せどり
先日の「『働く』必要はない」のなかで、私は古本をネット販売していると述べた。今日は、そのことについて話したいと思う。
私が古本を売る舞台は、日本最大の通販サイト「amazon」である。amazonでは、新品だけではなく中古品も扱っていて、「中古商品1円より」とか、「出品者からお求めいただけます」といった表示がよく目につく。2008年の終わりごろ、私はブックオフで200円で買った『完全家出マニュアル』をamazonに出品した。その本は、家出マニュアルというよりも自立マニュアルと呼んだほうがよさそうな内容で、アウトロー的な情報を求めていた自分には満足できなかったのである。
amazonに対してさほど期待はしていなかったのだが、その本は出品してから2、3日後に400円程度で売れてしまった。あわてて封筒やポリ袋を揃え、本を包んで発送。いらない本を処分するくらいの気持ちだったのに、なんとお金が儲かってしまったのである。
「もしかして、これっていけるかも?」
とワクワクしてきた私は、ネットでamazonのことについて調べてみた。すると、ブックオフで買った本をamazonで売り、利益を出している人が他にも大勢いることが分かった。その商売を「せどり」と呼ぶことも知った。「せどり」というのは、古本屋に並んでいる本の背をみながら、「あっ! これはお宝だ!」という本を探し出す「背取り」という言葉からきているのだそうだ。
その後、私は自分では読まない本まで買ってきてはamazonに出品し、お金を稼ぐようになった。やっているうち、徐々に売れやすい本の傾向がつかめてくる。封筒も100枚入りのやつを買い、本格的に「せどり」に乗り出した私は現在、月に10万程度の収入を得られるようになった。最近では、ブックオフ以外のおいしい仕入れ先をみつけたり、捨てられているゴミの中から売れそうな本を拾ったりしてさらなる増収に励んでいる。
もし、すべての人が「雇われなくても金は稼げる」ことに気付いてしまったら、こうは上手くいかないであろう。愚かな人たちに感謝、である。
私が古本を売る舞台は、日本最大の通販サイト「amazon」である。amazonでは、新品だけではなく中古品も扱っていて、「中古商品1円より」とか、「出品者からお求めいただけます」といった表示がよく目につく。2008年の終わりごろ、私はブックオフで200円で買った『完全家出マニュアル』をamazonに出品した。その本は、家出マニュアルというよりも自立マニュアルと呼んだほうがよさそうな内容で、アウトロー的な情報を求めていた自分には満足できなかったのである。
amazonに対してさほど期待はしていなかったのだが、その本は出品してから2、3日後に400円程度で売れてしまった。あわてて封筒やポリ袋を揃え、本を包んで発送。いらない本を処分するくらいの気持ちだったのに、なんとお金が儲かってしまったのである。
「もしかして、これっていけるかも?」
とワクワクしてきた私は、ネットでamazonのことについて調べてみた。すると、ブックオフで買った本をamazonで売り、利益を出している人が他にも大勢いることが分かった。その商売を「せどり」と呼ぶことも知った。「せどり」というのは、古本屋に並んでいる本の背をみながら、「あっ! これはお宝だ!」という本を探し出す「背取り」という言葉からきているのだそうだ。
その後、私は自分では読まない本まで買ってきてはamazonに出品し、お金を稼ぐようになった。やっているうち、徐々に売れやすい本の傾向がつかめてくる。封筒も100枚入りのやつを買い、本格的に「せどり」に乗り出した私は現在、月に10万程度の収入を得られるようになった。最近では、ブックオフ以外のおいしい仕入れ先をみつけたり、捨てられているゴミの中から売れそうな本を拾ったりしてさらなる増収に励んでいる。
もし、すべての人が「雇われなくても金は稼げる」ことに気付いてしまったら、こうは上手くいかないであろう。愚かな人たちに感謝、である。
小学生は最強
旅行先にはいろんな敵がいる。
例えば、クマなんてのはその代表だ。だが、クマは「明らかな敵」なので、こちらも堂々と対策を立てることができる。問題なのは、味方のフリをしながら近寄ってくる敵だ。
味方のような敵……それはやはり、地元の人たちである。田舎はきわめて閉鎖的な社会であるため、よそ者がただ歩いているというだけで地元民たちの間に警戒信号が点滅してしまう。そして、「どッから来たの」に始まる質問攻撃が怒涛のように押し寄せてくるわけである。
