先日、コロナワクチン接種後に急死した人がいたことが報道されたが、経過が急速で致死となったらしい。
ワクチン接種の伴うアナフィラキシーショックとして、かなり典型的と思われる。
大変、不幸なことであるが、恐らく、この副反応の方は、数回の接種において感作が成立したのだろう。
アナフィラキシーショックの機序は、完全に解明されているわけではないが、マスト細胞や好塩基球の関与が考えられている。
過去の複数回の注射液中に含まれる何等かの物質(抗原と呼ばれる)に対して、IgE抗体がつくられて、再度、その抗原が体内に侵入した際、マスト細胞や好塩基球が一気に反応して血圧の低下や、気道の狭窄が起きる。
低血圧が重大であれば、そこから回復せず、心停止に向かう人もいるだろう。
低血圧により重大な不整脈を誘発する可能性も考えられるが、これは経過が早い。
一方、声門下での致死的狭窄も併発したかもしれない。これにはボスミンが有効であり、かつ、少し時間がかぜげる。
ボスミンは有効だが、すべての病態に対する万能薬ではない。
なぜ、マスト細胞や好塩基球がこうした反応をおこすのかについては、全貌は解明されていないが、可能性はいろいろ考えられる。
好塩基球の重要性を説く研究者もいる。
マスト細胞は、危険なアレルギー反応の主役と思われるが、本来は、デインジャーシグナルに対し、生体が瞬時に反応できるように仕組まれたものだろう。
マスト細胞の本来の目的は、やはり感染制御であるが、マスト細胞は、他の感染防護のための血液細胞とは、一味も二味も違っているので、今回は少し、紹介したい。
マスト細胞は、胚発生の早い時期から出現し、動物の進化的にも1億年前からの早期から出現しています。
リンパ球、抗体などの関与する獲得免疫が進化、出現する前から、マスト細胞は、生体防御の役割を担って胎生早期に現れます。
そして、血管外の臓器組織に留まり、細胞寿命も月単位、年単位に及びます。
免疫系というのは、生物の存続にきわめて大事である一方で、ヒトにマイナスに働き、病気を起こす元にもなります。
マスト細胞も、感染防御の任務と並行して、アレルギー疾患に関与する重大な細胞です。
アナフィラキシーのような急性の病態から、喘息、アトピー性皮膚炎、花粉症、鼻ポリープ、などなど、Th2型の慢性の炎症を起こす細胞です。
共に塩基性の顆粒を持つマスト細胞と好塩基球は、両者とも高親和性のIgEレセプターをもち、機能は似ています。
しかし、両者は存在する場所に違いがあります。
マスト細胞が胎生の早期から血管外に出て、局所で増殖分化するのに対し、好塩基球は血管内に留まります。
こうした類似細胞の本当の違いはどうであるのか?なぜであるか?についての学説はあるものの、やはり、解明はされていません。
さらに、ヒトの病気の症状となると、さらなる複雑性が加わります。
いろいろな細胞や物質が関与するヒトの病気では、ひとつわかってきても、次が又、謎になります。
何かが解明したとしても、そこで解決せず、病気の機序ストリーはさらに複雑になっていきます。
当初、日本の石坂博士がIgEを発見したころ(1966年)、多くのアレルギー性疾患の原因が解明したと人々は考え、治療の道が開けたと期待されました。
しかし、IgE蛋白は、アレルギー疾患のたくさんのプレイヤーの一つだったため、治療戦略にはさらなる解明が必要でした。
後になってからの話ですが、石坂博士は、日本の学会講演で、IgE発見発表論文アクセプトまでの裏話を紹介してくれました。
IgEは血液中で微量なため、測定が困難だったのですが、骨髄腫という病気があり、大量にIgE産生をする患者さんがいました。
その人から貴重なサンプル提供があり、IgEの研究が進みました。
しかし、IgE研究は、同時に世界の研究所でも競争的に行われていたため、IgE発見論文のアクセプトまでにはごたごたがあったようです。石坂氏は、論文アクセプトまでいろいろと待たされたそうです。
スエーデンのヨハンソン博士も類似の研究成果を示していて、同時発表となる予定でした。
この時のヨハンソン博士は、IgE測定のためのコマーシャルの検査会社を立ち上げる準備をしていて、そのための準備工作があったとのことでした。
ですから、日本では、単独の石坂博士の業績とみなしています。
ヨハンソン博士の立ち上げたIgE測定会社の名前は、ファルマシア社といい、以後、IgE測定キットは、その会社が世界中の独占的シェアを獲得しました。そして、ファルマシア社はスエーデンを代表する大会社になりました。
しばらく、この会社のキットを用いたIgE測定の成績でないと、論文アクセプトが難しいと言われた時期もありました。
IgE発見当初は、研究室の特別な手技を要したIgE測定法でしたが、どんどん、コマーシャル化が進みました。
日本でも、臨床サイドで広がりましたね。
ハウスダスト(HD)などに対する特異抗体IgEの測定システムも一気にすすみ、臨床レベルで、測定が可能になっていきました。
当時は、IgEを測定さえすれば、アレルギーの病気の多くがわかると信じられていた時代でした。
IgE測定技術が臨床の診療に与えた影響は大きかったですね。
今でも、IgEを測定さえすれば、アレルギーがわかると勘違いする医師や患者さんがいる位です。
IgEにまつわる多くの誤解も世間にまん延しました。
IgEなる数値で、アレルギー疾患が説明できると思われたんですね。
たとえば、IgE値が高いと絶望的であるとか、重症化していくかとか・・・。
