あるきびとの岩手旅日記 -8ページ目

タイムスリップしたら…

 今日は終戦記念日なので、戦争にちなんだ話をしてみよう。
 といっても、私は昭和最後の年の生まれなので、戦争は歴史的事実として知っているだけである。戦争というのはこういうものであーだこーだ、なんて人に教えられる立場ではない。そこで、自分が戦争をやっていた頃にタイムスリップしたら、という想定で語りを進めていくことにする。
 当然のことながら私は戦争には反対だし、自分が兵士として戦争に参加なんて絶対にしたくはない。だが年齢から考えて、「戦争に喜んで行きやがれ」という通知が来ることは間違いないだろう。このとき、素直に戦争に行くのはバカのする事。人を殺すことではなく、いかに戦争から逃れるかに神経を注ぐべきである。しかし、戦争に行きたくないからといって通知を無視していれば逮捕されてしまう。そこで、夜逃げをするのが最善の策となる。
 戦時中、公式の逃亡劇として「疎開」というのがあったらしい。だが疎開と夜逃げは違う。自分は堂々と逃げられない立場なのだから、行先は仙台や盛岡のような地方都市ではいけない。岩手県岩泉町のような田舎町――しかし田舎はよそ者に対する目が厳しいので、やるならば数戸しか家のない集落に身を潜め、集落の人たち全員を味方につけるくらいのことはしないといけない。やはりいちばん安全なのは、誰もいない山の中で生活することである。水に関しては湧き水が利用できるので特に問題はないが、食料はどうするか。店に買物に行けば目を付けられる恐れがあるので、畑でもつくって自給自足するしかないだろう。相当苦しい生活になるが、兵隊として戦争に行けば死と隣り合わせなので、それに比べたらマシなはずである。
 それから、大事なのは身分証明書の類は持っていかないことだ。警察に職務質問された時、身元が割れてしまったら非常にマズイ。持ち物をすべて調べても年齢住所氏名が分からないようにしておけば、自分の身分を自由に偽ることができる。要するに、完全に非国民になっておくのである。
 さらに、夜逃げを決行する際も、行先を家族や友達に話してはならない。万が一、家族らが警察に取り調べを受けたとき(そんなことをしている余裕はないと思うが)、口を割らない保証なんてない。どんなに親しい人物であっても、戦争中の空気は人を変えてしまう。夜逃げをするなら、絶対に誰にも心を開いてはならないのだ。
 もちろん戦争がサッサと終わってくれるに越したことはない。でも、同年代の人たちが次々と兵隊に取られていくなか、自分だけ世を捨てて平和な生活を送るのもオツなものじゃないだろうか。私は「逃げる快感」を知っているから尚更である。
 もっとも、当時は日本全体が「戦争だ戦争だーやれーやれー!」という熱気に包まれていたそうだから、夜逃げをするなんて発想は生まれにくかっただろう。しかし、エコブームにツバを吐いている自分なら、戦争中の日本に生まれていても、夜逃げをするという選択肢が持てたのではないかと思う。 
 タイムスリップから戻って、2010年。今の世の中、風潮に巻かれて見失ってるコトはないだろうか? 100年後、2010年の頃の日本人はバカだったなぁと言われたりはしないだろうか? もし言われるとしたら、何がバカなのだろうか?
 過去の戦争を語り継いで涙を流しているだけでは意味がない。大事なのは、もっと「今」を疑うことである。

名言分析

「なぜ山に登るのですか?」
「そこに山があるからだ」
 …………
 キザな答え方の代表みたいなセリフだが、正直なところ意味不明である。山があるから登るというが、山がなければ山登りはできまい。山があること自体を山に登る理由にするのはおかしい。それが成り立つなら、滝があるから滝に打たれる、とか、他人がいるから鉄砲で殺す、なんて理屈も生まれてしまう。
 私なりに解釈すると、山があるから山に登るんじゃなくて、山があるのにそれに登れないようでは悔しいから登ってやる、ということになるのではないだろうか。地面はずーっとつながっている。平坦な地面なら歩けて当然。だが地面が大きく盛り上がり、自分の前に「山」が立ちはだかったとき、それを避けて通るようでは山に負けているようで悔しいではないか。だから、どんな地面でも歩けてしかるべきなのだ、という当たり前を通すために山に登り、自分を阻むものを征服する。
 それは決して登山家だけの根性ではない。川に行く手をふさがれるようでは悔しいから人は橋を架け続けてきたし、私が「どんな道でも歩けて当たり前」という信念をもとに廃道攻略しているのも同じことだ。
 あれ? 「そこに山があるからだ」の意味を丁寧に解説していたら、そのセリフのカッコよさが薄れちゃった。