そんな地元民たちのなかでも、特に恐ろしいのが小学生である。小学生は大人たちの教育をモロに受けているうえ、全く融通が利かない。こちらに対する攻撃を全く手加減しないのである。
運悪く、山間部で小学生の下校時間と重なってしまったことがある。男女数人のグループで集団下校する小学生たちは、めざとく私を見つけて「さようなら!!!!」と、脅しにも感じられるほど威勢よく挨拶してきた。
「あっ、さようなら…」
と、私は小さく返す。そのあと、私は彼らよりも速めに歩いていたのだが、その途中でいい風景に出会ったため、立ち止まって写真を撮っていた。すると、小学生のグループが追いついてきてしまい、
「さようなら!!!!」
と、また挨拶されてしまったのである。
さっき挨拶したんだからもういいだろって、本来なら突っ込んでやりたい。だが、小学生のやることはすべて正義なのである。なぜなら、小学生のやることはすべて大人から教わったことであり、その閉鎖社会の中では、大人が教えたこと以外の真実など転がっていないからだ。そこんところが、様々な価値観がぶつかり合う東京との大きな違いである。余談だが、私が子どもを育てるとしたら、それなりの規模の都市で育てたい。田舎は人が少なすぎて、一つの思想を全員に強要するところがある。幼い頃からそんな窮屈な環境に置くよりも、雑多に人がいて何者をも受け入れる大らかな都市の方が、自然は少なくても子どもはのびのびできるはずである。
2度も挨拶攻撃を受けてしまった私は、その場にしばらく留まって、小学生たちが解散するのを待つことにした。どうせ、学校から家までなんて長くても1キロくらいなものだろう(それ以上ならば、親がクルマで迎えに来るに決まっている)。だったら、10分くらい待っていれば小学生は家に帰り着いていなくなる。それから悠々と歩いていけばいい。その目論見は一応成功して、私が再び歩き始めた時、前方に小学生の姿はなかった。
しかし実は、小学生は家に帰っていなかったのである。
歩き始めてから10分くらい経った時、後ろの方からドンドンと壁を叩くような音が聞こえてきた。何だろうと振り返ると、そこには小さな公民館のような建物があって、その窓からさっきの小学生が顔を出している。
(帰ったと思ったら、そんなところにいたのかよ!)
私は、歩調を速めてさっさと過ぎようとした。早く立ち去りたいのならば、早歩きではなくて走ってしまえばよいのだが、恥ずかしいからなのかそれをする気にはなれない(だが今度、同じように地元民に攻められそうになったら、走って逃げるからな! カッコ悪い姿をさらして逃げるからな! 覚えとけ!)。
そんな私に、小学生は質問の嵐をぶつけてきた。
「あのぅー!」
「どこの人ですか!」
「歩くの速いですね!」
先にに述べたとおり、田舎の教育というのは画一的である。簡単に言えば、みんな同じような人にしてしまう教育である。そんな環境で育てば、誰でもよそ者に対して質問攻めするようになる。
そして、そんな教育をマトモに受け、その教育の思想に何の疑問も持たない小学生こそ、私にとって最もやっかいな敵なのである。
例えば、クマなんてのはその代表だ。だが、クマは「明らかな敵」なので、こちらも堂々と対策を立てることができる。問題なのは、味方のフリをしながら近寄ってくる敵だ。
味方のような敵……それはやはり、地元の人たちである。田舎はきわめて閉鎖的な社会であるため、よそ者がただ歩いているというだけで地元民たちの間に警戒信号が点滅してしまう。そして、「どッから来たの」に始まる質問攻撃が怒涛のように押し寄せてくるわけである。
そんな地元民たちのなかでも、特に恐ろしいのが小学生である。小学生は大人たちの教育をモロに受けているうえ、全く融通が利かない。こちらに対する攻撃を全く手加減しないのである。
運悪く、山間部で小学生の下校時間と重なってしまったことがある。男女数人のグループで集団下校する小学生たちは、めざとく私を見つけて「さようなら!!!!」と、脅しにも感じられるほど威勢よく挨拶してきた。
「あっ、さようなら…」
と、私は小さく返す。そのあと、私は彼らよりも速めに歩いていたのだが、その途中でいい風景に出会ったため、立ち止まって写真を撮っていた。すると、小学生のグループが追いついてきてしまい、
「さようなら!!!!」
と、また挨拶されてしまったのである。
