本によると、小保方氏は、毎週、病院に行っていたようだ。担当医から、「必ず、この異常な事態は是正されるはずだ。」と励ましてもらっている。
告白本には、小保方氏が「そうですね」とうなずくものの、そんな希望はまったく持てなかった。と書かれている。

主治医も当然、治療に頑張ったとは思うのだが、患者(小保方氏)は本心を医者に話していない!ここは大事な点だと思う。

小保方氏が、「先生、私は、そんな風に思えないんです!」と医者に本心を聞かすような状態に、医者は持って行ってほしい。

小保方氏が、理研でいろいろ追及されている状況について、医者から、積極的に、ドクターストップをかけても良かった。

理研の行った一方的な調査など、結論を長引かせればよい。その間に、小保方氏は体力を回復して、一般人の味方を増やしながらの世論を盛り上げ、新たな作戦ができたらと思うのである。
サイエンスライターの詫摩雅子氏による「あの日」の書評を、昨日、私のブログで紹介した。http://bylines.news.yahoo.co.jp/takumamasako/

詫摩氏は、問題点をいろいろに指摘しているが、その指摘は、どれも、私にはピンとこない。
詫摩氏は、編集者がしっかり校閲をしていない、文章が科学的にあいまいだと言いたのだ。

彼女は日経サイエンスのねつ造断定説の著者だが、彼女(詫摩氏)が、自らの日経サイエンス記事を今、見直せば、間違った記載が多々みつけるだろうが、マスコミはそうした反省はしない。そこは棚に上げて、「あの日」の小保方氏のミスを指摘できるつもりでいるようだ。暗に、小保方氏は知らないことが多い未熟な人であると言いたのだろう。

詫摩氏の文章を引用
講談社には、ブルーバックスという科学書シリーズの編集部がある。社内のつてをたどっていけば、専門家に見てもらうこともできただろう。なぜ、それをしなかったのか。と書いている。

詫摩氏の認識と異なる部分について、小保方氏の記載が間違っているかのような言い方をしている。その間違いを編集部が確かめるべきなどと言っているのである。

なぜ、「あの日」の編集者が、そうしたことをする必要があるのか?

これは、小保方氏の科学的知識、交友関係、人生経験から知りえた知識の中で書いてあるのだ。それは自白スタイルで書かれていて、彼女が経験して考えたこと以上のものでもなければ、それ以下のものでもないのだ。

つまり、小保方氏の認識が間違っていれば、そのまま間違いは、{あの日」の文章に残るのである。読み手も、“ここは小保方さんまちがっているな?”とか、考えながら読むのである。

伝聞で書かれた部分が多くあるのも仕方がない。読み手も伝聞として、読むのである。

詫摩氏の言うように、他者(編集部)が内容に手を入れたら、読み物としておかしなことになってしまうであろう。

詫摩氏がおかしいと感じる記載があれば、普通は、詫摩氏自身の知識が古くなったとか考えるのが普通である。今の知識はそうなっているのか?私(詫摩氏)の知識は不十分か?と、一歩譲って考えるのが普通である。

詫摩氏が「あの日」に書かれたことが科学的に正しくないというなら、
ブルーバックスという科学書シリーズの編集部が正しい知識を持っているのか?
その保証はあるのか?
編集部の人が知らない場合は、その筋の専門家に聞くというのか?
そうなら、その筋の専門家を編集部は正しく見つけられるのか?
見つけたその専門家が正しい知識をもっていると保証できるのか?
なぜ、知識の無い編集人に、正誤を判断できるのか?

詫摩氏は、書評を書く前に、自身の考えが正しいのかを、調べるなり聞くなりして確かめて書いてほしいものだ。

詫摩氏が、こうした言い方をしている理由は、とにかく小保方氏の記述が科学者として、未熟であると読者に印象つけたいからだろう。

企業秘密のような研究所では、小保方氏には入らない情報もある。そうした制約の中で、小保方氏は目いっぱいアンテナを高くして「あの日」を書いたのである。

若山氏は、バカンティ氏のひも付きの小保方氏には教えなかったし、自らの研究所の業績にしようともしていた。だから、小保方氏には実験のスキルや情報をわたしていない。

小保方氏はすべての知識を持っているとは言わないが、彼女は最先端の研究所にいた現役の研究者だったのである。

マスコミの人は、現場のことを知らない、現場には現場の事情があって、現場の事情を最大考慮した結果として現状があるのである。

マスコミは、表面的な判断で、善悪を決めたがる傾向がある。途中でマスコミがミスに気づいても、訂正はしない。
医療現場の記事などは、そうした不十分の知識で間違って書かれたものが実に多い。医療者へのバッシングや、理不尽で見当はずれな批判に満ちている。