道内鉄道論

 昨日、深名線廃止は仕方がなかったと話した。
 だが私は、これまで廃止されてきた鉄道路線のすべてを、「過疎ってるからしょうがないじゃん」で片付けるつもりはない。いくら利用客が少ないといっても移動の需要はある。鉄道が廃止になればバス代行になるが、鉄道を利用していた人がバスを使うようになるかというとそうではない。バスの利用客数は、鉄道時代と比べ半減するのが普通である。ではバスの代わりに何を利用しているかというと、それはズバリ自家用車である。自家用車の増加により、鉄道を維持すること以上に道路の補修費用がかかり、交通事故も増える。また、過疎化に拍車をかけることにもつながるのである。だから、鉄道を廃止するのは基本的に間違いであると私は考えている。
 鉄道の存廃をどうするかではなく、いかに鉄道を活かすかを考えるべきである。
 鉄道にとって最も厳しい状況に立たされている北海道で考えてみよう。今さらいうまでもないが、北海道の鉄道路線の殆どはすでに廃止されている。現在運行中の路線でも普通列車の利用客数は少なく、このままだとまだまだリストラは続きそうだ。
 なぜ北海道の鉄道は苦しいか。車社会だからだ、という声が聞こえてきそうだがそれだけが原因ではない。自動車に依存しているのはほかの地方だって同じである。北海道の場合、平野が多いのが鉄道の価値を下げているのではないかと私は思う。平野が広いために家々が一箇所にまとまらず分散して、駅周辺が閑散としてしまう。結果的に駅までの道のりが長くなり鉄道利用から遠ざかってしまうのである。逆に岩手県は、地形が険しく平野が狭いために、北海道に次いで人口密度が低い地域にも関わらず、廃止された路線はほとんどない。タテヨコにしっかりと鉄道路線網が築かれ、それなりに利用されている。
 家々が分散してしまった北海道でどう鉄道を活かすか。それには、駅の価値を高める以外に方法がない。つまり、時間をかけてでも利用したい駅に変えて、駅に人を集めるわけだ。そのためには、普通列車主体の運行形態を改め、快速や特急中心に走らせなければならない。北海道の普通列車に乗ってみれば分かるが、小さな駅で乗り降りがあるのは通学時間帯だけである。昼間でも利用されているのは町の中心駅くらいなもので、それ以外の駅は停まっても無駄だ。そもそも、もともと家々が分散してしまっているのだから、細かい移動はバスの方が便利だろう。昼間は小駅を全部通過にして、その駅から利用したければバスに乗ればいい。鉄道は遠距離中心の乗り物にして、ガンガン特急を走らせればいいのである。
 道内でも、特急列車はよく利用されている。特急列車の中でも、線路が高速に対応し新型の特急列車が走っている根室本線や室蘭本線の利用率がいい。逆に、線路が古いままで遅い特急しか走っていない石北本線はイマイチである。だから、高速道路やら国道のバイパスやらを量産する前に、道内の鉄道を片っ端から高速化し、特急列車を増強すべきである。現在普通列車しか走っていない留萌本線や日高本線も、高速化して特急を運転すればそれなりに利用される。特急という絶対的な存在によって、少し駅から離れてたところに住んでいる人も鉄道に目が向くようになるのだ。
 特急効果で鉄道が利用されるようになれば、遠距離は鉄道や飛行機、短距離は路線バスや自家用車といったように乗り物の役割分担がハッキリし、全体的に効率のいい輸送が実現する。鉄道も、本来の力を発揮できるようになるのである。