さっき挨拶したんだからもういいだろって、本来なら突っ込んでやりたい。だが、小学生のやることはすべて正義なのである。なぜなら、小学生のやることはすべて大人から教わったことであり、その閉鎖社会の中では、大人が教えたこと以外の真実など転がっていないからだ。そこんところが、様々な価値観がぶつかり合う東京との大きな違いである。余談だが、私が子どもを育てるとしたら、それなりの規模の都市で育てたい。田舎は人が少なすぎて、一つの思想を全員に強要するところがある。幼い頃からそんな窮屈な環境に置くよりも、雑多に人がいて何者をも受け入れる大らかな都市の方が、自然は少なくても子どもはのびのびできるはずである。
2度も挨拶攻撃を受けてしまった私は、その場にしばらく留まって、小学生たちが解散するのを待つことにした。どうせ、学校から家までなんて長くても1キロくらいなものだろう(それ以上ならば、親がクルマで迎えに来るに決まっている)。だったら、10分くらい待っていれば小学生は家に帰り着いていなくなる。それから悠々と歩いていけばいい。その目論見は一応成功して、私が再び歩き始めた時、前方に小学生の姿はなかった。
しかし実は、小学生は家に帰っていなかったのである。
歩き始めてから10分くらい経った時、後ろの方からドンドンと壁を叩くような音が聞こえてきた。何だろうと振り返ると、そこには小さな公民館のような建物があって、その窓からさっきの小学生が顔を出している。
(帰ったと思ったら、そんなところにいたのかよ!)
私は、歩調を速めてさっさと過ぎようとした。早く立ち去りたいのならば、早歩きではなくて走ってしまえばよいのだが、恥ずかしいからなのかそれをする気にはなれない(だが今度、同じように地元民に攻められそうになったら、走って逃げるからな! カッコ悪い姿をさらして逃げるからな! 覚えとけ!)。
そんな私に、小学生は質問の嵐をぶつけてきた。
「あのぅー!」
「どこの人ですか!」
「歩くの速いですね!」
先にに述べたとおり、田舎の教育というのは画一的である。簡単に言えば、みんな同じような人にしてしまう教育である。そんな環境で育てば、誰でもよそ者に対して質問攻めするようになる。
そして、そんな教育をマトモに受け、その教育の思想に何の疑問も持たない小学生こそ、私にとって最もやっかいな敵なのである。
岩泉との出会い
JR岩泉線は、鉄道ファンに大変人気のある路線である。昨年の旧型車両引退の際には各地から鉄道ファンが押しかけ、車内には地元の人よりも鉄道ファンの方が多いという事態にまでなった。私も鉄道ファンのひとりとして、岩泉線には大きな魅力を感じている。
岩泉線は、今まで走り続けてきたのが奇跡的なローカル線といわれている。事実、起点の茂市から、終点の岩泉まで、列車は1日3往復しか運行されていない。鉄道としての強みは、すでに失われたような状況である。だが、路線名の由来となった岩泉は、そんなに小さな町ではない。岩泉駅はまるで新幹線駅のほうに堂々とした造りで、駅前ロータリーもちょっとしたターミナルの風情だ。
さらに、岩泉の商店街がまたいい。岩泉は、その中心を国道が通っており、その国道から脇へ入った道沿いに昔ながらの店が軒を並べている。本屋、米屋、和菓子屋、さらにはちょっとしたスーパーマーケットもあり、商店街は小さいながらもきゅっとまとまっている。そして、裏通りへと入っていけば誰でも利用できる湧き水があり、小さな川に木製の味わい深い橋が架かっている。
岩泉は、平和で、のどかを絵に書いたような町。平凡なようでも、この時代にこれだけ清らかな田舎町はそうそうお目にかかれるものではない。駐車場とコンビニとローサイドショップだけが点在し、昔ながらの商店街なんてとうの昔に滅んでいる――それが、今日の典型的な田舎の姿だからだ。
岩泉は、列車が1日に3本しか来ない不便な土地である。だが、その不便な鉄道があったからこそ、私は岩泉町と出会うことができた。岩泉駅では岩泉町民バスの時刻表も無料で配られていて、これをもらった私は、「よーし! 町民バスに乗って岩泉町の隅から隅まで探検するぞ!」と次なる旅の意欲を燃やした。岩泉線がなければ、私は岩泉の魅力を知ることはなかっただろうし、町民バスに乗って岩泉の山奥をめぐったり、町内各地にある湧き水の味比べをするには至らなかっただろう。
どんなに寂れてしまっても、鉄道は偉大なのである。
葛巻

岩手県の北の方に、葛巻(くずまき)という小さな町がある。全国的に有名なスポットがあるわけではなく、鉄道も通っていない。岩手県の人でなければ名前すら聞いたことがないだろう。