詫摩氏は、今後に、「あの日」に書かれた科学的な問題点を指摘すると言っている。

サイエンスライターといえ、マスコミの人が、現場の研究者以上の知識の文章を、書けるとは私は思わない。
サイエンスライターの詫摩雅子氏の「あの日」の書評が載っている。http://bylines.news.yahoo.co.jp/takumamasako/

このサイトの紹介では、彼女のキャリアは以下のように書かれている。
日本経済新聞の科学技術部記者を経て、日経サイエンス編集部へ。編集者& 記者として20年近く同誌に。2011年春より東京お台場にある科学館へ。2014年に古巣の日経サイエンスに寄稿した一連のSTAP細胞に関する記事で、共著の古田彩氏とともに日本医学ジャーナリスト協会の2015年の大賞(新聞・雑誌部門)を受賞。

詫摩雅子氏の書評は、以下の出だしで始まっている。
・・・小保方晴子氏が手記を刊行した。彼女は、かつて所属していた理化学研究所(理研)の調査で論文に不正があったとの判定が下された人である。このことから、手記刊行という企画そのものを疑問視する人もいた。

小保方氏をねつ造犯として追及した立場の詫摩氏は、告白本をほめるわけはないのだが、出だしからカチンとくる文章である。小保方氏は、ESによるねつ造犯が限りなく疑わしい人物とされたのであって、不正を裁定されたなどというレベルの話ではないのである。本人が「盗んでいない!」と言っているのに、調査委員会は、「君は(ほとんと)盗んだよ!と言ったのである。

身に覚えのない侮辱を受ければ、誰でも必死に名誉をかけて戦わなければいけない。告白本は、小保方氏が身の潔白を証明するための書である。

詫摩雅子氏の文章は、小保方氏の告白本が名誉をかけた戦いであることへの配慮はみじんも感じられない。もっとも、詫摩氏が感じていたら、日経サイエンスの記事なども書けないだろし・・・。

ライター界も、競争が厳しく、真偽よりも特ダネ的な主義主張をしていないと生き抜けないのだろうが・・・。とにかく、他にも詫摩氏の言い分は納得がいかないことが多いが、詫摩氏曰く、「この本の担当編集者はいったいどういう仕事をしていたのだろう?」である。講談社がこんな本を出すのはだめだと非難している。

詫摩氏が、いろいろ指摘する点は、私は納得できないことが多いのは当然として、詫摩氏が言っている“告白本は、小保方氏の立場を悪くする”との説は、一部で当たっていると思う。(だから、書かなかった方良いとは私は思わない)

小保方氏は、再生医療の有名人たちを、告白本に登場させ、彼らの生の声を書いている。それは、教授職の男性が、小保方氏にフレンドリーで優しい言葉をかけるシーンなどである。

佐藤優氏に言わせると、教授として部下にかける言葉としてはあるまじき言い方となる、つまり、男女間で何かあってもおかしくないとの懸念である。

しかし、実際には、教授と大学院生では、フレンドリーな会話はありえると思うし、外国帰りの教授には多いと思う。しかし、それを本で公表されると、教授たちは困るだろう。

本日、小保方氏が共著者であった論文が撤回された。マスコミによると、教授たちは、小保方氏と連絡がとれないため、彼女の承諾は得ていないと報じられている。この論文撤回の出来事で、小保方氏はまた落ち込んでいるだろうと思う。

しかし、気にしても立ち直る強い心でいてほしい。
誰にとっても、自らの名誉を守る戦いは最優先でやるべき・・。
博愛主義の小保方氏は、誰かの役に立ちたいという理想を持つ人で、それに向かって努力する志向の女性でした。物事がうまく進まない時の小保方氏は、自分自身を責める人でした。