深名線を初訪問



 JR深名線は、鉄道ファンの間では有名な路線である。本数がものすごく少なく、冬は雪が積もる厳しい環境がウケていたらしい。だが、北海道の鉄道の運命に逆らえず1995年に廃止。少し上の世代なら乗車経験があって当たり前なのだろうが、1988年生まれの私は一回も乗ったことがない。
 そこで悔し紛れではあるが、代行として運行されている「ジェイアールほ北海道バス深名線」に乗って、沿線をめぐってみた。ホーム1本だけしかない小さな駅々はほとんど取り壊されているが、木造駅舎の駅が残っていると聞いたので、それらの駅めぐりをするつもりでバスを乗り降りしてみる。
 まずは鷹泊(たかどまり)。古い駅舎が壊されずに残り、駅前には北海道らしく農業倉庫がたっている。国道から駅に向かって道がちょこんとのびている様子も、「駅」っぽい。列車が来てもおかしくない雰囲気である。
 次に沼牛(ぬまうし)。とても寂れた集落で、空き地だらけの草原にポツポツと沈んだように家がたっているだけである。しかもその多くが廃屋と化している。遠くから見ると、駅舎もその廃屋と同化している。
 そして、深名線最大の中間駅、幌加内(ほろかない)。北海道の田舎町らしくスカスカしていて、街中だというのに空が広い。駅は取り壊されていて、無駄に立派なバスターミナルがあった。
 駅舎が残っている駅も、そのほとんどはボロボロで雑草もボーボーに生え、取り壊しは免れたけれどもそのせいで生き恥をさらしているような駅ばかりである。そんな中唯一明るい顔をしているのが政和(せいわ)で、駅舎がそば屋として利用されている。幌加内町はそば生産高日本一なのだそうだ。だが私が訪れたとき店は閉まっていて、廃墟となったガソリンスタンドと相まってさびしい雰囲気だった。
 さらに、鷹泊や沼牛と同じく木造駅舎が残る添牛内(そえうしない)、鉄道時代に運転系統が分断されていた朱鞠内(しゅまりない)、朱鞠内湖が見える湖畔(こはん)を訪れたのち、名寄に抜けて深名線の旅は終わった。
 2日間かけて巡った深名線は、一言でいうと過疎の極みだった。まとまった町があって、駅としてマトモに利用されそうなのは幌加内と多度志(たどし。車窓から見ただけ)くらいなもので、ほかは木造駅舎のある立派な駅であっても廃屋ばかりが目立っている。小さな駅に至っては、牧場が1軒辛うじて残っているだけ、という有様である。私は鉄道が好きだし、鉄道は陸上の乗り物の中で最も優れていると思う。しかし、ここまで寂れてしまっては、鉄道廃止も仕方がなかったのではないだろうか。
 ただ、そんな深名線沿線の寂れを、東京に住む私が知りえたのは、その地に列車が走っていたという歴史があるからである。昔から鉄道が通っていないただの僻地であったなら、そこがどんなに寂れていようとも、私はその地を知ることはなかっただろう。
 過疎の極みを走るJR深名線は、廃止されるべくして廃止されてしまった。だがその鉄道の力は、今になってもなお影響力を残し続けているのである。

優先じゃ甘いのか?

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 札幌市営地下鉄の一日乗車券を買い、札幌の地下鉄全駅をめぐってみた。
 札幌の地下鉄は東京と違って網棚がなく、また夏なのに冷房をつけず窓を開けて対処している。さらに、天井から風鈴がぶら下がっている。それから、車両の足がゴムタイヤでできているので乗り心地がフワフワしていた。
 しかし、私がいちばん注目したのは、車内に「優先席」ではなく「専用席」が設けられているという点である。優先席というのは言うまでもなく、お年寄りや体の不自由な方を優先とする席だが、札幌市営地下鉄の場合、専用席はそういう人たち専用――つまり最初からそういう人たちしか座ってはいけないらしい。路線バス“優先”レーンでは効果が薄いのと同じように、優先席なんて生ぬるい! という発想だろう。実際、専用席には指定された種類の人たちしか座っておらず、通常席に座っているおばさんたちが、
「私、来年から専用席座ろうかな」
「あんたーまだ若いんだから専用席は早いでしょ」
 なんて話をしている。専用席効果は絶大だ。
 札幌市交通局が先進的なコトをしているのは感心する。でも、私は専用席には賛成できない。理由はいろいろあるが、まず、混雑しているときも一般の人は専用席に座っちゃいけないのか? という問題がある。混雑しているにも関わらず、自分は若いんだからといって専用席に座らず立っていると混雑を助長させることになる。優先席であれば、たかが優先なのだからといって座る気になるだろうが、専用という言葉で締め付けられると苦しい。
 また、お年寄りや体が不自由な人を、そこまで保護する必要があるのかどうかも疑問だ。電車の中で立っているのが大変だから座らせましょうということなのだろうが、本当に立っているのが大変なら、駅まで歩いてくること、駅の階段を上り下りすることはもっと大変なはずである。電車の中だけ「専用席」という立派すぎる囲いで保護してもあまり意味はないんじゃないか。
 一つ断っておくが、私は、お年寄りや体の不自由な人を、優先的に席に座らせることに反対しているわけではない。大変そうにしている人がいたら席を譲るのはいいことだと思う。だが、電車の中で立っている大変さがどの程度なのかは本人にしか分からないことだ。立っているのが大変なのは「お年寄り」「妊婦」「子供づれ」「杖ついてる人」「包帯巻いたりして大きめのケガをしていることが外見から明らかな人」などと他人が決め付け、それらの人だけを専用にしてやろうというのは乱暴すぎる。現状では、多くの鉄道会社が採用している「優先席」が最善策だと思う。