だが、葛巻はなかなかどうして非凡な場所である。私は去年の秋、バスと徒歩で葛巻町内をあちこち回ってみたのだが、とにかく牧場が多い。右も牧場。左も牧場。脇道に入っても牧場。葛巻にいる限り、牧場のあの臭いから逃れることはできない。
牧場、という言葉を聞くと、「北海道!」とイメージする人が多いのではなかろうか。確かに北海道は牧場が多い。だが、牧場の密度という意味では葛巻の方が圧倒的に上である。葛巻を歩いていると、沿道に牛舎が並び、円柱型のサイロが凛とした姿で立っている。そして、傾斜のあるなだらかな丘に牧草地が敷かれ、そのナナメった牧草地の上でトラクターがのどかに草を刈っているのである。さらに平地では典型的日本風景の水田ではなく、トウモロコシ畑が広がっている。言うまでもなく、トウモロコシは牛の飼料となる。国道は牧草を積んだトラックががたがたと走り、トラックがこぼしていった草で道は汚れている。
葛巻は田舎である。ハッキリ言ってド田舎だ。しかし、寒々しい風が吹きぬける寂れた田舎町ではない。険しい地形をものともせず牧草地が広がり、おひさまの光をまぶしく反射する赤い牛舎には圧倒される。観光地でもなんでもない葛巻に、自分だけの感動スポットを見つけられたのが嬉しい。私にとっては、牧場といえば葛巻! になったのだ。
「働く」必要などない
失業率が過去最悪。高校生の就職内定率が過去最悪。と最悪なニュースがしょっちゅう飛び込んでくる。昨日の話に関連するが、私は失業率なんていくら高くても構わないのではないかと思う。
失業率は働いていない人の割合を意味するが、そもそも「働く」というのは誰かに雇われるという意味だ。当たり前のことだが、雇われるというのは「誰かの商売の手伝いをする」ということである。誰かの商売の手伝いをするという、実にマニアックな行動をしている者だけを「働いている」とみなし、その枠から外れた者の割合を調べて何になるというのか。私にはサッパリ分からない。
私は、小学校5年生の頃から高校を卒業するまで、親からもらう小遣いはずっと月に2000円だった。小学生ならば2000円でも十分だが、中学生、高校生にもなって行動範囲が広がると、2000円では物欲をみたすことができない。私は、お金を稼ぐ方法をあーでもないこーでもないと考えぬき、中学2年のとき自分の力でお金を稼ぐことに成功した。
その方法は、次の通りだ。
まず金券ショップに行き、1000円のパスネットカード(首都圏の私鉄各社で使えるプリぺードカード。今はほとんど使われていない)を990円で買う。そして駅に行き、そのパスネットでキップを買う。券売機には、買い間違えたキップを自動で払い戻す機能がついていたので、その機能を利用して買ったキップを払い戻す。そうやって、1000円のパスネットカードを1000円の現金にかえたのである。
この一連のやり取りで稼いだお金は、10円。たったの10円ではあるが、自分にとっては親に管理されることなく自力で稼ぐことができたのが嬉しかった。その後私は、金券を使ってもっと割りのいい金儲けを思いつき実行に移す。その方法はここでお話しすることはできないが、月に1~2万円の収入を得ることに成功した。学校帰りに○○へ行き、××を買って△△する。たったそれだけのコトを続けるだけで月に2万である。そうやって自力でお金を稼げるようになった自分にとって、親からもらう2000円は副収入のうちにも入らない「ただのお遊び」になっていた。私は、自分の遊びの範囲を親に管理されなくて済むようになったのである。
私は高校を卒業したあと、日雇いのアルバイトを週に2、3回やる生活を始めたがそれもすぐにやめた。今は、ネットで古本を売ってお金を稼いでいる。まだ、親元を離れて独立するほどの経済力はないが、商売も軌道に乗ってきていて、これからも収入を増やしていけるような気がしている。
中学生の頃、自力で10円を儲けるという経験があったからこそ、私は誰かに雇われることなくお金を稼ぐという発想がもてた。今はヤフオクなんていう便利なものもあるのだし、誰だって商売を始められるはずである。それなのに、未だに多くの人が「誰かに雇われなければお金が稼げず、生活できない」という呪縛から逃れられずにいる。かわいそうなことである。彼らは子供の頃から、そういうお金の稼ぎ方しか教わってこなかったのだろう。これからの時代は、誰かに雇われることを考えているだけでは足元がおぼつかなくなる。狭くなるばかりの「就職」という門に背を向け、さっさと失業者になって商売を始めるべきである。