これは良い意味では、責任を他者に転嫁せず、さらなる努力を積み重ねられる原動力になるものです。しかし、悪い意味では、必要以上に自らを責め、本音とはかけ離れた心理状態に追い込み、心身を破綻させる危険があるものです。

つまり、本音では自らは悪くないと考えているにもかかわらず、自分自身が悪い!自分自身が悪い!と、自らに言い聞かせるように心をもっていく結果に伴う心の破綻です。これは、女性に時々みられる志向で、特に昔の女性はこうして、自我をひっこめようとしていたのだと思います。

小保方氏が、すべてを失っても、しばらく無言でいた期間は、相対する二つの心で葛藤していたと思います。
これ以上、訴えてもだめであるし、先生たちにも迷惑がかかるから、あきらめよ!とする心を自覚しながら、一方で、本音がわきあがり、このまま捏造犯として時が過ぎるのには耐えられないと苦しんだと思います。

しかし、小保方氏は、世間に身の潔白を理解させると心の舵を切りました。
それは当然のことです。幸い、告白本が企画され、告白本にすべての思いをぶつけました。
そして、ひとつひとつ悲しく悔しい思いを文章につづりながら、偽りの心から開放されたと思います。

告白本が世間からどのような評価を受けるかは不安だったでしょうが、どんなにたたかれても、捏造犯よりはまし!と決意したのでしょう。この思いは当然でした。

確かに、小保方氏は、周りの人から期待をかけられたままで、成人となったようでした。彼女の気持ちは、周りの人は私に期待している、だから、周りの人を傷つけないようにがんばらなければならない。そうしなければ周りの人に申し訳ないとのスタンスをずーと持っていたような人でした。

多くの人は、これほどの期待はされないし、他者に申し訳ないとの思いも薄いと思います。こうした他者の気持ちを優先する志向は、一般的に、リケジョにはめずらしいと思います。
他者から過剰に期待されたら、期待した方が悪いと、リケジョは、考える傾向があると思います。

アメリカバカンティ研での実験していた頃の小保方氏は、その実験成果を、PNAS(有名科学雑誌名)という一流紙に論文投稿をし、いいところまで進みながら、最終的にリジェクトされています。その時にも、共著者に悪い、ボスに悪い!としきりに書いています。
一般的なリケジョなら、思わせぶりをするPNASが悪い!が、メインの感情かと・・・。

このように、小保方氏は、まわりからとても期待されているという自意識過剰なところがあったようです。
バカンティ研は、臨床病院に付属した研究室であったため、研究がメインの理研とは規模もレベルも違っています。すなわち、バカンティ研はそれほど、すごい最新研究成果が出せるような規模ではないのです。
臨床診療の片手間に実験をやっていて、家庭的な雰囲気があり、上司は、ほめて医者の卵たちに仕事をやらせるタイプの研究室と思われます。・

そうした環境では、上司たちは内心はそれほどではなくても部下を最大にほめる傾向があり、小保方氏は期待されていると信じていて、盛んに、申し訳ない!申し訳ない!になってしまうようでした。

こうした彼女の優しさが、利権を競い合うSTAPトラブルに巻き込まれる危険をはらんでいたと思います。
若山研がSTAP現象を科学のレベルまでアップさせたからです。

こうして、STAPが利権につながる可能性が明らかになった後は、小保方氏を仲間に引き込む競争になりました。どこの研究所が彼女を引き込むことができるかで、理研(笹井氏、竹市氏、西川氏)、若山氏、バカンティ氏の間で、小保方氏争奪戦となったようです。

誰もが、小保方氏を引き込もうと、理研は小保方研の立ち上げを申し出、若山氏は山梨大での若山研のポストを提案し、バカンティ氏は、論文のシニアオーサーの立場を確保し、小保方氏の名前を2論文のファーストオーサーにして、若山研の貢献度を低くするなど、それぞれの人が、権利関係のバランスをとろうと画策しました。

純粋な小保方氏は、STAP幹細胞は若山研の貢献度が高いことを理由に、自らの論文にいれたくないとの希望はあったものの、タナボタの輝かしい業績にも目がくらんだところがあったでしょう。
それでも、ボスのためにがんばりたい!という利他主義が中心でした。