しかし、IgEの産生というのは、多くの人で免疫反応の一部として、起きる反応であり、日本では、ハウスダスト特異的IgEを持つ人や杉花粉に対する特異的IgEを持つ人は、人口の半分を超えてきます。
しかし、実際に病気になる人は一部です。
乳児でもミルクや卵白に対して特異IgEを作ってしまう場合が結構多いですが、やがてIgE反応は、子供に症状を起こさないままで消えていってしまいます。
日本でも、外国でも、アレルギー疾患予防を目的に、ハウスダストを徹底的に減らず試みなどが行われました。
しかし、結局、IgEの産生を抑えるということはできませんでした。
このように、せっかく発見され、測定可能となったIgE抗体ですが、すぐには治療と言う面には結びつきませんでした。
IgEの制御の問題というのは、なかなか難しいものだったのです。
まあ、他の多くの病気と同様に、実際の病気というのは、そんなに単純なものではないということなんですけどね。
病気発症し、それが難治化していくためには、たくさんの物質、細胞がからんでくるし、さらにそこに、個人差というのも加わってきて、異なる病気病態となっていきます。
ある人は、病気になりそうになっても、やがて元に戻ったりができるのに、ある人は、戻れなくなる人もいるのです。
病気の主役と思われる物質や細胞が、実はわき役であったり、あるいは関係がなかったりすることもあるんですね。
IgEの発見の後にも、喘息などを中心に、アレルギー疾患を増悪させる好酸球が盛んに研究され、マスト細胞研究も進みました。
そして、モノクローナル抗体がつくられ始め、好酸球、マスト細胞を抑えるための研究知見が、盛んに行われました。
好酸球刺激する作用の強いIL-5を抑える抗体も治験が行われましたが、成績はいまひとつでした。
人間はあくなきチャレンジを続けるものの、病気克服の道は厳しいです。
デュピクセント 一般名 デュピルマブ(遺伝子組換え)がなかなかの成績を出しているが、多種あるモノクローナル抗体開発の途上で、副作用が重篤なモノクローナル抗体もかつてありました。
アレルギー反応の主役である、IgE受容体を高親和的に持つマスト細胞について、少し触れます。
マスト細胞は、CD117(KIT)なる、SCFに対する受容体をもっています。
一般的な血液細胞は分化の過程はCD117を失っていきますが、血中幹細胞状態で、局所に出たマスト細胞は、KIT受容体を持ち続け、これが局所でマスト細胞が長く生存できる理由であるとされています。
マスト細胞の貯蔵顆粒は、すでに産生後蓄えられているヒスタミン、プロテアーゼ、TNF-αと、新たに毎回作られるLTC4、PGD2 TXA2、LTB4などがあります。
マスト細胞は、一旦、活性化して脱顆粒してしまうと、元の機能を回復するのに時間がかかります。
つまり、一旦、アレルギー反応を起こして今うと、顆粒が枯渇してしまい、同じような細胞反応を反復して起こせないことが特徴的です。
つまり、一旦反応を起こしたマスト細胞は、次の日は反応しないという現象があります。
ヒト肥満細胞は、脱顆粒時のプロテアーゼの違いにより、大きくは2つのカテゴリーに分類されます。
①トリプターゼを分泌するトリプターゼ陽性肥満細胞(MCT)、粘膜型マスト細胞 T細胞依存性でステロイド感受性あり
②トリプターゼキマーゼ陽性肥満細胞(MCTC) 結合織型マスト細胞 T細胞非依存性で ステロイド感受性が低い。
マスト細胞は、肺、腸、泌尿器、皮膚など全身の臓器に分布しますが、肺では、9割がMCTです。
喘息肺では、MCT、MCTC共にふえていますが、MCTCが増加しています。筋肉内でMCTCが増加しています。
重症喘息では、このマスト細胞が脱顆粒し、トリプターゼが上昇します。
マスト細胞が放出するトリプターゼは、Th2型のアレルギー反応を増強することがわかっていますが、その同じマスト細胞が、自らが起こした炎症を抑える物質も分泌します。
代表的な物質として、MCTが分泌するカイネースは、IL-13を抑え、炎症を抑える役割を担います。このタイプのマスト細胞を欠損するマウスは炎症が重症化します。
そして、MCT、MCTCは、きっちりと分けられるわけでなく、両者は、お互いに移行できる関係にあります。
臨床的に問題が大きいマストサイトーシスという病気がありますが、これは、MCTCが増える病気です。
こうしたマスト細胞の分布は、最初からわかっているわけでなく、臨床医が重症で難治性の喘息の気道の状態を丁寧に調べて、MCTCが多い事がわかるのです。その理由のひとつに、重症者は、治療薬として、ステロイド剤使用が多いので、こうした結果になっていくのです。
病気の知見は最初からわかっているわけでなく、丁寧な観察を積み重ねて、病気の理解が進むと言う形をとります。
IL-4は、マスト細胞は、活性化して、Th2炎症が進み、喘息悪化につながります。
KITを抑えるモノクローナル抗体による喘息治療のチャレンジスタディ KIA study がNEJM誌に載っています。Cahill KNら。
tyrosine kinaseに対するモノクローナル抗体である imatinib (tyrosine kinase inhibitor) による、重症喘息への治療成績です。
imatinib は、慢性骨髄性白血病の治療や、好酸球増多症、変異KITをもつ消化管のがんの治療に使われる薬です。
KIA study の内容は、下記に示しました。
18歳から65歳の重症喘息の人、1秒率40%以上、メサコリン感受性テストPC20が10mg/ml以下の人などをリクルートしてimatinibで6か月間の治療を行い、1か月後、6か月後の喘息マーカーの推移を見ていきます。