失業率は働いていない人の割合を意味するが、そもそも「働く」というのは誰かに雇われるという意味だ。当たり前のことだが、雇われるというのは「誰かの商売の手伝いをする」ということである。誰かの商売の手伝いをするという、実にマニアックな行動をしている者だけを「働いている」とみなし、その枠から外れた者の割合を調べて何になるというのか。私にはサッパリ分からない。
私は、小学校5年生の頃から高校を卒業するまで、親からもらう小遣いはずっと月に2000円だった。小学生ならば2000円でも十分だが、中学生、高校生にもなって行動範囲が広がると、2000円では物欲をみたすことができない。私は、お金を稼ぐ方法をあーでもないこーでもないと考えぬき、中学2年のとき自分の力でお金を稼ぐことに成功した。
その方法は、次の通りだ。
まず金券ショップに行き、1000円のパスネットカード(首都圏の私鉄各社で使えるプリぺードカード。今はほとんど使われていない)を990円で買う。そして駅に行き、そのパスネットでキップを買う。券売機には、買い間違えたキップを自動で払い戻す機能がついていたので、その機能を利用して買ったキップを払い戻す。そうやって、1000円のパスネットカードを1000円の現金にかえたのである。
この一連のやり取りで稼いだお金は、10円。たったの10円ではあるが、自分にとっては親に管理されることなく自力で稼ぐことができたのが嬉しかった。その後私は、金券を使ってもっと割りのいい金儲けを思いつき実行に移す。その方法はここでお話しすることはできないが、月に1~2万円の収入を得ることに成功した。学校帰りに○○へ行き、××を買って△△する。たったそれだけのコトを続けるだけで月に2万である。そうやって自力でお金を稼げるようになった自分にとって、親からもらう2000円は副収入のうちにも入らない「ただのお遊び」になっていた。私は、自分の遊びの範囲を親に管理されなくて済むようになったのである。
私は高校を卒業したあと、日雇いのアルバイトを週に2、3回やる生活を始めたがそれもすぐにやめた。今は、ネットで古本を売ってお金を稼いでいる。まだ、親元を離れて独立するほどの経済力はないが、商売も軌道に乗ってきていて、これからも収入を増やしていけるような気がしている。
中学生の頃、自力で10円を儲けるという経験があったからこそ、私は誰かに雇われることなくお金を稼ぐという発想がもてた。今はヤフオクなんていう便利なものもあるのだし、誰だって商売を始められるはずである。それなのに、未だに多くの人が「誰かに雇われなければお金が稼げず、生活できない」という呪縛から逃れられずにいる。かわいそうなことである。彼らは子供の頃から、そういうお金の稼ぎ方しか教わってこなかったのだろう。これからの時代は、誰かに雇われることを考えているだけでは足元がおぼつかなくなる。狭くなるばかりの「就職」という門に背を向け、さっさと失業者になって商売を始めるべきである。
景気は悪いほうがいい
不景気で失業率が過去最悪で雇用対策がどーのとか、そんな話題がニュースを騒がせている。だが私は、景気対策なんて必要ないし、失業者だらけの世の中でよいのではないかと思っている。
そもそも景気がよいというのは、お金の回りが良い、つまりお金をどんどん稼いで、使って、売り買いが盛んに行われている状態のことである。売り買いが盛んに行なわれているということは、売り買いをする必要が生じているということ、悪い言い方をすれば他人と摩擦せざるを得ない状況であるということだ。これを「需要」と呼ぶが、需要は手段であって目的ではない。コンビニでおにぎりを買うという行動ひとつとっても、おにぎりを買うこと自体は目的にはならない。おにぎりを食べ、その結果としてお腹を満たしたり、おにぎりを味わうのが目的である。コンビニで買い物をしなくても目的が果たせるのなら、コンビニは必要ない。コンビニの店員も必要ないし、トラックで商品を運んでくる人も必要ない。必要がなくなるからお金も動かない。つまり、人々が売り買いを必要としていなければ景気は悪くなるのである。