細胞を初期化するところまでが、自らの仕事と信じていたので、涙の記者会見の席でも「STAPは、200回作りました」との発言となったわけです。
こうした発言の意味について、本来ならマスコミなどが解説的な記事をのせるのが普通ですが、このSTAP騒動においては、好意的解説はなく、200回という回数だけが、小保方氏の嘘の証拠と結び付けられて、世間に広められてしまったのでした。

小保方氏も、記者や一般の人がどの程度に理解できているのかについては、見当がつかず、一般人もほとんど理解していなことを、小保方氏自身は自覚できなかったのです。

記者会見は、科学的に高度な質問が行きかい、出席した記者らは、誰もが専門的知識に精通していると、小保方氏は誤解しました。しかし、実際の記者たちの知識は付け焼刃的なものでしたから、もっともっと、小保方氏が原点にもどって解説的な話をする必要があったのです。

そうすることで、懸命に実験する小保方氏像が明らかになり、テレビ画面は、実験の詳しく状況をよどみなく話す小保方像を映し出して、小保方ワールド全開の様子が誰の目にも明らかになったはずです。

そうした様子を好意的に描いてくれるマスコミが、一社位あったかもしれません。
小保方氏は、マスコミをとりこむことにも失敗してしまいました。

されに、記者会見に出席した弁護士の弁がいまひとつでした。
弁護士の話している時間は視聴率も下がってしまいました。
告白本でも、小保方氏は、弁護士はすごく緊張していたと書いています。弁護士にとっても、すごく難しい仕事だったと思います。

小保方氏は、内心、頼りなさを感じたかもしれませんが、このストリーを一般の人が理解するのは、とてもハードルが高いのです。
なじみのない科学用語を、即座に自分の言葉にできる人などいないのです。そうした意味で、弁護士が記者会見に並ばなくても、彼女ひとりで十分に、その役目を果たせたのです。
アカデミアの世界では、論文を追及された時、弁護士が出てくれば、逃げたと思われてしまいます。

研究や実験は、結果がすべてであって、その途中経過を、他人に見せるなどは一般的でありません。つまり、研究の正当性を再現実験などで確かめるということは、極めて素人的発想で、実験者が思いつくようなものではないのです。

小保方氏の涙の会見の時にも、記者から再現実験はやらないのか?との質問が出ましたが、彼女は、記者の言葉に関心したかのように、唐突に「なるほど!」と答えたのです。この彼女の言葉は、「ありまーす」と同じように、インパクトがある言葉でした。

この言葉は、彼女が捏造などは思いもつかない人であることを雄弁に物語っていました。
小保方氏は、他人から疑われた経験など一切無く、他人を疑ったことなども無い人生を送ってきたことを如実に感じさせる言葉でした。

結局、小保方氏の利他主義とあいまった博愛的な心のあり方が、いたましくもネガティブに作用してしまいました。研究所のような弱肉強食の世界では通用せず、結局、彼女が悪意ある画策に巻き込まれてしまうのです。
若山氏がねつ造などしていないという私の判断の根拠ですが、“やりそうにないから”という単純明快な理由であると、1昨日、当ブログに書きました。

それでは、誰がやりそうなのか?ということになりますが(犯人は誰か?)、どのように考えても、研究所の人たちは、誰もねつ造をやりそうにないのです。

若山氏や小保方氏は、そんなことをやって何になるのか?と考えても、動機の無さは明らかです。それでは、若山研のスタッフでしょうか?

告白本に登場するのは、若山研のO氏とか若山夫人です。この二人も可能性は考えられないでしょう。
仮に、夫人と小保方氏の間の確執があったとしても、頭の良い名誉ある立場の彼女たちですので、混入事件とはつながらないです。

告白本には、理研の幹部の名前もでていますが、彼らも動機がありません。

むしろ、小保方氏は、上記の彼らは、何らかの事実を知る重要参考人と考えているでしょうが、彼らがねつ造犯とは、考えていないでしょう。彼女が思い出せることは、一緒に実験をやっているスタッフに、おかしな人がいた状況は無いとの事実でしょう。