imatinib投与群では、臨床症状に加えて、メサコリン感受性テストPC20、FEV1の改善が見込まれました。
検査値では、トリプターゼの低下とマスト細胞の低下があり、特に脱顆粒していないマスト細胞数が、治療群で低下していました。
IL4Rに対するモノクローナル抗体を使った喘息治療のスタディも現在進行中で行われています。
(説明の一部に、記載の間違えがあり訂正しました。)
KIA study がNEJM誌に載っています。Cahill KNら
Abstract
BACKGROUND
Mast cells are present in the airways of patients who have severe asthma despite glucocorticoid treatment; these cells are associated with disease characteristics including poor quality of life and inadequate asthma control. Stem cell factor and its receptor, KIT, are central to mast-cell homeostasis. We conducted a proof-of-principle trial to evaluate the effect of imatinib, a KIT inhibitor, on airway hyperresponsiveness, a physiological marker of severe asthma, as well as on airway mast-cell numbers and activation in patients with severe asthma.
METHODS
We conducted a randomized, double-blind, placebo-controlled, 24-week trial of imatinib in patients with poorly controlled severe asthma who had airway hyperresponsiveness despite receiving maximal medical therapy. The primary end point was the change in airway hyperresponsiveness, measured as the concentration of methacholine required to decrease the forced expiratory volume in 1 second by 20% (PC20). Patients also underwent bronchoscopy.
RESULTS
Among the 62 patients who underwent randomization, imatinib treatment reduced airway hyperresponsiveness to a greater extent than did placebo. At 6 months, the methacholine PC20 increased by a mean (±SD) of 1.73±0.60 doubling doses in the imatinib group, as compared with 1.07±0.60 doubling doses in the placebo group (P=0.048). Imatinib also reduced levels of serum tryptase, a marker of mast-cell activation, to a greater extent than did placebo (decrease of 2.02±2.32 vs. 0.56±1.39 ng per milliliter, P=0.02). Airway mast-cell counts declined in both groups. Muscle cramps and hypophosphatemia were more common in the imatinib group than in the placebo group.
CONCLUSIONS
In patients with severe asthma, imatinib decreased airway hyperresponsiveness, mast-cell counts, and tryptase release. These results suggest that KIT-dependent processes and mast cells contribute to the pathobiologic basis of severe asthma. (Funded by the National Institutes of Health and others; ClinicalTrials.gov number, NCT01097694. opens in new tab.)
石坂博士のIgE発見までの苦労話や、捏造扱いされたエピソードなどを知りたい方は、この記事が詳しいです。