東京に住んでいる私が、青森まで行きたいと思ったとしよう。青森までの移動手段として自動車を選択した場合、自動車の部品を造る人が必要になる。さらに、自動車を組み立てる人が必要になり、また、高速道路を造り、管理する人が必要になる。さらに、ガソリンスタンドで働く人や、ガソリンスタンドにガソリンを運ぶ人だっていなくてはならない。だがもし、どこでもドアが発明されたらどうだろう。どこでもドアが普及したら自動車は必要なくなり、自動車メーカーをはじめ、自動車に関わっていた人たちがすべて失業する。さらに、新幹線や山手線が廃止になり、JR東日本が消滅する。ヨドバシカメラだって、新宿西口の駅の前に店を構える意味がなくなり、今まで栄えていた繁華街は衰退するであろう。つまり、どこでもドアの登場は景気を悪化させるのである。
それじゃあ、景気を悪くするどこでもドアは発明しない方が良かったのだろうか。いや、私はそうは思わない。何の苦労もなく移動ができるどこでもドアは、ないよりあったほうがいいに決まっている。どこでもドアが出てきたことにより、人々は「移動」という仕事を失ったが、それは移動にエネルギーを使わなくて済むようになったということなのだ。無駄にエネルギーを使うのが景気を良くするということならば、景気は悪いほうがいい。仕事は必要だからするのであり、必要がなければそれに越したことはないに決まっている。
もうひとつ極端な例を挙げよう。2009年は新型インフルエンザが流行した。新型インフルエンザが流行したことにより、インフルエンザ予防のためのマスクや消毒液、空気清浄機などが売れているという。どれも、それが必要だったから(必要と感じた人が多かったから)売れたのである。もし、景気を良くすることが必要で、需要がないよりもあったほうが良いというのならば、新型インフルエンザの流行は喜ばしいことということになる。需要を拡大するためには何かが必要であることが必要であり、必要であるためには、現状のままでは困るという状況が必要だ。つまり、困っている人が多いほど景気は良くなり、現状で満足している人ばかりであれば景気は良くなりようがないのだ。つまり、景気が悪いのは、人々が必要としているモノが少ないということであり、たいへん結構なことなのである。
そんなこといったって仕事がなければ食っていけないじゃないか! と言われるかもしれない。だが、今までやってきた仕事をやめて、余った時間を別の仕事に回せばいい。どこでもドアで海へ行き魚を釣ったり、農業を始めて自給自足の生活をする。さらに、何の苦労もなく全ての人が食料を獲得できる装置を発明すれば、人々は「生存していくための仕事」から解放される。今までは、道路を造ったり橋をかけたり、造った道路を使ってモノを運んだり、苦労のさきに苦労が待つ仕事ばかりしてきた。そんな時代はもう終わりである。これからは、「必要」を減らし、皆がラクできる世界を目指す仕事をするべきだ。間違っても、苦労して強引にお金を動かすような仕事をわざわざ作り出すようなことをしてはならない。
そもそも景気がよいというのは、お金の回りが良い、つまりお金をどんどん稼いで、使って、売り買いが盛んに行われている状態のことである。売り買いが盛んに行なわれているということは、売り買いをする必要が生じているということ、悪い言い方をすれば他人と摩擦せざるを得ない状況であるということだ。これを「需要」と呼ぶが、需要は手段であって目的ではない。コンビニでおにぎりを買うという行動ひとつとっても、おにぎりを買うこと自体は目的にはならない。おにぎりを食べ、その結果としてお腹を満たしたり、おにぎりを味わうのが目的である。コンビニで買い物をしなくても目的が果たせるのなら、コンビニは必要ない。コンビニの店員も必要ないし、トラックで商品を運んでくる人も必要ない。必要がなくなるからお金も動かない。つまり、人々が売り買いを必要としていなければ景気は悪くなるのである。
東京に住んでいる私が、青森まで行きたいと思ったとしよう。青森までの移動手段として自動車を選択した場合、自動車の部品を造る人が必要になる。さらに、自動車を組み立てる人が必要になり、また、高速道路を造り、管理する人が必要になる。さらに、ガソリンスタンドで働く人や、ガソリンスタンドにガソリンを運ぶ人だっていなくてはならない。だがもし、どこでもドアが発明されたらどうだろう。どこでもドアが普及したら自動車は必要なくなり、自動車メーカーをはじめ、自動車に関わっていた人たちがすべて失業する。さらに、新幹線や山手線が廃止になり、JR東日本が消滅する。ヨドバシカメラだって、新宿西口の駅の前に店を構える意味がなくなり、今まで栄えていた繁華街は衰退するであろう。つまり、どこでもドアの登場は景気を悪化させるのである。