論文の根幹をねつ造する人なんて、一生かかっても巡り合えない、本当に特殊な人だと思います。つまり、この問題は、ねつ造犯がいないのに、人々が傷つけあって起きてしまった事件だと思います。

STAP実験は、遺伝子を調べる実験ではなく、子マウスの臓器を酸につけた後、その細胞を増やして(これがSTAP細胞)、こうしてできたSTAP細胞の塊を、顕微鏡でみながら分割途上の受精卵と混ぜます(ミンチ状態となる)。STAPと分割卵をミンチ状態にしたもの(キメラ胚と呼ぶ)を、妊娠準備状態のマウスの子宮に入れこんで、マウスの妊娠を継続させ、子供(キメラマウス)をつくらせるという目で確かめられる実験です。

実際に混入など不可能な作業でしょう。つまり、だれも混入などしていないと考えた方が自然です。むしろ、調査委員会がなぜ、そうした不自然な説を採用したのかが、不思議です。ここに事件のカギがあるのではないでしょうか?

実行不可能なことを指摘するより、酸につける前に、ESを混ぜるとする説はどうでしょうか?子マウスの臓器の一部を酸につける前に、この臓器にESをふりかけておくのです。ESも一緒に酸につかってしまうと、ESはどのように変化してしまうのでしょうか?誰も実験をしていません。

未知のとんでもなく特殊な細胞ができるかもしれませんし、ESは最初にすぐ死んでしまうのかもしれません。しかし、培養途中のES混入説に比べれば、実施可能なような気がしますが・・・、これ以上、考えても無駄かと・・・。

京都大学名誉教授の柳田充弘氏が、ツイッターやブログで以下のような発言をしているそうです。

昨年の話ですが、「わたくしが極めて由々しい問題とおもっているのは、小保方氏は不正行為をしてないとなんども言っており証拠も提出しているのです。しかし多くの研究者がそれをまともに受けとめようとしない。なぜ研究不正を指摘するブロガーたちが多数存在するのか」と、柳田教授は疑問を持っていると述べているようです。

さらに、柳田教授は、「そもそも研究不正は同一ラボ内で発見されるはずのものなのです。つまり同僚が第一発見者になることが多い。ラボ内で発見されればその行為の経過その他詳細はラボ内でわかる。」とのこと。

一緒に実験をしている者同士が一番の観察者であり、そうした不正行為がありそうな人と組んで論文まで、進むことなどないので、共著者同士にはなりません。
今回は、世界の一流誌にアクセプトされるまでの論文であるからして、論文の根幹にねつ造などはありようがないのです。

しかし、今回のSTAP事件は、研究者が気付かない次元で、論文の根幹がゆらぐ事実が、他者によって明らかにされてしまいました。

まず、使用マウスの入れ替え説はどうでしょう?若山研の誰かがやったのではなく、もっと以前に、悪意を持って、ゲージラベルを変えたり、マウスを入れ替えて系統を狂わした、誰かがいたかもしれないという考えは、可能性としてあります。かつての人によるいたずら、あるいはかつての人によるいやがらせが、たまたま、STAP事件につながった可能性を考えられないわけではないように思います。

ESを日常的に作成していた若山研では、マウスの親がSTAP細胞の親と同じ遺伝子のマウスであったら、今回のように、STAPとESは、きわめて遺伝子の型が似てしまうでしょう。

しかし、STAPとESが、親マウスが同じとかではなく、そのままそっくり同じものであると結論するためには、STAPとESの間に共通の遺伝子異常がみつかり、この遺伝子異常は親マウスには見られないことを証明するのが必要になります。

両者にのみ共通する遺伝子異常があれば、STAPは、ESそのものだと言えるかもしれません。しかし、これはSTAPの親が不明である限り、検証することができません。

つまり、どんなにSTAPとESの遺伝子の似た部分があったとしても、意味がないのです。現状の遺伝子解析で、STAPがESから作られたなどと言うことができないのでです。

調査委員会は、ESとSTAPが同一であることが正しいとは言えず、あいまいな部分があることを承知していて、「混入の可能性」という言葉で逃げました。

つまり、STAPとESが同じであるとは言っていないのです。しかし、根幹の調査は可能性にとどまる程度のことしか、明らかにはできなかったにもかかわらず、混入した人として限りなく小保方氏が近いと結論し、調査委員会の大本営発表としたのでした。

この発表の背景には、上司が部下を頼りにしすぎたあまり、部下にすっかり全権限を乗っ取られて、つじつまが合わせの間違った結論でまとめられてしまい、それ以外の公正な結論に至らなかった結果なのではないでしょうか?