駅まで動画



 留萌本線の駅めぐりをしながら歩行動画を撮った。北海道の旅行は面白いが、北海道自体はあまり好きではない。そのためどうしても批判的な内容になってしまう。東京の人にも北海道の人にもみてもらいたい動画である。

龍飛崎の上と下

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 龍飛に行った。
 私は観光地が嫌いなので本来そういうところには行かないのだが、三厩駅から海岸線に沿って走る町営バスに乗れるし、北の外れってやつを一度くらいは見ておくのもいいかなと思ったのである。
 予想通り、龍飛は観光地そのもので、駐車場や展望台があちらこちらに設けられ、雑多に人が歩き回っていた。岬周辺は緑色の草に覆われていて、三陸海岸と比べるとものすごく穏やかで、甘っちょろい風景である。緩やかな丘の下にまぁるく広がる海は雄大で、眺めはいいのだけれど自然の怖さが伝わってこない。私としては何となく物足りなかった。
 だが、遊歩道を歩いて海岸まで下りると風景はがらりと変わった。そこにはゴツゴツとした岩がたむろし、打ち寄せる波と戦っているかのようである。そんな荒々しい海岸を、上から緑の丘がやさしく見下ろしている。駐車場のある展望台よりもずっと海が近くて、迫力があって、一歩一歩の歩き応えがある。なんだ、龍飛もいいところじゃないか。 
 しかし不思議なことに、私がいるその遊歩道には、他の観光客が全くやってこないのである。駐車場が埋まり、展望台や津軽海峡冬景色のモニュメントや階段国道では常に誰かが写真を撮っているというのに、海にいちばん近づける遊歩道には誰も近づこうとしない。
 なぜ、大したことのない景色には人が殺到し、本当に素晴らしい景色が見られる場所には誰も来ないのだろう? 日本人はつくづく分からない。

堂々と休もう

 札幌駅から、新千歳空港行きの「快速エアポート」に乗った。旭川始発の列車なので、札幌ではスイッチバック運転になる。椅子の向きも逆になっていて、乗り込むや否や「座席の向きを変えてご利用下さい」とアナウンスが入った。
 さっそく椅子の向きを反対にしようと試みるが、椅子をただ倒せばいいだけのバッタン式ではない。あれ? どうやったらこの椅子回るんだ? と戸惑っていると、近くのおじさんが「そこのペダル踏むんだよ!」と教えてくれた。
 教えてくれたのはいいのだが、ペダルとやらがどこにあるのか分からない。再びペダルを探してオロオロしていると、あとから乗ってきたおばさんが足元のペダルを踏み、手馴れた動作でグルンッと椅子を回した。
 私の仕事一切なし、である。 
 しかし、自分にできることなど何一つないのだから、無理矢理何かをしようとする必要はない。おばさんの手伝いをしようとしたって、かえって邪魔になるだけだろう。それは列車の中だけの話に留まらず、今の世の中全般に言えること。本当に必要な仕事は、一部の人たちがチョコチョコとこなせばそれで片付いてしまうのである。
「アンタは何もしなくていいよ!!」
 って言われたのなら、「そうですか」とニッコリ笑ってお茶でも飲んでいればいいのだ。

夏のお知らせ

 明日から少々の間お休みさせていただきます。再開は8月9日を予定しています。

青梅街道



 アドリブでしゃべりをまとめるのは難しい。