それじゃあ、景気を悪くするどこでもドアは発明しない方が良かったのだろうか。いや、私はそうは思わない。何の苦労もなく移動ができるどこでもドアは、ないよりあったほうがいいに決まっている。どこでもドアが出てきたことにより、人々は「移動」という仕事を失ったが、それは移動にエネルギーを使わなくて済むようになったということなのだ。無駄にエネルギーを使うのが景気を良くするということならば、景気は悪いほうがいい。仕事は必要だからするのであり、必要がなければそれに越したことはないに決まっている。
もうひとつ極端な例を挙げよう。2009年は新型インフルエンザが流行した。新型インフルエンザが流行したことにより、インフルエンザ予防のためのマスクや消毒液、空気清浄機などが売れているという。どれも、それが必要だったから(必要と感じた人が多かったから)売れたのである。もし、景気を良くすることが必要で、需要がないよりもあったほうが良いというのならば、新型インフルエンザの流行は喜ばしいことということになる。需要を拡大するためには何かが必要であることが必要であり、必要であるためには、現状のままでは困るという状況が必要だ。つまり、困っている人が多いほど景気は良くなり、現状で満足している人ばかりであれば景気は良くなりようがないのだ。つまり、景気が悪いのは、人々が必要としているモノが少ないということであり、たいへん結構なことなのである。
そんなこといったって仕事がなければ食っていけないじゃないか! と言われるかもしれない。だが、今までやってきた仕事をやめて、余った時間を別の仕事に回せばいい。どこでもドアで海へ行き魚を釣ったり、農業を始めて自給自足の生活をする。さらに、何の苦労もなく全ての人が食料を獲得できる装置を発明すれば、人々は「生存していくための仕事」から解放される。今までは、道路を造ったり橋をかけたり、造った道路を使ってモノを運んだり、苦労のさきに苦労が待つ仕事ばかりしてきた。そんな時代はもう終わりである。これからは、「必要」を減らし、皆がラクできる世界を目指す仕事をするべきだ。間違っても、苦労して強引にお金を動かすような仕事をわざわざ作り出すようなことをしてはならない。
列車からバスに乗り換えて
JR岩泉線は、1日3往復しかない超ローカル線として鉄道ファンの間で有名である。牧場が点在する山村、森の中にちょこんと置かれた無人駅、そして深い山の中を流れる小川……。岩泉線に乗れば、岩手県の大自然に埋もれることができる。私も岩泉線は大好きで、線内の全駅に降りたことがあるほどである。
そんな岩泉線の中間地点に、岩手大川という駅がある。その駅は、駅舎すら設けられていない貧疎な無人駅なのだが、その駅について前々から気になることがあった。それは、列車が駅につくと、必ず駅前にマイクロバスがとまっていて、列車から降りた人のほとんどがそのバスに乗りこんでいく光景である。どうやら、岩手大川駅の利用客は、そのままマイクロバスの利用客でもあるらしい。駅に降りても、そのバスの謎を解かなければ岩手大川駅を「知った」ことにはならないのではないか。ネットで調べたところ、そのバスは岩泉町民バスの「大川・釜津田線」という路線で、岩手大川駅よりもずっとずっと山奥の唐地(からち)というところまで行くらしい。鉄道は、いくら山奥を貫いていても、東京とつながっている「ひらけた世界」である。それに対し、バスは地元の人しか利用しない閉まった世界。よそ者が入りにくい閉まった世界であるからこそ、そのバスに乗ってみたいと思った。
終点の唐地まで行くバスは、1日に3往復である。1便目と3便目は、終点まで行ったらすぐに折り返してしまうが、2便目は約1時間の時間をおいて折り返す。つまり、2便目で行けば終点でゆっくり散策できるわけだ。
岩手大川駅を出たバスは、岩泉線の線路をくぐり大川の町へと入っていく。岩手大川駅周辺はさみしい小集落だけれど、ちょっと離れたところには郵便局や商店があり、意外とにぎやかである。町の中心を、よそ者が入り込んでくる駅からズラすことで、町の閉鎖性を守ろうとしているかのようである。大川の町を出るとやがて山の中に入る。山の急斜面が牧場になっていたり、川が滝のように流れ落ちていたりと小さな見どころが多い。途中から乗ってきたおばあさんが、先客のおじいさんに「元気にやってるか?」と声をかけると、おじいさんは「死にそうだ」と前を向いたまま答えた。その言葉は、冗談でなどではなく本当に死にそうな様子だった。でも悲惨な雰囲気ではなかった。おじいさんは、すいません正和屋さんでお願いします、と運転手に声をかけ、バス停じゃないところで降りていった。