理研の不正疑惑を盛んに告発しているTeabreak2さんのブログは、STAP事件の優れた解説書となっています。私、学とみ子も、そこに時々コメントを書くのですが、私のコメントに対していただく他の方からのコメントには、ドキッとさせられることがあります。

私は、若山氏が悪い人とは思えないのですが、この立場の人は、一般人ではめずらしいようです。私の想像では、若山氏は、ご自身の名誉をとても重んじる方で、ねつ造などと言われたら自殺してしまうような方なのではないか?と案じています。

さて、彼がねつ造などしていないという私の判断の根拠ですが、“やりそうにないから”という単純明快なものです。しかし、告白本の読み方として、小保方氏は、若山氏をねつ造犯としているがあります。

しかし、小保方氏は、若山氏がねつ造などしない人であると思っているでしょうし、お互いに、特別におかしな人であると考えてはいないと思います。両者のどちらかがねつ造犯である確率は、天文学的な低さでしょう。

若山氏に、公の発言をしてほしいです。そうなれば、STAPの実験の経過が明らかになって、真に小保方氏がねつ造犯から解放されると思うのです。

今のところ、若山氏は相変わらず無言です。彼は、裁判で訴えられない限り、無言を続けるのではないかと危惧します。ですから、彼のメンタルヘルスは、とても良くないでしょう。

若山氏が無言を続ける理由として、Teabreak2さんのブログで教えていただいたことは、彼には小保方氏より守りたい人がいるのでは・・との示唆でした。

さらには、若山氏も、脅されているのではないか・・・という想定があります。

最近では、若山先生の奥様 (若山研の研究者で、彼女の論文に小保方氏もからんでいる)も登場してきて、まずます、問題が複雑化しています。

STAP事件の有名人や若山研が、窃盗を訴えた石川氏と仲間同士であるとの情報が飛び交っています。

研究者たちは、過去の論文についてもとりざたされるようなことがあると、弱みをいっぱいもっていると思います。なにしろ、その時は正しいと思って書いた論文ても、後になると、間違いや見当はずれだったりすることがあるからです。すでに公になった論文は、取り戻して直すことができません。論文も一発勝負の世界です。

部下に研究協力も多くしてもらっています。それで、上司は部下に頭が上がらなくなったりしますし、部下からもらったデータに不信感を持ったりと、研究所は人間関係があやしくなる機会が多いと思います。複雑で難しいでね。

上司が部下から弱みを握られると、上下関係が逆転する場合もあるでしょう。これは、研究所のような特殊な世界でないと起きない現象かもしれませんが・・・。

若山研の内部事情、人間関係の暴露などは、週刊誌的には、おいしそうなネタに思えます。特に男女関係などに及べば、書かれた本人たちにとっては、とても傷つくものでしょう。

日本では男女スキャンダルでつぶれた政治家は多くいますが、一方、米国は大丈夫です。謝罪すればよいのです。

かつて、クリントン大統領は、モニカルインスキーさんとのスキャンダルの真実を語って国民に許しを請い、今は、堂々と世界のトップで活躍できています。

そもそも、男女関係など、とても個人的なもので、あってもなくても、他人が突っ込むほど、むなしくなる話題ではないでしょうか?どうでもいいこととして、場外化しておきたい話題です。

もちろん、若山と小保方コンビの場合も、場外化しておきたい話題で、週刊誌的にも騒がれないでほしい問題です。STAPの円満解決が遠のくかと・・・。

週刊誌が何を言おうとも、若山氏が公に、STAP実験の様相を話してくれれば、見えるものは多いでしょう。発した言葉以上の真実が、若山氏の表情やしぐさで語られるからです。

小保方氏の、「ありまーす」もしかり、語尾を微妙に伸ばしたことが、彼女の信念をしっかり物語っています。

小保方氏と若山氏との和解と再合流を望みたいと思います。