終点の唐地には、わたしとおばあさんの2人が降りたった。地図でみると山の奥の奥のとんでもない場所という感じだが、周囲は思いのほかひらけている。バス停の後ろに川が流れ、その対岸に民家が集まっている。田んぼに置かれている、稲を干すための台(←何と呼ぶものなのか分からん)が木造りで芸術的だ。
1時間後の折り返しのバスには、どういうわけか、さっき一緒に降りたおばあさんが乗り(唐地に住む誰かに、1時間だけ会いに来ていたのだろうか??)、さらに「死にそうな」おじいさんも正和屋の前で手を挙げて乗り込んできた。1時間程度の滞在で何が成し遂げられたのかは分からないが、1時間の時間をおいて折り返すというバスの運行形態のなかには、地元民の生活がにじみ出ていたのである。よそ者が、いきなりその土地に土足で上がりこむことができる。それが、鉄道では決して味わうことのできないバスの魅力である。
動画は、大川・釜津田線の車窓の一部です。岩手大川駅付近です。
地方の病気
岩手県を旅行中、スーパーの休憩所でテレビをみた。旅行先でのテレビは、その土地のローカル放送がみられるのが楽しい。北海道に行けば北海道ネタばかりのニュースが流れるし、岩手県に行けば岩手県ネタばかりになる。そんなテレビをみることで、その土地にどっぷりと浸かっている自分に酔いしれるのである。
その岩手県大槌町(おおつちちょう)のスーパーでは、こんなニュースを目にした。
「大船渡市長は、今日から環境対策として、自宅から職場まで自転車通勤を始めました……」
要するに、自動車を自転車に変えることで排気ガスの排出量を減らそうというわけである。よい心掛けといいたいところだが、市長の家から職場まではたったの1kmだという。そんな短い距離を、今まで自動車で移動していること自体が異常である。その異常行動をやめて、自転車に変えたことを画期的な取り組みであるかのように報道している状況に呆れてしまった。
東京では、1kmの移動に自動車を使うことはまずない。自転車を使うことはあるかもしれないが、それ以上に「完全な徒歩圏内」である。不動産の広告には、
「○○線のA駅まで徒歩15分の好立地! ××線B駅も徒歩20分で利用可!!」
なんて文句がおどっている。東京の人は1キロ2キロくらいは平気で歩いているのである。地方では「車がないと生活できない」というセリフが反論不可能であるかのように居座っているが、本当のところは、
「どんなに近い場所でも車で移動するのが常識」
というだけに過ぎない。今や、東京の人がいちばん歩いているし、足腰を鍛えているのである。
そういえば、そのニュースには自転車に乗っている大船渡市長の姿が映し出されたが、市長はひどく恥ずかしそうな顔をしていた。その理由が私には分かる。地方では、自転車に乗るのは学生と相場が決まっているからである。大の大人が、自動車ではなく自転車に乗るというのは、青春の真似事をしているかのようでこっ恥ずかしいのである。
このニュースを、東京人たちの目にも晒してやりたいものだ。
はじめまして
こんにちは。あるきびとと申します。東京都中野区在住の21歳です。男性です。私は、二、三年前から岩手県に魅せられ、マニアックな町民バスに乗ってマニアックな停留所に降りたり、リアス式海岸の半島を一周して海と山を同時体験したり、今では誰も通ることのない廃道の踏破に挑戦したりしています。岩手県の魅力というのは、北海道や沖縄と比べて分かりづらいものかもしれませんが、一言でいうと「人の生活と自然の融合が芸術的」ということになります。厳しい自然と殺しあうことなく、共に生きようとする人々の営み……それが岩手県の、優しくも荘厳な風景を作り出しているのだと思います。
ですが、あくまでも私は旅行者としての視点でしか岩手県を捉えることができません。そのため、岩手県にお住まいの方の「よそ者が何を言う!」という反感を買ってしまうこともあるかもしれません。その際は、どんどんコメントしてください。実際に岩手県に住んでいる方が岩手県をどう見ているのかも、私には興味深いことです。
また、私は東京に住んでおり、岩手県を旅行するのも年にせいぜい2回程度です。ですので、東京の話題も多くなるかと思います。東京に住んでいてもなかなか分からないことが、岩手県にいくことで、
「あっ、東京っていうのは○○だったんだ!」と気が付くこともあるのです。